SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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ALO完結後篇です
前篇をご覧になっていない方はそちらからどうぞ


Fragment H《人紡シ力》

「行くぞ、キリト!!」

 

「応っ!!」

 

重厚な石扉を抜けた俺たちは、掛け声と共にドームまで駆け抜ける。

そこから止まらず一直線にドームの頂点を目指すのは、俺とキリト。

進路を阻むガーディアンを一体ずつ、時には複数体纏めて一刀の下に斬り捨て、たとえ攻撃を受けようとも、構わず突き進む。

 

「ッラアァァァアアアッ!!」

 

「ウオオォォォォオオオ!!」

 

一瞬でも防御の為に止まっちまえば後はジリ貧になって押し込まれるのがオチだ。致命打(クリティカルヒット)だけは剣で往なし、それ以外は無視して剣を振る。

無論、このまま行けば遠からずHPの全損は免れないが、俺たちのHPバーは常にイエローゾーン入りかけるところで全快まで戻る。底面付近に留まっている四人の内二人、回復魔法に長けたウンディーネであるアイナと、意外にも回復魔法のスキルを上げていたアルゴが常時回復魔法を詠唱、待機状態にしておくことで即座に回復できるように備えているためだ。

しかし、俺達が三人で攻略しようとした時と同様、ガーディアンの数が次第に増えていくことで進路外に出現した個体は捌けず、タゲが俺とキリトだけでなく回復魔法を唱える二人にも向く。

剣を持った個体が突進し、それ以外の個体が矢の様な魔法で二人を狙うが、彼女たちを守るのが――

 

「ハァッ!」

 

「フッ!」

 

範囲攻撃魔法を打ち出す望と司。回復役二人と同じく底面付近に留まった二人が交互に詠唱と発動を繰り返し出来る限り間断なく魔法を放つことで、迫り来るガーディアンを一定ラインより下に来る前に屠っていく。その二人に攻撃の指示を出しているのが望の肩付近にいる朔だ。朔が俯瞰的に状況を把握し的確な指示を出していくことで安定して戦線が保てている。

 

また、どうしても詠唱時間がかかる魔法では撃ち漏らしてしまう個体も出てくるが、これらに臨機応変に対応しているのがリーファと昴。

 

「セイッ! ヤアァァァアア!!」

 

「行かせません!」

 

二人は、ガーディアンの出現する最低ラインの前後にポジショニングして、望と司の攻撃を抜けたガーディアン達を各個撃破していく。

 

全員が成せる最善を尽くすことで、ゲートまでの距離は着実に縮まっていく。

 

だが、それでもこの明確な悪意を感じる包囲を潜り抜けるには、あと一歩足りなかった。

 

「チッ、クソが!」

 

「どうする、ハセヲ! このままじゃ進めないぞ!」

 

ゲートまであと少しと言う所で、俺達の足が完全に止まった。ガーディアンの出現速度が考えていた予想を遥かに凌駕し、完全にキャパを超えたのだ。

捌ききれずに溜まったガーディアンが、かなり狭くなったドームの頂上付近を隙間なく壁の様に密集し覆い隠してしまっている。しかも厄介なのは、その壁を二重三重にどころではない数で築いているという事だ。数体の壁であれば無茶して通れないこともないだろうが、この数だと流石に厳しい。襲い来るガーディアンを斬り伏せる間にも、その壁は着々と厚くなっていく。

 

「望! 今や、撃ちぃ! 司は今の内にMPポーション飲んどき! リーファ! 昴! 司のMPが回復するまでの間こっちの援護や!」

 

順調にリーファ達が維持していた戦線も危ない場面が多くなり、かなり不安定になってきている。

朔が大声を張り、自己判断による遊撃だったリーファと昴を指揮下に加え何とか均衡を保とうとしているが、厳しい状況に有るのは一目瞭然だ。

 

このままじゃ、完全に崩壊するのも時間の問題だ……どうするっ……!?

 

突破の糸口を見つけようと思考をフル回転させるが、どう考えてもジリ貧な状況を脱する術は浮かばない。ついには周囲のガーディアンを捌くのだけで手一杯になってきた。

 

そうしている内に、更に差し迫った問題がユイによって知らされる。

 

「パパっ!」

 

「どうした、ユイ!」

 

「このままでは仮に戦線が維持できても、あと数分で皆さんの飛翔時間が限界を迎えてしまいます!!」

 

「なっ!? もうそんな時間が経っているのか!?」

 

「思いの外時間をかけ過ぎちまったか! ユイっ! 厳密には後どれだけ残ってる!?」

 

「一番飛翔時間の長いパパとハセヲさんが後三分四十七秒です!」

 

「本格的にヤベェな……!」

 

「クソ、あと一歩ってとこで!」

 

このままじゃ、どっちにしろ後四分弱も保たねぇ……!

 

裡から込み上げてくる焦りを抑えきれず歯噛みする。

 

後一手……後一手有ればっ……アレが!!

 

そう心の裡で考えた時、ソレは聞こえた。

 

「シルフ隊、底面部に散開! 各個友軍を援護せよ!」

 

「ドラグーン隊、ガーディアンを掃討しながらドーム中央部まで上昇だヨ!」

 

雰囲気の異なる二つの女の声。次いで爆音。

 

「まさか、アレは!?」

 

「ああ、待ちに待った友軍到着って訳だ!」

 

剣を振る手を休めることなく、僅かに視線を動かして下を見やる。

そこにいたのは、一目で強力と判る同一の装備を纏った騎士と竜騎士。

そう、シルフとケットシーの精鋭部隊、決戦仕様だ。

 

「お前、知ってたのか!?」

 

「アルゴから聞いたんだよ!!」

 

「アルゴからって……さっきのアレか!」

 

キリトの問いに大きく唇の端を吊り上げながら答える。

思い浮かぶの、はアルゴから投げ渡された羊皮紙とその内容。

曰く、キリトから受け取った軍資金を元に装備の作成と部隊編成を進行中。準備が完了し次第加勢すると、シルフ領主サクヤと、ケットシー領主アリシャ・ルーの連名で書かれていたソレ。

細かい事情は知らないが、状況だけは把握できた。キリト達と行動を共にしていた時に出会ったのであろうサクヤとアリシャ宛に――一体いつの間にそんなことをしていたのかはさっぱり判らんが――俺達がグランドクエストに挑む旨を記したメッセージを飛ばしていたアルゴは、届いた返事を俺に見せたという訳だ。

 

「にしても、こんな狙った様なタイミングで来やがるとはなァ!?」

 

「ははっ、ホントにな! 出待ちでもしてたんじゃないか!?」

 

「かもなっ! なら、アイツらに良いトコ譲るかァ!?」

 

「ジョーダン! ラストは主人公って相場が決まってるだろ!」

 

ギリギリのタイミングで現れた援軍、そんな正に王道と言える展開に、自然とテンションが跳ね上がる。その所為か、俺もキリトも獰猛な笑みが顔に張り付いていた。

 

「あらら。あそこの二人、好き勝手言ってくれちゃってるネ~。これでも金庫すっからかんの出血大サービスの上に、無理に無理を重ねて急ピッチで駆けつけたんだけどナ~。ねぇ、サクヤ?」

 

「まぁそう言うな、アリシャ。確かに、どちらかと言えば今の私達は主人公の危機に駆け付けた新キャラ、若しくはその他大勢と言ったところだろうからな。精々トリは彼らに任せるとしよう。スプリガンの彼には借りも有ることだしな」

 

「これで帳消し……どころかコッチの貸しになりそうだけどネ。あんなこと言ってるし、後で請求してもバチ当たらなくないと思うんだケド」

 

「ならば、スプリガンの彼……キリトには我がシルフで働いてもらうこととしようか。ユージーン将軍を倒した実力は折り紙つきだ」

 

「えぇ~、サクヤずっこーい!」

 

「昨日も言ったが、彼は我々シルフの救援に来てくれたのだ。シルフがポストを用意するのは当然だろう? 丁度、近く種族転生も可能になることだしな」

 

「ふーんだ! イイもんね、だったらウチはアッチの銀髪インプくん貰っちゃうから。あのインプ君も嘘吐きくんと遜色無いくらい強いみたいだし。それに嘘吐きくんと違ってインプ君からは何も貰ってないから、一方的に貸しだしネ」

 

「オイ、そこの二人! 話してるとこ悪ぃんだが時間が無ぇ!!」

 

「シルフとケットシーの総攻撃でゲート前の壁を削ってくれ! 残りは俺達が何とかする!!」

 

よく……っつか怒号と爆音の所為で全く聞こえ無ぇが、なにやら話しているらしいい領主二人組に呼びかける。形勢自体は持ち直したが、俺達の飛行限界が迫っていることに変わりは無い。早急に事を進めないと増援自体が無意味になっちまうからな。

 

「ふむ、お呼びのようだ。仕方あるまい、この件は後で諸々の交渉の場を設けるとしようか」

 

「そだネ。じゃあ今は……」

 

「ああ。まずはこの場を切り抜けてからだ。シルフ隊、陣を再構成! エクストラスキル用意!」

 

「失敗して破産の挙句領主追放、なんてことにならないためにもネ。ドラグーン隊! ブレス攻撃よ~い!」

 

「「撃てっ!!」」

 

二人が同時に叫んだ瞬間、十本の劫火と無数の雷光が飛龍と騎士から放たれ、ガーディアンの壁を大幅に削っていく。

その着弾を確認した瞬間、俺とキリトはゲートに向かい飛び出した。

大量のエンドフレイムで生じた煙幕に突っ込んだ俺達の目前には、未だ立ち塞がる多くのガーディアン。だが、確実にその数は減っており、既に押し通れない程ではない。

 

「キリト、使えっ!!」

 

「ああっ!!」

 

持っていた大剣をキリトに投げ渡す。傍目から見れば大剣の二刀流と言う無茶な状態かもしれないが、俺が渡した大剣はSAOで使っていたものと比べてそこまで重いものじゃない。キリトの筋力値が有れば片手でも振れるだろう。

代わりに腰のホルダーから二本の短剣を引き抜き、そのまま止まることなくガーディアンの壁に突っ込んだ。

 

「「オオォォォオオオオオオオオオ!!」」

 

片や斬撃の結界とでも言うべき連撃を以て障害を切り刻む。両手に握られた二本の大剣がその大きさに反し凄まじい速度で上下左右に振るわれ、行く手を阻むガーディアンの身体を引き千切っていく。

 

片や何者も寄せ付けない暴風の如き回転で突き進んでいく。構えた双剣は水平に並べ、身体を捻り軸を少しずつずらしながら高速回転し続けることで、巻き込まれたガーディアンを雑草の様に刈り取っていく。

 

そうしてガーディアンの壁を穿った俺達は、突き抜けた勢いのままにゲートへ直進する。

だが。

 

「んだと!?」

 

「開かない!?」

 

一向にゲートが開く様子は見られない。それでも止まることなくキリトがゲートへ両の剣を突き立てたが、依然として扉は何の反応も示さなかった。

 

「なんでだ! 何か足りないっていうのか!?」

 

「パパっ!」

 

取り乱すキリトに、胸のユイが叫ぶ。

 

「この扉はクエストフラグによってロックされているんじゃありません! 管理者権限によるロックがかかっているんです!」

 

プレイヤー(俺達)には絶対に開けられねぇってことか!?」

 

「そうです!」

 

「……待て! ユイ、これを使え!」

 

そう言ってキリトが取り出したのは、ファンタジー然としたALOには相応しくないカードキーの様なアイテム。恐らく先に言っていたアクセスコードだろう。

それを受け取ったユイはコードを転写するが……

 

「……そ、そんな!」

 

驚愕に目を見開きながら、悲痛な声を上げるユイ。

ゲートへ目を向けると、表面に《Error》の文字が赤く点滅していた。

 

「どうした!?」

 

「……コードを転写するためのプログラムに強固なプロテクトが何重にも掛けられています! これでは、解除までに時間が掛かり過ぎてとても後二分強では間に合いません!!」

 

「……嘘、だろ……!?」

 

「チッ、一歩遅かったか!」

 

呆然と呟くユイの言葉に思わず舌打ちする。

 

可能性として考えていなかった訳じゃねぇが、まさかここまで対応が早いとは……!

 

こうしている間にも生き残ったガーディアンは俺達に迫っており、時間は無い。

 

「ちくしょうっ! もう少しなんだ! もう少しで、君に手が届くのに……!」

 

何か……何か無いのか! このゲートを開ける方法は!

 

「クソがっ……!!」

 

苛立ちのあまり、剣を持ったままの拳でゲートを殴りつける。

 

――ドクンッ――

 

瞬間、(ハセヲ)の中で何かが、鼓動を鳴らした。

 

……そうか、有るじゃねぇか、まだ……!

 

「俺……俺は……君を助けることが出来ないのか……!?」

 

つか、やっぱそこにいやがったのか、テメェは。焦ってた所為で、今の今まで忘れちまってたよ。

 

「……まだだ。まだ、諦めんな……」

 

そう呟いた俺に、キリトが諦めの色を浮かべた瞳で反論する。

 

「でも……どうしろっていうんだ!? もう何も、手が無いじゃないか!!」

 

確かにその通りだ。もしかしたら拓海やアイツと連絡が取れればどうにかなったかもしれないが、それもないもの強請りだ。もう何も手は残っちゃいない。それは俺にも判ってるさ。

 

「テメェが諦めたら、一体誰が! アスナのことを救うんだ!!」

 

けどそれは……普通の手段なら、だ。

 

「それに――」

 

おい、聞こえてんだろ?

 

「まだ――」

 

そこにいんのは判ってんだよ

 

「手は――」

 

手伝えよ。この邪魔な壁、ブッ壊すぞ

 

「有る……!!」

 

なぁ……スケィス……!!

 

――ハッ! 呼ぶのが遅ぇンだよ、バァカ!――

 

 

 

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「いけないなぁ、ティターニア。ダメだろう、勝手なことをしたら?」

 

ユイちゃんの声が聞こえて、どうにかして私の存在を知らせようと咄嗟にカードキーを鳥籠の外に落としてから数十分。私の下に現れた須郷は、つかつかと歩み寄りながら猫なで声でそう言った。

 

「どうやってこの部屋のパスワードを知ったのかは判らないが……それも変えたからね。二度目は無いよ。それに、アクセス用のカードキーまでかすめ取っていたなんてね。しかもそれをここから投げ捨ててしまうなんて」

 

嘘、気付かれた!?

 

カードの件がばれていた事に、内心動揺に打ち震える。けれど、必死にそれを表に出さないように堪えた。

 

「そちらも対処させてもらったよ。これで君がここを抜け出すことも、部外者がここに入り込むことも、万に一つの可能性も有り得ない」

 

この男に弱みを見せたらいけない、毅然に振舞うんだ。何度も自分にそう言い聞かせながら、心を落ち着ける。それから、男の姿を僅かに視界の端に収めた

過剰なまでに芝居がかった口調と身振り。それが自己顕示欲の塊を具現化した様な、いかにもとファンタジー世界の王然とした無駄に豪奢な姿のアバターと相まって、とても嫌悪感を催す。それがこの男のいつもの姿……だけど、今に至っては少し違っていた。

 

「そう言えば、抜け出した時に色々と見たそうだね? どうだい、素晴らしい実験だっただろう。いやぁ、SAOの元プレイヤーの皆さんは実に献身的に僕達の研究に協力してくれていてね。彼らのおかげで大幅に進捗を進めることが出来たよ。思考・記憶操作技術は基礎研究段階を殆ど終わらせて、終に僕は人の魂の直接制御と言う前人未到の神の御業に等しい力を――」

 

「……ふんっ」

 

「――手に入れる……どうしたんだい、ティターニア」

 

今まで顔を向けようともしなかった私が、話の腰を折って鼻で嗤ったのが気に食わなかったのか、直前まで浮かべていた自己陶酔に浸りきった歪んだ笑みを引き攣らせる。

 

「いえ? 存外冷静に話すものだと思って。さっきあの気持ち悪いナメクジみたいな奴らが貴方が随分と荒れているって言ってたから、どれほどかと思ったんだけど……」

 

「フフフ。当り前さ、僕は紳士だからね。女性には極力丁寧に接するさ。それが伴侶たる君なら尚更ね、ティターニア」

 

「へぇ……その割には、声が大分震えているわよ?」

 

「……何が言いたい」

 

ナルシスティックな笑みを再度作り直して朗々と語る須郷の顔が、私の言葉に今度こそその表情を明確に歪めた。

やはり感じた違和感は当たりだったと確信した私は、僅かに吊り上げていた唇の端を、自然と深くしていた。おかげで須郷の眼に映る(ティターニア)は確実に笑みを浮かべていることだろう。その微笑みの前には、嘲りという文字が付くでしょうけど。

 

「それに普段にもまして口数が多い。身振りも大きい。隠しきれずに色んなところから洩れてるわよ? 王様だったら、もう少し自分の感情を制御する術を身に着けた方が良いんじゃないかしら、須郷さん」

 

「……キサマ……!」

 

三度表情を変えた須郷の顔に浮かぶのは憎悪。本当に隠しきれていない。

過剰なまでに芝居がかった口調と身振り、それが須郷(オベイロン)のALOにおける常だが、今しがたこの男がしたソレは、いつも以上に過度だった。長々と地震を讃える様に語る言葉はその端々で震え、声もやや大きく、身振りは舞台俳優もかくやと言うほどに仰々しい。ソレが、私が感じた違和感。誰にでも判る程度に、須郷の内に宿した感情は駄々漏れだった。

それらを私に指摘されたのが余程気に障ったのか、一転して赤らめ歪んだ顔で睨みつけてくる須郷。けれど、その射殺さんばかりの視線を受けた私が感じたのは、恐怖ではなく、目の前の男に対する哀れみだった。まるで癇癪を起した子供、そう感じる程に、この男から感じる殺気は幼稚だったから。

事実、そうなんでしょうけどね。頭と体ばかりは大きくなったけれど、根本的な所。精神が成熟することなく幼い子供のままで大人になってしまった。故に、おもちゃ(ティターニア)が手元から無くなることを極端に嫌がり、自分の思い通りにならないことには癇癪を起こす。

 

ある意味、可哀そうな人なのかもしれないわね。

 

そう、内心思いもするが、それでもその所業を許すわけにはいかない。須郷伸之という男は、善悪の区別のつかない無邪気な子供ではなく、責任と義務を全うしなければならない成人なのだから。

 

だからこそ、私の口は更に目前の男を追い詰めるべく言葉を吐き出す。言えば、確実にこの後私が不利になり、悪辣な報復を受けるだろうことが判っていても、吐き出される言葉を止めることは出来なかった……いいえ、止めなかった。私は、自分の心に嘘など吐きたくなかったから。

 

「あら、図星を突かれて怒ったのかしら? 女性には寛大なのではなかったの?」

 

「い、言わせておけば……! 人が下手に出ているのを良い事に好き勝手言ってくれるじゃないか!? そんなに痛い目に遭いたいか!」

 

「やれば良いじゃない、なんだって。貴方はこの世界の王なんでしょう? だったら、貴方が何をしようとそれを阻む障害はどこにもないわ。まして、囚われて抵抗する力なんてない小娘一人、どうにかできないなんてこと絶対にありえないことじゃないかしら。違う?」

 

「き、き、貴様ァああああ!!」

 

「きゃっ!」

 

もはや取り繕っていた欠片ほどの優雅さも投げ捨てて、耳に付く嫌に甲高い声で喚いたかと思うと、須郷は虚空に向けて指を鳴らした。

その瞬間、今までどこにもなかったはずの鎖が、どこからともなく出現して私の両腕を縛り上げた。

 

「く、ククク……クハハハハハハッ!」

 

まさしく奴隷の様なその恰好は、さぞかし目の前の男には愉快に映ったのだろう。顔を醜い愉悦に歪めた須郷は、狂気に満ちた嗤い声を上げていた。

 

「そうか……そうか、ティターニア。そんなにお仕置きが欲しいのかぁ。なら仕方ない、お望み通り罰を与えて上げよう」

 

「……勝手にしたら?」

 

「フフ……ああ、勝手にするとも。それにしても……スー、ハァー、スー、ハァー……やはり、君の髪はいい香りがするね、ティターニアぁ……キヒッ」

 

「……っ!」

 

抵抗する術の無い私に悠然と歩み寄ると、髪を手に取り徐に嗅ぎ始める。僅かに当たる荒い鼻息が、私により一層の嫌悪感を与えた。

 

「さて…………じゃあ、お待ちかねのお仕置きの時間、だっ!」

 

言うや否や、その手を私の胸元に掛けると、一息にシーツの様な服を引き千切った。ただでさえ頼りなかったソレは既に服の役割を担うことは無く、私の胸は殺したくなるほど憎い男に晒されていた。

 

「……~~~っ!!」

 

「ああ、良いねぇ。その顔、その顔だ……その顔が見たかったんだよ僕は……! その屈辱に歪み、羞恥に頬を赤らめる君のその顔がねぇ!!」

 

漏れそうになる悲鳴を必死に堪える。その様子に気を良くしたのか、嗜虐的な醜い欲望が男の瞳には浮かんでいた。

 

「あぁ、この肌に触れたら君はどんな顔をするんだろうね……愉しみで今にも絶頂してしまいそうなほどだよ。さぁ、見せてくれ、心と身体を辱められた君がどんな顔をするのか……!!」

 

須郷がゆっくりと私の胸にその手を伸ばしてくる。

 

「……しに…………な」

 

私に……

 

「わ……しに…………るな」

 

私に、触れて良いのは……

 

「私に――」

 

私の心と身体に、触れて良いのは……!!

 

「――触れるなっ!」

 

……キリト君、だけだっ!!

 

――Poo-----------nnnn――

 

須郷の手が私に触れる直前、私が拒絶の言葉を叫んだ瞬間。

頭の中で、何か音が聞こえた。

 

……ハ長調……ラ音……?

 

その音を認識した直後、一瞬、私の視界は真っ白に染め上げられた。

 

「……いっ、あ……ぎゃあああああ!」

 

「ハッ! ンなちゃちなモンでオレ様の(イタミ)が防げるわけねェだろ。暫く失せとけ」

 

何が起こったのか判らないまま、強烈な光に何も見えない中で聞こえてきたのは、直前まで私に触れようとしていた男の叫び声。次いで聞こえてきた声は、確かに聞き覚えのある、けれど絶対にここにいない筈の人の声。

 

そして視界が回復した時、男は……須郷はそこにいなかった。

代わりに私の目の前にいるのは、黒い髪に、白いごつごつとした生物を思わせる装甲を纏う男。ゆっくりと振り向いた男の顔は確かに見覚えのある顔だった。

 

「ハセヲ……さん?」

 

頬には変な文様が描かれているし、髪や身に纏う鎧、そして方に担いだ処刑鎌の色はあの人を真逆にしたような色。けれど、その顔と血の様に紅い瞳は、確かに私の知るハセヲさんのものだった。

 

「違ぇな……一概に外れとも言えねぇけど」

 

そう言って唇の端を大きく吊り上げる目の前の男。確かに、彼の言う通りハセヲさんはこんなに歪んだ笑みを浮かべているような記憶はない。では、それなら……

 

「貴方は、いったい……?」

 

「オレはアイツであるとも言えるし、違うとも言える。言っちまえば、《鏡写しの存在》ってところか? まぁ、ンなこたァ別にどォだってイイんだよ」

 

そう、至極本当にどうでも良さそうに話す白いハセヲさん。けれど、《鏡写しの存在》と、そう言った瞬間の声は、少し喜色を孕んでいたような気がした。

 

「そ、それってどういう……」

 

「にしても、オレを内包して勝手に少しばかり他人様の力を使いやがった挙句、あまつさえ《この姿》とは言え顕現させて暴走もなにも無ぇとはな。テメェ、一体ナニモンだ?」

 

「な、内包? 力? 顕現?」

 

今度は私の問いに答えることもなく、独り言のようにブツブツと喋っている。僅かに聞こえてくる言葉は、全く以て理解が出来ない。この人は一体何の話をしているんだろうか?

そうして数秒私を眺めていた彼は、何事かに気付くと何度か頷いた。

というか、今更ながらに自分の姿を思い出す。

 

こ、この人なにジロジロ見てんの!?

 

「あ~あ~、なるほど? 《碑文使い》の適正者なんかかと思ったら…………だったら納得だわ。つーか、今度は珍しく女なのか……いや、《アレ》は元々《アイツ》のモンだから女の方が妥当なのか?」

 

「あ、あの! 《ひぶんつかい》って何のことなんですか!? それに《アレ》って!?」

 

色々見られてしまった羞恥のあまり声が上ずってしまったけれど、白いハセヲさんはそんなこと――私の恰好も含めて――には全く興味を示さず切って捨てた。

 

「……メンドクセェ。別に今オレが教えなくてもその内判んじゃねェのか? その時まで待ってろ。オレはそろそろ行かなくちゃいけねェんでな」

 

「ちょ、ちょっと待って! 行くってどこに!?」

 

そう言って背中を向ける白いハセヲさん。私が呼び止めると、顔だけこちらに向けて、獣のような笑みを見せる。

 

「あの《バカ》のとこだよ。心配しなくても、テメェの白馬の王子サマは直ぐ来ンだろーからそのまま待ってろ。じゃあな」

 

そう言って、白いハセヲさんは一瞬光ったかと思うと、その姿はどこにもなかった。

 

いったい、なんだったの……?

 

私の問いに答える人はもういない。そもそも、あの白いハセヲさんは碌に何も答えてはくれなかったけど。

けど、あの人はこう言った。私の白馬の王子様が来るって。

 

それって、キリト君のこと……?

 

こんな惨めな格好で放置されているにもかかわらず、私の胸はトクンと大きく高鳴った。

 

 

 

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《ヤツ》の声が聞こえた瞬間、俺の手には見慣れた処刑鎌が握られていた。

 

「オォオラァァアアアアア!!」

 

それを全く躊躇わず《Error》の文字が浮かんでいたゲートに叩きつける。突き立てられた処刑鎌の刃を中心に、ゲートの表面に大きなヒビが幾つも刻まれていく。そして一際大きなヒビが入った後、ガラスの様な音を立てて何かが砕け散った。。

 

「は、ハセヲ? 今のは、いったい……それにその鎌は……」

 

「バカが、ンなこと今はどうでもいいんだよ。お前はさっさとお姫様助け出して来い! ユイ! プロテクトが外れてるはずだ、コードを転写しろ! 俺が時間を稼いでやる!!」

 

「っ! 判った、行ってくる!! ユイ!」

 

「はい! 行きましょう、パパ!」

 

呆然と眺めていたキリトを叱咤してゲートの先へ向かわせる。コードを転写するまでの僅かな時間だが大量のガーディアンが既に目前まで迫っている。今にもキリト達を貫こうとする刃を、ソレを持つ本体ごと数体纏めて斬り飛ばす。

 

「……行ったか」

 

完全にキリト達が転送されたのを確認してから、周囲を見渡す。

僅か数十秒前に突破したはず壁は、既に復活している。そして背後のゲートはプロテクトは破壊したものの、侵入する手段を持たない俺では入ることは出来ない。どう考えても詰みだ。まぁ、最低一人(キリト)を送り出すという本命は達成した。

後の仕事、囚われの姫(アスナ)の救出は勇者(キリト)に任せるとしよう。

本当なら未帰還者調査の為に俺も行くべきだったんだろうが、既に後の祭りだ。そこらへんに関してもキリトには悪いがアイツの活躍に期待するってことで丸投げにする。どうしようも無ぇしな。

 

で、この状況をどうするかだ。SAO(デスゲーム)じゃねぇALO(ここ)なら、別に死んじまっても問題無ぇと言えば無ぇんだが……それじゃあ面白く無ぇよな?

どうせ相手は数が数なんだ。コッチもそれ相応のモン使っても構わねぇだろ。

つーわけで、だ。

 

「ここからは――」

 

翅の飛行限界を考えて、ユイが最後に告げた時間からタイムリミットは恐らく二分弱。

目標はタイムリミットまでに無数に出現し続けるガーディアンの壁を再突破して入口まで帰還すること。

相手は規格外(チート級)の物量。コッチは仕様外(チート級)の武器。条件はほぼ同等だ。量と質、どちらが優れているのかという、ただそれだけの問題。

 

「――狩りの時間だ……!!」

 

久々に感じる、難関クエストソロプレイ攻略独特の高揚感に浸りながら、僅か百秒前後の死闘に挑む得物(相棒)を強く握りしめた。

 

暴れるとしようぜ、久々によ!!

 

――ハッ! オモシロそうじゃねェか!!――

 

《ヤツ》の声が頭に響く。ゲートのプロテクトを破壊した時の様な力の感覚は無いから、既に顕現は治まっているはずだが……別に構わねぇだろ。実際聞こえたにしろ、ただの幻聴にしろ、やることは変わらねぇんだからな。

 

「ッ……ラアァァァァアアアアアアア!! 消し、飛べェッ!!」

 

裂帛の声と共に、俺は再び、ガーディアンの群れへ飛び込んだ。

 

 

 

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そのSAOで手に入れてたのと同じ鎌どっから出てきたのかとか、一体何をしたんだとか、聞きたいことを全部飲みこんで、ハセヲが全く以てよく判らない方法で切り開いたゲートから転送され辿り着いたのは、ALOのファンタジーな世界観とは似ても似つかない無機質で機械的な壁と廊下が伸びる空間。傍らには、プライベートピクシーからSAOにいた時の様に少女の姿に戻ったユイ。

ナビゲートマップが無いと言うユイにアスナの居場所を尋ね、その指示に従って歩き回る。エレベーターで上に上がり、隠された扉を開け、視界に飛び込んできたのは――

 

「……無いじゃないか、天空都市なんて……!」

 

クエストの題目であった上位妖精がいるはず天空都市ではなく、何処までも伸びる世界樹の恐ろしく太い枝と、無味乾燥な白い通路だけ。全てのプレイヤーを……スグを騙していたグランドクエストの真実に大きな怒りを感じたが、グッと堪えてアスナの捜索を再開した。

 

遥か天空まで続く幹をユイと共に登って行く。そしてついに、俺達は金色の鳥籠を見つけた。咄嗟にユイの身体を抱えた俺は、猛然と鳥籠まで疾走する。目前まで迫りその鳥籠に鍵の掛かった扉と天から生えた鎖に吊るされたアスナが見えたが、そのどちらもユイが僅かに右手を振ることで取り払われた。

 

「ママっ!!」

 

「ユイちゃん!!」

 

俺の腕から飛び出してアスナに抱き着くユイと、それを受け止めて抱きしめるアスナ。涙を流しながら再会を喜び合う二人に近づき、ユイを挟むように二人を抱きしめた。

 

「アスナ、待たせてゴメン」

 

「ううん、いいの。きっと来てくれるって、信じてたから」

 

「……帰ろう、アスナ。現実の世界へ」

 

「……うん、帰ろう」

 

「ユイ、アスナをログアウトさせるにはどうすればいい?」

 

一旦アスナから身体を離して、未だに抱き着いたままのユイに脱出の方法を聞く。俺は普通にログアウトすればいいだろうが、アスナは何らかの形で妨げられているだろう。

 

「……ママのデータは複雑なプロテクトによってここに拘束されているようです。解放するにはシステムコンソールからアクセスしなくてはいけないようですね」

 

「それはどこに?」

 

「私、それ見たよ」

 

「本当か? なら、直ぐに向かおう」

 

「うん! ……あっ」

 

「どうしたんだ?」

 

一刻も早くアスナを解放する為に駆け出そうとしたが、何かに気付いたようにアスナが声を漏らした。何事かと見てみれば、ほんのり頬を赤く染めているアスナ。

 

「じ、実はね……今は私、結構すごい恰好してて……」

 

「……へ?」

 

どういう事かとアスナを良く見てみれば、ユイがまだ抱き着いたままなので良く見えないが、全身を覆っていたのであろう布が破けて上半身を殆ど隠せていないのが判った。

 

つ、つまり……今のアスナは上半身はだ――

 

そこまで考えた所でアスナとユイから絶対零度の眼差しを向けられているのに気付いた。思わず冷汗が背を伝う。

 

「キリト君……ユイちゃんの前なのに……!」

 

「パパ、エッチなのはいけないと思いますよ?」

 

ユイがずっと抱き着いていたのはその所為か。というか、駆け付けた時に判らなかった俺も大概だな。

 

などと考えてから、ふとアスナが何でそんな恰好なのかをしているのかと思いを巡らせ、気付けばアスナの両肩を掴んで顔を近づけていた。

 

「アスナ! まさか何かされたのか!?」

 

「あっ……ううん。須郷にちょっと服は破かれちゃったけど、直ぐに助けが入ったから、何もされてないよ」

 

思わず安堵の息を吐く。本当に良かった。

ならばと引っ掛かった言葉を問う。

 

「助け、いや、それよりも須郷? まさか、君を閉じ込めていたのは須郷なのか!?」

 

「うん、でもそれより先を急ごう。向かいながら話すよ。ユイちゃん、私の服、どうにかできる?」

 

「はい、ちょっと待ってください」

 

頷いたユイが再び右手を振ると、アスナの着ていた服が恐らく元の形であろう姿に戻る。それを確認した俺は、来た時と同じようにユイを両手で抱え、アスナの案内でコンソールの下へ向かった。

道中、周囲を警戒しつつ走りながら二人の持つ情報を共有した。

驚いたのは、アスナの他にも298人の元SAOプレイヤーが囚われて実験動物にされているという事。あまりにも人間とは思えない所業に、須郷に対する怒りが込み上げたが、同時にハセヲが言っていたことが頭を過った。

 

「……まさか、ハセヲが言ってた理由っていうのはこのことなのか?」

 

「どういうこと?」

 

「ハセヲの奴、世界樹に行かなくちゃいけない理由があるって言ってたんだ。それに、アスナが捕まってることも知ってるみたいだった」

 

「でもそうだとしたら、ハセヲさんは一体何者なんでしょうか? 一般人が知ることのできる情報ではないはずです。それにプロテクトを破った時のハセヲさんのアバターとあの鎌が内包していたデータ量は明らかに異常な数値……SAOの一ダンジョンか、もしかしたら一層分近いものでした」

 

「……あのことと関係あるのかもしれない」

 

「あのこと?」

 

アスナが呟いたことに、今度は俺が首を傾げた。おうむ返しに告げた俺の声にアスナは頷いて答える。

 

「うん。さっき服を須郷に破かれた後、助けが入ったって言ったでしょ? その時助けてくれたのが、髪が黒くて、白いごつごつした鱗みたいな鎧を着てるハセヲさんみたいな人だったの」

 

「みたいな、って?」

 

アスナに聞きながらその姿を思い浮かべる。想像だけで描き出された白いハセヲは、俺の知るさっきまで共に闘っていたハセヲを反転したような配色で、大きな違和感を覚えた。

 

「顔とか声とかは本当にソックリだったんだけど、雰囲気がちょっと違った。それに本人もハセヲさんとは違う……自分とハセヲさんは鏡合わせの存在だって言ってたし」

 

「鏡合わせ……確かに、色だけ見ればそれも頷けるけど……じゃあ、そいつは一体何誰なんだ? ハセヲじゃないのは確かだろうし」

 

「判らない。その後何かよく判らないことブツブツ言ってから、直ぐに消えちゃったし。でも、キリト君が来るっていうのは知ってたみたい。実際そのすぐ後キリト君が来てくれたし、嘘じゃなかったと思う」

 

「俺のことも知ってた? ……本当に判らないことばかりだな」

 

これは戻ってから聞き出すことが増えたなと一人ごちていると、気付けばコンソールのある部屋に辿り着いていたようだ。周りを見ていれば、透明な人間の脳が台座にいくつも並べられている。

 

「これが……」

 

「そう、須郷に捕まっている元SAOプレイヤー達、だよ」

 

「……絶対に、彼らも助けないとな」

 

「……うん」

 

「……パパっ、ママっ! 何かがこちらに干渉しようとしてきています! 今はわたしが対抗していますが、少ししか持ちません!!」

 

突然顔を上げユイがそう叫んだ。恐らく須郷の手だろうと判断した俺は、アスナに言葉を投げた。

 

「アスナ! 今すぐログアウトするんだ! ユイが耐えている間に、急げ!!」

 

「で、でも、キリト君は!? それにユイちゃんも!!」

 

「俺は大丈夫だ。ユイも直ぐに離脱させる。だから、早くっ……!」

 

不安げに叫ぶアスナの手を取って、落ち着かせるように言う。それでもなかなか頷こうとしないアスナだったが、数秒して、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「……判った。でも、約束して。現実に戻ったら、誰よりも先に(明日奈)に会いに来るって」

 

「ああ、約束する。目が覚めたアスナの手を、誰よりも早く握りに行くよ」

 

「うん……キミの暖かいその手で、私に触れて? 待ってる」

 

「ああ」

 

「ダメです、破られます!!」

 

アスナの身体が完全に消えたのと、ユイが叫んだのはほぼ同時だった。

無機質な研究所の様な空間が、一瞬にして真っ黒に塗りつぶされる。

 

「ユイ! 俺のナーヴギアのストレージまで退避しろ!」

 

「……っはい。パパ、気を付けてください!!」

 

「ああ、ありがとう、ユイ」

 

咄嗟にユイに指示を出すと、ユイは悔しそうに唇を歪めてから頷いた。

 

そしてユイが消えた直後、まるで重力が一気に上昇したかのような圧迫感が俺を襲った。

あまりの圧力に立っていられず地に膝が地に膝が着いたところで、何かが俺の眼の前に転送してきた。

 

「チッ!! 逃がしたか! まぁ、良い。起きて直ぐ歩けるだけの筋力など残っていないだろう。どうとでもなる。さっきの訳の判らない男もいないみたいだしね。ペインアブソーバを無視するなんて、一体何をしたのか……ま、それより先に――」

 

「がっ!?」

 

頭上から聞こえてきた聞き覚えのある粘着性の高い声に顔を上げようとするが、それより先にソイツの脚で俺は蹴り飛ばされた。

転がった俺は四肢全てを地面に投げ出してしまい、立ち上がるための力を入れることが出来ない。そのまま首だけ俺を蹴とばしたヤツの方へ向けると、そこには長い金髪を振りまき、豪奢な服を着た男がいた。

 

「――ゴキブリ退治が先かな。なぁ、桐ヶ谷和人君。いや、キリト君と言った方が良いかな?」

 

「須郷……伸之ぃ……!!」

 

「全く、折角の僕と彼女の為の楽園に君の様なゴキブリが侵入するとは、ねっ!!」

 

悠然と歩み寄り俺の背から零れた二本の剣の内一本、ハセヲから渡されたものを引き抜くと、須郷はそのまま俺の背に突き刺した。

 

「ぐっがあああっ!?」

 

瞬間、焼ける様な痛みが俺の身体に走る。

 

なん、だ……これは……! まるで、本当に刺されたような……!

 

「どうだい、痛いだろう!? キミをこの空間に落としたときにペインアブソーバを六まで下げたんだ。さっき僕も突然現れた白い男に腕を斬られてね。どういう方法か判らないけど、ペインアブソーバを無視して僕に痛みを与えてくれた挙句に、暫らくアクセス出来なくなってね。その所為で結局彼女を逃がしてしまうことになったんだ、がっ!」

 

「がっ、あああああああああ!!」

 

顔を踏みつけられながら更に剣を奥まで突き刺され、痛みのあまり俺は叫びを上げることしか出来ない。

 

「随分とストレスがたまっていてねぇ、良い解消になるよ……さぁ、もっとその生意気な顔を苦痛に歪める様を見せてくれ!」

 

「っ~~~~~~~~~!」

 

もう一本も同じように背に刺された俺は、もはや悲鳴を上げることすらできなかった。

ゼイゼイと荒く息をする須郷は、ある程度満足したのか、頭から足を退けると息を整えた。

 

「っふう。いやぁ、いいねぇ。そうだ、良い事を思いついた」

 

徐に俺の髪を掴むと、そのまま顔を近づけてくる。

 

「取り敢えず、キミをここに放置してボクは彼女の病室に行ってくるよ。キミのペインアブソーバが三十分毎に一下がる様に設定してね。三以下にするとログアウト以降も感覚が残留するらしいから頑張って耐えてくれよ? キミがここで標本の虫の様に這いつくばって苦しんでいる間、ボクは彼女の病室で彼女を犯してくるよ」

 

「き、さまぁ……!」

 

「どうせ二年以上も寝たきりだったんだ、抵抗する力なんて残っちゃいないだろうからね。鍵を掛けて泣き叫ぶ彼女の身体を汚しつくす! その後もう一度ナーヴギアを被せてココに呼び戻すんだ。どうせもう彼女に聞いているんだろう? ここに戻したら今度は実験の成果をお披露目するのさ。僕の命令で従順になった彼女をキミの目の前でもう一度犯してあげよう! ああ、なんて素晴らしいんだ!! ハハハ、ハハハハハハハハハハっ!!」

 

「ころ、す……絶対に、殺してやる!! 須郷ぉぉぉ!!」

 

「彼女はどんな声で啼くんだろうねぇ……フフ……今から愉しみで仕方がないよ! あぁ、言った通りキミの前で犯してあげるんだ。頼むから僕が現実で彼女の躰を楽しんでいる間に、痛みで壊れるなんてことは無しにしてくれよ? フヒ、ヒヒヒ!」

 

気味の悪い嗤い声を上げながら少しずつ遠ざかっていく須郷。このままでは、彼女の下へ行ってしまう。それだけは何としてでも防がなくちゃいけないのに……!

 

「ちく、しょう……待ち、やがれ……!!」

 

背中に感じる二つの痛みを堪えて何とか奴を止めようと足掻くが、腕を伸ばすだけしか出来ない。

己の身体が引き裂かれるのも厭わず張って剣による束縛から逃れようとするが、須郷が何かしたのであろう謎の圧力の所為でそれさえ叶わない。

 

「おや、まだそんな力が残っていたのか……なら、もう一つレベルを下げていくとしよう」

 

「あ、ぐ、がっ…………こんな、もの……!!」

 

更なる痛みに意識が飛びかけるが、精一杯精神を繋ぎとめる。ここで気を失ったらもう奴を止める者はいなくなる。そうすれば、待っているのは彼女があんな奴の手で穢されるという結末だけだ。そんなの、許せるわけがない。

 

「おやおや、頑張るねぇ……でも、キミの苦しむ姿を見るのもそろそろ飽きてきたからね。僕は彼女の所に行くとするよ。じゃ、また後でね。勿論、壊れて無ければ、だけどさあ!! アハハハハ!!」

 

痛みの所為か、歪む視界の中で須郷がログアウトしようとしているのが、見える。

それは時間を何十、何百、何千倍にも引き延ばしたかのようにゆっくりで。

立ち上がって走れば余裕で間に合いそうなほどなのに、俺は立ち上がることさえ出来ない。

 

ちくしょう……折角、アスナと再会できたというのに……!!

 

いいのか!? みすみす最愛の人が穢されるのを見過ごすのか!?

 

でも、どれだけ力を籠めようとも、身体は数ミリたりとも動かない。

 

――ならば、諦めるのか?――

 

ふざけるな! 誰が諦めるものか!!

 

――このまま屈服するのか? 嘗て否定したはずのシステムの力に――

 

折れるものか! こんなもの、たかが0と1の集まりじゃないか!! 俺は、想いの力を知っている!!

 

――そうだ。君は、私達は知っているはずだ。人の想いと言う曖昧で非科学的な力は、時に不可能さえ可能にすると――

 

ああ、そうさ。その通りだ。だからこそ……その力が有ったからこそ、俺は……俺達は! あの闘いに勝つことが出来た! アンタに! 勝つことが出来たんだ!!

 

――ならば、立って剣を執りたまえ、キリト君!!――

 

当たり前だ!! やってやるさ!! 俺が諦めたら、誰がアスナを救うんだ!!

 

――そのための力は、既に君の裡に在る!!――

 

約束を、守るんだ!!

 

 

頭に響くその声に背中を押されるように、俺は裡から湧き起る絶大な力を感じた。

 

「う……おぉ……!」

 

視界の端で、何か幾何学的な模様が、蒼く光っているのが見える。

 

「おぉお……おおおお……!!」

 

それがなんなのかは判らない。けれど一つだけ確信が有った。

 

「ぐぅ……おお……ああぁぁあああ!!」

 

それは、《想い》を《力》に変える光だと。

 

喉の奥から唸り声の様な声を吐き出し、二本の剣を身体ごと地面から引き抜く。依然として痛みは感じるが、そんなものはもはや俺を阻む障害にはなり得なかった。

そのままの勢いで立ち上がると、刺さっていた剣は二本とも俺の背から抜け、音を立てて地に転がる。

さっきまで見えていた蒼い光はもう見えない。けれど、確かに俺の中で力が渦巻いているのだけは判った。

 

「うん? おかしいな、座標を完全に固定していたはずなんだが……まだ変なバグが残っているのか?」

 

仕方ないと言わんばかりに溜息を吐き、やれやれと首を振る須郷。

前の虚空に手をやると、奴は徐に口を開いた。

 

「システムコマンド! オブジェクトコード《エクスキャリバー》をジェネレート!」

 

奴がそう言い終わると同時、奴の手にはスグと一緒にトンキーの背で見た伝説の剣《エクスキャリバー》が握られていた。恐らく管理者権限を行使して呼び出したのだろう。

 

伝説の剣が……随分安いものだな……

 

そう無感動に考えていると、須郷がキャリバーを振り上げながら、こちらに斬りかかろうと迫っていた。

さっきの様に、視界がスローモーションに映ることは無い。既に、時の流れは通常のソレに戻っていた。

 

けれど、須郷の振る剣は止まって見えた。

だから、掴んでやった。片手で。

 

「え? な、なに!?」

 

歪んだ笑みを浮かべて俺を切り裂こうとした須郷は、一瞬だけ呆けたような声を出すと、何が起こったのかやっと理解したのか喚きだす。

 

「止まって見えるぜ……アンタの剣」

 

「な、なんだグホッ!!」

 

キャリバーを掴んだまま須郷の腹を蹴り飛ばす。何か言おうとしていた奴の身体は、面白い様に転がった。

 

「げ、げほっ! がはっ! き、キサマ、一体何を……!」

 

腹を抱えて咽ながらこちらを睨みつけて何事か喚く須郷だが、無視して俺は言葉を紡ぐ。

それは、目の前の男から力を奪う言葉。

 

「システムログイン。ID《ヒースクリフ》。パスワード《Key of the Twilight》」

 

「な、何!?」

 

「システムコマンド、スーパーバイザ権限移行。ID《オベイロン》をレベル1に」

 

「な、なんなんだ! 何が起こっている!?」

 

突然視界に映っていたシステムウィンドウが消えたことに混乱したのか金切り声を上げながら取り乱す須郷。諦めきれないのか、その手に俺に奪われた武器を取り戻そうと、先ほどと同じように虚空に手を差出し甲高い声を発する。

 

「システムコマンド! オブジェクトコード《エクスキャリバー》をジェネレート!」

 

しかし、もはや奴の声にシステムは答えない。

 

「システムコマンド! システム……!! くそっ! 僕の……神の言うことが聞けないのか!?」

 

喚き続ける須郷の足元に、さっき奪ったキャリバーを放る。普段の俺なら、最高峰のレアアイテムであるはずのソレにこんな扱いはしないのだが、努力も何もなく、ただシステムから呼び出しただけのソレに、ガラクタ以上の価値は見いだせなかった。

もしかしたら、一ゲーマーとしてのプライドが、それを手に取ることを拒んだのかもしれない。

 

さぁ、終わらせよう

 

「システムコマンド。ペインアブソーバをゼロに」

 

全部終わらせて、彼女の下に行かなくちゃいけないんだから

 

「決着を付けようぜ、須郷」

 

「何!?」

 

「鍍金の勇者と、泥棒の王様。紛い物二人の決着を付けるんだ」

 

転がったままの二本の大剣を拾い、構える。

 

「痛み如きの恐怖に逃げるなよ? あの男は、どんな時でも泰然として逃げることは無かったぞ。茅場晶彦はな」

 

「かやば? 茅場、晶彦だと!? 」

 

その名を告げると、須郷は驚愕に目を見開いた。

 

「また……またアンタが! 僕の邪魔をするのか!! いつもいつもいつも……いつもそうだ! アンタは、いつもそうやって僕の邪魔ばかりする!! 僕の欲しいものを全部自分が持っていく!! 死んでまで、僕の邪魔をするのか!? どこまで僕を追い詰めるんだ! アンタは……アンタはああアァァ嗚呼アアああ!!」

 

狂ったように喚き散らし、頭を何度も掻き毟るその姿は、完全に狂気に囚われていた。

その狂気に満ちた視線を、虚空から俺へ向ける。

 

「キサマに! キサマの様なガキに判るか!? 僕の気持ちが! 常にアイツの下にいるこの気持ちが! やり場の無い劣等感が!!」

 

「……判らない、とは言わないさ。俺はアイツと勝負して、インチキされて負けた挙句家来にされちまったからな。けど、アンタみたいにアイツになりたいと思ったことは無いし、押し潰される様な劣等感を感じたことは無いぜ。何より、俺はアイツに勝ってるからな、アンタと違ってさ」

 

「キサマ……きさまキサマ貴様ぁぁああああああ!!」

 

籠められる限りの皮肉の言葉と、最大限の侮蔑の眼差しをくれてやると、須郷は奇声を上げながらキャリバーを拾い上げ斬りかかってくる。だが、それはさっきと同じように遅い。

 

「僕が……私が……私こそが! この世界の王であり、神なのだ!!」

 

まるでなっていない構えと屁っ放り腰で放たれた斬撃を余裕を以て躱す。

顔を憎悪と焦りに染めて何度も斬りかかってくるが、その刃は俺に掠ることすらない。

 

「さっきも言ったろ。遅いんだよ」

 

「なっ! ぐわっ!」

 

真正面からの斬撃を、今度は躱すことなく右に持つ剣で受け止め、須郷が手放さない程度に加減して左の剣をキャリバーに叩きつける。

 

「アンタの剣は、遅いし――」

 

アスナの剣は、もっと速かった

 

「ぐうっ!」

 

「――キレも全くない」

 

ハセヲの剣は、もっと鋭かった

 

「がっ! うわっ!!」

 

左右の剣を交互にキャリバーに叩きつけ、ペースを少しずつ速く、威力を徐々に強くし、須郷を追い詰めていく。

 

「そして、何より……!!」

 

「う、ああっ!!」

 

両の剣を×字に振り、既に握っているだけの力も残っていなかった須郷の手から、キャリバーを弾き飛ばした。

 

「軽いんだよ、アンタの剣は。あの男の剣は――」

 

「うわああああっ! 腕っ! 腕があああ!!」

 

真下に振り降ろし、肩口から腕を斬り落とす。

 

「――もっと、重かった!!」

 

「ヒアッ! ああああぁああああ!! 痛いっ! 痛いいいいぃぃいいぃい!!」

 

真横に薙ぎ、上下を両断する。

 

「うう……うううぅぅぅううう……!! 腕がぁ……足がぁ……!」

 

 

 

四肢を失い達磨のように転がり泣き呻く須郷を見て、不意にアスナに再会した時の姿を思い出した。服を破かれ、上半身が露わになってしまっていたその姿を。

 

この男は……この程度の痛みで泣いているのか?

アスナにあんなことをしておいて……アスナの心にもっと大きな痛みを与えておいて!

彼女は、それでも涙を流していなかったというのに!!

 

「……ふっ!」

 

「がはっ!」

 

沸々と再び込み上げてきた怒りに身を任せて、須郷の身体を容赦なく宙高く蹴り上げた。ある種完全に八つ当たりではあるが、それを自制するに足る理由は無かった。

 

上を見上げると、落ちてくる須郷の瞳と視線が克ち合った。その瞳に映る感情を見て、ふと昔のことを思い出す。

 

そういえば……アイツが前に言ってたな。御誂え向きじゃないか……

 

「……今、アンタが感じてる感情が――」

 

「ヒッ……」

 

どうせ、思い出したんだ。俺も言ってみるか

 

「――死の恐怖、ってやつらしいぜ」

 

両の剣を高速で振い、須郷にその口から悲鳴を漏らす間すら与えず、その身体を数十個に切り刻んだ。

 

 

「…………」

 

オベイロン(須郷)のアバターを構成していたポリゴンが爆散し完全に消失したことで、この暗闇しかない空間に静寂が齎された。

 

「……そこにいるんだろう、ヒースクリフ」

 

「……久しいな、キリト君。とは言え、私にとってはつい昨日の出来事なのだがね」

 

その何もないはずの虚空に語りかけた俺に、返ってくるはずのない返事が来る。

 

「生きて、いたのか?」

 

「いや、現実世界にいた茅場晶彦という人間は死んださ。ここにいる私は、茅場晶彦という人間の精神をコピーした残り滓でしかない。言わば、放浪するAIの様な物さ」

 

「相変わらず、アンタの言うことはよく判らないな……でも、アンタのおかげで助かったのは事実だ。礼は言わせてもらう」

 

言って頭を下げようとすると、茅場は苦笑し首を振った。

 

「礼など不要だ。君もMMOプレイヤーであれば、私が何を言いたいのかは判るだろう?」

 

「……ギブアンドテイクって訳か。いいさ、何をすればいい?」

 

とてもこの男らしい言い方に思わず笑いを零し、肩を竦める。

 

「なに、そんな大それたことではないさ。君に、二つの種子を渡そう 」

 

言いながら茅場は虚空から何かを取り出した。良く見れば、それは銀色に輝く卵形の結晶。

それを、茅場は俺に手渡した。

 

「これは?」

 

「それは、世界の種子だ」

 

「なに?」

 

「芽吹けば、どういうモノかはいずれ判る。それをどうするか、その判断は、その時君に委ねよう。消去し忘れても良い。だが、もし君があの世界に憎しみ以外の感情を持っているのなら、有用に使いたまえ」

 

「あっそう。で、もう一つは?」

 

茅場の言い分に溜息を吐き出し、今一度肩を竦める。本当に迂遠な言い回しの好きな奴だ。

が、次いで催促した言葉に返ってきた返事は、更に意味不明だった。

 

「もう一つは、既に君の中に在る」

 

「は?」

 

何を言ってるのかさっぱり判らず、素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「どういうことだ?」

 

「そのままの意味さ。もう一つの種子は既に(キリト)の中に在る。ただし、その種子が芽吹くかどうかは私にも判らない。だが、もし芽吹いたのであれば、それは必ず君の……君達の力となるだろう」

 

「おいおい、随分といい加減じゃないか?」

 

「ふっ。結局は、どちらも君次第という事さ」

 

「あっそう」

 

結局良い様に言いくるめられている気がするが、気にしないことにした。この男の言葉にまともに付き合っていたら、こっちの気が滅入ってしまう。

 

「……私はそろそろ行くとしよう。ではな、キリト君。機会が有れば、また会おう」

 

そう一方的に告げると、茅場は現れた時と同じようにいつの間にか消えていた。

 

死んでも人を振り回す奴だな、まったく……

 

内心そう思い溜息を付きつつ、左手を振ってシステムウィンドウを出現させる。

 

さぁ、帰ろう。アスナが待ってる

 

そして俺は、ログアウトボタンを押した。

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

膨大なネットワークデータが行き交う場所。

データの海とでも言うべき、本来ならば0と1だけで構成され、生物など存在しようもないその場所に二人の男はいた。

 

「あれで、良かったかな?」

 

「ああ、悪かったな」

 

「いや、良いさ。しかし、こんなところで貴方と再会するとは思っていなかったよ」

 

「ふっ。それはお互い様だろう。しかもお互いこんな存在だ」

 

「違いない」

 

暫く二人は笑い合うと、一人が背を向けて歩き出した。

 

「行くのか」

 

「ああ、オレも、少しばかりやることが有るからな」

 

「ふむ……そうだ、貴方に一つ伝言が有った。――――、だそうだ」

 

「ふっ、アイツらしい言葉だ」

 

「どうやら、無事伝わったようだな」

 

懐かしそうに目を細めた男を見て、言伝を伝えた男は満足げに頷く。

 

「ああ、それが聞けだけでも、お前と会えた価値は在った」

 

「そうか、それは重畳。では、またいつの日か」

 

「ああ、またな」

 

 

そして、データの海には、初めから誰もいなかったかのように、0と1だけが飛び交う場所に戻った。




まずは三ヶ月もお待たせしたのに読んで下さった読者の皆様に感謝を。

はい、と言う訳で、長らくお待たせしたALO完結です。
とは言え、皆さんお判りの通りまだいくつかやっていないことが有りますが……とりあえず、こういう形で今回は区切らせていただきました。

色々勝手なことをやらかし色々謎も増えた今回でしたがいかがだったでしょうか?


次回に諸々の事後話を入れた後、GGOに入って行きたいと思います。

意見・感想・誤字脱字報告はいつも通り随時募集中ですので、お気軽にどうぞ。
では、恐らく来月になる……と良いなって思ってる次回更新までノシ




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