2024年 10月
別々の方向から、俺を囲むように迫りくる三体の武装した骸骨。
その全てが射程圏に入るのを見極め、カウンター気味に両手に持った巨大な処刑鎌を刃の向きとは逆方向へ一閃する。硬直時間を考慮しソードスキルではない、しかも刃ではない部分の通常攻撃であるため与えたダメージ微々たるものだ。だが、頭だけが異様に重量のある物体に遠心力を付加させたその一撃は、骸たちを大きくノックバックをさせ、逆再生のように弾き飛ばした。
間髪入れずに一番近くへ落ちた敵へと駆け、立ち上がりかけている骸に向かってワインレッドのライトエフェクトを引いた刃を脳天から鎌を突き刺す。そのまま止まらず、動かされるままに俺の体はその場で前方に宙返りし、刃に貫かれた骸を地面へ叩きつける。
ソードスキル《
再びこちらに迫る二体の骸の内、近い方の懐に飛び込み首を狙って、内から外に交差させる形で両の剣を振り抜く。
が、これは片手に持つ盾で防がれてしまう。弾かれたことで体勢が崩れた所に放たれる胸を狙った刺突。それを間一髪しゃがむことで避ける。完全には躱しきれずに、左肩を浅くなく深くなくというくらい抉られHPバーが減少したが、そこで立ち止まることはしない。
しゃがんだ姿勢から骸の鳩尾目がけて《体術》スキル《
強制硬直が解けた骸が飛びかかってくるが、焦らずに技後硬直が解けるのを待つ。
寸での所で硬直が解けるのに合わせ、最小限の動きで大剣を盾のように構えて、イエローのライトエフェクトを引いた骸の一撃を受け止める。体を突き抜ける大きな衝撃を重心を移動することで何とか逃がし、逆に出来た骸の隙を突くべく、受け止めた体勢から大剣を体の左後方へ持っていく。そこから切っ先を地面へ押し付けながら滑らせる。地面という引っ掛かりから抜け出した斬撃は凄まじい速さで骸を斬りつけた。
地面を鞘の代わりに使い居合のように加速させるソードスキル《ドライブリフト》。その一撃で最後の骸、《ハイスケルトンウォーリア》を斃した俺は、全身の力を抜き一息ついて、鎌を回収すべく歩き出した。
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「悪い、待ったか?」
そう、行きつけのバーで先に待っていた男に声をかける。
日付は十一月に差し掛かり、季節は冬模様になりつつある昨今。木枯しの身を切るような寒さを防ぐために着込んでいたコートを脱ぎながら椅子に腰かけると、マスターは何も言わずにカクテルを出してくる。所謂いつものというやつだ。
「いや、私も先ほど来たところだ。問題ないよ、智成」
そう答える褐色肌の男、拓海の前にはブランデーのボトルとグラス。二十半ばという都市でボトルキープしているばかりか、ブランデーをロックでとは、毎回のことではあるが感心する。俺は酒があまり強くないから到底真似できない。
「それが女の子のセリフだったら、もっと良かったんだけどな」
「おや、そんなことを言って大丈夫なのかな?」
「なにが?」
「舞さんに言いつけてもいいのか、と」
「うっ……」
痛いところを突いてくる拓海に、思わず呻いてしまった。
「妻帯者としての自覚が薄いとは言わないが、どうも君はその手の浮ついた物言いが癖になっているようだな」
「悪かったな。どうせ俺はナンパ野郎ですよ」
「誰もそうは言っていないさ。君が結婚四年目の今でも、まるで新婚の夫のように舞さんを大事にしているのは判っているよ」
「あったりまえだ。俺は彼女を死んでも愛し続けるって誓ったんだからな」
俺自身が譲れないことなので、そこは胸を張って言う。
今の話の通り、俺は舞、旧姓水無瀬舞と四年前に結婚した。
もう十四年も前、第二次ネットワーククライシスを引き起こした、当時まだR:1だったThe Worldを中心に起こった事件。俺はその被害者、未帰還者の一人だった。当時付き合っていた舞と一緒に、The Worldを学校でプレイしていた俺は、冒険中にスケィスのデータドレインを受け意識不明に。そんな俺を救うために、舞はThe World開発者の一人である徳岡という男、そして相原有紀、遠野京子という二人の女子高生の三人と原因を調査し、ゲーム内から事件解決を図っていたカイトたち
あの事件の後、なんとなく俺たちの関係はうやむやになってしまい、高校を卒業し別々の大学に進学したことで自然消滅してしまった。
だけど、俺はずっと、彼女への想いを振り切ることが出来に出いた。
時は流れ七年前、再び起きた未帰還者事件。その時俺は、被害者ではなく、解決する側としてその事件へと関わった。その時俺は決意した。事件が無事解決した時、もう一度彼女に告白しようと。
そして解決後。被害者、解決者、両方の立場で関わったネットワーク事件を、二度と起こしてはいけないと痛感した俺は、拓海の勧めで
俺は彼女、舞に告白した。
七年以上の空白を埋めるべく、自分の気持ちをそのまま、ありったけ舞に届かせるように告げた俺の言葉に、舞は『ずっと待ってたよ』と言い、微笑んで頷いてくれた。その言葉に、思わず泣いてしまったのも今ではいい思い出だ。そんなこんなで舞との縒りを戻し、再び付き合うことになった。
それから交際三年間を経て、俺たちは結婚。舞は水無瀬舞から香住舞になった。
中高や大学の同期、NABの同僚、そしてともにネットワーククライシスの脅威と戦った仲間たちに祝われる中、純白のウェディングドレスに身を包んだ舞を見た時。俺は舞に、そしてなにより自分自身に誓ったんだ。この誰よりも、何よりも愛おしいこの
と、これだけ胸を張って言えるほど俺は舞のことを愛しているのだが…………。如何せん、長年身に沁みこんだナンパな言動は中々抜けてくれず、今でもそれで舞から真っ黒な笑顔を向けられることもしばしばだ。
「ま、とりあえず今は」
「そうだな。では」
「おう」
それだけ言って乾杯し、互いに一口だけ酒を呑んだ。
「調査の方は?」
一息吐いて、拓海がそう切り出した。
そう、俺たちは何も、呑むためだけにここに来ているわけじゃあない。というか、本題はそっちだ。茅場晶彦によって引き起こされた、一万の命が人質に取られた事件。その調査状況を互いに報告する場がここなのだ。
事件発生から、あと数日で丸二年。その間に、未帰還者――俺たちは便宜上、被害者のプレイヤーたちをそう呼んでいる――の数は六千人ほどにまで減った。これは勿論、約四千人のプレイヤーを帰還させられたというわけではない。それだけ多くの命が失われたということだ。
「それなんだがな……」
前回拓海とこうして情報交換を行ってから一月。その結果を伝えるか否か、躊躇っている俺を見て、拓海は何か察したように一つ頷いた。
「ふむ。その様子では、そちらも我々と同じ、ということかな?」
「と、言うと?」
「茅場晶彦の潜伏先はほとんど目処がついている」
「やっぱりか……」
拓海の言葉に、ため息を吐かずにはいられない。NABが必死こいてやっと見つけ出した情報を、一企業の社長が何事もないようにサラッと言う。
「流石は我らが
「いや、これは私の力よりも《彼》の功績の方が大きいだろう」
「なるほどな。そりゃ納得の理由だよ」
拓海の言う《彼》というのは、俺の中では一人しか思いつかない。
直接的な関わりはあまりないが、間接的には七年前の事件の時かなり世話になった《彼》。
現実の素性は一切知らないが、《彼》ならば情報、ことネットワークに関することならば何ができても不思議ではない。
「だが、居場所が判っていて何もしないということは……」
「ああ、これ以上の進展は期待できそうにないな」
居場所をある程度絞り込めたといっても、その数は両手両足の指で足りる数ではない。虱潰しに当たっていたのではいつ気付かれるか判ったものではないし、全てを一遍に叩こうにも、それだけの人員を用意するまでに時間がかかる上、その過程で情報が漏れかねない。更には、仮に気取られることなく準備ができたとしても、いざ突入を敢行した際に、残った全てのプレイヤーの脳をナーヴギアに焼切らせるという暴挙に出ないとは言い切れない。
多大な数の命が失われたとはいえ、あの世界にはまだ六千以上の未帰還者たちが取り残されている。それほど多くの、ある種の人質を取られている状況で、強硬的な手段に打って出るわけにもいかないのだ。
「現状維持。それが政府からNABや警察にされた通達だ。ウチの上層部も、それに異を唱えるつもりはないらしい」
「仕方ないだろう。事実、強硬手段に出るにはリスクが大き過ぎる」
「単に保身に走ってるって言ってくれていいんだぜ? 結局その判断に従ってる俺も含めてな。誰しも、我が身が一番可愛いんだ」
そう吐き捨てて、カクテルを一気に煽る。
それが理性的な判断だとは判っていても、動くことのできない状況に、なによりもその決定にどこか安堵した自分自身に嫌悪感を抱いた俺の言葉は、意図せず苛立ちと自嘲が混じったようなモノになっていた。
「そう自分を責めるものではないよ。国家や社会というのは、いつの時代でもそういうものだ。まして、家庭を持つ君ならば猶のことだろう。舞さんを不幸にするわけにもいくまい? それこそ、君が我が身よりも大切に想っているのだからな」
「それは、そうなんだけどな……」
拓海は、それと、と続けて、
「そんな、自棄酒の様な呑み方では酒にも、出してくれたマスターにも失礼だろう?」
「……これじゃ、どっちが年上か判らないな」
「まぁ、伊達にこの歳で企業の長を担なっているわけではないということさ」
そうニヒルな笑みを浮かべて言う拓海に毒気を抜かれた。
こういうところでも、彼の人の上に立つものとしての才能が垣間見える。
「話を戻そう。結局の所、我々が現状出来ることは、内部からの解決を待つだけということだ」
「ああ、それしかないだろう……いや、もう一つ出来ることが、むしろやらなくてはならない事があるな」
「なに?」
神妙な顔つきで頷く拓海に、何のことか判らず首をかしげる。
「彼らが無事目覚めたとき、社会復帰できるための体制作りさ。このままでは、ずっと残したままにしてある彼の内定も危ういものなってくるのでね。良き友人であり、優秀な人材でもある彼を無職のゲーム廃人にするわけにはいかないさ」
「ぷっ……! ははは、そうだな。兄貴分としては、弟分が就職難の憂き目にあって廃人になっちまうのを見過ごすわけにはいかないな」
「その通りだ。ではこれからは、政府にどう働きかけていくか、と言う話をしようか」
そして、俺たちの話し合いは、夜が明けて空が白んでくるまで続いた。勿論、俺たちが話したことがどれだけ政府に効力を与えるかは判らないし、結局問題を解決する手段も放置したままだ。
だけど、どれだけ考えても、それこそどれだけ優秀な人間が知恵を絞ったところで出ない答えを探し続けるよりは、よっぽど建設的なことだと思った。きっとそれは一緒にいた拓海も同じだったんじゃないだろうか。
もしかしたらその思考の根幹には、あの日俺と拓海自身が志乃ちゃん達に言った言葉があったのかもしれない。
アイツなら。七年前の事件の時、誰よりも傷付き、誰よりも悲しみ、それでも誰よりも必死に、誰よりも前に立って戦い続けて、成長し、最後には全てを背負い、悲劇を打ち破った
今回も、全部片づけて、何食わぬ顔で戻ってくるんじゃないかって。
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「……ヒースクリフの野郎、人使いが荒すぎんだろ……」
別段誰に言うでもなく、七十五層の主街区《コリニア》の中を歩きながらそう愚痴る。
あの理不尽な理由で行われた試合から一週間と少しが経ち、10月最後の日。約束通り《KoB》に入団した俺は《特別前線攻略団員》という
この肩書は入団の翌々日、ヒースクリフから直々に俺へ令達されたものだったりする。故に、この肩書は
大層な名前の肩書きではあるが、実体は先に言った通り要するに迷宮区の攻略――マッピング及び周辺mobの情報収集etc...――だ。しかもソロで。
なんでギルドに入ってまでソロプレイをさせられているかと言えば、推測ではあるが――明確な理由は本人からも聞いていない――三つの理由が挙げられる。
一つは俺のユニークスキルである《処刑鎌》の取り回しの悪さ。それこそ死神に付随するイメージだったりゲームだったりにしか出てこない武器だ。集団戦における合理的な
二つ目は、俺と共に入団したはずのキリト、そしてアスナまでもが現在前線を離れていること。とは言っても、これは直接的な原因ではない。その理由の方に問題がある。決闘の翌日、キリトのPT戦における実力を試すという名目でキリトを含む三人のPTで演習が行われた――俺は先に説明した理由からそもそも呼ばれなかったが――。そして休憩の折、部隊の一人、あのクラディールという男が食事に麻痺薬を混ぜ隊長を殺害、キリトも殺そうとしたところで追いかけてきていたアスナが助けたという事件があったらしい。クラディールはキリトによって斃され、二人は無事に帰ってきたが、結果的に二人とも一時退団という形で、現在は下層のログキャビンで暮らしていると先日メッセージが届いた。話が若干逸れたが、そういう理由から俺を《KoB》の団員と必要以上接触させないということだろう。
最後に三つ目は、
まぁ、そんなわけで相変わらずソロで迷宮を駆けずり回っている。それ自体は別にそれほど苦ではないのだが、一々進捗状況を報告したり、集めた情報を整理したり、時には面倒なエリアボスの攻略にまで強制参加させられたり――勿論PTは組まずに遊撃部隊としての参戦だ。ちなみに今日もこれだった――と、何かと面倒なことがあるせいで、ここの所かなり疲労が蓄積している。しかもその日のノルマなるものが毎朝メッセージで送られてくるので、気分次第でサボったりもできないから尚更だ。利点があるとすれば、あのこっ恥ずかしい紅白の団服を着なくて済むくらいだろうか。
キリトとアスナの二人が前線から離れる折、俺に迷惑がかかるかもしれないという旨の言葉に、
『ガキが大人に気ぃ遣ってんじゃねぇ。何でもかんでも背負い込み過ぎなんだよ、特にアスナ、お前はな。気にしねぇで好きなだけ寛いで来い』
なんて言ったことを、軽く後悔していたりいなかったり。
そんな疲れた体を引き摺って、俺はとあるカフェテリアを目指していた。別にわざわざ睡眠時間を削ってまで高めの飯を食べたいとか、そんな理由ではない。待ち合わせだ。
酷使した体に鞭打って店に辿り着いたのは約束の十分前。けれども、相手は既に到着していたようで、奥のテーブルについてティーカップを傾けていた。その席に近づくと、こちらに気付いたのか、飲みながら退屈そうについていた肘から頭を上げ、不満げな表情で顔を向けた。
「むぅ~、遅いぞ、ハセヲっち。遅刻だヨ、遅刻っ」
「遅刻って、まだ時間より十分くらい前じゃねぇか」
「待ち合わせで女の子より後に来た時点で、男は遅刻になるんだヨ」
俺の返事にそう返した彼女、アルゴは大仰にため息をつく。
「なんだよ、その仕方ないなぁと言わんばかりなため息は」
「まったく、仕方ないナぁ」
「言葉でも言いやがったな、オイ」
ツッコミを入れても、ツーンという擬音が聞こえそうな……というか自分で言いながらそっぽを向き、『私機嫌が悪です』という態度をとるアルゴ。
「はぁ、判った判った。俺が悪かったっつの。どうしたら機嫌直すんだよ」
「……こういう時、女の子の機嫌を取る方法は一つしかないんじゃないカナ?」
埒が明かないと思いさっさと折れると、顔は反らしたまま目だけこちらに向けて言うアルゴ。
「了解。ここの飯だけじゃなくて、もう一つ店行って奢ってやるよ、しゃーねぇ」
「しゃーねぇ?」
「どうぞ、ワタクシめにお食事とスィーツを献上させていただく機会をお与えいただけませんか、アルゴお嬢様?」
「うんうん。ハセヲっちがそこまで言うなら、仕方ないから許してあげるヨ」
いかにも仕方ないという声音でそういうアルゴだが、にやけた表情は隠しきれちゃいない。墓穴を掘る様な真似はしたくねぇから言わんが。
「それじゃ、とりあえずご飯にしようか、ハセヲっち」
「そうだな。俺も腹減ってるし」
機嫌を直したアルゴの言葉に頷き席に着く。
何にするかを決めて備え付けのベルを鳴らすと、ウェイターNPCが現れて注文を取る。
「オレっちはアメリア草のサラダとキャルムのパスタ、あと食後にカプチーノとモンブランで。ハセヲっちは?」
「フルグ貝入りのポタージュとフィッシュサンド、ハイム鳥の香草焼き、食後にホットコーヒー」
「承りました」
注文を繰り返すことはなく、一言そう言って立ち去るウェイター。
普通ならカウンターやテーブルに存在するウィンドウで行えばいい料理の注文だが、一部の店ではこのようにウェイターを呼んでの注文、つまりは音声入力になっているものもある。別に料理の出てくる時間が変わったりするわけではないので完全に気分の問題ではあるが、この店を指定した彼女はこちらのタイプの方が好みのようで、ことあるごとに彼女と食事をする店は音声入力の所ばかりだ。
「ずいぶんたくさん食べるネ」
「そうか? 腹減ってるときはこんなもんだろ。それに、お前が食う甘いモンの量程じゃねぇよ」
「前にも言ったけど、女の子は甘いものはいくらでも食べられるんだヨ、ハセヲっち。普通のご飯はお腹空いててもそんなに食べられないヨ」
「ま、男と女の作りは違うからな」
そんなとりとめのない会話をしていると、ウェイターが料理をもってやって来た。
「んじゃ」
「いただきまーす」
やって来た飯を会話を交わしながら――多少行儀は悪いかもしれないが、俺もアルゴもさほど気にする人間ではない――たっぷり一時間弱かけてゆっくり食べ終え、俺はウェイターが持ってきたコーヒーを、アルゴはカプチーノとモンブランをつっつきながら今日ここで待ち合わせた本題に話は移った。そもそも、俺と彼女が一緒に飯を食う――というか俺が彼女に奢る――のは、彼女への依頼を聞く時だ。
「で、首尾の方はどうだ?」
「う~ん……はっきり言って、上手くいってるとは言い難いかナ」
そして、俺が今回彼女に依頼したのは、俺が《KoB》に――理不尽な理由にもかかわらず――入ることを決めた理由でもある、ヒースクリフの身辺調査だ。俺は、奴がアインクラッドを攻略する、延いてはこの世界から脱出するための鍵を握っているのではないかと思っている。対決の時に見せた神がかり的な反応、豊富すぎる知識、そして何より、奴から感じる《アイツ》と似た雰囲気。それらが、俺の第六感とも言えるようなものに訴えかけてくる。
「ギルド《血盟騎士団》通称《KoB》の団長、ユニークスキル《神聖剣》の使い手。それ以外の情報はどこをつついても殆ど出てこないネ」
俺の問いに疲れたような顔をして答えるアルゴ。
「誰でも知ってるようなもんしかってことだな。他にはなにか判ってねぇのか?」
「あとは《KoB》の創設時期とか、レベル上限の謎についても知ってるかもしれないってことくらいカナ。ちなみに《KoB》の創設は2023年の3月」
「レベル上限か……」
最前線で活動しているすべてのプレイヤーが現在頭のどこかで気にしていると思われる問題の一つ、レベル上限。それは俺も例外じゃあない。七十五層まで至り、マージンを人よりも多くとっているプレイヤー、特に俺やキリトの様なソロプレイヤーの中にはレベルが90の大台に乗った奴もちらほら出てきている昨今で、はたして俺たちはどこまでレベルを上げることができるのか。今まではそれだけのマージンが取れていれば問題がなかったが、もしSAOにおけるレベルの上限が100だった場合、それは敵が着々と強くなっていく一方、俺たちプレイヤーが装備以外のパラメータ強化が図れなくなると言うこと。そうなればこれから先の攻略では更なる困難に立ち向かわなくなるのは目に見えている。七十四層のボス部屋は結晶無効化空間であったことから、これから先のボス部屋はすべてがそうである可能性がある上にそんな問題まで浮上してきたら、攻略速度が落ちるだけでなく、死亡者も増える一方だ。
「ヒースクリフ自身は自分のレベルどころか習得スキルの値すら誰にも明かしていないから詳しく知る術はないケド、あの圧倒的な強さ、ボス戦であってもHPバーをイエローまで持って行かれたことはないという事実から少なくともLv100には達してるんじゃないかって話みたいだネ」
「そうだな。奴がしゃべらねぇなら、自分がそこまで行ってから確認するしかねぇってことか」
口ではそう言ってみるが、俺は内心その心配はないんじゃないかと思っている。確かに死ねないということで攻略難度は圧倒的に高くなっているSAOだが、ここまで一つとしてどうあがいても攻略不可能という理不尽な敵や状況は存在していない。俺たちの
「まぁ、それはいい。それじゃあ奴が《KoB》を創る前、2023年3月以前の奴のことについては?」
そう改めて問うと、アルゴはその表情をさらに厳しくした。
「それが、その情報、つまり《KoB》創設より二週間以上前の経歴が一切、本当に何もでてこないんダヨ。最古参の幹部とかアーちゃんの話からそのくらいからギルド創りを始めたってことは判ってるんだケド。それより前のことは、それこそ知り合いから何から全部消したか、ぽっといきなりあの状態で現れたかっていうような感じで何も掴めなかった」
情報屋としての意地か、有力な情報を掴めなかったことに悔しさを滲ませて――彼女には珍しいことだ――言うアルゴ。
SAO屈指の情報収集能力を持つ《鼠》の情報網にさえ引っ掛からないヒースクリフの経歴。
疑念は減らないばかりか、さらに増していく。一体あの男の正体はなんなのか。それが判らない限り、たとえ順調に攻略が進んだとしても、この世界から抜け出すことは出来なんじゃないかと、俺はそう思いはじめていた。
「とりあえず、今判ってる情報はこのくらいカナ。ほとんど何も掴めなかったって言ってるようなもので申し訳ないケド」
「何も判らねぇってのも立派な情報だ。それに、これで引き下がるつもりもねぇんだろ?」
俺がそういうと、ニッと口角を上げて笑みを浮かべるアルゴ。
「当たり前じゃないカ、ハセヲっち! このままじゃ《鼠》のアルゴ様の名前が廃るからネ。何か判り次第、随時連絡入れるヨ」
「頼んだ。けど、無茶はすんなよ? お前にはとってはわざわざ言うまでもねぇかもしれねぇけどよ」
「アハハハ! ダイジョウブ、ダイジョウブ! 命あってのモノダネだからネ。引き際は弁えてるし、危ない橋渡ってまで集めたりなんかしないヨ」
「ならいいんだけどよ」
「ふ~ん?」
行って肩を竦める俺を見て、その笑みをニヤニヤしたものに変えるアルゴ。これはまた変なこと考えてやがんな、と思っていると――
「そんなに心配してくれるなんて、もしかしかしてオレっちに惚れたかな?」
――なんてのたまいやがった。
最近はことあるごとにこうやって俺をからかってくる彼女。俺はその度に、言葉で、もしくは物理的にツッコミを入れている。今回も頭に手刀を落としてやろうかと思い、手を上げて振り落…………せなかった。
手刀を上げたところで対面に座っていたアルゴが急に立ち上がったからだ。
突然の行動に俺があっけにとられている間に、彼女は俺の隣に回ってきて座り、上げっぱなしになっていた右手を両手で握りしめて、そのまま自分の胸元へと持って行った。
「ハセヲが本気なら、“私”はちゃんと応えるよ?」
そう潤んだ瞳を上目遣いで向けてくるアルゴ。そんな彼女の行動に、俺の心臓は早鐘を打ち、脳は思考を完全に止めた。いつもと違う、女性らしさを前面に押し出したような、愛おしさを感じさせる表情。一度だけ聞いたことのある、ロールではない彼女の口調。そして真剣なその声音。それらすべてに、俺は惹きつけられ、魅入らされた。
どうすればいいのか、何を言えばいいのか。
これまで生きてきた二十四年間の人生でも何回かあったことだが、俺はいつもこの状態に陥り、今回とて例外ではなかった。
そんなフリーズ状態で、あたふたと目を泳がせていると、ぷっ、と今の今までその潤んだ瞳で俺を見つめていたアルゴがいきなり噴出した。
「フフッ、アハハ! 冗談だヨ! 初心だなぁ、ハセヲっちは」
言いながら未だ笑い続けるアルゴを見て、やはり俺はからかわれたのだと思考が追いつき、正気に戻った。
「あ、アルゴ、テメェ!」
「ふふふ~、動揺したハセヲっち、なかなか可愛かったヨ?」
無邪気に笑って言いながら、席を立つアルゴ。
「ほらほら、難しい話はさっきのでおしまいダヨ! 今は約束通り、次のお店で甘いもの奢ってもらわなくちゃネ!」
「お、おい、ちょっと待てっての!」
そう言って、まだ立ち上がっていない俺の手を取って扉へと向かうアルゴ。
制止の声も聞かず、そのまま扉を開けて俺を引き摺って行く。
「女の子はね? 皆役者なんだよ、ハセヲ。今みたいに、ね」
そして、店の扉を出るとき、耳元でそう囁かれた俺は、再度フリーズした。
「ほら、ハセヲっち! 次のお店に行くヨ!」
いつの間に手を離していたのか、十歩ほど進んで振り返ったアルゴの声に、これまた再び正気を取り戻した俺は、ドギマギする心を隠して、彼女を追いかけるのだった。
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そして、あれ――いつもと違うアルゴの姿にテンパりながら過ごした夜――から更に三日。
今日も今日とて前線攻略。ただ、今日はいつもと若干状況が違っていた。
「ぶっ飛びやがれ!」
裂帛の声と共に周囲のmobを鎌の一振りで吹き飛ばす。いつもならば、このままソードスキルでの各個撃破に移るが、今日は違う。
俺がmobの群れを散り散りにした瞬間、後ろから数人が飛出して転倒しているmobに思い思いのソードスキルを喰らわせていく。
そして最後の一匹、俺の真正面に吹き飛んだmobが体勢を立て直して飛びかかってくる。が、敢えてそれに対処することはしない。何故なら――
「オォラァアア!!」
――俺の後ろでただ一人、飛び出していかなかった男が、仕留めるつもりであることは判っていたから。
刀ソードスキル《
「うっし、片付いたな」
「だな」
そう言葉を交わし、クラインが刀を鞘に納めると、他の奴ら、《風林火山》の面々も得物を納める。俺の
「にしてもよ」
全員が武器を納め一息つくと、クラインの奴がそう切り出してきた。
「お前ぇのソレは相っ変わらず見てて怖ぇよな。お前ぇがそんな下手くそじゃねぇってことは判ってんだけどよ、判っててもコッチまで斬られるんじゃねぇかって気になっちまう」
「仕方ないっすよリーダー。コイツ以外にこんな物騒な得物使ってる奴なんかいませんから」
「そーそ。恰好だって全身黒尽くめだし。これで黒いローブでも着けようもんなら、敵味方問わず刈りまくる死神様の出来上がりってな」
「言えてる。俺初めてコイツに会ったとき死神に見えたし」
俺の容姿やら武器やらにいちゃもんをつけて笑う《風林火山》のメンバー。
何も知らない奴らが言っているならともかく、コイツらはからかいで言っているだけだと声や表情、そして付き合いの長さから判る。
だが、いくらそれが判っているからと言って、こっちにも限度ってもんがある。
「ようテメェら、随分好き勝手言ってくれんじゃねぇか?」
「かっかすんなよハセヲ。今日の飯はリーダーが奢ってくれるからよ」
「なっ!? おい、ちょ、待っ――」
「そうだな、それがいい」
「そうっすね。久しぶりにイイ飯食えますよ」
「しゃーねぇな。それで手を打ってやる」
「オイオイオイオイオイ! 勝手に決めてんじゃねぇっての!!」
眉を吊り上げると、掌を返してクラインに責任を押し付ける面々。イイ性格してやがる。
まぁ、先日のアルゴとの食事――というか二店目でのスィーツ――で結構な額を持ってかれた俺としては渡りに船なので便乗するんだが。
「悪ぃなクライン、賛成多数で決定事項だ」
「チクショウ! 民主主義なんて大っ嫌いだ!」
頭をガシガシと掻き毟って叫ぶクライン。ご愁傷さん。
「あーくそっ、判った、判ったよ。奢りゃいーんだろ、奢りゃあ!」
「言ったな」
「言ったっすね」
「ああ、言った」
「これでやっぱ無しってのは聞かねぇからな?」
「判ってらぁ! 武士に二言は無え!」
「武士ってよか野武士だけどな」
余計に一言言ってやると巻き起こる笑い。クライン一人が面白くなさそうな顔をしているが、まぁ自業自得ってやつだ。
「んなことはとりあえず置いといてよ。実際どうなんだよ、ソレ」
「ソレって?」
一頻り笑ったところで、クラインがそう聞いてきた。
「鎌だよ、鎌。パッと見集団戦には不向きっぽいけど、今みてぇに使えば結構便利なんじゃねぇか?」
言外に、なんでギルドに入ってんのにまだソロなのか聞いてくるクライン。
クラインの言うことは最もだったりする。通常前線でPT戦を行うときは、一体の敵に対して数人でスイッチをしつつやるのが基本だ。その点、複数の敵を一人で相手取ることのできる、特に吹っ飛ばして次のスイッチに繋げるだけなら頭一つ飛び出ているようなこの処刑鎌はそれなりに有用だと言えなくはない。だが――
「組んでんのがテメェらだからだよ。確かにテメェらとか、あとキリトとかアスナ辺りなら大丈夫そうではあるがな。一度も組んだことのない奴となんかじゃ呼吸が合わなくて、それこそ巻き込みかねねぇよ」
「なるほどな。だ~からぼっちだったってわけか」
「悪かったなぼっちでよ」
「なんだよ。理不尽にハブられてんのかと思って声かけてやったのによぉ、つまんねぇな」
「オイ、テメェ。そりゃどーゆーこった、あ゛?」
あまりにもアレなことを言いやがるクラインに睨みを利かせるが、まったく怯んだ様子も見せずに続ける。
「だってよ、天下の《死の恐怖》様がギルドに入ったはいいけど皆からハブられてる! なんて話だったらすっげぇ面白いじゃねぇか。アルゴに売るにも持って来いのネタだしな」
ぶっちゃけ大筋として間違ってはいないので強く反論できない。が、甘んじて認めるのは癪に障る。
「……よし、判った。今の言葉が遺言でいいわけだな?」
「だーもー、相変わらず沸点低いな、お前ぇはよぉ。いいじゃねぇか、このぐらい言わせろよ。こちとらお前がヒースクリフの野郎に負けた所為で大損したんだからよぅ」
「大損だぁ?」
何やら意味の判らないことをのたまうクライン。
そして何故かその言葉に同意するように、頻りに首を縦に振る風林火山のその他。
なんだ、この妙な一体感は。
負けた所為で大損ってこたぁ……
「……テメェら、まさか人様の試合でトトカルチョでもやっていやがったのか?」
「まぁな。やっぱデケェイベントごとっていったら、賭け事は付きもんだからな」
この際愚痴を言いきってやろうと言わんばかりに開き直るクライン。
だが、それでなんでデュエルが終わった後クラインとその周辺が無駄に野次を飛ばしまくってたのかが判った。と、いうことはだ。
「そのトトカルチョ、エギルも参加してたってことか」
「まぁな。窓口の一つもしてたぜ」
「で、テメェらは大穴狙いで俺の勝ちに賭けて見事に摩ったと」
「そーだよ、その通りだ。たくよぉ、折角賭けてやってたのにあっけなく負けやがって。信頼にはちゃんと応えやがれ」
「それは信頼じゃなくて皮算用っつーんだよ、バーカ」
取り敢えずエギルも後で問い詰めることにし、今は目の前の馬鹿にバカと言ってやることにした。
「つか、そのトトカルチョ。元締めはどこのどいつだよ」
見つけてシバイてやると思いつつ聞いてみると、帰ってきた答えは――
「ああ、それなら確か、《KoB》経理担当のダイゼンとかいうオッチャンだったってエギルの奴が言ってたぜ? 何でもそのオッチャンから窓口の仕事も頼まれたとかなんとか」
「あ、あのクソ関西弁肥満オヤジ……!!」
――とても信じられない、いや、ある意味何よりも信じられる名前だった。
今になって思い返してみれば、入場チケットやら飲食物やらの販売を計画したのもあのおっさんだったはずだ。トトカルチョの一つや二つ、元締めしててもなんらおかしくなんてねぇ。
まだ団員にもなってねぇ奴のことまで金稼ぎのネタにしやがるとは。あのおっさんこそ誰よりもイイ性格してやがる。
「はぁ……もういい。さっさとこの区画のマッピング終わらせて帰るぞ」
「オイオイ、いいのかよ《KoB》の団員さん。もっと真面目にオシゴトしようぜ?」
茶化して言うクラインが癪に障ったが、今度は声を荒げるようなことはしない。その代わり――
「ああ、構わねぇよ。どうせ今日のノルマはそれだけだからな。給料が出るわけでもねぇのに勤労なんかしてられるか。それよりも、お前の奢りで向こう一週間は飯食わなくてよくなるくらいに食い溜めする方が先決だ」
「な、オイ、テメェ! どんだけ食うつもりだよ!?」
「大丈夫だ。もしお前の財産が付きるほど食っても、俺は腹こわさねぇから」
「そんな心配してんじゃねぇっての!?」
「ほら行くぞテメェら。折角の奢りなんだ。しっかり腹空かせるとしようぜ?」
「無駄に煽ってんじゃねぇよ! つかお前らも悪乗りすんな!!」
休憩は終わりだと、歩き出すことで示す。ついでに他の面子を煽ることも忘れない。
こんだけテンションとやる気を上げてやれば、あと二時間もしない内に今日のノルマは達成するだろう。
そんな計算を頭でしつつ、未だに喚いているクラインを放置して、俺たちは迷宮区のさらに奥へと潜って行った。
端から見たら誰がギルドのリーダーか判らないって?
知ったこっちゃない。
つーか、俺にはこいつ等を引っ張っていくなんてとてもじゃないが無理だ。
始まりの日。あの日から今までの約二年。自身を含め六人のメンバーを誰一人として脱落させることなく、攻略組のトップギルドの一角にまで上り詰めた男。
その人数は《KoB》と比べるまでもないが、その手腕とカリスマは、あのヒースクリフにも勝るとも劣らないと思っている。
そして同時に、こいつらを見ていると、《あの男》が中心にいたギルドを思い出すのだ。
俺が初めて入ったギルドであり、初めて恋をした人と出会ったギルドであり、誰よりも憎み、誰よりも尊敬していた男が創り、壊したギルド。《黄昏の旅団》を。
……まぁ、それはさて置いてだ。
だから、クラインのこともそれなりに尊敬をしてはいる。
口に出して言ってやる気はないがな。
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クライン、ついでに途中で捕まえたエギルにも飯を奢らせた日から更に数日経った今日の早朝。
とうとう七十五層のボス部屋が発見され、偵察が行われた。
クォーターポイント、つまり二十五層毎のボス戦はこれまでの二度の経験から難敵になると予想されたために、偵察部隊は《KoB》を含む五つの大型ギルドから、精鋭を四名ずつ、計二十名で編成された。
その結果報告がメッセージで送られてくるのを《コリニア》の宿屋の一室で待っていた俺は、急にヒースクリフから呼び出された。何故か、俺に他の団員よりも先んじて結果を知らせると書かれていた文面に疑問を抱いたが、それ以上に嫌な予感、虫の知らせとでも言うようなものを感じ取った。
それを振り払うように、速足でヒースクリフの元へ向かった俺は、奴から聞かされた言葉が信じられず、思わず復唱していた、
「全滅……だと!?」
「ああ。編成された二十名の内半分、十名を先行。もう半分を後方部隊として扉の前に残した。そして、先行部隊の十名が部屋の中央へ進み、ボスが出現したところで、扉が強制的に閉じられたそうだ。そしてそれから五分以上、後方部隊が鍵開けや物理攻撃を試したが決して扉が開くことはなく、扉が開いた時には、ボスも、先行部隊のメンバーも存在してはいなかった。先ほど黒鉄宮も確認してきたが……」
そこで言葉を切り、首を横に振るヒースクリフ。
「……っ!!」
つまり、その先行部隊の全員が命を落としたというわけだ。
だが、偵察部隊に編成されたのは全て精鋭だ。誰一人として還ってこれなかったというのは何故か。その答えは既に出ている。
「結晶無効化空間ってことかよ……!」
「うむ。七十四層のボス部屋がそうであったことを考えれば、今回も、いや、これより上の階層ではすべてのボス戦で結晶が使用できないと見てまず間違いないだろう」
「……クソがっ!!」
そう悪態を吐いて、拳を握りしめる。
予想できたいたことではあったが、実際にそうであり、且つ既に犠牲者が出てしまったことに苛立ちを隠せない。
だが、そんなことをしていても意味はない。
息を短く吐いて力を抜き、ヒースクリフに問いかけた。
「……偵察の結果は判った。だが、アンタが俺をここに呼び出したのはソイツを聞かせるためだけって訳じゃないだろ?」
「理解が速くて助かるよ。君にはキリト君とアスナ君を、明日のボス攻略に招集するよう説得してほしい」
「あの二人がそれを受けると、本気で思ってんのか?」
「ああ」
俺の詰問に、やたら自信を持って答えるヒースクリフ。
そのことに引っ掛かりを感じつつ、更に言葉を重ねる。
「俺が敢えてアイツらに知らせない可能性もあるぜ」
「いや、君は彼らに応援を仰ぐさ。君自身、彼ら抜きでの勝利はないと判っているだろう?」
「……チッ」
痛いところを突かれて、言い返すこともできずに舌打ちする。
奴の言うとおり、攻略組でも屈指の実力を持つあの二人が抜けた状態では、大幅な戦力低下は否めない。どうあっても、アイツらの力は必要になると、それは俺にも痛いほど判っていた。
「恐らく、私が呼び出したとしても彼らは戦列に加わるだろう。だが、それではある種命令という形になってしまい、彼らとの間に亀裂が生じかねない。互いに不信感を持った状態で困難が予想される戦いに挑むのは避けたいところだ。その点、彼らからより信頼を受けている君ならばその可能性もないだろう」
「……チッ」
その何もかも見透かしたような口振りに嫌気がさした俺はもう一度舌打ちをしてヒースクリフに背を向ける。
「判ったよ。今から行ってきてやる。拒絶されても責任は取らねぇし、俺はアイツら参戦を強要する気も無ぇ」
それだけ言って、団長室から出ていく。
「頷くさ、彼らは。そして戦列に加わる。無論、君もな」
そんなヒースクリフの言葉は聞こえなかった振りをして、団長室のドアを勢いよく閉めた。
重い足を引き摺りつつ向かうのは、二人が今暮らしている二十二層。
自分よりも若い二人を死地へ誘う役目を請け負った俺の心は、今までにないくらい荒れていた。
ハッ! そういや、この前言われたっけな、死神みてぇだって。言い返せねぇな。これじゃ、まんま死神じゃねぇか。いや、元々《コイツ》を飼ってる時点で、死神なのは変わりねぇか
自分の状況と、自分の中にいる半身が見事に死神の体をしているという皮肉に気付き、そう思わずにはいられなかった。
若干遅くなりましたが、11話更新です。
タイトル通り、このまま一気に物語は加速し、SAO編最終回へと突入します。
まあ、前回の方が加速してるような気がしないでもないですが(汗)
ついでに今回は新事実、という名のオリ設定をぶち込んでみました。
この小説とは関係なしに、そのうち書きたいと思っていたクーンこと智成のその後。
作者の中では、彼はなんだかんだ言って一途な人間という感じなのですが、皆さんはどうでしょうか。
それでは今回はこの辺で。
毎度のことですが、意見・感想・その他諸々大歓迎です。ぜひぜひお寄せください。
でわでわノシ