これまでずっとわからなくて、諦めかけて、忘れかけていたもの。
本当に大切だったのかもよくわからなくなっていたものなーんだ?
思い出、記憶、あるいは追憶?
私はハロウィンパーティー前の余興、決闘クラブが開催されている間に3階の女子トイレにいた。ゴースト、マートル・エリザベス・ワレン、通称嘆きのマートルを訪ねるためだ。人気のない今がチャンスだった。
この学校には多くのゴーストが棲みついているが、その中でも彼女は割と新顔で、没年1943年。まだグリンデルバルドの支配がイギリスに及んでない頃に生きていたわけだ。
彼らゴーストの口を塞ぐのに魔法省はかなり手間取った。基本的にゴーストを消し去ることはできない。しかし苦しめたり閉じ込めたりすることはできる。彼らは生徒に
マートルは定期的にトイレを台無しにする程度なので強制排除は受けていない。ちょっとした魔法学校ならではのアクセサリーみたいだよな。
私はトイレの入り口で咳払いをする。
すると奥の個室からすぅ、と体を透かして陰気な顔をした女子生徒がこちらを覗いた。彼女が嘆きのマートルのようだ。
「私はフレイ・グリンデルバルド。魔法史の教師なので、もしかしたらあなたも知ってるかもしれないが…今いいかな?」
「なに?なによ。どんな脅しをしにきたのかしら」
マートルは私を睨みつける。私はぎこちなく笑って、あなたを苦しめるつもりはないと言うふうに両手を広げた。
「少し話を聞きたくて」
「…あまり時間がないわ。今日はニックの絶命日パーティーに行くから」
「絶命日パーティー…?」
なんて楽しくなさそうなパーティーなんだ。ニックというのはおそらくほとんど首なしニックのことだろう。グリフィンドールの寮付きゴーストで基本的に人当たりがいい。魔法使いともめずに上手く立ち回っているが、それは単に自分が首なし狩りクラブに入れるかに腐心して生者の世界にあまり関心がないからだと思う。
「時間は取らせない。聞いたことに答えてくれればいいんだ」
「じゃあ早く済ませてよ」
マートルは嫌そうだった。前述の通り魔法省はゴーストを厄介なものとして扱ってきたし、私のグリンデルバルドという名はどう取り繕ってもいい印象を与えられない。とっとと用件を済ませよう。
「君、トム・リドルという生徒についてなにか覚えてないか?」
「トム…?ああ、スリザリンの監督生でしょ、超かっこいい」
「そう、その人。彼とダンブルドアの関係について目立った時間や出来事はあったかな」
「ダンブルドアと?……わからない。私はレイブンクローだったし、学年も違うもの。ただ、彼と取り巻き達のことよく思ってなかったとは思う」
「そうか…」
「同じことを聞かれたわ。あんたのおじいさんにね」
「…それはいつだ?」
「さあ。死ぬと時間の感覚があんまりなくなっちゃうから…でも、多分例のあの人がいなくなってからじゃない?」
「…そうか。あの人がここにきてたのか…」
「……あんたおじいさんとあまり似てないのね」
「まあ孫って結構遠いからね。それにほら、私のほうが美形では?」
「冗談のつもり?」
ワオ。物凄く滑った。ここに何か壺とかがあったら叩き割ってストレスを発散していたかもしれない。
「最後にいいかな。君がみたのは、蛇じゃなかったか?」
「……それもあんたのおじいさんに聞かれた」
「そうか。ありがとう」
これでヴォルデモートのファイルに秘密の部屋事件を添付したのはおじい様だということがわかった。大きな収穫だ。
私の手にしたファイル、秘密の部屋事件について。
これは1943年に起きた痛ましい事件だ。ホグワーツの創始者、サラザール・スリザリンの残した『秘密の部屋』の怪物がこの哀れな女子生徒、マートルを殺した。
当時在学中の半巨人、ルビウス・ハグリッドが飼育していたアクロマンチュラによるものだと告発があり、ハグリッドは逮捕されアズカバンに送られた。
しかしこれにはおかしな点が多々ある。まず、マートルの死体がアクロマンチュラの仕業だと言う証拠がなかった。その上ゴーストになった本人の証言が黒塗りで潰されており、告発者の名前に赤マルがされている。それがトム・リドルである。
推察するに、秘密の部屋の怪物はおそらく本当に解き放たれていたのだろう。マートルは運悪くその犠牲者に。ハグリッドは濡れ衣を着せられた。
なんでそんなこと断言できるかって?
告発者、トム・リドル。この名前にピンときたら…じゃないけれど、彼はなんとヴォルデモート本人である。ワオ。これはそれなりに権限があれば知ることのできる情報だが。彼の在学中何があったかは闇に包まれている。
少々飛躍して聞こえるかもしれないが、おじい様がわざわざ出向いて調べに来るような案件ということがむしろその論が正しいという確信を与えてくれる。
トム・リドル。ヴォルデモートその人がスリザリンの継承者。サラザール・スリザリンの子孫ということになる。
つまりはゴーント家の末裔。しかしゴーント家の家系図にトム・リドルは存在しない。はは、ゴーント。何だこの家系図は?笑えるよな。可能性があるとしたらメローピー・ゴーントが家を出て嫁いだ先の子か、その兄モーフィンの婚外児だろうか?ホグワーツの生徒名簿に名前が見当たらないあたり、なにかしら
それにしても面白い。
まず出てきた感想がこれだった。ヴォルデモートという異端の革命家、わたしたちの社会から生まれた歪な『悪』も、元を辿れば人の股から生まれてきたわけだ。彼がどのようにして生まれ育ち、危険な思想を持つようになったのか大変興味がある。
私は一瞬だけこの余計な好奇心のせいでセブルスを傷つけたことを忘れた。しかし大広間に向かう途中、廊下に立っていたクィレルのせいで現実に呼び戻されてしまった。
クィレルは不安げな顔で私を見て、苦笑いなんだか普通の笑顔なんだかよくわからない顔をした。
「決闘クラブは終わっちゃったのかい」
私の言葉にクィレルは首を横に振った。なんだか今日はいつもより例のお香のようなきつい薬のような匂いが強かった。
「す……すまないが、わわ…わたしに時間をくれないか?」
なんだかやな予感がした。考えてみて欲しい。夏休みを終えてすっかり様子がおかしくなり私に嫌味を言ってよそよそしくなった同僚が急に時間をくれと言っているのだ。
隣人を信じるな
ダンブルドア軍団やアメリカの恐怖に加えヴォルデモートの恐怖まで加わっていた一昔前の標語が不意に脳裏をよぎった。今回は文字通りの意味で。
しかしセブルスを傷つけてしまったことにずっと引っかかっている私は、どういうわけかクィレルとの交友関係の修復がセブルスとの仲直りに関連づけられてしまったのだ。多分興奮のせいで頭がよく回らなかったんだろう。
私は
「かまわないよ」
と返事をしてしまった。(ばかばかばか…)クィレルはよかったと呟いて大広間を過ぎて廊下を歩いていってしまう。中からは歓声と拍手が聞こえてくる。ああ、やはりこっちに行きたいかもしれない。
しかし私だってクィレルのことを心配してないわけじゃないのだ。ここは覚悟を決めてきちんと向き合うべきである。彼をおかしくさせている原因がもしかしたら闇の魔術の教師にかかる呪いなのかもしれないし。
てっきり職員室かかれの教室にでもいくのかと思ったが、彼はどんどん外へ行き、校舎を出て禁じられた森の方へ向かっていくではないか。
「待て、まさか森に行くつもりか?夜になるぞ」
「ま、まま前までだ。ああああまり人に聞かれなくない話なんだよ」
クィレルは例の破壊された標語の看板の前まで来て、周りをキョロキョロと見回した。そして私の方はグッと近づく。
「ず、ずっと1人でなんとかしようと思っていた。で、でも…もう無理かもしれない。きき、君にしか相談できないことなんだ」
「なんだよ…勿体ぶるな」
「し、しししんじても…もらえないかも…しかし、事実としてわわわわ…わたし…がッ…」
クィレルは頭を抑えてうずくまってしまう。私が支えようとしてもよほど痛むのか、そのまましゃがみ込んでしまう。
「なんだ…酷いな。校医につれてこうか?」
「いや、たたた…頼む。このままここにい……いてくれ」
クィレルは膝を地面につき、深呼吸を繰り返してようやく口を開いた。
「わたしは…おそろしいものに取り憑かれているんだ…」
「取り憑かれているだと?」
私は聞き返す。当たり前だ。
仮にそれが事実でも『私にしか話せない』に繋がらない。私は呪いの専門家ではない、一介の歴史教師くずれだ。
「何にだよ」
私の言葉にクィレルは苦しそうにしながら答えた。
「そうだ…は、はじめから説明しないと。わ…わたしは夏休みにあるものを探しに行ったのだ。そこで…み、みみ…みつけた」
「だから何を。あのなぁ、君。まずは要点を話せよなぁッ!こんな不気味なところで長話する気は私にはないぞ」
「例のあの人をだ!」
「ッはァ…?」
私自身驚くくらい間抜けな声が出た。無理もないだろ。そんな突拍子もないことを言われたら誰だってこうなる。
「クィリナス、冗談にしちゃタチが悪いな」
「違う、違うんだ!今はなんとか薬と魔法で、黙らせている…だがそれもいつまで通じるかわからないッ…わ、わたしが…わたしがどんどん変わっていくんだ、フレイ。心の中を覗かれて、四六時中囁かれている。本当はそんなことしたくないのに、あの人の言う通りにすると気分が良くなって、わわわわわわわたしは、とッ…とんでもないことを…ッ」
「ちょっ…ちょっと落ち着け。ほら」
私はクィレルの背中をさすろうとした。しかし私の手が背後に回るや否や、クィレルは私の手を弾いた。
「ダメだ!!」
その大声に私はすっかり怒る気力を失い、ただ完全におかしくなってしまったクィレルを呆然と見ることしかできなかった。私のそんな視線にクィレルはハッとし、恥いるような、悔しいような、そんな顔を両手で覆った。そして泣き出してしまう。
「助けてくれフレイ…わたしには…相談できる友人なんて君くらいしか…」
「……はーー…」
全くいい加減にしてくれ。ホグワーツの連中ときたら、なんで私に頼み事するのにこう躊躇いがないのだろう。ここで皮肉を言って突き放したっていいんだぞ。
イギリスに来る前、頼み事なんて一度もされたことがない。それは私の名前のせいもあるが、何より人に何かを頼むと言うことは弱みを見せると言うことでもあったからだ。(私はそれを逆手に取り、自分の役に立ちそうな人間にはあえて頼み事をすることによって距離を縮めていたが)
クィレルは優秀だが、弱い。
どんなに杖の腕がたち頭脳明晰でも心が弱ければ生き抜けない。ヴォルデモートを探しに行くなんて考えは彼の心が相当弱り果てている証拠だ。もしかしたら彼は錯乱しているのかもしれない。
だから取り憑かれているなんて妄想を抱き、不必要に自分を責めて弱らせている。…と思いたい。そうであってくれ。
「で、とんでもないこととはなんだ」
「それは…」
「相談したかったんだろう。この際だから全部話してくれ、そうでなきゃ力になれるかもわからないだろう」
まず『取り憑かれている』のが事実なのかをはっきりさせなければならなかった。なんだかターバンの下が怪しい気がするのだがさっき背中に手を回しただけであの有様だ。どうやら封印しているつもりらしいし、中身を見せてみろと言っても素直に応じないだろう。
だったらとりあえず、そのとんでもないやらかしが存在しているかを確かめればいい。もしそれがしょうもないことだったり、そもそもかれの妄想ならば彼を聖マンゴ病院か
「……森の奥に」
クィレルはそう言う。森は夕闇に沈みつつある。そろそろハロウィンの御馳走が始まってしまう。教員2人がいなかったら流石に目立つ。だがこんな状態のクィレルが人前に出れるはずもない。
「毒を食らわば皿までだな…」
私は森へ歩き出す。クィレルは半泣きで、それでも私についてきた。