おいセブルス知ってるか?クィリナスの頭にどうやらヴォルデモートがいるらしい。
うっかりそう話しかけたくなってしまうが、私とセブルスはまだ喧嘩中だ。と言うか私が怒らせたっきりだ。
ハロウィンパーティーに大遅刻した理由は、クィリナスが腹痛。私は絶命日パーティーに行こうとして、地下で迷子になっていたことにした。
マクゴナガルに呆れた顔をされたが、追求はなかった。真偽よりも私の責任感のなさに心底呆れ、ついに見放したのかもしれない。私とマクゴナガルの仲は出来の悪い生徒とそれに手を焼く教師に似ている。
私は普段通りの業務をこなしながら、悪霊に足を突っ込みかけた闇の魔術のスペシャリストをどう従わせるかで頭がいっぱいだった。
ヴォルデモートは生きていると言うセブルスの忠告が真実となるとはな。…いや魔法使いに取り憑くような状態のものを生きてると言っていいのか?
まだヴォルデモートでない可能性もまだほんの少し…わずかに…ちょっぴりある。それは今日はっきりするだろう。
私はホグワーツ就任後の暇つぶしで忘れ去られた地下聖堂を偶然発見している。今日の夜、そこで自称ヴォルデモートを観測するつもりだ。そのためにクィリナスはギリギリまで体を弱らせており、ついに今日倒れたらしい。
本体?であるクィリナス自身が弱っていればたとえ体や心の制御を奪われても私の攻撃により行動不能にできる。そもそも隠密と言う目的が早々に打ち砕かれたことにより、ヴォルデモートも何かしら出方を変えてくるはずだ。
備えあれば憂いなし。
聖堂、と言ったがここで何か聖なるものが祀られているわけではない、おそらく、雰囲気だ。というか聖なるものって何だよ。私はかつて教会と呼ばれていた場所でもそう言うものを感じたことがない。けれど、この場所はそれをどこか感じさせてくれる。
魔法使いの台頭によりキリスト教はゆっくりとその形を変えていった。いや、変えさせられた。神の御業は魔法使いの偉業に書き換えられていく。かつてキリスト教がそうしたように、古い神たちは魔法使いの神話に飲み込まれている。
宗教画は隠されるか、塗りつぶされるか、違う物語がつけられた。彫刻も同じように、多分昔と違った名前で呼ばれている。それなのに、聖堂という言葉は残っている。聖なるものの気配は消し去ることができない。
ヴォルデモートがキリスト教における悪魔なのだとしたら、この場所も多少我々に有利に働くかもしれない。…なんて、そんなオカルトみたいなことを私は信じていないよ。
私はある程度準備をしてから、深夜にこっそり地下聖堂へ向かった。
地下聖堂はもう聖堂としての体を成さないくらいには崩落しかかっていて、むしろ見た目は爆撃後の地下室のように様々なものが散乱している。ほとんどが朽ちかけていて500年は誰もここに入ることはなかったというくらいに埃と静寂に包まれていた。
それでもやっぱり、ここは『聖堂』なのだと、私は思うよ。
地下の廊下の抜け道を何度も抜けてドアを開けるとそこにはすでにクィリナスがいて、ほんのわずかな明かりに照らされてまるで亡霊みたいだ。
「準備はいいか?」
「ああ…」
クィリナスが示すテーブルには薬草学やガーデニングで使われる霧吹きが5個ほどあった。よし。まあないよりはマシだろう。
私はインカーセラスでクィリナスを縛り上げた。
「じゃあ早速いくぞ」
私はクィリナスの頭を覆うターバンを解く。やや色褪せ、使用感のあるそれはしゅるしゅると音を立てて頭から滑り落ちる。つるりと剃り上げられた頭。そしてクィリナスはすう、と後ろを向いた。
その後頭部にはもう一つ、顔があった。
奇妙な光景だ。出来の悪い蝋人形みたい。その相貌はクィリナスのあどけなさとは正反対の苦労と苦痛が刻まれた陰惨さを孕み、萎びきったマンドレイクのような色をしていた。
眼窩は落ち窪み、暗い影となったそこから真っ赤に燃える瞳が私を睨みつけた。
私はコンフリンゴを唱え、天井に吊るされた照明に一気に火をつける。辺りは急に明るくなり、クィリナスに取り憑く怪物のおどろおどろしい雰囲気は一気にかき消される。
「クィリナス・クィレルに取り憑くもの、お前は何者だ?」
私の問いかけに、それは答えた。
「この俺様の名を知らぬのは愚か者だけだろう。我こそはヴォルデモート卿。お前がフレイ・グリンデルバルドか。堕落した支配者の末裔よ」
「それは自称じゃないのか?あんたが本当にヴォルデモートなら、私はとっくに膝を地面につけて命乞いしてるものだと思った」
私の返答にそれは笑う。安い挑発には応じないようだ。
「生意気なこわっぱめ。クィレルの対抗心を甦らせ、俺様が存分に動けぬようこやつを弱らせたな」
「やはりお前は小細工程度にもまだ十分な対策が打てない程度には弱っているんだな。それも当然か。お前は死んだんだ。ゴーストみたいなものなんだろう?」
「ハッ…ゴーストの方がまだマシだ。だが俺様は霞のように朧げでも、生きている…。グリンデルバルドの孫よ、俺様からクィレルを救おうとしても無駄だ。この者の魂は俺様のものだ」
大仰なものいい。そして私の名前と素性を知っているということはクィレルの記憶を多少読めるのか?今は考えても仕方ない。とにかく話して情報を引き出さねば。
「いや、救おうとはしてない。勘違いしないでほしいが、私はお前と敵対するつもりはない。むしろある程度は協調し合えると思う」
「何?」
ヴォルデモートは顔を顰める。後頭部のくせに意外と表情豊かだ。興味を引けたことに安心しつつ、それが顔に出ないように冷静に言った。
「私はヴォルデモートのイデオロギーについては賛成できないが、その存在については肯定的に思っている。この社会の秩序を唯一揺るがしたのは、今のところヴォルデモートだけだからな」
「ほう、貴様はこの世界の仕組みがよほど気に入らないようだ」
「ああ、あり得べき最善の姿とは言えないな…」
入り組んだ話だが、私はこの世界が気に入ってないわけじゃない。むしろ私は本当の意味で服従したい。心の底から秩序を、善を信じたかったのだ。だが実情、年月を経れば経るほどシステムは腐敗の一途を辿り、マグルたちの憎悪が沈殿していく。
しかしそんな私の失望と野望を長々と語るつもりはない。
この怪物は、クィリナスがもう隠れ蓑として役に立たないと悟り、次は私の心に取り入ろうとするかもしれない。自分の本心を語れば語るほど、踏み入られやすくなる。
「協調と言ったか?それは具体的にどの点だ」
「クィリナスの生命の保証。ハリー・ポッターへの加害の禁止。これらを約束してくれ。そしたらあんたに手を貸してもいい」
「ハリー・ポッターへの加害の禁止?…後見人を押し付けられたというのに情が湧いたのか?」
「いや。ハリー・ポッターはおじい…ゲラート・グリンデルバルド直々にプロパガンダ用に育て上げろと言われててね。…彼を殺すとお前も困ったことになるぞ」
「ハッ…それを躊躇うと思うのか?俺様が」
「できるんだろうな。だが、賢明とは思えないね。野山でユニコーンを殺して食う生活でもするつもりか?このあらゆるリソースが厳重に管理された魔法帝国勢力下で。お前がここにいられるのは奇跡なんだぞ」
「…貴様のいうことはもっともだ。なるほど、それでお前に何ができるんだ?」
「そうだな、まずはその体の維持に協力しよう。ユニコーンの血は森で殺さなくても手に入るからな。あんたに普通では手に入らない情報も提供できる」
「いいだろう」
ヴォルデモートとの対話はこれで終わった。クィリナスは青白い顔で砂糖水を飲み、チョコレートを口に詰め込みなんとか立ち上がった。
「う…上手く交渉できたようだな…」
「さあ。あっちが私との口約束を守ると思うか?」
「…ああ…眩暈がしてくる」
私は結局使わなかった生ける屍の水薬スプレーを何本か拝借した。ヴォルデモートが暴れ始めたらシュッ!と一吹きしたかったのだが。
きっとヴォルデモートは力を取り戻し、クィリナスの体と心を完全に支配した暁には私を殺しにくる。これだけ警告しても彼ならやるだろう。話している間の殺気がすごかった。これまであったどの闇の魔法使い(つまりは手練れという意味だが)よりも弱々しい存在のくせに、恐怖を感じた。
私がこうしてヴォルデモートと交渉できるのは、おじい様を知っているからだろう。
しかしこうして話して口約束を取り付けることで、少なくとも明日起きたらハリーが殺されてるということは起きないだろう。クィリナスを介して私が彼の状態をよく観察し、信頼関係を構築していければ理想だ。
まったく、急にこんな事態に陥って初めはどうしようかと途方に暮れた。だが意外と何とかなるものだな。
ヴォルデモートが復活し、暴れまくってこの世界の何かが変わるんだろうか。10年前の彼の行動はイギリスを恐怖に陥れたが、おじい様には届かなかった。
もし、本当にこの世界を変えたいと願うならやはり…。
「いけない…またバカなことを考えてるな」
私はクィリナスを助けてやろうとしてるんだった。ヴォルデモートを使って世界を変えようだとかめちゃくちゃにしようだとか、そういう夢みたいなことを本気で考えてはいけない。あくまで時間稼ぎ、そう。
巻き込まれてしまった事態が悪化しないように調整する。
私の言ってることなんて考えてることなんて全部嘘で、私はこの世界を持続させるための努力をしなくてはならない。それに友達になりたいと言ってくれた人の…おそらく、近いうちに死が確定している人の…ささやかな望みを両立させようとしているだけだ。
クリスマスが近づいている。校舎はゆっくり雪化粧が施され、暖炉なしでは凍え死にそうな夜がやってくる。
実家のクリスマスパーティーの招待状を暖炉に焚べて、私はハリーへのプレゼントをまだ買ってないことに気が付いた。