組み分けの儀式、および寮分けついては1970年に廃止の提案も出ていた。たしかにボロい帽子の裁量に任せて生徒を四つの寮に振り分けるなんて意味がわからない。しかし、現役教師らの強い反対によりその案は却下された。彼らは学校の自主性と生徒の自由を守ったというわけだ。
私としても、帽子という我々とは全く異なる価値基準を持つ骨董品が、これまでかくあるべしと育てられた子供達を振り分けていく様はみていて面白い。これを見るのはホグワーツに勤めて7度目になるが、その後の生徒たちの成長とセットで楽しめるからお得だ。
さて、ささやかながらも飾りたてられたホグワーツ大広間にマクゴナガルに連れられた新入生たちがゾロゾロとやってきた。私はその中からハリーを見つける。ハリーも同じだったようで、私を見つけるとバレないように小さく手を振った。私も小さく頷く。
「では…組分けの儀式を始めよう」
と、校長、バーテミウス・クラウチ・シニアが立ち上がり、そう告げる。職員テーブルの前に置かれた椅子と組み分け帽子にぐっと視線が集まった。
マクゴナガルがその横で生徒の名簿を広げ、名前を読み上げ始める。
教師の大半は組み分けに夢中だが、クラウチ校長は相変わらずあまり興味がなさそうだった。
私がイギリスに来る前の話なので詳しくは知らないが、彼はかつて将来を嘱望された官僚だった。魔法治安警察庁でヴォルデモートの配下、死喰い人を次々と裁きまくった。
その手法はグリンデルバルト政権にふさわしく、正義の名の下に強い意志で迅速に、厳しい処罰を下していた。当時は「暴力には暴力を」というスローガンが掲げられていたという話もある。
そんな優秀な魔法使いだった彼に転機が訪れる。息子が捕まったのだ。
そこから先は言うまでもない。
しかしそれでも『ホグワーツ校長』という仕事を任された。これは一介の歴史教師なんかよりずっと困難な仕事であり、彼のこれまで培ってきた政治経験と統制力が高く評価された結果だ。
まあつまりは油断のならない人物な訳で、興味なさげな顔をしながら何を考えているのかわからない。そう、特に今年はハリー・ポッターがいるんだから。
「ハリー・ポッター」
名前が呼ばれ、さっきまで歓迎の言葉やおしゃべりで喧しかった広間がしん、と静寂に包まれた。ハリー・ポッター。生き残った男の子。誰もが知っているその少年は緊張した面持ちで壇上へ登った。
椅子に座り、帽子がのる。
そしてごにょごにょと2人で何かを話したあと、帽子が叫んだ。
「グリフィンドール!」
わっと割れるような拍手と歓声がグリフィンドール席から上がった。ハリーは嬉しそうな表情をしてテーブルへかけて行き、こちらをみて微笑んだ。
意外だ。
私はてっきり彼はハッフルパフに振り分けられると思っていた。ハッフルパフの精神である忠実、勤勉、忍耐はこの社会にとって重要な素質だ。現にいい官僚を多く輩出している。
一方グリフィンドールは勇猛果敢な生徒が振り分けられるというが、この社会における勇敢さは正直言って前線でしか必要とされてない。何よりダンブルドアの出身寮なのもあまりいい印象でない。それにあの穏やかそうなハリーが勇敢というのもあまりしっくりこなかった。まあ、寮が全てではないか。
一応他の寮も簡単に紹介すると、スリザリンは純血が多く所属する寮で、ヴォルデモートの出身。こちらも相当なマイナスイメージだが、純血は純血で政府中枢に多くいる為団結力が強い。レイブンクローは学力に秀でたものが多く、研究職へ進むものが多い。
スリザリンなら寮監のセブルスがよくしてくれただろうに。まあマクゴナガルも教育者としてはキャリアも長く尊敬できる魔法使いだ。きっと平等に扱ってくれる。私に厳しいのがいい証拠だ。
宴が終わり、空っぽになった広間で私とセブルスが残っていた。今日は我々が夜の見回り当番だ。
広間にはしもべ妖精が何人かやってきて装飾を剥がしたり、掃除をし始める。私たちは揃って広間を出て廊下を歩いた。
「闇の魔術、今年はクィリナスとはね。怯えていたよ」
「ああ。理解し難い采配だ」
セブルスは不機嫌そうに言った。彼は闇の魔術の教師にずっと応募し続けているのに一向に採用される気配がない。まあ私が思うに、一年で辞める呪いのかかった科目に優秀な魔法薬学の教授を回すのは全然合理的じゃない。そもそもこの学校で働けるような人材はそう多くないのだ。
「ハリー・ポッター、いい子だよ。君もちゃんと彼のこと気にかけてやってくれよな」
「……どうだろうな」
妙に歯切れが悪かった。ほんのちょっと立って歩く姿を見ただけだというのに何か気に入らなかったらしい。まあ私だって1週間しかハリーと一緒にいないのだから、いい子と判断するには早すぎるか。
「それよりも、ハリー・ポッターの身の回りに何か不吉なことが起きないか気をつけたほうがいい」
セブルスが不意にそんなことを言う。彼にしてはあやふやな表現だ。それとも脅しか何かか。
「そんなに気に入らなかったのか」
「そういう事ではないのだ。……闇の帝王はまだ滅びていないという見方もある。もし、まだあの方が生きていたら、この学校は絶好の狩場だとは思わないか」
「ヴォルデモートがまだ生きてる?それは…かなり面白い仮説だ」
これが酒場で聞く与太話ならけちょんけちょんに貶すところだが、セブルスのいうこととなると真面目に考える価値がある。
彼は10年前、ヴォルデモートと政府の二重スパイとして活動し多くの死喰い人の逮捕に貢献した陰の英雄なのだ。
「死喰い人には左腕に闇の印が刻まれているのは知っているな」
「ああ。…まさか左腕が疼くとか言うんじゃあないだろうな?セブルス」
「左様」
「…聞かなきゃ良かった」
「もちろん我輩もこれが気のせいだと思いたい。だがかつての混乱の時代を知る我々イギリスの魔法使いには刻まれているのだ。あの時の恐怖がね」
ここは秘密の部屋ではない。ホグワーツの廊下は基本的に屋敷しもべや絵画たちが聞き耳を立てていると思った方がいい。だからセブルスのいう恐怖が彼の中にある本当の感情なのかもわからない。
プラハ育ちの私にとってイギリスで思想犯が暴れまくってたなんて、正直言ってまったく知らなかった。だからヴォルデモートの恐ろしさがわからない。
それにヴォルデモートがしでかしたことの記録は大部分が検閲されていた。理由は『悍ましいから』じゃあ目の前の出来事は?笑える。
彼の存在は今の社会にとってよっぽど脅威だったのだろう。ハリーの両親は大変優秀な魔法使いで、政府の秘密警察に所属してヴォルデモートを倒すべく情報収集任務にあたっていたそうだ。彼らはヴォルデモートの致命的弱点を見つける直前だったが、あと一歩というところで殺されてしまった。(この情報の真偽についていちいち言うのはもう飽きただろう?)
そしてハリーだけが生き残ったというわけだ。
今残されている資料からわかるのは、幼い子供をだろうと目的のためなら容赦なく殺しにかかる残忍性と彼が抱いた歪んだ純血思想。そしてもし彼が革命を成したら今より恐怖に支配されているであろう未来のヴィジョンだけだ。
混血は混乱、純血は秩序
死喰い人らが集会で使っていたらしい文言だが、これだけで彼らの思想の危険さはまあ理解できた。
血の濃さなどくだらない。純血だからと言って優秀というデータはない。一方で、血が濃くなった方が身体的、精神的不具合が起きやすいというデータはある。彼らはマグル出身の魔法使いを『穢れた血』と呼び蔑んでいたそうだが、本当に穢れているのはどっちだろうか。
マグル出身の魔法使いについての話が出たので触れておこう。このマグル生まれという現象について、労働管理局(マグルについての全般を司る省)は原因究明を続けているが、いまだにメカニズムは不明だ。
さて、ヨーロッパ魔法帝国およびその属国は全国民は5歳を迎える頃に魔法の力があるかどうか検査を受ける義務がある。
マグルと魔法使いは基本的には住居も教育も何もかも差別化されているが、これだけは例外だ。そこで魔法の力があると判断されたマグルの子は子を望む魔法使いの家庭へ預けられ、魔法使いとしての人生を歩むこととなる。その子の家族は『シルバーレット』としてマグル特別区でほんの少しマシな職に就けるし、子供と会うことも特に制限されていない(制度上は)。
魔法の名の下に平等を
本当に的確な言葉だ。魔法という恩寵を受けていないものは平等ではない。
「まあ肝に銘じておこう。…だがねセブルス。政府だってホグワーツには最も注意を払っている。ここは自由すぎるからね。そんな自由な監獄に死にぞこないの革命家が紛れ込めるとは思えんよ」
「フレイ、君はまだホグワーツをわかっていない。この城は我々の想像を超えた魔法の神秘と、歴史と、力が眠っている。厄介なのはふとした瞬間、誰だってその大いなる力に触れてしまう機会があるという点だ。我々お気に入りの場所のように」
「ム…」
論破されてしまった。私は面白くないなあという顔をして、セブルスはほんの少しだけ愉快そうだった。
見回りを終え、自室へ戻った。とても疲れていたが、寝る気になれなかった。
私の自室には必要の部屋への隠し通路が伸びている。私は思わず隠し通路が伸びているアンティークトランクにダイブした。これは故郷から持ってきたなじみ深い品で、勝手に入り口にされて荷物を入れられなくなってしまったのには困ったが、気に入っている。
そして私は本棚の通路で一冊手に取り、それを捲る。
それは以前読みかけの聖書で、これは打ち壊され消し去られたマグルの神について書かれている。正直何も面白くないし荒唐無稽でやたらと説教臭く感じるが、時々いいことが書いてある。
舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。
私たちの意識は言葉によって形作られている。
言葉により飾り立てられた私たちの『善き行い』は、どれくらい世界を焼いているのだろう。
私の舌が吐き出す嘘は、どれくらい私を汚しているのだろう。
焼いているのだろう。
与えられた言葉しか知らない私には真実を見ることができない。
もちろん真実なんてものがあれば、だが。