グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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世界で私だけ

 

 

 クリスマスパーティーの夜。ハリーたちの前で失言してしまった私は酔いをさまそうと外の空気に当たっていた。やっぱり調子に乗って酒を飲みすぎていた。

 

 ダンスが楽しくてついつい口が滑った。

 好きな人と踊りたかった、なんて若すぎる。

 恥ずかしい。しかし事実だった。結局踊ったのは一度きりだったけど、今でもまだその時のことはよく覚えている。

 

 わざわざ練習した私より遥かに優雅なステップで、それでいてどこか荒削りなリードだった。私が躍起になってリードを奪い返そうとしてもいなされて、気づけば相手を追いかけるように踊っていた。

 観客は1人もいなかった。いたとしてもあの夜を覚えているのはこの世界で私だけだ。

 

 割れた窓、焦げた絵画、めくれてぐちゃぐちゃになった絨毯。外では街が燃えていて、空は紅く染まっていた。銃声が遠くから響いて時々どこかで爆発が起きていた。

 私たちの踊るホールの上では炎が燃え広がっていて、上へ続く階段から下へ火の手が伸びていた。

 ハイになってた。灰になっていった。約束や誓いなんてどうでもよくなるくらいに。

 

 それと比べると、今日はなんて静かで冷たい夜だろう。

 空は真っ暗で星一つ見えなかった。分厚い雲がかかっているのだろう。今にも雪が降ってきそうだ。

 

 

「吐くなら他所でやってくれよな」

 

 

 と急に背後から話しかけられ、私は驚いて拳を振り上げかけた。しかし相手がロックハート…ではなくトム・リドルなことがわかりそっと腕を下ろした。

「私はどんなに酔ってもその辺に吐いたりしない」

「夏休みに一回僕の()()やってたぞ」

「…吐いてもスコージファイしてるからノーカウントだ」

「ああそう…」

 

 トムは呆れ気味だった。

 人気のない場所に来てやっと体の主導権を得れたのだろうか。外見がロックハートだとクリスマスパーティーで大っぴらに楽しむことはできない。ロックハートが自分の目立つ場所を譲るというのは主人たるトムに対しても、絶対にありえないことだった。

 

「調子に乗って踊って目が回ったのかと思った」

「ダンスって意外と目は回らんぞ。踊ったことないのか?」

「僕が踊るように見えるか?」

「ふふん。結構簡単だぞ。さっきのタンゴなんて実はちゃんとした型なんてないしな。要はパッションだよパッション…」

 私がちょっと八の字にステップを踏むとトムも真似した。ちょっとぎこちないあたり本当に踊ったことはなさそうだった。たしかに生まれも時代もダンスからは縁遠そうだ。孤児院育ちな上に世界は戦争の真っ只中だったはずだから。

 そう思うとこいつもほんの少しだけ哀れだ。せめて時代が違ければもっと違った生き方もあったかもしれないのに。

 

 トムは簡単な足運びなのにすこし足を引っ掛けてよろめいた。慌てて腕を掴んで支えた。

 

「どうやら君はセンスがないな!」

「うるさいな…!」

 

 トムはちょっと赤くなっていた。見てくれはロックハートだがまあトムの状態だと過剰な愛嬌が削ぎ落とされて普段よりもかっこよくみえる。ずっとこのままでいればいいのに勿体無い。

 

「ほら」

 

 トムはきちんと足を踏みしめてから私の頭に何かを乗せた。

「お…?」

 頭からとってみると、それは美しく輝く青い宝石がついた銀の髪飾りだった。

「分霊箱だ。レイブンクローの髪飾り」

「これがか?…全然頭良くなった感じがしないんだが」

 私はもう一度髪飾りを頭に乗せたり外したりした。しかし残念ながら頭が冴えた感じも、なんなら酔いが覚める感じもしない。分霊箱にされて壊れてしまったのかもしれないな。

「どこで見つけたんだ?」

「…まあ心当たりがあって」

「ふーん…私に黙って行くとはな」

 もう一度はずしてよくみてみると、確かに他の分霊箱と同じように闇の魔術の気配が見てとれた。とりあえずポケットにしまう。

「つけてればいいんじゃないか?似合っていたし」

「馬鹿。見る人が見ればわかるだろ」

「つけてれば多少知的に見えるかもしれないのに」

「…私ってバカに見えるのか?」

「少なくとも酔ってる時は」

 調子に乗りすぎだったか、手厳しい評を受けてしまった。気をつけても酒癖だけはどうにも治らない。

 水も飲まねばならんと会場へ戻ろうとする私にトムがまた背後から声をかけた。

 

「フレイ」

 

 私が振り向くとトムは少しむすっとしながらまたぎこちなくステップを踏んだ。ワルツの足運びだった。

「こうだろ?」

「優美さが足りんな」

 私はトムの手を取って一度だけ踊ってみせる。トムはなんとかついてきた。

「ふ」

 そんな私をみてトムは不敵な笑みを浮かべた。

「騙されましたね、フレイ先生。私ですよ。ギルデロイ・ロックハートです。これで私が名優だと認めざるを得なくなったわけですが、どんな気持ちですか?」

「あ?!おまえうざいなッ」

 ロックハートだった。トムのフリして私を騙したロックハートは、ニヤニヤといつも通りの過剰な笑顔で私をせせら笑った。

 私は脛を蹴ってやった。ロックハートは痛がりながら蹲り、私は彼を置いて再び会場へ戻った。

 

 

 

 なぜこんなことを思い出しているのかというと、第三の課題開始間際に生徒から没収した本に一連の流れが載っていたからだ。どうやらのぞき見されていたらしい。会話に関してはもう…この本ではなんというか甘い言葉が飛び交っているので聞かれてはいないようだが。

 しかしそれが本になっているというのはどういうことなんだ。キャラクターの名前はガブリエル・スターリング(おそらくロックハートが演じていたキャラ)とユーリ・グリンデルバルド(誰?)となっているが、容姿の描写からして明らかに私がモデルになっている。

 

 え。何?

 

 薄暗い迷路の中ではその一本の短編しか読むことができなかったが、恐ろしいことにもう何本かの短編が載っている。私はこれを読むべきなのか?そっと燃やしてしまったほうがいい気がする。

 

 頭を抱える私にグラップホーンが額をこすりつけて来る。とても痛い。だが可愛い。スキャマンダーの愛情を受けて育ったからか、とにかく人懐っこい。

 

 第三の課題開始前、私をはじめとする巡回警備員は保安検査を受けた。誰かに成り代わられていないか、危険なものを持っていないか、服従の呪文をかけられていないか…これはアラスター・ムーディーの勘で検査させられていたが…。

 一通りの検査が終わり、私に差し出されたのはエサとブラシだった。

 

 第三の課題ではクィディッチ競技場を起点に広大な迷路が設営されている。選手はその中心にある優勝杯目指して迷路を解き、一番最初に触れたものが優勝する。私はその中を徘徊するグラップホーンの見張りを任された。

 グラップホーンはかつて絶滅の危機に瀕してきたが、ニュート・スキャマンダーという魔法使いが繁殖させたおかげで個体数は徐々に増えている。灰色がかった紫色の肌で口には触手がついている。いかにも恐ろしい見た目だが、本当に恐ろしい。彼らの皮膚は呪文を跳ね返すほど強靭で、しかも一般的に非常に攻撃的で獰猛だ。

 

 グラップホーンを配置するのは迷路を複雑にするには非常にいいアイディアだった。

 この狭い通路でこの巨大な生き物を避けることは困難。さりとて倒すこともほぼ不可能。まさに動く障壁だ。

 

 しかしこの個体はスキャマンダーによりかなり飼い慣らされて人にいきなり突撃したりはしないらしい。だから私でも見張り役が務まるわけだが、それだといまいち脅威にはならない。それがバレなきゃいいのだが。

 私は昔グラップホーンに挑みボロボロにされたことがあったのだがその時戦った個体よりも小さい。まだ幼体なのかもしれない。

 どうやら私の仕事は暴れるグラップホーンを制御するのではなく、この子の尻をたたいていい感じに生徒の妨害をすることらしい。少し胸が痛む。

 

 

 迷路は巨大な生垣でできていた。かなり見通しが悪いので選手同士で殺し合いが起きても対処できないかもしれない。もちろんそんな気配はないが。

 

 私は霧の立ち込める陰鬱な迷路でグラップホーンの後ろをついてうろうろしていた。この迷路には危険な魔法生物の他スプラウトが丹精込めて育てた危険な植物が文字通り()()()()張り巡らされている。しかしこの巨大な生き物はそれら全てを蹴散らして進んでいく。

 時々予想外の罠にぶち当たってか生徒を見つけたかで突進していくのを慌てて追いかけた。なにこれ。私はなんのためにいるんだ?

 これではハリーの居場所も特定しようがない。

 

 グラップホーンの尻を眺めるのに飽きた頃、空に緊急時の花火が打ち上がった。迷路が大きく形を変え、グラップホーンがそれに驚き走り出す。私は慌ててそれを追うが、迷路の変形に阻まれてしまった。

 なんと、グラップホーン監視任務に失敗してしまった。

 こうなっては迷路を走り回ってグラップホーンを見つける他ない。

 

 とにかく、花火の上がった方面へ行かなければ。緊急用の花火が上がる事態だ。よほどのことが起きたんだろう。多少迷路をずるしても問題はないはずだ。

 

 教員だからと言って特別な抜け道があったりするはずはない。

 私は地道に走る。しかしとっておきの攻略法を知っているのだ。そう、迷路を最速でクリアする方法は壁をぶち抜けばいいのさ。

 

 葉っぱまみれになりながら、花火の上がった方へ向かっていくと途中でグラップホーンを見つけることができた。頭を撫でてやると今度は私についてくるようになった。ああ、なんて可愛いんだ。

 

 グラップホーンをちょっと撫でているとすぐ近くで叫び声が聞こえた気がした。生垣の音に混じってすぐだ。しかし花火は上がらない。だが何やら胸騒ぎがする。私は生垣をこじ開けて声がする方へ向かう。

 

 そこにはビクトール・クラムが倒れていた。

 

 とっさに脈があるかを確認した。息はしている。失神の呪文を喰らったのだろうか?だとすればかけた奴がそばにいるはずだ。

 辺りを見回すとここはもうゴール間近の地点だった。ということは優勝杯を巡って争いがあったのか?とにかくクラムの安全を確保するために私は花火を打ち上げる。しかしここで私を追いかける可愛い生き物について忘れていた。

 花火の音と生垣の動く音で後ろでグラップホーンが驚き、私を突き飛ばすようにして前へ直進して行った。

 

「やべ…」 

 

 グラップホーンが直進していく先を追いかけしばらく走ると、ほのかに輝く空間が見えた。そして人影も。

 

 その人影はセドリック・ディゴリーで、ずいぶんボロボロになって肩で息をしていた。輝く空間の中心には優勝杯が光り輝いており、セドリックはそれに手を伸ばそうとしていた。私の姿は見えていないようだった。

 

 ハリーはどうなった…?

 

 ディゴリーは優勝杯を掴もうとし、止めた。

 

「こんなんじゃだめだ。ハリー…」

 

 そう呟いて、踵を返した。

 

 しかし次の瞬間、鈍い赤色の閃光がディゴリーにむけて飛ばされた。

 突然のことだった。私はとっさにデパルソでディゴリーを吹き飛ばした。彼はおそらく訳もわからず生垣に突っ込んだ。

 

「磔の呪いを放つなんて、ディゴリー以外に全財産賭けてたのか?」

 

 私は相手を挑発するようにして歩み出た。暗がりに気配があった。そこにいたのはハリー・ポッターだった。

 

 目は虚ろ。口からは涎が垂れていて表情は弛緩している。かなり強めの服従の呪文にかかっていた。

 よりにもよってハリーを服従させて、ディゴリーを妨害しようと…?いや。狙いは優勝杯か?

 私に考える暇も与えないように、ハリーの前から赤い閃光が飛んできた。

 速い。

 盾の呪文を貼りそれを防ぐ。ハリーは棒立ちのまま立て続けに呪文を放ってくる。

 素人戦術だ。

 しかしここで突っ込んでいくことはできない。ハリーを服従させた何者かが後ろに控えている。

 

「悪いなハリー」

 

 デパルソ。

 この呪文も三年生で習うような簡単なもので人やものを吹き飛ばすというような効果しかない。しかし単純であればあるほど、こちらの力を乗せやすい。

 

 ハリーは吹き飛んだ。

 

 …あ。まずいな。不可抗力とはいえ三大魔法学校対抗試合の選手2人を吹き飛ばしてしまったぞ。魔法ゲームスポーツ部の人に怒られそうだ。

 

 

「フレイ・グリンデルバルド…」

 

 ハリーが吹き飛んでいった茂みのすぐそばから声が聞こえた。聞き覚えのある声で、私は一瞬気を取られる。

 

 暗がりから枝葉を踏んで歩み出てきたのはバーテミウス・クラウチ校長その人だった。

 

「迷路の中で殺すつもりが、よりにもよって佳境で鉢合わせるとはな」

 

 いつもの気取ってもったいつけたような声色はなくなり、冷たく、残忍な物言いだった。しかし私を迷路に入れることを決めたのは昨日。ついさっき入れ替わったというわけではないはずだ。このクラウチは一体誰だ?いつから入れ替わっていた?

 

「誰だよ、お前」

 

 私の言葉にクラウチは上唇に舌を引っ付けて笑った。

「お前には我が君から特別な言付けがある」

 

 クラウチも杖は構えた。落ち窪んだ眼窩からぎらっと光る瞳が見えた。我が君。ということはやはりヴォルデモートの手の者か。

 

「一応言ってみろ」

「従うのなら、手を貸すと」

「はぁ?その言葉、そのまま返してやるよッ…!」

 

 私は杖を抜いた。

 クラウチの反応は速かった。ほとんど同時に私に向けて武装解除呪文を放つ。私はそれを盾の呪文で弾いた。

 初めからクラウチに攻撃する気はなかったので厚く張れた呪文の盾は弾け飛ばずにすんだ。これで突撃も耐えられる。

 

「な…?」

 

 クラウチが困惑した声を上げた。私が杖を抜くと同時にポケットから大量の餌が周りに撒き散らされたからだ。

 そして間髪入れずに、地響き。

 さて。ここからはクラウチの身のこなし次第だ。

 

 土煙と生垣の残骸を巻き上げながら、グラップホーンが突撃してきた。

 

 私は餌がばら撒かれた中心にいたが盾の呪文でなんとかダメージを受けずに済んだ。グラップホーンは餌をもぐもぐと食べて嬉しそうだ。

 

 私はグラップホーンを盾にしながらクラウチがいた場所を見る。倒れた人影は見当たらない。轢き損ねたか、吹き飛んだか…。とにかく誰か人を呼ぼう。花火を上げようと杖を上げると武装解除呪文が飛んできた。

 赤い閃光はグラップホーンにあたった。グラップホーンにはまったく効かず、まだ餌を探して食っている。呪文の飛んできた方めがけて私は花火を放った。

 呪文と違う火花に目が眩む。相手も同じなはずだ。躍り出て、続け様に生垣の残骸を矢に変えて投擲する。矢を塞ぐ盾の呪文の光が見えた。

 

 すかさずそこに向けて呪文を連射する。矢継ぎ早に攻撃を仕掛けて釘付けにする狙いだった。クラウチは動かず防戦一方だ。歪んだ表情が杖先から迸る光に照らされていた。これならいける。

 

 そう思い私が距離を詰めるために走り出した刹那、視界の端に嫌なものが過った。

 

 ハリーが走っている。

 

 私は振り向く。ハリーは()()()()()()()走っていた。

 

 なんで優勝杯に?

 まさか罠?

 優勝杯を設置したのはクラウチだ。

 ああもう、滅茶苦茶。

 私はこんな風に処理できない物事が降りかかるとまとめて吹き飛ばしたくなる。しかし、今吹き飛ばされそうなのは私だった。

 

 過ぎるのはいつかしたアルバス・ダンブルドアとの決闘。

 背面から振り掛かる危機に対して私は自信たっぷりに言った。たとえ視認できずとも、背後から来る攻撃を防ぐことができる。あれは…ふかしすぎた。

 

 クラウチは私に向けて呪文を放つ。

 投擲物なら杖を使わず粉々にすれば済むこと。しかし飛んでくるのは悪くて死の呪文、もしくは強烈な麻痺呪文。防御が必要だ。

 

 私はハリーを助けたい。杖で魔法をかけられる対象はひとつ。

 

 ああもう全部無かったことにしたい。そうできたらどんなに楽か。あの渓谷の平穏で閉じた日々が懐かしい。

 

 私が死んだら、この思い出は全て無かったことになる。正真正銘、この世界から消え去ってしまう。そんなのたとえ今の世界の思い出だって覚えてる人が消えればそれは無かったことになる。当たり前のことなのに、どうしてそれが許せないんだろう。

 

 ああ、みっともない…ほんとうにみっともない。

 

 私は、盾の呪文を選択した。

 

 

 そしてハリーは、消えた。

 

 

「ポートキー…だとッ…?!」

 私の声にクラウチはニヤリと笑った。

 ムカついた。私は無言呪文で、いや。多分呪文を唱えてすらいなかった。彼を引き寄せた。杖の振りも呪文もない突然の魔法にクラウチは体勢を崩す、がすぐに反対呪文を唱えた。だがもう遅い。

 

 私はかけ出す。もはや杖を使うつもりも全く無かった。

 

 渾身の拳が体勢を立て直す途中のクラウチ校長の顔にヒットした。

 

 

「馬鹿がッ…」

 

 クラウチの口から漏れる罵倒。しかし同時に、彼は指先を擦り合わせていた。

 

 ぐわっと胃の腑がひっくり返るような感覚がした。そして見える景色が引き伸ばされて霞だした。

 この感覚は姿くらましだ。校内での姿くらまし、姿現しはできないはずなのに。

 

 ガツンと衝撃がはしり頭が真っ白になった。

 殴ったと同時に、私はクラウチの姿くらましによりホグワーツの正門付近へ飛んだらしい。空中でのとっさの姿くらましは私を振り落とそうとして失敗したらしい。

 

 正門のどこかに衝突したのだろう。

 私の頭からはかなりの量の血が流れていた。肋と左腕も多分折れている。これまで生きていた中でグラップホーンと戦った時以外では一番の重傷だ。

 クラウチの方もどうやら無傷ではすまなかったようだ。私の5メートルほど向こうでローブを着た人影がよろりと立ち上がった。橋までぶっ飛ばされたらしい。

 しかしそれは先ほどまで戦っていたはずのクラウチ校長ではなかった。

 

「よくもやってくれたな…グリンデルバルド」

 

「は?誰だお前?!」

「バーテミウス・クラウチ…Jr.だ」

 

「…やっぱり誰だよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 セドリック・ディゴリーが目を覚ました時、自分の目の前には今まで見たことのない光景が広がっていた。触手のような生暖かい、見たこともない色…そして魔法生物飼育学の授業で嗅いだことのある餌の匂い。

 飛び起きると、自分を覆い被さるように立っていたのがグラップホーンとわかった。近くで見るとギョッとする。というかこの魔法生物は獰猛なはずでは…。

 そう思いながら辺りを見回すと、先ほどまで煌々と輝いていた優勝杯は消えていた。そして不気味なまでに静まり返っている。

 赤い閃光が瞬き、自分はそれに貫かれる前に誰かに吹き飛ばされた。目を覚すまでの間に一体何があったのだ。

 あたりには戦闘の痕跡と、餌。

 

 ハリーを探さなくては。

 

 ようやく落ち着いた頭によぎったのはその言葉だった。

 

 優勝杯へ至る道でセドリックはビクトール・クラムに襲われた。クラムの目は濁っており、明らかに何かに操られていた。クラムはセドリックに向けて躊躇いなく許されざる呪文を発射した。

 セドリックは動揺した。ドラゴン相手に戦うこともトロールを叩きのめすこともすんなりできた。決闘だって何度もこなしたし、箒に乗りながら何度も危険と隣り合わせな飛行もした。しかし人から明確な殺意を向けられ、自分がそれを()()()()()()()()()()()()()()()()()となって、頭が真っ白になった。

 

 殺す、殺されるという選択肢は、セドリックにとってまるで別世界のものだった。セドリックの人生には死の匂いは縁遠いものだった。周りにマグルの収容所もなけれはダンブルドア支持者もいない。極めて平和な魔法族のコミュニティの中で真っ直ぐと育った。

 

 だから、クラムの杖先がこちらに向いて、死の呪文が発せられそうなその瞬間になってもセドリックはとっさに反応できなかった。

 

 そんなセドリックを押し除けて庇ったのはハリー・ポッターだった。

 

 ハリーはセドリックを突き飛ばし、磔の呪いを受けた。苦しみにのたうつハリーをセドリックは呆然と見た。クラムも許されざる呪文を連発できない。そして、セドリックは逃げ出してしまった。

 

 ほんの少しだったと思う。走った先で優勝杯を見て、思わず手を伸ばした。

 しかしハリーを思い出し、その誘惑を断ち切った。

 自分よりも3つも年下の彼が身を挺して庇ってくれた。なのに自分は一体何をやっているのだ。

 恐怖の後に訪れたのは、あの時全身を支配した冷気を溶かすほどの恥だった。

 戻って助けなければ、きっと自分は誰にも顔向できない。

 

 そう思いまた来た道を戻ろうとして……

 

 誰かに弾き飛ばされた。そうだ。

 

 セドリックは歩き出した。優勝杯がなくなっているにも関わらず、試合が終わった気配はない。ということはあれは罠だったのかもしれない。だとしたらまだどこかにハリーがいるかもしれない。

 

 グラップホーンを撫でると、その巨大な猛獣は頭を擦り寄せた。人懐っこいその顎を撫で、セドリックは歩き出した。

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