バレンタインが近づき、ロックハートが暴走し始めた。
昨年度はファンから届くチョコレートの山をこれ見よがしに大広間の職員テーブルに積み上げて「いやぁ困りましたね。当分チョコレートが主食ですよ」とか言っていた。
しかし今年はファンから忘れ去られる恐怖に駆られてか、よくわからないキャンペーンを開催するらしい。
『レガシー・オブ・ヴァラー』でガブリエル・スターリングを演じ、多くの人々を魅了した ギルデロイ・ロックハート。その彼を敬愛する皆様のために、待望のファンクラブがついに開設されました。
ファンクラブ開設を記念し、特別なイベント
ロックハートのヴァレンタイン大作戦
をお届けします!
このバレンタイン、ファンクラブメンバーの皆様には、ギルデロイ・ロックハートからあなたに愛のメッセージが届きます!
さらに、 直筆メッセージ と サイン入りブロマイド を手にする特別な機会も。
ぜひこちらのお申し込み用紙に必要事項を記入し返送ください。優雅で特別な瞬間を、ロックハートと共に楽しみましょう。
実際どれほどの人数がファンクラブに入るのか私にはわからなかったが、ロックハートは去年届いたチョコレートの数以上を見込んでいるようでサイン入りブロマイドを量産していた。
また愛のメッセージとやらのレパートリーを考えるためいつも愛してるだの可愛いドラゴンちゃん…などとぶつぶつ言っているもんだから不気味で仕方がなかった。
申込書が届き始め、朝食の時間に教職員テーブルがフクロウに荒らされるためマクゴナガルがついに怒り、ロックハートは壁沿いの特別席に移された。私が思ったよりも申し込みがあったので驚いた。
宛名書きはさぞ大変だろうと思ったが、迂闊にもロックハートの前で校則違反した生徒がその大役を務めることになっているらしい。
「フレイ、なんとかならない?」
「ならないね」
ハリーは夜出歩いてたのがバレてロックハートの宛名書きに動員されていた。透明マントをうっかり羽織忘れて図書館から出る途中に捕まったらしい。検閲される前の本を探していたそうだが、それらは禁書のゾーンへ追いやられているはずだ。
ちなみにバレンタインデーはやはり生徒たちも多少浮つくようで、ホグズミードで仕入れたチョコレートや園芸クラブの生徒が育てた花などがやり取りされているようだった。私は教師全員にチョコを送るような生徒の義理チョコとフリットウィックがポケットから出したチョコ、それとスプラウトがこっそり焼いた生徒に秘密のチョコレートケーキを毎年貰っている。
バレンタインデー当日。ロックハートの元にファンクラブメンバーにプレゼントを贈るために呼んだらしい夥しい量のフクロウが襲来し、朝食はフクロウのフンまみれの地獄絵図と化した。なぜ事前にやらない?
ロックハートは校長に呼び出された。
それ以外特別なことも起きず、夜の見回りはいちゃつく生徒を摘発するべく増員され、私とセブルス、ロックハート、ライアルで見回ることになった。今日は満月だった。ライアルは気が気じゃなさそうにしきりに森の方を見ていた。
とりあえず二人一組になる際、セブルスが真っ先に私を指名した。ロックハートに絡まれたくないのはわかるが、ライアルを避けているように見えた。事実、彼がライアルと話しているのを見たことがなかった。
そこでやっとセブルスとリーマスが同級生なことに気がついた。
「君、学生時代にチョコとか貰ったことあるか?」
「…ない」
「フッ…」
「なんだその笑みは」
シリウス・ブラックはチョコレートを山ほどもらうタイプだっただろう。しかし彼について聞けば自然と『親友』ジェームズ・ポッターが思い起こされ、私はまたセブルスを傷つけてしまう。それになぜその名前を知ったのか、セブルスにかかればライアルがリーマスとシリウスを手引きしてることまですぐに勘づいてしまうかもしれない。
「そうだ。私から一個やろう…」
私は昼間にドラコ・マルフォイからもらったチョコをセブルスに渡した。(ドラコはたくさんチョコをもらって周りの生徒に分け与えていた。薄情ものだ。)セブルスは微妙な顔をして明らかに横流し品なチョコを受け取った。
一通り周り、何組かの絡み合うカップルを追い払って集合場所に戻った。そこにはロックハート1人だった。
「バレンタインの夜だというのに辛気臭いな」
トム・リドルだった。ライアルは途中でどうしても体調が悪いと言って消えたらしい。それをいいことに1人で散歩していたのだろう。機嫌が良さそうだった。
「そうじゃなくても辛気臭いぞ、セブルスはな」
「一体何の用だ」
セブルスはトムを前にすると眉間の皺をさらに深くする。トムは機嫌を悪くするセブルスを見ると余計に愉快になるらしい。フンと生意気な笑みを浮かべる。
「僕たちがこの間見つけた分霊箱は偽物とすり替えられていた。生意気にもメモを残してな。その筆跡を調べて書いたやつを特定して欲しい」
「…見つけた?分霊箱を?」
「クリスマスにちょっとな」
私が言うとセブルスはどでかいため息をついた。
「フレイ、持ってるな?」
「ああ」
私はポケットからロケットを引っ張り出した。中にはR.A.Bのメモが入っている。セブルスはそれを見て、厄介な頼み事にさらに表情を曇らせた。
「こんなメモ書き程度で書いたものを探せなど無茶を言う」
「君の不死鳥の騎士団のネットワークを使えばなんとかなるだろう?」
トムが挑発的にいう。
「フレイ、君の良く使っていたツテは?」
「ああ。彼はこれ以上危険には巻き込みたくない。同僚の経歴を掘り起こすのとは訳が違うからな…」
「…期待はできんぞ。R.A.Bという署名も本名とは限らん」
「だが何もしないよりはマシだ。ロケットからも何かわかるかもしれないだろ。よろしく頼む」
スネイプはとんでもない頼み事を押し付けられて不満そうだった。チョコ一つでは到底機嫌が治らなそうだったのでさっき押し付けられたロックハートのブロマイドを差し出したら余計に怒った。
そういえばロックハートの元に届いたチョコはきちんと本人が全て食べているらしい。なんというか、無駄な律儀さだ。
そんなふうに割と愉快な日常を過ごしていると思った直後、事件は起こった。
クィディッチクラブ内リーグ決勝戦、オリバー・ウッド率いる赤チーム(グリフィンウィングス)対セドリック・ディゴリー率いる黄色チーム(ウルトラグリスリーズ)の試合の日だった。
その試合中、あろうことが吸魂鬼がクィディッチ競技場に侵入したのである。
前代未聞の出来事だった。
普段よっぽどのことがない限り動かないクラウチ校長が魔法省に正式に抗議しに行くほどだった。
この事件でなんとハリー・ポッターが箒から墜落。セドリックがスニッチを掴みゲームは終わったが後日やり直しになるらしい。
私は保健室で寝かされたハリーを前に少し動揺した自分に驚いていた。
ハリーが雲の中から落ちてくる時、心臓が止まるかと思った。思わず反応が遅れ私しかいなかったら確実にハリーは地面のシミになっていたところだったが、セブルスがなんとか落下を防いでくれた。
吸魂鬼はたった一匹だったが、すぐに続々と空を飛んで現れ、学校はパニックになった。当然なぜこんなところに現れたのかと猛烈な議論になった。当然ながら吸魂鬼は治安警察の管轄で厳重に管理されているはずだ。
慌てて吸魂鬼を追いかけてきた治安警察から届いた報告によると、吸魂鬼はマグル収容所でのスパイ摘発中不審な人物を発見。追いかけていたところホグワーツにまで来てしまったらしい。
「スパイがホグワーツにいるということですか?」
とマクゴナガル。答えるのはセブルスだ。
「校内は考えにくい。いるとしたら…」
「森、でしょうな」
フリットウィックの言葉に全員が頷く。
「まいったね。魔法省が立ち入るいい口実だ」
スプラウトがため息混じりに言った。
「クラウチ校長はどんな方針で?」
「校長は生徒の安全のためならいかなる対策も取ると」
「吸魂鬼を…校内に?」
「まさかそんな…ありえない」
私はそんな寮監会議に聞き耳を立てて「ふむ…」と唸った。横でロックハートはウキウキした顔でメモをとっていた。
「大事件ですよね?」
「そのメモはなんだ」
「私の次の本のネタ帳ですよ。トムと出会ってから大冒険の連続だ。アッ!あなたに毒を飲まされたこともきちんと書いてますからね!」
「あれは同意の上だろうが!…まったく。出したくても検閲されるぞ、絶対」
「あなたが今の政権を壊してくれるんですよね?トムはそう言っていましたよ」
「…私は政権を倒すなんて言ってないぞ」
「え?じゃあなんて?」
「お前それにメモするだろ。言わない」
「いいじゃないですか。名前は伏せてあげますから」
「うるさいな!」
吸魂鬼がやってきた原因なんて決まっている。
シリウス・ブラックとリーマス・ルーピン。あの犬科の2人のせいだ。
夜の森の不気味さは人間に備わる本能的恐怖からくるもので、たとえ杖という神から与えられた恩寵があろうともその恐れは拭い切れない。しかし怒りで塗りつぶすことはできた。
生徒に危険が及ばない限り目を瞑ると言ったが、よりにもよってハリーに危険が及んだのだ。
私は以前テントがあった周辺を探した。以前よりも深い場所で例のテントを見つけた。
近づくといつもと様子が違うことに気がついた。テントの外で男が項垂れていたのだ。その長身からすぐにそれがシリウス・ブラックだとわかった。
「フレイ・グリンデルバルド…」
私の姿を見てシリウスは私の名を呼んだ。狼狽していた。ことの重大さをよく理解していそうだった。私は彼を睨みつける。
「吸魂鬼を招き入れたのはお前だな」
シリウスは項垂れる。そうだと言っているのと同じだった。私は彼に詰め寄った。
「ハリーが襲われたんだぞ」
「ああ…クソ!よりにもよって…」
「お前、マグル収容所で何をしていた?ビラを配るだけであんなにしつこく追ってくるわけがない。言え」
シリウスは少し躊躇ったが口を開いた。
「ピーター・ペティグリューを探しに」
「…それはお前が殺した男だろう」
「ちがう、殺していない。奴は自分の死を偽装したんだ」
「そんなことしてどうするんだよ」
「ハリーの両親の居場所を例のあの人に漏らしたのは、奴だ。追及を逃れるためならあいつは指の2、3本平気でちぎるさ」
「…生きている確証はあるのか?」
「確証、というほど確かなものはない。だがマグル収容所から逃げてきたやつの中に、魔法を使えるのにわざわざ収容所の中でコソコソと這いずり回る男の話を何度も聞いた。そして今日!奴の姿を確かに見たんだ…私はなんとしてもやつを見つけ出さなくてはいけなかった!そして…」
「殺すのか?」
「……当局に引き渡す。と言っても信じないよな」
「ああ。引き渡したところで…だしな」
「リーマスはそれでも殺してはいけないと言っていたよ。リーマスの役割はライアルへの橋渡しだけでよかった。なのに彼は私についてきてくれたんだ。友情に誓って殺しはしないさ。…多分な」
リーマス・ルーピンが友情のためだけにこの国へ戻ってきたとは言えないと思った。だがここでそれを言ったところでなんの意味もない。シリウスの言葉は自分を騙すための嘘だ。そしてそういう嘘が私たちを時に踏みとどまらせたり、突き落としたりする。
シリウスの行動はライアル・ルーピンと全く同じだ。
義のために、あるいは自分のために、逃げた自分をどうにか正当化するために。
存在するかも怪しい仇の姿を追いかけている。それが正しいのか私にはわからない。いや、判断を下せるような立場ではない。
私も多分、彼らと同じだ。
どうして私たちは過去を終わりとして認識できず、いつまでも亡霊を今に生き存えさせてしまうのだろう。
時間が癒してくれないものがあるなんて思いもしなかった。
あの人がもう私の名前を呼んでくれないのと同じように、過去は取り返しがつかないのに。
私の願いと裏腹に、歪な形をしたあなたが生きている。
覆水盆に返らずという言葉が示すように、溢れた水はこれ以上にどうにもならない。
私はわかっていたはずなのに。わかっていたはずだったのに。
永遠という言葉すらも地面に落ちた水滴を元に戻すことはできない。
永遠なんてものは存在しない。
そんな当然のことにいつまでも気づかないふりをして諦めがつけられない。
もしかしたら、今度こそは、なんて。
だからきっと、人はいつまでもいつまでもいつまでも、間違い続ける。
だからこれから私がすることもきっと
「このままだと山狩りが始まるぞ」
「…逃げてみせるさ」
「そうしてくれないと困る。私の名前が出るのは都合が悪い」
「だったらお前は私たちに協力せざるを得ないわけか」
「ハァ…?!確かにだが嫌すぎる!」
「ふん。慌てるなよ、冗談だ。グリンデルバルドに借りなんて作ってたまるか」
今ここでシリウスを殺す。それも選択肢としてはありだった。2人は自分にとってなんのメリットもないばかりかリスク。もっと前の私なら多分迷いなくそれを選んでいた。
だが彼はハリーにとって大切な人だ。なにせ両親に指名された本当の後見人なのだから。
「すぐ逃げろ。今ならまだ吸魂鬼の配備も終わっていないはずだ」
「ああ。そうしたいところだが…リーマスがまずい。じき満月だ。下手なところに逃げたら最悪なことになる」
「最悪のタイミングだな。…はあ。もう!」
私が怒るとシリウスはすごく小さな声ですまないと言った。
しょぼくれたシリウスにこれ以上何かを言う気にならず、私は何かあったら逐一知らせを飛ばすと約束してそこから立ち去った。
森の入り口に戻る頃には怒りもどこかに霧散してしまった。ただもう少しで満ちる月を眺め、私がかつて父と呼んだ男のことを思い出した。
寂しい人だった。誰とも打ち解けない人で、私すら彼ときちんと話したのは片手の指で数えるほどしかなかった。
彼もまた過ちを正すことができないままボタンを掛け違えて生きるしかなかった人だった。
私は保健室で寝るハリーの元へ戻った。汚れていた顔は校医のポンフリーによって綺麗に拭われていた。一度起きたのだろうか?服もパジャマに変わっていた。目にかかった髪を払うと目が覚めてしまったらしく、ぼんやりとした声で「フレイ?」と言った。
「ああ。具合はどう?」
「うん…今は大丈夫」
「起き上がらなくていい。無事でよかった」
「心配させちゃったね」
「君が悪いんじゃないだろ」
「まあ、吸魂鬼はさすがに分が悪いよ」
ハリーは弱々しく笑った。しかし吸魂鬼と口にするときは明らかに背後に恐れを隠しているようだった。無理もない。やつらは恐怖と絶望を掘り起こす。
「…奴らを前に、何を感じた?」
「え…と。そうだな。悲鳴が聞こえた…。女の人の悲鳴。それで…すごく悲しくて、寒かった」
「そうか。…あれはそういう気分にさせられる最悪の奴だ。不運だったな」
「あんなのがどうしてホグワーツに?」
「…犬を追ってきたんだ」
「えっ…」
ハリーが飛び起きた。私はシッと言って周りを見る。ポンフリーは我々に気遣ってか居なくなっていた。
「シリウスが何やってたか知ってるか?」
「う、うん…人を探してた…」
「それで足がついた。早いとこ逃さないと吸魂鬼が狩りを始める」
「そんな…早く逃げなきゃ」
「だがあと少しで満月だ。リーマスを動かせない」
「でもあんなのに襲われたらひとたまりもないよ!」
「落ち着け。……とりあえず、誰にも見つからない場所でリーマスを匿う必要がある。心当たりはあるから君の透明マントを貸してくれるか?」
「いいけど…心当たりってどこ?」
「秘密の部屋」
「え?なんて?」
「スリザリンの秘密の部屋…」
「ふざけないでよ!」
「ふざけてなんかないが」
決行は次の日の夜となった。ハリーは昼に無理やり退院し、私に透明マントを渡すことになった。しかし悪いことにこんな時に限って魔法省の仕事は迅速で、作戦決行日の夜から配備が開始されることとなった。
昼間に彼らを移すのは無理だった。成人男性2人はマントに入り切らないし、シリウスが犬になったとしてもあの大きな犬は目立つ。見知らぬ犬を連れ回していたら流石に誰かの目に留まる。危険は承知の上夜にやるしかなかった。
校内は戦々恐々としていた。御伽話の怪物が突然現れたようなものだ。みなの恐怖がより吸魂鬼の力を強めるという指摘もあったが、そんな理屈で解決するのならあんな物はこの世に存在しないだろう。
6、7年生は守護霊の呪文を練習しだしていた。何人かは霧状の守護霊の召喚に成功していたが、有体のものを出せた生徒は1人もいなかった。あれはなかなか高度な呪文だ。
私はどうして厄介ごとを引き受けてしまったのだろうと後悔しながら、昔からあらゆる頼み事を断れずに蜘蛛の巣に突っ込んだりしていたことを思い出して1人苦笑いした。
日が暮れて夕食が終わると魔法省の治安警察と闇祓いの増員が正門にあらわれた。マクゴナガルとスプラウトが応対し、生徒たちは寮に返された。私は透明マントを被り森へ向かった。