吾輩はジムである   作:呼び水の主

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12話 私のジム

 

【リリィ・マルレーン】

 

 コロニーを撃った瞬間、私に流れ込んでくるたくさん人の魂。

 頭が割れるように軋む。

 嘆きや悲しみ、負の怨念。そのすべてが自分に向けられていた。

 あんなに慈しみ、愛してくれていたお父さん、お母さんの非難するような目が私を見つめている。

 その2人が、私の撃った核の光に呑み込まれて行く。

 咄嗟に手を伸ばす。

 真っ白に潰れた視界が回復すると、荒れ果てた大地にそびえ立つ大きな鉄の墓標が私を見下ろしていた。

 

 シドニー、ジオンにめちゃくちゃにされた私の故郷。

 

 (違うだろう?)

 

 その声に振り返ると、血まみれのケリィさんとラトーラさんが笑顔で私を見つめていた。

 ヒュっと喉が鳴る。

 

 違う……?

 地球に落下していくコロニー。

 それを焼く核の光。

 そうだ、私がコロニーのあの親子を殺したんだ。

 助かったと安堵した母親が、異変に気付いて私を()()

 

 (故郷をめちゃくちゃにしたのはお前自身だ)

 

 その母親の顔が「私のお母さん」になって、子どもは小さな私に変わる。

 光が世界を呑み込んで行く。

 「お母さん」が小さな「私」を庇うように抱き締める。

 母の腕に抱かれた私は、何も理解せぬまま、笑顔のまま光に消えていった。

 

【→】

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 自分の悲鳴で飛び起きて見れば、そこは知らない天井だった。

 ──今のは、夢?

 夢に出てきたたくさんの人たち。

 夢の中では覚えていたはずなのに、思い出せない。

 女性は最後に、何か叫んでいた。ララ、と。

 誰の名前なんだろう?

 夢の残り香は急速に薄れて、その疑問だけが私に取り残された。

 頭が、ガンガンと痛む……。

 

 いつの間にか顔を覆っていた汗が額、頰を伝って、はだけたシャツから覗く鎖骨へと滑るように流れ落ちた。

 肩で息をするほど荒れていた呼吸を落ち着けて、ゆっくりと自分の周囲を見回す。

 そこは簡素で最低限の家具しか置かれていない、お世辞にも綺麗とは言えない古びた部屋だった。

 窓の外にはジャンクの山がいくつも広がっていて、まるで鉄の墓標が並ぶ墓地のように思えた。

 時折、遠くで重機と鉄のぶつかり合う鈍い音が聞こえてくる。

 

「ここは……、どこなの?」

 

 思わず溢れでた自分の言葉に、自分でハッとする。

 ここはどこ?それに。私は?

 私は、誰──

 

「おねーさん、大丈夫?」

 

 混乱する思考が一瞬で吹き飛び、ビクリと跳ねた肩を気取られないようにゆっくりとその声の方を振り向けば、まだ幼さの強く残る少年が扉を開けて覗き込んでいた。

 まだ幼いのに意志の強そうな瞳と優しい目元を併せ持った不思議な少年である。その後ろから少年そっくりな子どもが顔を覗かせ、おそらく妹だろうか、不思議そうに私を見つめていた。

 

 状況が飲み込めず言葉に詰まる私とは対照的に、少年が大きな声で誰かに呼びかける。

 

「シーマさん!目を覚ましたよ!」

「ようやくお目覚めかい。アンタ、目覚めのキスでもしてやったのかい?」

「し、してないやい!」

「アッハッハ!お前にゃまだ早かったかねぇ!さ、昼飯まだだろう?向こうでリィナと一緒に食べてきな」

「チェ!せっかくおもしろくなりそーだったのにな。ほらいくぞ、リィナ」

「ご飯はチンして食べな!」

「うん!」「はーい!」

 

 そう言って駆け出していく子供2人と入れ替わりで、黒く美しい長髪を無造作に後ろでまとめた妙齢の女性が部屋に入ってくる。

 

「気分はどうだい、リリィ・マルレーン。あるいはララ・アンデルセンって呼んだ方がいいかねぇ?」

「リリ……、ララ……?」

「……おや、あんた。……そうかい。()()()()()()もあるんだねぇ」

「あ、あの……?」

「あたしはシーマ。ただのシーマさ。ついてきな。案内してやるよ」

 

 シーマと名乗った女性はそう言って私を部屋から連れ出した。

  

「あの、助けてくださってありがとうございます。それで、ここは?」

「ここはシャングリラ。あたしら宇宙海賊の、理想郷さ」

 

【→】

 

 私が目を覚ましてから2週間が経過した。

 サイド1のコロニー『シャングリラ』でジャンク屋を営むシーマさんの手伝いでモビルワーカーを使って瓦礫の撤去をさせられたり、シーマさんの部下だという荒くれ者にしか見えない人たちと子供たちのご飯を作ったり、ジュドーくんたちと遊んだりと、新鮮な体験ばかりで気持ちよかった。

 

 ある日の夜、シーマさんに夕飯に誘われ彼女の部屋を訪れた。

 他愛無い話をしながらシーマさんの作ってくれたご飯に舌鼓を打つ。

 シーマさんは料理上手だ。一方私は記憶喪失だからなのか、サンドイッチすらマトモに作る事ができないくらい不器用だ。きっと、記憶が戻る前は料理上手だったと思いたい。

 この日、シーマさんは珍しく酔っ払っているようだった。

 時折、誰の目もないところで深酒をする癖があるらしい。

 人に弱みを見せないシーマさんには珍しい姿だった。

 信頼されているようで、なんだか面映い気持ちがした。

 

「……ララ。あたしらは元々ジオンの軍人だって話はしたね?」

「はい。コッセルさん達も、みんなその頃からの仲間なんですよね?」

「そうさ。あたしらの故郷はマハルってコロニーでね。まあいろんな理由があって海兵隊になったのさ」

「マハル……」

 

 サイド3にあったコロニーの名前。コロニーレーザーとして兵器に改造され、今はもう存在しないシーマさんの故郷。

 

「あたしらの任務はとにかく汚れ仕事で……。コロニー落としに使ったコロニーの住民を、あたしたちは……」

「シーマさん……」

「……知らなかったんだよ。毒ガスだなんて。あたしの目の前で住民たちが眠るようにバタバタと倒れていくのが、今でも頭にこびりついて離れない。……ララ、アンタもそうなんだろう?忘れたくても忘れられないから、アンタは……」

「シーマさん?」

「スゥ……スゥ……」

 

 シドニーに落下したコロニー。そのコロニーの住民虐殺の実行犯。

 シドニー、その言葉を思い起こすだけで、私の頭はカッと燃えるように熱くなった。

 私はいつもの間にか、果物ナイフを握り締めてシーマさんの寝顔を見つめていた。

 ハッとしてナイフを皿に戻し、食べ終えた食器を片付け始める。

 私、どうしちゃったの……?

 私もそうなんだろう、ってどういうことなの?

 シーマさんの一言が頭から離れない。

 食器を洗い終え、私は眠るシーマさんに布団をかけてその場を後にした。

 

【→】

 

 私がここで生活を始めてから1ヶ月がたった。

 貧しくも、暖かく穏やかな日々。

 しかし、その終わりは唐突に訪れた。

 

 ある日、学校帰りに仕事場に行くと言うジュドーくん達についてとある格納庫に足を踏み入れた。

 

 そして、そこで出会った、格納庫内に鎮座する黒いガンダムの頭部。

 それを見た瞬間、私の喪われていた記憶が全て蘇った。

 滅んだ故郷。一年戦争での戦い。ティターンズとして名を変えたリリィ。

 頭の痛みが治り、顔を上げれば。

 私の異変を心配そうに見つめるジュドーくんとリィナちゃん、そして私に銃口を向けるシーマさんの姿があった。

 

「思い出したかい?ララ。いや、ティターンズのリリィ・マルレーン。コロニーを核で焼き払った大罪人」

「……シーマさん」

 

 見つめ合う私たち。

 その時、港の方で大きな爆発音がして、遅れてやってきた地響きが私たちを襲った。

 コッセルさんが血相を変えて格納庫へ駆け込んでくる。

 

「シーマ様!ティターンズです!隔壁から連邦のザクもどきが侵入しています!」

「見張りはなにしてたんだい!?」

「シーマさん!俺たちさ!」

「俺たちが中に入るのを手引きしたんだ!」

「ビーチャ……?モンド……?」

 

 格納庫に飛び込んでくる二人のヤンチャそうな少年。

 ジュドーくんたちとよく一緒にいるメンバーだ。

 

「アムロ・レイにララ・アンデルセンだぜ!?連邦軍に通報すれば、お礼にたんまり金がもらえるんじゃないかってさ!」

「ガンダムだってあるんだぜ!?感謝されてもされきれねーよ!」

「ビーチャ!モンド!この馬鹿ども!」

「「ひぇ!?」」

「ティターンズがどんな組織か!お前たちに散々言って聞かせたろうに!金なんかビタ一文も払うどころか、コロニー全てを焼き払っちまうよ!」

「お、俺たちは、みんなの為を思って……」

「金が手に入れば、姐さん達に恩返しできるって、俺たち……」

「お節介な男は大嫌いさね!……と言いたいところだが。お前たちはまだガキだからねぇ。軍隊ってのはアンタたちが思ってるほどお優しいところじゃないのさ。ま、これで一つ大人になったかねぇ」

「姐さん……?」

「お前たちの心意気はもらったよ!さあ!さっさと立ちな!ここは戦場になるよ!スーツ着込んで、出来たてほやほやのお宝を拾う準備をしておきな!」

「「う、うん……!」」

 

 2人の少年が蜘蛛の子を散らすように駆け出して行く。

 自分たちの行いが何を引き起こしたのか、これから起こる事の責任に今更気が付きながら、涙をぬぐって走り出す。

 

「……ララ。いや、今はティターンズのリリィかい?悪いが、アンタに構ってる暇は無くなったよ」

「シーマさん?」

「さっさと失せな」

 

 そう言ってシーマさんは銃をしまい、ジュドーくんとリィナちゃんに向き直った。

 

「ジュドー、リィナ。ここでお別れだよ」

「シーマさん!?何言ってんだよ!」

「アンタたちのおかげで、いい夢見られた。これ以上故郷を失うのはごめんさね。だからここでお別れさ」

「……行っちゃうの?」

「アタシらは宇宙海賊だよ!故なくとも海に乗り出すのさ!」

「シーマさん!コッセルのおっさん!」

 

 叫ぶ二人を無理やりシェルターに押し込んだ直後、近くにあったバギーが爆発する。

 

「ティターンズめ!民間人なんかお構いなしかい!」

「シーマ様!ここも危険です!」

「あたしはゲルググで出る!あんた達は船を出航させな!これ以上ここにいたらコロニーを巻き添えにしちまうよ!」

「わ、私も……」

「アンタ、まだいたのかい!」

 

 シーマさんのたおやかで力強い手が、私の腕を掴む。

 

「中途半端に手を出すんじゃないよ!これはあたしらの戦争さね!」

「……でも!」

「アンタはティターンズのリリィだろう!?お前は一体、どっちの味方だ!?」

「……私は。今の私は!ただのララ!ララ・アンデルセンです!私を拾ってくれたジャンク屋のシーマさんを守りたい!それじゃいけませんか!?」

 

 そこから先は言葉にならず、ただシーマさんを睨みつける事しかできない。

 シーマさんはそんな私を見て、一瞬微笑み、豪快に笑い出した。

 

【→】

 

 シーマさんに言われた道を進み、駆け込んだ先は使われなくなって久しい半ば廃墟と化した格納庫だった。

 あたしのお宝、アンタにくれてやる。

 ちゃんと選ぶんだよ。アンタの進むべき道を。

 迷ったらぶつからね。

 シーマさんの言葉を思い出す。

 

 シドニーに落下したコロニーを作ったジオン軍人としてのシーマ・ガラハウと、毒ガスとは知らずコロニーの住民虐殺に加担させられたシーマさん。

 故郷を焼かれて復讐のために軍に入ったララ・アンデルセンと、コロニーの住民を犠牲にし、それでも何も救えなかったリリィ・マルレーン。

 

 どっちもシーマさんなんだ。それと同じで、どっちも私なんだ。

 切り離して、別けてしまえたらどれだけ楽だろう?

 だから、コロニーの人たちを灼き、地球も守れなかった私は、そのストレスに耐えられずララとしての記憶を封印した。

 根っからのアースノイド至上主義の皮をかぶって、必要な犠牲だったと自分の罪から逃げ出したんだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 罪は消せない。贖いの仕方も知らない。

 失った/奪い去った命は取り戻せない。

 私は戦うことしかできない。

 だから。

 私は戦う。

 戦えない人たちの代わりに。

 

 今この瞬間。

 あなた達の命を奪ってきたこの手で……。

 この血塗られた手で、これからを生きる命を守ることを、許してくれますか?

 

 私を守ってくれていた偽りの名に別れを告げて。

 今度は私が目の前の誰かを守れるように、私は一歩を踏み出した。

 

「ン、来たか」

「貴方は?」

「オレの事はいい。ティターンズの迎撃にコイツを動かそうとしたんだが。どうも、もうオレでは無理なようだ」

 

 だから、君を待っていた。

 天然パーマのお兄さんにそう言われて、ふと真横を見上げてみれば、そこにいたのは──

 

 ──目に飛び込んできた、ところどころガンダムマークIIの部品で補修された旧式のパッチワーク。

 全身継ぎ接ぎで、黒と白の装甲が入り混じった「私のジム」。

 どこか今の私と似ていて、こんな状況だっていうのに、思わず笑みがこぼれた。

 私が近づくとハッチがひとりでに開き、物言わぬはずの彼は、どこか包むような温かさで私を出迎えた。

 コックピットが閉鎖されモニターが点灯する。

 機体の足元で天パさんがサムズアップしながら格納庫を後にしていくのが見えて、その先にシーマさんのゲルググと交戦しながら破壊の限りを尽くすハイザックが映し出される。

 これ以上このシャングリラは傷つけさせない。

 

「久しぶりだけどいけるよね?」

 

 機体が応えるように震え、力強く大地を踏み締めて立ち上がる。

 7年前のキミとは、ジェネレータの振動数もコックピットシートの座り心地も全て違うはずなのに。

 不思議と、あの頃の安心感と力強さを思い出させる。

 敵は精鋭部隊ティターンズ。

 自分も居たからこそわかる。絶望的なまでの戦力差。

 それでも。

 今の私は、不思議と負ける気がしない。

 きっと、キミもそうだよね?

 

「ララ・アンデルセン!私のジム!行くわよ!!」




ジム+マークII=ジムMk-Ⅱ

な、難産だった……。
やっと吹っ切れたララちゃん。
7年ぶりのコンビ、復活──!
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