SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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改訂版できたんでアップします

遅くなったのは全部SAOHRってヤツの所為なんだ……


Fragment6 《追憶》

2024年 4月

 

 

 

「ん……」

 

微睡から急速に意識が浮上してくる。カーテン越しでも判る日の光が目覚めを促してきた。

 

「…………朝、か…………」

 

体を起こしてカーテンと窓を開けると、既に高くまで昇っている太陽がその光を部屋に中に注ぎ込んで、心地の良い春先ならではの風が吹き込んでくる。

 

「本日は晴天なり、ってか?」

 

時刻は午前十一時。普段よりもかなり遅い起床――いつもはだいたい八時前くらいには起きる――だ。

そうというのも、昨日まで三日間、ほぼ不眠不休、しかも飲まず食わずで迷宮攻略をしていたのが原因だ。何日か引きこもって攻略というのは結構ザラにあるが、不眠断食で、というのはあまりない。というかまずやらないし、今後あってほしいとも思わない。思いたくもない。

 

 

事の発端は四日前。いつものように迷宮攻略に出ると、その途中でたまたまキリトに会った。迷宮の難易度が少しばかり高いこともあって、成り行きでパーティーを組んで攻略に励んでいた訳だが。そろそろ切り上げるかという時間になって、致命的なミスをやらかした。トラップに掛っちまったんだ。四方八方から襲い来るモンスターの群れは、どう足掻いても明らかに捌き切れる量じゃねぇのが一目で判るほど、それはもう年末在庫処分出血大サービスも斯くやとでも言うような数だった。リソースの山だ、なんていう考えが一瞬でも浮かぶ暇もなく、二人顔を見合せて一目散に逃走を開始した。

幸いにして一体一体のHPは大したことねぇから一番敵の包囲が薄いところを走りながら力任せに剣を振り、眼前の敵を蹴散らして包囲を脱出、それからはもう只管ダッシュあるのみだ。とにかく逃げた。恥も外聞もなく、ただただ足を走らせた。複雑に入り組んでいる迷宮を、隠蔽スキルを発動させながら右へ左へ、上から下への大騒ぎ。大いに走り回った。走りながらお互いに罵り合うのも忘れない。

 

「クソがっ! なんでもっと注意しねぇんだよ!」

 

「なんだよ! それに関してはお前も同罪だろ!?」

 

「ザケンな! 俺は確かに止めただろうが!!」

 

「次で終わりにしようって言ったのはお前だろう!?」

 

「結局罠起動させたのはテメェじゃねぇか!?」

 

「だぁっチクショウッ! これも全部茅場の所為だ!!」

 

「ンなこと言ってる暇あった足動かしやがれ!!」

 

最後には茅場晶彦への罵倒に変貌したが、そんなことは気にせず駆けずり回り、やっとの思いで撒き切った時には既に日付が変わっちまってた。つまり、数時間に渡って全力疾走を続けてたっつう訳だ。そんな仮想世界さまさまな所業に気づいた途端、疲労が一気に押し寄せて、二人してその場にへたり込んだ。それから、とりあえず脱出は日が明けてから、と決めてお互い三時間ずつ仮眠を交互にとった。

仮眠を終えていざ出発、っつうところで、本攻略二回目の致命的なミスに気付いた。帰り道が判らない。とにかく闇雲に走ってきたせいで、MAP作成なんかは論外で、当然どんな道順で来たかなど覚えている訳もなく、しかも逃げ切った後直ぐに倒れちまったからこの部屋にどこから入って来たかすら判らない。はっきり言って最悪の状態だった。

しかも――

 

「腹減った……」

 

「同じく……」

 

――追い打ちを掛ける様な空腹だ。

日帰りの予定だったから食い物なんて持ってきてねぇ。少なくともSAOの中で餓死することはねぇが、それでも精神的にはかなり堪える。が、無いものを強請っても仕方がない。俺達は当てもなく出口を探して彷徨い始めた。勿論互いへの罵倒は忘れずに。まぁ、空腹の所為で長くは続かなかったけどな……。

そして二日間、モンスターを初めは半ば八つ当たり気味に、空腹が限界を超えてからは最小限の動きで倒しつつ、ただただ無言で――喋る体力すら残ってなかった――歩き続けて漸く昨日の十八時過ぎに宿に戻れたわけだ。

なんで途中で休憩を挟まなかったのかって?

足を止めた瞬間空腹と疲労で二度と立ち上がれないと心の底から思っていたからだ。

 

 

閑話休題(ンな訳で)

 

 

たっぷり約十七時間、十分すぎるほどの惰眠を貪って現在に至るというわけだ。

にしても……

 

「……腹ぁ、減ったな……」

 

昨日宿に入った時、空腹を満たすよりも先に体力が尽きてベッドにダイブしちまったから、結局何も食べてねぇ。

 

「……何か作るか……」

 

未だ覚醒しきっていない頭を何度か振って、キッチンへ向かう。

そう、この宿屋にはなんとキッチンが各部屋に備え付けられている。数日前に初めて泊まったときは感動したもんだ。これで今までコツコツと上げてきた料理スキルを遺憾無く発揮できると。くっだらねぇ理由の所為で使うのは今日が初めてだけどな……。

 

「さて……」

 

ストレージから適当な肉――なんかのモンスターのドロップ品。多分牛系だろ――とパン、野菜、それから数種類の香草を取り出して並べる。そこでふと窓に目をやると、寝起きにも思ったように、いい天気の外。多種多様なパラメータがランダムに作用するSAOの天候がここまで好条件で揃うことは滅多にない。

 

……サンドイッチとハッシュドポテト、あとテキトーなスープにでもすっか。保存用の水筒とバスケットがストレージに有ったはず……

 

だいぶ前に手に入れた記憶があるその二つを、ストレージの奥底から探しだして実体化させる。

 

「調理開始と行きますか」

 

キッチンの道具をダブルクリックして調理時間を設定して食材を突っこむ。鍋には香草と水、肉、野菜を入れて蓋を閉め、フライパンには肉と香草を、もう一つのフライパンに潰したジャガイモと小麦粉、油を入れて焼く。現実なら下準備からもっと凝るところだが、幸か不幸かSAOの料理ではこれ以上の手間は必要とされない。若干の不満はあるが、その分調理時間は大幅に短縮できるからな、今回は助かる。完成するまでの間にパンを切って待つこと数分。焼きあがった肉と野菜をパンに挟んで切れば、十切れのサブマリンサンドの完成だ。出来上がった飯をバスケットに詰めて、スープを水筒に入れたら準備完了。

 

水筒とバスケットをストレージに格納して宿を出る。こんないい天気なんだ。外で食った方が旨いに決まってる。異論は却下だ。

普段は飯を食う場所に頓着しねぇけど、三日ぶりの飯だ。どうせならより美味く食える所で食いたいと思うのは人間の性だろ。

 

 

 

外に出てちょうど陽当たりの良い場所を探していると、ゲートからある程度離れたところに絶好のポイントを見つけた。木で周囲が覆われた小さい丘、辺りに人の気配もない。

腰を降ろしてストレージからバスケットと水筒を取り出す。

SAOでは保存用のアイテムに仕舞っておけば、耐久値がなくならない限り出来立て同然の飯を食べることが出来る。非常に便利な機能だ。こっちも実際に使ったのは今日が初めてだがな。

 

「いただきます、と」

 

蓋を開けた瞬間食欲をそそる香りが漂い、臨界点を当の昔に振り切った空腹が一気に押し寄せてくる。それに逆らうことなく貪るように食らいついた。

 

 

 

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まる三日ぶりになる飯を、それなりな量があったにも関わらずフードファイターも斯くやという早さで黙々と食い尽くして一息。

食事の必要性と齎される充実感を改めて感じた一時だった。

 

味の方も満足できるレベルだった。自分で言うのもなんだが、其処らのNPCレストランで出てくるモンより数段美味かったと確信を持って言える。

 

腹が十二分に満たされて心地よい気だるさを感じているところに今日の素晴らしい気候が相まって、仄かな眠気が降りかかってくる。

 

「……食って寝るたぁ、穀潰しの生活だな」

 

独り言を零して、腕を枕に体を横たえる。

勿論、横になる前に索敵スキルによる接近警報をセットすることも忘れてないし、熟睡するつもりもない。昼寝してたら寝首掻かれましたじゃ、笑えねぇからな。

 

そうして心地いい微睡に身を任せていると、昔の……それこそ何年も前の記憶が脳裏に蘇ってきた。

 

 

『見てくださいハセヲさん! とっても綺麗な場所だと思いませんか?』

 

『そうだな、悪くねぇ』

 

『やっぱり! そうですよね!!』

 

 

SAO(ここ)と同じ、全てが偽物(バーチャル)で出来ている世界で。そんなことは勿論判ってはいても、それでも『綺麗な景色が有る』と、『それを楽しむこともまた、この世界の楽しみ方の一つだ』と、そう、俺に向かって言ったアイツ。

それを初めて言われた頃の俺は、酷く荒んでいて。

力を誇示して、何かに、誰かに当たることでしか、己を表現出来なくて。

ただ、理解の出来ない現実(イリーガル)から眼を背けていただけのガキだったから。

 

『綺麗だ!? こんなもんはなぁ、ポリゴンにテクスチャ張り付けただけの、ただのデータなんだよ!!』

 

そんなふうにしか、返すことが出来なかった。

 

今思えば、ホントにただのガキだったな……けど

 

それでも、あの時の俺も含めて、俺自身が、出会いが、別れが、そして意思(オモイ)が。

それら全てが積み重なって、今の俺がいる。

 

だから、過去の俺を否定することはしない。してはいけない。

 

「フンッ」

 

……我ながら、青臭ぇこと考えてんなぁ……

 

そう思って、鼻を鳴らす。

 

「けど……それも、悪くねぇな……」

 

そう、小さく、俺自身にも聞こえないくらいに囁いた――

 

 

 

========================

 

 

 

『ハセヲさん! 紹介したいエリアがあるんです!!』

 

『ハセヲ! 冒険に行こうぜ!!』

 

――――これは夢――――

 

『ハセヲ兄ちゃん、僕たちとクエスト行かない?』

 

『別に居ても居なくても、どっちでもウチはええねんけどな』

 

――――記憶の中の情景――――

 

『チクショウ、このモテヲめ! お前の幸運を俺にも分けろ!? 俺のデートの予定がおじゃんになっちまったのもお前の所為だ!!』

 

『まぁまぁ。なんだったら僕たちと一緒に行きません? これから初心者講習会やるんですよ。いいよね、ハセヲ?』

 

『ギルド《カナード》のお仕事なんだなぁ。ハセヲ、張り切って行くんだぞぉ!』

 

――――かつて仲間達と過ごした――――

 

『さぁハセヲ。僕たちの愛を確かめに行こう』

 

『ふむ、頑張ってくれハセヲ。私では現状に対処出来そうにない。ああ、君も参戦してくるかい?』

 

『ま、まさか……。まぁ、どうしても、と言うなら助けてあげるわよ、ハセヲ?』

 

――――懐かしい記憶――――

 

『そろそろもう一回弄らせてくれませんか、ハセヲさん?』

 

『ダメですよ欅様。ハセヲさんも困ってますし』

 

『おう、ハセヲじゃねぇか! どうだ、ひとっ走り行くか!?』

 

――――そのどれもが――――

 

『おお、良き眼をした人よ! いざ、私達と共に素晴らしきグラフィック探しの旅に出ようではないか!』

 

『わたしはトライエッヂを探したいんですけどぉ。どう思います、ハセヲさん?』

 

『なんでアタシまでアンタ達に付き合わなきゃならないんだよ……』

 

――――大切で――――

 

『かっかっか! やるようになったじゃねーか坊主!』

 

『うむ、今一度お前とは手合わせをしたいものだ』

 

『そうだな。私も彼も、君との勝負は、尋常に、とはいかなかったからな』

 

――――暖かな――――

 

『ハセヲ、ハセヲ! 置いてっちゃうよ!! ほら、皆も!』

 

『うん、行こっか、ハセヲ』

 

――――そんな記憶(思い出)――――

 

『強くなったな、ハセヲ』

 

 

――アトリ(千草)

――揺光(智香)

――(伊織)

――()

――クーン(智成)

――シラバス(優一)

――ガスパー(孝太)

――エンデュランス()

――八咫(拓海)

――パイ(令子さん)

――欅が

――(加賀さん)

――(真吾)

――ぴろし(松山)

――なつめが

――ボルドー(ニナ)

――大火(緒方)のおっさんが

――天狼(民さん)

――太白(黒貝さん)

――タビー()

 

――そして、志乃とオーヴァンがいる。

 

そんな懐かしい、昔の夢を見た。

 

 

 

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意識が浮上してきたのを感じて、瞼を持ち上げ、上体を起こす。

 

「……随分と前の夢だったな……」

 

昨日昼飯を食った後、三時間位昼寝してから三日間の奔走で蓄積したアイテムを売って金にしていた。

ついでに武器の研ぎ直しやらアイテムの調達やら、プレイヤーが開いている店を見て回ったりなんかしていたから宿に戻った時には結構な時間に。

そのまま昨日はフィールドには出ないで晩飯――メニューはパンとポタージュだった――を食って寝て、明けて現在。

 

本当に懐かしい夢を見て、目が覚めた。

 

「Re:2なんて、もう何年前だっつの……」

 

しかも夢に出てきたのは今でも交流が続いている奴らばかり。

 

アンタ以外は、だけどな……オーヴァン……

 

「昼にアトリ(千草)のこと思い出したからか……?」

 

それ以外に心当りがない。なんせこっちに来てからあの頃の夢を見たことなんてなかったから。それとも――

 

「それだけ余裕が出てきたってことか……? それこそ今更だな」

 

まぁ、そんなことはどうでも良い。なんせ今は――

 

「気分がいい……」

 

 

 

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昨日に引き続き、俺とアスナはシステム上本来なら有り得ない圏内殺人と呼べる事件を調査していた。

事件の現場は五十七層、真っ昼間の人が行き交う街中にある広場だった。

 

俺達がそれに関わったのは、はっきり言って偶然だ。

紆余曲折あって――言明すると閃光殿に蜂の巣にされかねないので避ける――少し遅い昼飯を五十七層でアスナが奢るという話になったのがはじまりだった。NPCレストランに入って注文して、出てきたサラダを少しつついたところで聞えてきた悲鳴に、二人して飛び出した。

駆け付けた先で目撃したのは、教会の様な建物の二階中央の飾り窓から分厚いプレートアーマーに全身を包んだ男が首吊りになっている光景だった。ロープは男の首元を締め付けていたが、目を引くのはそこではない。SAOにおいて、ロープ系のアイテムによる窒息死はないからだ。では何か。

 

答えは槍だ。

 

プレートアーマーを貫通し、男の胸に深々と突き刺さっている一本の黒い短槍(ショートスピア)

 

それが男に《貫通継続ダメージ》を与え続けていた。

 

普通に考えれば、《圏内》でダメージが発生するなんて有り得ないことだが、現に胸の傷口から血液のように漏れている赤いエフェクト光がそれを如実に証明している。

 

茫然自失するも数瞬。男を助けるべくロープを切るために二階に駆け出したアスナの指示に従って、男を受け止めようとその真下まで走りだした直後、男のHPバーが消滅して、男は無数の青いポリゴンとなって爆散――この世界から永久退場した。

 

瞬間、意識を切り替えその場に有るべき物を探すため視線を辺りに走らせた。

 

即ち、《デュエル勝利者メッセージ》。

 

《圏内》であるこの場でプレイヤーがダメージを受け死に至るには、完全決着モードのデュエルを受諾し、負けるしかない。

 

『みんな! デュエルのウィナー表示を探してくれ!!』

 

俺はそう叫び、周囲のプレイヤー達も俺の意図を悟り四方八方に視線を走らせた。勝者(Winner)表示は必ず対戦者の近くに三十秒間出現するはずだし、デュエル中は両者共に一定以上は離れられないからまだ相手は周囲にいるはずだった。仮にアイテムを併用して《隠蔽》スキルで隠れていたとしても、俺の《索敵》スキルを完全に出し抜けるようなアイテムは最前線でもドロップしてないはずだし、念のため入り口に何人かのプレイヤーに手を繋いで立ってもらっているから、そのプレイヤーに当たった時に自動で解除(リピール)される。

 

故に、犯人は逃れられない……筈だった。

 

『駄目だ、三十秒経った……』

 

何も見つけることが出来ないまま、無情にも誰かがそう呟いた。

二階にいたアスナの方でもWinner表示は見つからなかったらしく、頭を抱える他なかった。

 

その後、幾ばくかの議論によってこの事件を解決し公表する、ということになって俺達の調査が始まった。

ぶっちゃけると、先日のとある理由による極度の精神的疲労感に蝕まれていたので、厄介事に首を突っ込むのはゴメンではあったのだけれども。事情が事情だけにやむをえまいとアスナの提案に首を縦に振った。

 

しかしながら調査とは言うものの、物的証拠と思しき物は男を吊っていたロープと胸に突き刺さっていた黒い短槍の二つだけ。これでは埒が明かないから、まずはその場での聞き込みを始めた。

 

『誰か初めから見ていた者がいたら、話を聞かせて欲しい』

 

そう呼び掛けた俺の声に反応して前に出てきたのは一人の女性プレイヤーだった。

 

彼女――ヨルコというそうだ――によると被害者の男――こちらはカインズ――とは以前同じギルド《黄金林檎(ゴールデンアップル)》に所属していたらしく、解散後も交流が続いており今日も共に食事をとる約束をしていたとのこと。俺とアスナが聞き付けた悲鳴も彼女のものだそうだ。食事後にこの広場ではぐれて辺りを見回していたらカインズが、と。

 

それ以上の情報は彼女も殆ど持っておらず、後は物的証拠の方に頼らざるを得なくなった。それに必要なるのは《鑑定》スキルなのだが、戦闘ビルド一辺倒の俺は勿論、趣味以外には無駄なリソースを割いていないアスナも上げている筈がなく。仕方なくエギルにメッセージを打ち依頼した。

 

場所を五十層主街区《アルゲート》に移し、渋る――アスナを見た途端態度を180度変えやがったけど――エギルが《鑑定》スキルを使った結果、ロープは予想通りNPCショップで売られているものだった。

が、短槍の方は《グリムロック》というプレイヤーによるPCメイドで《ギルティソーン》、罪の荊と名付けられたモノとのこと。

 

次いで俺とアスナ、更にエギルを加えた三人で最下層《はじまりの街》に向かい、《Kains》の死亡と《Grimlock》の生存を確認。《Kains》の死亡時刻も俺達がレストランを飛び出した直後であったから間違いない。

それからグリムロック探しは明日にしようということで解散となり、俺が現在寝泊まりしている四十八層主街区《リンダース》に戻った所で最大手ギルド《聖竜連合》所属のプレイヤー七人に取り囲まれた。そのリーダー格と目される槍使い《シュミット》から《ギルティソーン》の引き渡しを要求され、仕方なしに承諾。去り際にグリムロックの名を告げてやると、明らかな動揺を見せた。

 

 

そして明けて今朝。

朝食をアスナと食べながら、とりあえず犯人探しは置いておき、《圏内殺人》のトリック解明の為の実験を行うことに相成った。

 

朝食を食べ終わり次第、早速実験を敢行。フィールドに出て自分の左手の甲にスローイングピックを初期ソードスキルの《シングルスロー》で突き刺した。HPは実験提供しても、装備の耐久値まで減らしてやる気はなかったから左手の手袋は外したが。投擲武器の中でもこのスローイングピックは《貫通属性》を持っているため、当然《貫通ダメージ》が発生する。

 

余談だが、『フィールドでは何が起こるか判らない』と言うアスナの主張から久々に彼女とパーティーを組んだ。アスナが《KoB》に入団してからは初めてだったと思う。

 

手にピックを刺した状態で《アンチクリミナルコード有効圏内》……所謂《圏内》に入ったところ、ダメージ感覚――鈍い痺れと不快感――は残るものの継続ダメージ事態は止まった。詰まる所、実験は失敗だった訳だ。

 

ピックを引き抜いた際に残ったダメージの残留感覚を無くすために、アスナが左手を握ってきた時に速まった心臓の拍動は驚いたからに違いない。違いないったら違いない。異論は認めない。

 

 

そんなチェリーな言い訳を脳内でしながら実験が終わった後、今度は再びヨルコに話を聞きに行った。余り眠れなかったらしいに彼女に、槍の製作者である《グリムロック》と槍を奪っていった《シュミット》の名を出すと、心当たりが有るらしい。彼女の話を纏めるとこうだ。

かつて彼女とカインズ、そしてシュミットとグリムロックまでもが所属していたギルド《黄金林檎》でレアアイテムの指輪、現在の最前線でもドロップしていないような代物が出てきたらしい。それを巡ってギルド内でちょっとした諍いが起きた。売却するか、誰かが装備するか。揉めに揉めた末、多数決の結果売却に反対したのはギルメン八人の内三人、前線メンバーだったシュミットとカインズ、そして当時カインズと付き合っていたヨルコだけだったため売却に決定。リーダーの女性が最前線の競売屋(オークショニア)に委託しに行った。しかし翌日になってもリーダーは帰ってこず、黒鉄宮の《生命の碑》を確認したところ彼女は貫通属性ダメージで死亡していた。普通に考えてそんなレアアイテムを抱えて夜中に野外に出るわけがなく、《催眠PK》と見て間違いはないだろう。事が起こったのは半年前、当時はまだ手口が公表されていなかったから、鍵の無い公共空間(パブリックスペース)で寝る者も少なくはなかった。そして彼女を狙うとしたら事情を知っている《黄金林檎》のメンバーだけ。互いが疑心暗鬼に陥り、ギルドは解散。またグリムロックはリーダーの夫だったらしく、もし犯人が彼ならば反対した自分達三人を皆殺しにするかもしれない、と。

 

 

ヨルコの話を聞き終え、容疑者は特定出来たものの……現段階ではグリムロックや《黄金林檎》の他メンバーを探す手段もないので、一回これを横に置いてカインズ殺害の方法を検討することに決定。ただ知識要員が必要になったため、信頼出来てSAOのシステムに俺達以上に詳しそうな人間を呼び出すことにした。

 

 

そして再び場所をアルゲードに移して、詳しそうな人間こと《血盟騎士団》の団長《ヒースクリフ》を招いての会議兼昼食をとる。腹案としてもう二人くらい心当たりは有ったんだが、方や高額請求される可能性があり、方や先日の件で顔を合わせ辛いという事で彼の団長様に相成った訳である。

そんなこんなで昼食会議が開かれたのはアルゲード一妖しい店で、《アルゲードそば》なるラーメンの様な何か――決してラーメンではない。断じてない。これは三人とも同意しての見解だ――がオススメ(?)である。

ヒースクリフにとりあえず三通り――正当な圏内デュエル、システム上の抜け道、アンチクリミナルコード無効化スキルもしくはアイテム――尋ねてみたところ、即座に三つ目は否定された。

 

『もし君らがこのゲームの開発者なら、そのようなスキルなり武器なりを設定するかね?』

 

という問い掛けを逆にされ、確かにとこれに同意。

 

続いてデュエルの方に話は移り、発見されなかった勝者表示の正確な出現位置について。これは決闘者二人の決着時の中間位置であり、仮に10m以上離れていた場合は双方の至近に二枚表示されるそうだ。よってデュエルではなかった線が濃くなる。

次いでは《貫通継続ダメージ》について。アスナが貫通武器を刺した状態での《回廊結晶》使用による可能性を示したが、これもヒースクリフに否定された。どんな方法であろうとも、例えそれが空中であっても《圏内》に入れば《コード》は適用されると。

それに対し、俺は一撃で相手のHPを削りきった場合の可能性を呈示した。HPバーはダメージを受けたとき右端から徐々に削られていく。その間に回廊でテレポートすれば或いは。

 

しかし、これも思わぬ形で否定された。出来なくはないだろうが、それを決して高級品ではない短槍でやるならば現時点でレベル100は必要だと。

 

結局結論には至らず、ヒースクリフは、

 

『この殺人……《圏内事件》を追いかけるのならば、眼と耳、つまるところ己の脳がダイレクトに受け取ったデータだけを信じることだ』

 

と最後に言って去っていった。

 

 

俺にはさっぱりであったがアスナ曰く、『伝聞の二次情報――動機面、《黄金林檎》のレア指輪事件――を鵜呑みにするな』とのこと。

結局、もう一人の事件関係者、つまるところシュミットの方を当たることになった。

 

早速五十六層に居を構える《DDA》の本部に言ってシュミットを呼び出した。頭痛で休んでいるとの事だったが『指輪の件で』と伝えたらフル装備の状態で飛び出してきた。話をする代わりにヨルコに会わせてくれとの要望でヨルコのいる宿に戻って、最大限に警戒したまま二人を会わせた。話始めて幾分かして、ヨルコが口にした『リーダーの呪い』という言葉に狼狽え、悲痛の篭った声を出すシュミットの姿はとても犯人のそれではなかった。沈痛な表情で彼が言った『こんな訳の判らない方法で殺されてもいいのか?』という問いに彼女が答えようとしたその時、彼女の身体が何かに押されたように前に出た。よろめくように振り返った彼女の背には、漆黒の短剣がその根本まで突き刺さっていた。そのままヨルコは窓から落ちていき、地面にぶつかる瞬間、青いポリゴンとなって散った。

その光景に思わず呆然とする。有り得ない、と。中層プレイヤーのHPをたかがスローイングダガーの一撃で全て吹き飛ばすことなど出来るはずもなく、根本的に宿の窓は開いていたとしてもシステムの保護によって守られているから何かを中に投げ入れるなんて不可能。もはや《圏内PK》なんてレベルじゃない、当に死神の所業。その死神を窓から捉え駆け出したものの、奴はその手に持った転移結晶で転移してしまった。

 

 

その後、目の前でヨルコの死を見て完全に参ってしまったシュミットからグリムロックが通い詰めていたレストランや《黄金林檎》の元メンバーをメモしてもらい、彼を《DDA》本部に送り届け現在に至る。

 

「……私、この事件の犯人を絶対に捕まえる。ヨルコさんを守れなかった償いの為にも」

 

「ああ、俺もこれ以上こんな訳の判らない方法で誰かが死んでいくのはこりごりだ。差し当たり、シュミットのメモに書いてあったレストランに張り付こうと思ってる。アスナはどうする?」

 

「それには賛成……なんだけど」

 

「ん? 何か問題が有るのか?」

 

「ううん、張り込むことに異論は無いんだけど……その前に一度情報を整理したほうがいいかなって」

 

「……そうだな、その方が良いかもしれない。だいぶ混乱してるし」

 

「うん、ただ、私達だけでやっても主観的なものになっちゃうかもしれないから、誰か客観的に視られる人がいたらなって……」

 

「うーん、ヒースクリフは?」

 

「団長はダメよ。もう一回呼び出すなんて失礼だし、それに今日は午後から装備部との会議が有るって昼に言ってたじゃない。出来ればあんまり迷惑が掛からない人がいいよね」

 

「駄目か……そうするとあとは……」

 

昼に引き続きやたらSAOのシステムに詳しかった団長様に協力が仰げないとなると、俺に残されたカードは腹案の二人しかいない。そもそも知り合いが少ないっていうのもあるけども。

 

「心当たりにメッセージ送ってみる」

 

フレンドリストから両者から懐に優しそうな方を選んで、相談があるという旨のメッセージを打って送信する。流石に機嫌も直ってるだろ、多分。

 

「……心当たりって?」

 

「それはお楽しみってことで……っとぉ、返って来たな…………うん、OKだってさ。んじゃ五十九層に行きますか」

 

「最前線じゃない。それなら、わたしも知ってる人? 一体誰なわけ?」

 

「だからお楽しみだって。たぶん役に立つはずだからさ」

 

訝しげな視線を送ってくるアスナを宥めすかして五十九層に移動するのだった。

 

 

 

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今日はあの後、流石に二日連続で何もしないのは躊躇われて迷宮攻略に乗り出していた。勿論、罠には細心の注意を払って。それなりの成果を得て宿に戻ったところでフレンドメッセージを受信した。

 

「ん? キリトからか…………相談って、何か有ったのか?」

 

アイツが折り入って相談なんてキャラじゃねぇな、なんて思いはしたが、まぁ断る理由もない。

了承の返事を送って待つこと十数分、部屋の扉がノックされた。

 

「俺……キリトだけど」

 

「今開ける」

 

返事をして扉を開ければ、一昨日ぶりの顔が右手を軽く上げて姿を現す。

 

「よっ、二日ぶりだな」

 

「おう。んで、相談だって?」

 

「ああ、ちょっと相談……というか頼みごとって言った方がいいかな。大丈夫か?」

 

「内容次第だな。金なら貸さねぇぞ」

 

「いやいや違うってそんなんじゃ――」

 

「なんだ、心当たりってハセヲさんのことだったのね」

 

「あん?」

 

苦笑いを浮かべたキリトの言葉を遮ったのは女の声だった。

扉が陰になって隠れているらしい人物を確信しながら顔を出してみれば、そこにいたのは思った通りの女性プレイヤー。

 

「アスナじゃねぇか。この前の攻略会議以来か?」

 

「ええ、お久しぶりです、ハセヲさん」

 

「久しぶりって程でもねぇけどな。んで、ぼっちなソロプレイヤーとKoBの副団長様なんて珍しい組み合わせでどうしたよ。さっきも言ったが、悪ぃけど金なら貸さねぇぞ。結婚式の資金なら別当ってくれ」

 

「「は、はぁ!?」」

 

揶揄い半分にそう言えば、顔を真っ赤にして息ピッタリに叫ぶキリトとアスナ。

なんとも弄りがいの有るやつらだ。

 

「な、何言ってるのよ!? わ、わわ、わたしがキリト君と、そ、その……け、けけけ、けっこ、結婚だなんてそんなこと、あ、ある訳ないじゃない!?」

 

盛大にドモリながら言われてもなぁ(笑)

 

なんて、内心大爆笑でキリトの方を見ると、さっきまでの赤面はどこへやら。

 

「あ、あの、アスナさん? そこまで全力で否定されると流石の私めも傷つくと言いますかなんと言うか……」

 

「あ……ご、ゴメンねキリト君! あの、別にキリト君が嫌いとかそういうのじゃなくって……! あ~も~ハセヲさん!!」

 

「ククッ……悪かった、冗談だって……プッ」

 

どんよりと黒いオーラを背負って終いには泣きそうなキリトに、慌てふためきながら謝るアスナの図。

そんな光景に、一層の攻略会議であったころと比べればアスナも随分と角が取れて丸くなったもんだと思う。笑いを堪え切れていないのは仕方ないことだ、うん。

 

にしても、アスナの慌て様と言い、キリトの落ち込み様と言い……コイツら、実はホントにお互い脈あんじゃね?

 

「まったくもう……」

 

「はぁ……冗談キツイって、ハセヲ。なんかどっと疲れたんだけど……」

 

「だから悪かったっての。話あんだろ? こんなところで立ち話もなんだ、上がれよ」

 

そんなこんなで二人を部屋に入れて、ソファに腰を下ろす。時間を確認すると十八時を回ったところ。要するに飯時だ。

 

「お前ら飯は?」

 

そう聞くと、キリトは思い出したような顔をして腹を摩ってため息を吐いた。

 

「そういえば、俺ら朝から何も食ってないんだった……」

 

そんな腹を抱えて項垂れるキリトの横から、「はい」と眼前に差しだれる紙に包まれたオブジェクト。アスナを見れば逆の手に自分の分であろうもう一つも持っている。

 

「もしかして、くれたりとか?」

 

「別にいらないって言うなら無――」

 

「い、いやとんでもない! ありがたく頂戴しますですハイ!!」

 

「――理、ってそんなに畏まらなくてもあげるよ。どうぞ、そろそろ耐久値切れちゃうかあら早く食べた方が良いよ」

 

「ありがたや、ありがたや……それじゃ失礼して」

 

待ちきれんとばかりにロースト肉や何種類かの野菜のサンドへかぶりつくキリトを横目に、自分の分の包みを開けて口をつけるアスナ。チラッと俺の方に眼を向けて「あなたの分はありません」と視線を放つのも忘れない。未だに顔が少し赤いのはご愛嬌だな。

 

少し揶揄い過ぎたか?

 

若干反省するが面白いモノも見れたし後悔はしてない。リアルだと何故か揶揄われることの方が多いんだ、こっちでは揶揄う側に回ったところで罰は当たらないだろ。

 

「あ、でもいいのか? ハセヲも飯まだだったんじゃ……」

 

「自分の分くらい用意してるっての。ちょうどそろそろ飯にしようと思ってたところだからな」

 

貰ったパンを半分ぐらいまで食べたところで気が付いたように聞いてくるキリトに、返事をしながら奥のキッチンに行って飯を用意する。と言っても出来てはいるから後は盛り付けるだけだが。今日の晩飯はよく判らん魚のムニエルとサラダ、トマト風スープ――使ってるのがトマトじゃないから“風”――だ。俺の分の序でに二人の分のスープもカップに注いで食卓に戻る。

 

「ほらよ、それだけじゃ足んねぇだろ」

 

「お、サンキュー」

 

「……どうも」

 

戻った時にはキリトはすでにパンを食べきって、俺の出したスープに即座手を付けた。それを横目で見つつ俺も飯を食べ始める。

ムニエルを半分も食べ終わらない内にスープを飲み干したキリトはパンっと両手を合わせた。

 

「いやー美味かった、ごちそうさん。それにしても、あのサンドイッチいつの間に買ったんだよ? 買う暇なんてあった?」

 

「耐久値がもう切れるっていったでしょ。朝から用意してストレージに入れておいたんだよ。こういう風にご飯食べ逃しちゃう可能性も考えてね。あ、このスープおいしい……」

 

「なるほど、流石はKoBの副団長、準備が良いな。飯のことなんかサッパリ考えてなかったから助かったよ。ちなみに、あれどこの店の? あんなに美味いサンドイッチ初めて食べた」

 

「売ってない」

 

「……へ?」

 

「お店のじゃない」

 

何を言っているのか判らないと首を捻ること十数秒。漸く理解したのか途端に慌てふためき始めるキリト。ダメだコイツ、早くなんとかしないと……いや、もう手遅れか。

 

「え、えーと、それはその、何と言いますか……も、もっと味わって食べればよかったというかなんというか。あ、アハハ、いっそオークションにでも掛けたらがっぽりだったかななんて思ったりなんかしてみたり――」

 

そんなことをキリトがのたまった瞬間、キリトの座っているソファを白革のブーツが蹴り飛ばした。上半身を全く動かさずに放たれた蹴りだってのに結構な音と衝撃がソファを襲う。キリトがビクッと震えて背筋を伸ばしたのも仕方ないっちゃ仕方ねぇな。

 

……ったく、馬鹿かこいつは。渡された段階で気づけよ

 

あ? 誰が鈍感野郎だって? こちとらもう二十三だ。人の機微くらいは多少判るわ。なのにどいつもこいつも鈍感鈍感って……(←自分への気持ちにはてんで鈍い人)

というか、何故かそういった場面で察せないと千草やら智香やら志乃やらにとてもイイ笑顔と共にOHANASHI(肉体言語)されるから、生存本能(死の恐怖)が強制的に気づくようになった。

はっきり言って思い出したくもない。特に志乃に関しては普段は母性に富んだあの笑顔が一変して《志乃恐怖――誤字に非ず――》になる。全く以て理不尽な話だと思うのは俺だけなのか……

 

……やめよう、これ以上思い出すのは俺の精神衛生上よろしくない……

 

そんなことを考えている(なにか変な電波を受信している)内にいつに間にか沈黙が続いていたようで、それを打開しようとしたのかキリトが再び口を開いた。

 

「そ、そういえば、さっきのスープも美味かったなぁ……あれはどこのなんだ?」

 

その言葉に、アスナも反応する。不機嫌を装いながらも美味そうに飲んでたからな。興味があるんだろう。

 

「作った」

 

「ツクッタ? そんな店どっかに有ったっけ? アスナ、知ってるか?」

 

何かとぼけたことを言っている奴が目の前に一人。

 

「うーん……私も心当たりないかなぁ。美味しそうなお店は結構行ってると思ってたんだけど」

 

「だよなぁ」

 

……訂正、二人だった。

 

「なに馬鹿なこと言ってんだ。作ったっつってんだろ」

 

「判ってるって。だからツクッタだろ? ツクッタ……ツクッタ……つくった…………ん? 作った?」

 

「もしかして、自分で作ったって、こと……?」

 

「だからさっきから言ってんだろうが」

 

「「え……」」

 

何故か鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる二人。

何を言おうとしてるのかは今までの経験――現実での――上判っているので、耳を塞いで防御姿勢を取る。

 

「「ええぇぇぇえええぇ―――!?」」

 

「……うっせぇ」

 

耳を塞いでもなお防ぎきれなかった爆音に鼓膜が悲鳴を上げている。圏外だったらダメージ入ってんじゃねぇかこれ。咆哮でダメージとか一昔前の狩りゲーかよ。

 

「ま、まじ?」

 

「う、嘘でしょ?」

 

「どんだけ信じたくねぇんだよ……つかキッチンから持ってきた時点で気づけ」

 

「い、いや、だって似合わないっていうか……」

 

そんなことをほざきやがるキリトにアスナも同意なのか、首を思いっきり縦に振っていやがる。それはもうブンブンという擬音が聞こえてきそうな程に。ヘドバンかよ首痛めんぞ。

 

「そうかよ、似合ってなくて悪かったな。つかキリト、テメェ一回俺が作った飯食ってんだろうが」

 

「いや、実際に作るところ見てたわけじゃないから、実は買ってきたの並べてるだけかと……」

 

「…………はぁ、もういい。それより飯も食い終わったんだ。そろそろ本題に移れよ」

 

キリトとアスナが痴話喧嘩を繰り広げている間に食い終わって用済みになった皿とカップをストレージに放り込みながら、これ以上この話を長引かせても面倒なだけだと判断して、相談もしくは頼みとやらを促す。

 

「あ、ああ、そうだったな、うん」

 

キリトは頷くと、一旦目を瞑って、開いた。その瞳にはさっきまでのふざけた色は見られない。どうやら結構真剣な話らしいな。

 

「それじゃあまず、昨日の夕方、五十七層で起こったこと知ってるか?」

 

「五十七層?……いや知らん。昨日はアレの所為で疲れてたからな」

 

「そうか、実はな――」

 

それから数十分かけて昨日起こったらしい《圏内事件》の詳細と、二人が調査したことの内容を聞き及んだ。

とりあえず、全部聞いてまず思ったことは……

 

何でそこまで調べておいて気づかない……

 

といったところか。いや、目の前で色々見ていた当事者だからこそ気付けないのか?

 

「……ふむ。つまり、その《圏内事件》に関して俺の客観的な考察及び見解を聞きたいと?」

 

「まあ、そういうことだ」

 

「判った。なら、その前にまず一言言わせてもらう。お前ら完全に視野狭窄だ」

 

「視野……」

 

「……狭窄?」

 

首を傾げて顔を見合わせるキリトとアスナ。

 

「そうだ。《圏内》でPKが起きたってことに目が行き過ぎて、事の方向性を吟味しなさすぎだ。……まぁ、二回も目の前でそんことが起こったら無理ねぇかもしれねぇけど。ヒースクリフにも言われたんだろ? 『自分の脳がダイレクトに受け取ったものだけを信じろ』って」

 

「「?」」

 

未だ疑問符を浮かべる二人に肩を竦める。これは一から説明してやらねぇとダメなヤツだな。

 

「お前らがここに来たのは正解だったってことだよ。いや、まぁ来なくてもシュミットからメモを貰ってるならその内自力で気付けたか」

 

「……もったいぶらずに教えて、ハセヲさん。私たちは少しでも早くこの件を解決して公表したいの。そして真実を知りたい」

 

「そう焦んなって……いいか? 必要なのは発想の逆転だ」

 

二人の目をしっかりと見据えて言葉を続ける。

 

「まず前提が間違ってんだ。これを逆転させる。そもそも《アンチクリミナルコード》の有効な《圏内》でPKが起こるわけがねぇってな」

 

「「なっ!?」」

 

二人して驚愕の声を上げた。今までずっと思い込んでいたことを否定されたんだから、仕方ないとは思うが。

 

「な、何言ってんだよ!? 現に俺たちはこの目で二人が死ぬのを見たんだぞ!?」

 

「そうよ! 本当にわたし達の話聞いてたの!?」

 

「だから落ち着けっての……言ったろ、視野狭窄だって」

 

興奮して捲くし立てる二人を諌める。これでは話が進まない。

 

「で、でも――」

 

「大体だ。お前らが見たのは、あくまで《砕け散ったポリゴン》であって《二人の死亡》じゃねぇだろ」

 

 

 

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「大体だ。お前らが見たのは、あくまで《砕け散ったポリゴン》であって《二人の死亡》じゃねぇだろ」

 

ハセヲさんに言われたことが理解できなかった。普通、SAOにおいて《プレイヤーのポリゴンが砕け散る》のは《そのプレイヤーの死》と同義だ。それをいきなり否定されても困る。

 

「いや、それって死んだってことだろ?」

 

当然の疑問をキリト君が口にする。

 

「違ぇよ、それは死んだことにはならない。なら確認してみろ。アスナはヨルコとフレンド登録してんだろ?」

 

そう言われて確認する為にメニューを呼び出した。普通フレンド登録はどちらかが解除するか、死んで自動解除されるかしない限り失効することはない。てっきり自動解除されているものだと思ったから確認していなかったけど、素早くフレンドリストを開くとそこには――

 

「有った……」

 

――そう、しっかりとヨルコさんの名前が刻まれていた。

 

「一体どういう事だ?」

 

「シュミットのメモを見てみろ。それで判るはずだ」

 

ハセヲさんに言われてキリト君が実体化させたメモを覗き込む。

記されているのは、グリムロック氏行きつけのレストランと《黄金林檎》の元メンバーの名前、そのスペル。それらを一通り見回して、

 

「「あっ!」」

 

二人同時に気付いた。

そう、一ヶ所だけ明らかにおかしな所がある。

違うのだ、カインズ氏の綴りが。私達がヨルコさんから聞いた綴りは《Kains》だったけれど、このメモに書かれているのは《Caynz》。一文字くらいならシュミットさんの記憶違いと言えるかもしれないけど、三文字も違うとなると話しは別。

 

「判ったろ? カインズもヨルコも死んじゃいねぇ」

 

「で、でも一体どうやって……」

 

「よく考えてみろ。この世界で《圏内》であってもポリゴン散らして消滅するもんが有んだろ?」

 

そこまで言われて漸く、私にも《圏内PK》そのトリックが判ってきた。

《圏内》であっても、消滅するモノ。ついさっき自分でキリト君に言ったばかりだ。即ち、耐久値の切れたアイテム。

 

横のキリト君も判ったのか、互いに顔を見合わせて頷く。

 

「ヨルコさんもカインズさんも、自分の装備の耐久値が無くなる瞬間に合わせて転移結晶でどこかに転移していたのね」

 

「ああ。ヨルコさんの背中に刺さってたダガーも、初めから自分で刺したんだろう。それなら説明がつく」

 

「じゃあ、窓の外にいたフードの男はカインズさん?」

 

「だろうな、俺達をミスディレクションさせるためのパフォーマンスが必要だったんだろう」

 

「ええ。でもそれなら私達が確認したKの方のカインズさんはいったい……」

 

「《生命の碑》に刻まれている日付には、何月何日の何時何分であるか載ってない。俺達が確認した《サクラ(四月)の月二十二日、十八時二七分》というのは――」

 

「そっか、今年で二回目だわ! 一年前の全く同じ時間に、Kの方のカインズさんは既に全然関係ない理由で亡くなっていたのね!」

 

「事を起そうと思った理由までは判らないけど、そのことに二人が気が付いたのが、きっと今回の大本なんだ」

 

「理由……グリセルダさんを殺した犯人を見つけるためとか? それだと、シュミットさんが一番怪しそうだけど……」

 

「断定はできないけど、全くの無関係ではないと思う。中層レベルの小ギルドから一足飛びに《DDA》程の攻略ギルドに入ってるんだ。相当無理なレべリングをしたっていうよりは、強力な装備で補ってっていう方が妥当だろうし」

 

「ま、そういうことだろうな」

 

二人で答え合わせをしている間、口を挟んでこなかったハセヲさんがここで口を開いた。

話を聞くだけでここまで考えられるハセヲさんの思考能力とその柔軟さは目を見張るものが有る。やっぱり、第一層のボス攻略の時に見せた部隊の立て直しや戦略の組み立ての速さはこういうところから来てるんだなとしみじみ思った。

 

わたしも見習わなくちゃ。《血盟騎士団副団長》として

 

「じゃあやっぱり、これで正解ってことか?」

 

キリト君の問いに「いや……」と首を振るハセヲさん。よく見ると若干焦っているように顔を顰めている。何か気になることがあるみたい。

 

「俺が判っているのもそこまでだが、もう一つ確かめたいことがある。アスナ、悪ぃんだが離婚の場合のストレージ内アイテムの処理はどうなるのかヒースクリフに聞いてくれ」

 

「? うん、ちょっと待って……」

 

釈然としないまま言われた通り団長に質問のメールを送ってみる。

 

「離婚って……なんで?」

 

「SAOでは結婚した場合、二人のストレージが共通化する。要するに二倍のアイテムが所有できる。グリムロックとそのリーダーが結婚していたってんなら、そのアイテムは一体どうなるのか……」

 

「返って来たわ。えっと、要約すると、離婚時双方同意の場合は自動等分分配、交互選択分配、あとはパーセンテージでの偏った自動分配。無条件での離婚、つまり一方的に離婚する場合は分配率を自分ゼロ、相手百に設定したときのみ可能。その場合は相手方の持ちきれないアイテムは相手の足元に全てドロップするって……」

 

「……チッ、やっぱりか」

 

「やっぱりって……判ってたんですか?」

 

そうハセヲさんに問いかける間にも、ハセヲさんは立ち上がってメニューを操作して部屋着だった装備を戦闘用に次々と変えていっている。

 

「いや、予想通りだっただけだ。相手ゼロ、自分百にする方法が一つだけある」

 

「……そうか、死別か!」

 

「そっか、相手が死んだ場合自分が持ちきれないアイテムは足元にドロップされる……え? でもそれって……」

 

そこまで言って、脳裏をよぎった考えを否定する。そんなはずない、と。でも事実それは起こっている。

 

「そう、リーダのグリセルダが何者かに殺された段階で、彼女の持っていたアイテムは全て、夫であるグリムロックのストレージに残るないし足元にポップしているはずだ」

 

その言葉に背筋が凍った。

 

「指輪は……盗られてなんかいなかった?」

 

「いや、グリムロックはシステムを利用して、自分のストレージに存在する指輪をまんまと取り去ったんだ! つまり――」

 

「グリムロックこそが全ての黒幕だったってことだ……! しかもオレンジになってねぇってんなら殺し自体はレッドギルドに頼んで! ンな馬鹿な依頼受けるようなのは《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》位しかねぇ……アスナ、フレンドの追跡かけろ! ヨルコは今どこにいる!?」

 

ハッとして、最高速でキーを叩いた。

 

「出た! 十九層のフィールドの小さな丘の上!」

 

「よし、カインズとシュミットもきっとそこにいるはずだ。急ぐぞ!!」

 

そう言って部屋を飛び出すハセヲさんを追うようにわたし達も駆け出した。

 

 

 

===============================

 

 

 

「アスナ! お前は迂回してどこかに隠れてるグリムロックを逃がさないように確保しろ! キリトは俺と突っ込むぞ!」

 

目的地である丘を目前にしたところで二人に声を張り上げた。

ラフコフが相手だと判ってる以上戦力の分散は避けてぇが、グリムロックを逃がすわけにもいかねぇから仕方がない。

 

「判りました!」

 

「お、おう! つか、なんで二人ともそんなに乗るの上手いんだよ!?」

 

「現実で経験があるのよ、じゃあここで!」

 

「任せた! 暴れ馬の扱いには慣れてんだ。ンなことより急ぐぞ!」

 

「わ、判ってる!!」

 

更にスピードを上げて、索敵スキルを起動することで望遠機能を大幅に向上させた視界に捉えている複数の人影に肉薄する。

数分の時間で辿り着くや否や、シュミットやヨルコ、カインズを遮る形で着地するよう馬を跳躍させた。着地と同時に跳び退った三人の男たちを傍目に馬から降りる。若干一名、一緒に来たヤツが跳んだ勢いで馬から投げ出されて頭から着陸しているが気にしない。

 

「イテテ……」

 

「オイ、大丈夫か?」

 

「……一応、もう二度とやりたくないけど。それで、状況的にはギリギリ間に合ったって感じ? ならタクシー代はDDA持ちでいいよな?」

 

俺たちが乗ってきたのは街でレンタルしている騎馬だ。ただその値段は法外な上に難度が高いってんで乗りこなしているような暇人は殆どいない。まぁ、アスナは現実で乗馬経験が有るらしく、俺も《The World》では相当な暴れ馬――改造しつくされた蒸気バイク――を扱っていたからかなんとかなったから、無様を曝しているのはキリト一人だけどな。

 

「よう、PoH。久しぶりだな。まだその趣味悪い恰好してんのか」

 

「……貴様だけには言われたくねぇな。しかも《錬装士》まで一緒とはな」

 

「おぉう、これはまた。アンタの耳に入っているとは恐悦至極ってか?」

 

明確な殺意を感じさせる声が響いた。それにふざけて返してやると、短剣を構えた男、ジョニーブラックが大きく一歩踏み出して声を荒げた。

 

「テメェら余裕かましてんじゃねぇぞ! 今の状況判ってねぇのかこの――」

 

そこで、ジョニーの声が止まる。そうかと思えば、いきなり壊れたように嗤いだした。

 

「――くく、クカカカカカ! おいおいおいおい、マジかよ!? 最初名前聞いたときは、ただのなんちゃってパクリ野郎かと思ってたのによぉ……」

 

その頭の上から被っているボロ布越しにも判るほど口角を上げて嗤う男の視線は、真っ直ぐ俺に突き刺さっている。

 

「何だ、テメェ?」

 

「ああ、テメェは覚えてないかもしれねぇけどなぁ、俺はしっかり覚えてるぜ? その髪、その声、その双剣の構え方……そして何よりその眼だ!! 俺らをクソ虫みてぇに見下すその眼! なぁ懐かしいなぁオイ、《PKK》、《死の恐怖》のハセヲォォー!!」

 

「なっ!?」

 

アイツは、(ハセヲ)を知っている!?

 

奴のセリフで場が凍る。一昔前、R:2全盛期には不本意ながらネットニュースで取り上げられたくらいだ。ここにいる奴らくらいの歳なら知っていても不思議じゃない。が、しかしだ。あれから経過した年月を考えれば言われてやっと思い出すレベルのはずだ。その証拠に今まで名乗っても特に意識されることはなかったのに――

 

なんでコイツは俺に感づいた!?

 

「テメェ……一体何モンだ……!?」

 

俺の動揺があまりにも愉快なのか肩を大きく震わせているジョニーブラック。

 

「ああ、まぁ、覚えてる訳もねぇよなぁ? アッチの世界、《The World》じゃあ、俺は《ケストレル》の一人でしかなかったからなぁ。俺はなぁ、ハセヲ? テメェの伝説の《PK百人切り》、その百人の内の一人さぉ! あれから何年も経ってんのに、まさかこんなデスゲームで再会するとはなぁ。運命って奴だな、こりゃあ!!」

 

「チッ……!」

 

「前は狩られる側だったが、今は俺たちが狩る側だぁ」

 

「こいつの言う通りだぜ、お二人さんよ。恰好良い登場だったけどな、いくら貴様らでも、俺達相手に三対二で確実に勝ちを拾いに来れるか?」

 

「ま、正直キツいだろうな」

 

PoHの言葉にさっきまでの空気はどこ吹く風でキリトが軽く答える。思考を切り替えるにはちょうどいい機会だった。

 

……別に今はThe Worldでのことなんざどうだっていい、目の前の敵のことだけ考えろ

 

そう気持ちを落ち着かせた。

 

「対毒ポーションはもう飲んでるし、なんなら回復結晶も有るからな。奇襲でもねぇんだし十分二十分くらいは余裕で稼げる。それにどっかの馬鹿が、俺と長々と昔話に興じてくれたんでな」

 

「いくらアンタらでも、攻略組三十人を三人で相手できるとは思っちゃいないだろ?」

 

「……Suck(大失敗)……」

 

不満げに舌を打ったPoHは、左指を鳴らして配下の二人を下がらせた。状況の不利を悟ったらしい。

 

「………《黒の剣士》。貴様だけは、いつか必ず地面を這わせてやる。大事なお仲間の血の海でごろごろ無様に転げさせてやるから、期待しといてくれよ」

 

「じゃあな《死の恐怖》。また会おうぜ」

 

そう言って、PoHとジョニーが闇夜に消えてゆく。二人を追いかける様に数歩進んだところで、ザザがこちらに振り向き囁いた。

 

「恰好、つけやがって。次はオレが、馬でお前らを、追い回してやるからな」

 

「それなら頑張って練習するんだな。じゃないと、俺みたいにカッコ悪いことになるぜ」

 

「俺はお断りだがな」

 

そう答えると、仲間二人と同じように姿を消していった。

 

 

 

「……はぁ」

 

完全に三つのカーソルが消えたのを確認して一つため息。

キリトは隣でメッセージを打っている。おそらく声をかけた“十数人”の攻略組を引き連れて向かってきているクラインに連絡しているんだろう。

Pohには三十人と言ったが、この短時間でそれだけの人数に呼びかけて集めるなんてできやしねぇ。そもそも交友範囲が狭い俺やキリトは論外として、クラインやアスナ、アルゴに協力してもらっても集まったのはその程度だ。あとはどれだけ真実味を持たせられるかが勝負だった。難なくやって見せたキリトは中々の演技派だ。

 

「さてと、俺は帰る」

 

「え?」

 

伸びをしながら呟くと、キリトが素っ頓狂な声を上げた。

 

「そもそも俺は今回の件に関して殆ど無関係だからな、いても話をややこしくするだけだろ。クライン達と街で待機してっから、事後報告だけしてくれ。しっかりやれよ?」

 

「あっそう……判ったよ。お前も後で話せよ? さっきのこと」

 

「……気が向いたらな」

 

正直、内心面倒くせぇとは思ったが、そう言ってキリトとアホな言い合いする方が余程面倒だ。適当に誤魔化して脇に控えさせてた馬に乗って、来た道を引き返していく。

 

馬を歩かせている間、思考はさっきのジョニーブラックとの会話に向いていた。

 

突然だったから柄にもなく動揺しちまったけど、知られたからって別に実害ねぇしな……

 

苦笑が零れた。あの程度で慌てるなんてまだまだガキの証拠だ。そもそもThe Worldと同じ名前を使っている以上気付く人間がいないとは限らないってのに。面倒事があるとすれば、気付いた奴らが有ること無いこと質問攻めしてくることくらいだろう。それに関しては無いことを祈っておく。

 

「さっさと街戻ってクラインと合流するか」

 

戻ってからさせられるであろう説明を簡単に考えながら、夜風を切って馬を走らせた。

 

 

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あとは全部キリトに聞いた話だ。

 

やはりシュミットはグリセルダの死に間接的ではあるが関与していたらしい。真相を知るために大層な芝居を打ったヨルコとカインズがシュミットを問い詰めていた最中、ジョニーが投げた麻痺毒にやられたって訳だ。

あの後、キリトは三人にグリムロックが行った所業を伝えた。その途中でアスナがブッシュの中でハイディングしていたグリムロックを連れてきて合流。キリトの推理に対して『彼女が指輪を装備していたから自分の方には来ていない』とグリムロックは主張したそうだが、ヨルコがこれに反論。曰く『彼女は右手にギルドリーダーの印章(シギル)を、左手には結婚指輪をつけているからどちらかを外して指輪を装備することは出来ないと言っていた』と。その証拠に、ヨルコは誰にも言わずに埋めていたグリセルダの遺品を入れた《永久保存トリンケット――マスタークラスの細工師だけが作れる《耐久値無限》の小箱――》から取り出した二つの指輪、《黄金林檎》の印章と結婚指輪を見て、グリムロックは罪を認めた。

グリセルダを殺した理由を問い詰めたヨルコへの答え。それは何とも自分勝手なモノだったらしい。グリムロックとグリセルダ二人は現実でも夫婦だったが、SAOに来てからグリセルダは変わってしまった。自分に従順で良き妻だった彼女は消えてしまった。故に、彼女が未だ自分の妻である内に殺さなくてはならないと。

これを聞いてキリトはブチキレたらしい。まぁ無理もねぇな、俺だったらブン殴ってたかもしれねぇし。そんな理由で殺したのかと糾弾するキリトにグリムロックは、

 

『そんな理由? 違うな、十分すぎる理由だ。君にもいつか解る、探偵君。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にね』

 

そう返した。

それに反駁したのはアスナ。

奴がグリセルダに対して抱いていた感情はただの所有欲であり、愛情ではない。否定するのなら、グリセルダが死のその時まで外しはしなかった結婚指輪を見せてみろと。

案の定、グリムロックは既に指輪を破棄していたらしく、何もない左手の薬指を見て項垂れたそうだ。

 

 

そうしてグリムロックの処遇はカインズ達に任せて、二人は帰路に就いた。

 

何やら結婚した相手の知らない一面が結婚した後に判ったらどうのとかいう話が有ったらしいが置いておく。話そうとしたところでキリトがアスナに思いっきり蹴り飛ばされたから、詳しくは知らねぇってのが本当の所だけどな。

 

その帰路の途中、二人はおそらくグリセルダと思しきに半透明で輝く女性に出会ったのだという。

 

「その人にさ、二人で手振って、絶対に攻略するって誓ったんだけど……信じる、か……?」

 

笑われるとでも思ったのか、控えめにそう聞いてくるキリト。

 

「別に笑ったりしねぇよ。実際に見たんだろ?」

 

「あ、ああ。いやでも、自分で言っといてなんだけどさ。あくまでここはデータの集まりでしかないんだから、そんな人の心が残るなんてことがある訳――」

 

「ンなことねぇよ」

 

「――ない……へ?」

 

否定の言葉を遮ると、キリトは呆けた様な声を出した。

そう、有り得ないことなんかじゃねぇんだ。

 

「『生きたい』とか、『死にたくない』とか、そういう自信の願望を飛び越えちまった、自分の存在全てを賭けてでも叶えたい想いがある人間の魂は、例えそいつが死んだとしても、データの海であっても、残るんだ。俺も昔、似たような経験あるしな」

 

なぁ、そうだよな、オーヴァン?

 

碑文使い(俺達)の反存在であるクビアに負けそうになったとき、そして二度目の痛みの森の最終区。

俺の前に現れたあの男は、確かに本物だったと確信できる。例えその身体が、現実世界では既に亡くなっていたとしても。

 

「……ハセヲ?」

 

少し思い出に耽っていた所為か、怪訝そうに声を掛けるキリトに問題ないとだけ返した。

 

 

 

===============================

 

 

 

「で、だ。説明してくれるんだろ?」

 

「チッ……覚えていやがったか……」

 

「当たり前だろ。そんなすぐに忘れるかよ」

 

説明……勿論The World云々のやり取りについてだろうことは想像に難くない。肝心なことは忘れる癖に、どうでもいい事は覚えてやがるコイツの脳が憎たらしい。

 

「説明って何のことだよ? 俺にも聞かせろって、なんか面白そうな話なんだろ?」

 

そうこうしてる間に面倒臭い奴(クライン)まで来ちまう始末だ。

 

「ンな面白ぇ話じゃねぇよ、さっさと帰れ」

 

「それを判断するのは俺達だから」

 

「そうそう」

 

うんうんと二人して頷いて此方に目をやる。さっさと話せと言わんばかりだ。

 

「私も聞きたいかな、その話」

 

「だよな……ってぇ!? こりゃおったまげた! 《血盟騎士団》の副団長様もいたのかよ!?」

 

「ええ、何度か会ったことありますよね? アスナです。よろしくお願いします」

 

「こ、こちらこそ。《風林火山》のリーダー、クラインでさぁ。いやぁ、顔を覚えてもらってるなんて光栄だなぁ」

 

「……なに鼻の下伸ばしてるんだよ、クライン」

 

「き、キリト!? ば、バカ言ってんじゃねぇよテメェ!? べ、別に鼻の下なんか伸びてねぇって!」

 

なにやら騒ぎ始めるバカ二人。このまま話も流れるか? なんて思っていたが、事はそう上手く行かなかった。

 

「ほら、二人とも。今はハセヲさんの話を聞くんでしょ?」

 

アスナの一言で再び矛先が俺の方に戻ってきちまった。そのままバカ話をしていれば良かったものを。

 

「ああ、そうだった。結局、何の話なんだよ?」

 

「いやさ、さっきラフコフの奴らに会ったんだけどさ。その内の一人……ジョニー・ブラック、だったか? そいつがハセヲのこと知ってたらしくてさ。しかもSAOじゃなくて、《The World》の方で」

 

「ザワールドって?」

 

「ああ、そっか。アスナはMMO初心者なんだったか。何年か前……まだPCのOSが全部《ULTIMATE》だった時に流行ったMMOのことだな。って言っても俺もやってたわけじゃないからそんなに詳しくないんだけど……クライン、お前は?」

 

「俺はやってたぜ? つか、そうか。じゃあ、やっぱりお前が“あの”ハセヲな訳か」

 

「「“あの”?」」

 

「おうよ」

 

言いながら厭らしい笑みを向けてくるクライン。畜生、コイツR:2プレイヤーだったのか。

 

「……はぁ、勝手にしろ。別に知られても問題はねぇからな……こっ恥ずかしいだけで」

 

顔を背けて、肩を竦める。話すのも面倒だから後はクラインに任せることにしよう。変に吹き込まれても困るから場を立ち去ることは出来ないが。

 

「なら――」

 

「オレっちの出番ダナ!」

 

「「「「うわっ!」」」」

 

クラインが話し始めようとしたところで、それに合わせるように飛び込んできた小柄な影と声に誰しもが驚きを隠せない。

 

「あ、アルゴ!?」

 

「やあやあ、久しぶりダネ、みんな!」

 

「いやいやいや…………そもそもどっから現れやがった!」

 

「ナニ、オモシロそうな話してたからネ。そういうことならオレっちの出番ダロ? そもそも、人集めに協力しとって行ったのはハセヲっちじゃんカ」

 

「いや、まぁそうっちゃそうだけども……」

 

三人とも驚き無くなってきたところで、突然現れたアルゴの方に興味をそそられている。だが、甘いな。流石に俺の過去に金を出すような奇特な奴はこの中にはいないはずだ。それにアルゴに話させるくらいなら、クラインの方がまだマシ――

 

「因みに、オレっちが話したいだけだから、お代はいらないヨ?」

 

「「「乗った!」」」

 

「ンだとぉ!?」

 

バカな!? アルゴが情報に関して金を取らないだと!?

 

「あ、アルゴ、テメッ――!?」

 

「うーい、ハセヲはこっちで大人しくしてような?」

 

強硬手段に出てアルゴを止めようとした所で、クラインに羽交い絞めにされた上で、口を塞がれる。何でこういう時に限って振り解けねぇんだよ!!

 

「それジャ、話そうカナ――」

 

そう切り出したアルゴの話を遮ることも出来ず――。

 

《死の恐怖》の渾名にPK百人切り、アリーナの三階級制覇、その他etc…………。

有る事無い事片っ端から、さも俺が厨二病患者であったかのようにキリトとアスナに吹き込まれた。

 

この後暫くの間それをネタにからかわれ続けたのは、まったく存在価値のない蛇足なので割愛させてもらう。

ついでに、クラインとキリトは後で半殺しにしたが……これもまぁ余談だ。


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