とゆーか、自分がアルゴ出しすぎなんですけどねw
2024年 10月
俺達が
まぁ、結局はその
「うっす、相変わらず阿漕な商売してんな」
先客の買い取りを相場よりも明らかに安く行っていた男、この《アルゲード》に店を開くエギルにそう声を掛ける。
商人プレイヤーとしてはそれなりに知られている名で、俺も懇意にしている。
と、言うよりも、第二層であったごたごたの末、それに使った出店用の絨毯アイテム――これを使えば、上に置ける範囲の物なら耐久値の減少が発生しない――を強引に押し付けた結果、いつの間にやら本当に商売を始めたので、俺が遠因と言えなくもないのだが。
「よう、キリトか。安く仕入れて安く提供がウチのモットーなんでね」
「後半は疑わしいもんだなぁ。まぁいいや、俺も買い取り頼む」
「あいよ。お前はお得意さんだからな。悪どい真似はしませんよっと……」
そう言って俺が提示したトレードウィンドウを覗き込むと、エギルは忽ち驚き目を丸くした。
「お、おいおい、こりゃS級食材じゃねぇか。《ラグーラビットの肉》か。俺も実物見るのは初めてだ……キリト、おめぇ金に困ってねぇんだろ? 自分で食おうとは思わねぇのか?」
そう、俺が本日の幸運と言ったのはコイツのことだ。
この世界においての食事は基本的に味気のないもので、全プレイヤーが慢性的に美味に飢えている。そしてこの《ラグーラビットの肉》は入手困難な最高級食材として扱われている。まぁ端的に言えば、すげぇ美味い……らしい、と言うことだ。
ならエギルの言う通り、なんで俺がそんなモノを手放そうとしているのか。
理由は二つ。一つはそろそろ防具を買い替えようかと思っていたから……とまぁ、これはぶっちゃけ手放すために自分に言い聞かせた建前だったりするんだけれども。
二つ目、これが最大の理由。如何せん食材のランクが上がれば上がるほど、要求される料理のスキル値も高くなってくる。そして悲しいかな、俺が戦闘に役に立たないスキルを上げている訳もなく……スキル値ゼロの俺がコイツを調理しようとしたところで良いとこ食えはするようなもの、最悪消し炭にするのが関の山だ。
「思ったさ。多分、いや絶対二度と手には入らんだろうしな……ただなぁ、こんなアイテム扱えるほどスキル上げてる奴なんて――」
そう言いつつも、実は当ては有ったりするのだ。一人は顔に似合わず現実でも自炊していて、以前一度飲ませてもらったスープはマジで店の物だと勘違いした程にスキルを上げている男。今じゃ《錬装士》という二つ名だけじゃなく、《死の恐怖》なんて大層な忌み名で呼ばれているプレイヤー、俺とは結構な腐れ縁を持つハセヲ。
そしてもう一人は――
と、考えていた矢先、不意に肩をつつかれた。
「キリト君」
そう言って背後から声を掛けてきた女性プレイヤー。
噂をすれば影とはこのことか?
何て思いながら、取りあえず振り向きざまに一言。
「シェフ確保」
「な、なによ?」
「いやまあ、それはさて置き、珍しいな。アスナがこんなゴミ溜めに来るなんて」
「よう、キリト。ゴミ溜めとは随分な言いようじゃねぇか」
「そんなことないですよエギルさん。お久しぶりです」
俺のゴミ溜め呼ばわりに顔を引き攣らせていたエギルだが、アスナの一言で今度はニヤケさせている。何とも現金な奴である。
挨拶を済ませると、アスナはこちらに向き直りながら、唇を尖らせた。
「なによ、もうすぐ次のボス攻略だからちゃんと生きてるか確認に来てあげたのに」
「フレンドに登録してんだからそれぐらい判るだろ。そもそもマップで追跡掛けたからここに来れたんだろ」
経緯を推察して言い返してやると、ぷいっ、という擬音が出そうな感じで顔を背けてしまう。
八月の一件以来、何かと俺を気にかけてくれる彼女だ。今日もそれで来たのだろうが、どうにも素直な反応をが出来ないのはお互い様らしい。他人に見られるには恥ずかしい所を見られた所為か、また別の理由かは、俺自身判らないが。
ハセヲとも、あの後すぐはぎこちなかった――俺だけが一方的に――だが、今では以前同様に接することが出来ている。
と、気づけば思考が深みに嵌まっていると、アスナがバツが悪そうに話を変えた。
「生きてるならいいの……そ、そんなことより、何よ。シェフがどうって?」
「ああ、そうだった。アスナ、お前今料理スキルの熟練度どのへん?」
ハセヲと同じく、料理スキルを上げていたアスナに聞くと、不敵な笑みと共に答えた。
「聞いて驚きなさい? 先週に《
「なぬっ!?」
よくもまぁ戦闘外の職人スキルをそこまで上げたものだ。俺でさえ完全習得しているのは片手剣、武器防御、索敵の三つだけだというに。
「……その腕を見込んで頼みがある」
手招きしながらウィンドウを可視モードへ変更。アスナに見せてやると、彼女は先のエギルと同様に目を丸くした。
「ら、ラグーラビットの肉って……え、S級食材じゃない!」
「取引といこう。コイツを料理してくれたら一口食わせてや――」
る、と続く前に、アスナの腕は俺の胸ぐらを掴み、顔を寄せていた。
「は・ん・ぶ・ん!!」
恐怖半分、彼女の顔が近くに来たことによる照れ半分で、思わず頷いてしまう。
「悪いな、そういう訳で取引は中止だ」
そういえば前にも胸ぐら掴まれたことあったなぁ、とかだいぶ前のことを思い出しつつ、溜め息混じりにエギルにそう言う。
「いや、それは良いけどよ……なぁ――」
と、エギルが何か言いかけたところで再びの来客が有った。
「よう、エギル。取引に来たぜ? っと、キリトにアスナじゃねぇか。奇遇だな」
そして再びの知人、しかも再びの噂をすれば以下略。俺の心当たりその一にして二人そろってアスナに胸ぐらを掴まれた同志、ハセヲだ。
「おっす、ハセヲ」
「こんにちは、ハセヲさん」
「ん。つか、お前らも取引か? 終わってねぇなら待ってっけど」
「いや、俺はもう終わったよ」
そう言いながらハセヲに場所を譲る。
「んじゃ、エギルコイツなんだが」
「……はぁ、まあいいかって、オイ!! ハセヲ、お前もか!!」
「な、何だよ?」
ハセヲが提示したウィンドウを覗き込んだエギルが唐突に吠えた。
「なんだ!? 今日はラグーラビットが大量発生でもしてるのか!」
頭を抱えて叫ぶエギルの言葉から、偶然にもハセヲもラグーラビットを売りに来たらしいことは判ったが……疑問が一つ。
「んだよ、俺もって。他に誰かコイツ持って来たのか?」
「俺だよ。料理スキルゼロでやっても悲惨だから持って来たんだけど。たまたま? アスナが来てさ。シェフ確保したから急遽止めにしたんだ」
「半分貰う代わりにね」
半分のところを微妙に強調しながら補足するアスナ。
「なるほど、そういう訳か」
「てゆーか、なんでお前売りに来たんだよ。お前も料理スキル結構高いだろ? 金にだってそんな困ってるわけじゃないだろうし」
「たしかに」
さっき引っかかった疑問を投げかけてみる。ハセヲも見かけによらず、アスナ程じゃないかもしれないがスキルは高いはずなのに、どうして売りになんか来てるのか。
俺同様にハセヲのスキル事情を垣間見ているアスナも、同感だと言わんばかりに頷いている。
「ああ、スキルの方はつい最近完全習得した。売りに来た理由は……ほら、コイツだ」
さらっとコイツもまたとんでもないこと言いやがったよ……と内心思いながら、ハセヲがトレードウィンドウとは別に可視化した所持アイテムのウィンドウを見やる、と、これまたとんでもないことになっていた。
「ら、ラグーラビットの肉が……」
「ふ、二つ……」
「有るだとぉ!?」
そう、そこには『ラグーラビットの肉×2』の文字が。ただでさえ入手困難なS級食材を二つも持ってるとかどんなリアルラックの持ち主だと、基本リアルラックが底辺を走る俺は声を大にして言いたい。
ちなみに叫んでいるのはエギルだ。
「ど、どうやって二つも?」
「いや、狙って獲ったわけじゃねぇんだよ。鎌でモンスターと殺り合ってたら、たまたま巻き込んでたらしくてな」
「どんなリアルラックだこの野郎」
訂正しよう。言いたいではなく言ってしまった。
「うるせぇ。俺だって怖ぇくらいなんだよ。だから一つは売りに来たんじゃねぇか」
「それで一つは自分で食べるわけね?」
「まぁな」
そんなこんなで聞いてみた状況を整理すると、ラグーラビットの肉が現在この場に三つあり、料理スキルをコンプリートした奴――酔狂な、という形容詞が頭に付く――が二人。
アスナと顔を見合わせると同時に頷くと、アスナはハセヲの肩を掴み、俺はハセヲの手を取り勝手にトレードウィンドウを閉じる。その動きは正に以心伝心のコンビネーションと言えよう。
「丸三人前」
「確保」
「「……は?」」
勝手に事を進められて呆けるエギルとハセヲ。まぁ判らないでもないが。
「つーわけでエギル。そういうことだから」
と、煙に巻いて流してしまうとしたものの。
「いやいや、なにがそういうことなんだよ」
エギルに回り込まれてしまった。
「ぬぅ、エギルはまさか魔王だったのか……」
「なにアホなこと言ってやがる」
「……魔王?」
ネタを振ってみたものの、ハセヲからは切って捨てられ、アスナは理解してくれなかった。
ここで『
「いやな、どうせならハセヲの分を含めて三人で一人一匹分ずつ食おうかと」
「……俺の意見は――」
「「却下」」
ハセヲが何か言おうとしているが、アスナと異口同音にぶっちぎる。もはやこれは俺達の中で決定事項なのだ。
「はぁ、つまり今日の俺は幸運でもなんでもなかったって訳か……」
ハセヲが諦めたように呟くのを聞き、二人揃ってサムズアップ。なかなか息の合ったコンビなんじゃないかと、今日この数分の行動で思ってみたりした俺だった。
「悪ぃなエギル。そういうことらしい」
「まぁ、もともとお前のモンだから良いんだが……なぁ、キリトにハセヲよぉ。お前らダチだよな? せめて味見――」
「八百字以内の感想文を後でメールしてやるよ」
「そ、そりゃないだろ!?」
横でハセヲが鬼だなコイツとか言ってるけど、エギルに食わせてやると言わない当たりコイツも同類に他ならないので無視。
悲痛な叫びを上げる大男を後目に立ち去ろうとすると、コートの裾と首根っこを引っ張る手が。
「な、なんだよ?」
「別にお前らに食材提供してやんのも、料理してやんのも構わねぇんだけどよ」
「どこでするつもりよ?」
「うっ……」
そう二人に言われてたじろいでしまう。料理スキルを使用するには、食材だけでなく設備も必要になってくる。俺の今のねぐらにも有るには有るが、そこにハセヲはともかく副団長様を招き入れるには少なからぬ抵抗が有る。
「は、ハセヲの部屋は?」
「三人分も食事するスペース無ぇから言ってんだろーが」
「ですよねー」
頼みの綱は……と思いつつハセヲに振ってみるも一刀両断。何も考えてなかったのかコイツはと語っているジト目が痛いのなんの。
上目づかいでアスナを見てみると溜め息をつかれる始末。
「はぁ……そんなことだろうと思った。どうせキリト君の部屋には大した設備も無いんでしょ? 今回だけ、食材に免じて私の部屋を提供してあげるわよ」
そんなことを臆面もなく言った。言葉の理解が脳内処理に追いつかない俺――ちなみにハセヲも軽くフリーズしている模様――を放置して、彼女の護衛をしていた男――別に気づいていなかった訳ではない――に向き直って声を掛けた。
「そういう訳で、今日はここから直接《セルムブルグ》まで飛ぶので、護衛はもういいです。お疲れ様」
すると、今まで顔を顰めながらも黙っていた男が声を荒げた。彼の堪忍袋もそろそろ限界だったらしい。
「あ、アスナ様! こんなスラムにまで足を運んだ挙句、素性の知れない馬の骨共をお部屋に招くなど! とんでもありません!!」
そんな言葉でやっとこさ現実に戻ってみると、不機嫌だと言わんばかりの顔をしているハセヲが目に入る。俺もだいぶイラッときたが、ここまで顔には出ていないだろう。俺やハセヲが言うような冗談では無く、大真面目に“様”を付けるこの狂信者一歩手前の男の《素性の知れない馬の骨共》発言がかなり癇に障っている模様だ。それなりに長い付き合いであるハセヲの性格はこれでも結構理解しているつもりだ。思慮深くはあるが、基本短気で気に入らない相手には喧嘩腰な態度をとるコイツの沸点はあまり高くないのだ。
この狂信者はなんなのか+ハセヲがキレる前にどうにかしてくれ、という思いを込めてアスナに視線を送ってみると、彼女自身相当うんざりした表情で返された。
「彼らは素性はともかく腕だけは確かだわ。多分あなたよりも十はレベルが上よ、クラディール」
「な、何を馬鹿な!? 私がこんな者共に劣るなどと!!」
忌々しげに叫びながら、はっと気づいたかのようにその顔を歪ませるクラディール。
「そうか、貴様らたしか《ビーター》だろ!? アスナ様、コイツら自分さえよけりゃ良いような奴らですよ! こんな奴らと関わってたら碌なことがありません!!」
ビーター、そう言われて僅かに俺の表情が陰ったのを見て取ったクラディールは、これ見よがしに捲くし立てる。この呼称が生まれた現場にいたエギルやアスナは表情を険しくする中、俺達が何も言わないの良いことに更に罵詈雑言をクラディールが吐い――
「薄汚いビーター共め! 貴様らのような奴らが規律と秩序を乱――」
――た所で、“ブチッ!!!”というかなり嫌な音が俺には、否、クラディール以外には聞こえたらしい。
「――っせぇ……」
「何?」
「うっせぇって言ったんだよ雑魚が!」
「なっ!?」
つまるところ、いい加減苛立ちがメーターを振り切っていたハセヲがブチギレた訳だ。
「さっきから黙って聞いてりゃキーキー、キーキー喚きやがって! 少しは静かにできねぇのか、あ゛!?」
沈黙から一転、いきなりすぎるあまりの暴言に唖然とするクラディール。過去にほんの数回――主に圏内事件の後の馬鹿話の時――遭遇したことのあるハセヲのマジギレである。傍から見ればかなりヤバい状態だろうが、手が出ていないだけまだマシだと思ってしまうのは、経験者は語るというやつであろうか。実際は俺とクラインは圏内なのを良いことに、格ゲーも斯くやと言うような地上コンボ→打ち上げ→空中コンボ→叩き落としの超絶連撃をお見舞いされた。クライン曰く、《The World》に有った双剣スキル《天下無双飯綱舞い》なる技の超強化版とのこと。
そんなことを遠い目をして思い出す俺や、あーあと言わんばかりの目をするアスナとエギルを放置してハセヲの罵詈雑言はまだまだ続いている。
「そもそも素性がどうとか馬の骨とか言いやがってたけどなぁ、ネトゲで素性もクソも有る訳ねぇだろ! んなことも判らねぇのか、この鳥頭がっ! それならテメェの方こそどこの馬の骨か懇切丁寧に説明しやがれ!!」
「ぐぎ……!」
言い返せず、悔しそうに奥歯を噛みしめるクラディール。これこそがハセヲの暴言の怖い所だったりする。多様な面で判る通り、かなり頭脳明晰らしいハセヲの暴言は、口がはさめない程のマシンガントークもさることながら、感情的になってるくせに言ってる内容は完璧に正論という性質の悪さを内包しているのだ。二重の攻めによって言われる側は只々ハセヲの気が収まるまで待つか、逃げるという選択肢しか残されていない。
「も、もういいから今日はこれで帰りなさい。副団長として命令です!」
「な、オイ、アスナ! テメェ引っ張んじゃ――」
「ほら、キリト君も行くよ!」
いい加減周りから《アスナ》やらなんやらの単語が聞こえてきたところで、アスナが慌ててクラディールに言いながら、俺とハセヲの首根っこを引っ掴んで広場のゲートの方へ引きずっていく。
興奮冷めやらぬ様子のハセヲを横目に、あのクラディールと言う男が憎悪の籠った瞳でこちらを睨んだ後、踵を返して逃げるように去っていく姿を見送ったのだった。
無論、アスナに二人して引きずられながら。
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そしてやって来たるは《セルムブルク》。言わずと知れた麗しき城塞都市だが、俺はここに来るたびに
クラディールのことでグチグチと言っていたハセヲも、転移するなりどこがげんなりしたところを見ると、俺と同様の精神状態なようだ。
しかしそんな悪感情を含めても、この街の雰囲気はなかなか良い。なにより、アルゲードの様に複雑に入り組んだ迷路のような作り――それなりの時間住み着いている俺でさえ、あの街の本当に奥の方に有る裏通りは通りたくない位。確実に迷える自信がある――ではなく広々としていて、物価の高さからか人通りも少ないとくる。
「相変わらずの解放感だことで」
素直にそう口にしてみる。どうでもいいことだが、もう普通に歩いている。
「だったら君も引越せば?」
「圧倒的に金が足りません」
アスナの言葉にそう即答すると、ハセヲに鼻で笑われた。
「お前が慢性的に金欠なのは訳判んねぇ怪しい装備とか、多少気に入った剣とか、使いもしねぇモン買い込むからだろーが」
「うぐっ……」
「処置なしね」
「……ぐはっ」
アスナにまで呆れられて、言葉と視線の槍が心に突き刺さる。
「やめてくれ……俺のライフはもうゼロだ……」
「?」
「…………」
あまりにも空しかったのでネタを放り投げてみたが、これまた空振り。アスナは理解できなかったらしい。頭の上に疑問符が浮かび上がっているのが容易く想像できる。
「まるでダンボールに入った蛇兵士をみるエンジニアや研究員の様じゃないか」
「はい?」
「はぁ」
今度こそ、と思いつつ三度目のトライ。が再三の無しのつぶて。アスナの反応はさっきよりもより意味不明と言った感じだ。
このままでは俺が単なる残念な奴になってしまう――既になってるなんてことはない……はず――ので、さっきから全スルーを決め込んでいるハセヲに振ってみることにした。
「なぁ、アスナはともかくハセヲは反応からして全部ネタ判ってるんだろ? 頼むからツッコんでくれよ」
「何で俺がんなことしなきゃなんねーんだよ。つーか全部古すぎだっつの。明らかにお前の世代のゲームやらアニメやらじゃねーだろ。その情報源は一体なんだ」
「いや、それはもう某動画サイトのMADに決まってるじゃないですか」
「……はぁ、もういい。お前黙れよ……」
何だか完全に呆れられてしまったらしい。
あまりにも気まずい感じな上にアスナが全くついてこれていないので、話題を急遽変更することにした。
「そ、そういえば良かったのか? あのクラディールとかいうのは」
そうさっきのことについて聞いてみると、アスナは若干表情を暗くした後、努めて平静な声音で返してきた。
「うん、良いの良いの。参謀役の人に強引に押し切られて付けられた護衛だったから。彼にも言ったけど、今は二人も腕の立つ人がいるし。それに……」
「それに?」
「う、ううん! 何でもない!」
先を促してみると、急に少し慌てて首を振るアスナ。
はて、一体何を言おうとしたのか
そんな事を思いつつ、ハセヲに視線を投げてみると、返ってくるのは溜め息と肩を竦める動作のみ。一体なんだというのか。何か、俺に対して呆れているように感じ取れるんだが。
「ほ、ほら! 着いたわよ!」
そんなよく判らない微妙な空気の中、遂にアスナの部屋へ到着したようだ。小型ではあるものの美しいメゾネットの三階。それが彼女の部屋だった。
「どうぞ、いらっしゃい」
「ん、邪魔すんぜ」
そう言いながらさっさと入っていってしまう二人。
それに着いていけなかった俺は何となく部屋の前の玄関で立ち往生してしまう。
「ほら、何やってるのキリト君」
「お、おう」
アスナが急かして来るが、ゲームとはいえ女性の部屋には妹以外入ったことがない――それも妹が小学高学年になってからは一度もない――俺には若干ハードルが高かったりするのでどもってしまう。
「お、お邪魔します……」
「な、なにそんな変なしゃべり方してるのよ。はい、いらっしゃい」
意を決して中に入ると、俺のねぐらとは天と地ほどの差が有る、清潔感と嫌味にならない程度の高級感に溢れた部屋が目に入ってきた。ついでに視界に入った、既に椅子に腰かけているハセヲは、何だか呆れた様な、苦虫を潰した様な、よく判らない表情をしていた。
「こ、これ全部で幾らかかってるんだ?」
「んー……部屋と内装合わせて四千k位かな。着替えてくるからその辺で待ってて」
そう言って奥の部屋へと消えていくアスナ。四千k、つまるところ四百万コルもの金が使われているということらしい。俺もそのくらいは普通に稼いでるはずなんだが、さっきハセヲが言っていた通りの無駄遣いで殆どが消え去っている。
「なぁ、そういえば、お前は稼いだ金何に使ってんだ?」
ふと気になったことを聞いてみる。
ハセヲも俺と同じくらい稼いでいる筈だが、その金の所在がいまいちよく判らないのだ。装備やアイテムにはそれなりに金をかけているようだが、明らかに全部使い切ってしまうほど使い込んでもいないし、かといって溜めこんでる様子もない。
「あ? まぁ色々とな。お前みたく無駄なことに注ぎ込んでねぇのは確かだ」
「さいですか」
真面目に答える気のないハセヲの言葉に投げやり気味に返事をする。
と、機を見ていたかのように奥の部屋からアスナが白のチュニックと茶色のスカート姿で現れた。
「ほら、キリト君もいつまでそんな恰好でいるつもり?」
惜しげもなく出されている素肌の手足に気をとられていると、そんなふう言われてしまう。
こっちの心情も察してほしいもんだ
などと思いながらも慌てて武具の類を解除する。ついでにラグーラビットの肉も実体化しておいた。
隣に目をやってみると、いつものへそだしルックではなく、七分丈の黒いシャツにこげ茶のエプロンをしたハセヲの姿が。
「いつの間に着替えたんだよ…………」
「お前がアスナの私服に見とれてる間にだ」
「み、見とれてなんか……」
言っては見るものの、事実見とれていた――と言うよりも見入っていた――ので強くは言い返せない。
それはさて置き。
すたすたとキッチンに入るハセヲの姿になんら違和感がないことに違和感を覚えるという奇妙な感覚を口にしてみる。
「なんかやけにエプロン姿が様になってんのが意外過ぎるんだけど」
「うん。それは私も思った」
「言ってろ。で? 結局コイツらはどうするよ?」
適当に俺達の言葉を流しながら、自分も実体化させて三つに増えたラグーラビットの肉を指さすハセヲ。
「うーん……キリト君は何が良いの?」
「え? あ、うーんと、じゃあ、しぇ、シェフのお任せコースで頼む」
まさか自分に振られるとは思っていなかったのでそんな風に返してしまう。何か今日俺どもってばっかりだ。
「んー、ならシチューかな。
「んじゃ一つは簡単にソテーにでもするか? 単純な方が肉の味もより判るだろうし」
「そうですね。じゃあもう一つは……ブレゼにでもしますか?」
「そーだな。煮る、焼く、蒸すで丁度いいだろ」
取りあえず丸ごと投げてみたところ、トントン拍子で料理が決まっていくが何やら耳慣れない単語まで出てきた。ブレゼって一体なんだ。一応蒸し物の類らしいけれども。
「それでいい?」
「あぁ、うん。それでお願いします」
アスナの確認に素直に頷く。どうなるのかはよく判らないが、口を出せる内容でもない。
「分担どうします?」
「お前がシチューとその他付け合せで、俺がソテーとブレゼ。同時進行で済ませるならそんなとこだろ」
「それじゃあそういうことで」
話し合いが済むとすぐ調理に取り掛かる二人。
普通男女の共同作業なんて見ようものなら、なんとなくカップルや夫婦的なものに見えてしまうかとも思ったが、淀みなく進んでいく調理光景はどちらかと言うと高級レストランの厨房を俺に幻視させた。
どうも簡略化されていて面白みに欠けるとかなんとか言いながら調理する二人だが、俺にしていればそれでさえ出来そうにない複数同時作業が展開されている。
待つこと都合五分少々。何とも豪勢な三品がテーブルに並んだ。
頂きますの声とともに思い思いに口に料理を運んでいく俺達。
SAO中最上級の味を表現するには、俺の乏しいボキャブラリーでは足りない程であるとしか言えないその美味さ。
会話も忘れ、ただ黙々と料理を食べ続け、気づけば結構な量の有った三品をものの三十分程で完食していた。
――――――――――――――――――――――――
「……今まで頑張って生き残ってて良かったぁ……」
三品の料理を余す所無く全てたいらげ、ほうっと一息ついて、そんな言葉が口をついて出た。キリト君も同感なのかおもむろに頷き、ハセヲさんも満足げな様子。
食後、余韻を感じながらの沈黙が数分間続き、ぼんやりと思ったことを言葉にしてみた。
「不思議……なんだかこの世界で生まれ育ったみたいな……そんな気がする」
「……そうだな。俺も最近、
「攻略ペースも落ちてきてるしな。最前線で戦ってるプレイヤーは五百もいねぇだろ。多分、ただ危険度が高いってだけが理由じゃねぇよ」
「みんな、馴染んできてるんだ。この世界に……」
私が口にした言葉で、ゆっくりとしていた雰囲気が、どこか緊張感の有るものへと変わった。
キリト君やハセヲさんの言う通り、きっと、本心から現実への帰還を望んでる人数はめっきり減ってきている。そして、私が口にした通り、それは誰もがこの世界を
でも、それでも――
「でも、私は帰りたい」
それは、私の嘘偽りない、心からの想い。
「だって、
「そうだな。俺達が頑張らないと、サポートしてくれてる職人クラスの連中に申し訳が立たないし……」
私の言葉に、どこか引っ掛かりを覚えるような表情で頷くキリト君。
けれど、すぐに気が晴れた様な顔になった。その表情を見て、今までの経験から、私は咄嗟に拒絶の言葉を吐いていた。
「あ……あ、やめて」
「な、なんだよ?」
「今までそういう
「なっ……」
本当は、彼とそんな関係になれたらなぁと思っているのに、そんなことをつい言ってしまうあたり、
「……っく、くくく……」
なぁんでこんなこと言っちゃうかなぁ
なんて、軽い自己嫌悪に陥いるも、キリト君の反応から、他に仲がいい女の子もほとんどいないのが判る。きっと、リズや前に会ったシリカちゃんくらいなものだろう。
それが判ってほっとするとともに、いらずら心が刺激される。にまっと笑ってそのことを言おうとすると、ハセヲさんがクツクツと笑いだした。
「な、なに?」 「なんだよ?」
若干動揺する私と、普通に疑問を投じるキリト君の言葉が重なる。
キリト君の言葉は、さっき私に向かって言ったのと全く同じ言葉なのに、テンションの度合いがまるで違う。きっと、というか間違いなく私の所為だろう。
「いや? 別に? ただフラれたキリトがだいぶ間抜けな顔だと思っただけだ」
笑いながらそんなことを言うハセヲさんだが、絶対に言葉通りの意味で笑ってるんじゃない。間違いなく何か別のことを考えてる。というか、もしかしたら私の気持ちに気付いてるんじゃないかと思わなくもない。
「そんな睨むなよ。他意は無ぇよ」
「悪かったな、間抜けな顔で」
「まぁいいけど……キリト君、その様子じゃ、他に仲のいい女の子いないでしょ」
「悪かったな、いいんだよソロなんだから」
「せっかくMMOやってるんだから、もっと友達作ればいいのに。勿論男女は問わないけど」
「おぅ……まさかアスナからその言葉を聞くことになろうとは……」
「どういう意味ソレ?」
「どうも何も……なぁ?」
「ま、今まで碌にゲームやってなくてMMOも初めての奴が、ゲーム
「むむ……」
二度も同じ言葉で返事をするキリト君に、ちょっとお姉さんっぽくいってみると、思わぬカウンターが返ってきた。しかもハセヲさんまで参戦してるし。一層攻略の時初めて会った時から、この人には口で勝てる気がしない。やはり人生経験の差なのだろうか。
「いいじゃない別に、誰が言ったって。それより、二人ともギルドに入る気はないの?」
「むぅ……」
「ギルド、ねぇ……」
「二人が集団に馴染まないのは判ってる。でもね? 七十層を超えたあたりから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきてると思うの。ソロとパーティーじゃ、想定外の事態への安全性がずいぶん違う」
二人とも、私が言っていることに異議は無いようで頷きはする、けれど。
「安全マージンは十分に取ってるよ。忠告は有り難いけど、ギルドはちょっとな……それに」
ギルドは、とキリト君がそう言った時に、なにか悲痛なものを感じた。過去に何か嫌なことでも有ったんだろうか。感ずかれてほしくなさそうな彼の態度に、言及するのは躊躇われた。
「俺の場合、パーティーは邪魔になることの方が多いし」
「あら」
「あーあ」
そんなことをキリト君が言うものだから、ちょっと実力を判らせてあげることにした。
ハセヲさんの呆れの声が言い終わらないうちに、食事に使っていたナイフでレイピアの基本ソードスキル《リニア―》をキリト君の顔面すれすれに放つ。一番使い慣れた、速さだけならSAO中誰にも負けない自信のある一撃だ。
「……OK、判った。あんたは例外だ。ついでにコイツもな」
諦めたように言いながら、ハセヲさんのことを指さすキリト君。
この二人は互いにソロプレイヤーながら、度々組んで色々としているらしいからであろう。
「ハセヲさんは?」
「俺は別に、元々必要に応じてパーティー組むことに異存はねぇよ。ギルドはめんどくせぇから御免だけどな」
そう表面上は辟易した感じで言うハセヲさん。もしかしたら何度か話に出てくる《The World》で何か有ったのかもしれない。
「なら、二人とも。暫く私とパーティー組まない? 私、今週のラッキーカラー黒なの。それに、キリト君にはしっかりと私の実力を教えてあげないといけないみたいだし」
「は?」
「な、何言ってんだよ!」
私のパーティー勧誘に、方や呆けて、方や叫ぶ二人。
キリト君があれやこれやと反対材料を突きつけてくるが、悉く返して見せる。
キリト君に言ったことも理由の一つではあるが、想い人と出来れば一緒にいたいという気持ちも大きい。そういう訳で、何としてもここはキリト君に頷かせなくてはいけない。
何故かその間、いつの間にやらハセヲさんは嫌な笑みを浮かべていたが。
何はともあれキリト君は降参したようで、しょうがないと言わんばかりの声で承諾した。
「判った。判ったよ。じゃあ、明日の朝九時、七十四層のゲート前集合ってことで」
「ハセヲさんもそれでいい?」
「いや――」
何も口を挟んでこなかったので、当然ハセヲさんも承諾しているものと思い、そう確認してみると返って来たのは否定の言葉だった。
「俺はパスだ」
「な、なんでだよ? まさか一人だけ逃げるつもりじゃ……」
「何か予定でもあるんですか?」
聞いてみても、何とも皮肉気な笑いを浮かべるだけで、すぐに返事をしない。
立ち上がってドアの傍まで歩き、振り返った所でやっと口を開く。
「悪いが、自分から馬に蹴られて死にに行く趣味はないんでな」
「はい?」 「なっ!!」
意味が判らない、といった様子でキリト君が首を傾げるが、私には判った。
『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』
つまり……つまりつまりつまり……!
ハセヲさんが言いたいのはそういうことだった!!
「じゃあな」
「お、おい!」
そう言って部屋を出て行ってしまうハセヲさん。キリト君が引き留めようとしているが、私はそれどころじゃない。
あ、あの人……やっぱり私の気持ちに気が付いてる! なんかにやにやしてたのはそういうこと!? あぁ、もう!!
キリト君が何やら言っている中、私の心は荒れに荒れたのだった。
―――――――――――――――――――
「アイツらがくっつくのも時間の問題か?」
ひとしきりアスナをからかった後、部屋を出てきた俺は、思ったことを声に出していた。
互いを変えることが出来る二人だとは当初から思ってはいたが、ここまで発展するとは流石に最初からは思っていなかった。
まぁ、積極的にアプローチしてるのはアスナの方で、キリトはそれにも気づいていない様な感じではあるが。ただキリトも気はあるみたいだから問題はないだろう。リズとかシリカ辺りは別として。
今日に関しても、俺の役割は緩衝剤ってところだろう。それが判ったからあえてからかってやったんだが。
何はともあれ、随分と早いことだ。いや、二年近くかかったってことはむしろ遅いのか?
「何が遅いんダ?」
「あ?」
いきなり話しかけられて振り返ると、特徴的な髭が描かれた顔が目の前にあった。
「うおっ!?」
「……ハセヲっち、女性の顔を見てそのリアクションは中々に失礼だと思うヨ?」
「うっせぇ、俺の死角に立つんじゃねぇよ」
「ほう? ここがハセヲっちの死角なのカ」
何だろうか。かなり
「それよりアルゴ、何の用だよ?」
「あ、話逸らしたネ。まぁいいけどサ。というか、聞いてるのはこっちだヨ?」
「は?」
「だから、何が遅いんダ?」
声を掛けてきた理由を聞くと、何故か互いに意味がつながらない会話に発展してしまった。
本当に意味が判らん。コイツは一体何を言ってるんだ。
「遅いって、何がだよ」
「だからコッチが聞いてるんじゃないカ。ハセヲっちが自分で言ったんだロ? むしろ遅いのか、ってサ」
「なに?」
どういうことだ。俺は自分で思っていたことを声に出していたとでも言うのかコイツは
「そういうことみたいだネ」
「……今もか?」
「今もだヨ」
どうやらそういうことらしい。不覚、と言うか真剣にヤバいかもしれない。流石にボケが入るには早すぎる。若年性健忘症的なものになるのは御免だ。
「ちなみに今までは?」
「いや、別になかったヨ? ただハセヲっちの気が弛んでただけじゃないカ?」
「そうか、ならいい。いや良くはねぇんだが、とりあえずいい」
さっきもそういった感じの会話をしてきたばかりだというのに、ダメだなこれは。昨今の慣れの所為で平和ボケでもしてきたか?
「で、結局何が遅いんダ?」
人が軽く思考に耽っていても容赦なく会話を続けるアルゴ。コイツから会話でイニシアティブを奪うのは中々骨だというのは今までの経験で骨身に沁みている。簡単なのは髭に関する話題を振った時ぐらいだろうか。
「悪いが個人情報なんでな。簡単に口を割る気は無ぇよ」
「なるほど。ハセヲっちがそう言うってことは、敏捷性だったりではなく人間関係か何かってところかナ?」
……コイツ、あれだけでそこまで把握しやがった。驚くべき洞察力だ。アルゴのソレが半端じゃないことは名の知れた情報屋であることから判ってはいたがこれほどとは。
とはいえ、俺が何も言わなければいいだけの話だ。人の恋路(ryだしな。
「まぁいいヤ」
「ん?」
と身構えてみたが、随分と諦めが早いアルゴに違和感を覚える。いつもならここで取引を求められるところなんだが。
「随分と諦めが早いじゃねぇか。こと情報に関することなら何でも集める《鼠》のアルゴがよ?」
「そうでもないサ。確かに攻略に関することから個人情報まで何でも売りはするけど、後者は求められなければ集めはしないからネ。依頼されても断る類のことだってあるしネ」
「ふむ」
立ち入れない
「そのくせ俺の昔の情報を湯水の如く垂れ流すのはなんでだ」
「あれは話題提供のためだヨ。それに不特定多数に言いふらしてる訳じゃないしネ。場を盛り上げるにはイイじゃないか。ちなみに今日も《KoB》の団員相手に啖呵切ってたことも調査済みサ!」
「よかねぇよ」
「アイタ!?」
清々しい笑顔でふざけたことをぬかす目前のバカの頭目掛けて手刀を落とす。
だいぶ加減したつもりだったが多少力の入れ具合をミスったかもしれないが知ったことではない。
つーかどんだけ耳が早ぇんだ。
「ハセヲっち! 女性に手を上げるのは男としてどうかと思うヨ!?」
「そーゆーこと言うなら、まず顔の髭を消してから言え」
「はうっ!? 人が気にしてることヲ!」
「ハッ、自業自得じゃねぇか」
「ぐぬぬ……」
上手く
「イイヨ。そっちがその気ならオレっちにも考えがあるからネ」
「なに?」
「ハセヲっちのこと、有ること無いこと、次のガイドブックの巻末に乗せるカラ」
「なっ!」
訂正しよう。やはりコイツからイニシアティブをとるのは容易ではない。言った以上、コイツならやりかねない。しかも《鼠》印のガイドブックは一層の時から変わらず全プレイヤー層に渡って重宝されるているモノだ。そんなもんに書かれたら、翌日から日の当たる場所で生活なんかできやしない。
「ペンは剣より強しって奴だナ!」
「…………」
「まぁ、やめてあげなくもないケド?」
「……条件はなんだ」
「二つあるヨ。一つは載せるの一個だけにする。もう一つは、
「……前者の一つって言うのは?」
「ふふふー」
聞いてみたところ、待ってましたと言わんばかりにえらい底意地の悪い笑みを浮かべやがるアルゴ。ヤバい、もう一回叩きたくなってきた。
「ハセヲっち、一層の教会で子供たちの面倒みてる女性に寄付金渡してるらしいネ。それもかなりの金額」
「!?」
よりによってソレか! どっから漏れやがった!?
と、内心かなり焦りつつも表情に出ないように心掛けた……が、隠せた自信は全くない。
キリトが今日聞いてきた俺が稼いだ金の行先、その大半がそこだったりするのだ。こっぱずかしくて言えるわけがなかったから誰にも言ってないはずだったのにも関わらず、なんでコイツは知ってやがる!
「もしくは、その女性が世話している子供たちを《軍》から助けるために、圏内で《軍》の一個小隊フルボッコした方がいいカナ」
「!!!?」
そっちもか! そっちもなのか!! 俺のプライバシーは一体どこだ!?
「そんな聖人君子のようなハセヲっちの二つの行い、どっちがいいカナ?」
「………………」
前者はナイ。そんなのは俺のキャラじゃない。というか、バレた後の絶対来るであろうキリトその他馬鹿――クラインとかエギル――共からの生暖かい視線に耐えられる気がしない。殺すか死ぬかしちまいそうだ。
後者は論外だ。誰も《軍》全体相手に喧嘩をガイドブックなんてものを通じて売りたい奴なんかいるわけがない。
出来る限り平穏な生活を送りたい俺には、選択肢は一つしかなかった。
「……どこで奢ればいいだ?」
「ふふん、その言葉を待ってたヨ」
「……はぁ」
厄日だ。そうとしか言えない。
やはり俺のリアルラックは低いらしい。意気揚々と歩くアルゴのにげんなりとした気持ちでついていくこの図が何よりもそれを証明している。
ラグーラビットの肉を二つも入手した身に余るLuckを発揮してしまったが故の俺の厄日は、懐とプライバシーを最大限まで消失させて終わったのだった。
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「……なにが、どうして、こうなった……」
そしてあれから数日後、俺は頭を抱えていた。あまりの出来事に貧血を起こしそうなレベルだ。
現在俺がいるのはつい先日解放された七十五層の主街区。古代ローマのような様相を持ったこの街の名前は《コリニア》と言うらしい。
その街のコロセウム……つまるところ、円形の巨大闘技場に来ていた。これが新しい街の散策なら、俺だって何の問題も無かった。だが――
「よう……キリトぉ……」
「ヒィッ!」
残念ながら……本当に残念ながら! 俺がここにいるのはそれが理由では断じてない。
「『いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう』……だったか? 流石、七十四層のボスを独壇場で倒した《黒の剣士》様は言うことが格好いいなぁ。挙句の果てには《騎士団長》ヒースクリフと決闘までするとはよぉ。しかもそれが、そこのお姫様との逃避行のためだってんだから感動もんじゃねぇか、あ゛ぁ?」
「あ、いや、あの、その」
「あ、あはは……」
俺達があの兎肉料理を味わった翌日、キリトはアスナと共に前線へ繰り出し、ボス部屋までのマッピングを済ませたらしい。そのままボスを見るだけは見て行こうということになったらしく、覗くだけ覗いて、その悪魔のような出立にビビって逃げた。そこまでなら何のことはない話で終わるのだが、その後《軍》の精鋭小隊に遭遇したらしく、要求されたマッピングデータを渡した。不安に思った二人は、偶々であったクライン達《風林火山》と共にボス部屋へと戻ると、恐慌状態に陥っている《軍》を発見。制止するも聞かず、無茶な突撃により指揮官のプレイヤーが死亡したところでアスナが耐えられず参戦。他もなし崩しで突入していった。結局のところ、前々から聞いていた《二刀流》をキリトが使ったことでなんとかボスを撃退できたらしい。
以上が目の前にいる
「だけどよォ、なンで俺まで巻き込まれてるンですか? そこンとこ懇切丁寧に説明して欲しいンですけどねェ、キリトくぅぅん?」
「ひぃぃぃ!」
つまり、俺がマジギレしそうで、何か口調がどこぞの道路標識のような名前のキャラっぽくなってるのはその所為だ。
なんでも、ヒースクリフがキリトに決闘を申し込んだ時、同時にもう一人ユニークスキルを持つ俺の参加も申し出たらしく、キリトが俺に何の許可もなく勝手に承諾。挙句条件はキリトと同じく、負けたら《KoB》への強制入団。本当に……ほんっとーに! ふざけてやがる!!
「アァ、最初録音結晶で聞かされた時は耳ィ疑ったぜェ? なんせ知らねぇところで勝手に話進ンでたんだからなァ? 挙句知らせんのが大々的に告知した後とかどーゆーことですかァ? 完全に逃げ道塞ぎにかかってンじゃねェかよ! フザケンなよ、あ゛ぁ!?」
「そ、それは、お、俺に言われたって困るって!」
そもそも、このわけの判らん事態を初めて知ったのが宣伝用のビラだ。全く何も聞かされず、『あの《KoB》の団長ヒースクリフと噂の《黒の剣士》キリトと《錬装士》ハセヲが決闘! 《神聖剣》に《二刀流》に《処刑鎌》、ユニークスキル目白押しの注目の大決戦!!』なんて記事を見たこっちの身にもなってみろっつー話だ。
気が気でない状態で《KoB》本部のヒースクリフのところに押しかけたところ、その一連の会話を録音した音声結晶を聞かされた時は、
そして今日この日、コロセウムには観戦にきた無数のプレイヤーがまるで映画の鑑賞かのように食い物と飲み物を手に所狭しと敷き詰められている。飲食物の販売を行っているのは《KoB》の経理担当のダイゼンとかいう関西弁の男だった。月一でやってくれると助かるとか言われた時には、思わず鎌を換装しかけた。
「そもそもテメェが勝手に承諾しなけりゃ、こンなことにはならなかったンじゃないンですかァ!?」
「は、はい! すいません! その通りです!」
アスナの一撃もかくやと言う速さで頭を下げるキリト。が、すぐに顔を上げて不機嫌そうな顔になる。何様のつまりなのか。
「でもさ? お前勝ったら一万k貰えるって話なんだろ? だったら別にそこまで言わなくたって……」
「い、一万k!? キリト君、それホント!?」
「ああ、ヒースクリフからメール着てそう書いてあった」
一万k、つまるところは一千万コル。小さめの城が立てられるような莫大な金額だ。確かに、キリトの言う通り、そう約束されてはいる……が。
「なのにそんなにキレてるってことは、お前勝てる自信がないとか――」
「バカかテメェは。いや、今さらだな、テメェはバカだ」
「な、何をそこまで……」
挑発してくるバカの言葉を最後まで聞かずバカと言ってやる。本当に、コイツは何も判ってねぇ。
「現実と精神の平穏はなァ、金じゃ買えねぇンだよ」
「……いや、なんか、本当にすみませんでした」
今度こそ誠心誠意頭を下げるキリト。初めからそうしておけばいいものを。
まぁいい――
「ンじゃ、手始めに、俺とテメェで殺り合うか? アァもちろん一撃終了なンてつまンねェことはなしだ」
「そ、それはマジでヤバ――」
「まぁまぁ、ハセヲっちもそのくらいにしときなヨ。あんまりそんな喋り方してると、ホントになっちゃうヨ? ただでさえ髪と目の色と性格がキャラ被りしてるんだからサ」
「うおっ! あ、アルゴ!? いつの間に……」
「き、気づかなかった……」
「はぁ……またお前か」
そしていつもの如く、どこからともなく湧いて出てくるアルゴ。いい加減もう慣れた。
「キー坊、女性の顔を見てその反応は――」
「そのネタはもういい」
「ハセヲっち、お約束ってものがあるダロ?」
「知るか」
この前と同じ行を強制的に終わらせる。面倒極まりない。
「チッ、しゃーねぇ、取りあえずこの件は赦してやる。そのかわり今度何か奢れ」
「りょ、了解っす」
アルゴも来たことだし、取りあえずキリトをいびるのを止めてやる。状況は好転しないのだから、いつまでやっていても仕方がない。
「ま、ハセヲっちもかつてはアリーナの三冠王だった訳だし、衆人環視でのバトルは慣れてるだロ?」
「んな訳あるかっての」
事情があって参加していたアリーナだ。好き好んで出てた訳じゃあない。まぁ、まためんどくさいことになりそうだから言わないが。
と、緊張感も何もないままに、試合開始のアナウンスが入った。
「おっと……それじゃ、行ってくるよ」
そう言って背を向けるキリト。初戦はアイツだ。
「キリト君、気を付けてね」
「大丈夫だって、俺よりもヒースクリフの心配しとけよ」
心配そうに言うアスナに、顔だけ振り向いて、ニヤッと笑いながら言うキリト。
そして再び前を向くと、闘技場の中央まで歩いていく。
次いで出場したヒースクリフと二三言葉を交わし、互いに下がる。ここからではよくは見えないが、二人の前にはデュエル用のカウントダウンウィンドウが表示されていることだろう。
そして一分後、『DUEL』の文字が表示されると同時、地を蹴って駆けた。
二刀流と言う圧倒的手数、絶えず動き続け必要とあらば回転や跳躍も取り入れる多彩な攻撃で攻めるキリトと、巨大な盾と剣を駆使し、こちらもその重量を感じさせない速度で攻防一体の戦いをするヒースクリフ。
二人の戦いは正に一進一退と言えるものだった。
余談ではあるが、キリトが《二刀流》のスキルを手に入れたとき内密に相談されて、勝手は違うが双剣の戦い方をある程度教えている。それを活かしてか、キリトの技は片手剣の時よりも若干トリッキーなモノになっている。
それはさて置き、二人の戦いもそろそろ終わりを告げようとしている。互いの攻撃が苛烈になってきており、どちらかに一撃が入るのも時間の問題だろう。そうでなくとも、どちらかのHPが半分を下回ればそれで終わりだ。
そして、遂にその時が来た。ヒースクリフが顔に焦りの表情を浮かべた拍子に、キリトが一気呵成に責め立てた。恐らくヒースクリフの攻勢が揺らいだ隙を縫って勝負を決めに行ったのだろう。《スターバースト・ストリーム》。二刀流の上位スキル、怒涛の十六連撃、俺の目にはその最後の一撃がヒースクリフの防御を掻い潜りヒースクリフに突き刺さる軌道に見えた……が。
「な!?」
きちんとは聞こえないがキリトの表情から、驚愕に思わず声を上げたのが判った。
ヒースクリフは、その人外の反応速度を以て防ぎ切ったのだ。
大技を全て防がれたキリトは技後硬直により大きな隙を作り、カウンターを決められた。
「キリト君!」
決着。キリトの敗北と言う形で終わったこの試合であったがしかし、俺は最後の一撃に違和感を覚えた。
あの一撃はどう見ても防ぎきれない速さで迫っていた。それでもヒースクリフが防いだあの瞬間、俺には奴の身体が一瞬ブレたように見えた。まるで、なにか他の力が作用したかのように。
けれど、隣のアルゴに聞いてみるも特に違和感はなかったという。ただ、とんでもない反応速度ではあったが、と。
釈然としないままに、今度は俺の試合アナウンスが流れた。どうやら行かなければならないらしい。アルゴに半ば冷やかしのような声援を受けながら控室を出る。
ある程度歩くと、アスナに肩を貸されて戻ってきたキリトと目が合った。
「あーあ、負けちまったよ。これで俺もアイツの部下になっちまったらしい」
「自業自得だ……なぁ、キリト」
「ん?」
「……いや、なんでもねぇ。仇は取ってやるよ」
「おう、任せた」
冗談っぽくいうキリトに苦笑し、先のことを聞こうとして……やめた。本人に直接聞けばいいことだ。
キリトとの勝負の後、戻ることなく結晶でHPを回復したヒースクリフと顔を合わせ、開口一番今回のグチを言ってみることにした。
「たく、面倒なことに付き合わせやがってよ」
「それは申し訳なく思うが、君にも価値のある戦いだろう?」
「あのバカにも言ったが、金じゃ現実と精神の平穏は買えねぇんだよ」
「ふむ、それは確かに」
悪びれた様子もなく淡々とぬかすヒースクリフに嫌味を言ってみるがどこ吹く風だ。
「はぁ……つーか、このアナウンス考えたのアンタか?」
「いや、私ではないが……なにか文句が?」
「趣旨的に鎌しか使わせねぇ癖に《錬装士》だからな。大概にしろって感じだよ。あれはタイマン用の武器じゃねぇっての」
「なるほど、君の言い分はもっともだ。では、《死の恐怖》と、そう呼んだ方がいいかね?」
「はっ、勝手にしろよ」
たて続けの嫌味に軽い挑発で返してくる。その泰然とした態度はどこかあの男を思い出させる。
俺が憧れて、憎んで、それでもその背を追い続けた男に。
「……キリトの一撃を防いだとき、とんでもねぇ反応速度だったな?」
「ああ、あれは危なかった。殆ど本能的に体が動いたのが功を奏したようだ」
「本能、ねぇ」
「なにか?」
「いや、俺の思い過ごしだろ」
「……話はここまでだ。そろそろ始めるとしよう」
去来した寂寞を振り払い、聞こうと思っていたこと、先の決着のことを口にする。
返って来たのは何の変哲もない答え。なにか隠しているようなきな臭さを感じるも、既にデュエルウィンドウは目の前に出ている。意識を切り替えなくてはならない。
取りあえず、今はアイツをぶん殴ることだけ考える……!
目を閉じ、一つ息を吐いて、再度目を開く。そして、もう慣れた動作で大鎌《モルスフォルミド》を換装した。
特に身構えるでもなく、その巨大な処刑鎌を無造作に肩に担ぐ。
『DUEL』
「らぁあっ!!」
「ふん!」
開始の合図とともに、裂帛の声を上げながら衝突する。
ダッシュの慣性と回転による遠心力によって増大したはずの一撃は、真っ向からその盾によって防がれた。殆どノックバックも受けてないその堅さには、全く以て感心する。
「はぁ!」
「ちぃ!」
次いで黄色のライトエフェクトと共に来た突きを、鎌を回転させ柄で軌道を逸らす。
奴の腕が伸びきってのを見て、石突を横っ腹目掛けて放つ。これを奴は咄嗟に盾で受け止めるがまだ終わらない。蒼いライトエフェクトを帯びながら、逆回転で刃が反対方向から迫る。《処刑鎌》二連撃スキル、《
急速に迫る凶刃に若干の驚愕を見せるも、瞬時に引き戻した剣でパリィし、距離を取られる。
「たくよ。んっとにとんでもねぇ堅さだなぁ、オイ」
「そちらこそ、そんな扱いずらい得物でよくやるものだ」
それだけ言って再びぶつかり合う。
それから、長く拮抗した状態が続いたが、徐々に俺が押され始めた。
鎌と言う武器の特性上、一振りごとにどうしても隙が出来る。初めはその特異な攻め方から翻弄できるが、時間が経てば見切られもする。
「はっ!」
「くぅ!」
「やぁあっ!」
「ぐあっ!………………はぁ」
結局、技後の隙を突かれた二連撃で勝敗はついた。言うまでもなく俺の負けだ。削れたヒースクリフのHPは四割弱と言ったところだろうか。
決着の瞬間どっと会場が湧き、俺にはヤジが飛んでくる。ため息くらいは許してほしい。ちなみに、飛んできたヤジは明らかにクラインとエギルの声だったのでアイツらは後でシメる。
「はぁ、負けだ負け。煮るなり焼くなり好きにしろよ」
諦めてそう言うと、癪に障る微笑を浮かべるヒースクリフ。腹立たしいことこの上ない。
「それでは、明日よりキリト君共々、団員として頑張ってもらうとしよう。だが、よかったのかな? 今のは君本来の戦い方ではないだろう」
「まぁな」
奴の言う通り、俺は《錬装士》と言われている通り、《The World》時代と同じように状況によってクイックチェンジで武器を変えて戦うのが常だ。初期ならともかく、大剣スキルをセットして以降は一つの武器に拘って使ったことは殆どない。タイマンでやるなら、それこそ双剣に体術スキルを交えながらの方が勝手がいい。
が、所詮は言い訳だろう。
「言い訳は趣味じゃねぇんだ。切欠やら状況やらはどうあれ、約束は守る」
「そうか。では、よろしく頼む」
そう言って背を向けて去っていくヒースクリフ。
「色々と、アンタに関しても気になることが有るからな。丁度良いさ」
先のブレのことや、前々から気になっているこの世界のシステムに詳しすぎること。ヒースクリフには何か、この世界に関する秘密が有る。それを調べるには丁度良いと、誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。
タイトル通り、色々と変化のあった10話でした。やっと原作一巻に突入ですよ(汗)
アスナ、キリト、ハセヲでトリオになると思いましたか?
残念、それはフェイントです。
そしてvsヒースクリフ。やけにあっさりやられたハセヲ君が最後なにやら意味深なことを言ってますが、別にわざと負けたわけじゃありません。実力です。
実力が拮抗してる相手と鎌でタイマンして盾まで使われたらこんなもんですよ、きっと。The Worldには盾付のジョブがなかったんでよく判んないんですけどねww
あと、途中で色々とネタを挟みましたが、全部有名だから判る……はず。まぁそこは皆さん次第ですかねw←投げ出す作者
最後に、今後の更新ペースは多分今回ぐらい、要するに二週に一度くらいになると思われます。
でわでわ、また次回で。誤字・脱字報告、感想、意見等々、随時募集中です(・∀・)