グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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翼の下で
グリンデルバルドの孫たち


「みなさん、我々は新たな時代の幕開けに立っています」

 

 ハリーは自分の目の前に広がる光景に現実感が持てずにいた。ただ感じるのは、普段滅多に閉めないシャツの第一ボタンが喉に食い込んで息がして苦しいこと。そして緊張で美味しいはずの料理が全然味がせず、しかも間を持たせるために食べすぎてしまったせいで気持ちが悪くなっていることだけだった。

 

 

「なぜ私がこうもマグルについて熱心なのか…不思議に思う方もいらっしゃるでしょうね。ですが我々にとって、マグルと言う存在は賢く利用しなければならない資源なのです。帝国の繁栄と魔法社会の安定を守るため、我々はマグルに対して適切な管理と教育を施す義務があります。過去の歴史上の混乱は、魔法族が歴史の表舞台にたたず、彼らを野放しにしすぎたからでした。その結果、どれだけの命が失われましたか?私たちはマグルという種族への教育と、選別を怠った!もうこれを繰り返すことはできません」

 

 壇上で演説をしているのは黒いドレスを纏い、金の飾りをたくさんぶら下げた魔女だった。浅黒い肌に金細工がよく生えており、とても上品な印象を与える。しかし、話している内容は耳を疑いそうなものだった。

 

「まず、マグルは本質的に魔法を持たない劣等な存在であり、彼らに自由な選択肢を与えることは混乱を招くにすぎません!私たちは彼らの能力や資質に応じて、適切な役割を与えなければなりません」

 

 熱のこもった語り口と低く、説得力のある声は聞くものの感情を昂らせる。しかしハリーはそのとんでもない内容のせいでその声色がまるで人々を誑かそうとする悪いものに感じた。

 しかしホールいっぱいに置かれたテーブルと椅子から壇上を見上げる彼らの目はキラキラと輝いていた。

 

「たとえば、知能や体力の優れた者は労働力として活躍させ、反対に知的な活動が不得意な者には単純な労働を割り当てる。ごくごく簡単な話です。得意なことをする!それだけ。これによって、マグル自身も幸せであり、社会も効率的に機能するのです。教育は、その選別を効果的に行うための鍵です!」

 

 横に座るフレイを見た。フレイは肘をついてつまらなそうにしていた。ハリーが見つめていることに気づくと口の端をニッとあげてから口パクで「アタマオカシイ」と言った。ハリーは1人でもまともな人がいることに安心する。

 

「マグルに与える教育は、我々が望む秩序に従うように調整されなければなりません。マグルは自分の役割を理解し、我々の教育を無条件にそれを受け入れるべき存在です。「自由」という幻想は彼らには不要です。彼らが幸福に生きられるのは、我々が彼らのリソースを管理するからこそなのです!すべてのマグルが自分の役割を認識し、その役割に満足するように教育されること。これが帝国の秩序を保ち、より大きな善のためにできる唯一の手段です」

 

 拍手喝采、スタンディングオベーション。フレイは無視して座ったままグラスを傾けて中身を空にしていた。壇上の魔女はそんなフレイを睨みつけてきた。

 

 

 

 

 ハリーは元オーストリア魔法省庁舎で行われる併合記念式典に招かれていた。なんとそこにはグリンデルバルドの一族が一堂に介しており、ハリーはヴィルヘルム以外のグリンデルバルドの孫たちを初めて見ることとなった。

 

 まずフレイとハリーの元にやってきたのはヴィルヘルムだった。彼は一度ロンドンであったし、赤毛がどこかロンを彷彿とさせるため好感を持っていた。なかなかのハンサムで、式典用のローブを纏うとまるでどこかの貴族のようだった。

 次にやってきたのは上から2番目のガブリエル・グリンデルバルドだった。彼はドイツ魔法警察の制服を着ていた。ヴィルヘルムは彼が現れた途端ディリコールのように姿を消した。

 浅黒い肌に深い掘りの顔立ちだった。頭を剃り上げており、時折神経質そうな手つきで頭を撫でる。フレイはジブリールと呼んでいた。小言を山ほど言われて渋い顔をしながら悪態をついていた。彼はハリーをチラリとみて挨拶をしただけだった。

「目をつけられなくてよかったな。あいつ粘着質だから」

 とフレイはぼやいていたが、ハリーからするとあまりみない表情が見れて面白かった。

 

 次に現れたのは冗談みたいなカイゼル髭に筋骨隆々の男で、そのあまりの大柄さに思わずハリーは杖を構えそうになってしまった。一番上のジークフリート・グリンデルバルドで、彼はその名の通りドラゴンを殺したことがあるらしい。(そういう神話があるそうだ)。ハリーの存在には気が付かなかったらしく、フレイに一通り挨拶したあとすぐに別のところへ行ってしまった。

「あいつは見かけ通りの脳筋、なのに腹黒い」

 見た目通りの軍人らしく、フレイは一切話が噛み合わないからと全部適当に頷いていた。

 

 バラエティ豊かな面々だった。フレイが彼らに揉まれて育ったというのはどうにも変な感じがして思わず笑ってしまった。普段意識していなかったがグリンデルバルドの孫たちの中だとフレイは一番線が細い。その分顔が一番いいと思う。

 

 そして最後の1人、上から三番目で姉に当たるというのが先ほど壇上で演説をしていたフリーダ・グリンデルバルドだ。彼女は演説が終わるとフレイのもとにやってきた。きつい顔をした人だった。

 

 

「祭典の時だけ来るのね?落ちこぼれの恥晒しのくせして面の皮だけは厚いわね」

 

 

 開口一番これでハリーは面食らった。フリーダはハリーを一瞥すらしなかった。フレイに対する敵愾心がものすごく、目から火花が散っているのかと錯覚するほどだった。

 

「ああ。うまい飯が食えるからな」

 

 しかし当のフレイは全く意に介しておらず、涼しい顔でそれを受け流していた。フリーダはそれがますます気に食わないらしく、フレイの不真面目さを一通り罵倒してその場を去っていった。竜巻のような人だった。

「あいつは自分が一番じゃないとヒステリーを起こす。そのうえ差別主義者なことを隠しもしない。演説もひどいもんさ」

 フリーダは労働管理局の長で、演説内容通りマグルに関することを決めているらしい。あんな恐ろしいことを言う人間がトップに立っていると聞いて、ハリーはゾッとした。

 

 ここにいる魔法使いは、誰も彼もが残酷な現実を利用していい生活をしている人たちだった。様々な人の犠牲や苦しみが在ることをわかっていながら、それを見ないふりしている人たちだ。いや、見てももしかしたら苦しみそのものがわからないのかもしれない…。

 

 

 昨年度のシリウス・ブラックとリーマス・ルーピンとの出会いはハリーにとって大きな分岐点だった。

 

 ハリーはこれまで魔法使いの社会しか知らず、自分の生活の裏にマグルの犠牲が山ほどあるなんて一度だって考えたことがなかった。今朝のパン、今皿の上に並ぶ名前もわからない豪華な料理、家具や服。それらはみな誰かの無償の労働によって成り立つものだった。

 現代の魔法使いの生活基盤は、もはやマグル無しでは成り立たない。そしてグリンデルバルドの支配する国では、さらにそれを加速させていく。

 より豊かになる反面、より巧妙に、残酷に。

 

 フレイはそれについてどう思っているのだろう。とにかくいいお酒を片っ端から飲もうとするのを止めながら、ハリーはそれを聞けずいる理由を探していた。

 

 フレイが舟を漕ぎ始め、ハリーを見物しに来た物好きも途絶えたころ、会場の入り口の辺りでざわめきが起こった。何事かと観察してると誰か大物が来たらしい。人だかりができて、それがこちらへやってくるのがわかり、フレイをゆすった。

 フレイは目を開けると、近づいてくる人物を見て居住まいをただした。

 人だかりの中心にいたのは白髪の老人で、ずいぶん歳をとっているように見えたが背筋も伸び、若々しくすら見えた。瞳は特に力強く輝いており、フレイをまっすぐ見つめていた。

 

「髪を切るとはどういう心境の変化だ?」

 

 甘くて沈むような声だった。フレイはふいっと横を向く。

「…べつに。長いのに飽きただけですが」

「前の方が良かった」

「あなたのために切ってるわけじゃありませんよ」

 

「そうか?君はどう思う、ハリー・ポッター」

 

ハリーは急に話を振られて困惑した。しかしここでたじろいでは後見人のフレイまで舐められてしまう。

「似合ってると思います。ぼくは好きです」

「へえ、よかったじゃないか」

 老人はフレイの髪先を指先で撫でるように触った。フレイの表情は見えなかった。

 

「では、また」

 老人はそう言うと別のテーブルへ行ってしまった。フレイは乱れた髪を直しながらあーあ、とため息をついた。

「あれが私のおじい様。ゲラート・グリンデルバルドだよ」

「え?!」

 ハリーは驚き、もう一度老人の背中を追った。確かにオーラはすごかったが、まさかあの人がグリンデルバルドだったなんて。

 

「最近はこういう席にあまり姿を見せないから油断していた。まあ改めてきちんと紹介するから」

「え…改めて?」

「だってこの式典の後もグリンデルバルド家の集まりだからな…」

「あ、うそ…聞いてないよ、フレイ!」

「うん。言ってないから…だって私もさっき言われたから…」

 フレイは頭を抱えていた。ハリーよりも場慣れしているはずなのに、場慣れしているからこそこういうパーティーが苦手になってしまった悲しい過去を持っている。そして避けるが故に半ば罠に嵌めるようにこういう場に連れてこられてばかりらしい。

 

 式典が終わり、様々な人が歓談しながらホールをさっていった。魔法使いなら姿くらましなりなんなりすればいいのに馬車なんて停めてあった。前時代的な服を着せられた御者は銀の腕輪を嵌めていた。

 ハリーは胸が痛くなる。馬車に乗り込みフレイと2人きりになって、堪らずその気持ちを伝えた。

 

「どうして魔法使いは銀の腕輪の人たちを召使みたいに扱うの?」

 

 フレイは事も無げにこたえた。

「彼らは家族に魔法使いがあるマグルだ。彼らが何かすれば魔法使いの家族に罰が下る。使いやすい」

「人質にしてるってこと?」

「そうだな。家族の魔法使いにとってもシルバーレットは人質になるし」

「そんなのひどい」

 フレイはそうだな。と言って前を見ていた。

 

 シリウスたちと話してから、フレイのことがわからない。

 

 フレイと初めて会った日までそれまでハリーは同じくらいの歳か少し小さい方たちとあの箱庭のような町で生きていた。自分が何故孤児院にいるかもろくに考えていないくらいに幸せだった。

 そして突然やってきた美しい人が突然自分を引き取ると言うのだから、何かの冗談かはたまた物語でも始まるのかと思った。

 フレイは別の世界から来たような雰囲気を纏っていたけれども、一緒に暮らし始めてすぐに全然そんなことないとわかった。フレイは存外だらしなく、手を抜くときは全力で抜く。楽しそうなことがあればそれを優先して仕事はあとまわし。どこか可愛げのある人だった。

 ハリーが自分の境遇を聞いてショックを受けたときはただそばにいてくれて、温かいココアを淹れてくれた。頼み事は大体聞いてくれるし、いつも自分の味方でいてくれる。

 

 でもフレイは、グリンデルバルドの孫なのだ。

 

 もちろんフレイが先ほど演説していたフリーダと同じ思想の持ち主だとは思えない。そもそも、フレイは一族に嫌気が差してホグワーツにきたと言っていた。

 しかしシリウスはフレイにはもっと隠し事があると言っていた。その中身こそ口にしなかったが、あまり信用するなと忠告された。

 自分の大切な人になんてことを言うのだろうと思った。しかしシリウスはシリウスで真剣にハリー・ポッターという人間の安全と幸福を願っているのは痛いほどにわかっていた。

 フレイに全てを話してほしい。だがフレイは全てを語らない。リーマスとシリウスが逃げたと聞いた時、ハリーは少しフレイに怒ってしまった。

 

「あの二人はぼくの友達でもあったんだ。ぼくだって協力したいし、ぼくだって…お別れを言いたかったよ」

 

 フレイはしゅんとして謝った。しかし、あの夜何があったのかもきちんと説明してくれなかった。フレイは嘘はつかない。ただ言わないことは山ほどある。そこから生まれる不信感が水に垂らしたインクのようにじんわりとハリーの心に広がっていた。

 

 

 しばらくして城に着いた。いや、城と聞いていたのだが、そこはあまりに飾り気がなく、どちらかといえば要塞めいた重厚さのある建物だった。どこか寒々しくて恐ろしいその城、ヌルメンガード城は現在のゲラート・グリンデルバルドの居城だという。

 

 フレイは酔ったと言ってバルコニーに出る。ハリーもついていくが、フレイはタバコを吸うからと少し離れた。

 紫煙が夜に溶けていくのを見ながら、ハリーは恐る恐るたずねた。

 

「前も聞いたけど…フレイはどう思ってるの、この世界のこと」

「ん…そうだな。もう少し嗜好品が自由になればいいと思ってる」

「そうじゃなくてさ。…たとえば、グリンデルバルドの孫たち…彼らのことどう思ってる?」

「あー。あいつら最悪だよな…。無礼で傲慢。こんなパーティー二人で抜け出してなんかこう…悪いことでもするか?」

「そうじゃなくて」

 フレイはタバコの火を消してハリーのところへ歩いてきた。そして突然ぎゅっとハリーを抱きしめる。ハリーはこのところ背が伸びて、ちょうど目線はフレイの顎先くらいくらいだった。タバコの匂いが直撃して、その煙たさに鼻が曲がりそうだった。

 

「気をつけろ。誰が話を聞いてるかわからない…」

 

 フレイはそう囁いてからハリーの頭を撫でた。そしてさっきよりも大きな声で言った。

「大丈夫。君をとって食うほどあいつらは飢えてない。ちょっと顔合わせてお互い嫌味を言いたいだけだ」

「…わかった」

 ハリーの心臓はバクバクと脈打っていた。突然抱きしめられたことよりも、こんな人気のない場所なのに盗み聞きをされているかもしれないという恐怖からだった。

 

 2人して部屋に戻ると、先ほど挨拶したグリンデルバルドの孫たちとその家族と思しき人が各々ソファーに座って歓談していた。

 ハリーとフレイも座っていると銀の首輪をつけたしもべ妖精が飲み物を運んできた。ヴィルヘルムも隣に来て他愛もないロンドンでの話などをしているとカイゼル髭のジークフリートが来た。彼は妻子も連れていた。

 

「先ほどは挨拶のみで失礼した。わたしはジークフリート。ハリー・ポッター、フレイの面倒を見てくれているとか。ずっと会ってみたかったんだよ。箒に興味があるそうだね?わたしも若い頃は競技者を目指していたんだが、いかんせんクィディッチ競技場はわたしには狭すぎてね。君もよかったら…」

「ジーク、あんた喋りすぎだ。ハリーが戸惑ってるだろ…」

「おっと悪い悪い。有望な魔法使いを前にしてつい口がまわってしまったようだ」

 ジークフリートは快活に笑い口を叩く。お茶目なように見えるが、目が全然笑っていない。体の大きさも相まって笑みそれ自体が獰猛な肉食獣の威嚇のように思えた。

 

「あらためてドイツ魔法軍参謀本部所属、ジークフリート大佐である。よろしく」

「ハリー・ポッターです。お会いできて光栄です」

 

 ハリーは握手を交わした。手はゴツゴツとしていて熱かった。

「フレイを連れてきてくれてありがとう。毎年家族会をしてるというのに8年もすっぽかしていたんだ」

「だってどうせ大した話ないだろ…」

 ヴィルヘルムはその通りだと言わんばかりにくすくす笑った。

「ま、せっかくこんな僻地に来たところでおじい様はそうそう顔を出さないしね。最近めっきり姿を見せないから、今日式典に来たのも驚いた。フレイが来ていたからかな」

「まあ…総帥閣下はお気まぐれだから」

 ジークフリートはフレイの肩をばしっと叩いた。フレイは痛そうな顔をしてからジークフリートを睨んだ。ジークフリートはフレイに何か耳打ちをすると、家族の元へ戻って行った。

「どうしたの?」

 とハリーが聞くとフレイは

「こんなところで内緒話がしたいんだとよ…」

 と言った。ヴィルヘルムもちょっと顔を曇らせていたが、何も言わなかった。フレイは頭を掻いて飲みかけのシャンパンを一気に流し込んでから立ち上がった。

「悪いが席を外す。なんか…適当に散歩でもしていてくれ」

「うん、わかった…」

 

 ヴィルヘルムも行ってしまったのでハリーは1人になってしまった。ジークフリートやガブリエルの家族はフリーダが連れてきたピアノ奏者の演奏を聴いていたが、ハリーはあいにく興味がなかった。

 部屋を出ると、長い廊下が伸びていた。トイレの場所をきちんと効くべきだったと後悔する。ホグワーツも城なのでだいたい勘でわかるだろうと踏んだのだが、全く雰囲気が違った。

 ホグワーツはたとえ夜でも火が灯り、どこか人の気配がするような感じがあったのだがこのヌルメンガードは全く逆だった。どこまでも暗闇で、ところどころに月明かりが差し込むだけ。人はおろか、生き物の気配すらなかった。

 

 不気味というよりかは、怖い。

 この間襲われた吸魂鬼のことがちらりと頭によぎった。ハリーは頭を振ってその嫌なイメージを振り払う。

 廊下の端まで来てトイレがあるだろうと思った扉を押した。しかしその扉の先は上へ伸びる階段だった。

 こんなところになぜ階段が?と思ったが、確か城には高い塔があったはずだ。ハリーは少しだけ高いところから見る景色が気になった。

 

 何の気なしに階段を登ると、他の廊下と違って点々と灯りがあった。螺旋階段の壁に蝋燭がともりぼんやりとその高さを浮き彫りにしていた。

 誰かいるのかも、と思って立ち止まったその時、足音がして上から誰かが降りてくるのがわかった。

 逃げる暇もなく、足音の主がぬっと姿を現した。

 

「おや…ハリー・ポッター」

 

 それはさっきの式典でフレイの髪を撫でたあの老人、ゲラート・グリンデルバルドその人だった。ハリーはぎゅんと背筋を正した。自然と敬意を払わねばならないという気持ちにさせる威厳に満ちていた。

 畏まるハリーをみてゲラート・グリンデルバルドは目を細めて笑った。

「高いところは登りたくなるものだ」

「すみません。つい好奇心に駆られて」

「怒ってなどいない。さあ、下へ降りよう」

 

 ゲラート・グリンデルバルドはハリーの肩に手を当てると、一緒に降った。降るたびに通り過ぎた蝋燭の光が消えていく。あのグリンデルバルドが、帝国の支配者がこんなに近くにいる。その重力すら感じてしまう存在感にハリーはクラクラした。

 

「フレイとの暮らしはどうだい」

「た…のしいです。すごく、よくしてくれて…」

「君と会ってあの子は随分と生き生きしている。私からも感謝しなければならないね」

 まるで、普通の家族のように。優しさに満ちた声色だった。

「そんな、ぼくのほうこそ。グ…グリンデルバルドさまがぼくとフレイを会わせてくれたんですから」

「あの子には何か守るべきものがあった方が気も紛れると思ったんだ。君はその役目を果たしていてくれてるね」

 その言い方にハリーは何か引っ掛かるものを感じた。しかしグリンデルバルドにそんな曖昧な質問を投げかけるような余裕はなかった。

 

「これからも孫をよくみていてやってくれ」

 

 階段が終わって、グリンデルバルドが離れていく。ハリーは自分が極度に緊張していたことにやっと気がついた。

 グリンデルバルドは一族がいる客間に行くことはせず、暗くて冷たい廊下をどんどん先に行ってしまった。

 

 あの階段の先に何があったのだろう。

 そんなことをぼんやり思いながら、ハリーは客間へ戻った。グリンデルバルドの孫たちはまだ戻っておらず、眠そうにしたジークフリートの子供たちがソファーでうとうとしているのを眺め、ピアノ奏者の悲しげな曲を聴きながら塔の一番てっぺんを見た。そこには明かりが一つだけ灯っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 昔話をしよう。

 つまらなかったら飛ばしてくれていい。どうせ私の中にしかない遠い昔の話だから。

 

 私はコーカサス山脈にある渓谷で育った。そこにはいろんな場所から追われてきた人が多く居着いていて、私が父と呼んだ人もどこから逃げてきた流民だった。

 そんな集落の中でも彼はさらに浮いていて、周りの住民からは恐れられているらしかった。一緒に暮らしている私も同様に緩やかな村八分の中育っていた。

 私が5歳くらいになった頃、同じ年頃の中でも体の大きな悪ガキが私を洞窟へ閉じ込めようとした。その時初めて、私は魔法の才能に目覚めたのだ。洞窟の入り口は吹き飛び、私はそこに銀の光を見た。

 子供達は私に逆らわなくなった。そして大人たちにバレないようにこっそりと私を中心とした秘密の宗教が生まれた。それはささやかな日々の祈りと小さな奇跡の積み重ねでしかなく、宗教というには幼すぎたかもしれない。

 病んだヤギを癒したり、遠くに投げてしまったボールを探したり、浮かない顔の母親のために夜のうちに花壇の花を咲かせたり。私がしたのはそんなつまらない魔法ばかりだったが子供達からは神様のように扱われた。

 しかしそんな日は長くは続かなかった。私が起こす奇跡の数々を快く思わないものがいた。それは私を洞窟に閉じ込めようとした少年だった。

 

 この村にはある伝承があった。それはコーカサス山脈の地下に強欲な小鬼の坑道があり、彼らは時折人里に降りて金や銀を奪っていくというものだった。

 私と暮らす男は、そのゴブリンの坑道を抜けてこの村に来たという。

 いかがわしい術を使うのは、私がゴブリンと男の子供だから。忌まわしい存在だからだと言いふらしたのだ。

 

 私はまた1人になった。そして自分が本当に小鬼の子なのかと思って怖くなった。

 私は男に問いただした。私は誰の子供なのかと。

 私の問いかけに男は優しく微笑みこう答えた。

 故郷から逃れる時、小鬼の坑道を通ったのは確かだと。真っ暗な洞窟を彷徨い途方に暮れていると、腕に抱いた私が突然指をさした。その先はほんのわずかに光っており、その光をたどった先に出口があった。

 私の母は故郷の兵隊に殺されて、私たちの帰る場所はここしかない。

 私の力はきっと母ががくれた奇跡に他ならない。だからどんな言葉を浴びせられても自分を誇らしく思いなさいと。

 

 美しい話だった。幼い私は胸をうたれ、孤独に胸を掻きむしりたくなるような日も誇りを失わなかった。自分の中の力を磨きながら、もしこの渓谷の外に出たなら母の墓を探し立派な姿を見せたいと思った。

 

 でもその話は嘘だったのだ。

 

 ある冬、男は死んだ。

 なんてことはない。彼は長らく病に犯されていたからだ。

 ある日私は男の願いを聞いて渓谷を出て、彼の欲しがっていた塩漬けの肉とチーズを仕入れに行った。その間に彼は息を引き取ったのだ。

 私が帰宅する頃には彼の体はとっくに冷たくなっていて、私が呆然として近寄ると、彼が机の上に遺書をしたためているのがわかった。

 そこにあったのは苦しむ前に毒を飲んで死ぬという覚悟と、私への謝罪だった。

 

 私の両親はこの男に殺されていた。

 男は、赤ん坊の私を殺すに殺せず隊を脱走し坑道へ迷い込み、ここへ辿り着いた。男は血の繋がらない赤の他人であったばかりでなく、親の仇で、大嘘つきの人殺しだった。

 

 私は寄る辺ない寂しさと、これまで暮らしていた生活全てが虚構の上に成り立っていたことを知って足元が崩れ去るような気持ちになった。

 だが同時に私の中にあったのは唯一の家族だった男を喪った悲しみだった。

 

 そして私の元に一通の手紙が届いた。それは鷲と見紛うほど大きな黒いフクロウが運んできた。

 

 

 "フレイ・デッサウアー"宛の手紙だった。

 

 私がこれまで男に呼ばれていた名前と全然違っていた。おそらく、本当の両親が私につけた名前なのだろう。

 これまでこの渓谷で暮らしていた全て。私の人生の全てはほんの小さな間違いと奇跡の上で成り立つ虚構だったのだと改めて突きつけられた気がした。

 だが、この胸に抱える悲しさは本物だった。

 たとえ嘘であっても男は私の父だった。

 

 私はそれからその手紙にあったフレイという名前で人生を歩き始めることになる。

 それから私が男につけてもらった名前で私を呼んだのは後にも先にも1人だけだった。

 

 

 

 

 今はもう、誰も呼んでくれない。

 

 

 

 

 

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