私が初めてゲラート・グリンデルバルドに出会ったのは18歳の晩春。深い緑が取り囲む城の中だった。
私は当時、神秘部の極秘プロジェクトに携わる傍ら、『死の秘宝』を探し各地を放浪していた。とはいえ真面目にやっていたとはあまり言えないが。
出向いた先に密猟者がいれば蹴散らし、闇の魔術による問題は消し去り、そんなことを繰り返すうちにいつしか『銀の杖』と呼ばれていた。私はグレゴロビッチに依頼したゴブリン製の銀でできた杖を使っていたので、そこからだろう。
その日はその土地で悪名を馳せていた魔法使いを倒している最中だった。そいつが根城にしている古城に乗り込み、警備していた武装トロールたちを爆殺し、闇の魔法使いを古代魔術の一撃で炭にしたまさにその時、私は彼と出会った。
湿った風と共に灰が舞い上がった。
古代魔術の残滓を含んだ灰はキラキラと輝いて、緑に呑まれつつある古城の壁に溶けていく。近くの湖から漂う心地よい湿度で艶めく私の銀の髪と銀の灰の合間に、一連の殺戮の目撃者がいた。
杖を握りしめた少年だった。ブロンドの髪が被さった青い瞳が私を見つめていた。
危険な場所に潜り込んでしまった地元の少年。いや、
なぜなら彼の瞳は恐れや怯えではなく、憧れでキラキラと輝いていたからだ。
ゲラートは私に弟子入りしたいと申し出た。当然私は断った。
するとあまりに駄々をこねるので、私は彼を可愛らしい子犬へ変身させて鎖で繋いで檻に閉じ込めた。当時のコンプラではこれは大した問題にはならなかったんだ、信じてくれ。
そして古城に残置されている闇の魔法使いの荷物や研究資料をさらって、その何度か見た陳腐な闇の魔術にガッカリした。亡者なんて全くそそらない。降霊術はクソだ。
私は研究資料と闇の魔法使いの寝袋だとか、服だとか、古ぼけた写真だとか…それらをまとめて焼いた。
すっかり夜になって暗闇に染まった森にオレンジの灯りが爛々と輝いていた。
私は変身させて檻に閉じ込めておいたゲラートのそばでそれを眺め、その火が消えそうになる頃に変身を解いてやった。
これだけ理不尽な扱いをすれば普通懲りるだろう?それか怒るか、怯えるか。なのにゲラートの目は一番最初に見た時と同じ。私への期待とか憧れとか…そういうので輝いていた。
ゲラートの家は裕福で、まだ就学前にも関わらずグレゴロビッチ製の杖を持っていた。夏が終わればダームストラングに入学するそうだが、すでに3年生で学ぶような呪文は完璧にできるようになっていた。その秀才ぶりは一度だけホグワーツで杖を交わしたアルバス・ダンブルドアを思い起こさせた。
アルバスと違ってゲラートは金も才能も何不自由ない子供だった。しかし家族関係はすこぶる悪かった。いや、悪くすらなかった。希薄、というよりかは無理解、無関心と言うべきか。誰もゲラートの才能を理解できず、むしろそれを畏れ、遠ざけた。聡いゲラートは親族の狭量さや臆病さにうんざりしていた。
「ぼくを連れて行って」
と、ゲラートは言った。
身の上話をしてる間に夜はふけて、朝の気配が忍び寄っていた。
「銀の杖。おとぎ話みたいなあなたなら、きっと見たこともない景色を見せてくれるんでしょう?」
白み始めた空は古代魔術の放つ銀の光が飽和した景色とよく似ている。確かに私は御伽話みたいだ。山脈からやってきた、忘れ去られた魔法を使う銀の杖。私が子供の頃に山の下からやってくるゴブリンを恐れたように、ゲラートは私に焦がれていた。
一人の冒険にくさくさしているところでもあった。だが私は少々厄介な問題に直面していた。子守りをしながらでは荷が重い。
私はガキんちょのくせにロマンチストだなと笑い、ゲラートはむくれた。
足手まといはいらないから、まずは学校で一番強くなれと言った。ゲラートは頷き、私たちはそこで別れた。
私の直面していた問題は二つあった。
セバスチャン・サロウの最愛の妹、アンの呪いが悪化していたのだ。そして肝心のセバスチャンはまだ見つからなかった。神秘部から転送される手紙でわかるのは彼がどうやら死の秘宝探しに難航し、ふたたび闇の魔術を求め始めてると言うことだけだった。
もう一つは、ソール・クローカーの逆転時計実証実験に関する課題だった。ざっくり言えば、逆転時計により時を遡り過去を改変した場合にそれをどう観測するかという点。また、過去を変えることで現在の我々にどんな影響があるか全くの未知である点。これら懸念点が実証実験の承認の壁となっていた。
まあ後者は私に直接関係ないように思えるが、乗りかかった船が沈みかけているのはどうにも座りが悪く、またクローカーの協力あってこそ闇の魔法使いたちの情報を得られているのだ。彼を切るわけにはいかなかった。私にとっては唯一とも言える魔法省、つまりは権力とのつながりだった。
まあ、この二つの問題はこの後突然爆発して全てが混沌へ突き落とされることになるわけだが。
私はその年の冬、長い長い旅を経てようやくセバスチャンと再会できた。そこは闇の魔術とも死の秘宝とも関係ない場所だった。
たまたま立ち寄った村に、かつて魔法使いが暮らしていた砦の遺構があった。その村はすっかりマグルしかいなかったので、万が一危険な魔法の道具だとかがあったら大変だと思い、そこへ踏み入った。
砦は何世紀も前のもので、魔法使いが暮らしていたという痕跡もほとんど残っていなかった。しかし微かに例の古代魔術の気配を感じた。
慎重に探検していくと、地下へ続く階段が隠されていた。
その階段には真新しい足跡があり、私は警戒しながら下っていった。
しばらく階段を降りていくと、そこはソール・クローカーからもらった砂粒とよく似た真っ白な砂が敷き詰められた砂浜のような場所だった。
砂浜の中央には石造りのアーチが半ば埋もれるように立っていた。アーチは上部が欠けて、砂からその破片が頭をのぞかせていた。
セバスチャンはそのアーチの真下に座っていた。
思いがけない再会に私はかける言葉を忘れた。そして同時に、その光景の不吉さに気圧された。異世界のような美しい光景と、そこにいるのに私に気がついてないセバスチャン。まるで一枚の絵のようだった。
「セバスチャン…ッ」
私が声を絞り出すと、セバスチャンはハッとして私を見た。
「やあ。どうしてここに?」
まるでいつも通りの笑顔だった。3年間姿を消していたくせに。私と過ごした学校生活よりも追いかけてる時間の方がよっぽど長いのに、それを感じさせない。
思えば、その時点でもうセバスチャンのおかしさに心のどこかで気がついていた。しかし私はそれを飲み込んで彼のもとへ駆け寄り抱擁した。
「こんなところ、探検したくなるだろ?」
「相変わらずの好奇心だね」
「まあね。おかげで君を捕まえられずに3年もたっちゃった」
「3年…もうそんなに経つのか」
セバスチャンの目はどこか虚ろだった。私は彼をこの世に引き留めるようなつもりで会話を続ける。
「どうやって私から逃げてたんだい?」
「逃げてたなんて人聞きが悪いな。僕はアンを救う術を探してるだけだよ。ずっと」
「じゃあこの場所も?…あんまりそんな感じはしないけど」
「ここは君の使う古代魔術…だっけ…それよりももっともっと古い魔法のあった場所だよ。僕はそれを探してる」
「…それって死の秘宝…?」
ニワトコの杖、蘇りの石、透明マント。飲み屋で話そうものなら御伽話だと鼻で笑われるだろうが、わけあって私はその実在を知っている。
「せっかくの再会なんだし、もっと明るい場所で話さない?」
私の提案にセバスチャンはあっさりと乗った。私たちは村のパブへ入り、地元で作っているらしいビールを飲んだ。人はあまりおらず、さっきの場所よりも薄暗くてしけていた。
「君が追いかけていること、本当に知らなかったんだ」
「無言者からも何も聞かなかった?会ってたんだろ?」
「ああ。彼らは思ったよりもおしゃべりだけど、僕の欲しがる情報は一切話さない。それで最近嫌になって彼らとは距離を置いている」
「そうか…。私は君のことを無言者から聞いてね。というか勧誘されたよ」
「へえ、いいじゃないか。君はへキャット先生のお気に入りだし」
「へキャット先生からは警告されたよ。実際、私の力を利用したいだけのように思えた」
「君の力、か」
セバスチャンはビールを煽る。含みのある物言いに私は突っかかりそうになるが、堪えて同じようにビールを口にした。私はいつアンのことを切り出そうか、そのことで頭がいっぱいだった。
しかしセバスチャンは自分から口火を切った。
「君の魔法でアンを治せないのは残念だ」
「…そのことだけど」
私はアンの容態を正直に告げた。セバスチャンはうめき、項垂れた。肩が小さく震えていた。
「帰ろう、セバスチャン」
セバスチャンは頷いた。そして私の3年間の世界旅行は幕を下ろした。
こうして冒険は終わり、セバスチャンはアンと再会。私はオミニスとの約束を果たして、そのままフェルドクロフトで平穏な日々を送りました。と締め括ることができればよかったんだがね。
冬が終わって、ようやく庭の花が咲き始めそうな早春にアンが死んだ。
悲嘆に暮れるセバスチャンは私に「悲しみを消して欲しい」と頼んだ。
「悲しみを?」
「そう、悲しみを」
「そんなことが可能なのか?」
セブルスはようやくグラスに口をつけた。私はおかわりを注ぐ。
「イシドーラ・モーガナークという魔女は古代魔術をそう使った。イシドーラにとって最も強い願いは苦しみや悲しみを消し去ることだったからな」
「古代魔術は応用が効く技術なのか」
「おそらくね。残念ながら私には師はいなかったから単純な魔法しか使えなかったが」
「古代魔術は君のいた世界でも失われた技術だったのか」
「ああ。私は例外だ。無理矢理その力を手に入れようとした小鬼のおかげで酷い目にあった」
「君の小鬼嫌いはそこからだったのか」
セブルスはグラスを置いて私を見た。
「…それで…どうしたんだ?」
どうしたって?
散々失敗例を見せつけられて、さらに言えばその失敗した魔女、イシドーラの遺した禍根に苦しめられて、私が同じ過ちを犯すとでも?セブルス、私ってそんなに馬鹿に見えるか?
正直言って、悲嘆に暮れるセバスチャンを見て心は揺れた。私はまだ若く、悲しみが時として喪失を癒すための薬になることを知らなかった。だが、オミニスはそれを知っていた。
「フレイ。約束を守ってくれてありがとう」
アンの葬式が終わり、抜け殻のようになったセバスチャンに毛布をかけてやった後、家の外のベンチに腰掛け夜空を見上げるオミニスのそばに行った。オミニスの後ろに立った途端彼は振り向きもせずそう言った。
彼は目が見えない。しかし驚くほどによく見えている。
「セバスチャンを連れて帰ったこと?」
「そう。…そして、彼に魔法をかけないでいてくれてありがとう」
「したくてもやり方がわからないしね」
「僕の知っている君なら、使ったことのない魔法でもぶつけ本番でも試してたと思うよ。…ってたった一年しか一緒にいないけれど。…もう、君がセバスチャンを探す旅をしていた期間の方が長い」
「ああ。でも私たちの冒険は、密度でいったら人生の中で一番濃いよ」
「そうだね、その通り」
オミニスはふふッと笑った。彼は実家から離れて暮らしているが、完全な縁を切ることはできてないらしい。由緒正しきマールヴァロ家。最も血の濃い一族の数少ない後継者。その煩わしいしがらみを捨てたい気持ちはわかる。捨てたいのに捨てられない血縁という呪い。私にはもうないものだが、ないからこそその不条理さはよくわかった。
「フレイ。君は前みたく旅を続けなよ」
「えっ…どうして?」
「君は田舎でのんびりってタイプじゃない。それに、やりたいことを見つけかけてるんじゃないかい?」
「…オミニスにはなんでもお見通しだね」
「君たちには見えないものが見えてるのさ」
セバスチャンのことは任せて。とオミニスは言った。一年生の頃からの親友なのだ。私なんかよりはよっぽど彼の悲しみに寄り添える。
オミニスの言ったように、私はやりたい事がたくさんあった。
ソール・クローカーの逆転時計の開発に、未だ攻略されていない闇の魔法使いの罠。古代魔術の痕跡は全世界に存在するし、旅先で触れる別世界の生活様式や文化は私をワクワクさせた。
15歳までずっとコーカサスの山々を眺めることしかできなかった私にとって、世界はすべてが美しかった。
そして私は再び旅に出た。
旅はそれはもう楽しかったよ。差し迫ったものもなかったし、私はどんどん強くなった。魔法使いとの決闘も去ることながら、なにも知らないマグルと魔法なしで喧嘩してみたり、マグルの銃の弾丸を避けるゲームで大怪我してみたり…。
え?なんだその顔は。セブルス、それくらいみんなやるだろ?それにちゃんと最後には避けれるようになったからな。
世界中飛び回っているせいで季節の移り変わりにも鈍感になっていたが、時々はセバスチャンとオミニスの元に顔を出していた。旅の土産話なんかを携えてね。
そして1897年。私はゲラート・グリンデルバルドと再会した。
旅の最中、ダームストラングの教授と酒場で決闘した後、彼の決闘クラブの大会に審査員として招待された。もちろん私が勝利したからだ。
ダームストラングには行った事がなかったし滅多にない機会だったから私はすぐにOKをした。ダームストラングはホグワーツほど暖かな雰囲気ではなかったが、生徒たちの強い向上心でどこか熱を持っていた。
審査員ということですっかり油断していたが、前回優勝者とのエキシビションマッチに突如指名されてしまった。負けた教授の嫌がらせに違いなかった。
そして驚くべきことに前回優勝者はゲラート・グリンデルバルドだった。14歳の彼はうんと背が伸びでいて、あの古城で出会った少年と同一人物とはにわかに信じ難かった。しかし私を見つめる彼の目はあの時と同じように輝いていた。
私とゲラートの決闘は武装解除呪文なんて生やさしいものは一切飛ばなかった。失神呪文、その他相手を負傷しうる呪文が山盛り。ゲラートは明らかに私に対してトロールか闇の魔法使い相手の想定で戦いを仕掛けてきた。
最終的に私は古代魔術を使い、彼の首を魔法で締め上げながら空中に吊るし絞め落とすことでなんとか勝てた。多分ダームストラングでもギリギリ許されないラインの汚い勝ち方だったと思う。それほどまでにゲラートは成長していた。
「銀の杖」
決闘大会が終わり誰も私に近寄らない中、またも優勝したゲラートは優勝カップを片手にぶら下げて私に駆け寄ってきた。
「大きくなったね」
私の言葉にゲラートはにっこりと笑った。
「覚えてくれていたんだ」
「ああ。だから絶対負けるわけにはいかなかった」
「ふっ。あんな手を使ってまで勝つなんて、そんなに僕が怖かった?」
「いや、怖かったのは恥だな」
「あれ、あなたはそんな理屈っぽい言い訳する人だったかな」
「んんん…」
ずっとボケる私を見てゲラートはますます楽しそうに笑った。
「約束、ちゃんと覚えてる?」
私は別れ際学校で一番強くなれ、と言った事を思い出した。ゲラートは本気であの言葉を信じていたのか。
「覚えてるよ。覚えてるけど、まだ学生だろ」
「こんなところで学ぶことなんてもうないよ」
「そんなこと言ってるようじゃまだまだ強さが何かわかってないな。それに、強さは決闘だけでは測れない」
私もわかってないけど。ガキというとゲラートはむくれた顔をした。
「じゃあ次会った時に私に勝ったら連れて行ってあげるよ」
「破れぬ誓いをして」
「そこまでしなくても。約束、約束」
「破らないでね」
約束。私はその場しのぎの約束をしてダームストラングを去った。その足で私はグレゴロビッチの元へ寄った。
私は銀の杖のメンテナンスと改良のためよく彼と会っていた。グレゴロビッチはなかなかに偏屈な爺さんだったが、何度も通ううちに夜泊めてくれたり、酒を飲んだりする仲になっていた。
とはいえやつはなかなかの悪党でもあった。いい杖を作れればそれで良いという考え方は時に倫理や道徳を蔑ろにしていた。だが私からすればどうでもいいこと。グレゴロビッチは銀の杖に満足して死の秘宝探しをすっかり忘れていた私にニワトコの杖の話をしてくれた。
ニワトコの杖は歴史を紐解けばその存在が確かに記録されている。はじまりはペベレル家の長男、そして彼を殺した男、その男を殺した者…と血の歴史により辿る事ができる。
「
と、グレゴロビッチは酒であからんだ顔で笑った。
「間違っても自分の強さをひけらかしたりしないだろうよ」
その後他の死の秘宝、蘇りの石と透明マントについても話をした。ペベレル家の人間が継いでいるのだろうという結論になったが、そんな名前の魔法使いは見たことも聞いたこともない。
聞けば、その家系はとっくに潰えているそうだ。図書館にでも行けば何かわかるかもしれないが、とグレゴロビッチは言うが、杖以外はどうでもいいと思っていることは明らかだった。
私は旅の土産話にグレゴロビッチとの奇妙な関係をセバスチャンとオミニスに話して聞かせた。そして死の秘宝を持っていた一族、ペベレル家の話になるとオミニスが衝撃的なことを教えてくれた。
「ペベレル家はゴーント家のご先祖様だ」
もしかしたらタンスに透明マントが仕舞われているんじゃないかなんて冗談めかして言うとセバスチャンもオミニスも笑った。おとぎ話の宝物がそう簡単に手に入っては困る。
「透明マントがあってもね」
セバスチャンは言った。
「まあ便利ではあるだろうね。私は杖の方が興味あるけど」
「君たち、三兄弟の物語をちゃんと読んでないのか?やれやれ。透明マントが一番いいに決まってる」
そんな他愛もない事を話して、私はまた2人の元を発った。
あんな話、するべきではなかったのかもしれない。
「結論から言えば…セバスチャンは、蘇りの石をもとめた」
私の言葉にセブルスが深く息を吸う。
「なるほど。これから起きる悲劇というわけか」
「…ああ。セバスチャンは…オミニスと衝突した。私はその時逆転時計の実用化実験がいよいよ佳境でね…それに協力していたんだが…」
私はため息をつく。
「続きは今度にしようか」
「だめだ。今ここで全て話してもらう」
「…君って苦手な食べ物先に食べるタイプだろ」
セブルスは「さてどうでしょう?」という顔をする。とぼけちゃってまぁ。