グリンデルバルドが勝った世界   作:ようぐそうとほうとふ

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支配は秩序、自由は混沌

 木々の隙間から差し入る光は段々と弱くなり、森はゆっくりと暗闇に沈んでいた。観念したクィレルが前を歩き、杖であたりを照らしながら道無き道を進む。下草と、それに混じった落ちた枝を踏む音だけがする。

 私は杖を抜き、野生の魔法生物と目の前のクィレルを警戒しながらその背中を追った。なぜだか彼の後頭部から視線を感じたような気がした。森の妖しさに私も当てられてしまったようだ。

 なにかおしゃべりでもして進めばよかったが、クィレルは恐怖を抑えるのに精一杯のようだし、私もおしゃべりが大好きと言うわけじゃない。無言で30分ほど歩いた頃だろうか。あたりはすっかり暗くなっていた。クィレルはすこし迷いながらも、森の中で特に開けたところに出た。

 

 星々の光の差し込むそこに、白い塊が落ちていた。目を凝らすと、それが生き物の死骸だとわかった。

 明かりを反射する真っ白な毛と赤黒い内臓が不気味な陰影を作り出し、あたりに腐臭を撒き散らしている。血はとっくに乾き切ってドス黒い。目は白濁し、いまにも眼窩からこぼれ落ちそうだ。そしてその額には角が生えている。

 

 子供のユニコーンだ。

 

 私はゆっくりと近づく。ユニコーンの腹部は食い荒らされていた。内臓はあらかたなくなっていて真っ白な月明かりが骨の形がわかるくらい降り注いでる。噛み跡からして野犬のようだ。確かこの森には闇の野犬という不浄な生き物が生息している。あと闇といえばアクロマンチュラだが、近くに巣がなくてよかった。この腹の中に卵ががっちりと詰まっている様はあまり想像したくない。

 

 ユニコーンの血には死に瀕したものを蘇らせる力があると言う。

 しかしその血を口にしたものは永遠に呪われる。

 

 私は虚な目をしたユニコーンの頭を脚で転がし、まだか細い首の反対側を見た。やはり、流れ出た血は首からの出血だった。そこには獣のものとは違う咬み傷があった。

 

 その噛み跡を見てからクィレルの顎を掴み、口を開かせる。意外と歯並びが綺麗なんだな。

 

「君がやったのか」

 

 私の言葉にクィレルは震えながらも頷いた。

 

「フッ…それにしちゃ顔色が()()な」

 

 永遠に呪われるというのならもっと化け物らしい顔つきになっても不思議じゃないと思うんだが、即効性のある呪いじゃあないのかな。まあいい、とにかく重要なのはどうやらこいつはマジらしいってことだ。

 

 

「とんでもないことに巻き込んでくれたな、クィリナス」

「フレイ…し、しし信じてくれたのか」

「ああ。君に担がれてる可能性もまだあるが、それでもユニコーンを殺してましてや血を啜るなんてあまり考えられないからな」

 

 この純粋な生き物に傷をつけるだけでも普通の魔法使いは躊躇う。ましてや殺して血を啜るなんて、強い倫理的忌避感で不可能なはずだ。これは魔法使いの本能のようなものだ。魔法薬の材料として使われるユニコーンの素材は寿命を迎えたユニコーンからしか取らないし、その加工は専門教育を受けたマグルがやってるくらいだ。

 

 強い本能すら曲げる生存欲、そして邪悪な意志がクィレルのうちに存在している。

 それは確実だ。

 

「で、取り憑かれたって?ヴォルデモートに…」

「その名前を呼ばないでくれッ!!よ、呼ぶと…目覚める…」

「……断言できるのか?例のあの人だって」

「ああ、確かだ。こ…こんなことできるのはあの人だろ」

「そうだな」

 

 私は杖を取り出し、ユニコーンの死骸を簡易的だが埋葬した。ここが忌まわしい生き物の吹き溜まりになってしまったら生態系が乱れるかもしれない。

 

「とりあえず戻ろう。あまり遅いと心配される」

「あ、ああ…」

 

 クィレルはあまりに淡々とした私の態度にやや不安そうだ。まあ気持ちはわかるよ。これもヴォルデモートの恐ろしさを知らないせいかもしれない。しかし仮にヴォルデモートが彼に取り憑いていたとして、ユニコーンの血を飲まねばならないほど追い詰められた相手に負ける気がしない。

 それにクィレルは一時的にヴォルデモートを黙らせることに成功しているようだ。つまり体の主導権はまだギリギリクィレルが握れているわけだ。

 まだ猶予がある。だからこそ、藁にもすがる思いで私に助けを求めたのだろう。それが賢明とは言えないが、悪くない手だと思う。取り憑いてきた相手が(それがヴォルデモートであろうがなかろうが)秘密を知った私を暗殺したとしても、本国の誰かが必ずそのことに気づく。

 

 

「そもそもなんでヴォ…例のあの人を探そうなんて思ったんだ」

 

 帰り道、クィレルに問いかけた。

 

「き、きみにはわわわ…わからないよ…」

「助けて欲しいんだろう。だったら話せよ」

 

 クィレルは少し立ち止まり、私の方を見た。私は肩をすくめながらまっすぐ彼を見つめ返した。クィレルは再び前を向くと、歩き出した。

 

「わ…わたしは…本当は呪い破りを志望していた…」

 

 

「座学や魔法技術の成績はかなり良かった。しかし…ふくろう試験を受けての適性は労働管理局や地方の教員だった。納得できなかったよ。私よりも成績の悪いものが呪文破りとしてグリンゴッツに就職したのを見た時は」

 

「一方わたしは、マグル学の教師だ。だ、だ誰もなりたがらないような職業だよ。軽んじられて、侮られて…わ、わたしはこれでいて決闘クラブのチャンピオンだった。闇の魔術の試験も毎年一番だった。そ、そんなふうに…学校でちやほやされて、出て見たら……とんだ勘違いだったよ」

 

「わわわわ…わたしは自分を、立派な宝石だと思っていたのだ。磨き上げれば、だだ誰だってわ、わたしを尊敬すると。けれど、社会はわたしを石に過ぎないといった。そしてどんどん削られて、き、気づけば私は小石のようにちっぽけなものになっていく…そんなのは耐えられなかった」

 

 全ての魔法使いに適した仕事を。人材評価局の標語だが、これは要するに全ての魔法使いから平等に自由を奪うだけに過ぎないわけだ。支配は秩序で、自由は混沌。服従は可能性の死。

 ホグワーツ城の明かりが見えた。運良く野生動物に攻撃はされなかった。ユニコーンを殺した忌まわしい存在がそばにいるからか?

 

「…なるほど、それで君はこの社会を最も危機に陥れたあの人を探しに行ったわけか」

「君は、この世界を作った人の孫だ。で、でも…君はこの世界にうんざりしている。そ、そうだろう…フレイ」

 

 惜しい。いや、当たってはいるか。

 私はゲラート・グリンデルバルドを信奉している。崇拝しているし、尊敬しているし、この世界の到来を心の底から望んでいた。しかし同じくらい、うんざりしている。絶望している。でも、時々愛おしいんだ。わかるかな。

 それはクィレルが子供の頃描いたであろう呪文破りになった自分の姿や、アルバス・ダンブルドアの勝利していた世界を想像したりするのと同じ。私は真実の虚構の延長線上をぐるぐると彷徨っているだけ。

 誰にも私の真実を理解できない。こんなことを今言ったところで、きっと誰にも理解できない。だからこんな感傷は読み飛ばしてくれて構わない。感傷は振り返った時にするものだから。

 

「………クィリナス。だからと言って君の抱えた爆弾を私がどうにかできると思ってるのか?」

「違う、違うよフレイ。わたしは君に知っておいて欲しいんだ。…わ、わたしが何を思っていたのか…あの人に完全に屈服する前に」

「はァ…クィリナス。つくづく敗北主義者だな。だから君はそんな事になってるんだ」

 

 

「なに…?」

 

「わかってないな。君はとんでもないものを手に入れたんだぞ。死に損ないとはいえ例のあの人なんだろう?誰もが屈服するしかないこの社会を揺るがした奴が取り憑いてるんだろう?君はこの世界をぶっ壊したくて探しに行ったんじゃないのか?だったらチャンスと考えるべきだろう」

 

 捲し立てる私にクィレルは混乱した様子だった。

「フレイ…君、何を言って…」

「まあだからそう悲観するなよ。純血主義も染まってみれば案外悪くないかもしれないしな」

「無、無責任すぎる!!」

 

 グーサインをだす私にクィレルは大声で叫んだ。しかし私にできることといえばこれくらいしかない。

 

「無責任すぎるのは君だ。どんな結果になるのかも知らず不相応な冒険をした。…ま、当局に通報だけはしないでやる。私は私で、それが本当にヴォルデモートなのだとしたら話してみたいことがたくさんあるからな」

 

 じゃあな。と私は先にホグワーツ城の方へ歩き出そうとした。

 

「あ、あの人はハリー・ポッターを狙ってるんだぞ!」

「えっ。…そうなのか?」

「そりゃあそうだろう!じ、自分を亡霊のようにしてしまった仇なんだぞ」

「それってマジだったのか。…え?じゃあヴォルデモートの狙いは両親ではなかったと?」

「そうだ。君もハリー・ポッターに死なれてはまずいことになるよな?」

「……まあ、そうだな…」

「でッ…ではわたしがあの人に屈してしまうのは都合が悪いよな」

「………うーーん…じゃあ通報しちゃおうかな…」

「え?!いや、それは…いいいい嫌だ!」

「じゃあなんで私にそんなことをバラしたんだよ。クソ!余計な事を考えなくちゃならなくなっただろうが!」

「わたしはただ君に…たす…いや、違う。打ち明けて…わたしは…ッ。ああ……」

 

 クィレルはそこで大きな息を吐いた。

 

 

 

「君と、最期にちゃんと友達になってみたかったんだ……」

 

「はぁ…?全然つながってないぞ…」

 

 

 

 本当に弱いやつだな。この期に及んで。

 ヴォルデモートを探しに行くなんて無茶も、見つけられると言う過信と、彼を御しきれる傲慢さも。

 秘密を打ち上げれば友達になれるなんて発想も、全部感傷からくる間違いだ。

 自分のことを支配できない人間がこの世界で幸せになれるわけないだろう。社会で信じられてることを盲信できず、個人の欲望を優先するのはマグル的だ。

 

 だが、気に入った。

 

「……ま、そこまで自我がちゃんと残ってるんならもう少し頑張れるんじゃないか」

「では…約束してくれないか。わ、わたしが…わたしでなくなった時は…」

「おいおい、まだ言ってるのか。そうじゃあないだろ。君は、私と友達になりたいって言ったよな。だったらその頭の爆弾を派手に爆発させる方法を考えよう」

「はア…?!いや……えぇ…?き、きみはそんな…めちゃくちゃなやつだったか?」

 

 

「そうだよ。今更わかったのか?」

 

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