―――佇む。目を閉じる。深呼吸。草の香り。昨日降った雨の香り。柔軟剤の香り。
思い出す。黒。すべてを吸い込んで逃がさないような、そんな黒。すらりと伸びた芯。太い握り手。丸みを帯びた肩当て。思い出せ―――
『我を、仲間を、世界を守りたまえ。
「結局出せたんですかぁ?その『
「―――いや、無理だった。やっぱりイメージが足りないと思う。」
俺はそう言いながら、バターを塗りたくったバゲットを頬張る。バターの風味をパンの食感とともに飲み込む。スープを飲んで一息。コーンスープのちょっとした塩味が体に染み渡る。このスープ、旨い。というかここ一週間で気づいたのだが、ルナが出す料理は大体なんでも旨い。
「そうですかぁ。まぁ、まだ一週間しか経ってないですしねぇ。記憶もあやふやだし、完全に使いこなせるほうが無理ってもんですよぉ。」
ルナは困ったような顔でそうカバーしてくれる。至極真っ当な意見に俺はたまらず苦笑いしてしまう。
『鑑定』から一週間、たまにルナの仕事を手伝いながら、俺は空いた時間でどうにか『スキル』を発動しようと試みた。結果は御覧の通り散々なもので、銃をイメージしたとしてもポンとが出てくる、なんてことはなかった。たまに魔力消費ものぞいてみたりしたのだが―――『技』はルナに教えてもらった―――1ミリも消費されていなかった。残念だが当然である。
「でもこのまま何もできずにダラダラ過ごすってのも申し訳ないから、早めに習得するよ。」
「うん。頑張ってねぇ。」
「―――それにしても本当に旨いな。どうやって作ったんだ?」
「えへへ、秘密ー。」
日差しが降り注ぐ昼過ぎ。何もやることがなかった俺は、近くの市場に顔を出しに行った。無論金なんて持ってないので、見学といったほうがいいのかもしれない。市場の門をくぐると、広めの通りの両側に建ち並ぶ色とりどりの天幕が見える。飛び交う掛け声。押し寄せる熱波。たまに聞こえてくる値引き交渉には思わず微笑んでしまう。これがこの世界の市場か、と感心する。
「おっちゃん!これちょうだい!」
「おう、かわいいお嬢ちゃんだね!ほれ、これも持っていきな!サービスだよサービス!」
商品を眺めながら、通りを歩く。吹いてきた風が首筋を通り抜ける。喧騒の中に、この町の人々の温かさがにじみ出る。『スキル』がどうとか、銃がどうとか。そんなことがどうでもよくなるほどに、この空間は心地よかった。
気が付くと、市場の反対側まで来てしまっていた。一通り見学した気になった俺はそのまま反対側の門をくぐり市場を出る。そこは円形の広場になっていた。中央に噴水が設置されており、多くの人が縁に腰かけて談笑している。少し疲れたな、と思いつつ噴水に近づくと、掲示板が建ててあることに気づいた。張り紙が一枚だけ。
君の『スキル』を冒険に生かさないか?
まだ見ぬ
連絡はこちらまで⇒×××-〇〇〇〇
―――
いつかご縁があればいいな、と思いつつ、俺は教会に戻った。
―――夢を、見た。奇妙な夢だった。
見たことない洞窟で、岩陰に縮こまっている。近くには俺を含めて三人。土埃に混ざる轟音。何かが叫ぶ音。生ぬるいものが頬をつたい流れ落ちる。衝撃。かろうじて意識を保つ。誰かが俺の肩をつかむ。世界が揺れる。
―――暗転。
眼を開ける。黄色の土埃に混ざる轟音。誰かが叫ぶ音。衝撃。生ぬるいものが頬をつたい流れ落ちる。かろうじて意識を保つ。
目が合った。そいつの目は。
きれいなエメラルドグリーンだった。
鈍い頭痛。
俺はベッドから飛び上がる。寝ていたはずなのに、まるでフルマラソンを走りきった後かのように息が切れる。前髪が額にべったりとついている。全身は筋トレで追い込んだ時よりも重く、節々が痛む。心臓が、ビートを早める。
なんだ、今の夢は。俺はどこで、何をしていた?何より、夢の中の、あいつの目。誰だ。誰だ。誰だ?
「―――ジョ、ン?」