SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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こちらは番外編になりますので、本編を読んでいない方はBackして、プロローグからどうぞ


改訂しました 2016/10/16


Vol.Ex 外界伝記
強さのカタチ


2024年 2月

 

「ん?」

 

何の変わり映えもなく、いつものように迷宮区へ繰り出していると、メッセージが入った。

 

基本的にPTを組まない俺にメッセージが届くことはあまりない。全く無いというわけでもないが、相手は自然と限られる。キリトか、クライン、エギル、それとアルゴってところだ。

地味にアルゴからのメールが一番頻度が高かったりする――なんとなく某ネット通販サイトからの販促メールを思い出さないこともない。情報売買の話しが多いせいで――のだが、それはまぁいい。

 

ともかく、俺に日常的にメッセージを送ってくるのはそんなもんだ。だから、今回もその内の誰かだろうと当たりをつけてメッセージを開たのだが。

 

「……サーシャ?」

 

差出人の所に書かれていた名前はその誰でもなく、かなり前、それこそSAO開始当初に知り合い、それから今の今までメッセージのやり取りすらなかった女性プレイヤーのものだった。

 

ひょんなことからPTを組むことになり、その時フレンド登録をして、何かあったら連絡を入れてくれていい、と言って別れたきりだったんだが……今になって連絡が来るということは、それなりに面倒なことが起こっているということだろう。

現在の状況からそう見当をつけてメッセージを開くと、案の定相談を持ちかけてくる内容であった。

 

『ご無沙汰しております、サーシャです。覚えておいででしょうか? 大変失礼とは思いましたが、不躾ながらこの度メッセージを送らせていただきました。折り入って相談に乗ってほしいことがあるのです。できましたら《はじまりの街》東七区にある教会へご足労をお願いできますでしょうか? お返事をお待ちしております』

 

それほど親しくなったわけでもないが、その几帳面さと誠実さは覚えている。彼女らしい、飾らないながらも誠意を感じさせるメッセージを読んで一つ頷き返信をする。

今日はこれといって用事があるわけでもない――強いて言うなら今現在のダンジョン攻略が用事だが――ので、今から向かうという内容で返し、俺はもう一年以上は行っていない第一層へと向かうため、来た道を引き返すのだった。

 

 

 

==========================================

 

 

 

「しっかし、何で一層なんだ?」

 

ゲートまで引き返し、一層への転送ワードを唱えたところでそう一人ごちる。

サーシャと別れた時、彼女は攻略組に引けを取らないレベルだった筈だ。そのままのペースで進めていたなら、途中で止めたとしても一層にいるようなレベルでは決してない。それなのに彼女が未だ一層を拠点にしているというのはなぜか。

 

「ま、何かしら理由があるってことだろうな」

 

そして、おそらくそれが今回の相談の内容でもあるんだろう。

とりあえずの自己完結を終え、既に転送を完了しているゲートからサーシャからの手紙にあった東七区を目指そうと足を踏み出した……が。

 

「東七区って……どこだ……」

 

歩き始めてものの三十秒、俺は呆然と立ち尽くした。そもそもSAO開始当日にさっさと抜け出し、それから全く訪れる機会のなかった《はじまりの街》のマップなんて覚えているはずもなく、東七区と言われたところで場所なんて判るわけがない。

 

我ながら気付くの遅すぎだろ……

 

自分のアホさに頭を抱えつつ、仕方なしにMAPを開いて東七区を改めて目指す。そこらの階層のメインタウンより余程広く構築されているはじまりの街だが、少なくともアルゲードの様に迷宮区かと見紛うような複雑な造りではないから、迷うこともないだろう。

 

歩き始めて暫く、七区まであと半分くらいの所まで来て、一つ疑問が浮かんだ。

 

……あまりにも人が少なすぎねぇか?

 

夜間であればいざ知らず、今は真昼間だ。いくらはじまりの街とは言え、活気があるはずの時間帯にここまでで三人ほどしかプレイヤーを見かけていないとは一体どういうことなのか。広いとはいえ、この街にもそれなりに、それこそ《チュートリアル》の有ったあの日から只管ゲームクリアを待ち続けることを選んだ二千人弱くらいのプレイヤーはいるはずなんだが……。

 

昼間にも拘らず大きな街で聞こえてくる声がNPCショップの店員の声だけというのはかなり違和感がある。寂れたゴーストタウンにでも放り込まれたような気分だ。あまり気分のいいものじゃない。

 

「……さっさと教会まで行って、そのへんの事情もサーシャに聞いてみるか」

 

一人頷いて、歩みを再開する。その歩幅と速度は、自分でも気付かないうちに、広く、速くなっていた。まるで人間としての本能が、潜在的にこの環境から一刻も早く離れようとしているかのように。

 

それから十数分さらに歩き、教会まであと数百メートル程まで来て、俺は再び足を止めた。

声が聞こえたからだ。しかもあまり好意的ではない感じの。

 

「……あっちか」

 

索敵スキルを起動、周囲を見回し三十メートル程先にある裏通りの方から声を拾った。

この索敵スキルはかなり便利で、スキルレベルが上昇するにつれて周囲を視覚、および聴覚情報としてより鮮明に認識できるようになる。今の俺の熟練度は九百八十といったところで、視覚情報なら障害物越しのプレイヤーもしくはモンスターの数、聴覚情報なら半径五十メートル――こっちは建物なんかに入られると聞こえない。そっちには盗聴スキルが必要だ――程の音源を拾えるようになる。ただ、便利な反面、熟練度の上昇方法がかなり地味……というか、その場に立ちつくし、微動だにせず周囲の音や動きに全神経を集中させ続けるetc...などというそれこそ現実の修行僧のようなモノなので、意外とこのレベルまで上げている奴は少ない。まぁ、ソロプレイヤーには必須スキルであっても、PTプレイであれば複数の目と耳があるから代用可能な所為もあるだろうが。

 

閑話休題(それはさて置き)

 

声を拾った方へ急ぎ足で向かうと、そこにいたのは統一された装備をした男達が六人と、そいつ等に囲まれて身動きが出来なくなっている子供が四人。この状況、そして先に拾った声から推測できることはただ一つ。ボックス行為によるカツアゲだ。しかも、装備を見るからに、やっているのは《軍》の連中だ。

 

SAOでは、圏内で他人の体に接触する場合、犯罪防止(アンチクリミナル)コードにより、無理やり移動させたりすることは不可能だ。それを逆手に取り、対象を複数人で囲んで逃げられなくする行為をボックスという。これはもちろん跳躍すれば抜けられるものではあるが、一層にいるような子供たちにそれだけのSTR、AGI値を要求するのは望むべくもない。

 

「お、お金は本当にそれだけしかないんです! 本当です!」

 

「残念ながら、これだけじゃあ滞納してる分の税金には足りないんだよなぁ」

 

「で、でも、本当にお金はもう……」

 

「いや、金は無くても代わりはあるだろう?」

 

「え?」

 

「持ってるもの全部。食べ物でも装備でも、全部出せってこと」

 

「そ、そんな……」

 

一番年長だと見える少年が《軍》の小隊長と思われる男に必死の表情で訴えるが、男達は下卑た視線を隠そうともせずアイテムすべてを差し出せという。つまるところ、この場で装備の全解除をしろと言っているのだ。

一層攻略時、βテスターに対する異常なまでの憎悪を見せていた男、《キバオウ》が紆余曲折の果てに作り上げたギルド《アインクラッド解放軍》、通称《軍》の隊員管理体制はかなりひどいモンだと聞いてはいたが、ここまで腐っていやがるとは思っていなかった。

 

噂は間違いじゃなかったってか……火の無い所に煙は立たねぇとはよく言ったモンだな

 

出来る限り《軍》の連中とは問題を起こしたくはなかったが、こんなものを見せられたら胸糞悪いにもほどがある。

 

「おい」

 

「あぁ?」

 

身を隠していた路地の陰から出て、思っていたよりもさらに低い声音で《軍》の男たちに声をかける。

 

「なんだ、兄ちゃん? 俺らのお仲間にでも入れてほしいのか?」

 

「ンなわけあるか。胸糞悪ぃモンが見えたから顔出したまでだ」

 

「んだと!?」

 

「まぁ、待てって。よう、兄ちゃん。俺たち《軍》の任務を邪魔するってのかい?」

 

敢えて――というか勝手に口が動いていた――挑発的に言ってやると、沸点が一番低かった男がガン飛ばしながら食って掛かかってくる。それを小隊長の男が手で制しながら、言外にさっさと消えろと言ってくるが、知ったこっちゃない。

 

「テメェらが《軍》かどうかなんてどうだっていいんだよ。さっさとその胸糞悪ぃマネを止めて失せろっつってんだ」

 

「おーおー、威勢のイイ兄ちゃんじゃあねーか。いいのか? 俺ら《軍》に逆らうとどうなるかも判んないかねぇ?」

 

「だから、知るかっつの。ガキ囲んでいい気になってるクズに諭されるほど、コチとら落ちぶれちゃいねぇんだよ」

 

「あ゛? テメェ今なんつった!?」

 

明確な侮辱の言葉の所為か、はたまた事実を突かれた所為か、嘲笑から一転して、目に見えて怒気を発する男たち。

 

「なんだ、聞こえなかったか? クズって言ったんだよ……あぁ、そうだ。テメェらに俺の知り合いが言ってたいい言葉を教えてやるよ」

 

ふと、似たような状況下で、アイツが言っていたことを思い出した。

コイツ等には正に似合いだ。

 

「ネットでクズな奴は、現実(リアル)でもクズ、らしいぜ?」

 

アイツ、朔こと中西桜が言っていたのはクズではなくダメだったが、まぁそこはいいだろう。嘲笑を浮かべながら、態とらしくクズのところを強調して言ってやる。

 

「て、テメェ……!! 圏外に出やがれ、ぶっ殺してやる!!」

 

憤りながら、腰のブロードソードを抜いて凄む小隊長。その剣を見ると、一回も研ぎ直したことない得物特有の、酷く安っぽい輝きが見て取れた。碌に戦闘経験がないことの証拠以外の何物でもない。

 

「圏外に出たら、むしろテメェらが可哀相だ。圏内で許してやる、掛かってきな、三下ァ」

 

「な、嘗めるなぁ!!」

 

技も何も無い、ソードスキルの発動も儘ならない戦闘初心者の感情任せの上段切り。はっきり言って誇張無しに止まって見えると言えるほどに遅い。レベル差を考慮しても酷く拙い。

俺が無手で、しかも全く動かないことに気をよくしたのか、醜悪な笑みを浮かべながら振り下ろすが、当たってやる義理は欠片も無ぇ。

寸での所で――とは言っても、剣速は欠伸が出るほど遅いから余裕をもって――左に逸れて躱しつつ、流れのままに薄い緑のライトエフェクトを引きながら対象を両の拳で挟み込み潰す――正面なら両手とも横、右側なら右腕は縦で左手は横、左ならその逆で行う。今回は右側だ――《体術》スキル《拿咬(だこう)》をブロードソードの腹目がけて叩き込む。

 

「な、なぁ!?」

 

男の顔が、一瞬で驚愕に染まる。まぁはじまりの街に引きこもって碌に戦闘なんてしていないなら、ソードスキルが発動したとはいえ無手で得物を砕かれちゃ驚くのも無理はねぇかもしれねぇが。

 

圏内に於ける、デュエルではない戦闘行為は、互いのHPにダメージを与えることは一切ない。そのためプレイヤー同士の腕試しとして行われることが多いが、そのダメージ無効化はプレイヤーのHPに限った話だ。要するに、武器や防具、その他《不死存在(イモータルオブジェクト)》を除く全アイテムの耐久値は、攻撃を喰らえば減少する。

さらに言えば、俺が今装備している手袋は中に鉄板が仕込まれており、厳密には《グローブ》ではなく《軽手甲》に分類される。あまり知られていない――《体術》スキルを習得しているプレイヤーの絶対数が少ないのが主な理由だろう――ことだが、この《手甲》に限らず、特殊な加工がしてあるタイプ――例を挙げるなら、棘がついている等――の防具は、単にDEFを上げるだけでなく、《体術》スキル発動時に、その部位によるダメージ増加と属性付加をもたらす。この《手甲》のようなものなら破砕属性が、棘のあるものなら貫通属性が付くのだ。

その両者を利用すれば、たとえ無手であったとしても、相手の得物を破壊するのは可能。まして、相手との間に大きな経験差――単純なレベル差だけでなく、戦闘経験の差もだ――があり、なおかつ耐久性能の低い未錬磨の剣ならば容易に。

俺はそれを実演して見せたまでだ。

 

「な、な、なな!?」

 

「ハッ! あんだけ大口叩いたくせに、武器壊されたぐらいで動揺すんのかよ。小物感丸出しだぜ?」

 

「き、キサマぁ……! お、お前ら! 見ていないで手伝え!」

 

「お、応!」

 

小隊長は切羽詰った声で後ろに控えていた部下に命令した。その声を受けて男達が俺に向けて抜剣して突っこんできたが、都合がいい。

 

「オイ、そこの坊主!」

 

「は、はい!」

 

年長の少年に声をかける。怯えているのか、声に多少の震えが見えるが、しっかりと大きな声で返してきた。中々芯が通っているようだ。

 

「他のガキ連れてさっさと行け!」

 

「で、でも」

 

申し訳なさそうな顔をしてこっちを見てくるが、頭に血が上って俺しか見えていない今が好機だ。巻き込まないためにも、ここはさっさと逃がすに限る。

 

「いいから行けっての。巻き添え喰いたくねぇだろ?」

 

「わ、判りました! ありがとうございます!」

 

律儀に頭まで下げて礼を言うと、少年は他の子供たちを連れて駆け出した。

《軍》の連中も勿論追おうとするが、俺が行かせるわけもない。

 

「よう、どこ行こうってんだ。テメェらの相手は俺だろ。それとも、ビビッてガキのケツ追うことしかできねぇか、三下クン?」

 

そう挑発してこっちに意識を向けさせる。かなり鳥頭なおかげで誘導が楽だ。

そこからは六対一になったが、さして問題はない。連携がしっかりしているならともかく、どいつもこいつもPT戦どころか単なるMOB狩りすら碌にやったことのないような素人ばかりだ。囲んで殴るくらいしか能がないので、タイミングはてんでバラバラだし、挙句の果てには同士討ちまで起こる始末だ。

 

「オイ、このバカ! どこ狙ってやがる!」

 

「お前が下手くそなんだろ!?」

 

「なんだと!?」

 

「テメェら両方共ド下手だっつの」

 

「「ぐあっ!」」

 

今も武器を味方に当てて口論しているバカ二人に単発横蹴りの《体術》スキル《裂空》を喰らわせ、まとめて吹き飛ばす。

そのついでに、吹っ飛んで行った奴が落としたブロードソードを拝借。片手剣のスキルは習得していないからソードスキルは使えないが、腕の延長としての打撃武器として使うなら十分だ。わざわざこんなクズ共相手に俺の武器の耐久値を減らす気はない。

というか、絶対に武器を手放さないという最低限の行為さえ出来ないという練度の低さに、《軍》の調練体制は一体どうなっているのかと言いたい気分になってきた。流石にお粗末に過ぎる。

 

「オラァ!」

 

「ぐべっ!」

 

物の耐久値の他に、もう一つ圏内戦闘では削れるものがある。それは体力だ。HPを削ることはできなくとも、攻撃による派手なライトエフェクトとノックバックは、被攻撃者の精神に相当な負担を与える。そうやって参戦してきた五人を伸して、結局最後の一人になった小隊長の胸部目がけて奪ったブロードソードを叩きつける。

すると、ついに耐久値に限界が来たのか、潰れたカエルの様な声とも言えない音を発して転がった小隊長のプレートアーマーが、轟音と共に青いポリゴンとなって散った。

 

「ひ、ヒッ! た、たす、たすけ……!」

 

今まで自分の身を守っていた装備が破壊された所為か、半泣き状態で赦しを請う男。

 

二度と馬鹿な真似させねぇようにするには、もう一息ってとこか

 

小隊長の様子を見て、そう判断した。ガキ相手に粋がる様な奴には相応の恐怖を植え付ける必要がある。

 

……これなら、ちょうどいいか

 

右手に持ったブロードソードを、よろよろと立ちあがり逃げようとする小隊長の胸、ちょうど心臓のあたりを狙い、構える。

 

「お、お願い、ゆっ赦し――」

 

「これに懲りたら、二度と馬鹿なことすんのは止めんだな」

 

「――っっっ!? ぎぴぃぃぃ!!!」

 

言って、寸分違わず男の左胸に剣を突き刺した。痛みはないだろうが、貫通ダメージがプレイヤーに与える不快感と甚振られた恐怖が相まって、もはや人間のものとは思えないような奇声を発して男は気絶した。ナーヴギアに繋がれた脳が情報を処理しきれなくなった所為だろう。

 

「……ソイツ連れてさっさと失せろ」

 

「は、はいぃ!」

 

「す、すみませんでしたぁ!」

 

「ゆ、赦してぇ!!」

 

倒れてはいたものの、気絶はしていなかった他の男たちにそう言うと、小隊長の男を担いで一目散に逃げて行った。あの様子なら、しばらくは馬鹿な真似することもないだろう。

 

逃げる男たちの背中が見えなくなったちょうどそのとき、別の路地からさっきの少年が戻って来た。

 

……危なかったな。流石にさっきのアレをガキには見せらんねぇ。自重しねぇと

 

そんなことを考えながら、少年の方に目を向ける。

 

「あ、先生! あの人だよ。あの人が僕らのこと助けてくれたんだ!」

 

少年がやって来た路地の方を見ながらそういうと、先の他の子供三人の他に先生と呼ばれた見覚えのある女性が出てきた。

 

「もう、一人で行ったら危ないでしょう? すいません、この子たちを助けていただい――」

 

そこで初めてこちらを向いた女性が言葉を止め、驚きの表情を浮かべた。

 

「――は、ハセヲさん!?」

 

「よう、サーシャ」

 

暗青のショートヘアに黒縁メガネ、そして深緑色の瞳。彼女こそ、俺を今日ここへ呼び出した張本人、サーシャだった。

 

「……ハセヲさんが助けて下さったんですね。本当に、ありがとうございました。ほら、あなた達もちゃんとお礼を言って?」

 

「ありがとうございました」

 

「ありがとな、兄ちゃん!」

 

「ありがとうです」

 

「あ、ありがとう、ございました」

 

驚きから帰ってくると、そう言って腰を折って頭を下げるサーシャ。やはり、そのあたりの礼儀正しさは変わっていない。子供たちも各々感謝の言葉をかけてくる。

が、後半、割とノッてた身としては正直素直に礼を受けるのは抵抗があったりするわけで。

 

「別に大したことはしてねぇよ。胸糞悪いところに出くわしちまったから対処しただけだ」

 

それより、と続けて。

 

「お前がそのガキ共と一緒にいるってのが、俺を呼び出した理由か?」

 

これ以上頭を下げられても困るので、話題を相談事の方にシフトする。

サーシャは少し困ったような顔をして首肯した。

 

「ええ……ここではなんですので、どうぞこちらへ」

 

言って、サーシャは教会の方へと促した。それに従いついていく。

 

「それにしても、兄ちゃん強いんだな。一人であいつら全員追っ払っちまうなんてさ」

 

道中、子供たちの一人――他の三人は皆サーシャの周りにいる――赤い髪の少年が、暇を持て余したのかそんな風に話しかけてきた。

 

「強い……か。ンなこともねぇけどな」

 

「? 強いだろ? つーか、むしろ弱いわけねーじゃん」

 

「俺としては、お前らの先生……サーシャの方がよっぽど強いと思うぜ」

 

「んー……よくわかんねー。だって、先生、戦ったりとか、そーゆーこと全然しないぜ?」

 

「強さにも、色々有るってこった」

 

「ふーん……」

 

「ま、今は判んなくてもいい」

 

会話が終わるころには丁度教会に到着し、サーシャ達とともに教会へ入った。

 

 

 

==========================================

 

 

 

「――ということなのです」

 

「なるほどな」

 

礼拝堂の隣にある小部屋で、サーシャが子供たちの面倒を見ることになった経緯や街で人を見かけなかった理由を聞き頷く。サーシャが初めに見つけた子供と出会ったのが俺と別れた翌日だったというのは驚きではあったが。

そして、《軍》について。噂には聞いていたが、《軍》の専横はかなりの所まで来ているらしい。このままでは何かしら大きな問題が発生しかねないが、今はそれは置いておく。

 

「それで? 結局のところ、俺に相談したいことってのはなんなんだ?」

 

「……ある程度まででいいんです。私のレベル上げを手伝ってくださいませんか?」

 

単刀直入に用件を聞くと、サーシャは少し躊躇った後、思い切ったようにそう言った。

予想外の言葉に内心驚きながらも、勤めて冷静に理由を聞く。

 

「先ほどもお話しした通り、今彼らを養っていられるのは、年長の子供達のおかげなんです。ですが、それでもみんな、まだ幼いことに変わりはありません。いくらレベル的には安全とはいえ、私は子供達をモンスターと戦わせたくはない。それに私、攻略からドロップアウトしちゃったのを以前から申し訳なく思ってたんです」

 

「だから、自分がってことか」

 

「はい」

 

頷いた彼女の瞳に宿る意志の強さは本物だ。本心から、子供たちを守りたいと思っているのが感じ取れる。

 

やはり、サーシャは強い。

少年の一人にも言ったことだが、改めてそう感じた。

その強さは、一度間違った強さに溺れたことのある俺には酷く眩しく見えた。

 

「……まず、サーシャ。お前が攻略から離れたことを悔やむ必要はまったく無ぇよ。むしろ、お前がやってることは誇ってもいいモンだ」

 

「なら――」

 

「だが」

 

身を乗り出したサーシャの言葉を遮り、続ける。

 

「悪いがその依頼は聞けない」

 

「――やっぱり、そうですよね。こんな下の階層で使うような時間なんて……」

 

「そうじゃない」

 

「え?」

 

「なぁ、サーシャ。もし仮に、お前が普段ここにいなくなって不安に思うのは誰だ? 仮にお前が死んじまったら、悲しむのは誰だ?」

 

「それは……」

 

言いよどむサーシャに、判りきった答えを言ってやる。

 

「ここにいるガキ共だろ?」

 

「……あの子たちは、そう、想ってくれるでしょうか」

 

「当たり前だ。ここにいるガキ共がお前に持ってる感情は、お前があいつらを想ってるのと同じくらい強い」

 

「そうだと、いいのですが」

 

それに、と続けて。

 

「レベルなんて上げなくても、お前はもう十分に強ぇよ」

 

「? それは、どういう?」

 

「さっきここに来る途中、赤毛の奴にも言ったんだけどな。俺は、強さには色々な形があると思ってる」

 

「強さの形、ですか?」

 

「あぁ。レベルを上げて力を得る。それも、この世界における強さの一つの形だ。それは否定しねぇ。けどそれは、代わりの利く強さだ」

 

「代わり、ですか」

 

「そうだ。たとえ俺がいなくなっても、そういう意味の強さなら誰かが代れる。けど、お前の強さは違う。お前の強さは、誰かのために動けるその想いだ」

 

「……想い」

 

「俺は、あの始まりの日。自分のことしか考えずにこの街を飛び出して、今でも自己中にソロなんてやってる。そんな俺と比べれば、お前は俺よりよっぽど強い。けど、お前の強さ(想い)は代わりが利かない。お前以外に、あいつらを支えられる奴はいないんだ。だからお前は、お前にしかできないことをすればいい」

 

「……ですが、それでも想いだけでは、現実的にはどうにもなりません。力という意味の強さもなければ……」

 

「言ったろ。そういう意味の強さなら代わりが利くって。だったら、その代わりを使えばいい」

 

言いながら、トレードウィンドウを開いて、俺の所持金の半分ほどを入力して申請した。

 

「俺が代わりになれば、全部解決だろうが……とりあえずはこんなもんか」

 

「で、ですが! こんな大金、とても受け取れるものでは! しかもとりあえずって……」

 

「定期的に……そうだな、月一で金を入れる。充分だろ?」

 

「充分も何も……多過ぎます!」

 

言って、サーシャはトレードを破棄しようとするが、そこに追い打ちをかけた。

 

「交渉破棄するようなら、実体化してでも金置いてくからな」

 

「……っ、はぁ。判りました。まったく、恩の押し売りですね。ならついでに、《軍》の徴税部隊の方も、ハセヲさんに何とかしてもらいましょう」

 

「あぁ、利己主義な俺にお似合いだ。任せろよ、偽善でいい思い出来るなら安いもんだ」

 

呆れたようにも、吹っ切れたようにも、どちらにでも聞こえるような声音で言うサーシャに、冗談めかしてそれだけ言って、俺は振り向かずに教会の出口に向かった。

 

 

 

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言うだけ言って、お金を押し付けて出て行ったハセヲさんをただじっと見送った。届かないことは判っていても、言わなければならない気がして、私は閉じた扉に向かって口を開いた。

 

「あなたは、私の想いは代えが利かないと言ってくれました。けど、あなたの行いも、きっと代えの利かないものだと思います。だって、あなたの言ってくれたことも、してくれることも……どれも偽善なんかではないんですから。あなたの想いも、誰かのためのものじゃないですか」

 

ちょっと、捻くれてはいますけどね、とだけ付け足して、私は子供たちの元へ向かった。

私の想い、子供たちの想い、そして彼の想いに報いるために。




予定よりも少し遅くなりました更新です。

今回から新しく章を設けました。
前回、『ハセヲがソロじゃねーし、話原作まんまじゃねーか!』という至極まっとうなご意見をいただきまして、作者が無い頭を捻って考えた結果がこうです。
いや、まぁ、今回も原作のオマージュなんですがね……次からは基本オリジナルな感じになる……はず

さて置き、このVol.Exでは本編の前日談や、本編とはあまり関係のない話を投稿していく、いわば番外短編になります。ので、ナンバリングはなしで、分量は本編よりだいぶ少ないです、すみません。

今後はこちらにハセヲ君のソロ活躍をUPしていく(予定)ので、どうぞよろしく。

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