短めですが、どうぞ
2025年 1月
「ふむふむ……なるほどネ」
実地調査、もといALOにログインしてから早二週間。いっちばん初めにトンデモナイ目に遭った日から早二週間とも言えるね。私はまずどのMMOでもしていること、即ち情報網の獲得に奔走した。情報屋としてやっていくには何よりも大事なものだからね。で、その傍ら彼の情報も追っかけ続けていたけど、中途半端な網じゃ内容がなかなか錯綜してて如何せん掴み切れなかった。
けれど、つい先日その情報網もある程度納得いくまで構築できた。そんでもって情報を精査してみてなるほどって訳だ。
件の彼は今現在ウンディーネの女性とプーカの男性の二人とPTを組んでALO内を転々としているらしい。しかもかなりのハイスピード攻略をしてるみたいだから、情報を集めてもインプ領で見かけたって話もあれば、同じ日に真反対のノーム領にいたっていうモノもある、なんてことになる。これじゃ錯綜しない方が不思議だ。
そして、最新取れたてほやほやの情報が、ウンディーネ領の《水の塔》から西に向かって飛んで行ったらしいってこと。それプラス、今までの情報を加味するに、おそらくその三人が向かっている場所は央都《アルン》。そこが、彼らがまだ訪れていない場所。
「……よし」
「その様子じゃ、行先は決まったみたいだね」
「今日はどこに向かうのですか?」
精査に夢中になっていたところに、声がかかる。どうやらいつの間にか意識の隅に追いやってしまったみたい。
「ああ、ウン。ゴメンゴメン、待たせたネ。目指すは《アルン》だヨ」
「《アルン》ですか。私達も久しぶりですね」
「そうだね」
そう言って頷くシルフの二人組。片や軽装のボディアーマー――布だけど――に
それにしても、自分で言うのもなんだけど、よくもまぁこんな胡散臭い事情を持った奴と関わろうと思ったね、って今更ながらに思う。何せケットシーのしかもどう見てもALO初心者丸出しの女がシルフ領に落っこってきて、その上ステータスとか所持金がおかしい――二人には判らないだろうけどアバターデザだってケットシー然としてはいるけど、SAOの時とあまり変わってない――と来れば、普通ならチーターかなんかだと思ってGMに突き出す。私自身どうしてくれようかという状況なのだ。私なら絶対そうする。
という訳でいざアルンへって雰囲気をポッキリ折って聞いてみることにした。
「なんでだったんダ?」
「まぁ端的には……類は友を呼ぶ、なのかなぁって思って」
「は?」
「うん、色々あったんだ昔」
「ええ、色々ありましたからね」
全く以て答えになってない答えに、首を捻る。詳しく話せと聞いても、二人は苦笑してお互い困った様に顔を見合わせるだけだ。
「ま、言いたくないならいいヨ」
「そうしてもらえると助かるよ」
「それと、もしかしたら結構キナ臭いことに関わるかもしれないケド」
「それは今更、かな」
「ですね」
今更とかサラッと言えちゃうこの二人は一体どんな経験をしてきたのか結構気になるところだけど、とりあえず置いておこう。そのうち聞けるかも知れないし。
「それもそうカ」
「うん」「ええ」
追及せずに話を終わらせて、翅を広げる。目指すは彼との再会。
ついでにこのALOに隠された秘密、SAOのデータがそのまま流用されている謎が掴めるかもしれない。もしかしたらかなりヤバいことに片足突っ込んでるのかもしれないけど、もう後戻りはできない。それに、アイツが色々探し回ってるらしいことにも関係してるかもしれないし。ここまで来たら、もう意地だ。
待ってなさいよ、唐変朴。捕まえたらぜーんぶ洗いざらい吐いてもらうんだから。
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「ッ――ラァ!」
身体の軸をほぼ真横にして高速で三回転しながら、両の手に持つ刃を目の前のゴーレムに叩きつける。割と全力で斬り付けたつもりだが、その重量の為かダメージはともかくノックバックする様子は無く、お構いなしに拳を振ってきた。振り下ろされる寸前、宙に体を投げ出したままゴーレムの胸を蹴って間一髪離脱。瞬間、俺自身と入れ替わる様に、結構な大きさの氷槍がゴーレムの胴体に突き刺さり、次いでこれまた大きな炎球がゴーレムを包み込み小規模の爆発を起こした。
「これで……終わり、だ!」
その衝撃で漸く怯んだ隙に、再度踏み込み双剣から持ち替えた大剣を跳躍しながら全体重をかけて振り下ろした。
ポリゴンとなって砕け散るゴーレムを尻目に大剣を背の留め金に固定して一息つく。
「はぁ、一々面倒くせぇな……」
「うん。あの岩石ゴーレム、結構堅いからね」
そう言いながら、後ろで魔法援護をしていた望が苦笑を浮かべながら近づいてきた。その左腕に引っ付く形でアイナも。ちなみに氷の槍を撃ったのがアイナで、その後の炎の球は望だ。
「まあでも、そろそろ半分を超える辺りだから、ゴーレムは出てこなくなるんじゃない?」
「せやな。こっから先はまた別系統のモンスターや」
アイナの言葉に肯定した朔は望の右肩の上。
ウンディーネ領《ヴェネティエル》の《水の塔》頂上から飛び立ち数時間、俺たちは《虹の谷》中間辺りまでやってきていた。
俺たちが目指す央都《アルン》は、央都の名の通りこのALOの中央に位置している。当然どの種族の領度でもない《アルン》は、その周囲を巨大な山脈で囲まれている。その山脈の高さがシステム上プレイヤーが飛んで行ける高度よりも高いため、央都への直通飛行を不可能にしているわけだ。また、転移結晶の様な地点指定ワープ機能はない――有ったら有ったでこのゲームの主旨的に問題が生じるんだろうが――ため、プレイヤーは各種族領内のダンジョンを経由しなければならない。言ってしまえば物騒な玄関口ってところか。で、ウンディーネ領に面している玄関口が《虹の谷》ってわけだ。
《虹の谷》は《アルン》を囲う山脈と山脈の間に位置する深い谷だ。山脈内は常に虹に覆われているため、通常よりも翅の飛行力の回復速度はかなり遅い。十分の一以下ぐらいだろうか。まぁ、全く回復できない洞窟系ダンジョンよりはマシだろう。そんな訳で、基本は徒歩移動だ。戦闘時や緊急事態の時に飛べないなんて状況にはなりたくないからな。
そんな《虹の谷》を、出現する虹色の鉱石で出来たゴーレムを斃しながら進んできたわけだ。
「それにしても、本当に無茶苦茶な闘い方するわね」
「ンだよ、藪から棒に?」
「前から思ってたことよ。いくら飛べるからって、そんな身を投げ出してグルグル回ったりするような人、初めて見たわよ」
「バレルロールっちゅう次元ちゃうしな」
溜め息なんか吐きながら呆れたように言うアイナと朔。言うほど変なことしてるつもりはねぇんだが。つか、離脱前に容赦なく巻き込みかねないスピードで魔法飛ばしてきた奴に言われたかねぇ。
「ま、ALOでの剣とか槍と使った闘いなんて、子供のチャンバラと大差あらへんけどな」
「そうね。現実世界でそんな物騒なもの振り回してる人なんて殆どいないから、剣技の映える闘いはごく一部のプレイヤーしか出来ないわ」
アイナと朔の言葉に望が苦笑いを浮かべて頷いているところを見るに、実際そうなんだろう。と言っても、これは仕方のない差であるとも思うが。
VR空間といえど、出来ることと出来ないことはある。というか、VR空間であっても体の動かし方は現実のそれと変わらないのだから、現実で出来ないことは大体出来ない。無論、ステータスを伸ばせば速く動いたり高く跳んだりは出来るが、ただそれだけ。あくまでその身体の運び方はプレイヤーの技量次第だ。
SAOでは、そのサポートとしてソードスキルが有った。自分の身体を一定のモーションに乗せることで、あとはシステムアシストに身を任せることが出来る。初めの内はソードスキルだけが見映えのいい戦闘ばかりだった。それがいつしか個々人の剣技の技量も上がっていったのは、二年間ほぼ毎日の戦闘による経験もさることながら、ソードスキルのシステムアシストからのフィードバックも関係していると俺は考えている。
ソードスキルを放つ際、プレイヤーは基本的にただシステムアシストに見を任せるだけだが、身体動かす感覚は残る。身体をこう動かせば、剣はこう動くという感覚がソードスキルを使っている内に自然と身に着くわけだ。ある意味自転車の乗り方だったり、スキーの仕方だったりに近いかもしれない。
だが、ALOにはソードスキルはない。つまり、見本となる動きが存在しない。となれば、現実で剣道やらなんやらをやっている奴以外の剣技が見映えしないのも仕方ない所だろう。
「ま、経験の差じゃね?」
長々と説明するのも面倒だから一言で纏めた。
何となく察したのか、それともどうでもよかったのかは判らないが、
「かもね」
とだけアイナが返してその話題が終わると、苦笑して見守っていた望が軽く手を叩いた。
「それじゃあ、あと半分、もう少しがんばろっか」
「ええ」「せやな」
望に返事しながら即座に腕を巻きつけるアイナ。さっきまでの呆れ顔から一転した恍惚とした微笑みは本当に同一人物かと見紛うばかりだ。
「ったく、毎度のことながら他所でやりやがれバカップルが」
そんな俺の嫌味に、片や顔を真っ赤に染め、片や見せつけるように腕を抱く力を強めるバカップル。いつものことではあるが、これが後数時間続くと思うと、俺のテンションは下がる一方だった。
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「もういい……もういいよ、キリト君! スイルベーンから数時間飛べば済むだけじゃない! 諦めよう!? こんな状況で勝てるわけない!!」
後方で回復魔法を掛けてくれているリーファがそんなことを言うが、俺には到底受け入れられない。
アルンへの中間地点である地底鉱山都市《ルグルー》まで後一歩というところで、俺たちは中隊規模のサラマンダー部隊に強襲された。狭い橋にタワーシールドをファランクスの様に並べ一切攻撃してこないタンク部隊と、後方から回復と攻撃を行う魔法部隊が三つ各三人ずつ、計十二人。俺たちを追跡していたサーチャーといい、この狭い橋――丁度三人でタワーシールドを構えるとハラスメント行為のブロックの要領で通れなくなる――での襲撃といい、計画的なものであるのは確かだ。たった二人にこれだけの人数を割いてきた理由は判らないし、襲われる謂れも無いとは思うが。そんなことは今はどうでもいい。
「うおおおぉぉぉぉぉおおおお!!」
雄叫びを上げて再び突っ込む。三人纏めて吹き飛ばす様に一閃するが、同じ様に防がれ、回復され、俺は魔法で吹き飛ばされ、リーファの回復魔法でHPバーが辛うじて安全域まで戻る。もう何度同じことを繰り返しているか判らないが、それでも諦めることは出来ない。
否、したくない。
突貫しながらいくつもの光景が脳裏に浮かぶ。
「キリト君!!」
「――だ……」
ディアベルが
「――ダ……」
黒猫団の皆が
「――ヤダ……」
七十五層で共に戦った仲間が
「イヤだ」
サチが
「絶対に、嫌だ……!」
そして、アイツが。
青いポリゴンとなって、散って行った光景が。
脳裏に焼き付いた青い光が何度も何度も再生される。
「俺が生きている間は、パーティーの仲間は死なせない。殺させやしない。絶対にだ! あんなモノ、もう見たくなんてないんだよ!!」
今まで堪えていた感情が、俺の中の
アスナは生きていた。まだ、救えたわけじゃないけれど。一緒に死んだと思っていた俺とアスナは生きていたんだ。
だけど、ディアベルは、黒猫団の皆は、共に戦った仲間は、サチは?
彼らは、もう、この世にはいない。
そして、俺が憧れた背中も、いなくなってしまったかもしれない。
アイツが死んだとは思えないし、思いたくない。
俺とアスナのことを考えれば、生きているかもしれない。けれど、真実は判らない。
アスナを助けると誓ったその勇気で蓋をした不安と悲しみが、溢れ出してきたのが自分で判る。
ALOは、あの呪われた血塗れの浮遊城とは違う。それは判っている。
だが、それでも。たとえヴァーチャルであったとしても、俺は、仲間の死を許容することは出来ない。
鉄壁の守りを切り崩すため、タワーシールドの間に手と剣を掛けて無理やりこじ開ける。
目が遭った男は、まるで狂人を見るたかの様な表情だ。
人は言うだろう。たかがゲームに何をそんな必死になっていると。目の前の男もそう言いたげだ。
だが、俺はこう答えよう。
俺にとってこの世界は、『ゲームであって、遊びではない』と。
あの二年間の日々は。いや、あれからまだ続いている今この状況も。俺にとって紛れもない現実そのものなのだから。
その想いとは裏腹に、無情にも目の前に、大量の火球が迫る。この状況じゃ避けられない。リーファが防御呪文を唱えてはいるが、おそらく間に合わないだろう。ユイが授けてくれた作戦も、想定よりも早い相手からの攻撃でおじゃんだ。
ここまでなのか?
そう思った瞬間、俺の周囲を風が包み込み、次いで後方の魔法部隊のサラマンダーの数人が宙に舞った。
「な、にが……」
一瞬の内に起った出来事に思考が追いつかないでいると、サラマンダー達がいるすぐ後ろから三つの人影が来るのが見えた。
「たった二人にこの集団で襲いかかるのは、ちょっとフェアじゃないと思うんだ」
「というわけなので、お二方に加勢させていただきます」
「ま、オレっちは非戦闘員だけどナ」
……若干一名、何やら聞き覚えのある口調だったの気のせいだろうか。
そんなことを考えている間に、ハルバードを持った女性が突貫して魔法部隊のサラマンダーに斬りかかり、後方のローブを着た人――パッと見男なのか女なのか判らない――が、俺の前にいるタンク部隊を魔法で吹き飛ばした。
タンク達の体勢が崩れた所でようやく正気を取り戻した俺は、この機を逃すまいと一人ずつ斬りかかる。そもそも一方からの攻撃しか想定していない陣形だ。崩されたところで、勝敗は決まっていた。サラマンダーの部隊が一人を残し全滅するまで、そう時間はかからなかった。
「いやぁ、助かったよ」
残った、というか話を聞くために意図的に生かした一人に剣を突きつけながら加勢してくれた三人に礼を言う。まぁ、一人は全く戦っていなかったが。
「いえ、困ったときはお互いさまと言いますから」
「それに、あの状況で加勢しなかったら、僕たちも寝覚めが悪かったしね」
「そそ。まぁ、どうしてもお礼がしたいっていうならオレっちは貰うけどナ」
……確信した。ああ、確信したさ。この独特なロールプレイ然とした口調。飄々とした態度。確かに覚えがある。
「本当に助かったわ……って、キリト君?」
「どうしたんですか、パパ」
「なぁ、アンタさ……」「あれ、まさか……」
「アルゴだろ」「キー坊?」
互いに互いを指差しながら、俺と彼女、アルゴの言葉が重なった。
「「「「はい?」」」」
俺とアルゴ以外の四人が異口同音に声を上げ首を傾げる。
このままじゃ埒があかなそうなので、取り敢えず生かした一人と交渉――俺とアルゴが誠心誠意対応した。勿論脅しなどではない。巧みな話術を用いた取引だ。相手もコッチもWIN‐WINな取引だったと言っておく――した後、移動しながら各々軽く自己紹介をして状況の理解を進めることにした。
俺とアルゴの関係については別のVRMMOで知り合いだったことにした。リーファには微妙に疑いの眼差しで見られたが嘘は言っていない。SAO帰還者だってことを話して話をややこしくしたくないしな。
「それにしても、まさかキー坊までALOにきてるとはナ」
「そりゃコッチのセリフだ。ま、それは置いといて、今はさっきの話だろ」
色々聞きたいことはあるが、何となく大変なことになってる気もするしな。
俺のことをパパと呼ぶユイのことについてアルゴも聞きたそうにしているが、後にしてもらおう。
「サラマンダーの大軍が北に飛んでったってやつね」
リーファの言葉に頷く。《作戦》とやらがどれだけの規模のモノかは判別つかないが、相当な数が投入されたらしいことからサラマンダーにとって重要度の高いモノだってことは判る。その上、敵討もあるとはいえとは言え、邪魔されない為に中隊規模の人数をたった二人に回す徹底ぶりだ。
「アルゴ。サラマンダーが北に行った理由、判るか?」
「いやいや、キリト君。流石にアレだけの情報じゃ何が理由かなんて――」
「んー、ちょっと待ってナ。調べてみるヨ」
「――判らな……え?」
苦笑しながら諌めようとしたリーファの顔がアルゴの答えに鳩が豆鉄砲でも食らったかのようになる。まぁ、それが普通の反応だろうが。アルゴの連れ二人は平然としてる辺り、その辺も判っているんだろうな。
「コイツさ、色んなMMOで情報屋やってるんだよ。結構頼りになるんだぜ?」
「そうだね。どこからかは判らないけど、正確な情報取ってくるし」
「本当に、どこで仕入れたのか見当もつかないものばかりですけどね」
「いやでもそんな早く判るモノなの? 結構重要度の高い情報だと思うんだけど……」
「判るもんなのサ!」
「わっ!?」
なおも納得いかなそうだったリーファの耳元で態と大声を発するアルゴ。相変わらずイイ性格してやがる。
「判ったか?」
「モチ」
「も、もう!?」
「コイツの情報収集能力については考えても無駄だよ」
驚いてばかりのリーファに首を竦めてそういうと、なんかげんなりした顔になった。
まぁ、コイツと会ったばっかりの時は皆そうなるからさして気にしない。
「今日午前一時からサラマンダー領首都《ガタン》から北、正確には北西の《蝶の谷》出口付近でシルフとケットシーの間で同盟会談が行われるらしいネ。それを潰すのが目的って感じカナ。あわよくば領主二人を同時にキルしてボーナスがっぽり」
「ボーナス?」
「別種族の領主をキルすると、その領の首都が十日間占領状態になって自由に税金が掛けられるらしいんだ」
「現在最大勢力のサラマンダーですが、ケットシーとシルフが同盟を組めば勢力図は逆転します。それを防ぐだけでなく、領主を倒すことで大金を手に入れ、その上両種族間の関係を悪化させることができる、という訳ですね」
「なるほどな……」
「で、でも、何処から会談の情報が漏れたの? そんなの極秘に決まってるじゃない」
「それも調査済みだヨ。サラマンダー側に寝返ったシルフがいたみたいだね。シルフ領執政部軍務担当者のシグルド。中々の大物がスパイ活動をしてたみたいだネ」
『でなきゃそんな情報漏れる訳もないんだけどサ』と付け足すアルゴ。
気になってリーファを見ると、表情が驚愕に染まっていた。同じシルフの二人も同様に驚いている。ついさっき聞いた名前が出てきて俺もビックリだ。まあ、アイツならやりそうだなとも納得できるけども。
「で、どうするんだ?」
「「「え?」」」
俺の言葉に、アルゴ以外の三人が疑問の声を上げる、そんな変なことを言った覚えはないんだが。
「助けに行かなくていいのかってこと。《蝶の谷》ってのがどこに在るのかはわからないけど、俺とリーファの妨害を気にしたってことは、《ルグルー洞窟》の出口から近いんだろ?」
「この《ルグルー洞窟》を抜けて北西に二十分弱飛んだくらいですよ、パパ」
「ありがとな、ユイ」
「いえいえ、です」
小さな胸を張るユイの頭を指先で撫でながら、もう一度どうするんだと尋ねる。
すると、リーファが意を決したように口を開いた。
「……キリト君。これはシルフとケットシーの問題なんだよ? だから、キリト君を巻き込むわけにはいかない。君には世界樹の上に行くっていう目的がある。もしこのまま会談場所まで行っても、生きては返ってこれない。それじゃあすっごい時間のロスになっちゃう」
それに、と続けて。
「君の目的のためには、サラマンダーに協力するのが一番効率がいいかもしれない。だから、この場であたしたち四人を全員斬ってサラマンダー側についても、少なくともあたしは文句は言わないわ」
君なら出来なくはないんじゃないと、苦笑を浮かべながら言うリーファ。
確かに、リーファの言う通りかもしれない。ゲーマーとして自分だけのことを考えるならそれが最も良い選択だって、俺の理性は訴えかけている。
けれど。
「所詮ゲームだ。殺して何が悪い。奪って何が悪い。ゲームに妙な理屈を持ち出すな。そういう奴はたくさん見てきた」
「え?」
「俺も昔はそうだった。でもそうじゃない。仮想世界だからこそ、愚かだと嘲笑われても守らなくちゃいけないモノが在ることを、俺は大切な人と尊敬する男から教わった。だから俺はさ、この世界は『ゲームであって、遊びじゃない』と思ってる」
俺にとってVRMMOはただのゲームじゃない。それは、あの二年間を経験した者の多くが感じていることなんじゃないかと思う。
VRMMOで、プレイヤーと分離したロールプレイングは有り得ない。仮想空間での行動は全て現実のプレイヤーへと還るのだ。
「リーファ、君は俺をここまで助けてくれた。俺は、君と友達になりたいと思ってるんだ。だから、利己的な理由で俺は君を斬りたくない。絶対に。むしろ、リーファに協力したい。今度は俺が君の助けになりたい」
「キリト君……ありがとう」
裡の感情をそのままに吐露したが、何と言うか微妙な雰囲気が漂う。決して険悪なものではないんだが、なんとも言えない空気だ。
それを払拭するように、アルゴがカラカラと笑い出した。
「まったく、キー坊は相変わらず恥ずかしいことを臆面もなく言うネ?」
「うっせ、自覚してるから言うんじゃない」
内心アルゴに感謝しながら悪態を吐く。アルゴにからかわれるのは俺じゃなくて、アイツの役目だと思うんだ、うん。
「でも、私は素敵だと思いますよ。そういう考え方」
「うん。僕もそう思うな」
アルゴに釣られてクスクスと笑っていた二人が、綺麗に微笑みながらそんなことを言いだして、顔に血が上っていくのが判る。
何となく年上だと判る女性二人に褒められるのは、仮想世界とは言え照れる。
「け、結構時間食っちゃったしさ、急ごうぜ。ユイ、ナビ頼めるか?」
「もちろんです!」
照れ隠し――隠せてる自信は欠片もないが――にそう捲し立てる。
時刻は0時半。もう会談の予定時刻まで三十分くらいしかない。急がなければサラマンダーに追いつけなくなる。
「ちょい待っタ。多分この中で一番速く走れるのはキー坊だ。筋力値が高いのもネ」
「……で?」
なんで俺の筋力値が判るんだと言いたくなったが、多分SAOからデータが引き継がれてるのはアルゴも判っているだろうから、そこからの予測だろうと出かけた言葉を飲み込んで先を促す。
「全員で行くとどうしても一番遅い人に合わせなくちゃいけないからナ。キー坊がふぁーちゃんを引っ張って走って先行して、オレっち達が行くまで時間稼ぎした方が良いんじゃないかと思うんだヨ。勿論、二人が飛行速度に自信がないなら別だけどナ」
「なるほどな。俺もリーファもそれなりに速く飛べるから大丈夫だろ」
「いや、あたしは普通に走れるんだけど……」
「よし、それで行こう。つー訳で、お手を拝借」
「え、ちょ、待――」
リーファが何か言いかけているが無視して手を引っ掴み、じゃ、とアルゴ達に軽く挨拶してから駆けだす。
「――ってえぇぇぇぇえええええ!!」
脚が追いつかず慣性のままに宙に浮くリーファの悲鳴を他所に、ユイのナビに従って全速力で洞窟を出口まで最短ルートで駆け抜ける。遭遇するモンスターも全部無視だ。勿論エンカウントしたモンスターはそのまま追っかけてくるが、それを撒く勢いで走り続ける。立派な《トレイン》行為だから、途中でプレイヤーに出くわそうものならMPKに間違われても文句は言えない勢いだが、幸いにも俺たちより先にプレイヤーはいないようなのでお構いなしに走る。
「イィィィィーーーーーヤッフゥウーーー!!」
「ひゃあああああぁぁぁぁぁああ!!」
そしてその勢いのまま、出口から空中へその身を投げ出した。
そのまま翅を広げて十分に初速の乗った飛行を開始。会談地点を目指す。
「も、もう! 寿命縮んだわよっ!?」
「アッハッハ! でも、速かったろ?」
「それはそうだけど!」
「パパ! 一時まで残り二十分です!」
「ギリギリか……急ごう。ユイ、大人数のプレイヤーがサーチ圏内に入ったら言ってくれ」
「判りました!」
文句を言っていたリーファも呼吸を落ち着けて、互いに頷く。
そして、会談地点を目指し俺たちは飛行速度をさらに上げた。
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取り敢えず、SAOトップソロプレイヤーのステータスを信じて送り出してはみたけど。
「んー、キー坊たちが間に合うかどうかは五分ってとこカナ」
「大丈夫でしょうか。道中にはモンスターもいるでしょうし、やはり一緒に行った方が良かったのでは……」
「ダイジョブ、ダイジョブ。キー坊の全力疾走なら、モンスター撒くくらいどってことないヨ。ここの道幅結構広いしネ」
「それはそれで別の問題が有ると思うけどね……」
「アハハ、まーネ」
二人の不安を払拭する為に笑って見せる。初対面ならそれも仕方ないと思うけど、私は心配してない。キリトはとんでもないことをやらかす黒ずくめソロプレイヤーの片割れなのだ。
ぶっちゃけ、時間稼ぎしろって言ったのに、私達が着いた頃には全部終わらせてた、なんて言われても、ああまたかって感じだし。一応急ぎはするけどね。
「ま、オレっち達も出来る限りの全速力で向かおうカ。キー坊が全部モンスター引っ張っていったなら、最短ルートで行けば出口付近しかいないだろうしネ」
「その出口で溢れかえっているモンスターはどうするんですか……」
「その時はその時だね、仕方ないけど」
「はぁ……どうせ前衛で相手をするのは私じゃないですか。偶には代わってください」
「いやいや、僕は完全に後衛だから、そんな無茶言われても……」
「じゃあ、アルゴさんでもいいです」
「オレっちのステ振で前衛が務まるとでも?」
「はぁ……もういいです。判りました、行きましょう」
溜め息を吐く彼女に二人で苦笑して、出来るだけ速く走る。
キリトの脚とは比べるべくもないが、それなりの速さだ。大幅に遅れるという事は無いだろう。
マップを見ながら最短ルートを通って、予想通りモンスターのいない道を駆ける最中、足を止めることなく二人がキリトのことを話題にしはじめた。
「それにしても、あのキリトさんという方は不思議な人ですね」
「そうだね、最近ああいう人は珍しいと思う」
「そんなオブラートに包まずに、普通に変人だって言ってもいいと思うけどナ」
「そんなことないよ。僕は彼の考えを尊重したい」
「……? そうカ?」
「ふふふ」
二人の話題に乗るつもりで、会話に参加してみたんだけど、思いのほか真剣な返事が返ってきた。予想外の返答にどうしたものかと首を傾げたら笑われる始末。別に変なこと言ったつもりはなかったのだけれど。なんなのかしら。
「オレっちは正論を言ったつもりなんだけどナ」
「ああ、すみません。アルゴさんを笑ったんじゃないんです。ただ、ちょっと昔を思い出してしまって」
「……僕も昔言われたんだ。『ネットもリアルもおんなじだよ! リアルでダメなやつはネットに来たってダメ! ネットを舐めるな!』って」
「へぇ……色々あったんだネ」
「ええ、色々ありました。本当に色々」
「僕も昔、たくさんの人たちに大切なことをいっぱい教わった。キリト君と同じなんだ。だから、僕は彼の考えを尊重したい。いや、僕も彼と同じ想いだ」
「そうですね。私もです。キリトさんのことを否定してしまっては私と司さんの過去も否定してしまうことになりますから」
「そうだね、昴」
何やら昔話を始めて和んでしまった昴と司。
私、完全に蚊帳の外ね。
「ほらほら、二人とも、ラブラブなのは判ったから早く行くヨ」
「「アルゴ(さん)!!」」
「アハハハハ!!」
まぁ、二人をからかいつつ、先を急ぎましょうかね。
今回はハセヲさんは少なめで、キリトさんがメインで、.hack勢からも新たに二人の方に加わってもらいました。気付きましたかね
次回投稿でALO編を終わりにしたいなぁと思いつつ、八月中を予定しています。あくまで予定ですが
余談ですが、自分の小説では
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を時間が変わった時に
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を視点が変わった時に使っています。
今まで特に指摘が無かったので告知はしませんでしたが、一応という事で
気付いていた方も、気にせず「なんだこの線は」と思っていた方もいらっしゃると思いますが、そういうことなんだなぁと思っていただければ
では、また次回、今度はハセヲメインの予定なのでご期待ください。ではノシ