SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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少し間が空きましたが第七話です。

今回は最後に“例のオマケ”を入れてみました

オマケの方はあまり期待せずにどうぞ


Fragment7 《剣工》

2024年 7月

 

 

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

右手に持った鎚で左手の金属の塊を打ち付ける。

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

何度も、何度も…………

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

ただ、ひたすらに…………

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

一打、一打、全身全霊を懸けて打ち込んでいく。

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

何度となく、幾度となく、一心に打ち付けること数分、完成を報せる電子音と共に左手に持つ金属の塊が一本のサーベルに姿を変える。

 

鍛冶士(スミス)》、それこそがこの四十八層の街《リンダース》で店を構える篠崎里香ことあたし、《リズベット》の生業だ。

 

「……うん、まぁまぁかな」

 

「おう、いい出来じゃねぇか」

 

「あったりまえよ、あたしを誰だとっ……てぇ……」

 

今しがた出来上がったサーベルの評価を一人で、そう一人で(・・・)しているところに、何故か背後から掛けられた声に今更ながら振り返る。

 

「よっ」

 

と、最近見知った顔がカウンターに腰掛けていた。

 

「よっ……じゃないわよ! あんた一体何時から……ってゆーか、まずそっから降りなさい!」

 

「ハイハイ」

 

言いながらカウンターから降りる銀髪の男、ハセヲに軽く睨み付ける。俗に言うジト目というヤツだ。

 

「で? アンタ、いつから居たのよ?」

 

「お前がそれ打ってる途中だよ。声掛けても反応無かったんでな、ここで見物がてら待たせて貰った」

 

「……はぁ」

 

思わず溜め息。どうやらクリエイティングに夢中になりすぎて声が聞こえていなかったらしい。

 

「まぁいいわ。それで、今日の要件は何?」

 

「ああ、コイツの研磨と――」

 

背中の大剣をカウンターに置きつつ話を続ける。

 

「オーダーメイドで短剣を作ってほしい」

 

「短剣? あんたが二本使ってんのは知ってるけど、前のはどうしたのよ?」

 

そう、あたしはこいつに初めて会った時の経緯でこいつが二刀流――コイツ曰く《双剣》なのだそうだけど――なのを知ってる。勿論最初は、なんてでたらめな、と思ったけど。

 

「いや、そっちはまだあんだけどな。それとは別にこの前ドロップしたヤツがあるんだが……」

 

言葉を濁しながら、今度はメニューから実体化させて、あたしに黒と深紅で彩られた長めの短剣を差し出してきた。柄の部分にまでナックルガードのように刃が有る珍しい形だ。

受け取ってポップアップメニューを表示させる。

カテゴリー《ダガー》、固有名《ブラッディーマインデッドネス》、製作者銘は勿論無し。ステータスを見る限りキリトの《エリュシデータ》と同じく《魔剣》であることが判る。

 

 

「強さも使い勝手も悪くねぇんだが、如何せん長さと重さがソイツと同じぐらいのモンが手持ちに無くてな」

 

「……ふぅん。話それるんだけど、《ブラッディーマインデッドネス》ってどういう意味か判る?」

 

「あぁ、確か……天邪鬼、だったか?」

 

「ふふ、アンタにピッタリな名前だこと」

 

「言ってろ」

 

帰ってきた答えにからかってみると、肩を竦めたハセヲ。そんな彼を横目で見つつ、棚の方へ向かう。

あたしが今まで創ってきた武器が置かれている棚だ。

 

 

「ふむ、そうね……」

 

そこからエメラルドグリーンの短剣を取り出す。

 

「はい、これ、自信作よ。今までで一番のって訳じゃないけど、かなりいい出来なのは保証するわ。長さも重さも同じくらいだし」

 

一番は、どっかの誰かさんにあげちゃったからね……

 

そんなことを心中で思いながら剣を差し出す。

 

「ん……」

 

手に持って、何度か振りながら感触やら何やらを確認するハセヲ。

 

暫く様子を窺っていると、徐にカウンターにリユニオンを置いて、あたしが渡した短剣を振りかぶる。

 

「ちょ、ちょっとあんた、一体何する気!?」

 

「いや、強度の確認を……」

 

「あんたの剣が折れたらどーすんのよ!?」

 

「そん時はそん時だ。成る様に成る」

 

慌てて止めるあたしの声を軽く受け流して、そのまま短剣を振り降ろす。

 

瞬間、あたしの脳裏を過ったのは、例の誰かさんがあたしの当時一番の自信作を叩き折った時の光景。

 

あ、これってデジャヴ……

 

そして――

 

バキン!!

 

という金属音と共に砕け散った。

 

…………あたしの自信作が。

 

「ぎゃあああああーー!?」

 

そう、曲がるでも折れるでもなく、文字通り砕けたのだ。それはもう完膚無きまでに。もはや修復とかそれ以前の話だ。ハセヲが持っていた短剣は既にポリゴンを散らして消滅している。

 

「あんたもなの!? 何てことしてくれんのよ!?」

 

「いや、打ち付けた方が壊れるとは……つか、あんたも、ってなんだよ?」

 

「言うに事欠いてそれ!? あんたとあいつは思考回路が同じなわけ!? あんた達はあたしになんか恨みでもあんの!?」

 

「んなこと言われても知らねぇしな……てか、話聞けって。取り敢えず落ち着けよ、俺が悪かったから」

 

「落ち着けないわよ!! 目の前で商品壊されて落ち着けるわけないでしょーが!!」

 

「はぁ……」

 

「なによ、その溜め息は!?」

 

「なんでもねぇよ……」

 

「あーもうっ!」

 

この時、あたしは誓った。全身黒い装備をしたプレイヤーには今後絶対売却前の武器は渡さないと。

 

 

 

========================

 

 

 

そんな感じで言い合うこと数分――あたしが一方的に言ってただけだなんて言わせない。異論も認めない――、あたしの頭もやっと冷えてきて、正常な会話に戻る。

 

「要するに、コレと同じ感じのを作れってことでしょ? 判りはしたけど、はっきり言って賭けよ? どっちも同じになるなんて限らないし、最悪どっちも合わないかもしれないんだから。合ってたのはあんたがさっき壊しちゃったし……」

 

「だから悪かったつの……。そん時はまあ、前のに戻せばいい。相方が見つかるまでソイツが御蔵入りになるだけだ」

 

「あんたねぇ……」

 

一つ溜め息。

 

「いいわ、やってみるわよ。出来たらさっきのと合わせて代金ふんだくってやるから。素材はどうすんの? 中途半端なのでやるとあれ以上に弱くなるわよ? まぁ、良いの使えばそれだけ値は張るけどね。 どうしますぅ、お客さん?」

 

そう言ってハセヲを見据えてやる。きっといまのあたしはとても厭らしい笑顔を浮かべているだろう。擬音で表すなら“ニィッ”だ。

 

「……その笑い方は止めとけ。商魂猛々しいのは構わねぇけど、女がするような笑いじゃねぇよ……」

 

「うっさいわね、ほっといてよ。で、どうすんのよ?」

 

「一番良いので創ってくれ。代金は言い値で払う」

 

なんて、いつか聞いたような台詞で即答してきた。

 

……まったく、ホントに同じよーなこと言うんだから……

 

さっきとは別の意味で、頬がニヤけそうになる。

それを何とか抑えながら、頷いて見せた。

 

「……うん、判った。今すぐやってあげるからその辺で待ってなさい。金額聞いても驚くんじゃないわよ? 泣いて頼んだってビタ一文まけてあげないから」

 

何て、口では言いながら、代金なんか更々取る気のない自分がいる。

 

「おー怖っ」

 

こいつもウチを専属にさせれば……

 

語尾に“www”が付きそうな感じでおどけて見せるハセヲの姿を後目に、そんな風に思いながら早速作業に取り掛かる。

 

つまるところ、あたしはハセヲのことを気に入っているんだと思う。

あいつ――キリトに対してみたいな気持ちが有るわけじゃなく、でもキリトに似ているその雰囲気を、あたしは気に入っている。

 

思わず緩くなる頬を引き締めることもせず、先月キリトと取りに行ったインゴットを取り出す。

一番良いので、と言ったのだ。このインゴット以上に相応しいものは他に無いだろう。

 

インゴットを炉に投下して数分、充分に焼けるのを待ってヤットコを使って金床の上に乗せる。

壁から愛用の鍛治ハンマーを取って、

 

「……すぅ…………ふぅ……」

 

一つ深呼吸をして、叩く。

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

無心に、しかし、一打ずつ、魂を込めて。

 

カン! カン!

 

カン! カン!

 

そうしている内に、あたしは無意識に、ハセヲと初めて会った時のことを思い出していた。

 

 

 

*******************************

 

 

 

キリトと知り合って、初恋をして、その想いを胸に秘めたあの日から一週間程経った頃、あたしは四十五層のフィールドに存在するとある山に来ていた。理由は単純明解、素材となる鉱石を採りにだ。

予約されていたオーダーメイドに使うためのインゴットを計算違いで全部使ってしまったのが理由。商売は信用第一。それなりの金額を支払って貰っているのだから、材料が足りなくなったから造れませんでした、なんてふざけたことは出来ないしする気もない。あたしの中の一商人としてのプライドがそんなことを許しはしない。たとえこの世界が現実じゃなくても、あたしの心は現実のモノだから。

 

 

そんな訳で、特に危険もなく鉱石を採取してきた帰り道。

夢中になって鉱石を採っていたため、結構遅い時間になってしまったのがいけなかったのか、それともただただ運がなかったのか。

人がちらほらといる麓まで降りてきた所で――

 

 

「き……きゃああぁぁーー!?」

 

 

――死神達が現れた。

 

 

悲鳴のした方を慌てて見ると、目に映ったのは三人組の男達と、その三人の剣と槍によって身体に風穴を空けられている男性、そして今しがた悲鳴を上げたと思わしき女性。

 

そして数秒後、その身体を鋼鉄の塊に貫かれていた男性は…………青い粒子となって、消滅した。

 

「い、いやあぁぁー!?」

 

「うわあぁー!?」

 

「《ラフコフ》だあ!?」

 

数瞬の静寂の後、幾つもの悲鳴が響き渡った。

 

阿鼻叫喚、そんな表現が似合いそうな光景。

それを作り出した三人の腕に共通して刻まれている、ハロウィンに出てきそうな刻印(エンブレム)――《嗤う棺桶》――七ヶ月前に唐突に出現した殺人ギルドの禍々しい刻印が、嫌にその存在を主張していた。

 

そんな中、正気に戻ったあたしも逃げようとして、しかし、出来なかった。

否、しなかった。

 

放心していた時間が長かったせいか、あたしと最初に悲鳴を上げた女性が取り残されて……そして、その女性が今にも殺されそうになっているのを見てしまったから。

 

頭で考える前に身体が動いてた。

 

あーあ、あたしって、もっと合理的な性格だと思ってたんだけどなぁ……

 

心の中でぼやきながら、全速力で走って、振り上げられた刃を前に動けないでいる女性を突き飛ばす。その勢いで自身も前に転がった。

 

呆気にとられている男達を無視し、女性に駆け寄って手を取り走る。

 

「……!……あ、あの、ありが――」

 

「話は後!! とにかく走っ――」

 

正気を取り戻した女性の言葉を遮る様に発したあたしの言葉もまた、遮られた。

あたしの足に刺さった一本のピックによって。

 

「…………あっ…………」

 

そんな吐息と一緒に二人揃って地面に叩き付けられる。

 

「な……に、が……?」

 

疑問が思考を支配した。普通走っている途中だとしても、足にスローイングピックが突き刺さった位でこんな風に地面に叩き付けられる事はない。せいぜいバランスを崩して倒れるくらい。当然だ。そもそもスローイングピックは大きなダメージを期待するような武器じゃない。その証拠にHPバーは大して減少はしていない。

なら何故か。鈍い痺れが走る脹ら脛に目をやると、理由が判った。

突き刺さったピックが腱を貫通して地面に縫い付けられている。

 

「……ん、くぅ……!……」

 

何とか引き抜こうともがくけれど、うつ伏せの状態だから手は届かないし、貫通している足は痺れて力が上手く入らない。一緒に倒れた女性は再び混乱してしまっているから頼りにならない。

 

「ナイススロー!!」

 

「だろぉ?」

 

「いいねえ、楽しくなってきた」

 

「ひゃひゃひゃ! 何処に行こうってゆーんだよ、お嬢ちゃん?」

 

下卑たわらいを浮かべながら近づいてくる三人。そのまるでおもちゃで遊ぶかのような愉悦に染まった表情に頭が沸騰しそうになるが、何も出来ないのは変わらない。

 

「ついでにこっちも逃げないようにっと」

 

「ひっ……!!」

 

男の一人が女性の両足にピックを投げつける。

 

「あ、あんた達! こんなことして何が楽しいのよ!?」

 

「何がって、なぁ?」

 

「強いて言えば、嬢ちゃん達が苦しんで泣き叫ぶのを見るのが、かな。ヒヒッ」

 

「右に同じー」

 

状況は最悪、打開策なんて何も浮かばない。それでもせめてと罵倒するけど、どこ吹く風だ。

 

「……本当にサイッテーな人種ね、あんた達……!!」

 

「別に何と言われてもって感じ?」

 

「そーそ。そもそも出られるかどうかも判らないんだから、せめて楽しまないとねー」

 

「ホント、ホント。所詮はゲームなんだし」

 

その言葉が、妙に癪に障った。

 

キリトやアスナ達攻略組は、命懸けで頑張ってるのに……!!

 

そう思ったら、我慢できずに言葉が口をついて出ていた。

 

「何が……!」

 

「んあ?」

 

「何が《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》よ!! あんた達なんか、ただ現実逃避してるだけの弱虫じゃない!?」

 

そんなこと言ったって事態は好転しない、どころか悪化するだろう事は判りきっていたけど、あたしの口は止まらなかった。

 

「人の不幸楽しんでるくらいなら、少しは現実見たらどうなの!?」

 

「……あぁ?」

 

言いたい事を言い切って肩で息をする。

さっきまでヘラヘラわらっていた男達の雰囲気が変わった。

 

「アンタ、何調子乗ってんの? 状況判ってる」

 

「随分余裕あんじゃん」

 

「……ふふっ。あんた達こそさっきまでの余裕はどうしたのよ。図星突かれて怒った?」

 

一つ、嘲笑。

 

今のあたしの目は酷く彼らを見下したようになっているだろう。こんな顔も出来るなんて自分でも驚きだ。

 

「んだとこのアマァ!!」

 

「なぁ、コイツから殺してやろうぜ?」

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」

 

男達が怒りを滲ませながら近づいてくる。まぁ、あれだけ挑発すれば当たり前だろう。

 

少し言い過ぎたかなぁ……でも、本当のことだし

 

結局、大した抵抗も出来ないからこのまま殺されるのがオチだろう。

 

ホント、もっと合理的な性格だと思ってたんだけどなぁ……

 

そして、男達の得物が振り上げられて――

 

「死ねやァ!!」

 

瞬間、キリトの顔が浮かんで。

 

やだなぁ。まだ、死にたくないなぁ

 

怒りで鈍っていた、

 

まだ、告白もしてないのに……

 

死への恐怖が、

 

まだまだ、やりたいこといっぱいある……

 

戻ってきて。

 

生きたい!

 

そう、思って。

 

「……助けて、キリト……!!」

 

振り降ろされる凶器を前に目を瞑って、心の底から叫んでいた。

 

 

 

そして、数瞬後。

あたしは、何が起こったのか判らなかった。

 

 

 

来るはずの衝撃は来なくて。その代わり、聞こえてきたのは耳をつんざく金属音。

目を開けると、そこには黒い背中があって。

 

「キリ、ト……?」

 

「残念だったな。悪ぃが人違いだ」

 

「え?」

 

返ってきた声にそう言われて、その後ろ姿をよく見ると、髪は白いし、キリトが羽織っていた様なコートは着ていない。それに背も彼の方が大きい。何より、その手に持っているのは片手剣ではなく両刃の大剣だ。

 

「……誰?」

 

「くっ……」

 

目の前の見知らぬ男は苦笑して、

 

「通りすがりのPKK……ってところかね? ついでにキリトの知り合いでもある」

 

そう答えた。

 

 

それから彼はこっち振り返り足を縫い付けているピックを一目見ると、小さく、

 

「ゲスが……」

 

と呟くと、何かしら、おそらく先の金属音が原因で吹き飛ばされて下がった男達を睨み付ける。

 

「んだテメェ!?」

 

「あのさぁ、オレらの遊び邪魔しないでくんない?」

 

「それともアンタがオレらと遊ぶ? ギャハハ!」

 

「……あぁ」

 

挑発する男達に返事をしながら、彼の右手が虚空をほん2、3秒漂ったかと思うと、左手に担いでいた大剣が消えて、その両手に短剣が現れた。つまり、あの数秒の内にメニューを開いて武器を換えていたということになる。

 

……!?……キリト以外にも二刀流がいるの!? それにあんなに早く換装出来るなんて……

 

「遊んでやるよ。来な、クズ野郎」

 

あたしが驚いていたのも束の間、嘲笑と共に出た彼の言葉に判りやすく顔を赤らめ逆上した男達が一斉に飛び掛かった。

 

「オラァ!!」

 

「死ねぇ!」

 

「クソガァ!?」

 

「遅ぇんだよ」

 

雄叫びを上げながら斬りかかってきた男達の斬撃に対して、独楽のように高速で回転し両手に持った短剣で弾く。

 

「「「なっ!?」」」

 

「ぶっ飛びやがれ!」

 

予想外も甚だしい行動で己の得物が弾かれたことへの驚愕も儘ならない状態で、彼等は回転の勢いをそのまま利用して放たれた回し蹴りによって今度はその身体を弾き飛ばされた。

 

「な、なんだコイツ……!?」

 

「バケモンかよ……」

 

「意味わかんねぇっつの!?」

 

「まだやるか?」

 

たった一撃。

されど、当に一方的、当に圧倒的。名も知らぬ彼の背中から感じる気迫のようなものは、男達の怒りが赤ん坊の癇癪に感じられるほどだ。

単なるレベルとしての強さもある。けど、それ以上に何か根本的な強さを、あたしは感じた。

 

それほどに歴然たる力の差を見せ付けられて硬直している男達には、特に凄んでいる訳ではないのに彼のその姿は鬼神か何かに見えていることだろう。遠目からでも判る足の震えがその証拠だ。

 

「ム、ムリだ、勝てるわけねぇ……」

 

「に、逃げるぞ!?」

 

「……おい、待てよ、置いてくなよぉ!?」

 

背を向けて逃げ出す男達を一瞥して、溜め息一つ。すると、張り詰めていた空気が自然と弛緩した。

 

「……大丈夫か?」

 

「え、あ……はい、大丈夫……です」

 

「そうか……」

 

言いながら近づいて、足に刺さっているピックを抜いてくれる。

次いで隣に倒れている女性に刺さるピックも。

 

「アンタは?」

 

「………………」

 

「?」

 

話しかけた女性に反応がなく困惑しているのだろう。怪訝そうに眉をしかめる。

 

「その人……」

 

「ん?」

 

「一緒にいた人が……」

 

「……っ……そう、か……」

 

それだけで察したのだろう、彼の顔が少し歪んだ。まるで、助けられなかった自分を呪うように。

 

自身の命の危機が去ったことで、先の男性の死が実感として表出してきたのだろうか。

彼女と共にいた男性が彼女にとってどんな存在だったか、それは判らない。けれど、少なくとも大切な人の一人ではあったのだと思う。だからこそ、目の前の女性は現実から逃げるように目を見開いたまま、涙も流さずにへたりこんでいる。

そんな彼女に掛けるべき言葉は、あたしには判らない。

 

 

「…………何も知らない俺が言うことじゃねぇと思うが…………」

 

「…………?…………」

 

数分、もしかしたら数秒だったかもしれない。皆沈黙している中、不意に閉じていた瞼を開けながら彼は口を開いた。漸く顔を上げた彼女の生気が感じられないの瞳をしっかりと見て言う。

 

「誰かが生きて憶えてさえいれば、人が完全に消えちまうことはないんだ。だから、残されたやつは前を向いて歩き続ける義務がある」

 

彼の言葉を聞きながらも、彼女の瞳は明確に拒絶を示している。それはまるで、ただの硝子玉のように現実を映してはいない。

 

『それでも死んだ人は帰ってこない。哀しみは無くならない。そんな世界に意味はない。前を向く理由は見出だせない』

 

そんなことを言外に伝えるかのように。

 

そんな彼女に諭すように、彼は語りかける。

 

「……今はまだ、哀しんでいてもいい、立ち止まっていてもいい。しゃがみこんじまってもいい。最悪誰かに当たり散らしたってな。それでも、必ず立ち上がって、歩き始めろ……」

 

でなけりゃ、と続けて

 

「アンタ自身の手で、ソイツを消しちまうことになるぜ?」

 

彼女の目が大きく見開かれて、感情の籠っていなかった瞳に、哀しみの色が、涙と共に現れた。

 

「あ、あぁ、う……ああああぁあぁぁぁーーー!!」

 

次いで悲痛な叫びと嗚咽が、もはや日も落ちて暗くなった辺りに響き渡った。

 

 

 

========================

 

 

 

それから、彼女が落ち着くのを待って三人で街まで戻った。彼女は一言ずつあたしと彼に礼を言って去っていった。彼は礼を言われるようなことじゃないって言ってたけど。陰のある笑顔ではあったけど、その瞳にはしっかりと生気が戻っていたから心配ないだろう。

 

「これで一安心ってとこか……」

 

そう言って呟く彼を見て、あたしは自分がまだ彼にちゃんと礼を言ってないことを思い出して、彼の方に向き直った。

 

「あの、遅くなってしまったんですけど、本当にありがとうございました」

 

「……別に構わねぇから頭あげろよ。さっきも言ったけど、俺が勝手にやりたいことやっただけだから礼を言われるようなことじゃねぇ。それと敬語もいい。堅苦しいのは苦手なんだ。まぁ、それが楽ってんなら別だけど……」

 

言いながら頭を掻く姿に男達を蹴散らした時や彼女を諭していた時のような凛々しさはなく、少年のような反応をする様子に思わず笑いが漏れてしまう。

 

「ふふっ」

 

「ん、どうかしたか?」

 

「ううん、何でもない。じゃあ、改めて。今日はありがと」

 

「だから、別に礼は――」

 

「あたしが言いたいから言っただけ。それならいいでしょ?」

 

「はぁ……頑固な奴だ……」

 

呆れながらも苦笑する彼。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしはリズベット。あんたの名前は? 《通りすがりのPKK》さん」

 

「ハセヲだ」

 

 

 

************************

 

 

 

あのあと色々聞いたんだったなぁ

 

あの場所にいた経緯やキリトとの関係――本人曰く《腐れ縁》――、それから二刀流――さっきも言ったけれど曰く《双剣》。何か譲れないモノらしい――のこと何かを思い付く限り聞き出した。時間も時間だったので晩御飯を食べながら。

ハセヲはあたしの質問にかなり面倒臭そうにしていたけれども、聞けば答えてくれるから、彼との会話ははなかなかに尽きることがなかった。

普段は知り合ったばかりの人、しかも男の人とそんな風に沢山話したりはしない。にも関わらず彼への質問を、それこそ日が変わる頃合いまでし続けたのは、彼の非常識な話――例えば双剣のこととか――が新鮮でおもしろかったからか、彼が命の恩人だったからか。それとも、彼の雰囲気がどこかキリトに似ている気がしたからか…………。

 

 

 

そうやって長々と物思いに耽りつつも、インゴットを打つ右腕を休めることはない。

 

一打一打、全力で。

 

そしてその数が三桁目の数字を一から二へ上げようかと言うところで、インゴットはその形を変えた。

 

白銀に輝く刀身に紋様の様に走る、晴天の空の様な淡い蒼。片刃ではあるものの、その刃に脆さを感じることはない。ナックルガードは厚みがあり、盾としても使えそうな感じだ。長さも重さもブラッド――長いからこう呼ぶことにした――と遜色ない。対極を示すような一本。

 

触れてウィンドウを表示させる。ステータスウィンドウに表示された名前は《ロニセラ》。あたしの知る限りではこの名を持つものはない。正真正銘のワンメイク物。

 

残念ながら訳せない――というか英語かどうかも怪しい――のはこの際置いとく。人間何事も気にしすぎたら負けだ。

 

改心の出来だと、そう思う。

 

一つ何と言うわけでもなく頷き、ダガーにしては長く、そして重いこの一本を持ってカウンターに戻る。

 

「出来たわよ」

 

言って、暇をもて余して棚の剣を色々いじっていたハセヲを呼んで手渡す。

 

「ん」

 

一音で返事をして、ハセヲはダガーを握る。

 

「へぇ……」

 

感嘆のためか吐息を漏らす。それだけで職人としてはニヤけ物だけど、なんとか抑える。

 

数回手を開閉して握った感触を確かめた後、カウンターに置いてあるもう一本、ブラッドを左手に持って、目を閉じながら両腕を交差する。

 

「ちょっと離れてな……」

 

そう言うと、ハセヲは目を開けて、その独特の構え――腰を落として上体を倒し、両手両足を前後一直線に開く――をとる。

 

「……ふっ……」

 

軽く息を吐き出す音が聞こえた瞬間、ハセヲの姿はその様相を変えた。

 

 

竜巻、もしくは濁流。

 

 

そう形容するしかない乱舞。

右刃による叩き付けるような振り下ろしから始まった、さながら演武とでも言うべき連撃。

袈裟斬り、打ち合わせ、回転斬り、打ち上げ、時折ブラッドのナックルガードで斬り裂き、ロニセラのそれで殴るような動きも見られ、果ては――狭い屋内にも関わらず――宙返りからの刺突と、一瞬たりとも脚を止めることなく、途切れることもなく、延々と紡がれていく。

その光景は、はっきり言って異質。いかにSAOが剣技を極めるゲーム(世界)と言えど、これ程までに磨き抜かれるモノだろうか。確かにキリトやアスナといったあたしの友人達は攻略組だけあってその剣技は流麗だが、これほどではない。例えば、彼らの剣捌きは確かに巧ではある。けれど、ハセヲのように、元からある型をなぞっているような、そんな感じではない。言ってみれば、我流と正統流派の違い……とでも呼べばいいのだろうか。ネット隆盛期のこの時代に本当の武術と言うものを見たことのないあたしが言うのもなんだとは思うけれど。

しかも回転斬り――驚くべきことに空中で三回転もしてるんだからフィギュアスケーターも真っ青だ――なんて、如何にSAO広しと言えど実戦で使うのはハセヲくらいなものだろう。加えて、キリトと違って《双剣》なんてスキルを持っていない――つまるところ常にエラー状態――というのだから質が悪い。

彼は現代人ではなくてゲームのキャラクターですと、もし彼に感情なくてそう言われていたなら信じている自信がある。

 

まぁ、だから何だって訳でもないんだけど……

 

知り合ってからこちら、ずっと思っていたことを、彼の演武をぼーっと見ながら反芻して一息。

所詮は栓ないことだ。

 

そんなことを考えていると、いつの間にか演武は終わり、双剣を腰の鞘に納めていた。

随分長い時間に感じたが、ほんの30秒程度しか経っていない。それだけハセヲの連撃が速かったのか、あたしが見とれていたのか……。

 

「……どう?……振ってみた感想は?……」

 

「はぁ……ふぅ……気に入った。手によく馴染む」

 

「それは何よりね」

 

「コイツの名前は?」

 

大きく息を吐きながらこちらに向き直りながらそう問いかけてくるハセヲ。

 

「《ロニセラ》。それが、その剣の名前。意味は解らないんだけど……」

 

「……ははっ、なるほどな、馴染むわけだ」

 

「どういうこと?」

 

剣の名前を言った途端、その紅い瞳を一瞬だけ見開いて意味深なことを言うハセヲに首を傾げる。どうやらコイツは《ロニセラ》の意味を知っているようだ。

促す様に問いかけると、苦笑しながら、何か懐かしむように語りだす。

 

「“ロニセラ”ってのは忍冬、蕾だと金銀花とも言うんだが、その学名だ。つまるところラテン語だな。厳密には“Lonicera Japonica”だったはず」

 

……随分と綺麗な発音だった。なんか悔しい。

 

「……嫌に詳しいわね? 花に興味でもあるの?」

 

「いや、知ってるのは忍冬に関してだけだ。他はさっぱり知らねぇよ」

 

「ふーん……」

 

「ちなみに……」

 

「ん?」

 

顔に似合わない趣味でも持っているのかと言外に聞いてみるがあっさり否定。

付け加えて焦らすような言い方に、思わず意識をそちらに向けてしまう。

 

「忍冬の花言葉は“愛の絆”、“献身的な愛”、だ」

 

「は?」

 

「お前の愛情、確かに受け取ったぜ?」

 

「な、なあ!?」

 

まさかハセヲの口から“愛”なんて言葉が出てくるとは思ってなかったあたしは呆けて、続いて吐き出されたトドメに思わず叫んでしまう。

 

「あ、アンタ! い、いい、一体なに言って……!?」

 

自分でも頭に血が昇っていくのが判る。

 

「あ、あ、愛だなんて、そ、そんなわけないでしょーが!」

 

「………………ぷっ……くくっ………………」

 

あらん限りの声で吠えたところで、目の前の男が肩を震わせているのに気が付いた。

 

「な、なに笑ってんのよ!!」

 

「いやワリィ、冗談だって。まさかそんなに慌てるとは……くくっ……」

 

「っ!? ~~~~~~~~!!」

 

「そう唸るなって」

 

さっきとは別の意味で顔が火照る。からかわれていたことにやっと気づいた。まさか小中学生の子供でもあるまいし――確かに中学は卒業してないけど――たかだか愛なんて言葉に一丁前に動揺するなんて……。

 

最近、色々と新しい自分を発見してる気がする……嫌な意味で……

 

なんとなく自分が情けなくて気落ちする。一体あたしはなにやってんだぁ、って感じだ。

 

「はぁ……もういいわよ……」

 

未だにすこし赤いであろう頬を見せるのが嫌でそっぽを向いて言う。

 

「そう拗ねんなって。で、いくらだ? 最初に行った通り、言い値で払うぜ?」

 

そんな感じで現実的な話をしてきたハセヲに向き直る。子供じゃないんだからいつまでも拗ねてはいられない。

 

「うーん、そうねぇ……」

 

始めから決まってくるくせに如何にも今考えてます、みたいに唸ってみる。っと、そこでいいことを思いついた。

 

「うん、決めた。代金はいいわ、いらない」

 

「は? いや、いらねぇっておま――」

 

「その代わり」

 

あえてハセヲの言葉を遮るように言葉を発する。

 

「……その代わり?」

 

「その代わり、あたしの店をあんたの専属にしなさい。アンタの武器、全部あたしが面倒見てあげる」

 

「それでいいのか?」

 

「ええ、まぁ勿論――」

 

「?」

 

あたしの突拍子もない提案に訝しげにいるハセヲにフフッと、俗にいう“良い笑顔”を向けてやる。

 

「高くつくわよ? あたしの“愛”は、安くないんだから」

 

ビタ一文まけないっていったでしょ? とそう言ってやった。

鳩が豆鉄砲食らったような顔をしたかと思うと、今度は顔をわずかに赤らめてさっきのあたしの様にそっぽを向いたハセヲを見て、内心ガッツポーズをとるのだった。

 

ふふっ、さっきのお返し、成功ね

 

 

 

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《Lost Fragment ~ハセヲの武勇伝 spoken by アルゴ~》

 

 

「それジャ、話そうカナ。まずは、《The World》におけるハセヲのあだ名からにしようカ」

 

「あだ名?」

 

「ソウ、あだ名。キー坊の《黒の剣士》とかアス嬢の《閃光》みたいなモノだナ」

 

「ふむ」

 

「まず一つは《死の恐怖》」

 

「あー、なんかそれジョニーブラックの奴も言ってたな」

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

「これは一番有名ナやつダヨ。獣みたいな生体装甲に巨大な処刑鎌、おまけにチェーンソーみたいな大剣っていうナントモ物騒な外見カラいつの間にやら広がり始めた名前ダナ。ちなみにこれがその時の画像データだ」

 

「「うわぁ…………」」

 

「これはちょっと……ないわね」

 

「とゆーか、いかにも悪役って感じだなぁwww」

 

「ちなみにこの時のハセヲの口癖は『三爪痕(トライエッジ)を知っているか?』だったらしいナ。あまりにも厨二ナ台詞に話題になった」

 

「まず、ってことは他にもいくつかあるの?」

 

「アア、結構いっぱいあるヨ? 《三宮王》、《轢き逃げ爆走男》、《性格青春野郎》その他諸々有るケド……極めつけは」

 

「「極めつけは?」」

 

「《LPK(レディースプレイヤーキラー)モテヲ(ヘタヲ)》、ダナ」

 

「「は?」」

 

「落とした女性プレイヤーの数はいざ知らず。その許容範囲は幼女から熟女、獣耳にツンデレ、クーデレ、ヤンデレ、電波娘、メガネ属性、男の娘etc……。そんなこんなでついたあだ名ダナ」

 

「それはまた……」

 

「……わたしには何か変なルビが振ってあるように見えたんだけど……」

 

「変な電波を受信するのはよくないぞ、アスナ」

 

「続いてはお待ちかねの武勇伝ダ。これも一番有名なのから逝こうカナ」

 

「なんか字が違った気がするんだけど……」

 

「《死の恐怖》の最大の武勇伝。それは《PK百人切り》ダ」

 

「スルーかよ……」

 

「まあまあwww」

 

「その名の通り、ハセヲを狙って仕掛けてきた百人のPK達を同時に相手して全員返り討ちにしたっていうトンデモ武勇伝ダヨ」

 

「それは確かに」

 

「他には?」

 

「焦るなって、キー坊。今回はトッテオキを持ってきたんダ」

 

「「とっておき?」」

 

「ソウダヨ。さあ、それがこの映像データだ」

 

『いらっしゃいませ!』←すごいイイ笑顔

 

「「……ブフッ!!」」

 

「ハセヲの武勇伝その二。《最高のセールススマイル》ダ」

 

「な、なにこれ! あはは、お、おなかくるしい……あはははは!」

 

「い、いらっしゃいませって、ハセヲが、いらっしゃいませって……くくく、に、似合わねーwww」

 

『いらっしゃいませ!』←ループ再生

 

「も、もう、おねがい、ぷっ、くく、止めて! い、息できない!」

 

「ははははは、ひー、死ぬ、笑い死ぬ。腹ひん曲がる!」

 

「てゆーか、武勇伝でも、くっ、フフフ、なんでもないじゃないww」

 

『いらっしゃいませ!』

 

「「と、とめてー!!」」

 

『いらっしゃいませ!』

 

 




はい、というわけでリズ回でした。

なんか出会いがテンプレ感なのは自分の不徳の致す限り。

もっと展開に幅を持たせたいんだけどなぁ……。ハセヲの先入観がどうも固定化してしまっているようです。

きっとこのテンプレ展開は今回が最後…………のはずなのでお許しをいただければ。

あと何故か感想でそれなりに数を頂いた《アルゴのお話》を書いてみた次第。
もう、何かすごいグダグダ感が…………(泣)
アルゴめ、なぜ出てきてしまったんだ(怒)←自分で出しておいて何を言うかw



さて、話は変わりましてご連絡です。

恐らくこの更新が年内最後&作者多忙のため年明け二月いっぱいまでは更新ができないと思われます。
ただ、放置するつもりはないので、ちょくちょく書きためながらやっていこうと思っていますので、見捨てずにいただけると幸いです。

では、また会う日までノシ

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