今日はロストソング大型アプデですね……
言い訳は後書きにて。
資金繰りのネタ案件、提供していただいた皆様方本当にありがとうございました。こちらの詳細も後書きにて
2025年 12月
「で、だ。どうするよ?」
「は? なにがだよ?」
カフェから場所を移し、ほど近いビジネスホテルの一室。
用意周到と言うかなんと言うか、この展開を読んでいたであろう智成が既に二人分で数泊の予約を入れていた。曰く、経費で落ちるとのことだ。NAB様様だな。
一度帰宅してとってきたアミュスフィア――ALOの件の後、政府がナーヴギアの回収を始めやがったから、仕方なく買い直してデータ移行した――にGGOをインストールしている最中、智成に疑問をぶつけられ首を傾げた。
「なにって、GGOのPCデータをどうすんのかって話だよ。お前今はALOにキャラ置いてるんだろ? コンバートすんのか、新しく作り直すのか」
「あー、そうか。忘れてた」
言われて気付いた。《ザ・シード》によってVRMMO間のキャラデータ移動が出来るようになって久しいが、これには問題が一つある。ステータスはともかくアイテムやらなんやらは引き継げないってことだ。何もせずにコンバートしようものなら、その時前のMMOで所持していたものは全部吹き飛ぶ。今の所ALO以外のMMOをやる気がなかったからすっかりそのことを頭の片隅に追いやってしまっていたのである。
「《バレットオブバレッツ》だったか? ソレに出るにしても何にしても、コンバートした方が良いに決まってるんだろうけどよ」
調査するのにステータスが高ければ高いほどいいのは当たり前だ。しかも今回は
「つっても、今さっき決めたことだしな。モノ預けられそうなのでこの時間にALOインしてそうな奴なんて知り合いにいねぇぞ?」
つまるところ、GGOからALOに戻る気が無ければそれでも良いわけだが、再コンバートする予定が有る時は信用できる知人に一旦全てのアイテムを預けておくと言うのが一般的な対処法だ。
が、如何せんそれこそ数十分前に決めたことだから当然誰かにそのことを伝えている訳もなく。さらに言えば俺の知り合いは殆どが社会人乃至学生だ。真昼間にどこにも行かず家でゲームしてるやつなんていない。可能性があるとすれば大学生の伊織か愛奈あたりだが、可能性は低そうだ。
「それについてはモーマンタイだ。きちんとALOにお前の所持品預かってくれる人を待たせてあるからな」
「……幾らなんでも準備が良すぎやしねぇか?」
「まーま、良いから行ってこいって。会えばお前も納得するだろうからさっと」
「うおっ……はぁ。ったく、判ったよ」
有無を言わさずアミュスフィアを被せられ、仕方なくベッドに横たわる。全く、相変わらず強引な奴だ。
「戻ったら覚えてやがれ」
「ざーんねん、もう忘れたよ。ほれ、いってらっしゃい」
「……ゼッテェ殴る。リンク・スタート」
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「で、来たは良いものの、だ」
場所はアインクラッド二十層の主街区。現在のアインクラッドの最前線なわけだが。
「どこにいるのかも、相手が誰なのかも結局何も聞いてねぇぞ……」
ALOログイン僅か数十秒。そんな訳で途方に暮れていた。
智成に勢いで来させられたが、気付いてみれば受け渡し相手の情報は何も聞かされていない。唯一言われたのは、会えば納得する、ただそれだけ。
「納得も何も、まず会う所から躓いてんじゃねぇかよ、オイ」
思わずため息を吐いて左手を振る。何にしても一旦落ちて相手の居場所やらなんやらを聞きださねぇことにはどうにもならねぇ。
「あの野郎本気で一発ぶん殴ってやる……」
「おっと。ストップですよ、ハセヲさん」
苛立ちのままにログアウトボタンを押そうとしたところで、背後から声が掛けられた。しかも、何処かで聞いたことのある声。
まさかと思いながら振り返ってみれば――
「どうも、お久しぶりですね! ハセヲさん!」
――予想通り、胡散臭い笑顔を浮かべた知り合いがいた。
「……なんだろうな。お前と会うときは、大概よくない知らせが聞けそうな気がすんだよ……」
「いやだなぁ、ハセヲさん。僕がそんないつもいつも厄介ごとばかりを持ってくるみたいに言わないで下さいよ」
不満そうな声を上げながらも、その胡散臭い笑顔が崩れることは無い。というか、俺はコイツのこの表情以外を見たことが無い。
ぶっちゃけなんでお前がここにとか、どうやって居場所をとか、何でThe Worldと同じ姿なんだとか。言いたいことは山ほどあるが、確かに、コイツなら会っただけで納得は出来る。つか、納得せざるを得ない。コイツはそういう奴だから。
「で、お前が俺の所持品を預かってくれる相手でいいわけだな、欅」
「ええ、勿論です」
The World R:2の最大ギルドの一つ《月の樹》のギルドマスターにして、ネットスラム《タルタルガ》の管理人である天才ハッカー、歩く
「クーンさんから連絡を頂きまして、こうしてALOまでやって来たわけです」
「……ホンットに、なんでもアリだなお前。今更だけどよ」
「いやぁ、そんなに褒めないで下さいよ」
「いや、褒めてねぇよ」
「照れちゃうなぁ。あ、お礼でしたら結構ですよ。ただ宜しければ、またハセヲさんの
「だから褒めてねぇっつの! つかドサクサに紛れて何言ってやがるテメェ!」
「あらら、それは残念です」
「…………」
むしろ万が一、いや億が一にでも頷くとでも思っていたのか。相変わらず、コイツと会話は疲れる。
「まぁ、今日の所はこれくらいにしましょうか。時間も勿体ないですしね」
「…………はぁ」
言いながら欅が手を叩くと、勝手に最寄りの宿屋に転送されて、勝手にトレード画面が開き、勝手に俺の所持品から持ち金から全て――今装備してるのもまとめて――ウィンドウに叩きこまれ、勝手にトレードを完了した。
別に初めからそうするつもりだったから構わないと言っちまえばそれまでなんだが……やはり目の前の存在に理不尽を感じざるを得ない。つか、いきなり人を
「ではハセヲさん。また後日、ALOに再コンバートした時に会いましょう」
そして一方的に宣言して去っていった。ログアウトの動作を見せることもなく。
ここまで来ると『実は僕人間じゃないんですよ(笑)』とか言われた方がよっぽど信用できる。むしろこれで普通にリアルでは人間やってますとか詐欺だろ。元管理プログラムの一端らしいユイよりも出鱈目なことできるとか意味が分からん。実際、俺も、あの拓海でさえも
欅のリアルには会ったことが無い。
「……落ちるか」
わずか数分の邂逅で異様なまでに疲れたので、取り敢えず、智成を必ず殴ると決めてログアウトボタンを押した。決して八つ当たりなんかじゃない。
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「おっ、早かった――」
「喰らいやがれ!」
「――なぐっふぅぅぅぅ!」
帰還早々、宣言通り腹に一発イイのを決めてやった。
もしかしたら少しばかり加減を誤ったかもしれないが、決して八つ当たりじゃねぇ。大事なことだから二回言った。
「お、オイオイ、ゲホッ……い、いきなり腹パンはないだろ……!」
「言ったろ、覚えてろって。絶対ぇ殴るともな」
「だからってホントにやるかよ普通……で、相手には会えたのか?」
「……まぁな」
「どうだ、驚いたろ?」
腹を摩りながら顔をニヤつかせやがる智成。もう一発叩き込んでやろうか。
「やっぱり確信犯かテメェ」
「まぁま、無事合流して受け渡しも出来たんならそれでいいじゃないの」
「良かねぇっつの。VRとは言えいきなりマッパにされて笑って許せるかアホが」
「まぁそれは……欅だしな、仕方ないんじゃね?」
「呼び寄せた張本人が言う言葉かって、のッ!」
「ごっふぉぉぉぉぉ!」
結局、もう一発入れることにした。
思いの外イイ感じに入ったのか、床でのた打ち回る智成が復帰するまでに十数分の時間を要したせいで、GGOにログインするのが少々遅れたのは、まぁどうでもいいことだ。
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ダイブ前に一悶着あったものの、特に問題もなくコンバートしてGGOへ。
視界に広がったのはSAOやALOの様なファンタジー然とした街並みではなく、SFやサイバーパンクの要素を全面に押し出した風景だった。
魔法や剣を武器としつつも、蒸気機関の発達によってスチームパンクの様相を成していたR:2にどこか似通った雰囲気が有る。
RPGの王道的なファンタジー世界も良いが、こういった世界観も悪くない。つーか結構好みだ。
「特に問題なくコンバート出来たみたいだな」
「……クーンか?」
つい数十分前ALOにログインした時と同じように後ろから声を掛けられ振り返ると、所々差異はあるものの、大凡R:2の《クーン》と似た姿をした男がいた。
「お前がその姿ってことは……」
「ほれ」
親指で示された窓ガラスを見てみれば、やはりThe Worldの《ハセヲ》と酷似した姿がそこに有った。
「やっぱりか」
「ああ、どうやら俺達碑文使いが《ザ・シード》を元にしたVRMMOに行くとThe Worldと似たアバターになるのはほぼ確定みたいだ。コンバートも含めてな」
「他でも試したのか?」
特に驚いた様子も無く話すクーンに問いかける。
「まぁな。お前や伊織達の話は聞いてたんで、仕事上色々見て回ったついでに検証も兼ねてさ。どこのMMOでも再現できる限り近しい姿になったよ。まぁ、PCの名前を変えるとその限りでもないみたいだけどな」
「碑文使いとそのアバター名の組み合わせが条件……ってことなのか?」
「そこまでは何とも。そもそもちゃんとした実証データは俺とお前、それに伊織と桜ちゃんしかないし、そもそも碑文使い自体が七人しかいないんだ。とんでもなく有り得ないくらい低い確率の偶然だって言われればそこまでさ」
「偶然にしちゃ、随分出来過ぎた話だけどな」
「まぁ、今の所それで何か問題が出てるって訳じゃないんだ。この件に関しては追々調べて行けばいいさ」
「……そうだな。なんにしろ、今ここで俺たち二人が考えても答えなんか出ねぇだろうし」
「そーそ。んで、今やるべきは《死銃》クンを調べるための下準備。つーわけで、まずは《総督府》へ向かう」
「《BoB》のエントリーか」
「そゆこと」
頷いたクーンの後を付いて総督府へと向かう。
ハッキリ言って初心者には優しくないとんでもなく入り組んだ道を歩く。
「……にしても、いくらなんでも複雑すぎねぇか、この街」
「あぁ、なんか元が宇宙戦艦って設定らしいし、その所為かもな。街の創り自体縦長だし」
「全長何キロもある宇宙戦艦て……どこの超時空要塞で移民船団な歌って闘うアニメだよ」
因みにその某可変戦闘機アニメシリーズは今でも絶賛継続中だ。近々TVシリーズ五作目となる新作が放送予定だったりする。今では四十年以上前から続く長寿シリーズだ。流石に二、三年に一本は新作だしてる某人型ロボット戦争アニメには勝てないが。
「そういうよく判らん設定もMMOの醍醐味ってな」
「そりゃそうだけどな……てか、今更だけどお前結構このゲームやりこんでねぇか?」
設定云々はともかく、始めて間もないプレイヤーが地図も見ないで歩けるほどこの街の道は優しくない。それをこの男は全く迷う素振りもなく歩いている訳で。
「んーまぁ、あれだ。小遣い稼ぎ程度にはな」
「舞さんにそのことは?」
「…………い、言ってるに決まってるじゃんよ、勿論」
「つまり後で舞さんに報告しても構わんと?」
「嘘ですスミマセン許してくださいお願いします」
まぁ、ギャンブルやらその辺にあまり良い感情は持っていないだろう舞さんに、小遣い稼ぎとは言え私営ギャンブルもどきのMMOやってますとは言えねぇだろうな。
つか、俺も千草辺りに知られたら煩そうだ。アイツも変なとこ潔癖なとこあるし。
「貸し一つな」
「う、ウス」
そんな至極どうでもいい話を交えながら歩くこと三十分足らず。漸く辿り着いた総督府、通称《ブリッジ》でBoBのエントリーを行う。何やらリアルの情報を入力する欄があり、そこに住所やら本名やらを入れるとBoB上位入賞時に商品が贈られるらしいが、ぶっちゃけゲーム内で使えるアイテムでもないものにそれほど興味は無いので全部無視。隣で操作していたクーンも同じようで、二人して素早くエントリーを済ませた。
「うし、これで明日の予選に出ればいいだけだな」
「てか、BoBの試合形式ってどうなってんだ?」
エントリーは済ませたものの、詳細については特に書かれていなかったのでよく判ってない。取り敢えず俺の予選グループがA-10って事だけは判ってるが。どこぞの稲妻の名を冠した対地攻撃機と同じ番号なのは縁起がいいのか悪いのか。
《ブリッジ》から外に出て歩きながらクーンが説明を始めた。
「まず明日の予選は一対一のトーナメント形式だ。エントリーの時に出たのがそのグループって訳だ。因みに俺はB-29。お前は?」
「A-10だ」
「なら取り敢えず予選ではお互い当たらないと。にしても、二人して爆撃機の番号ってなんなんかね」
「知るかよ、それこそ偶然だろ」
「そりゃそうだな。んで、この各予選グループのトップ二人が、晴れて本戦に出場って訳だ」
「なるほど、つまり予選の最終試合は完全に消化試合って訳だ」
「ま、他の連中に出来るだけ手の内晒したくないなら自爆も有りってことだな」
それも戦略の内と言えばそうだろうが、やられた方は堪ったモンじゃねぇだろうなソレ。
俺だったら本戦で真っ先にソイツを殺りに行きかねない。
「そんでもって明後日の本戦は打って変わって、予選上位三十名によるバトルロワイヤル。共闘、漁夫の利、騙し討ち。徹底籠城から巻き込み自殺までなんでもござれの大混戦だ。何でもいいから最後まで生き残った奴が優勝。単純だろ?」
「どいつもこいつもエゴ丸出しで、全力で勝ちに行くって訳か」
ゲームのジャンルとしてはあまりやったことのない方式ではあるが、嫌いじゃない。
知らず口角が上がる。
「やる気は十分って感じだな。でも、それにはまず明日の予選を勝ち抜かなくちゃいけないわけだ。その為に必要なのは……」
「武器を揃える、って言いてぇところだが」
右手を振ってメニューを開いてみれば、右下の方に表示される1000creditの文字。紛うこと無き初期金額だ。
「まずは資金集めだな」
「一応
「RMTか……それもな」
RMT、所謂《リアル・マネー・トレード》の略で、その名の通りゲーム内通貨と現実の通貨を相互換金することだ。そこがGGOの醍醐味の一つではあるんだろうが、一ゲーマーとして課金に頼るのは負けた気がしてならない。俺は基本料金以外と追加コンテンツ以外は無課金でやるのが信条の一つだったりするわけで。リアルマネーで強さを買うのは好きじゃない。
「とはいえ、ダンジョン潜って稼いでる時間も無いぜ?」
「だよな……なんか、ローリスク・ハイリターンな場所とか無ぇのか?」
「無くは無いけども……ほら、アソコとか」
暫し辺りを見回して指差したのは、数十メートルほど先にある何やら小振りなドーム状の建物。掲げられたネオンを見てみれば、《Cragy Race Stadium》の文字が赤く輝いている。その隣に張り付けられたグラサンの禿オヤジが妙に厭味ったらしい笑いを浮かべているのはなんなのか。
「なんだ、ありゃ?」
字面だけ見れば何かのレースを行う場のようだが、それにしては小さすぎる外観だ。
「GGOには大から小まで多種多様なギャンブルゲームが有ってな。小さいのだとターゲットストライクだったり弾避けだったり、デカいのになるとリアルさながらのカジノとかも有るんだ。デカいのはリアルと同じだ。ハイリスク・ハイリターンの真剣勝負なんだが、小さいのはちょっと趣が違う」
「どういう風に」
「簡単に言っちまえばゲーセン感覚で遊べるのさ。一回百から、高くても千クレジット。んで、記録によってちょっとした賞金が出る。これだけならただのミニゲームなんだが……まぁ、実際に見てみるのが手っ取り早いか」
意味深な笑みを作ったクーンの後に続いてドームに入ってみると、恐らく観戦用だと思しき数台の大きなモニターと、ゲーセンで見かける様な筐体が置かれていた。プレイヤーも十人くらいいるが、観客か?
「お、グッドタイミングだ」
そう言ったクーンの視線の先を追ってみれば、何やら筐体の前に立ち操作をしている男性プレイヤーの姿が。男が筐体に手を翳すと、筐体の上にある数字が千増えた。つまりあれがプレイ料金って訳か。表示されてるのは総額だろう。
他の観客たちに冷やかしに応えながら操作をしていたが、それが終わると転送エフェクトと共に消えた。
かと思えば、今度はさっきまでゲームのロゴしか映していなかったモニターの内、中央の一番大きいものに妙にメカニカルなコースとそこに佇む二台のバイクが映し出された。片方は筐体を操作していた男、もう一方はネオンの横にいたグラサン禿オヤジだ。ご丁寧に葉巻まで咥えていやがる。
「Are you ready cherry boy huh?」
しかも吐き出したのは『準備は出来たか童貞野郎』とか……どこまでも挑発的なオヤジだ。
「なるほど、別空間に移動してのバイクレースって訳か」
「ま、そーゆーこと。始まるぜ?」
画面に視線を戻すと、カウントが表示され、ゼロになるのと同時、二台にバイクが猛然と発進した。
バイクはそれぞれ中型のATと大型のMTだ。馬力的には確実にオッサンの方が上だろうが、小回りを考えれば男性プレイヤーに利が有る。
別画面に表示されているコースMAPによれば、複雑なカーブや激しい高低、ジャンプ台まである中々に難度の高そうな一周30km弱の短いコースだ。見た目バイクの性能だけではどちらが勝つとは言い切れないが、禿の乗る大型は明らかにスペック以上の速度が出ているのが覗える。あれじゃ大型の強馬力車に乗っても追いつけるかどうか。
「あのハゲに勝てば賞金が出るってことか?」
「いや、別に勝たなくても良いんだよ。ゴールするまでの時間によって賞金が決まってる。今までの最速タイムは10分32秒68」
「は? 勝たなくていいなら何で対戦相手がいんだよ、別にタイムアタックで良いじゃねぇか」
それに難しいとは言ってもこの短さなら10分は切れると思うが。
「ただのレースならな。ただのレースじゃないから、勝たなくても良いんだよ、ホラ。たぶんこのカーブでオッサン抜くぞ。それで判るさ」
言い終わらない内に三分の一ほどの地点にある連続ヘアピンカーブに入った。直線速度が異様に早い分カーブではかなり速度を落とす設定になっているのか、男の乗った中型ATがスロットル全開のまま持ち前の小回りの良さを活かして最初の直線で離された差を素早く縮めると、その最終カーブで禿オヤジを抜き去った。途端、様子が変わる禿オヤジ。
「Oh shit! Fuckin'guy!」
そう吐き捨てるとつけていたサングラスを外して、右手を車体の後ろに持っていくと何か棒状のモノを取り出した。ソレを前に走る男に向ける。
「Catch this! Be gone!」
禿オヤジが大声で叫ぶと、低い衝撃音と共に手に持ったモノの先端から火花が散った。
「オイ、アレってまさか……」
「そのまさか、さ。あのオッサンの後ろにいる分には何もしてこないが、少しでも前に出た瞬間ああしてショットガンぶっ放してくるっていうトンデモレースって訳だ。しかもノーリロードでな。勝たなくても良いっつーか、実際には勝てないってのが正解。一発でも当たろうもんならそこでバイクが大破してゲームオーバー」
叫んだ時点で後ろを振り返っていた男は咄嗟に車体を倒して左右に蛇行しつつ後ろから飛んでくる暴虐の嵐を紙一重で避けているが、無論そんなことをしていれば車体の制御難度は跳ね上がる訳で。直角カーブに差し掛かったところでハンドリングを誤ったのか盛大に転倒してクラッシュ。この部屋に転送されてきた。
「蛇行運転すれば一応避けられないこともないけど、ああいう風に自滅するか、徐々に減速しちまって追い抜かれるかのどっちかって訳だ。しかもゴールまでの距離が短いほどショットガンを取り出すまでの時間が短縮されるらしくてな。ゴール直前で追い抜こうとしても一瞬でやられちまうらしい。だから、オッサンとつかず離れずの距離を保ってゴールすんのが一番確実って訳だ。その代り、勝てたらタイムに関わらず今までの掛金全額ゲット」
「なるほどな」
確かに、追い抜かないように要所要所で減速しなければいけないとなると、最速タイムが10分以上というのも理解できる。
「つか、随分詳しいな。やったことあんのか?」
「いんや、一回も。でも、見てる分には面白いからな。たまに観戦にだけ来てるんだよ」
「……暇人かよ」
「ひっでぇな……小さなギャンブルゲームはこの手のばっかでな。さっき言った弾避けにしても、このレースにしても、相手がイカサマ過ぎて誰もクリアできないから、掛金がとんでもないことになってるって訳さ」
「それでも、やる価値はあんだろ? 上手く行きゃ一攫千金だ」
「ま、そう言うと思ったよ」
面白そうに肩を竦めたクーンを伴って筐体の前に立ってキャッシャーに手を翳す。古めかしい音と共にクレジットが消費されると、筐体の画面に多数のバイクが表示された。新旧、中型大型、ATMT、実際に存在するモノから架空のモノまで様々だ。
「随分古いのまであるのな……ん?」
色々見ている内にふと目についたのは《特別仕様モデル》なる大型MTだ。その車種の通常版も隣にはあるが、表示されているスペックが違いすぎる。最高速度と加速性、それに運動性能が大幅に増強されてる分、操縦性と安定性が酷いことになっている。なんでこんなピーキーなチューンになってるんだ。架空のモノもいくつか見たが、ここまで酷いのは無かったぞ。
「あぁ、それか」
「知ってんのか?」
後ろから覗き込んできたクーンに尋ねる。
「偶に使ってる奴見るからな。何でもそのバイク、昔特撮で使われたやつらしくてな。ザスカーに特撮好きのプログラマーが作ったんじゃないかって噂だ。本当かどうかは知らないけどな」
「特撮、ねぇ……」
バイクに乗る特撮、と言われれば思い当たるのは日曜朝だけだが……まぁ、それはいい。
「見ての通りのとんでもなく尖った性能だ。最高速度はあのオッサンNPCのバイクと同等の設定らしいけど、俺が知ってる限りまともに乗れてた奴はいなかったよ。みーんな途中で自爆だ。だからソイツは止めとけ……っておい」
クーンの静止を無視して選択、決定。まともな方法じゃまずあの禿オヤジに勝てないのなら、コッチもまともじゃない手段でやるしかないだろう。ピーキーなチューン? 面白いじゃねぇか。
「あーあ、止めたからな俺は」
転送される最中、クーンの呆れたような声が聞こえたが、聞こえなかったことにする。勝てばコッチのもんだ。
先の男と同様にバイクに乗った状態でコースに転送される。視線を横に向けると、これまた先と同じようにグラサン禿オヤジが葉巻を吹かして佇んでいる。
どうでもいいが、グラサンにバイクにショットガンって、一体どこの人型人類殺戮兵器だって外見だよな。本家は禿げてねぇけど。
気付けば既にスタートまでのカウントが始まっていた。意識を集中させ、グリップを握りしめる。
3……2……1……GO!
ブザーと同時にクラッチレバーを離して発進。加速に合わせてギヤを上げトップまで持っていく。
スタート直後から禿の方がやや早いものの、ほぼ横並びの状態で直線を走っていく。恐らくこのままスロットルを全開にして加速すれば、コイツのとんでもない加速力なら問題なく追い抜けるだろうが、ハチの巣にされるのは確実なのでまだやらない。焦らずに出来るだけ並走状態を保ってコーナーを抜けていく。乗ってみて判ったが、このジャジャ馬は相当いう事をきかないようで、カーブで少しでも気を抜けば一瞬で転倒しかねない。
確かにクーンの言う通り、人に勧められるようなマシンじゃねぇな、コイツは!
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「相変わらずのトンデモスペックだね、アイツは」
モニターに映し出された光景に、思わずそんな言葉が口を突いて出ていた。
周りの観客も皆呆然としている。それもそうだろう。アイツが今乗っているのはそれだけの代物なのだ。ハセヲには『まともに乗れた奴はいない』といったが、とんでもない。常人なら『まともに』どころか、『まったく』扱えない。何度目かのカーブを上手いこと若干の遅れをキープして曲っているが、今まで見てきた奴らは皆最初のカーブで曲りきれずに、若しくはスピン、転倒してクラッシュ。それで終わりだった。なにしろ少しの重心の匙加減次第で車体の傾きが大きく変わるのだ。そんな凶悪マシンに乗りながら、彼我の距離までコントロールしてるとか、もはやバケモノとしか言いようがない。
周りの連中は、そんな様子を何度か見てやっと正気を取り戻したのか凄まじいテンションになっている。まあ、態々ゲームの中でまでマシンレースを見に来るような連中だ。こんなリアルではお目にかかれないようなレースを見せられたら熱が入るのも判らないではない。
「なぁアンタ! アンタの連れ一体ナニモンだよ!? あんなバケモン見たことねぇぞ!」
俺とハセヲが話していたのを見ていたのか、観衆の一人が興奮気味に近寄って話しかけてきた。
まんまバケモノ呼ばわりされていることに笑いつつ、肩を竦めて答えてやる。
「初心者だよ、初心者。コンバートではあるけど、つい何十分か前にGGOにログインしたばっかのな。勿論、このゲームも初めてさ」
「嘘つけ! そんなわけあるかよ!?」
「いや良く見ろ! あの兄ちゃんの装備、ありゃ初期装備だ!」
「オイマジかよ!? それであのマシン乗りこなしてんのか!?」
「……リアルではプロのレーサーでもやってんのか? アンタの連れ」
話しを聞いていた他のプレイヤー達が信じられないと言わんばかりに口々に囃し立てる。
隣の男も周りと同じように疑わしげだ。
「いんや、教師だよ。ちょっと変わってはいるけどな」
「なら、GGOの前になんかレース系のMMOやってたとか?」
「剣と魔法のファンタジーだけだと」
個人情報にならない程度に教えてやれば、疲れた様に頭を抱え始めちまった。まぁ、当然の反応だわな。
「そりゃ詐欺だろアンタ……」
「それには全面的に同意するよ」
しかも天然ジゴロときてるから手に負えない。
これは関係ないから言わないけどな?
俺の話を聞いて更にヒートアップしているプレイヤー達を視界の端に収めつつ、モニターに映るハセヲを見ながらふと思い出した。
そういえばアイツ、The Worldでもトンデモバイク乗ってたな……
一般人からすればVRですらないゲームの話がどうした、って所だろうが。
碑文と言うイレギュラーな力を行使することが出来ていた俺達碑文使いにとって違ってくる。その常識ではありえない、ソレを振っていた俺達当人ですら今以てどういったモノなのかよく判っていない力の恩恵は、このVRと同等……いや、おそらくそれ以上に。五感や気配、そして痛みを通した圧倒的な現実感を、俺達の精神とPCをリンクさせることで、俺達碑文使いと言う限られた八人に与えていた。HMDという、本来ならそんな機能などない旧式のハードでしかなかったというのに。
故に、その中で得た経験は、俺達にとって現実と、そしてリンク状態に非常に近いこのVR空間の中では不可分だ。
「それにしたって……って感じだけどな、アイツ見てると」
そんなことを口の中で呟いている内に、気付けばレースは既に終盤に差し掛かっていた。
このままいけば勝てないまでも最速タイムは叩きだせるだろうというところ。そこで、異変は起きた。
坂の頂上から一転、急激な下り坂の連続スパイラルカーブとなっているコース最後の山場。ここを抜ければ後はゴールまで一直線だ。本来ならば速度をある程度落として入るはずのそのコーナーで、なんと減速どころかスロットルを全開にして真っ直ぐ突っ込んだのだ。相手のオッサンが既にコーナーを曲がり始めてからの加速だったせいで追い越し判定は出なかったのかショットガンで撃たれることは無かったが、普通ならそのままガードレールに衝突してクラッシュ間違いなしの場面。
とうとう操作を誤りこれで終わってしまうのかと、誰もが落胆していたその瞬間――
「「「「「はぁぁぁぁぁぁああ!?」」」」」
――その考えは覆された。ガードレールに突っこむ直前、前輪を持ち上げてウィーリーをしたかと思えば、そのままガードレールをジャンプ台替わりにして…………飛んだ。
そして高低差、直線距離共に数十メートルは先のスパイラルカーブを抜けた先の直線へ見事に着地。あのマシンの加速力じゃなければ確実に途中で失速してカーブの中に落ちていただろう荒業だ。
誰も予想していなかったまさかのショートカットを敢行したのだ。俺も含めて、全てのギャラリーが大口開けて呆けているとは思っていないだろうそのトンデモ技を披露した本人は一気にゴールまで駆け抜けていく。
頭上を越えられたところでやっと追い抜き判定が出たのか異常なスピードでショットガンを抜き散弾をマシンガンの如く乱射するオッサンだが、大きく高低差が有る上に多段スパイラルになっているカーブが邪魔をして鉛玉は全て阻まれた。
そうしている内にハセヲの駆るマシンはオッサンがスパイラルを抜け終える前に颯爽とゴールを決めていた。
「やってくれやがったよ、まったく……ん?」
巻き起こる大歓声の中、ふと視線を感じて振り向くと、ボロ布の外套を被ったプレイヤーがドームから出て行くところだった。既に背を向けているので感じた視線があのプレイヤーのモノだったか判別はつかなかったが。
「気のせい、か?」
何となく後味の悪さを感じながらも、気にしないことにした。MMOでは気付かない内に誰かに見られていたなんて言うのは日常茶飯事だからな。
取り敢えず、今は転送されて戻ってきた英雄を他のプレイヤー達と共に迎えるとしようか。
と、いう訳で第2章11話でした
まずは資金繰りに関してはこういう感じになりました。案を頂いた、
シオウさん、Neverleaveさん、月音風花さん
以上三方のものを参考にこねくり回して使わせていただきました。
採用させていただいたお三方も、その他の案を下さった皆様方にも大きな感謝を。
あと何故か感想で多かったハセヲ男の娘化は残念ながらないです、期待していた変態紳士の皆様、残念でした(おまけでやらないとは(ry
以下言い訳
うん、取り敢えずレースの描写って滅茶苦茶難しいね。戦闘描写なんかよりよほど書けなかった。だってまずバイクなんか乗ったことないんですもん、某特撮は好きだけど。車なら免許取ったからまだ判るものを……なんでバイクなんて乗ってんだハセヲ(オイ
若しくは蒸気バイクなら勝手に設定捏造出来たものを……というわけで、今話のメインになったバイクレースの執筆に大いに手間取ったという訳でして、ええ……
と、ここまでは表向きの理由ですね、はい。
まぁ、言ってしまえばロストソングとスパロボが悪い、とだけ
そんなこんなで時間が掛かった挙句、少し短いし、出す出す言ってたハセヲ君の武器さえ出せませんでしたが、楽しんでいただけたら何よりです
ではまた次回
いつも通り誤字脱字報告及び感想は随時募集中です(バイクのことについては何か間違っててもあんまり深くツッコまないでね