そして次に私が目を覚ましたのは医務室だった。ベッドのそばにはセブルスが座っていた。
「君が目覚めたらすぐに闇祓いが来る」
セブルスは唇をほとんど動かさずに言った。
「その前に重要なことを伝えておく。闇の印で召集がかかった。校長室でロックハートが気絶していた。校長は行方不明。ハリー・ポッターは無事。…何があったんだ」
訳のわからない状況に怒ってるのがひしひしと伝わってくるが、何があったか説明するには少し時間が足りないように思える。
「ヴォルデモートに会った。多分近々また会える」
セブルスは目を見開き、そして途方に暮れたような顔をして眉間に手を当てた。って待てよ。なんか知らない出来事が起こっているな。
「…ロックハートがなんだって?」
そこで医務室へ何人かが入ってくる足音がした。シャッとカーテンが引かれ、そこには三人の闇祓いがいた。1人はアラスター・ムーディーで若い女性とどこかで見覚えのある背の高い男性だった。
「さて。フレイ・グリンデルバルド。何があったか話してもらおうか」
私はボロボロの状態で校長室へ連れられた。マダム・ポンフリーは私を動かすことに酷く憤慨してくれたのだが、梨の礫だった。
校長室はもぬけの殻だった。合言葉を要求してくるガーゴイルも沈黙し、校長室の中にある歴代校長の肖像画は全て暗く塗りつぶされていた。何人かの魔法省の職員が整列しており、ムーディーの指示を待っているようだった。
私は校長室に着くまでに全ての経緯を話した。クーデター計画についてはもちろん言わなかったが、他は全て包み隠さず。
「…本物のクラウチ校長は…このどこかにいるはずだが…」
校長室にあるのは本棚ばかりだった。どれも法と歴史に関するものが多い。棚にあるのは飾り気のないものばかり。
「人1人通れそうなものがあったら全て調べろ」
指示を受け、職員たちがそれらをすべてさらっていく。
私は校長室の椅子に腰掛け一息つく。
「例のあの人が復活したことは、アズカバンの囚人たちの闇の印を見て確認が取れた。奴がハリー・ポッターを攫ったのはなぜだ」
「闇の魔術じゃないですかね。ほら…仇の血を取り込むあれだよ」
「あれって言われても普通わかんないよ」
「…トンクス、お前も校長を探せ」
茶々を入れてきた若い女性はムッとした顔をして校長の捜索へ加わった。
「つまり奴は愛の護りを無効化した、と」
「みたいですね」
「厄介な…」
私は肩をすくめる。実際、ハリーを殺すことに執着されるのは私も困る。
「で。ヴォルデモート復活の事実は公表するんですか」
「それはファッジにかかっているが…」
ムーディーは顔を顰める。続きを言おうとした時、タイミングよく校長室に怒り心頭のファッジが入室してした。
「どういうことだ説明したまえ!!」
髪を振り乱したファッジは私に詰め寄った。目は見開かれ、瞳孔が開きかかって血走っている。ワオ、怖い。そりゃつつがなく進行していたはずの一大イベントが台無しになって、その上イギリス全土を恐怖のどん底へ落とした闇の魔法使いが復活したら錯乱するか。
「校長が見つかりました!」
闇祓いの1人が声を上げた。足元には旅行用にしては一回り小さいトランクがあった。革張りの上品なトランクで、留め具にはクラウチ家の家紋があった。
ファッジが駆け寄り、中を覗いてからあぁ、と小さくうめいた。私とムーディーも一緒に中を覗き込んだ。中はトランクではなく、冷たい石の壁だった。深い深い鞄の底は入り口よりは広く、ベッドと少しのスペースがある。そのボロけたベッドの横に黒い塊が落ちていて、少し蠢いた。
あれが本物のクラウチ校長なのだろうが、こちらの呼びかけに応えるわけでもなく、ただ底にいる。正気なのかも定かではなかった。
「…とりあえず…癒者だな。聖マンゴへ連絡しろ」
闇祓いたちは慌ただしく動き出す。私はもう一度椅子の方へ行って座った。ポンフリーの応急処置のおかげで出血も痛みもないがとにかく体がだるかった。このまま校長と一緒に病院へ連れて行って欲しい。
トランクを抱えた闇祓いと入れ替わるようにして今度はマクゴナガルが入ってきた。こちらもかなり憔悴していた。
「クラウチ校長と入れ替わったクラウチJr.が、例のあの人の復活に手を貸した…。前代未聞です。まさか死喰い人が校長として潜伏していたなんて。その上学校の防衛策をめちゃくちゃにして、生徒に危害を加えた!」
私も怪我をしています。とは言い難い状況だった。
「これからどうなるのです?」
マクゴナガルの悲痛な独り言に突然ファッジが爆発した。
「そんなのッ!私が知るかッ!!」
周りの人間はもれなく全員唾を飲み込んだだろう。イギリスのリーダーとも言える男がみっともなく怒りに身を任せ罵声を発したのだから。しかし彼にはもうそんな自分を恥じる余裕もないのだろう。そのまま手で顔を覆い、深いため息をついた。
「おそらく、このあとすぐにでも本国から指示が来る…。それで全てが決まるだろう。私の進退もな…」
そしてファッジはふらつきながら出て行ってしまった。校長室には私とムーディー、マクゴナガルが取り残された。
「…あなたは見たのですか?」
マクゴナガルが私に問いかけた。私は頷く。
「なんてこと…」
マクゴナガルはそう呟いて項垂れた。この強い人ですらもヴォルデモートを恐れているのだ。あいつの残した残した爪痕の深さを実感した。
「我々も多少方針が変わるかもしれん。フレイ・グリンデルバルド。あんたらへの返事はまだできん」
ムーディーが不意にそんなことを言うので私は一瞬何のことだかわからずキョトンとしてしまった。しかし彼が闇祓いであること、その口ぶりからダンブルドア軍団のものなのだとひらめいた。
ということはマクゴナガルもダンブルドア軍団のメンバーなのか。まあ不思議ではない。彼女はダンブルドアの教え子だし、なによりも良い人間だから。
「まあ、いつでも」
どうせジークフリートもジブリールもイギリスで起きてる出来事なんて無視するに決まってる。ああ、まったく。…頑張ってコツコツ計画してきたのに!ヴォルデモート、あんたは本当に私の予想だにしない展開をもたらしてくれるらしい。
「あ。そういえばロックハートが校長室で気絶していたと聞いたのですが…」
「ああ。ギルデロイですね。無事ですよ。彼は医務室で休んでいるはずです。聴取はあったのですが…まあ彼の言い分を鵜呑みにするのは、愚かなことです」
真実薬でも飲ませてしまえば良いのに。いや、そうすると私に不利か。彼の普段のトンチキな振る舞いが期せずして私を救っているというのはおかしな話だ。
「ハリーも医務室ですか?」
「いえ…彼は聖マンゴ病院です。服従の呪文をかけられた可能性と手の傷に闇の魔術の痕跡がないかの検査と、安全上の理由で運ばれました。…今この学校は構内を除いて姿現しができる危険な状態ですから」
「クラウチJr.の仕業ですか」
「…なぜ奴が逃げおおせたかについても調べにゃならん。まったく…」
ムーディーは忌々しそうに呟くと階段へ向かった。
「フレイ・グリンデルバルド。あんたも休め。明日からどうせまた尋問だ」
私は3年前のスクリムジョールの尋問を思い出して憂鬱になった。マクゴナガルは気遣わしげに私の肩を撫で、医務室まで送ってくれた。なんて優しい人なのだろう。
医務室のベッドは二つ埋まっていた。セドリックとロックハートだろうか。ポンフリーはまだ待っていてくれて、私の怪我の具合をもう一度確認したのち、動いてダメになった部分にもう一度治療を施してくれた。
もう絶対に朝までベッドから動くなと念を押されたので、私は大人しく従った。というか、何かをしようと思えるほど気力が残っていなかった。
私がベッドに寝転び、ポンフリーが自室へ戻る気配がした後、誰かが無遠慮にカーテンを開いた。そこに立っているのはロックハートだった。いや、この感じはトムか。
「何があった?」
いや、それはこっちのセリフなのだが。
「君の本体が受肉した」
「それは知ってる。なんで君たちは無傷で帰ってきてるんだ」
「おいおいちゃんとみろ。怪我してるだろうが。…まあなんとか隙をついてな」
「君を取り逃すなんて、僕はまだ本調子ではないのか」
「そうかもな。それよりロックハートは校長室で気絶してたんだろ。なにがあった」
「ああ。クラウチ校長が…偽物だったらしいな。とにかく、校長に呼び出されて不意打ちを喰らったのさ」
「で?」
「ロックハートのネタ帳を取られた。僕の本体、日記に精巧に似せたやつをな。どうやら校長は僕の存在を知らされていたらしい」
「ヴォルデモートは分霊箱の所在を正確に感知できる、とか言わないよな?」
「いや。多分闇の魔術の教師が一年続かないジンクスだ。あれが効かないところから考えて、ぼくに…ヴォルデモートに報告したんだと思う」
「なるほど…。あれマジだったのか。というかなんてしょーもない呪いをかけてるんだ君は」
「僕じゃない」
「だがまあ…ふふふふ。ヴォルデモートは怒るだろうな。ロックハートのネタ帳なんて見せられて」
「君、よく笑えるな。一歩間違えれば僕は死んでたんだぞ」
「悪い悪い…ふふふ…」
「君の楽観主義には本当に呆れる」
私はなんとか笑いを抑え、トム・リドルに改めて向き直る。
「とにかく無事でよかった。おそらく今後ヴォルデモートから接触があるだろう。その時君は交渉材料に上がり、ロックハートも狙われるかもしれない。自衛しろ」
「君が僕を持って守ってくれてもいいんだが」
「いや、君は危険だから嫌だ」
「チッ…正直ロックハートにはうんざりしてるんだ…」
「我慢してくれ。…とにかく今後はより慎重にいこう。この件できっとグリンデルバルドも動くだろうから」
「ああ…」
トムは頷き、自分のベッドに帰っていった。ああ、これでやっと寝る事ができる。
バーテミウスの背骨は折ってやったしピーター・ペティグリューは爆殺してやったが、根本的な問題…つまりはヴォルデモートについて、私は何も対策を打てないまま逃げ帰ったに等しい。ハリーもどんな状態かさっぱりわからない。
もう色々起きすぎて頭が限界だ。
限界すぎて、私はすぐに眠りに落ちた。
そして朝起きると、私は魔法省へ連行された。五人ほどの秘密警察に囲まれては私も文句が言えなかった。
警察庁につくと、形式的な尋問が始まった。私は昨日と同じ内容の供述をした。真実薬なんかが出てくるかと思ったが、そこは私の「グリンデルバルド」の看板が効いたようだった。
「遠くまでご足労いただきありがとうございます。事が事ですので…」
尋問をしてきた魔法使いも勘弁してくださいといいたげな顔をしていた。
そして部屋の扉がノックされるとこれまで私を囲んでいた警官たちはぞろぞろと出て行き、入れ替わりにコーネリウス・ファッジ大臣が入ってきた。
「怪我の具合はどうですか?」
「まあまあです」
「それはよかった。…昨日は取り乱して申し訳なかった。なんせ…いや。とにかく…」
ファッジの顔は一晩にしてやつれており、まだ錯乱が続いているのではないかと疑うほどだった。額に手をやり何度か撫でると、ようやく決心がついたのか話し始めた。
「クラウチ校長の尋問で、彼が息子をアズカバンから救出していたことが明らかになりました。夫人がポリジュース薬を使い、入れ替わったのだと…。その後許されざる呪文を長期に渡り使用し、監禁を続けていた…と。あなたの証言と同じですな。ああ、そんな人間が校長の座についていたなんて…」
「クラウチ校長はちゃんと正気ですか?」
「いや。この証言もほとんど開心術や憂いの篩で得たものだ。自供したものはほとんどない」
「なるほど」
「それで…あなたが見た、その…例のものだが…」
「ヴォルデモート?」
「その名を口にするなッ!…ああ、もう!例のもの、は。…確かに、復活した…。収監している死喰い人や、釈放されたものらからも召集がかかった旨確認が取れた。あなたの言っていたマグル居住区はリトル・ハングルトンにあり、たしかにトム・リドルというマグルの屋敷があった場所だった。闇祓いは深夜に出動していったが、明確な証拠はない。しかし、魔法省は例のあの人の復活を否定する要素はないとして、認める判断に至った」
「賢明なご判断で」
「しかしだね。この事が市民に与える影響は甚大だ。幸い例のあの人は配下をほとんど失っている。派手に動くことはできない…」
「ええっと…つまり?」
「公表はしない。いや、これは箝口令だ。我々イギリス魔法省が秘密裏に、迅速に、事態を収集させる。市民は絶対にこのことに気づかない。絶対に」
「あなたのいうことは理解できます。でも!当事者のハリーはそれじゃ納得しないですよね」
「ハリー・ポッターには記憶処置が施された。…もちろん、これも機密事項だ。私も、私も…ッ絶対に漏らしてはならない。君も、納得してくれるだろう?」
「…なるほど。それが
ファッジの目は血走っており、とても軽口を叩けるようなものではなかった。ヴォルデモートの復活を表沙汰にしないのは私にとっても都合がいい。騒がしいのは嫌いだから。
ファッジは要件は伝え終わったと言わんばかりに部屋から出て行き、私も追い出された。ロンドンまで来たついでとハリーへの面会を希望したが、なんとハリーはもう学校に戻されたという。
私もすぐに学校へ戻った。学校近辺に姿現しして森を抜けている途中で、そういえばクラウチ(偽物の方)が校内での姿現し禁止の呪文を台無しにしていたことを思い出した。校門スレスレまで飛べばよかった。
しばらく森を散歩してから学校へ着く。生徒たちは寮から出ないよう指示されているのだろうか。学校内は静まり返っていた。休み中の静けさとは違い、どこか緊張をはらんだいやな沈黙だった。
大広間の前を通りかかると、セブルスがいた。私を見つけるとすうっと近づいてきて囁いた。
「こちらへ」
「え。部屋に帰りたいんだが」
「いいから、来るんだ」
セブルスはそういうとどんどん先へ行ってしまう。私は渋々それを追いかけた。
てっきり地下室へ行くのかと思えば、セブルスはどんどん階段を登っていく。なんだか嫌な予感がした。セブルスは校長室の石像前までくると、私に階段を登るよう促した。
私はじっとセブルスの顔を睨んだ。セブルスは早くしてくれと言わんばかりに階段をなん度も指差した。
階段を登る。この螺旋階段はまるでヌルメンガードの塔みたいだ。なんだか苦しくなるから嫌いだ。
そして、階段の先には空っぽの校長室があった。
昨日まであった本棚と本の山は押収されてしまったのだろうか。棚に残っているのはは歴代受け継がれてきた魔法の品と大きな憂いの篩くらいだ。クラウチ(偽物)の手により黒塗りにされた肖像画は取り外されて壁には日焼け後が残っていた。
そして部屋の奥、私を見下ろすような位置にゲラート・グリンデルバルドが鎮座していた。
「…ゲラート…」
「フレイ。傷だらけじゃないか」
そう言って彼は手にしていた組分け帽子を机におき、私を見つめた。
「手酷くやられたようだな」
「いやこれは、姿くらましに巻き込まれて激突したので。事故ですが」
「ああ。そうだった。ここの姿現し禁止呪文は先ほど私が掛け直した。なかなか強い魔法使いだったらしいな、偽物の校長とやらは」
「…それでどうしたんですか。わざわざこんなところにまでおいでになるなんて」
「ヴォルデモートに関して少しだけ気になったことがあってな」
ゲラートは本当に穏やかな顔をしていた。その声も、その仕草も。もうずっと前に過ごした日々を思い出して嫌になる。私だけが覚えている世界の君を思い出すといつも私は胸の奥が煮え繰り返るような焦げ付くようなそんな気がして嫌になるんだ。
「まあ、予見なんてものはそこまで当てにならないが」
「…おじい様の才能を貶める気はありませんが、私もそれらの分野には否定的です。何も心配ありませんよ。どうせ近々、何もかもめちゃくちゃになるんですから」
「相変わらず悲観的で投げやりだな。ハリー・ポッターのおかげで少しは目が覚めると思ったのだが」
「…そうですね。彼のおかげで慈しみの心は思い出せたかもしれません。でもどんなに小さな幸せを見つけたところで、それが世界を変えられるわけない」
「いいや。
「あなたの言ってることは、絶望に対して盲目になれってことだ。…まあ別にそんなことはどうでもいいんです。…私になんのようですか」
ゲラートはふっと笑って一通の封筒を取り出し、私に差し出した。私は渋々彼に近づき、それを受け取り開封した。その中にあったのは辞令だった。
「………今日ってエイプリルフールでしたっけ…?」
辞 令
1995年6月25日
フレイ・グリンデルバルド 殿
魔法帝国の繁栄と調和を更なる高みに導くべく、あなたの高潔なる資質と卓越した知識を鑑み、ここに厳粛なる辞令を交付します。
新役職:ホグワーツ魔法魔術学校 校長
発令日:1995年6月25日
本職務において、貴殿の責務は魔法帝国の理念を忠実に体現し、若き魔法使いたちを正しき道へと導くことにあります。その手腕を余すところなく発揮されることを期待します。
魔法帝国総帥
ゲラート・グリンデルバルド
「いいや。おまえはたった今から、ホグワーツ校長だ。おめでとう」
ゲラートはそう言って立ち上がり、私の肩を叩いて出ていった。私は追いかける事ができず、その辞令を呆然と眺めることしかできなかった。
「………夢だと言ってくれ!!」
炎のゴブレットはこれでおしまいです。
感想、評価、お気に入り、ここすきありがとうございました
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