SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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一月半ぶりとなりました、お久しぶりです

それでは二章十三話、どうぞ


Fragment M《道迷フ瞳》

2025年 12月

 

 

『お前、本物、なのか』

 

奴は、確かにそう言った。俺に目を合わせて、本物なのかと、しかとそう口にしたのだ。

そして、本物ならば、必ず殺すとも。その声は、以前聴いた《死銃(デス・ガン)》のモノと同じだった。

 

バーチャルでありながら唯一現実のそれとリンクしている心臓が早鐘を打ち、呼吸は荒くなっていく。

 

奴の言葉と、腕に刻まれた《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のタトゥー。

それが意味しているのは、何者かは判らないが、奴がSAO帰還者(サバイバー)であること。そして、あの《ラフコフ》のメンバーの一人だという事だ。

それに、俺には覚えがある。似たような話し方をする男が《ラフコフ》にいたことを。

 

どんどんと加速してやけに大きく響く心臓の音を聞きながら、脳内では去年の八月の光景がフラッシュバックしていた。

俺がこの手で直接、あの世界で初めて生きている人間の命を奪ったその日のことを。

 

今でも、鮮明に思い出せる。二つの命を奪った瞬間を。その感触を。

人を殺めたという罪が、再び重く圧し掛かってくる。手の震えが止まらない。乗り越えようと、背負おうと足掻いてきたはずなのに、再確認させられたその罪に。余りに大きすぎる罪に。俺は、どうすればいいのか判らなくなってしまった。

 

俺は、あの時どうすればよかった?

 

大人しく切り殺されていればよかったのだろうか

 

俺自身の手で、その手に握った刃を振って消し飛ばした命に、未だに正面から向き合えず

 

自分が命を奪った者の名前すら知らず

 

あの場にいた、言葉を交わした相手の名すら忘れ

 

あの日の……あの世界での全ての罪を忘却の彼方に追いやろうとしていたのだ、俺は

 

何て傲慢で、何て愚かなことか

 

強くなると、誓ったはずなのに

 

俺はまだ、こんなにも弱い

 

どうすればよかった。どうしていればよかったのか。

 

判らない……分からない……解らない……わからない……ワカラナイ……

 

モウ、ナニモワカラナイ……

 

 

そんな泥沼の思考の渦の中――

 

『一緒に強くなろう?』

 

――聞こえてきたのは、最愛の人の声だった。

 

 

――本当に何も判らないのか?――

 

ワカラナイ

 

――本当に?――

 

ホントウニ、ナニモワカラナイ

 

――なら、彼女の言葉は聞こえなかったのか?――

 

ソレハ、聞コエタ

 

――なら、何も判らないことはないだろう?――

 

……そうか……

 

――そう、思い出せ。彼女と、一体何を誓ったのか――

 

『今はまだ、キミも、私も弱いけど。一緒に強くなろう? ゆっくりでいいから、二人で強くなろう』

 

そうだ、そうだった

 

思い出した

 

俺は……俺達は……

 

 

 

「おい……オイッ! お前、大丈夫か?」

 

 

 

呼びかける声に、急に意識が浮上していく。

目に飛び込んできたのは、此方を見下ろす良く知った男の顔だった。

 

「……ハセヲ?」

 

「あん? 何で俺の名前を……もしかしてお前、キリトか?」

 

思わず名前を口にしたせいで、素性がバレてしまったらしい。

というか、やっぱりハセヲだったのか。ソックリさんで片づけるには無理があるとは思っちゃいたけども。

 

「ああ、俺だ。キリトだよ。出来れば人違いだって言いたいところだけどな」

 

「……なんでそんな恰好になってんだテメェは」

 

「レアアバター、なんだとさ」

 

厭に哀愁を帯びた口調のキリト。まぁ、リアルでも女顔なこと気にしてたし、追い打ち掛けられたようなもんか。

 

「ご愁傷さん。とだけ言ってやるよ」

 

「どーも。ていうか、ソックリそのままアンタに返すよ。なんでそんなアバターになってるんだよ。有り得ないだろ」

 

「知らねぇよ。体質なんじゃねぇの?」

 

「体質って……」

 

無茶苦茶な言い様に肩を竦めた。問い詰めたところで意味のないことは判り切っているので、話題を変える。

 

「で、なんでアンタがここに? GGOにコンバートするなんて聞いてなかったけど?」

 

「そりゃコッチのセリフだ……アスナに頼まれたんだよ、GGOについて調べてくれって。心当たり位あんだろ?」

 

「ま、まぁ、無くは無いと言うかなんというか……だからって、アンタがコンバートしてまでコッチに来る理由には……」

 

「《死銃(デス・ガン)》」

 

「っ!」

 

予想外の単語に、思わず息を飲んだ。それだけで察したのか、大きくため息を吐くハセヲ。

 

「やっぱりな。菊岡って奴に頼まれたのはこの事件の事だろ?」

 

「な、なんで……!?」

 

「これでも、色々と伝手があんだよ。調べてもらってるうちにそのことが判ってな。どっかの馬鹿が不用心に首ツッコんでるかもしれねぇから、態々出向いたってとこだ。今年度一杯とは言え、一応は教え子だしな。アスナも、その馬鹿も」

 

「それは、なんと言うか……ご迷惑をおかけします?」

 

「まぁ、構わねぇけどな。終わったらせめて嫁さんに一言謝んだな」

 

「ああ、そうするよ」

 

校外で悪さをしているのを教師に見つかったみたい――と言うか一側面的には全く以てその通りなわけだけど――で何となくバツが悪くなって、誤魔化す様に頬を掻いた。

 

そんな俺を見ながらもう一度溜息を吐くハセヲ。

 

それにしても、会うたびに溜息ばっかりな気がするんだけど気のせいだろうか。そんなんだと幸せが逃げてくぞー

 

「で?」

 

なんて、益体もないことを考えていると不意に疑問符を投げかけられた。

 

「はい?」

 

「何が有ったって聞いてんだよ。もう吹っ切れたみたいだけどな。さっきまでヒデェ顔してたぜ?」

 

「ああ……」

 

言われて思い出した。そう言えば、話しかけられたときに何となく気遣う雰囲気だったのはそう言う事か。

一瞬言おうかどうか逡巡したが、同じ事件を追ってるなら情報を共有しない理由は無い。

 

「多分だけど、《死銃》に話しかけられた。奴はSAO帰還者で、《ラフコフ》のメンバーだ」

 

 

 

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「多分だけど、《死銃》に話しかけられた。奴はSAO帰還者で、《ラフコフ》のメンバーだ」

 

「なんだと?」

 

《笑う棺桶》、SAO屈指の犯罪ギルドにして、唯一の殺人ギルド。GGOで聞くとは思っていなかったその名に耳を疑った。

だが、コイツがそう結論付けたってことは、そう判断するだけの材料が有ったってことだろう。

視線で先を促すと、小さく頷いてキリトは言葉を続けた。

 

「俺の名前と試合中に使った剣技を見て、本物かって、そう聞かれたんだ。それだけじゃない。腕には《ラフコフ》のタトゥーが有った」

 

「SAOの時の話を聞いただけの模倣犯ってことは?」

 

「タトゥーの再現度は完全にSAOのソレと見た限り遜色なかったし、ソードスキルだって実物を見たことが無い奴じゃあんなこと言わない筈だ。それに……」

 

「それに?」

 

「奴の口振りは俺と会ったことが有るみたいだった。取り敢えずはぐらかしたけど、多分感づかれてる」

 

「ってことは、《死銃》が誰だったか判ったのか?」

 

「いや……確かに会ったことが有るし、言葉を交わした記憶も有る。でも、奴が誰だったか思い出せないんだ」

 

何かを悔いる様に唇を噛みしめるキリトが思い出しているのがあの日の事だろうことは簡単に想像できた。

むしろあの現場に居合わせた人間なら、《ラフコフ》という名前を聞いて思い浮かべるのは無理のないことだ。それほどに、あの闘いは俺達の記憶に強く刻まれている。

 

「まぁ、判らねぇモンは仕方ねぇ。ソイツの特徴は――チッ」

 

本人の顔かたちを再現していたSAOとは異なっているだろうが、《死銃》の特徴を聞こうとしたところで転送エフェクトに包まれた。どうやら俺の対戦相手の試合が終わったらしい。

 

「話はまた後でだ。まずは本戦出場を決めるぞ」

 

「ああ、そうだな。負けるなよ?」

 

「ハッ! ぬかせ」

 

 

 

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少々時間はかかったものの、特に苦労もなく一回戦に勝利して戻ってきた私の目に映ったのは、顔を青くして身体を震わせるキリトの姿だった。

男だと判ってからの飄々とした態度からは予想も出来ないくらいに弱々しい姿に、思わず近づいて声を掛けるために足を踏み出そうとして、止まった。見かけた事のある男がキリトに声を掛けたからだった。

パッと顔を上げた時には既にキリトから震えは消えていた。彼自身で振り払ったのか、あの男が声を掛けてからなのかは判断つかなかったけれど。

 

それから銀髪の男が次の試合へ転送されるまで二人の会話は続いていた。

いけ好かない奴ではあるけど、何に怯えてあんなに震えていたのか、それに会ったばかりであるはずの男と何を話していたのかがどうしても気になり、キリトに近づいた。

 

「さっきの男、知り合いだったの?」

 

「ん? ああ、シノン。勝ったのか?」

 

「私がたかだか予選如きで負けるわけないでしょう? それより、どうなのよ」

 

「悪い悪い。まぁ、腐れ縁かな。GGOにコンバートしてるとは思ってなかったから、さっき会ったときはただのソックリさんだと思ってたんだけど」

 

「ふーん……」

 

苦笑しながら頬を掻くキリトには、やはり怯えている様子は見えなかった。隠しているようにも見えない。なら、一体何に怯えていたと言うのか…………一体、どうやって振り払ったと言うのか。

 

「まぁ良いわ。アンタも無事に一回戦突破したみたいだし、決勝まで誰かに殺られるんじゃないわよ? アンタを殺すのは、この私」

 

「ははっ、手厳しいな。でも、俺も負けてやる理由は無い」

 

真っ直ぐ私の眼を見てそう言うキリトの眼差しには、強い意志が感じ取れた。ここはVRMMOの中で、私が見ているその瞳だってタダのデータだと言うのに。

狙ったかのようなタイミングでキリトの身体が転送エフェクトに包まれた。対戦相手がやった決まったのだ。

 

「決勝で会おう」

 

そう言葉を残して、キリトは私の前から消えた。

挑発的なその言葉は、私を駆り立てるには十分だったようで。

 

今日GGOにインしたばかりのニュービーがいい度胸じゃない……!

 

「いいわ、待ってなさい。叩き潰してやる」

 

 

それから二回戦、三回戦を可能な限り早く終わらせることで、アイツの闘い方を見る機会を作った。大きな脅威たりえないだろうとは思ったけれど、弾除けゲームで見せつけられた反射神経と動体視力を見る限り油断していい相手ではなかったから。

 

けれど、試合を見てその認識が間違っていたことを知った。

大きな脅威にならない? 油断していい相手じゃない?

それどころじゃない! アレは地雷だ。最大限警戒しても、負ける可能性が大きい。

 

アイツの、キリトの戦略はいたって単純だった。

光剣を右手に寄って斬る、ただそれだけ。ただそれだけなのに、その過程が異常だった。

相手の放つ銃弾を尽くその手に持つ光剣で斬り裂いて近づいていくのだ。あんなの常人に出来ることじゃない。ただでさえ、ゲームとは言え放たれる銃弾の中に身を投げ出すのには勇気がいる。BoB常連組にしてみれば、そんなものは持っていて当然のモノだが、彼は間違いなく今日初めてGGOにやってきたルーキーだ。銃弾に身を曝すだけじゃなく、弾幕の中に自ら突っこんで剰えそれを捌き斬るなど正気の沙汰ではない。

 

それに、異常なのはキリトだけではなかった。組が違うからあまり気にしていなかったが、キリトが腐れ縁と言っていた男、《Haseo》というらしいその男もまたキリトと同じくらい…いや、キリト以上に常人離れしていた。三角飛びの要領で上下左右縦横無尽に飛び回り、そもそも照準をつけさせない機動、設定がトチ狂っている所為で碌に使えないマグナムの二挺持ち、そして用途が殆どないと思われたアタッチメントブレードの使い方。どれをとってもGGOに於けるセオリーと言うものを無視している。

 

何となくではあるが動きに共通点が見られるこの二人が、目下最大の難敵であるのはもはや言うまでもない。

 

こんな無茶苦茶な相手に、どう勝てって言うのよ……!

 

それが、私の嘘偽りない心境だった。

銀髪の男は予選では当たらないし、このままなら決勝で当たるであろうキリトにしても、予選は上位二人が本戦に進めるため無理に勝つ必要はない。

けれど本戦で闘うのは避けようがないし、予選とは言え負けて良いかと問われれば答えは否だ。私は、勝たなくちゃいけないんだから。

 

目的を再確認した私の視線の先には、連れの男の試合を観る、銀髪の男の姿が有った。

 

 

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太陽が頂点に座した真昼間の遺跡。

敵さんがバラ撒くアサルトライフルの弾丸を間一髪壁を盾にすることで回避する。

芳しくない状況に思わず一人ごちた。

 

「ふーむ、コイツはまずいな」

 

三回戦開始直後、運悪く奴さんと正面からエンカウントしちまった俺は壁越しの撃ち合いになってたりする。狭路での奇襲か待ち伏せが見せ場のショットガン使いとしては非常によろしくない展開だ。

相手のリロードをついて12ゲージバックショット弾をぶっ放してみるが、距離がそれなりに離れている所為でペレットが散り過ぎるわ威力は出ないわで大した牽制にもならない。正に無駄撃ち。

 

「どうしたもんかね」

 

獲物が獲物なだけにせめて予選のうちにネタばらしは出来るだけしたくなかったもんで、ロビーのスクリーンに映されちまう正々堂々真正面からのタイマンには持っていきたくなかったんだが……BoBにまで出て泣き言なんぞ言ってられるほど甘くは無い。

 

しゃーない、出し渋って負けちまったら意味ないしな

 

「さーて、いっちょやりますか!」

 

本当なら全試合奇襲で終わらせたかったが、ここで御開帳といこう。

どうせ撃ち合いを始めちまった以上誰かしらに見られてる可能性は高いんだから、勿体ぶったところで変わりゃしない。

 

さぁ、ちっとばかし派手なお披露目だ!

 

バックショット弾のマガジンを外して腰に並べて吊ってある一つを装着して装填、セレクターをセミからフルに変更。後は銃撃が止むのを見計らって照準、トリガーを引くだけの簡単なお仕事だ。

 

「とくとご覧あれってなぁ!」

 

数ある種類の中から付け替えたドラムマガジンに装填されてるのはコイツ専用に開発された弾薬Frag12榴弾30発。別に倒すだけならスラッグでもイケるだろうが折角のお披露目ってことでこっちを選択。

ソレをショットガンとしては異例の毎分350発という常識破りの連射速度で強烈なマズルフラッシュと共に吐き出していく。奴さんは壁に隠れたようだがソイツは悪手だ。そんなチャチな壁程度、コイツの前じゃあ紙同然。正解は防御ではなく回避だった。

 

ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 

壁に着弾するたびに小規模とは言え凄まじい爆音を響かせながら爆発し、爆風と破片をさながら天災の如く撒き散らす凶弾を撃ち続けること都合約五秒。

敵の彼を隠れていた壁とその周囲ごと全部何もかも片っ端から木端微塵に破壊し尽くしてゲームセットだ。

自分でやっといてなんだが中々にトラウマ必死の光景だっただろう。俺が相手の立場だったら絶対にゴメンだ。大量のボーロー弾でバラバラにされなかっただけマシだと思ってもらいたい。そんなモン使うような展開でもなかったけどな。

 

「何はともあれいっちょ上がりってな」

 

さて、せっかくの虎の子をバラしちまったんだし、予選くらいは楽させてもらおうかね?

 

 

 

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「……とんでもねぇな、ありゃ」

 

三回戦を勝ち進んで戻ってきた控えロビー。ふと目に映ったのは勘弁してくれと言いたいレベルの壮絶さで敵を殲滅するクーンを映した映像だった。

 

「ショットガン使うとは言ってたが、あんなのもあんのかよ?」

 

「MPS AA-12。通称《オートアサルト》。使ってる弾は専用開発されたFrag12の榴弾仕様ね。言ってみれば、超小型のグレネードってところ」

 

「あん?」

 

口をついて出た独り言に何故か返ってきた返事の声の先を見てみれば、キリトと一緒にいた青髪の女プレイヤーがいた。今更だがこんな男臭いMMOに女性プレイヤーがいると言うのも珍しい。SAOも己が手に持つ武器一本という意味では似たようなものだったが。

 

「射撃時の反動を可能な限り抑えた上で、毎分350発っていう規格外の速射性を持たせた他に類を見ないフルオートショットガン。リアルじゃあんまり採用されてないって話だけど」

 

「なんだそりゃ、ゾンビでも相手にする気か?」

 

聞いてもいないのにされた解説の内容に呆れ果てる。どう考えても人間相手に使うような代物じゃあない。生物兵器か地球外生命体辺り用の武器って言われた方がまだ納得できる。

 

「かもね。なんせ作ったのはアメリカの企業だし。それにしても貴方のナンパなお友達、良いモノ持ってるじゃない。アレ、すっごくレアなドロップ品よ?」

 

「まぁ、あんなのがマーケットで売られてても問題だろうよ」

 

「それに戦い慣れもしているようだし……今までBoBに出てなかったのが不思議なくらい。何か知ってる?」

 

「さぁな。BoB自体には詳しかったし、それなりに長いことGGOやってるとは言ってたけどよ。ただの気まぐれだろ」

 

「そう」

 

「……」

 

「……」

 

クーンは次の対戦相手が決まっていたようで、ロビーに戻ってくる様子は無い。一向に邪魔が入らずに女プレイヤーと話を続けていたが、不意に沈黙が訪れた。

しばらく待ってはみたが一向に話し出す気配が見られないから、仕方なくこっちから切り出すことにした。

 

「……で、何の用だよ。まさか名前も知らない会っただけのある男相手に世間話をしに来たわけじゃねぇだろ?」

 

「名前なら知ってるわ。ハセオでしょ?」

 

「ニアピン、ハセヲだ。アンタは?」

 

「シノンよ。別に用って程の事じゃない。アイツとアンタが話してるのを見かけたから、ちょっと気になっただけ」

 

アンタと呼ばれたのが気に食わなかったのか、女――シノンの口調が若干棘を帯びた。二人称も貴方からアンタに変わっている。まぁ、然程気にするほどの事でもねぇけど。パイ(令子さん)がキレたときの鋭さと比べたらむしろ可愛いもんだ。アレはまさに針の筵って感じだからな。口調もさることながらどっから出てくんのか判らない罵倒のボキャブラリーも含めて。

それはお前もだろうなんつー電波は受信拒否だ。

 

「アイツってのは、キリトの事か?」

 

顎を小さく引く様にして頷くシノン。マーケットで見た時は随分仲が良さそうに見えたがアイツ呼ばわりとは……キリトの奴(あのバカ)は一体何をやらかしたんだか。事と次第によっちゃアスナに滅多刺しにされるんじゃねぇか? 比喩でも何でもなくあの凄まじくキレのある細剣で。

 

「アンタが話しかけるまでビビッてたみたいだったから。何かあったわけ?」

 

「プライベートだ。聞きたきゃあのバカに直接聞け」

 

「あっそ……」

 

それで話は終わりと言わんばかりに背を向けるシノン。だが、幾何か過ぎても歩き出す様子は無い。

 

「まだなんかあんのか?」

 

「……一つだけ」

 

そう言って、首だけ振り返るシノンの瞳は、かつての俺とよく似ていた。

 

「私は強くなりたい。その為に、アイツも、アンタも、私が斃す…………それだけ」

 

今度こそ、マフラーを翻して去っていくシノン。都合よく対戦相手が決まったのか転送エフェクトと共に姿を消した。

 

その姿は、まるでThe World()ハセヲ(自分)を……孤独に闘っていた俺自身を見ているようで。

 

「強くなりたい……か」

 

思わずそう一人ごちる俺の視界は、試合開始を告げる転送エフェクトと共に暗転した。

 

 

 

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「さてさて、今頃桐ヶ谷君はGGOの中か」

 

出された珈琲に口をつけてから腕時計に目をやって誰に言うでもなく呟く。

先日桐ヶ谷君を呼び出した銀座のものとはまた別の喫茶店。客の大半をマダム達が占めていた銀座とは異なり、品川に居を構えるこの店は男性客が多い。

相応に値は張るが非常に良い珈琲を淹れてくれる店で、最近見つけたお気に入りだ。渋い味わいのある貫録を持つマスターが作る甘味も有名店に負けていない。

立地が少々大通りから奥まっているために場所が判り難いのが難点ではあるが、これだけの味を出しているのにあまり名前を聞かないのが不思議なくらいだ。まぁ、おかげでいつ来ても落ち着いた雰囲気の中で珈琲と甘味を味わえるのだが。

 

閑話休題(話が逸れたね)

 

千代田区の病院に出向いて安岐に桐ヶ谷君に宛てた手紙を渡してから数時間。恐らく渡った手紙は彼の手の中でぐしゃぐしゃに握りつぶされているのだろうなと、至極どうでもいいことを頭の片隅で思いながら熟した細々とした会議を終えて少しばかり疲労した脳に栄養を送る為に遅れて出てきた甘味――今日はティラミス――を一口。程よい甘さと苦みが口の中に広がる。珈琲に良く合うように作られているのは流石の一言に尽きる。

 

「ふぅ……」

 

一息ついて考えるのは桐ヶ谷君に打診した件のこと。大きなトラブルが無ければGGOにインしているはずのキリト君――ダイブ中の彼はこう呼んだ方がしっくりくる――は、恐らく《死銃》と接触を図る為に《バレットオブバレッツ》に出場していると踏んでいる。

SAOとALO、VRMMOに関する二つの大事件――それこそネットワーククライシスに匹敵すると言えなくもないが――を解決に導いた功労者の一人であるとは言え、ただの一般人で学生でしかない者に、人死にまで出ている今回の様な事件の詳細を教える、ましてその調査と容疑者とネットを介してではあるが接触を依頼するなど本来なら決してあり得ないことだ。言ってみれば多少剣道の強い少年に、真剣を手に人を殺している殺人犯を探してあわよくば捕まえろと言っているようなものだ。どれだけ無謀で非常識な事かはよく考えなくても判ること。

だが、その無謀さ、非常識さを押してでも彼に依頼した理由はただ一つ。とある計画のためだ。その被験者の最有力候補の二人の内一人が桐ヶ谷君で、もう一人の候補者は如何せんその人間関係の所為か周囲からのガードが恐らく本人が考えてもみない程に堅く手は出せない。故に、大きな後ろ盾もなくSAO事件の際に接触し恩を売ったことで交渉が容易かった桐ヶ谷君が選ばれたと、言ってしまえばそれだけの話。

 

けれど、たったそれだけの話が、今の僕らには重要なんだよ、キリト君

 

慣れない世界であっても周囲を驚かせるようなとんでもない戦いをしているであろう彼の姿を想像しつつ、少しばかり冷めた珈琲を飲み干す。

まだ残っているティラミスを見て判断したのか、スッと近寄ってきたマスターが無言で新しい珈琲を淹れてくれた。こういうさり気ないマスターの気遣いが、一度でも来た客を瞬く間に常連に変えてしまう所以なのだろうか。

 

「隣、よろしいかな?」

 

「うん?」

 

そんなことを考えていると、不意に声が掛けられた。声の主へ目をやれば、細身ではあるががっしりとした肉体の青年が。

 

これはまた……とんだ大物が出てきたね

 

「座っても?」

 

「ええ、どうぞどうぞ。僕も話し相手が欲しかったところなんだ」

 

計画にも関わってくる人物の登場による内心の驚きを顔には出さず、外向きの笑顔で応える。

短く礼を言って隣のカウンター席に腰を掛けた青年にマスターが小さく頭を下げると、注文を聞きもせず新しい豆を挽き始めた。見つけてから間もないとはいえそれなりの頻度で来ているが、まったく会話も無く珈琲を出すと言うのは未だ見たことが無い。彼は大層な常連客らしい。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

「いえ」

 

端的な言葉だけを交わして出された珈琲を受け取った青年は、そのまま一口。満足げに頷くのを見届けて、マスターは軽く会釈をして戻って行った。その様はまだ若いというのにマスターに引けを取らない程だ。

 

「いやはや、その若さでここまでの貫録とは。とても僕には出せないな」

 

「なに、私などまだまだ若輩の身。精進あるのみさ」

 

「ご謙遜を。でも、その向上心の大きさは流石CC社社長と言ったところかな?」

 

十中八九こちらの素性を判っていて接触してきているだろうと踏んで先制のジャブを放ってみる。

 

「おや、何処かであったことが?」

 

「いやいや、天下のCC社、その敏腕若社長と言えば、その道の人間なら誰しも知っているさ」

 

十代の時には既にCC社の筆頭株主であった彼は十七の時に委託社員として活動を始め直ぐに頭角を現し様々なプロジェクトの中心として活躍、社への多大な貢献を買われてSAO事件の起きる数か月前にはとうとう社長へと就任しその後も見事に周囲の期待に応え続け業績を伸ばしている新進気鋭。それが目の前の青年の正体であり、目下プロジェクトの壁の一つでもある人物、火野拓海だ。

 

「なるほど、総務省官僚殿の見識の広さには恐れ入る。私も見習わなければな」

 

その目立った功績とは裏腹に殆どメディアへの露出が無い彼だ。名前の知名度に反して本人の顔自体はあまり世間に売れていない。そこをついて先制し流れを掴もうと思ったが、涼しい顔で返されてしまった。

 

あまり期待してはいなかったけど、ここまで効果が無いとはね……全く、骨の折れる相手だ

 

内心溜息を吐く。そもそも、コッチとしては予想外の展開だと言うのに、困ったものだ。最近僕を中心とした《仮想課》にNABの手だと思われる探りが入ったようだという報告は受けていたし、先の会議で上った案件の一つでもあった。けれど、まさかその差し金が彼だったとは……これでもコチラは国の機関だと言うのに、情報収集に関しては一企業の社長でしかない筈の彼の方に分が有ったらしい。何とも頭の痛い話だ。可能なら彼の周囲を含め、是非とも味方に引き込みたい人材だ。

 

「ここにはよく?」

 

「ああ、私が今の椅子に座る前……委託社員としてCC社に入った時から世話になっているから、もう八年ほどの付き合いになるか。昔から変わらず美味いコーヒーを淹れてくれる」

 

「ほう、そんなに。僕は最近見つけてね。すっかりマスターの淹れる珈琲と甘味に魅了されてしまったよ。夜にはバーもやっているんだってね。残念ながら都合がつかなくて、まだ来たことは無いんだけど」

 

「昼のコーヒーも絶品だが、マスターはバーテンダーとしても一流だ。是非一度、ここの酒を口にするのを勧めるよ」

 

「へぇ、それは期待できるね。その時は君も一緒にどうだい? 勿論、君の友人もね」

 

「ふむ、そうだな。機会があれば」

 

「ああ、機会があれば……ね」

 

こちらから探りを入れようにも一向に隙を見せる様子がないので、早々に諦めることにした。僕よりも一回り近く年下だと言うのに、凄まじい胆力の持ち主だ。

腹の探り合いはそこまでにして、後は単なる世間話を二つ三つして先に店を出た。

彼の方も今回は単なる顔見せと軽い警告の為だけにやって来たのだろう。特に何かを追求してくることも、化かし合いを仕掛けてくることもなかった。

 

これからまだまだ伸びて行くのを考えると、末恐ろしい限りだね

 

内心頭を抱えながら愛車にエンジンを掛けて発進させる。

 

頭の痛い問題が山積みではあるが、それでも今回の邂逅には価値があったと言える。このままではプロジェクトの進行が予定よりも遅延する可能性が濃厚だと判っただけでも御の字だ。火野拓海、そして彼の協力者であろうNABの構成員という壁を越えなければ、もう一人の候補者へのコンタクトすらままならないのだと判っただけでも。

 

君への道は遠いね……三崎亮(ハセヲ)

 

 

 

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そして迎えた予選決勝戦。

相手は勿論アイツ……キリトだった。

ここまでの全ての試合を見事その手に持つ光剣による必殺の剣技で勝ち上がってきたキリト。その対人戦能力は本物だ。もし仮に最初の一発を外せば、最後。ただでさえアサルトライフルの弾幕を事も無げに斬り抜けるだけのポテンシャルを持つキリト相手には、断層予測線が丸見えの連射のきかないへカートの弾幕など無いに等しいだろう。見た限りAGIの値も大きく溝を開けられている。なす術もなく斬り殺される以外に未来は無い。

 

だったら、答えは一つしかないッ……!!

 

試合開始と共に、近くの車両の物陰に隠れる。

フィールドは《大陸間高速道》。時刻は夕暮れ。東西に大きく伸びるハイウェイで、実質一本道の正にタイマン仕様と言えるステージ。私がいるのは、その西端。つまりキリトがいるのはここから五百メートルは東に離れた路上。路上に転がる多くの障害物の所為で先は見通せず互いの位置は特定できない。

 

これはチャンスだ!

 

そう思考が完了するやいなや、辺りを見回してクリアリングを済ませた私は即座に十数メートル先の大型観光バスへ駆けた。

バスの二階席に上がって素早く二脚を立てて狙撃体勢へ移行。倍率を低くして道路の端から端までを視界に収められるようにしたスコープを覗き込んで、視界に入ったら即座に狙撃できるように備えた。

 

ここまでは完璧。後はあの異常なスピードで動くキリトを一撃で仕留められるかどうかだけ!

 

どれだけの素早く来られても見逃さないよう、瞬き一つせずスコープを凝視。弾道予測線が表示されないこの一発を外せば、負けは必至。けれど、逆にこちらが初撃で決められれば私の勝ち。正にスナイプの腕が試される大勝負。

 

「はあ、はあ、はあ…………すぅ…………はぁ…………っ」

 

落ち着け、落ち着け、落ち着け……

 

自然と早くなる動悸を深呼吸と共に精一杯押さえつけて、アイツが姿を現す時を待ち続ける。

 

呼吸を整えろ

 

そのまま息を殺せ

 

一発で必ず仕留められるコンディションを作り出せ……!!

 

一秒がとてつもなく長く感じる中、プレッシャーに押しつぶされそうになる心とは裏腹に、一言一言言い聞かせる度に、私の脳は今までにないほど冷やされて鋭利になっていく。

 

氷。私は、冷たい氷でできた機械

 

そしていつもの様に、最後にその言葉を心の中でゆっくりと唱えると、あんなにうるさかった心臓が不思議なほどに静かになっていた。まるで、脳の冷たさが体全体に、心にまで伝わって行くように。そして確信した。

あのトラウマを克服するために。あの日の弱い自分を殺すために。GGOを始めてから体験したことのない、へカートを手に入れた時以上の緊張感に苛まれている極限の状態で。

私は今、自分が最高の状態にあることを。

スコープ越しには、どんな角度、どんな早さ、どんな体勢でキリトが来るか無数の幻影が描かれ、その全てを確実に仕留められるビジョンが幻視されていた。

 

これなら絶対勝てる……! これでまた一つ、私は強くなれる!!

 

そう勝ちを確信した瞬間――

 

ドンッ!!

 

「……え?」

 

――背中に衝撃が走った。

 

何が起こったのかまるで判らず、先ほどまでのビジョンは全て消え去って、頭の中が真っ白になった私は、そっと閉じていた左目を開けると、そこには爛々と輝く紫の光刃が突き立てられていた。

 

「そ、んな……」

 

一体、何が起こったっていうの……?

 

「やぁ、シノン。さっきぶりだな。こんな体勢で失礼」

 

未だに混乱から立ち直れていない中、頭上から降ってきたのは他でもない。私が撃ち殺すことを確信していた相手であり、今私にその必殺の刃を突きつけている男、キリトの声だった。

その声を聴いて漸く思考が動き出したことで、私の身体を跨ぐように片膝をついたキリトが左手で私の背中を押さえ込んでいることを理解した。

 

「……なんで……」

 

「なんで一本道で待ち伏せしてたのに、いつの間にか馬乗りにされてるのかって?」

 

その言葉に思わず頷いていた。

開始地点が西端だったのは間違いなく確認している。クリアリングも確実に行った。構えている最中も瞬き一つしていなかったはずだ。どれだけ高く跳んだとしても限界はあるし、空中に足場になる様なものはぞんざいしない。

これだけの条件が揃っていて、動きが早すぎて狙撃が上手く行かなかったと言うならまだしも、スコープの視界に一切入らなかったなんてことは有り得ない筈だ。

 

なのに、どうして! なんで今こんなことになっているの!?

 

正に混乱の極みだ。

けれど、それに答えを示したのは他ならぬキリト自身だった。

 

「まぁ、言っちゃえば簡単な事なんだけどな。このフィールド、真っ直ぐ一直線の作りになってるから一見したらただの一本道で、その辺に転がってる車やらヘリやらの残骸に隠れながら移動するしかない。けど実は有ったのさ。もう一つだけ、君に感づかれないように近づける道が」

 

「嘘よ、そんなのあるわけ……」

 

「ヒント。このフィールド、多分高速道路かなんかだと思うけど、どこに出来てるでしょうか」

 

「どこって……そんなの海の上に決まって……まさか!?」

 

「多分、そのまさかなんじゃないか?」

 

「アンタ、道路の縁に掴まってここまで来たって……そう言うの!?」

 

「ご名答、その通りだ。幸い君の構えてる銃の先端がぶら下がりながらでも見えたからな。どうにかこうにかすぐ横まで移動して、そこから軽く反動付けて宙返りして君の上に着地したわけだ。種明かししちまえばこんなもんさ」

 

どこまでも軽い口調で有り得ない行動を肯定するキリト。

こんなものと何の気概もなくいうが、ふざけるなと大声で叫びたくなるような言い草だ。

 

まさか誰がそんなことを考えるだろうか。

数百メートルの距離を道路の壁からほんの少し、わずか数センチだけある縁に掴まり、言わば懸垂の要領で移動してくるなんて。

 

「足場にすらならないような幅しかないのよ!? 途中で掴み損ねたら……そもそも外に出る段階で縁を掴むのに失敗したらそこで何十メートルも下の海に落ちて死ぬっていうのに!」

 

「だけど、そうしなければ君のところに来れなかった。ただそれだけのことさ」

 

「そんな……そんなのって……」

 

「だけど」

 

「え?」

 

「こんな終わりじゃ、君も納得できないだろう?」

 

そう言うと、突き立てた光剣の刀身を消して立ち上がるキリト。

暫し呆然としたが、直ぐに体を起こしてへカートキリトに向けた。

 

「どういうつもり!? 情けでも掛けてるつもりなの!? それともさっきの借りでも返そうって!? アンタにとってはたかがゲームの、たかが一試合なのかもしれないけど、私にとっては――」

 

「そんなわけないだろう? たかがゲーム。その言葉は、俺が言ってはいけない言葉だ」

 

私がGGO(ここ)にいる意味を否定された。そんな気がして感情のままに怒りを口にした私の言葉を遮る様に呟いたキリトの瞳はどこか遠くを見ているようで。

 

「――どういうこと?」

 

思わず、ついさっきまで感じていた怒りも忘れてそう聞き返していた。

 

「……悪い、ただの独り言だから聞き流してくれ」

 

けれど、返ってきたのは誤魔化すような言葉だけだった。

 

「それでだけど。確かに君には借りがあるが、別にそれを返すためでも情けを掛けた訳でもない。単にこんな終わり方じゃあ、君が、それに俺も納得できないって思ったからだ。俺は、自分が納得できる形でこの勝負に決着をつけたいと思った。あんな小細工みたいな方法で近づいて拘束したのも、取り敢えず優位に立って話を聞いてもらうためさ。まさか白旗振りながらノコノコ歩いてくるわけにもいかないだろ?」

 

そう冗談めかして言うキリトの眼は、口調とは裏腹に真剣そのものだった。

 

「だから、仕切り直して正面から勝負がしたい。俺と君、二人ともが納得できるだろう方法で」

 

絶対勝てていた状況だったのにも拘らず、こんな馬鹿なことを、納得できないなんていうそれだけの理由で手放したのだ、この男は。剣と銃、得物では確実に自分が不利になることを承知の上で。

 

「内容は簡単だ。十メートル離れてお互い構える。俺がこの弾丸を放って、着地したら開始の合図。勝負は一発。君が俺に命中させれば君の勝ち。出来なければ、俺の勝ちだ」

 

「……ふざけてるの? 十メートルじゃあ、システム的にへカートの必中距離よ。アンタには剣を振るどころか避ける暇すらない」

 

「やってみなけりゃ、結果は判らないだろう?」

 

「……いいわ、アンタの口車に乗ってあげる。絶対後悔させてやるから」

 

だからこそ、その言葉に頷いた。

勝負を申し込んできた不敵に笑うその瞳が、勝利の自信に満ちていたから。

その強さを知るために。

 

 

 

「いくぞ」

 

十メートルの距離をとって、私はへカートを、キリトは光剣を構える。

 

そして、キリトの手から弾丸が空中へ投げられた。

 

既に、スコープ越しにはキリトへの照準が完了していた。後は引き金を引くだけ。

 

放られた弾丸が地面に着くのを待つ間に、私の精神は待ち伏せしていた時と同様、究極の状態へと研ぎ澄まされた。

 

そして、落下音が響いた瞬間――

 

カンッ

 

――トリガーを引き絞った。

 

着弾点を予測されないよう、敢えて頭や胴体といったセオリーを外した、システム的に必ず命中するはずの弾丸。

 

しかしそれは、閃光の如く迸った紫電によって切り裂かれた。

 

「どう……やって?」

 

再びの衝撃に目を見開いたまま呆然と、しかし今度は確かに状況を理解した上で問う。

 

「弾除けゲームと同じさ。スコープ越しに君の眼が見えた」

 

返ってきたのは、そんな簡潔な答え。

キリトが驚異的な動体視力を持っているのは判っていた。判っているつもりだった。けれど……

 

まさか、ここまでなんで……

 

だが、しかし。

 

それならなぜ……なぜこれだけの強さを持ちながら……

 

思い出すのは、震えるキリトの姿。

そして、それを振り払った姿。

 

「それだけの強さを持っていて、貴方は一体、何に怯えていたと言うの?」

 

「っ! 見てたのか」

 

「それに、どうやって乗り越えたっていうの!? 私はそれを……っ」

 

それを知る為に、ここ(GGO)にいるのっ!

 

気が付けば叫んでいた。キリトが驚いたように目を見開いているのにも気づかず。

 

「……シノン、君は二つ勘違いしてる。こんなのは強さなんかじゃない。それに俺は、乗り越えられてもいないさ」

 

「……だったら……」

 

だったらなんだと言うのか。アンタが持ってるそれが強さじゃないと言うなら、私はどうしたら強くなれる? どうしたらあの日の弱い私を殺せるの?

 

「なら、聞こう」

 

「……っ!」

 

自問していた私にキリトが問いかけてきたその声は、今まで聞いた口調とはどれとも違って重苦しかった。

 

「もし君の持つその銃の弾丸が、仮想現実の壁を越えて現実(リアル)のプレイヤーを本当に殺せるとしたら。そして殺さなければ、自分が、大切な人が、命を奪われるのだとしたら――」

 

語る瞳はどこか遠くを見ていて。

 

「――君は、その引き金を引けるか?」

 

 

 

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「――君は、その引き金を引けるか?」

 

そう問うと、シノンの肩がビクリと震えた。

俺の問いが彼女の何を刺激して動揺させたのかは判らないが、今はそれよりも言うべきことを言う。

 

「俺にはまだ、もう一度そうする覚悟が無い。まだ、あの記憶から逃げてる。だけど、強くなるって決めたから。だからもし、俺が乗り越えているように見えるのだとしたら、きっとそう誓ったからだ。俺の大切な人と一緒に。でも……」

 

脳裏に浮かぶのはアイツの背中。

あの男は、常に俺の先を走り続けている。

 

「でも、アイツは違う。アイツにはずっと前からその覚悟が在った」

 

いつか、その背中に追いつくために。

今は、彼女と共に、ゆっくりでも歩き続ける。

 

「だから、もし強さの意味を知りたいなら、アイツに聞くと良い」

 

けど、今の俺には彼女と互いに支え合うだけで精一杯だから。

 

「アイツって?」

 

「シノンも見たことあるヤツさ」

 

だから、アンタが助けてやってくれ。何かに悩むこの女の子を。

 

「そいつの名前は……ハセヲ」

 

アンタなら、助けられるだろう?

 

 

 

 




前回光剣アタッチメントについて掘り下げると言ったな……アレは嘘だ


というわけで、思いの外長くなった(?)ので、前回言った件については次回に持ち越しました。
賛否両論ありそうな展開ではありますがGGO屈指の名シーン(と作者は思ってる)はこんな感じになりました。
決闘の流れが原作と変わらんというツッコミは出来るだけ無しで。あのまま終わらせたら会話もクソもないうえに味気なさすぎるんですもん……
まぁ、なんとなく二章のヒロインが誰か察して頂けたかなと。や、勿論一生ヒロインのアルゴさんをフェードアウトはさせませんよ、うん。

ってな感じに、原作との乖離点となるフラグをぶん投げまくった十三話でした。
次回は今月中の予定。夏休みだしあと二回くらいは今月更新したいとか思ってたり思ってなかったり。

いつもの如く感想は随時募集中。毎回更新の度に頂ける皆様には感謝しきりです。

ではまた次回で

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