• 魔法使いたちは、あなたの苦しみに気づいているのでしょうか?
• 何が本当で、何が嘘なのか。あなたの目で見ていますか?
沈黙していても、未来は変わらない。
クリスマス中のトムとの冒険の後、疲れ切った私は必要の部屋でぼうっとしていた。
あまりに疲れたので、冒険についてはまた今度話そうじゃないか。去年もそうだったろう?
さて、分霊箱ゲット大冒険は精神的疲労もそうだが寒中水泳が地味に体に響いた。肉体的には一応全盛期なのにこの疲労。日頃の運動不足が響いたかもしれない。
あんなところに隠すなよ、と思ったが隠す側からすれば侵入しにくいところにするのは当然だった。
しかも苦労してとったロケットは偽物だった。
トム・リドルは珍しく意気消沈したのか、衰弱したロックハートの体に引き摺られ眠ってしまったようでそのまましばらく会っていない。
落ち込むのも無理はない。ロケットの中にあったのはこのようなメモだった。
闇の帝王へ
あなたがこれを読むころには、私はとうに死んでいるでしょう。
しかし、私があなたの秘密を発見したことを知ってほしいのです。
本当の分霊箱は私が盗みました。できるだけ早く破壊するつもりです。
死に直面する私が望むのは、あなたが手ごわい相手に見えたその時に、もう一度死ぬべき存在となることです。
一体何者なのかは知らないが闇の帝王に一杯食わすことには成功したと教えてやりたい。
トムは落胆しているが、我々はあくまで闇の帝王との交渉材料として分霊箱の破壊を求めているのだ。あの洞穴の罠が破られている時点で確実にロケットは盗まれている。ならば破壊もされただろうと思わせればいいだけだ。
私の目の前には指輪と、偽のロケットが並んでいる。
指輪の方は呪いがかかっているため誰も触れないように魔法で結晶の中に閉じ込めてある。こんな見え見えの罠に指を突っ込む奴はいないとは思うが、万が一嵌めてしまったら大惨事だ。
まあ、もしコレをはめても私の会いたい人には会えないだろうから誰かがうっかり嵌めないように、優しさだね。
それにしても改めてヴォルデモートには感服する。分霊箱をいくつも作ろうなんてやっぱり正気の沙汰じゃない。無自覚で魂を引き裂くのと自覚的にやるのは天と地ほども差があるはずなのに。
私は指輪の入った結晶をコロコロ転がしながらぼろけたソファーの上でリーマス・ルーピンとシリウス・ブラックについて考えた。
ダンブルドア軍団だという彼らがこの国に来た目的が私とハリーへの接触だけ?そうとは思えなかった。マグル収容所で草の根的にマグルを助ける活動をする者がいることは治安警察も気がついている。参加を呼び掛けるビラがマグルの家の暖炉の燃えさしからでてきたからだ。
彼らもまたマグル収容所へ?
しかし、どうも彼らが集団の一員として動いてるような気がしない。ただ私とハリーに接触するならリーマス1人でいいのではないか?
めんどうくさいな。直接聞きに行くか。とも思ったが、腕を噛まれたのがまだムカついているしせめて休暇が終わってからにしよう。
そしてあっという間に休暇が終わり、いつもの日常にほんの少しの不穏さを孕みながら時間は過ぎていく。しかし確実に事態は悪化していた。
私はライアル・ルーピンの元へ訪ねた。年が明けてすぐだ。彼は禁じられた森ちかくの建屋におり、パフスケインの寝床をふかふかにしているところだった。
私を見るとどこか怯えた表情をした。少し話せるかどうか聞くと観念したように目を閉じた後、私を部屋へ招いた。
改めて上がってみるとこの建屋で暮らしていたのはもしかしたらリーマスだったのかもしれない。老体がここで何日も暮らすのは辛そうだ。
ライアルはお湯を沸かし、茶の準備をしはじめた。その背中に向かって私は言う。
「会いましたよ。ほら、探していた犬のリーマスちゃんに」
それを聞くとライアルは深く息を吸い、吐いた。そして振り返り答えた。
「ええ、私もリーマスから聞きました」
その声は僅かに震えていた。しかしそれは恐れからではない、勇気を奮い立たせたような覚悟を持った声でもあった。
「安心してください。誰かに言うつもりはありませんから。ただ聞きたくて」
「何をでしょう」
「息子さんはなぜ亡命したのですか?」
その言葉に、ライアルは私から目をそらし背を向けた。ちょうどお湯が沸いてヤカンがかたかたと音を立てていた。ライアルはティーバッグをいれたカップにお湯を注ぎながら言う。
「…私のせいなんです」
ライアルはそう言って語り始めた。それは例えるならば告解だった。
リーマス・ルーピンはライアルとマグルの妻ホープの間に生まれた一人息子だった。幼少期から利発で優秀。ライアルの研究にも興味を持ち幼い頃から難しい本を読むような子だった。ライアルが魔法省魔法生物管理規制局に入るとホグワーツへの進学が決まった。
入学以来ずっと学年トップの成績でライアルもホープもその将来を楽しみにしていた。
しかしグリンデルバルド政権によるマグル分離政策がより一層激しくなり、ホープに銀の腕輪が強制的に嵌められるようになった頃から様子が変わっていった。
リーマスは学校の友達とダンブルドア軍団に傾倒するようになっていた。
当時はヴォルデモートも活動を始めており、多くの若者が様々な理由で反政府的な活動に足を突っ込みかけていた時期だったという。
ライアルの周辺では狼人間に対する隔離処置が大詰めを迎えており、マグル同様収容された多くの狼人間をどう『処理』するのかが議論されていた。ライアルは狼人間を生きるに値しない連中だと考えていたが、彼らをいざ殺すという選択肢を与えられ、戸惑っていた。
生きるに値しないと吐き捨てながら、いざ手を汚すとなると躊躇う。そんな矛盾が決断をいつまでも先延ばしにしていた。
いい加減決めなければならないという時期になり、実際に狼人間が収容されている施設に満月の日に視察へ行くよう上から指示があった。
その施設は北の外れの中世の牢獄がそのまま使われていて、劣悪な環境だった。狼人間たちは監獄よりも狭い牢屋の中に一人一人閉じ込められていた。
狼人間たちはみな満月を前にして怯え、苦しみ、狂騒していた。そして月明かりが差し込むと途端にその場は悍ましい呻き声と獣の気配に充満した。理性を無くし、目の前の魔法使いをただ襲おうとする怪物を目前にしてライアルをはじめとする魔法生物管理規制局は完全に彼らへの恐怖を刻みつけられた。
「私は狼人間を前にして、言葉にしてしまった。こんなものは…生きていてはならないと」
ライアル・ルーピンにとって不幸だったのは、その狼人間の中にフェンリール・グレイバックがいたことと、この視察のすぐ後にダンブルドア軍団に感化された別の団体が狼人間差別撤廃のためにその収容所を襲って狼人間たちを解放したことだった。
矛先は、ライアルではなくリーマス・ルーピンに向かった。
彼は夏休み中実家に帰った際にグレイバックに噛まれ、あの忌むべき狼人間になってしまった。
「我が身に降りかかって初めて、狼人間の苦しみがわかった。息子は満月の夜になるたびに耐え難い苦しみに襲われる。理性と心と、体を蝕む苦痛だ。私はそんな息子を家に閉じ込めて狂騒が終わるまで誰にも見つからないようにと願うしかなかった。このまま当局に出頭したら息子は殺される。我々が通してしまった命令で」
だから息子と妻を逃亡させた。自分も行くことを考えたが、息子を噛んだグレイバックを捕まえなければならなかった。解き放たれた狼人間は次々と犠牲者を生み出し続ける。
「私はどこか自分がこの秩序の中の完璧な部品であるかのように感じていた。この枠の中、正しく生きていると。ありうべき最善のために、より大きな善のために努力する一市民だという自覚すらあった。けれどもそんなものはまやかしだ。いや。妻の手に腕輪が嵌められたあたりから、私はそのまやかしに気がついていたのに、見ないふりをした。信じていたものは簡単に崩れ去った。私は、一体何に貢献しているつもりだったのだろうか」
けれどもグレイバックを探し出し捕まえることには絶対に意味がある。これ以上彼の犠牲者を増やすわけにはいかない。リーマスたちを無事に逃したあとは、彼を捕まえることが自分の使命なのだと思った。
しかしグレイバックはなかなか捕まらなかった。行方を追って、犠牲者を保護し、できる限り彼らの救済にあたった。でもその救済は、どうせゆくゆくは彼らの死に直結する。
満月の夜ごとに狼人間狩りが行われた。彼らは容赦なく殺された。狼人間の時に死ぬと身元の判別は難しい。脱走した狼人間よりはるかに多い死体が積み上がっても、グレイバックが死んだという確証が得られずにた。
だがそんなことをしているうちに、アメリカに渡った妻が死んだという知らせが来た。
「そこで私はやっと…妻の苦しみに気付いた。満月のたびに苦しむ息子。故郷では人間扱いされず、逃げた先でも差別に晒される。帰る場所も頼る人もいないのに、私は彼女と息子を放り出してしまった。私は一番大切にしなくてはいけないものを見誤った…」
グレイバックを追いかけるふりをして2人から逃げていた。
狼人間が生きるに値しないと思っているなら、初めからサインをするべきだった。
息子が狼人間になってしまうならサインなんてするんじゃなかった。
こんなことになるなら2人について行くべきだった。
矛盾する思いが、全てが噛み合わない運命が、何もかもが自分の心を引き裂いていく。
そして、リーマスから連絡が届いた。イギリスに潜入する友の手助けをしたいと。
「そして今に至ると」
私の言葉にライアルは頷いた。
「今も悩んでいます。私は今、正しいことをしているのか…?私は息子を愛している。けれども…本当にこれでよかったのか?」
「…選択の結果は全て終わってからようやくわかるものですよ」
私はライアルの淹れた紅茶を飲んだ。とっくに冷めてしまっている。ライアルは項垂れていた。私はこの男の懺悔を聞き、リーマスという男を哀れに思った。
狼人間は感染症だ。それも悪意によって引き起こされる感染症。噛まれた者は被害者であるにもかかわらず、その苦しみは誰にも救済されない。さらには自身が誰かを傷つける恐怖に一生苛まれる。
近年脱狼薬という狼人間化を防ぐ薬が発明されたが、それらは魔法帝国の独占技術な上、この国に現存する狼人間はもうごくわずか。大量生産されるはずもなく棚で埃をかぶっている。
リーマスは逃げた先のアメリカで、突然身に降りかかってきた不幸に抵抗もできず、満月が近づくたびに恐怖に震え苦しみながら、朝誰かを傷つけていないか怯えて生きることになった。
母親はそんな息子を見てどんな気持ちになっていただろう?故郷では自分は人間扱いされず、息子は怪物になってしまう。アメリカでだって狼人間の差別は続いている。たった1人、異国で戦い続けられるはずがなかった。
そして、ライアル・ルーピンは息子と妻をそんな地獄に叩き落としてしまったのだ。少なくとも本人はそう思っている。
「今満月はどう過ごしているんですか?」
「はじめはこの部屋に閉じ込めていました。鎮まるように毎晩呪文をかけ続けて。でもある日から森の深くへ行くようになって、それからは満月のたびに…」
「なるほどね…はあ…まったく危ないな…」
私は苛立ちながら立ち上がった。
「今息子さんはどちらに?」
「森にいると思います。ここからずっと東へまっすぐ行ったところのはず」
「わかりました。…今って満月じゃないですよね?」
「満月まであと4日です」
「どうも」
「あの」
私が出て行こうとするとライアルが呼び止めた。
「私たちをどうするつもりですか?」
「どうもしませんよ。私は一応今は教師なんでね。生徒に害が及ばん限りは何も」
ライアルは疑わしげに私を見ながらも、引き止めることはしなかった。
言われた通り東へ進むと今日はあっさりテントを見つけた。防護呪文はきちんと張られていて、私は侵入を許可されているようだった。拍子抜け。
私の接近に気がついたのか、テントからリーマスが顔を出した。
「やあどうも。新年おめでとう」
「お前は人狼なんだってな」
私の言葉にリーマスは竦んだ。そして笑顔が消え去った。
「…そうだ」
狩られると思ったのか、リーマスの手はゆっくりと杖に向かって伸びていた。私は両手を前に突き出して言った。
「脱狼薬はいるか?入手してやらんこともないが」
「…え?」
しかし私の言葉に目を丸くし、口をぽかんと開けかけた。完全に予想外の提案だったらしい。
「もちろんタダでとは言わんがな」
「なぜそんな取引を…」
「狼人間が森を彷徨いてたら生徒が危険だからだよ」
「ああ、なるほど…いや確かにもっともだ」
リーマスは拍子抜けしたのか笑った。笑い事じゃないぞ。そして焚き火のそばにある大きな倒木に腰掛けた。私も近づき火に当たる。とても寒かった。魔法生物飼育学の建屋にいればいいのに。
満月の4日前となると体調が良くないのか、リーマスの顔は真っ青だった。
「大丈夫だ。満月の時はシリウスと…この森の狼たちが私を一晩中見てくれているんだ」
「見てくれてるって言っても…」
「ほら、彼は大きな犬になれる。私は結構負けてるらしくてね。朝起きると体がかなり傷だらけだよ」
「…で、そのシリウスは今日は見かけんな」
「森を駆け回ってるのさ」
そんな普段から犬なわけないだろう。え、そうなのか?マクゴナガルとかは授業でのパフォーマンス以外で全然猫になったりしないが。
「なあ。お前たちは私とハリーに会うためとか言ってたが、それは嘘だろ?」
「…嘘?なぜそう思うんだい」
「単純にリスクとリターンが釣り合わない。他にも仕事があるんだろう」
「はは…どうかな。それは秘密ということで」
リーマス・ルーピンの困ったような人懐っこい笑みは父親そっくりだった。さきほどの父親の告解を聞いた後だと余計に意識する。血の繋がり、愛情、後悔。そういうものが絡まり合った関係。
リーマスは父親を恨んでいるのだろうか?それとも愛している?
愛って、どんなだっけ。
「当局はマグル収容所でのスパイ活動におかんむりだ。すぐには無理だろうが、近々大改革がある。忍び込むのは危険だぞ」
「なんとまあ、遅すぎるくらいだね」
「どんな結果になっても知らないからな」
「ああ。誓って生徒に危害は加えないよ」
「そんなの当たり前だろ」
私は立ち上がった。体が冷え切ってしまった。早く帰って暖かいスープでも飲みたかった。
「フレイ・グリンデルバルド。君は案外優しい人なんだね」
「はあ?そんな訳あるか」
「ありがとう。また」
不愉快なやつ。
私はさっさと森を抜けて城に戻った。あまりに体が冷えたものだから湯船に浸かり、ゆっくりと考え事をしていたらのぼせてしまった。
脱衣所を出て部屋に帰ろうとすると、まさに職員用浴場へ向かうセブルスを発見した。激レアな光景を見てからかっていると無言呪文をかけられたのでその日は大人しく部屋に帰った。