SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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今回は予定通り、八月中に更新です。ヤッタネ!

そして今回は久々の二万字オーバーで長めな話となっております
予告通りハセヲさん中心の話です




Fragment F《我悟ル答》

2025年 1月

 

 

 

結果から言えば、キリトたちは間に合った。私たち三人が現地に着いた時には、ALO最強の剣豪と名高いかのユージーン将軍を、あのバスターソードみたいな剣とリーファの刀で滅多斬りにしているところで、一体どういう事って感じだったけれど。

大歓声の上がる中、リーファのところに戻るキリトを追っかけて合流。訳を聞いてみれば、ウンディーネ・スプリガン同盟の使者だ、なんて嘘八百を並べた挙句、ユージーン将軍の攻撃を三十秒耐えたら言い分を認める――前言撤回されて勝ったらに変わったみたいだけど――ってことでああいう流れになったらしい。半ば思った通りの展開に失笑を禁じ得ないね。

 

「ナルホド、キー坊は相変わらず無茶するナ」

 

「結構危なかったけどな」

 

肩を竦めて嘯くキリトだけど、高い近接戦闘技術に加えて武器防御を透過させる《魔剣グラム》を持つユージーン将軍に、SAOとは勝手の違う世界で辛勝ながらも勝ってる辺り人外魔境の一員だと思うのよね、私は。

 

「ウン、やっぱりキー坊は人外に片足突っ込んでるナ!」

 

「なんでそうなる!」

 

万感を意を一言に集約して言ってみたら全力で否定されてしまった。アスナとかリズとかシリカちゃん辺りなら同意してくれそう――アスナも割と人外入ってる感ある――だけど、この場にいない人のことを考えても仕方ない。

 

そんなこんなで状況を把握したところで、キリトがユージーン将軍に蘇生魔法を掛けるよう言って、サクヤ――シルフ領主の美人さん――が彼を蘇生。件のカゲムネ氏の口添えもあって取り敢えず話を信じてもらえることになった。確実に嘘だってばれてるけど、ソレはソレ。契約はきちんと履行してくれるらしい。

 

ユージーン将軍を始めとするサラマンダー軍が去って行ったところで、サクヤとアリシャ・ルー――こちらはケットシーの領主――を交えてこうなった経緯を説明した。襲撃を助けたことに加えて、私がケットシー、他の三人がシルフだったこともあってすんなり信じてくれた。話を聞いたサクヤはアリシャに遠隔通信の闇魔法《月光鏡》――有体に言えば制限時間付きのテレビ電話――を使ってもらいシグルドと話し、彼を放領処分とした。

 

「何と言うか……悪役の典型的なやられ方だったな、色んな意味で」

 

「「「…………」」」

 

「あ、あれ?」

 

「……キー坊、君はもうちょっと空気を読もうナ」

 

ちょっとしんみりた雰囲気だったのにキリトの全く空気を読まない発言で、周りがポカンとしてしまった。言いたいことはすごくよく判るけど、もう少し空気が読めないんだろうかこの唐変朴は。

 

「い、いや、この空気を払拭しようと思って、ウィットに富んだジョークをと……」

 

「嘘だナ」

 

「嘘だね」

 

「嘘ですね」

 

「か、完全否定!?」

 

私とリーファとユイちゃんに立て続けて言われ、膝から崩れ落ちるキリト。中々に言いリアクションをするわね。

けれど、キリトの言い訳通り空気を払拭するのには一役買ったようで。

 

「フフッ、確かにな。先ほどのシグルドは、B級映画のやられ役そのものだ」

 

「すっごいテンパっててカッコ悪かったしネ!」

 

一頻り、笑ったところで、サクヤが私達に頭を下げた。礼をしたいとのことだったけど、司と昴は即座に辞退。リーファも首を横に振った。

 

「あたしは何もしてないから、お礼なら情報を集めてくれたアルゴさんと、大活躍のキリト君にしてあげて」

 

「オレっちも別にイイヨ。今回の依頼はキー坊からだったからネ。キー坊から貰うヨ」

 

「へーへー、判ってますよ」

 

「いや、それは流石に彼に悪いんだが……。それにしても、よくあの状況で大法螺を吹けたものだな、君は」

 

「手札が悪い時は、取り敢えずベットをレイズする性質なんだ」

 

「最初の方は勝てるけど、最終的に大負けして破産するタイプだネ」

 

「後半余計だっつーの」

 

「アハハー。キミ、おもしろいネ!」

 

後ろで様子を窺っていたアリシャが、そう言いながらキリトの腕に抱き着く。

 

「え、な、ちょ……!?」

 

「ねぇねぇ、嘘吐きくん。キミ、かなり強いみたいだし、ケットシーの傭兵部隊に雇われてみない? 三食おやつ昼寝つきだヨ?」

 

「おいおい、ルー。抜け駆けは許さんぞ。彼はこちらの救援に来てくれたんだ。我々シルフがもてなすのが礼儀であろう?」

 

「え? え?」

 

アリシャに対抗するように、反対の腕を取るサクヤ。二人の美女に挟まれたキリトは目を白黒させてテンパってるね。あ、リーファも参戦しようとしてる。スクショしとこっと。

 

「パシャッとナ」

 

「て、アルゴさん? 何をしてらっしゃるんで?」

 

「んー? 証拠写真。後で奥様に報告するためにネ。美女三人に囲まれて浮気する旦那の図ってナ!」

 

「ちょ、ちょっと待て! 頼むから待って! 殺される! 俺絶対レイピアで滅多刺しにされて殺されるぅ!!」

 

「にゃははー、自業自得だナ」

 

「……はぁ、終わった。俺の人生終了のお知らせだ……」

 

「……てゆーか、キリト君、奥さんいるの!?」

 

絶望に打ちひしがれるキリトを他所に、驚愕の声を上げるリーファ。あらまぁ、コイツ、アスナとリズとシリカちゃんに引き続き別の女にフラグ立てた訳ね。天然タラシね全く。いや、ネットタラシとかVRタラシとか言った方が良いのかしら?

 

「う、うん、まぁ。奥さんではないけど……大切な人だ。彼女に会うためにも、俺はアルンに行かなくちゃいけない」

 

「ん?」

 

アスナに会うためにアルンに行かなきゃいけないって……どういうこと? キリトの口振りから二人とも七十五層のボス戦の後もしくはその最中に在った何か――ゲームクリアとなった要因――で生き残ったのは判る。でなきゃ今この場にいないわけだし。

私が考え込んでる間にも話は進んでて、大切な人、つまりアスナに逢うために世界樹の上に行かなくちゃいけないという。その協力をシルフ。ケットシー連合にしてもらうために大金――SAO時代に溜め込んでたコル、もといユルドだと思う。キリトくらいのトッププレイヤーなら相応の資金はあるはずだ――をサクヤとアリシャに渡している。そもそも今回の連合の話自体世界樹攻略のためのモノだそうだ。

 

閑話休題(話を戻そう)

 

リアルに帰還した後、彼女を探したにしてもALO、しかも世界樹の上で会うっていうのがよく判らない。見かけでしか判断できなかったわけだけど、アスナの年齢は高校生くらいだったと思う。少なくとも二十歳は超えてない。アリシャなんかはALOの運営サイド、つまり《レクト・プログレス》の人間なのかと言っていたけど、アスナの年齢から考えてソレは無い。そもそも、何の助けもなしにSAOの知人を探すこと自体困難だ。私は平均以上の情報網を持ってるって自負してるけど、それでも現実の個人情報ってことになると噂程度が関の山。やろうとすれば出来なくはないけど、最悪お縄だ。アスナ本人に現実のことを聞いてたってことも考えられるけど、それなら現実で会えばいい。わざわざALOにアカウントを作って世界樹を目指す理由なんてない。

 

なら、一体なぜ?

 

そこでふと、彼の情報を探しているときに偶々見つけた噂話を思い出した。十一月七日、あの日SAOの生存プレイヤーは解放された。けれど一部、あれから二ヵ月以上が経った今現在に至るまで未だに目覚めない人がいるらしい。

 

その噂を見たとき、『そんな馬鹿な、どうせ何も知らない奴が面白半分で作っただけだろう』と一蹴したのだけれど……それが本当だとしたら?

そしてもし、キリトがアスナを探しているのがそれに関係しているのだとしたら。

 

MMOでリアルの話を持ち出すのはマナー違反。あの浮遊城に囚われている間は、最早タブーでさえあった。それは判っているけれど。聞かなくてはいけない、サクヤやアリシャらと別れ五人――ユイちゃんも含めれば六人――でアルンを目指し飛んでいる最中、漠然とそう感じていた。

 

 

暫らく飛んで、翅を休めるために手ごろな村の手前に降り立ったところで、キリトから話しかけてきた。

 

「なぁ、アルゴ」

 

「うん?」

 

「色々有って聞いてなかったんだけどさ。なんでALOに?」

 

「……はぁ」

 

割とド直球で聞いてくるから、思わず溜め息。コイツは……。

 

「いや、悪い。マナー違反だったな。言いたくないなら言わなくてもいいけど」

 

「まぁ、いいけどナ。オレっちの質問に一つ答えるっていうなら教えるヨ」

 

とは言え好都合だ。理由を言うのは些か以上に恥ずかしいけれど、キリトが頷けば、アスナのことも聞ける。

 

「うーん……ま、いいか、一個くらいなら」

 

「よし、交渉成立だナ」

 

「うし」

 

じゃ、と前置きして。

 

「実はさ、キー坊と同じである人を探してるんだヨ」

 

「ある人って?」

 

「キー坊も良く知ってるヤツだヨ。あの唐変朴にはちょっと貸しが有るから、それを返してもらうためにネ」

 

「俺が良く知ってる唐変朴って……まさか!」

 

「うわっ!」

 

思い至ったのか目を大きく見開いたと思ったら、急に詰め寄ってくるキリト。なんなのさ一体。

 

「ちょっとキー坊――」

 

「それってアイツの、ハセヲのことか!? 生きてるのか!?」

 

文句を言おうとした瞬間、耳を疑った。

 

キリトは今なんて言った?

生きているのか、だって?

彼は今そう言ったのか?

 

何故、キリトがそんなことを聞くのか。それは、あの男が、ハセヲが、キリトの目の前で死んだと、そういう事なのか。

 

それでも、そうであったとしても。私は、自分が集めた情報を、彼の生存を信じたい。

 

「なぁ、アルゴ!」

 

「……キリト、取り敢えず手を離して」

 

「あっ……ご、ごめん」

 

思考を落ち着けるために、深呼吸をしてからキリトに手を話すよう言った。口調が素のままになってしまったけど、今はロールする気分になれない。

キリトの声に何事かと足を止めてこちらの様子を窺っていた三人に何でもないと手を振って、村への歩みを再開させる。

 

「……何でキリトが生きてるのかって聞いたのかは判らないし、その質問にもちゃんとは答えられない。確実に言えるのは、確かにALOに《ハセヲ》って名前のプレイヤーがいるらしいってことだけ。私はそれを聞きつけて、ALOに来たの」

 

「……そうか。ならきっと、それは俺たちの知ってる《ハセヲ》だって、俺も思う。詳しいことは長くなるから、今度ちゃんと話すけどさ。俺も死んだって確証が有った訳じゃないから」

 

「……そっか」

 

そう言うキリトの瞳は、憐みとか同情とかで嘘を言っている感じじゃなかったから、とりあえずは信じられそう。

 

ピシッと頬をはたいて気持ちを切り替える。

私は彼が生きていると信じると決めた。なら、いつまでも沈んでても仕方がない。アルンに向かっているだろう《ハセヲ》と会えば判ることだ。

 

「じゃ、今度はオレっちの番だナ。さっき言ってた大切な人って、アーちゃんだよネ?」

 

「あ、ああ」

 

突然自分で頬をはたいてロール口調に戻ったからか、キリトが軽くドモってるけれど気にしない。

 

「あれだけラブラブだったバカップルが、何でまたリアルの情報交換してなかったんダ? しかも世界樹で会えるかもしれないって、どういうコト?」

 

「……そうだな。アルゴにも協力してもらいたいし話すよ。取引もしたしな。実は――」

 

 

 

で、あの後話を聞けるはずだったのだけれど……直後、予想外の出来事が起きて、私、司、昴の三人と、キリト、リーファの二人で判れることになってしまったため結局、話の続きは定期メンテナンス後にアルンで合流するまでお預けになってしまうのだった。

 

 

 

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「こんな……こんなことが……!!」

 

目の前に広がる光景に、思わず私は絶句した。

 

世界樹の上に置かれた鳥籠とでも言うべきところから、須郷が打つ暗証番号を盗み見てなんとか脱出した私は、太い枝の通路を通って実験施設のような場所に辿り着いた。

その中を、周囲を警戒しつつ散策するうちに案内図を見つけ、そこに書かれているある単語に目がついた。《実験体》、それが指し示す意味は直ぐに判った。私をSAOからALOに捕えたとき、あの男が自慢げに話していたから。私同様、SAOから現実に帰還するはずが、あの男の手により再び仮想世界に縛り付けられた、298人のプレイヤーたちだ。私を含めても299という中途半端な人数を実験対象に選んだ理由は定かじゃないけれど、解放してあげなければいけないのは変わらない。

私は案内図の指し示す《実験体格納室》なるモノがある実験区画の最下層に向かい、それを見た。

 

円柱型のオブジェクトの上に乗せられ、並べられた、約三百の人間の脳髄を。

 

初めに感じたのは驚愕。次いで、私の心の裡は須郷伸之という男への強い怒りで埋め尽くされた。確かに、私以外にも多くのプレイヤーが囚われているのは知っていた。けれど、それは知っていただけで、判っていなかったのだ。彼らがどのような扱いを受けているのか。脳に直接苦痛や悲しみ、恐怖を植え付けられ、《実験体(マウス)》の如き扱いを受けている彼らの苦しみを、私はこれっぽっちも理解していなかった。

 

「……助けなきゃ、絶対に」

 

狂気や外法としか言えないこの実験から彼らを解放し、須郷を断罪する。その気持ちを大きくした私は、脱出の手掛かりになりそうなものを探した。

けれど、数分経ったところで巨大なナメクジの様なモンスターが二体、部屋に入って来たために隠れることを余儀なくされる。

一般人の感覚であれば、間違いなく生理的嫌悪を感じるその身体を器用に動かしながら、どうやら研究員らしい二体のナメクジは脳髄を一つ一つ観察していった。まるで動物に様々な物を与えて反応を面白がっているかのような言動に、剣を持っていればすぐさま斬りかかりたい衝動を何とか堪えて、気付かれないように細心の注意を払って少しずつ移動を再開する。

 

そうしてやっとの思いで見つけた保管庫最奥部のコンソールのログアウトボタンを押そうとした私の腕は、ナメクジの触手に捕えられた。

 

「あんた誰? こんなところで何してるわけ?」

 

「は、離しなさいよ! このバケモノ!!」

 

気色悪い感触で拘束してくる触手を振り解こうと暴れてみるが、思いのほか拘束力が強いのか、もしくは私のアバターに与えられた力が弱いのか、全く解ける気配はない。

どうにか自由の身になろうと、須郷の知り合いで見学していただけだと咄嗟に考え付いた嘘を言ってみるも、常識的に考えて、こんな非人道的な実験をしている場所に関係者以外を立ち入らせる訳もなくあっさり看破され、私が須郷に世界樹の鳥籠に監禁されている女だとばれてしまった。

 

「あなた達、自分が一体何をしているのか判ってるの!? こんな非人道的な実験、許されるはずがないわ!!」

 

「判ってなかったら実験できないって。それに、言うほどヒドイもんでもないと思うけどなぁ」

 

「そーそ。ここにいる298人は夢を見てるだけなんだよ。ただ、その夢の内容がおれ達に作られたものってだけでな」

 

「偶にイイ思いもさせてあげてるしねぇ。ぼくもやってほしいくらいさ」

 

「コイツらは偶にだけどすっげぇ気持ちよくなれる。おれ達は色んな実験データが取れる。デメリットはずっと寝てるのと、ちょっとだけ怖い思いもするってだけだ。Win-Winな関係だろ?」

 

「……狂ってるわ。須郷も、あなた達も……!!」

 

「ひどいなぁ」

 

あらん限りの憎悪と怒り、殺意を籠めて二体のナメクジを睨むけれど、もはや正常な人間としての感覚が残っていない狂人には毛ほどの意味もなさず流されてしまう。

 

それから片方が須郷と連絡を取るため現実へ帰還したところで、私を捕えていた方のナメクジが触手を更に身体へ巻き付けてきた。

 

「ちょ、ちょっと! 何するのよ!!」

 

「はいはい、暴れないの。ボスに殺されちゃっても知らないよ? それよりさ、こんなところにずっといて退屈だろうし、電子ドラッグプレイしようよ。ぼくも人形相手じゃ飽きてきたところなんだよねぇ」

 

「や、やめて! 離して!」

 

いやらしく脚や腕に絡みつき、服の中にまで侵入してきた触手に抵抗しようとするも、先と同じように全く振り解けない。

 

「……離せって、言ってるでしょ!!」

 

「掴まれたくらいじゃどってこと……うぎゃっ!?」

 

「え?」

 

どうにかして抜け出そうと、怒鳴りながら苦し紛れに手の近くにあった触手を強く握ると、何故か驚いた様な声を上げて身体を弄っていた触手が止まった。

 

「な、なに、今の?」

 

「…………えいっ!!」

 

「え、ちょ、ギャアアアアアアアアアアア!!」

 

再度、今度は両手で且つ強めに触手を握りしめてみると、ナメクジはさっきの比じゃないくらい大きな声で悲鳴を上げた。何が、どういう理由で、ナメクジにショックを与えているのかは判らないけれど、とにかく触手をこれでもかというくらい全力で握りつぶす。

 

「いたいイタイ痛い!! 判った! 判ったから! やめるって!!」

 

そう言ってナメクジが服に侵入させていた触手を引っ込ませたのを確認して、握っていた触手を解放した。

 

「ふぅふぅ、あービックリしたぁ……なんかすっごいビリビリしたよ。ペインアブソーバは切ってたけど、それにしたってあのビリビリはなんだったんだ? キミ、一体何したの?」

 

「し、知らないわよ! あなたが勝手に苦しんだんじゃない、天罰よ天罰!!」

 

首――というか目?――を傾げながら呻くナメクジに罵声を浴びせていると、もう一匹のナメクジが戻ってきた。

 

「……なにやってんの、お前?」

 

「んーん、なんでもない。で、ボスはなんだって?」

 

「あー、うん。お冠だよ、まさに怒髪天って感じ。完全にヒステリック起してたから、今日いっぱいは近づかない方が良いなありゃ」

 

「あーれま。ボスも結構沸点低いからねぇ」

 

「触らぬ神に祟りなしだ。そこの御嬢さんはさっさと上に戻してパス変えて、二十四時間監視しろだとさ」

 

それを聞いて、最大速度で頭を働かせた。このままじゃ、何の収穫もないままあの鳥籠に戻されてしまう。しかも、今度は監視が強化されて逃げ出す隙が完全に潰えてしまいかねない。何かないかと辺りを見回して、ソレが目に入った。

 

「はいはい。楽しみたかったんだけど、仕方ないねぇ」

 

「ほれ、行くぞ」

 

ナメクジ二匹が部屋の出口に向かい視線を私から逸らした瞬間、いっぱいに足を伸ばしてそれを抜き取り、手に隠し持った。幸運にもナメクジたちにはばれなかったようで一安心。

 

鳥籠まで連れ戻されてから、身体をベッドに横たえた。

あのナメクジの話を信じるなら、今こうしている時も私は監視されているのだろう。脱出がより困難になったのは間違いない。

 

それでも、私は負けないよ、キリト君

 

手の中に在る、コンソールのカードキーを見ながら、心の中でそう誓った。

 

緊張の連続だった所為か、猛烈に眠気の波が襲いかかってきた。私はそれに逆らうことなく、微睡に身を任せる。

 

 

 

その時の夢は、キリト君とユイちゃんと私。三人が、あの二十二層のログハウスで笑っている、とても幸せな夢だった。

 

 

 

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午前三時前、俺たち四人は無事、央都《アルン》へ到着した。

四時からはALOが定期メンテナンスに入るため、ここで一旦解散にしても良かったんだが、

 

『せっかくやし、グランドクエストがどんなモンなのか行ってみいひん?』

 

という朔の提案に同意。街でそれなりの準備を整えてからアルン市街地の最上部にある巨大な扉へ向かった。望とアイナの二人も超難関クエストだという話は聞いていたそうだが、実際に参加したことはないとのこと。

で、SAOのフロアボス前の扉を彷彿させるソレをくぐり、クエストを受けてきたわけだが。

 

「アレは……無理だな」

 

「……全面的に同意するわ」

 

「うん。あれはちょっと、ね」

 

「どう考えても無理ゲーやろ」

 

以上が十分後、戻ってきた俺たちが下した結論である。

グランドクエストの達成条件は単純明快だった。上空数百メートルに在るゲートに辿り着くだけ。だが、勿論障害がないわけがない。その障害があまりにも難題過ぎたのだ。

上空へ飛び上がり、一定以上の高さまで行くと守護騎士(ガーディアン)が出現する。初めの内は数が少ないものの、時間が経てば経つほど、守護騎士を倒せば倒すほど、ゲートとの距離を詰めれば詰めるほどその数は増えていき、気付けば槍や剣、弓を持つ無数の守護騎士に囲まれ、もはやゲートが見えない程までになるのだ。

攻略の際、俺が前衛、望とアイナが後衛となり、俺が距離を稼ぎつつガーディアンのタゲを取り近接戦闘、アイナが回復(ヒール)及び支援(バフ)、望がアイナの壁役をしつつ援護という陣形で進んでいった。途中まではかなりいいところまで行けそうだったんだが、結局瓦解した。何故か? その答えはクエストの地形と守護騎士の出現位置にある。

このクエスト、かなり縦長のドームになっておりその天井を目指すわけなんだが、守護騎士は一定以上の高度であれば割とどこからでも出現する。つまり、守護騎士の出現する最低ラインを越えて進んだ段階で四方八方、360度全方位を囲まれる羽目になるわけだ。こうなってしまうとタゲを全部こっちに向けることもできず、望は防衛のため援護する余裕もなく、アイナの回復は間に合わなくなり、俺がジリ貧になるという悪循環に陥り、結果、最終的に撤退せざるを得なくなった。

そんな訳で満身創痍で戻ってきた俺たちは、疲労困憊のなか宿屋に入って話しているのである。

 

「以前サラマンダーが結構大きなレイドを組んでもあっけなく失敗したようだし、単に数がいてもダメという事よね」

 

「だな。やるならハイレベルプレイヤーでレイド組んで、役職ごとにトップ作って、総括する指揮官がいてってところか」

 

「そこまでやって、漸くまともにやりあえるっちゅー感じやろうな」

 

「時間もかけられないしね。最終的には一人を辿り着かせるのがやっとだと思う」

 

上を目指す突撃部隊。攪乱のための遊撃部隊。援護と回復、支援のための魔法部隊。魔法部隊を守る防御部隊。これら四つの部隊を相当数、しかも技量・装備共に申し分ないハイレベルプレイヤーで揃え、速攻でクリアする。ハッキリ言って無理ゲー以外の何物でもないと思うのは俺たちだけじゃない筈だ。

 

「このクエスト、開発側はプレイヤーにクリアさせる気有んのか? ただでさえ他種族間は非友好的になり易い仕様だってによ」

 

「全く無いってことは無いと思うけど……クリア報酬も明言してるわけだし」

 

「ちゅーか、これでクリアさせる気あらへんかったら詐欺やろ」

 

「……もし、仮にクリアさせる気が無いのだとしたら」

 

アイナの言葉で、彼女に視線が集まる。

 

「あのゲートの先には何もないのかしら。それとも……」

 

「何かやましいモノが隠されてるか……ってことか」

 

「ええ」

 

ALOの開発会社である《レクト・プログレス》の重役の誰かが黒なのは間違いない。恐らくだが、未帰還者達の意識はALOに送られている。そして、未だにクリアされていない、クリアさせる気のないようにも感じられる、世界の中心にあるグランドクエストとその向こうに在るもの。

 

「やっぱ、ここが限りなく正解に近そうだな」

 

「後は、どうやってあのゲートまで行くか、だね」

 

「ああ」

 

望の言葉に頷いたところで、定期メンテナンスを知らせる鐘がなった。

 

「あら、もうそんな時間なのね」

 

「それじゃあ、ここで一回解散にしようか」

 

「せやな」

 

「ああ、じゃあ、また――」

 

十五時過ぎに、と続けようとした瞬間。ふと感じた気配に、俺は本能的に世界樹の上に視線を向けていた。

 

「ん? どーしたバカヲ」

 

「……いや、悪ぃ、なんでもねぇ」

 

「そう? ならいいのだけれど。メンテナンスの終わる十五時過ぎに再集合でいいかしら」

 

アイナに各々返事をしてログアウト――というか寝落ち――する中で、俺は意識を沈めながら、数瞬前に感じた気配を思い出していた。

 

感じたのはほんの一瞬だったために勘違いかも知れないと思い望達には言わなかったが、あの気配は確かにいつもALOにINする度に感じているモノと同じだった。ソレが突然、一瞬だけ強くなったのを確かに俺は感じた。

 

さっきの気配は間違いなく、アイツのモノだった……!

 

 

 

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明けて――寝た段階でもう明けていたと言えるが――翌朝、何時も通り八時半に起きると、拓海からメールが来ていた。手掛かりになるかもしれない情報が入ったので昼頃CC社本社に来れないかとのことだったので、了承の返事を送り、午前中は適当に時間を潰すことにした。

 

「で、暇つぶしに外出た訳なんだが……」

 

「どうしたんです、亮さん? 独り言をぶつぶつと。何か変な電波でも受信しちゃいました?」

 

「……なんでもねぇよ」

 

お前にだけは死んでも言われたくねぇ、と出かけた言葉をグッと飲み込んで無難に返す。

まぁ、今のやり取りでなんとなく判ったと思うが、今俺は千草と一緒にいる。どうしてこうなったのかは、正直俺にもよく判らん。ゲーセンやら電気屋やら本屋やらでも行こうかと思って九時半位に自宅の玄関のドアを開けたらそこにチャイムを押そうとしてる千草がいた。で、理由を聞く暇もなく、なし崩しに一緒に歩いてるわけだ。よし、状況整理完了。

 

「で? 今日は朝っぱらから一体何の用だったんだ?」

 

「あ、亮さん。朝ご飯はもう食べました? まだなら牛丼でも食べません?」

 

「朝っぱらから牛丼とかヘビーなチョイスだなオイ。相変わらずどんだけ牛丼好きなんだっての。てか、ナチュラルに俺の質問をスルーしてんじゃねぇよ」

 

「……むぅ」

 

「むぅ……じゃねぇよ。いい歳した女がこんくらいで拗ねんなっての」

 

「す、拗ねてませんっ」

 

全力で回答を拒否してきた牛丼女にツッコミを入れる。その態度が拗ねてますと言ってるようなもんだと思うんだがな、俺は。

 

「で、態々平日に何の用だったんだよ。俺、午後からCC社に行かなきゃなんねぇから、あんま時間無ぇぞ」

 

「……用がないと、来ちゃダメなんですか?」

 

「は?」

 

「だって亮さん、退院してからはリハビリばっかりだったし、最近もよく判りませんけど調査調査って。全然構ってくれなかったじゃないですか。だから、いっそのことこっちから出向いちゃおうって思ったんです」

 

「…………」

 

何と言うか、またアレな理由で来たもんだなと、思わず茫然。開いた口が塞がらない。

何か、お前は寂しいと死んじまう兎か何かなのか。つーか、別に俺以外にも友達いんだろ。

 

「……はぁ」

 

「あー! 溜め息なんてついて! せっかく遊びに来たっていうのにそれは酷くないですか!?」

 

「連絡も入れず押しかけといてどの口が言いやがる。てか、そんなことの為に態々有給使って来たのか?」

 

「あ、いえ、今日はお休みだったので」

 

「はぁ?」

 

平日に休みって、そりゃ一体どんな会社だ。

首を傾げていると、どうやら千草は合点がいったようで、パンと手を叩いて、

 

「あっ、そういえば亮さんにはまだ言ってなかったですね。私、大学で図書館司書の資格取ってて、今は市の図書館で働いてるんです」

 

と、割ととんでもないことをサラッとのたまった。

 

「はあぁ!?」

 

「むっ」

 

思わず本日三度目の疑問符だ。これじゃ昔のアメフト漫画にいた某三兄弟(?)の十八番の一人芝居だ。

って、んな馬鹿な考えはどうでもいい。今は千草の話だ。

 

「そんなに驚くことですか? 私が図書館で働いてるのって」

 

「いや、つーかよ。司書なんて早々求人やってねぇし、有っても倍率かなり高いだろうが。よく滑り込めたな」

 

電子書籍が登場して久しくなった昨今だが、未だに紙媒体は根強く残っている。学校なんかでも基本は教科書とノートは健在だ。やはり人間、慣れ親しんだものは中々捨てられないものなのかもしれない。まぁ、その内授業はスクリーン、板書はPC、なんて学校も出てくるかもしれないが。

 

閑話休題(そんなわけで)

 

その紙媒体、中にはかなり貴重なモノもあるそれらを保管、閲覧管理、貸し出しをするための図書館も普通に健在だ。故に、その倍率も依然と同様高い。そもそも司書職の絶対数自体が少ないし――一図書館に対して多くても五、六人だろう。国会図書館ぐらいになれば別だろうが――、離職するのも定年、もしくは結婚退職とかくらいだろうから全ての図書館が毎年募集を掛けている訳ではないからだ。

 

「いえ、お母さんのお友達が所沢の図書館で司書をやっているんですけど、そこの一人が退職するから枠が空いたらしくて。それで推薦枠というか、そういう形で入れてもらっちゃいました。実家からは少し遠かったので駅の近くにアパートも借りて一人暮らしです」

 

「……思いっきりコネじゃねぇか」

 

いや、コネでも何でも話が来たってことは千草自身の能力が有ってこそなんだろうし、俺のCC社の内定も似たようなもんだから文句は言えねぇんだけどよ。

 

「それはそうですけど……でも、ちゃんとお仕事できてますし。……偶に失敗もしちゃいますけど」

 

「ああ、なんか時たまやらかしてる姿が想像に難くないわ」

 

月一くらいで返却図書を戻そうとして崩したりとか、貸し出し記録つけようとしてミスったりとか、大ポカやらかす姿が浮かんでは消える。なんで千草じゃなくてアトリの姿で脳内再生されたのかは謎だが。

 

「……亮さん、さっきからすごく失礼です」

 

「だからそうむくれんなっての」

 

「良いですけどね。亮さんが失礼なのは割といつものことですし」

 

「オイ……。まぁいい。で、休みってのは?」

 

「うちの図書館、毎週金曜日は休館日なんです。それで丁度予定もなくて」

 

「……それはつまりお前が暇だったから押しかけたってだけじゃねぇのか?」

 

「…………えへへ」

 

えへへ、じゃねぇよ。

ツッコミながら右斜め45°で目の前の能天気女(バカ)の頭めがけて手刀を落としたい。やらんけど。でもそろそろやっても許されるような気はするんだ。

 

「……俺が留守だったらどうするつもりだったんだよ」

 

今日も現に出かけようとしてたわけで。

 

「だって亮さん、今ニートじゃないですか」

 

「………………」

 

グッサァ!!

 

今、見えない刃が俺の心臓を思いっきり抉った。ああ、抉ったよ。確実に刺した上でガッツリ捻られたよ。

 

「それに調査云々とも言ってましたし。それなら一日中家に引きこもってゲームでもしてるかなって。自宅警備員みたいに」

 

「………………」

 

グサグサグサッ!!

 

「あと、もしいなくても中で待たせてもらおうかなって。そんな長くは外出しないでしょうし」

 

「……今聞き捨てならん言葉を聞いたんだが?」

 

確実にさっきまでの恨み辛みが籠った言葉の刃で満身創痍になりつつも、そこだけは聞き逃さなかった。なんだ中で待たせてもらうって。どうやって不法侵入するつもりだ。

 

「これが有りますから♪」

 

そう音符でもついてそうな満面の笑みで取り出したのは一本の鍵。この流れでそれを出すってことは……

 

「なんでテメェが俺ん家の合鍵を持ってやがる」

 

「志乃さんからいただきました」

 

「なあっ!?」

 

衝撃の事実!!

そもそもなんで志乃が合鍵を持ってんだよ。一体どこで……はっ!

まさか俺が寝ている二年間の内に作ったのか? まあ、百歩譲って志乃なら良い。いや良くは無いけど、一応担当看護師だったし、拓海か智成辺りが気を遣って――もしくは面白がって――作って渡したのかもしれないし。だが、それがなんでコイツにも渡っていやがる!?

 

「亮さんにもしものこと(知らない女連れ込んだりとかetc)があった時に、近くにいる人が直ぐ行けるようにって。私だけじゃなくて智香さんとか萌さんも持ってますよ?」

 

志乃さあぁぁぁぁぁぁんん!? 心配してくれるのは判るがどんだけ渡してんの!? てか、もしものことって何だよ!? 絶対変なルビ付いてた気がすんだけど!? 俺のプライバシーは一体どこだッ!!

 

「……許してくれ、俺のライフ(SAN値)はもうゼロだ……」

 

「えっと、どろーもんすたーかーど、とか言った方が良いですか?」

 

「……やめろ、言わんでいい……」

 

これ以上何か言われたら、確実に死ねる。発狂死(SAN値直葬)まった無しだ。

 

 

 

それから気を取り直して、取り敢えず適当に街をぶらついてから早めの昼にすることになった。CC社にも行かなきゃなんないしな。色々有って忘れかけてたけども。

 

「…………」

 

「? どうかしましたか? 早く食べないと冷めちゃいますよ?」

 

「いや、なんつーかよ」

 

意外にも、重ねて言うがその割と電波でドジな印象とは裏腹に意外にも料理が上手い千草だが、食事を摂る店にあまり拘りはない。自分で作るならともかく、他人に作ってもらう以上食えないレベルの不味さじゃない限り許容出来るそうで――その意見には俺も全面的に同意する――、一般的な女性陣の様に、どうせなら洒落た店で、という思考が無い。そんな訳で俺たちはとある定食屋に来ている。味は普通よりもちょい上と言ったところだが、客に腹一杯になってほしいという店主の心意気で量が多い上に安いので、昼時になると学生やサラリーマンでごった返す繁盛店だ。俺も結構腹が減ってて自分で作るのが億劫なときは割と来たりする。

で、目の前にある肉野菜炒め定食――皿に目一杯盛られて白飯、味噌汁お代わり自由税込420円という驚きの安さだ――に手を付けずにいるわけなんだが。

 

「ホントに、お前はどんだけ牛丼好きなんだ」

 

定食屋に来てまで牛丼――並盛、ご飯少な目汁だく味噌汁お代わり自由、こちらは税込320円。三大有名チェーン店よりは少しばかり高いが量はコッチの方が多いし味も良い。ここまで来ると本当に採算が取れてるのか逆に心配になる――を頬張る肉食系(?)女子に思わず目が行ってしまった次第である。

 

「べ、別に良いじゃないですか、好きな物食べたって……」

 

「構わねぇけどよ。偶にはちゃんと野菜も食えっての。偏食ばっかじゃ体調崩すぞ」

 

「野菜だって入ってるじゃないですか、玉ねぎとか」

 

「他には何があんだよ」

 

「……きょ、今日は玉ねぎだけですけど、いつもはちゃんと野菜も食べてるんですよ!? 人参とか、キノコとか、ジャガイモとか!」

 

「お前、カレーとシチューと肉じゃがと牛丼以外で野菜食う気ないだろ。そもそもキノコは野菜じゃなくて菌類だ」

 

豆知識としては、キノコが厳密に言うと野菜じゃないのは菌類だからってだけじゃなく、葉緑体で光合成しないからってのも理由らしい。

ジャガイモも微妙だしな。あれを頑固なまでに野菜だって言い張るのはフライドポテトを野菜だって言って食ってる一部のファストフード好きくらいだろ。その他大勢としてはアレは野菜ってより単に芋だ。ビタミンとか食物繊維じゃなくて炭水化物だ。

 

「うぅ……だって、嫌いなんですもん、野菜」

 

「もん……って、ガキか。ほれ、食べてみろ」

 

「えぇー」

 

そっぽを向く千草を無視して、俺の皿に盛られたキャベツとピーマンを少しだけ牛丼の上に置く。物凄く嫌そうな顔をしてるが重ねて無視だ。

 

「ここの野菜炒めは結構味濃いからそのくらい食えんだろ」

 

「……ピーマンは、食べなくてもいいですか?」

 

「……お前はアレか。栄養足りてないせいで味覚が小学生から成長できなかったのか」

 

「そ、そんなことは……ない、とは言い切れないかもしれないですけど」

 

ブツブツと言い訳をする千草に肩を竦めて箸を進める。

にしても、コイツの野菜嫌いも大概だな。一部だけ嫌いなモンが有るとか、サラダとかの生野菜はダメだとかならまだ判るけど、火を通そうが通すまいが殆ど食わねぇし。

そんなんだから貧相、とは言わんがスレンダー止まりの身体つきなんじゃねぇかと邪推したところで何やら悪寒を感じた。

目線を野菜炒めから正面へやると、そこには表情は満面の笑みなのに目が一ミリどころか一ピコも笑ってない千草(阿修羅)が。

 

「亮さん?」

 

「………………は、はい」

 

「今何か、不穏当なこと、考えませんでしたか?」

 

「な、何も考えてないっス」

 

偶に、つーか頻繁に起こるんだが、俺の旧知の女性陣はエスパーか何かなんじゃと本気で思う。そんなことを頭の片隅で冷静に考えつつも、体は本能のままに首を全力で横に振る。

 

「本当ですか?」

 

「ほ、本当に、神に誓って」

 

「なら、いいんですけど」

 

何度も首を縦に振って言うと、千草の背後にモシャアっと出ていた真っ黒いナニカがスッと消えた。思わず安堵の溜め息をついて額の脂汗を拭う。割と本気で命の危機を感じたな、冗談抜きで。志乃恐怖に次ぐヤバさだと思う。

 

「亮さんは私のことお子様だって言いますけど、歴とした大人らしく、人助けみたいなこともしてるんですからね。この前だって人助けとは少し違いますけど、相談乗ったり……と言うか助言みたいなこともしましたし」

 

「へぇ、知り合いか?」

 

千草が話題を変えたのにこれ幸いと乗っかる。また地雷踏んで逆戻りは洒落になんねぇからな。

 

「いえ、偶々午前勤務だった日の帰りに会った男の子です。中高生くらいの」

 

「完全に他人じゃねぇか……。そんな奴になんで?」

 

「その子が乗った自転車がぶつかりそうになったんです。それでその子が急にハンドルを切って避けたから少し怪我しちゃってて。それに、昔の私と同じ顔をしてたんです。それで気になって、ちょっと強引に家に招いちゃいました」

 

「オイオイ……御人好しにも程があんだろ」

 

つか下手したらショタコン女が起こした未成年略取だぞ、そのシチュ。まぁ、千草にその気がないのは判ってるが。

多分同じ顔ってのは、アトリ(千草)がAIDAに感染した、あの時のことだろう。ほっとけないのは判るが、全くの赤の他人に親身になれるのは、千草の人柄故だろうな。

そこが千草の、人間としての美点だろう。決して口にするつもりはないが、尊敬できる点だ。

 

「亮さんには言われたくないです。それで、怪我の消毒とかしながらちょっと助言を」

 

「へぇ、何て言ったんだ?」

 

そこは割と気になるところだ。千草としては当時の自分を見ているようなものだろうが、その少年とやらにどんな言葉を掛けたのか。

興味本位で聞いてみると、何故か千草はくすりと笑ってから、

 

「『涙で目を曇らせるな。耳を塞いで、都合悪いことから逃げるな。自分勝手な思い込みで、自分を縛り付けるな。しっかり目を開いて、耳を澄まし、思考しろ。深呼吸して、一歩でも多く歩け』」

 

「………………は?」

 

あの時、俺が千草(アトリ)に言った言葉を、ほぼ一字一句違えずそのまま口にした。

思わず呆然。間抜け面を曝していることだろう。

 

「そう言ったんです。アトリ()ハセヲ()さんに言われたこと、そのまま。この言葉で、私は立ち直れましたから」

 

その男の子も吹っ切れたみたいでしたよ? と追い打ちを喰らい、だんだんと頭に血が上っていくのが判る。

なんだこれは。クソ恥ずかしいんだが。なんで真昼間からこんな羞恥プレイをされなきゃならん!

 

「この言葉を聞いて何か大切なことを思い出せたって言ってくれましたし、私としてもうれしい結果になりました。名前は聞かなかったんですけど、意外と亮さんとも知り合いの子だったのかもしれませんね。なにせ、元々は亮さんの言葉なわけですし」

 

のほほんと微笑みながらじゃべり続ける千草をスルーして、赤く染まった顔を隠すために残った野菜炒めと飯をかきこんだ。ホント、恥ずかしいっての。しかもつい数時間前にアイナが言ってたようなこと言ってんじゃねぇよ。

別に、あの時千草(アトリ)にああ言ったことを後悔してるわけじゃねぇし、必要なことでもあった。けど、それとこれとは別だ。

ガキの頃の出来事をネタに親戚が話しているような、そんな恥ずかしさを、結局千草と別れるまで味わう羽目になった。

 

 

 

「やぁ、亮。日も置かず急に呼び出してすまなかった」

 

「構わねぇよ」

 

駅で千草と別れてから電車で数駅、何回か――つい先日も――来ているため前二回の様なエントランスでのいざこざはなく拓海のいるCC社社長室に訪れた。

 

「では、早速本題に入ろうか」

 

「ああ、なんか手掛かりになるかもしれない情報って話だったな」

 

いつもの応接用のソファに移動して座る。

同時に令子さんがコーヒーを持ってきてくれたので、軽く礼を言ってから一口飲み、本題へ移った。

 

「そうだ。君達がALO内で調査を行っている間にも、引き続き件のデータの解析を続けていてね。昨日、新たな情報が見つかった」

 

「新しい情報ね。つっても、もう粗方のことは判った後だろ? 今更何が見つかったんだよ」

 

「君の言う通り、既に引き出せる情報は殆ど引き出し終えている。昨日見つかったのは、この件全体から見れば、ほんの些細なことだ。しかし、我々にとっては大きな手掛かりになる可能性がある」

 

「俺たちにとってはってのは、どういう意味だ?」

 

拓海の妙な言い回しが気になったので尋ねる。未帰還者に関することなら、全体から見れば些細なこと、なんて言い方はしないはずだ。

 

「ふむ。少々話は変わるが。亮、以前私が君に未帰還者の話をしたとき、何人が未だに眠りから目覚めていないと言ったか、覚えているかね?」

 

「あ? あー……」

 

何で今その話が出てくるんだとは思いつつ、数週間前のことを思い出す。

確か、拓海はこう言ったはずだ。

『十一月七日。君を始めとした大半の未帰還者は、リアルへと無事帰還した。だが、約三百人のプレイヤーが、未だ眠りについたままだ 』

 

「約三百人、だったか?」

 

「そうだ。正確に言えば、299人の意識が、未だに囚われている」

 

「随分半端な数だな」

 

「そうだ。これについては、特に人数を絞ったのではなく、可能な限り大勢の接続先をALOに変えようとしたための結果だろうと、我々は考えていた」

 

「いた、ってことは」

 

「ああ、これは間違った認識だったのだよ。君に話をした時点で、データはほぼ解析できてはいたが、それはかなり大まかな形でだ。一から百まで全てを精査出来たわけではない。接続先を書き換えられた者の数に関しても、280名強とほぼ数が未帰還者と一致したために因果関係を見つけ出した」

 

「まぁ、そりゃ仕方ねぇだろ」

 

拓海の言葉に肩を竦める。慰める訳じゃないが、数千人の個人データだけならともかく、SAOのマップやらなんやらも含めた膨大な量のデータだ。専門家でチーム作ったって、隅から隅まで調べようと思ったら一月やそこらで終わる量じゃない。それをアイツがやったとはいえ、一人で調べきるのに時間をかけるなって方が土台無理な話だ。

 

「けど、聞いてる感じだと昨日、全データの精査が終わったんだろ?」

 

「ああ、その通りだ。そして、ナーヴギアの情報接続先を書き換えられた者の正確な数、及び誰なのかが判明した。これがそのリストだ」

 

「これ、俺が見ちまって大丈夫なのか?」

 

「それに載っているのは、SAO当時のキャラクター名と本名、年齢、現在の搬送先だ。故に本来なら私も含めておいそれと見て良いものではないのだが、君がそれを悪用するとも思えないからな。無論、既にそれを見ている彼や私、智成もな。この件が解決次第即刻破棄する予定だ。それに……」

 

「それに?」

 

「君は、君だけは、我々と違いそれを見る権利があるのだよ」

 

「は?」

 

「良いから見てみたまえ。それで全てが判る」

 

言われて、どうも釈然としなかったが、拓海から手渡された数枚のA4紙に目を落とす。

俺に見る権利が有るってのは、一体どういう事なのか。

拓海の言う通り、そこに書かれていたのはPC名と本名、年齢、収容先の病院だった。一人目から001、002、003……と番号が振られているのは、恐らくデータの海から見つかった順番だろう。本名やPC名の順番に並んでるわけでもないしな。

 

「一番最後を見てみたまえ」

 

拓海に促されて、途中のページを飛ばして最後のページの一番下を見て、

 

「……どういうことだ、コイツは」

 

俺は、自分の目を疑った。

 

そこに書かれていたのは、他の未帰還者同様、PC名と本名、年齢までは書かれていた。だが、最後の収容先の病院だけが書かれていない。当然だ、コイツはもうとっくの昔に目覚めて退院してるんだから。

 

一番最後、299人しか未帰還者は残っていないはずなのに、300の番号を付けられた者、それは――

 

《No.300 PC:Haseo Name:三崎亮 Age:24》

 

――間違いなく、俺だった。

 

 

「そこに書かれていることは、間違いなく事実だ。彼も、ソレを見つけた時は大層驚いたそうだ」

 

「……そりゃそうだろ。俺だって、よく判んねぇよ。自分のことだってのに」

 

暫く呆然としていたが、拓海の声で我に返った。

軽く頭を振って、ホワイトアウトしていた思考を繋ぎ合わせる。

 

「それが正常な感覚だろう。本当は自分も囚われたままだったはずなどと言われて、はいそうですか、と平然としていられる方がよほど神経を疑う」

 

「かもな。それで、なんで三百人の内俺だけがALOに囚われることなくリアルに復帰できたのかは判ったのか?」

 

「一応の理由は判明しているよ」

 

「それは?」

 

「君のナーヴギアの情報接続先が他の未帰還者同様変更されていたことは確かだ。そして、他の未帰還者のデータがSAO崩壊と同時にALOへ転送された瞬間、君のナーヴギアから何らかのデータが接続に干渉し、他の君のデータがALOへ転送されるのを遮断したようだ。そして、その干渉したデータだけが、とある未帰還者のデータと共にALOに転送された。そのような特殊な状況に有った所為で、君のナーヴギアに関する情報を引き出すのにも時間がかかったのだがね」

 

「……多分、その何らかのデータってのは俺の碑文データだと思うぜ?」

 

「ふむ?」

 

視線で先を促す拓海に頷き返し、温くなってしまったコーヒーで喉を潤してから続ける。

 

「前にもALOでアイツの……スケィスの気配を感じるって言っただろ? SAOにいた時は、厳密に言や、SAOでアイツを処刑鎌って形でもう一度手にした時からはずっと俺の中に在ったもんだ。それが、ALOに行ってからは別の場所から感じてる。てことはだ、答えはそれしか無ぇだろ」

 

「なるほど、筋が通っているな」

 

「それにだ」

 

腕を組んで首肯する拓海と視線を合わせる。

 

「今日、ALOからログアウトする直前だったんだがほんの一瞬だけ、アイツの気配がかなり強まった。央都《アルン》の世界樹の上でな」

 

「ということは」

 

「ああ。少なくとも、そこにスケィスと一緒にALOに閉じ込められた奴がいるってことだ」

 

碑文遣い以外では、内包するだけならともかく碌に発動出来ない、下手すりゃそのまま碑文の力に飲み込まれて未帰還者になり兼ねない――八年前に閲覧した番匠屋ファイル曰くだが――はずの碑文(スケィス)が一瞬とは言え俺ではない奴の中で強い反応を示したのかは判らないが。

 

「アイツと一緒にALOに転送されたプレイヤーは……っ!」

 

「勿論判っているが……どうかしたのかね?」

 

未帰還者のうち、誰にスケィスが内包されたのか。当然の如く気になって拓海に聞きながら、判りはしないだろうが自分でも手元の資料に目を通していると、予期していなかった名前がそこに有った。

 

「……ああ、SAOでの知り合いだ」

 

資料をテーブルに置いて、その名前を指差す。

すると、何故か拓海は驚いたように一瞬目を見開いてから、眉間に皺を寄せた。

 

「まさかその人物が、とはな」

 

「どういうことだ?」

 

俺と拓海の間に在る資料。四ページ目の中央付近に書かれている人物。

 

《No.178 PC:Asuna Name:結城明日奈 Age:17 埼玉県 所沢総合病院》

 

俺がアイツに、命を懸けてでも守れと言った女だ。

まさか、彼女までも未帰還者になっているとは思わなかったが、それにしたって今の拓海の反応は過剰すぎる。そもそも、拓海は俺とアスナ――明日奈、と言った方が良いか――と知り合いだったことなど知らないはずだ。

目を閉じて腕を組みながら、拓海が話す。

 

「彼女は、《レクト・プログレス》の親会社である《レクト》のCEO、結城彰三氏の一人娘でな。レクトがアーガスを買収しSAO事件の捜査協力を申し出たのも、氏の意向が大きかったそうだ。娘を助けるための努力は惜しまないという親心も有ったのだろう」

 

つまりレクトがSAOに関わることになった要因の一つが彼女の存在と言う訳だろう。だが、拓海のさっきの反応を見る限りそれだけじゃないはずだ。

話の先を促すと、片目を開けていた拓海が頷き、再び両目を閉じた。

 

「これは精査の結果判ったことだが、君も含めた299名は生存者の中から無作為に選ばれて接続先を変更されていた。一定の間隔で放った網に引っ掛かったプレイヤーの接続先を変更させるプログラムの様なモノが見つかっている。しかし、結城明日奈嬢だけはその網ではなく、別のプログラムで接続先を書き換えられていた。確実に彼女を捕まえられるよう狙っていたものと考えられる。

以前にも言った通り、今回の件の首謀者若しくは内通者は《レクト》乃至(ないし)《レクト・プログレス》内部の者、しかもそれなりの地位にいる者である可能性がかなり高い。

これらの点から、首謀者の意図は判らないがCEOの一人娘を何らかの形で利用する為に、他の298名と共に結城明日奈嬢をALOに閉じ込めたのだろう」

 

「なるほどな。身代金にしろ何にしろ、CEO(会社のトップ)の身内を手中に収めとけば大きな保険になるしな。その身内のことが判ってるってことはレクト関係者、しかも結城彰三に近しい人物が限りなく黒に近くなったわけだ」

 

「だが、彼女に関することはこれだけではないのだよ」

 

俺の言葉に首肯しながらそこで一呼吸置いて、閉じていた両目を開く。

その鋭い双眸が、俺の瞳を射抜いた。

 

「彼女なのだよ。君のナーヴギアの接続に干渉・妨害し、別のプレイヤーと共にALOへ転送されたデータ。君の感覚を信じるのであれば、君の碑文(スケィス)を現在内包している者。そして世界樹の上に囚われている人物。それこそが、結城明日奈嬢なのだ」

 




前話で次回ALO最終話にするといったな、あれは嘘だ


…………はい、と言う訳でこのまま最後まで突っ込むと今月中に仕上がらない&文量半端ないことになりそうだったので今回はここで切らせていただきました。
オベイロン様登場&退場は今しばらくお待ちください。

次回更新は九月を予定。今度こそALO編を完結させたいと思います。

ちょいちょい原作から乖離しつつあるALO編の結末やいかに、次回こうご期待


誤字脱字報告、感想は随時募集中ですのでよろしくお願いします
ではでは、また次回に

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