2025年 1月
「うーん、判ったのは結局このくらいかぁ……」
やりたいことを見つけたあの日から半月くらい。PCの画面に纏め上げた調査内容を一通り確認して、そのまま後ろにぐでっと倒れた。軽い音を立ててクッションに着地。凝り固まった体をほぐす様に伸びをする。
「ん、んーーーー……はふぅ」
満足いくまで伸びてから、近くにあるもう一個のクッションを抱えて横になったまま頭を働かせる。何か考え事をする時の私のスタイルだ。
いい年して就活もしないで何を調べていたかと言うと、ある人物のこと。それがあの日、私が思い立った“やりたいこと”だった。
けれど、ゲームのPC情報を調べることなんかとは比べるべくも無く、リアルの一個人を調べるのは中々に難しい。しかも大規模な歴史的ネット犯罪が何度か起きて情報規制がかなり強固になっているこのご時世、真っ当な方法で調べるには限界がある。私みたいな、か弱い小市民としては怖い怖い公僕の皆様のお世話にはなりたくないわけで。そんな方々に目をつけられないギリギリの黒に限りなく近いグレーゾーンまで踏み込んで入手出来た情報は、三つ。
年齢と東京のどこかしらに住んでるらしいこと、それからCC社と繋がりを持ってるらしいこと。最後に最近同じ名前のプレイヤーがALOっていうVRMMOでちょっと噂になってるってこと。結構なところまで絞り込めたけど、特定には後一歩足りない。残念ながら本名とか現住所とか電話番号とかマイナンバーとか顔写真とかまでは手に入らなかった。まぁ、そこまで調べたら確実にお縄なんだけども。
「普通に探るならこれが限界かなぁ」
でも、それは普通に探るなら。普通じゃない方法ならその限りじゃない。
けどまぁ、やっぱり危ない橋渡るのはヤなわけで。これはとっておきの最終手段。だから別の方法を採る。
「PC使っての調べものはここまでにして、あとは実地調査あるのみってね」
実地と言っても東京を片っ端から歩き回って聞きこむとかそんなことをするわけではなく。最近噂になってるらしいことを現地に確かめに行こうって話だ。つまり
「行ってみようか、ALO」
善は急げだ。取り敢えずはソフトを仕入れてこなくちゃいけないわけだからね。後はハードの方もアミュスフィアに変えた方が良いんだろうけど。コッチはナーヴギアのままでいいかな。ホントは結構抵抗有ったりするけど、先立つものがあんまり無い以上、背に腹は代えられない。とゆーか、さっさと回収しなくていいのかなと思わないでもないけど。
ま、まだ色々ごたついてて手が回らないんでしょ。
「それじゃ、お出かけしましょうか」
ん? やってることがストーカー紛いなんじゃないかって?
情報屋ってのは、そういうモノよ。それに、恋する乙女の力は偉大だしね?
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エギルから譲り受けたALOのソフトをセットして数ヵ月ぶりにフルダイブを行った俺を待ち受けていたのは中々に波乱万丈(?)な出来事の数々だった。
アカウント作成、アバター作成まではよかった。何事も滞りなく進められた。怒涛の展開はここからだ。
まず、いきなり真っ暗闇に投げ出された。街っぽいモノ――恐らくチュートリアル用の所謂《始まりの街》の類だと思うが――が視界に入ったところで、唐突にグラフィックデータが崩壊して、俺は浮遊感から一転して、暗転した闇の中に叩き落された。
そのままどことも知れない森の上空に投げ出された俺は、着地が出来よう筈もなく、地面との熱い口づけを交わすことになる。いきなり何が起こったのか理解できずに思考停止していた俺は、そのまま仰向けに倒れこんだ。暫くぼけっと過ごしたが、気を取り直して取り敢えず立ち上がり、念のためと右手を振った。何も出てこない。もう一度右手を振る。やっぱり何も出てこない。ログイン前チュートリアルの段階でメニュー展開と飛行コントローラ操作は左手だと言われていたのも忘れて繰り返すこと数度。漸く思い出して左手を振りメニューのログアウトボタンを見てホッと一息…………ついたのも束の間。今度は表示されているステータスとスキルを見て愕然。SAOの《キリト》ほぼそのままである。もうマジで意味が判らない。突然空中に放り出された段階で薄々感じていたが、ここまで来ると本当にこのゲーム大丈夫なのかと物凄く不安になってくる。
そんなことを考えつついじくっていたメニュー画面のアイテム欄を見た所で重要なことを思い出す。コードが合っていないせいで完全に文字化けしてしまって見るも無残な感じになっているが、この中には一つだけ、絶対に失ってはいけないモノが在るのだ。必死になって化けた文字群をスクロールしていき、ソレを見つけた。《MHCP001》と表示されたアイテムを実体化させ、出現したクリスタルをダブルクリックする。クリスタルが発光し、消えた時にいたのは、クリスタルではなく、白いワンピースに身を包んだ、黒く長い髪の少女。
『パパ……また、会えましたね』
そう、俺とアスナの最愛の娘、ユイ。
涙を流しながらも、幸せいっぱいの笑顔で抱き着いてくるユイを抱きしめること数分。落ち着いたユイの髪を撫でながら現状を話したところ、ユイが俺のデータを確認して、ALOがSAOのコピーサーバーであり、フォーマットが同じであるためにSAOのセーブデータがそのまま引き継がれた所為で色々とおかしなステータスになっていることが判明。その過程でユイがプライベートピクシーとやらの姿になり小さくなったりもした。
で、アスナのことも話して、取り敢えず近隣の街に行こうとしたところで、ユイが接近する複数のプレイヤー――三人で一人を追い回しているそうな――を補足。見に行ってみることに。が、慣れない飛行運動を上手く行えるはずもなく、件のプレイヤー達の中に突っ込んでしまう。再び打ち付けた頭をさすりながら状況を確認する。金髪の女性プレイヤーが一人に赤い甲冑で固めた男が三人。加勢するならどう見ても女の子の方だろう。その女の子の方はと言うと、巻き込んだ――ぶっちゃけこっちから近づいたんだが――ことに罪悪感でも感じたのか、逃げろと言ってくるがスルーして軽く男たちを挑発してやる。
『重戦士三人で女の子一人を襲うのは、ちょっとカッコよくないぁ』
『なんだと、テメェ!? のこのこ出てきやがって、お望み通り狩ってやるよォ!!』
気に障ったのか、一人が威勢よく悪態を吐きながら翅を展開して突っ込んでくる。もう一人も時間差で来るようだが、こっちもカッコつけた手前早々簡単に狩られる訳にもいかない。まぁ、ハッキリ言って刺突速度は速くない。彼女の一撃と比べれば止まって見える程だ。そんな訳で、
『なっ!?』
『よっと。ついでにホイッと』
『うごあっ!?』
『おい、ちょ、あがっ!?』
左手で槍を掴んで、そのまま後ろで控えているもう一人に男ごと振り回して投げつける。槍を掴まれたことに驚いて硬直していたみたいで、中々派手な音を立てて転がっていく。
普通の槍じゃなくて刺突用のランスなんだから、先端以外は打撃じゃなければ脅威じゃないのは当たり前だろうに。掴まれたくらいで呆然としてちゃ、あの世界では厳しいぞ。なんて外れた思考をしつつ、金髪少女の方に目を向ける。
『えっと、あの人たち、斬っちゃっていいの?』
『え? あ、まぁ、良いんじゃない? 先方はもとからその気みたいだし』
『なら遠慮なく』
許可を貰った――必要だったのかどうかはさて置き――ので剣を引き抜いていつもの様にだらりと下げる。細身で軽い不満だらけの頼りない剣だが仕方あるまい。こんなんでも、さっき投げ飛ばした男との筋力値の差の感覚から、全力で急所に振りぬけば何とかなるだろう。ALOでの初戦闘だが、緊張は無い。どころか、久々の闘いに高揚感すら覚える。
俺ってこんなにバトルジャンキーだったっけ? なんて考えながら、地面を踏み込み、トップスピードで立ち上がろうとしている男に接近。狙うは鎧と兜の間から見えている首だ。ALOにソードスキルによるアシストは存在しないが、感覚は身体が覚えている。
片手剣単発スキル《スラント》をイメージして最速の一撃を放つ。狙い違わず命中した袈裟斬りは男の首を跳ね飛ばして、HPバーを消滅させた。そのままもう一人の方へ体を向け再び接近。今度は完全に立ち上がってしまっているので、首ではなく胴鎧と腰鎧の隙間を狙い今度は《ホリゾンタル》を打ち出す。上半身と下半身が泣き別れした男もHPバーを消滅させ四散。
警戒を解くことなく残った一人に言葉を投げかける。
『アンタもやるかい?』
自己紹介の際に、
『……リーファでいいわよ。ホント、変な人だね、君』
とか言われたが、気にしない。
「で、飛び方を教えてもらいつつ、ここ《スイルベーン》にやってきてお茶を奢ってもらってるわけだ、まる」
「ぱ、パパ?」
「ちょっとキリト君、どうしたの? 何の脈絡もなく説明口調で纏めたりなんかして」
「ん? ああ、いや、大丈夫。変な電波拾っただけだから」
「……ね、ねぇユイちゃん。あなたのパパ、ホントに大丈夫なの? 結構危ないと思うんだけど」
「た、多分、ママが一緒にいなくて寂しいせいじゃないかと……」
「おーい、聞こえてるからなぁ?」
俺の頭の上に乗っかっていたユイを手招いてコソコソと話す二人。失礼な。
「それにしてもさぁ」
「うん?」
「プライベートピクシーって、面白い娘が多いんだね」
「そう……なのか?」
ユイの頭を指先で撫でながら言うリーファに疑問形で返す。
ユイの他にプライベートピクシーを見たことがない――そもそもユイにしても本当はプライベートピクシーではないのだが――ので返答に困る。
「あたしが知ってるのも、もう一人だけなんだけどね。いつもパーティー組んでる人ので、ユイちゃんは君のことパパって呼ぶけど、その娘は関西弁で、オーナーの双子のお姉ちゃんらしいのよ」
「それは、また……」
本物のプライベートピクシーとやらの設定がどこまで弄れて、且つ反映されるのかは判らないが、随分とまぁ凝った仕様なこって。傍から見たら、父娘に設定してる俺もかなりイタイ奴なんだろうけどさ。
「その人たちとは今日は一緒じゃなかったのか?」
「あー、うん。さいき――」
「あ! リーファちゃん! こんなところにいたの!? 良かった、無事だったんだね!?」
「――んって、あーもー。メンドクサイのが……」
答えようとしたところで、彼女の言葉を遮る様にかけられる大声が。そちらに目をやると、背の低い少年の姿が在った。
「心配したんだよ……って、そのスプリガン誰さ!? てゆーか何で!?」
クルクルと表情を変えるところを見ると中々に面白い。対面に座る彼女の表情はかなり鬱陶しげではあるが、スルーしておこう。彼が件のいつもPTを組んでる人だろうか? その割には彼女の対応が物凄く雑な気もする。
「あー、良いのよレコン。彼が助けてくれたの。紹介するわ。君に助けられる前に死んじゃったレコン」
「キリトだ、宜しく」
「あ、どーも、レコンです。よろし……じゃなくて!」
その紹介もどうなのかと思いつつ、こちらも名乗って手を差し出す。
それに答えながら頭を下げるレコンだが、途中でパッと手を放してツッコミを入れる。ノリツッコミとは、やはり中々ユニークな人だ。
「だ、大丈夫なの? スパとかだったりは……」
「んー、スパイにしてはちょっと抜けすぎかな。これが全部演技ならすっごい役者だとは思うけど」
「パパにそんな演技は無理だと思いますよ? ママの前でならすっごくクサいセリフとかも主演男優賞張りに囁けたりするとは思いますけど」
「ひっでぇな。まぁ、大根なのは否定しないけどさ」
ちなみに幼稚園や小学校低学年の時行われた演劇では、皆勤賞で木の役だ。ぼけーっと動かずにいるのは得意だからな。と言うかユイ。人の夫婦事情(?)を他所様に言いふらすんじゃありません。
「ま、まぁいいけど。そうだ、シグルドが《水仙館》で席取ってるから分配はそこでやろうって。行くでしょ?」
「うーん……」
考え込む様子のリーファ。俺としてはもう礼もしてもらったことだし、別に構わないンだけども。そう言おうと口を開きかけた所で、
「あたし今日の分配はいいや。組むのも今回までって話だし。シグルドにもそう伝えといて」
「え、ええ?」
リーファが先に断ってしまった。
「ホラ、遅くなるとシグルドにどやされるんじゃない? 早く行きなって。あたしはもう少しこの人と話したら落ちるからさ」
「う、うん……」
そう急かされて何度もこちらを振り返りながら離れていくレコン。背中いっぱいに漂う哀愁が何とも言えず哀れだ。
「良かったのか? 彼がさっき言ってた人じゃ?」
「いいの。それに彼じゃないわ。いつも組んでるのは、ウンディーネの女の子とプーカの男の子のカップルよ。プライベートピクシーはプーカの人のね。彼はただの友達」
「ただのって割には仲良さげだったけどな」
「コイビトさんなんです?」
「なっ!?」
軽い気持ちで言った言葉に便乗したユイの一言で真っ赤になるリーファ。やっぱりからかいがいのある子だなぁ。そしてユイさんや。宅の娘はいつからこんなオマセサンになってしまったのだろうか。パパはちょっと複雑ですよ?
てか、最近こんな話をスグにもしたな。
「ち、違うわよ! レコンはホントにただの友達。リアルでも学校の同級生だから、他の人よりちょっと親しいってだけ」
「なるほど、そうなのか」
「そうなの。で、いつものカップルがちょっと用事があってINしてるけど組めないっていうから、少しの間だけ打診の有ったPTに入らないかってレコン経由で話が来たのよ」
それも今日で終わりだけどね、とどこかスッキリとした顔で言うリーファ。
気になりはするが、これ以上深く突っ込むべきじゃないだろうな。そもそも会ったばかりでここまで親しく話してること自体、あまりないことだ。
それから出会った時の戦闘のこと――さっきの連中はサラマンダーの小隊だったらしい――や、世界樹のこと、グランドクエストのことをリーファから聞いた。碌に情報も仕入れずに始めたこともあり、だいぶ助かった。その過程で世界樹にどうしても、しかも早急に行かなくてはならない事情を尋ねられて、アスナや須郷のことを喋れる訳もなく微妙空気になってしまったが。仕方なしに礼を告げて席を立とうとすると、静止の声を掛けられる。
「待って。なら、あたしも着いてく」
「はい? い、いや、今日初めて会った人にそこまで迷惑かける訳には……」
「いいの! 言ったでしょ、いつも組んでる人たちは用事が有って、さっきまで組んでたパーティーからも抜けたって。あたしも暇なの。それに、MMOなんだから、一人より二人の方が良いのは当たり前でしょ?」
「ま、まぁ、そう、だけども」
まさか、事情も話していないのについてきてくれるとは思ってもいなくて。予想の斜め上の展開に着いていけず思わずドモる。
「じゃあ、決まりね。明日も入れる?」
「あ、ああ」
「じゃ、15時にまたここで。OK?」
「……OK、了解だ」
これは俺の負けだな。正直に言えばかなり助かるし、拒否する理由もない。
「じゃ、あたしはもう落ちるから、明日ね」
「ああ…………ありがとう」
かなり強引に決められたわけだが、文句はない。むしろありがたいくらいだ。
故に、彼女が落ちる直前、改めてそう礼を言う。
「リーファさん、良い人でしたね、パパ」
「そうだな、ユイ」
頬に体を寄せてきたユイの頭を指先で撫でながら頷く。
それにしてもだ。
「アスナを筆頭にリズやアルゴ、そしてリーファ。俺がVRMMOで親しくなる女性は強気というか、半ば強引に話を進める人が多いんだろうな」
「わたしに聞かれても……。というかパパ? あんまりママ以外の女の人と仲良くしてると、ママに会えた時言いつけちゃいますからね」
…………ユイさん? 本当に何時の間にそんなこと言う娘になっちゃったのかな? パパは不安になっちゃうよ?
…………何はともあれ、これでアスナへまた一歩近づけた。
――待っていてくれアスナ。必ず、君を見つける。助けるから。それまで、どうか――
店の二階にある宿で、ユイと共にベッドに横になった俺は、そう胸の中で誓い、意識を微睡に委ねた。
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どうしてあんな積極的に言ってしまったんだろうと悶々とした気持ちで夜を過ごした翌日。昼に学校に行って自主練で汗を流してきた私は14時前には家に帰宅していた。昨日のことについて学校でレコンこと長田君に色々聞かれたけど……それはまあ置いておくとしよう。面倒だから今日からアルンに行くって言って話終わらせちゃったし。
で、軽くシャワーを浴びて下着のままアミュスフィアを被りALOに入る。旅支度の為に店を梯子して戻ってくると、丁度キリト君が入ってきたところだった。
その後彼ともども店を回って装備を調達。軽い軽いと言い続けて、結局もはや大剣と言っていい大きさの剣を購入――これを片手で振るとか言ってるんだから正気を疑う――して、長距離飛行のための距離を稼ぐために風の塔へ入ったところでそれは起こった。
あたしがキリト君の手を引いて塔のエレベータに乗ろうとした瞬間、数人のプレイヤーが行く手を塞いだ。移動中に偶々横切ったのではなく、明らかに進行を妨げるための行為。所謂《ブロック》という奴だ。アンチクリミナルコードが適用されている――他種族には適用外だが――領内でこれを行うのは悪質なハラスメント行為以外の何物でもない。こんな恥知らずなことをするのは誰かと視線を上げると、そこには最近見慣れた顔が映った。
「シグルド?……何か用? こんなマナー違反なことまでして呼び止めるなんて」
「なに、君がPTから抜けるつもりだとレコンから聞いてな」
その言葉に眉を顰める。見送りに来たとでも言うのだろうか、この高慢を絵に描いた様なこの男が。
「ええ。直接言わなかったのはごめんなさい。見送りなら―」
結構よ、と続けようとした言葉は、シグルドによって遮られる。しかも、思いもよらない一言で。
「随分と身勝手且つ恩知らずなことをしてくれるものだな」
「――は?」
耳を疑った。この男は今何と言った? 身勝手? 恩知らず? 何を言っているのか理解できない。
「何言ってるの? あたしは昨日までって約束でパーティー入りを了承したはずよ」
「この数週間でお前がオレのパーティーに入ったことは周囲に知れている。それが勝手な都合で抜けられてはこちらも迷惑だ。お前を拾ってやった恩も、まだ返してもらってはいない」
「なっ!?」
今度こそ、あたしの頭は真っ白になった。そもそも、PTへの参入を呼びかけてきたのはシグルドの方からだ。前々回のデュエルイベントの時彼を降して以来、何度か勧誘を受けていた。基本的にアイナや望と組んでいることの多かったあたしはそれを断っていたのだが、どこかから――恐らくレコンからだろうけど――あたしが彼らと暫らくの間別行動を取っていることを聞きつけたシグルドは再度勧誘に来たのだ。彼の高慢な態度が好きになれなかったが、彼らの用事が終わるまではと、取り敢えず昨日までを期限として承諾した。
その契約の下、昨日レコン経由とは言え脱退を告げたことを、何故こんな風に論われなければならないのか。
お兄ちゃんの見ているモノを見てみたくて、何者にも縛られない自由な翼が欲しくて。そんな気持ちを抱き、訪れたこの
あまりの遣る瀬無さに反論することも忘れて俯いて唇を噛みしめる。
と、あたしの後ろで事態を黙って静観していたキリト君が前に出て呟いた。大きくはない、けれどよく通る声。
「アンタ、なんか勘違いしてるみたいだけど」
「なに?」
今までそこにいないかのように扱っていたキリト君に口を出され柳眉を歪ませ、威圧するように声を出すシグルド。しかし、キリト君はそれを意に介した様子も無く、昨日と同じように飄々とした態度のままだ。
「仲間は、アンタのアイテムじゃない」
けれど、その声はとても真剣な声音だった。
「……何を言いたい?」
「理解できなかったか? 仲間は……他のプレイヤーは、アンタの装備品みたいに、アイテム欄に大事に大事にロックしておくことも、スタンドアロンRPGのNPCみたいに付いてこさせることも出来ないって言ったんだ。こんなの、MMOの常識だろ?」
まさか、そんなことも知らなかったのか? と、嘲る様に言うキリト君。
態度は変わらず軽いまま。だけど、その言葉からは、真剣さと怒りが確かに感じ取れた。
「き、キサマ……! クズ漁りのスプリガン風情がっ!」
自分よりも格下だと見なしていた相手から馬鹿にされたことが余程頭に来たのか、顔を真っ赤にして腰の剣に手を掛けるシグルド。本気で斬り付けようとしてるのは一目瞭然だが、それを見てもキリト君は構える姿勢を見せない。
その余裕な態度はシグルドを余計に刺激するが、往来の中心で無抵抗な相手を傷付け悪評が立つことを危惧した仲間が宥めていた。
「はぁ。行こうぜ、リーファ」
「あ、う、うん」
そんな様子を尻目にため息を吐き、然も話は終わりだと言わんばかりにあたしの手を引いて歩き出すキリト君。
仲間に諌められ落ち着いたシグルドは、そんなあたし達が心底気に食わないようで。
「フンッ、所詮は世界樹攻略も目指さぬ、誇りのない《レネゲイド》共とつるんでいた女とその連れか」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの中をカッと激情が突き抜けた。
確かに、アイナや望、朔は領土争いに興味がなく、気分のままに種族領に関係なく冒険をしてる。けど、それは誇りがないからじゃない。彼らは、純粋にこの世界を楽しんでいるだけなのだ。種族などという小さいものに縛られずに。それをそんな風に貶すのは許せない……!
「恥知らずも当然――」
「え?」
耐えきれず激情に駆られて、キリト君の手を振りほどき反論しようとした瞬間、あたしの手を引いていたはずのキリト君の姿は掻き消えていた。
――一体どこに――
そう思って振り向いた先に、剣の刃をシグルドの首に宛がっているキリト君の姿があった。突きつけられている側のシグルドは、続きを言う事も出来ず、目を見開いて硬直してしまっている。周囲の取り巻き達も何が起こったのか判らないのか、間に入ることも忘れ驚愕だけを顔に張り付けている。あたしも、人のことを言えた状態じゃないけど。
まさか、後ろを向いた状態から、こちらを見ていたシグルドも反応できない速度で接近して、剰えあの重い剣を抜刀までしたってこと?
そんな疑問を他所に、キリト君は淡々とシグルドに向けて言葉を発する。
「俺のことをいくら悪く言おうと構わない。自分が出来た人間だとは思わないしな。けど、俺の仲間と、その友人を侮辱するような真似は許さない」
「あ、う……あ……」
言い終わると、酸素を求めるかのように口をただパクパクと開閉するシグルドを強く一睨みして、何事もなかったかのように剣を収めてあたしの手を引き歩き出す。
「せ、せいぜい、外では隠れて過ごすんだな! いまオレに立てついたこと、後悔するがいい、リーファ!」
周囲を歩いていたプレイヤー達が何事かと注目している中放たれた言葉でさえも聞き流して進んでいく。お互い無言のまま、エレベータで頂上まで辿り着いた。
「おっと、悪い。手、握りっぱなしだったな」
そう言って手を離し、照れくさそうに頬を掻くキリト君。その姿と、さっきまでの真剣な態度のギャップに思わず吹き出してしまった。
「……っぷ。ふふふ……あはははは!」
「あー、笑うなよなぁ」
「だ、だって、さっきまでと雰囲気ちがいすぎて、ふふ……おかしくて……ふふふ」
「ふふ、パパは天然さんですからね」
「ゆ、ユイまで……」
ユイちゃんにまで笑われてショックだったのか、肩を落として落ち込むキリト君。そんな姿に、また笑いが込み上げてくる。
ユイちゃんと一頻り笑い続けて、治まったところで、お礼を口にする。
「……ありがとね」
「ん? 何が?」
「さっき、かばってくれたじゃない。だから、ありがと。それと、ごめんね」
「あぁ……」
また、照れくさそうに頬を掻く。どうやら、これが彼が誤魔化したりするときの癖らしい。
「別に、俺が勝って言いたいこと言って、やりたいことやっただけだよ。お礼を言われることでも、謝られることでもない」
「それでも、ありがと」
「お、おう……そ、それよりさ! さっさと出発しようぜ? どの方角に飛べばいいんだ?」
そう言ってキョロキョロと辺りを見回すキリト君。
そんな彼にまた笑いそうになるけど、何とか堪える。
「ホラ、そっちじゃないよ。こっち」
「パパ、ソッチは反対方向ですよ?」
「え、あ、おう!」
さぁ、飛んで行こう、この大空を。
目指すは、世界樹のある央都《アルン》
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「あら?」
「ん?」
「ちょっと友達の娘からショートメールがね」
言いながらメールボックスを展開するアイナ。
サッと内容を確認して、「あら、そうなの」と意外そうな顔をしてから薄く笑って素早く投影型のキーボードをたたき返信、指を振って閉じる。それから、面白いモノでも見つけたかのような表情でこちらを見てきた。
「リーファからだったわ」
聞かれてもいないのに突然差出人の名前を告げる。聞き覚えのない名前だったが、望と朔は違うようで合点のいった風だ。
「リーファ?」
「あ、お兄ちゃんはまだ会ってないよね。いつもボク達と一緒に冒険してる娘なんだ」
「今は調査の方を優先しとるから、最近は会ってへんけどな。コッチの事情でアッチコッチ連れまわすわけにもいかへんし」
「で、そのリーファって奴からのメールが、なんか俺たちに関係すんのか?」
「判る?」
「そんだけニヤけてたらな」
「……その言われ方はなんかイヤね」
白々しく首を傾げるゴスロリ娘に肩を竦めて返してやる。
「彼女、昨日変な初心者っぽい男の子と知り合ったんですって」
「変って?」
「スプリガンなのにシルフ領にいて、ALOのことは全然知らないしHPとMPは少ないくせに、戦闘はやたら強いそうよ」
「それって……」
三人が俺の方を見る。まぁ、言いたいことは判る。初心者の癖に戦闘慣れしてて、HPMPと能力値に矛盾が生じているだろう違う領のプレイヤー。つまりは、俺と同じ境遇、SAO帰還者だって言いたいんだろう。
「ま、そういうことも有んだろ。現に俺もいるわけだしな」
まあ、俺の場合は事情が事情なわけだが。あの事件を経験して、何の躊躇いもなくまたVRMMOに来れる奴はそういないだろう。そもそも、大多数の帰還者はリハビリすら終わっていないだろうしな。その男が随分と奇特なヤツなのは確かだ。
「リーファはその彼と組んで《スイルベーン》からアルンを目指すって」
「ちゅーことは、アッチでリーファとその変な男に出くわすかもってことかい」
「ええ。一応私たちもアルンに行くことは伝えたから、上手くいけば落ち合えそうね」
「そうだね。でも、なんでアルンに行くんだろ」
「さあ? そこまでは書いてなかったわ。でも――」
俺に目を合わせるアイナ。その瞳はやはりなにか面白みを期待しているかのようだ。
「――その彼、意外とあなたの知り合いかも知れないわよ?」
「んな偶然有っかよ」
SAO帰還者の数は約六千人だ。その中でも俺が親しくしていた知り合いと呼べる奴らはそう多くない。それが偶々ALOにログインし、偶々望達の知り合いに出会って、偶々アルンに行くことになるなんてどんな偶然だって話になる。
「まぁ、リーファ達と落ち合えたら判るでしょ」
――私の勘、結構当たるのよね――
そう悪戯っぽく微笑むアイナに「そうかよ」とだけ返す。
全く気にならないと言えば嘘になるが、優先事項はアルンの世界樹を知らべることだ。
「んなことより、そろそろ行くぞ」
「そうね、行きましょうか」
頷き、翅を広げて飛び立ったアイナに俺と朔を胸ポケットに入れた望も続く。
そうして俺たち四人は、ウンディーネ領都《ヴェネティエル》の《水の塔》最上階から、アルンを目指すためその境、《虹の谷》へ向かった。
前書きでも言いましたが二ヵ月ぶりの更新となりました
基本的には一月一話ペースを守りたいんですが……(汗
中々にスランプっぽい感じです
それにプラスして最近MMOなんてはじめちゃったからもう……
今回やりたかったことは、どっかの誰かさんの影響を受けて原作よりもちょっとキレやすく(?)なってるキリトくんでした。どうだったでしょうか?
夏休みになったら週一本くらいは仕上げたいなぁとか思ってますが、とりあえず7月に一本は上げます
でわでわ、また次回でノシ
意見・感想は随時募集中です。頂けると作者の執筆ペースが上がる……かなぁ。上げたいなぁ