バーテミウス・クラウチJr.…?
ああ、ジュニア!
そういえばクラウチにはとっくに死んだ息子がいたような気がする。しかしもうそんなことを突っ込んでいる余裕もなかった。
私はクラウチに武装解除呪文を放った。
クラウチの杖は弾き飛ばされそのままよろめいて尻餅をついた。私よりもあたりどころが悪かったらしい。しかし私も私で杖を振ったら激痛が走り血を吐いてしまった。
「お前、ハリーをどこへ飛ばした?」
「貴様は知るよしもないだろう」
「ヴォルデモートは力を取り戻したのか?」
「あの方はより強くなる。そしてこの帝国を必ず崩壊させる」
「はあ…全くダメだな。話が成り立たない」
私は血を拭ってクラウチに近づいた。クラウチはニヤニヤとしていた。私はクラウチの肩を蹴り飛ばし、仰向けに転ばせる。
クラウチは呻き、私を睨んだ。彼も私も血まみれで土埃で汚れていた。その埃が血で固まって泥に突っ込んだみたいになっている。お互いそんなボロボロの状況でもなお、クラウチの目はギラギラと輝いている。
私はクラウチの胸を踏んだ。クラウチは悲鳴をあげ、口から血を吐きながら私を睨みつけた。
「我が君がお前を欲しがっていても…俺はお前を許すつもりはないぞ。グリンデルバルド。10年間お前を見ていた。お前は突然野心や正義なんかにに目覚めるタマではない。そして何よりお前は、我が君を愚弄している」
「……お前、一体いつから校長と入れ替わっていた?」
「完全に入れ替わったのは2年前だ。それまでは時々夜の散歩をしていた。親父の服従の呪文にかかったままぼんやりとした状態でだが…。ハリー・ポッターが入学してから、親父はオレの監禁を強めた…。ずっと魔法のトランクに缶詰さ。だが、その分服従の呪文の効果もゆっくり薄まって行った」
聞いてもいないことまでよく喋る。偉業を成し遂げて興奮気味なのか?だが父親に関してはどうやら質問に答えてくれるらしい。
「校長は今どこに?」
「今では、親父が、牢獄の中さ」
私はクラウチを見下ろした。
クラウチはケタケタと笑っていた。病的に落ち窪んだ目。骸骨にほんの少しばかり肉をもった程度の痩せた顔。眼差しだけがギラギラと鬱陶しい。狂信者ともいうべきか、自分の中にたった一つのものしか無くなってしまった人間の目だ。気に入らないな。
「それで…どうやってヴォルデモートと通じた?そんな状態で」
「クィリナス・クィレルの存在が俺を覚醒させた。ああ、俺がいれば。お前のようなやつに先を越されなければ…!俺があの人を探し出すためにどれだけ苦労したか。…だがクィレルに見つけられたのだ。不可能なわけないだろう?オレは成し遂げた」
クィレル、お前がヴォルデモートを持ち込んだせいで全部が狂い始めたと言ってもいいかもな。もちろんクラウチの言うこと全てを鵜呑みにするつもりはないが。
「やつに忠実な部下がまた生き残っていたとはな。ルシウスのような二枚舌ばかりかと思っていたが」
「その通り」
「僥倖だな。お前1人だとしても忠義者がいたとはね」
クラウチはニヤッと笑った。
「で、ハリーはどこに?」
「さあね」
私はそのままクラウチを踏みつける足に体重をかけた。クラウチはくぐもった悲鳴を上げる。多分折れた骨が肺のよくない部分を引っ掻いたと思うが、そんなの知るか。
私はその後脇腹に蹴りを入れた。クラウチは転がり私に背中を向ける。そんな背中を間髪入れずもう一度蹴った。血の混じった涎がだらだらと石畳に落ちた。
「何も言わないならしょうがないな。鶏に変えて犬に食わせてやる」
クラウチは血の混じった咳をしながら狂ったように笑った。
「こんな拷問、秘密警察に比べちゃぬるいなッ」
クラウチはそういうと私に向けて口に溜まった血を吹き出した。私の視界が血で塞がれた瞬間、渾身の力で腕を振り解かれた。
血を拭って気配のする方を向いた時にはクラウチは橋から身を乗り出していた。
私は痛む体を無理やり動かし、その落ちそうになる脚を掴んだ。
そして
また身体中の臓器がメチャクチャに振り回される感覚がした。今度は足なんか掴んだからか、余計に酷かった。
目が覚めた時、私は悪夢の中に放り込まれたような気がした。
湿った土、そしてうっすらと漂う死臭。よく見ると周囲にはゴミが堆く積まれていた。腐敗と汚濁があたりの泥濘をすっかり飲み込んで、その場所それ自体が穢れを煮詰めたようだ。
あたりには荒屋かバラックか、とにかく建物の残骸のようなものが見て取れた。そしてたくさんの、骨、服、靴、髪の毛。人の残骸が汚穢に混じって散らばっていた。いや、それらであたりが埋め尽くされている…。いつか見た光景とそっくりで、私は思わずえずいた。
足元を見るとバーテミウス・クラウチJr.が気絶していた。退くと足元に少し固いものがある。靴で泥をはらうとそれは墓石だと分かった。
トム・リドル
墓碑にはそう刻まれていた。
そして小さな悲鳴が聞こえた。
「グ…グリンデルバルド…?!」
声の方へ振り向くと、そこに立っていたのは汚穢に塗れた禿げた小男だった。目の前にあるのは大釜で、何かが煮えている。その向こうに倒れているのは…ハリーだった。手から血を流し、気絶している。
出血と衝撃でぼんやりした頭が一瞬で冴えた。
まず私がしたのは、目の前の小汚い男…そう、一度見たそのツラめがけて変身術をかけることだった。男、ピーター・ペティグリューは火薬の詰まった樽に変わり、物言わなくなる。
そしてほとんど同時に私のすぐそばで気絶したバーテミウスの背骨を踏み折り、その勢いを利用して駆け出す。
そして煮えたぎる大釜をハリーと反対側へ蹴り倒した。
だが、それでも遅かった。
大鍋の中身が泥濘へぶち撒けられる。肉を溶かしたような色と湯気、そして血と排泄物と消化液の混ざったような臭いがあたりの腐敗臭と混じり鼻腔を侵す。その冒涜的な臭気とともに巨大な肉塊がごろりと大鍋から吐き出された。
まるで巨大な腫瘍だった。しかし、それはすぐに霧のようなものに包まれる。
私はハリーを抱いて、忌まわしきものの再誕を見届けた。
そう、まさに誕生だ。ヒトが厭うありとあらゆる穢れに満ちたこの場所で、それは再び人の形を得たのだ。
「またお前か。フレイ・グリンデルバルド…」
「トム・リドル。…ジュニアってつけてやろうか?」
「ふ…憎まれ口に覇気がないな」
闇を纏った男。初めて見る五体満足なヴォルデモートに私は思わずハリーの肩を強く抱きしめた。
なるほど、影や霞と違って存在感が違うな。なんせ闇の魔術で作られた体だし。
奴の顔は人間離れしていた。蛇のように鼻がなく、肌が病的に白い。赤い瞳は蛇のような瞳孔で私を睨んでいる。
「まさかあんたのような偉大な闇の魔法使いがこんな場所に潜伏していたとはね。マグル居住区とは名ばかりのこの投棄場で。ありとあらゆる不要なものが投げ込まれる不浄の空間…。ある意味、相応しいが」
そう。この場所はこの世界にとっていらないもの全てが辿り着く場所の一つ。
マグルを一つの場所へ封じ込めた我々が、同じように作り上げたゴミ捨て場。ここにあるのは私たちが直視したくない現実。
全ての物はやがて朽ちていくという事実。
マグルだろうが魔法使いだろうが、はらわたの色は同じという現実。
死んでしまえば、私たちはそこら辺の生ごみと大して変わらない。
物事は全て、無へ向かっていく。
「この場所は、俺様の穢らわしいマグルの父親の屋敷があった場所だ。皮肉なことに俺様の復活に必要なものが揃った隠れ家になったわけだ」
「へえ…道理で見つからんわけだよ。森の中よりよっぽど賢明だね。ここなら魔法使いは絶対にやってこない…きっと存在すら思い出さないだろうな。だから、あんたはピーター・ペティグリューと出会えたし、バーテミウスもあんたを見つけられた…」
私は言葉を選びながらゆっくり話す。ヴォルデモートはそんな私の小細工なんてお見通しと言わんばかりにせせら笑った。
「これ以上の答え合わせなど必要か?グリンデルバルド。杖先の震えが収まるまでもう少し時間が必要か?」
「ああ、そうだな…。ちょうどあんたに話があったところだし」
「話?命乞いなら無駄だ」
ヴォルデモートは樽のそばに転がる杖に気付いた。骨のように白い杖。それを拾われた瞬間勝負はついてしまう。
そもそも私はそんなに強くないんだ。古代魔術が好き放題使えた時はそりゃ闇の魔法使いくらい赤子の手を捻るように倒していたが、あれは半分わからん殺し。
怪我人を抱えて近代最強と謳われる魔法使い相手に完全勝利を思い浮かべるほど私もお気楽ではない。
もう言いくるめるしかない。とにかく相手の注意を引こう。日記の方のトム・リドル相手に散々やった。どうせ元からそのつもりでもあったんだし。
私は息を大きく吐いて、吸った。饐えた臭いが肺いっぱいに充満して最高だね。
「なあ…あんたクーデターに興味ないか」
「私は反対だ…」
かつんかつんと爪が机を叩く音が響く。長机に何人もが齧り付き、薄暗い照明の灯りに照らされていた。窓は全て閉め切られ、鎧戸まで降りている。ここはグリモールド・プレイス12番地。ブラック家の本邸であり、大人数が集まっても現体制に勘づかれない唯一の隠れ家だ。
苛立たしげに机を叩くのはシリウス・ブラック。今となってはブラック家最後の人間であり、ダンブルドア軍団の暫定的なリーダーだった。
もちろん、若すぎるとシリウス自身も辞退した。だがイギリスでの組織的活動はほとんど困難となり、アメリカで支援者をかき集めて活動してきたシリウスはほとんどダンブルドア軍団の顔と言っていい存在だった。シリウスの言葉で動く人間は多い。
「お前さんが反対するのは、フレイ・グリンデルバルドが気に入らないからか?」
そう問いかけるのはアラスター・ムーディーだった。単純な魔法の腕では彼が1番上だ。ダンブルドア軍団のイギリスでの活動は彼とキングスリー・シャックルボルト、シリウスによる実質的な三頭制となっている。
「信じられないからだ。奴は…本心で話していない気がする」
「それはグリンデルバルドがハリーの後見人やってるからじゃないの?」
「違う!」
シリウスは自身の怒声にハッと我に返った。
「いや、それも…理由の一つかもな。確かに。現にあいつはトライウィザードトーナメントでハリーを危険に晒している…それが腹立たしくてならない」
「気持ちはわかるよ。でもさ、一旦私情は抜き」
そうシリウスを諌めるのはニンファドーラ・トンクスだ。その横にはアラスター・ムーディが座っており、トンクスの言葉を継ぐように向かいに座ったキングスリーへ話を振った。
「フレイ・グリンデルバルドの言ったことに信憑性はあるのか?」
「ええ。グリンデルバルドの言った通り、グリンデルバルドから…って何人もいてややこしいですね。フレイの言っていた伝達役から接触がありました。魔法警察庁のガブリエル・グリンデルバルドの手のものです。フレイのいう『孫連盟』はどうやら本当にあるようですね」
「孫連盟…ふざけた名前だとも思うけどね」
と、シリウスの右手に座るリーマスが言った。
「少なくとも、ガブリエルとジークフリートはクーデターを起こす気満々のようだ。彼らはゲラートを引き摺り下ろし、政治的実権を手に入れるつもりだ。そして我々が協力しようとしまいとそれは近々実行される」
「だが、彼らは開戦派だろう」
「…このままでは確実にアメリカと帝国とで戦争が起きると」
「いや、もはや世界大戦だろうよ」
誰かがため息をついた。言葉にすると馬鹿馬鹿しいが、事態はもっと切迫している。
「しかしゲラート・グリンデルバルド政権のままでも結局いつかは戦争になる。ならばクーデターによる帝国の混乱はむしろ、イギリスが支配からいち早く脱することにも繋がる。我々にできることがあるとすれば、強力な指導者をたて、戦争への抑止力にすること…。そこで…この作戦」
「ダンブルドア救出作戦。…まさかこんな作戦が現実になるとは、な」
「……」
全員が沈黙した。ここにいるものはほとんどダンブルドアの生存を信じていたが、確信していたわけではなかった。彼が生きているというのは、おまじないのようなものだと思うものが大半だった。
ダンブルドア軍団は、ダンブルドアがグリンデルバルドに敗北しイギリス魔法省が静かにグリンデルバルドの手の内に落ちていく最中、彼の意志を継ぐものが自然と集まりできた組織だった。ホグワーツで彼の授業を受けたものの多くがグリンデルバルドの統治に異を唱え、軍団に参加するものもいれば協力者としてイギリスの自由とマグルを守っていた。
ゆるやかな連携と地下活動が実を結んでか、イギリスは魔法帝国に完全に支配されるには至らなかった。しかし、そこにヴォルデモートが現れた。
ダンブルドア軍団はヴォルデモートという脅威にも対抗する必要があった。そして、彼に対抗するために立ち上がったものを魔法警察は容赦無く刈り取った。
「…ヌルメンガードからダンブルドアを救出する。その間、孫連盟がゲラート・グリンデルバルドを捕縛…。本当に絵空事に思えるよ」
「実際、絵空事だったら…?これが罠だったら…」
「フレイ・グリンデルバルドにそんな動機があるか?」
「やつはスネイプと通じている。死喰い人と不死鳥の騎士団の二重スパイと組んでるやつだぞ。信用できない」
「それは君がセブルス・スネイプを嫌いなだけだろう」
「ああもうそうだ!そうだよ。私はあいつがずっと気に入らない」
議論が取り止めのない方向へ向かっていこうとするところでキングスリー・シャックルボルトが咳払いをして言った。
「フレイは返事の期限を設けなかった。…どうせクーデターは我々抜きでも実行される。我々が乗るか乗らないかだ」
再び、沈黙。薄暗い室内で聞こえるのは不機嫌そうな息遣いとブラック家の肖像画が遠くで漏らす喚き声だけだった。
そんな沈黙を破ったのは意外にもシリウス・ブラックだった。
「…ダンブルドアが生きているとしたら」
諦めたような、しかし清々しさもあるような声色だった。
「それは希望だ」
「…何?」
私の言葉にヴォルデモートはやや驚いた。はじめて本当に目があったと思う。彼の瞳が私を捉える。私も彼を捉えるつもりで見つめ返す。まったく、うんざりするほど実在してやがる。私はこいつが実体を取り戻すまで10年くらいかかると思っていたのに、相当運がいいなこいつは。
「ちょっとクーデターの予定があるからあんたもこっそり乗らないか?」
「そんな下手な冗談で俺様を懐柔しようと?」
「ああ、まったくあんたとは初対面の印象が良くなかったよな。だが冗談ではない。ようは私の身内のゴタゴタなんだが、あんたにゃちょうどいいだろ」
私は調子良く言葉を並べ立てる。
「我々はゲラート・グリンデルバルドを
ヴォルデモートは少し考えるように間をとった。
「それで、その代わりにハリー・ポッターを見逃せというのか」
「私も、な。戦って勝てるとは思ってない。3年前とは違う」
「はッ……面白い。少しは学んだか」
ヴォルデモートは愉快そうに笑った。ウケてよかったよ。
「だがハリー・ポッターは殺す」
「…なぜそこまでハリーに執着する?殺し損ねたガキ一匹、闇の魔術で血まで取り込んで…そこまでするか?」
「貴様は元無言者だそうだな?ならばわかるだろう。…予言だ」
その言葉で全てが腑に落ちた。
「は…ははは。予言…、そうか予言か!あんたらしいな」
「俺様のなにを知っている?たかだか
ああ、その言い振りはもしかして私が日記を持っていることを知っているな?バーテミウス経由でいったいどれほどの情報が渡っているんだ。そしてどうやって勘付いたんだか。…まさか闇の魔術の教師のジンクスってマジなのか?
「あんたは死を避けるあまり死に近付いている。…こういう問答は2度目だな。いいか、あんたは予言の本質を勘違いしている…」
「おっと、ここで講釈でも垂れるつもりか?」
「まさか。そろそろ帰らなくては騒ぎになる。…もう遅いかな?とにかく、話の続きは次の機会にしよう」
「そんな機会与えるものか。クーデター計画とやらも貴様の秘密も全てここで吐かせてやる」
「恐ろしいね」
私は火薬樽にむけて魔法を放った。
ヴォルデモートのすぐ後ろでピーター・ペティグリューだった樽が爆発した。リーマス・ルーピンには悪いが、ハリー(と私自身)の命の方がどう考えたって大切だった。
ヴォルデモートを火炎で殺せるとは思わない。むしろ、ここでまた肉体がなくなるようじゃ探す手間がまた増えるだけ。
重要なのはこの爆風に紛れて、ハリーが持っていたポートキーを引き寄せる事。
「アクシオ!」
そして視界がまたも暗転し、私たちは迷路の真ん中に放り出された。
「…ああ…くそ…」
どんよりとした空。生垣がかさかさと蠢く音。湿った空気。さきほどの場所と比べれば天国みたいに感じる。優勝杯はハリーのすぐそばに転がっていた。私は立ち上がり、花火を打ち上げた。
「問題はこの後だが…」
尋問されるに決まっている。校長は消え、ハリーは負傷。校内全体に張られているはずの姿現しを制限する魔法は解除されていて、しかも優勝杯はポートキーで…それでええっと…ヴォルデモートが復活している。
どう考えても錯乱しているとしか思えない証言だな。
「おえ…ゲホッ」
私は血の塊を吐き出した。どす黒くてさっきの墓場の泥を飲み込んでしまっていたのかと勘違いしそうなほどだった。
強烈な目眩と腹部に走る痛み。そういえば爆風で耳がやられてるような気もする。私はその場に倒れ込んだ。生垣の向こうから、セドリック・ディゴリーがグラップホーンと共にやってくるのが見えた。