「―――ここか。」
俺は顔を上げ、地図の印で立ち止まる。最初に目に入ったのは錆びついた青銅の丸い天井。左右対称の玄関に建てられた八本の円柱が空のドームを支えており、訪問者を重厚感あふれるドアへと厳かに誘う。白のバルコニーは塗装が剥げておらず、丁寧な手入れを感じさせる。こちらの世界でも神なんてものが信じられているのか、丸いドームの天辺には十字架が掲げられている。こっちの世界だとルネサンス様式と言ったかな、などと遠い過去の記憶を呼び覚ましてみる。
意を決して、教会のドアについている真鍮のドアノッカーを三回叩く。三度の衝撃波。固唾をのんで待つが、何も起こらないどころか物音ひとつしない。おいおい、魔法がはびこる世界ってのは本当なんだろうなと思いつつ辛抱強く待っていると、木のきしむ不快な音とともにドアがわずかに開くが、向こう側には誰も見えない。訪れる沈黙に一瞬身構える。数刻の後、最初に沈黙を破ったのは扉の向こうからの高い声だった。
「―――三回ノックは『トイレノック』って教わらなかったのぉ?」
「―――は?」
これが、
「まー、そこらへんで楽にしていいよぉ。お茶入れてくるぅ。砂糖とかいるぅ?」
「あ、大丈夫です。お心遣いに感謝します。」
「あー、いいよぉいいよぉお礼なんてぇ。誰か訪ねてくるなんて久しぶりだからさぁ。おもてなしさせてねぇ。」
「それではお言葉に甘えて。失礼します。」
俺は
じろじろ見ていても失礼だろうと思い、一旦ルナから目を離して部屋の中を見渡す。外から見た時は割とこぢんまりしたように見えたが、中に入ってみると案外広い。壁には誰かの肖像画が壁一面にかかっており、天井からは小さいながらシャンデリアが垂れ下がっている。壁際には暖炉が設置されているが、中には何も入っていない。外を歩いていた時も暖かかったからな、などと思いつつ本棚や家具を見渡していると、ふと一枚の壁掛けプレートが目に入った。よく見てみると、読み慣れない文字で
「AESTIMATRIX」
と書いてある。
「―――それぇ、やっぱり気になるぅ?」
急に声を掛けられ、一瞬飛び上がる。どうやらルナが戻ってきたようだ。袖から手が出ていないにもかかわらず、よくもまあトレーにポットとティーカップ2セットを載せられたものだ。
「はい、これぇ。砂糖は入れてないからねぇ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「どういたしましてぇ。あ、そうだぁ。これ茶菓子。好きなだけ食べてねぇ。」
彼女はそう言って、さまざまな種類のクッキーを差し出した。甘いものはあまり得意ではないが、この程度ならまだ頂ける。ありがたく頂戴しておこう。
「んで、それだねぇ。どういう意味だと思う?」
「いえ、俺にはさっぱり。見当すらつかないです。」
「それねぇ、『鑑定者』って書いてあるのぉ。意外でしょ、ウチが
「い、いえ、そんな。にわかには信じがたいですが。」
「君案外言うね。ウチもそう思ってるんだけどさぁ。」
ルナは眉毛を釣り上げて怒る。かと思えば今度は八の字にして困ったような顔をする。表情がコロコロ変わる方だなあ、と思わず見とれてしまう。
「―――本題に入ろう。何の要件かな?」
ひとしきりお茶を楽しんだ後、ルナが切り出す。先ほどまでの緩い雰囲気は立ち消え、周囲の温度が下がったような感覚がする。明らかにさっきより眼光が鋭い。雰囲気にのまれないように、右手を握る。
「実は紹介状をいただいておりまして。俺のスキルを『鑑定』していただきたいんです。」
そう言って、懐から紹介状を取り出す。ルナはこちらを半ば睨みつけるかのように見ながら、紹介状を受け取る。静寂の中、封を切る音と紙がこすれる音だけが広い部屋にこだまする。ここで初めて、ルナが視線を外す。中から出てきた三枚の便箋に目をやり、まるで嘗め回すかのようにくまなく目を通す。
―――1枚目。表情は変わらない。
―――2枚目。右眉が吊り上がる。
―――3枚目。一瞬固まった後、目を最大限に見開く。静寂が再び訪れる。
「―――~~~~ぁぁぁああ......」
沈黙を破ったのは、ルナの大きなため息だった。天井を仰ぎ、目を閉じて大きくため息をつく。まるで何かから解放されたかの如く大きなため息に、俺はちょっとびっくりする。
「あんのクソジジイ.....」
「どうされましたか?」
「いや、何でもない。―――わかった。キミを『鑑定』しよう。」
「―――!!!ありがとうございます!」
「んじゃぁ、服を脱いでぇ。そこに寝そべってねぇ。ウチは準備してくるぅ。」
いつの間にやら口調が戻ったルナに連れられて別室に案内される。さっきのルネサンス様式の部屋と一転、窓も家具もなく、部屋の真ん中にベッドが一床あるのみである。俺はルナに言われた通り、上半身裸になりベッドに寝そべる。いよいよ自分の『スキル』が判明すると思うと、ワクワクが止まらない。ルナのような
そうこう考えていると、準備を終わらせたのかルナが戻って来た。手には煙の立ち上る壺と、鋭い針のような物。
「お待たせぇ。じゃぁ、さっそく始めちゃっていいかなぁ?」
「はい。よろしくお願いします。」
「はいよぉ。とはいっても、ハヤト君にやってもらうことは何もないんだけどねぇ。」
眠たくなったら気持ちよく寝てもらっていいよ~、と笑いながら袖をまくるルナ。どうせならその一部始終を見届けたいものだったのだが、どうやら壺から立ち上る煙の香りにリラックスしてしまったのだろう、必死に保とうとしていた意識を俺はいとも簡単に手放してしまった。
―――夢を、見た。いつも見るような、夢。荒唐無稽で、論理性もなくて、ただただ記憶が整理されていく過程でしかない、
叫び声が聞こえる。轟音。土煙。顔に生ぬるい
肩をつかまれる。誰かに呼ばれているのだろうか。また轟音。まったく、うるさいなあ。こっちは気持ちよく寝ているというのに。
閃光。思わず目を閉じる。声が大きくなる。頭の中がガンガンする。何も考えられない。
三度の轟音。意識はまた、暗転する。
眠りから目覚めるときの不快感は、全く言葉には表せないものである。敢えて表現するならば、空から引きずり降ろされる感覚、とでも言うべきか。やはり、不快である。
「―――、――――ト、――ハヤト!」
名前を呼ばれ、目を開ける。そうだ、俺は今『鑑定』してもらっていたんだ。上体を起こすと、目の前にはわずかに疲弊したように見えるルナが座っていた。
「あ、おはようございます。」
「おはよぉ。『鑑定』、終わったよぉ。」
ルナはそう言いながら、一枚の羊皮紙を差し出してくる。
「はいこれぇ、『鑑定』の結果だよぉ。キミの『スキル』、『魔力』が書いてあるから、よく読んでおいてねぇ。」
俺はルナの言葉に適当に相槌を打ちながら、羊皮紙をのぞき込む。
『スキル』:『
『我を、仲間を、世界を守りたまえ。
『魔力』を消費し、銃器を召喚することができる。
召喚できる銃器や銃弾量は、想像力に依存する。
また、消費する『魔力』も想像力に依存する。
『魔力』:1000
―――瞬間。激しい動悸。せり上がる不快。あふれて止まらない違和感。頭がフル回転し始める。記憶なんてなくなってしまったはずなのに、
「どうしたのぉ?すごい、辛そうだけど......」
ルナが心配して声をかけてくれる。手にはコップに入った水。急いで準備してくれたのだろうか、優しい方だ。
「ありがとうございます。大丈夫です。――――大丈夫、ですから。」
水を受け取り、一気に煽る。多少は楽になった気がした。水ってこんなに甘かったっけ。暴れていた思考が収まる。
「―――うん、説明は以上かなぁ。まあ大体書いてあるから、新しく教えることはないんだけどねぇ。」
「ありがとうございます。」
改めて、自分の『スキル』を見つめなおす。先ほどよりはマシだが、やはり違和感が半端ではない。過去の俺は、いったい何をしていたんだ。もはや交流することもかなわない、過去の自分をぶん殴りたくなる気持ちを何とか抑える。
「それにしても面白い『スキル』だよねぇ。『銃器』って初めて聞いたんだけど、これ知ってるぅ?」
「―――いえ、全く。自分も初めて聞きました。」
「だよねぇ。まぁ、この国も最近大きくなったばかりだからさ、反対側の場所の文化とかかもしれないねぇ。」
「―――そうだと、いいですね。」
これは、本心だ。
「あ、そうだぁ。話が変わるんだけどさぁ。キミ、この後どうするの?」
「.......あ。」
はっと我に帰る。『鑑定』のショックが大きすぎて忘れていたが、俺はこの世界では身寄りがない。家どころか持ち金すらないのだ。ここから放り出されたら、いよいよ路頭に迷うことになる。
「しかもキミ、身元がわからなかったんだってぇ?珍しいこともあるもんだよねぇ。」
「―――お恥ずかしながら。自分でもよく思い出せなくて。」
「そこで提案だよぉ。もしよかったらぁ、ここにしばらく住んでいかない?衣食住バッチリついてぇ、しかも無料。どぉ?興味湧かない?」
―――最高の提案が空から降って来た。願ったりかなったりとはまさにこのことであろう。
「よろしいのですか?俺は是非そうさせていただきたいです!」
「じゃあ決まりだねぇ。あ、私のお仕事をちょーっと手伝ってもらうことがあるかもしれないけど、それでもいい?」
「もちろんです。何でもやります。」
「はいよ~。今日からよろしくねぇ~。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
こうして、急遽ルナとの同棲が決定した。
ルナ、癖です。ちなみに女の子は大体癖です。