SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

33 / 39
やったねたえちゃん早い更新だよ!
今回はガッツリ現実パート


Fragment N《己裂ク哀》

2025年 12月

 

 

「あーあ、疲れたな……っとぉ」

 

「よう。どうだよ首尾は」

 

「まあなんとか本戦のチケットはもぎ取ってきたさ。お前こそ、やけに早いけどどうなんだよ」

 

「始まる前から躓いてらんねぇって」

 

「ソイツは何より」

 

決勝を終わらせてきたらしいクーンと予選の結果を報告し合う。場所は多くのプレイヤーでごった返す総督府の地上ホール。

予選の決勝に進出した段階で本戦出場は決定するので、決勝は正しく消化試合なわけだが、公平を規す為か決勝が終了した時点で予選敗者の行き場だったここに転移させられるようだった。まぁ、早く終わらせればそれだけ決勝の試合内容が見れる分有利になっちまうだろうし、それで決勝での自殺が横行しても運営的に問題が出そうだしな。

そんな訳で自身の決勝が終わってからの十分前後、見知った顔がいなかったので待ちぼうけをくらっていたが、取り敢えずスタートラインには無事にお互い立てた様だ。これで予選落ちしましたじゃ洒落にならん。

 

「にしても、相変わらずのトンデモスペックだねお前は」

 

「あん? 何がだよ?」

 

「誰しもがログイン二日目でBoB予選突破出来るなら、皆苦労なんかしないってことだよ。たとえコンバートしたって言ってもな」

 

「知るかよ。必要だったからやった、それだけのこった」

 

「はぁ、その辺のプレイヤーに恨まれそうなコメントどうも」

 

「んなこと言ったら、昔なんてもっと不特定多数に恨まれてただろうが。今更だっての。それによ」

 

「うん?」

 

視界の隅に入った二人のうち片方を親指で示す。

もう見慣れた転送エフェクトと共に現れた二人、時間的には決勝を終わらせてきただろうことは判る。同時に出てきたってことは、アイツ等は同じトーナメントだったのか。

 

「それを言うなら、アイツも変わらねぇよ」

 

「おっ! あの娘も本戦残ったのか、やっるねぇ」

 

「……?」

 

俺達に気付いて寄ってくるキリトは、何故自分が指差されているのか判らないのか首を傾げている。流石にあの距離で聞き取られても困るが。

 

「よう、おつかれ」

 

「ああ、ハセ――」

 

「おつかれさま、凄いじゃないか初心者なのにBoB本戦出場なんて。いやぁ、これも廻り合わせってヤツなのかな。君みたいな可愛い娘とまた会えるなんてね。本戦行きも無事決められたし、今日は良い日だ、うん。て言うかハセヲ、お前いつの間にこの娘と仲良くなったんだよ。そうならそうと言ってくれればよかったのに」

 

返事をしようとした瞬間、俺とキリトの間に割って入った馬鹿が一人。そのままマシンガントークに移行してお得意のナンパを始める始末。コイツホントに凝りねぇのな。

 

つか、キリトのこと言うの忘れてたなそういや……

 

見た目完全に女のソレとは言え、男に口説かれてる気分はどうなのかとキリトを見やれば、引き攣った笑みを浮かべてドン引きしてやがる。まぁ、女顔なこと割と気にしてるらしいしドンマイとだけ言ってやろう。

 

「まぁ、お望みなら紹介してやるよ」

 

「マジか! 持つべきものは友だなやっぱり。で? 麗しいこの御嬢さんのお名前は?」

 

「キリトだ」

 

「キリトちゃんか、良い名前………………ん? ハセヲ、今お前なんて言った?」

 

「キリトって言ったんだよ」

 

「キリトって……まさか……」

 

流石に調査した人間(桐ヶ谷和人)のアバター名ぐらいは知っていたらしく、顔色を急激に悪化させるクーン。自業自得だ。むしろいい加減学習能力のないこのバカにはいい薬とも言える。

まぁ……

 

「ククク……で、どうよ男に口説かれた気分は? 麗しのお嬢様キリトちゃん?」

 

「…………死にたい」

 

口説かれた当人はそれ以上にトラウマだろうがな。

マズイ、口角が上がったまま直らねぇわ、直す気もねぇけど

 

「見てる分には最高に愉快だったぜ?」

 

「「て、テメェ…………!!」」

 

異口同音に声を発しながら怒気を籠めた眼で睨んでくるが、状況が状況なだけにちっとも怖くねぇ。

 

「だあっ! クソッたれ! そうならそうとさっさと言えよ!」

 

「言う前に口説きにかかったのはテメェだろうが。自業自得もいいトコだっての。人の所為にすんじゃねぇこの万年ナンパ妻帯者」

 

「巻き込まれた俺は一体……」

 

「次はちゃんとした男の顔で生まれてこられたらいいな」

 

「それはアレか。俺がリアルで女っぽい顔って言われてるのを揶揄して言ってんのか? そうなのかそうなんだなそうに決まってる!!」

 

「ンなどうでもいいことは置いといてよ」

 

「「どうでもよくない!!」」

 

「どうでもいいんだよ、置いとけ。それより、何で俺はアイツに睨まれてんだ?」

 

言いながら視線を向けたのは、キリトと一緒に戻ってきてからその場に立ったまま俺のことを睨み続けているシノン。立ち去るわけでもなく、かといって近づいてくるわけでもない。ただただその場で睨みつけてくるだけ。

今まで無視してたが、流石にここまで露骨にやられるといい加減気になる。

 

「こんな熱烈な視線受ける心当たりが無ぇんだが」

 

「とかなんとか言いながら、あの娘になんかしたんじゃないのか? いつもの如く」

 

「いつものってなんだ。待ち時間に少し話したぐらいしか接点無ぇよ」

 

そんな掛け合いをしていると、俺達が見返していることに気が付いたのか、彼女の視線は更に鋭くなった。ここまで来ると冗談抜きに殺気を感じるレベルだ。

 

最初はキリトの事を見てるんだと思ってたが…………なんだってんだ

 

と思えば、拳を握ったままの左手を突きだされた。そして拳は九十度傾けられ、親指を立てた……下向きに。

彼女の口元に目をやれば、口パクで何事か言っているのが判る。それが済むと、サッと身を翻して去って行った。

 

「なぁ、俺の目が確かならさ、『殺す』って言ってた気がするんだけど? しかもサムズダウン付で」

 

「言ってたな、俺にもそう見えた」

 

「……」

 

さっきまでとは一転して哀れみを籠めた眼で言うクーンに頷くキリト。

全く以て意味が分からねぇ……俺が何したってんだ。いや、確かに地下で話したときも最後に「お前を殺す」宣言はされたけどよ

 

「ま、まぁなんかあるんじゃないか? 多分だけど……」

 

「……テメェ、何か知ってやがんな?」

 

怪しんで下さいと言わんばかりに目を逸らしながら言うキリトを詰問すれば、高速で上下左右に目を泳がせていやがる。誤魔化すの下手過ぎだろコイツ。

 

「ナ、ナンノコトデショウ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……」

 

「……スミマセンデシタ」

 

互いに沈黙の末素直に頭を下げるキリト。さっさとそうしていれば良かったモンを。

 

「……仕方ねぇ、昼飯一回で許してやる」

 

「……教師が生徒にたかっていいのかよ」

 

「あ゛ぁん?」

 

「イエ、ナンデモナイデス」

 

最大限の慈悲を以ての罰条に何やら文句が有ったらしいが睨みと共に黙らせる。教師だろうが生徒だろうがンなこた関係無ぇ。

 

「はぁ……」

 

「……いいのか、聞かなくても」

 

「聞いてほしいのかよ」

 

「いや、出来れば聞かないでほしいかなって」

 

「だったら黙ってりゃいいんだよ。許してやるって言ってんだから」

 

「……うす」

 

「いやぁ、なんだかんだハセヲもちゃんと先生やってんだねぇ」

 

今まで空気を読んでいだのか黙っていたクーンがタイミングを見て茶化すような口調で口を挟んできた。さっきまでナンパを含めて馬鹿な態度をとることが多いコイツだが、なんだかんだ俺の知り合いの中では最年長の一人だけあって、空気を読むのは非常に上手い。

 

「別に。ンなことより、やることあんだろ」

 

「そうだな、いい加減自己紹介と行こうか」

 

ついでに場を仕切るのにも慣れてる。常にこういう感じなら言うこと無ぇんだけどな。

 

『オンとオフの切り替えが上手なところが、智成くんの良いところなんだ。かわいいところでもあるかな』

 

とは奥さんである舞さんの談。人間、好きになった相手の何処に惹かれるかは判らないもんだと、聞いたときは思ったもんだ。

 

「俺はクーン。一応NABの人間だ。ハセヲから聞いてるかな?」

 

「あ、はい。知り合いにNABの調査員がいるというのは前に。もしかして、ハセヲが言ってた伝手っていうのは……」

 

「ああ、俺のことだよ。ハセヲが君のかわいい彼女から連絡受けて、ソレを俺の所に持ってきて調べたって訳さ」

 

「すいません、ご迷惑おかけしたようで……」

 

相手がいきなりナンパしてきた馬鹿とは言え、初対面の人間だからか、はたまた年上だからかは判らんがやけに腰の低いキリト。コイツのこういう態度観るのも珍しいもんだ。クーンに対して敬語で話す様子はシラバスを彷彿させる。

 

「構わないさ。《死銃》についてはウチでも調べてた案件だったからな。渡りに船って所だ」

 

「コイツに依頼したのは俺だからな。お前が頭下げる必要無ぇよ。コイツもンなこと気にするような奴じゃないしな」

 

「そゆこと」

 

「は、はぁ……そう言えばクーンさんは俺のこと知ってたみたいですけど、ハセヲから?」

 

「ああ、まあそれもあるし、君がSAOとALOの事件の立役者だからっていうのも理由だ。俺はどっちの事件の調査にも関わってたからな」

 

「なるほど……っていうか、いいんですか? それ言っちゃって。NABって結構守秘義務とか厳しいんじゃ」

 

「ま、それなりには有るけどな。そこは君を信用してってことで。君の可愛い彼女以外には秘密にしてくれると助かる」

 

「いや、むしろアスナに言うのはいいんですか?」

 

「聞くところによると、彼女ちゃんは今回の件に関して余程不安だったらしいからな。それでその娘の不安が消えるっていうなら安いモノさ」

 

「はぁ……」

 

真面目くさった顔でナンパなことを言うクーンに言葉もないのか呆けた顔で頷くキリト。

 

「諦めろ、コイツはこういう奴なんだよ」

 

「な、なるほど」

 

「こういう奴とはなんだ。フェミニストなんだよ俺は」

 

「あっそ。取り敢えず、つっ立って話してんのもなんだ。どっか移動して情報共有といこうぜ」

 

「そうだな」

 

「ああ」

 

さて、シノンのことも気になるが、今は目先のことに集中するとしよう。

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

「あら社長、お戻りになられていたのですね」

 

「ああ、ついさっきね」

 

「申し訳ありません、言っていただけたらお出迎えで来たのですが……」

 

先の意図的な邂逅を行った後、本社の執務室に戻って十数分。

一仕事終えて戻ってきた令子君が眉尻を下げて腰を折る。その声音に少しばかり拗ねているような色合いが混じっているのは私の気のせいだろうか。

 

「なに、構わんさ。君に色々と頼んでいるのは私の方だ」

 

「ですが……」

 

気にする必要はないと首を軽く横に振るが、それでも言い募る令子君。

責任感が強いのは彼女の美点ではあるが、それも少々過ぎるところがあるのではと思わないでもない。亮や智成辺りに聞けば、いつものことだろうと言われるのかもしれないが。

 

「なら、コーヒーを淹れてくれるかな」

 

「……例のカフェにいらっしゃっていたのでは?」

 

私の頼みに声のトーンを落とす令子君。暗に店のモノより上手く淹れられないからと断ろうとしているのが判る。

だがやはり、店のモノと身内に淹れてもらうのモノはまた違う。

 

「確かにマスターの淹れるコーヒーは美味いがね。君に淹れてもらうコーヒーは……なんというか、落ち着くんだ」

 

頼まれてくれるかね、と苦笑を浮かべる。身近な相手に真正面から本音を言うのは、幾つになっても恥ずかしいものだ。

 

「……そう仰るなら、お待ちください。ご用意します」

 

私の物言いに何か感じるものが有ったのか、口調はいつものままに、しかし僅かに口元を綻ばせながら令子君は直結している給湯室へ入って行った。

 

「これもまた甘え……なのかな」

 

他人よりも僅かばかり早く親離れして一人立ちというものをしてしまったという自覚はある。その所為か、私には両親に甘えたと記憶が殆どない。両親は今の私と同様社内で立場ある人間だった為に、常に仕事に追われていた。私の面倒は両親が雇ったハウスキーパーが見てくれたが、彼ら彼女らもあくまで家の管理が主な仕事。過度に私に構うことは無かった。

そのことに負い目があったと言う訳ではないが、周りの友人知人よりも親に愛されていないという劣等感が幼き日の私には有ったのかもしれない。今思えば、それ故に他者よりも早くに自分一人で生きられる環境を作ろうとしたのかもしれない。身体を鍛え、勉学に励み、両親から投資金を借りて生計を立てられるだけの金を稼いだ。

 

そんな風に他者よりも先に居続けようとした私はしかし、心の中では常に他者の愛と温もりを求めていたのだろう。溜め込んでいたソレが爆発したのが、かつての事件の渦中であった。

満たされぬ愛故にかの女神に心酔し。自らの裡に碑文を秘めていることを知っていながらただ一人開眼出来ていないことに憔悴し。その両者を手にした男に嫉妬した。積もり積もった感情の渦は、やがて心の自制を解き放ち、裡なる碑文を暴走させた。

 

そんな見境のなくなった私を止めてくれたのは、令子君を始めとする仲間たちだった。

その時やっと気付いたのだ。私は愛を欲しながら、自らそれを拒絶していたのだと。

それが判った今では、かつてよりも少しばかり自分の心に正直でいようとしている。

 

「それ故の甘え……と言ったところか」

 

己の心情と行動を、他人の様に分析してみれば、思わず苦笑が零れた。

我ながら、なんと幼稚な事か。

だが、それもまた私の心であるのだから受け入れる他ない。かつての様に溜め込んだ挙句、鬱屈した感情を爆発させてしまっては元も子もないのだから。

 

「令子君には、いつも迷惑を掛けているな……」

 

「そんなことはありませんよ、社長」

 

座り慣れたソファに背を預けて瞑目しながら呟くと、コーヒーを淹れた令子君から返事が返ってきた。どうやら聞かれてしまったようだ。独り言のつもりだったのだが。

 

「以前も今も、私が好きでやっていることですから」

 

どうぞと置かれたカップに口をつける。

 

……やはり、彼女の淹れるコーヒーは落ち着くな

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

今度何かちゃんとした礼をしようと考える。無論言葉にはしないが。

言葉に出してしまえば、きっと彼女は気を遣って断るだろうから。お膳立てをして後は実行に移すだけという状況で言えば、彼女も断りはしないだろう。

 

「ところで、どうだったのです? 件の邂逅は」

 

「ふむ……」

 

令子君の言葉で思考は現実に引き戻され、数十分前の出来事が思い浮かぶ。

智成から要注意人物だと報告を受け、実際に会って話をしてみるために彼の昨今の動向を調べ会いに行ったわけだが。

 

「一言でいえば、油断ならない……といったところかな」

 

「それではやはり」

 

「ああ、ただの官僚という訳ではないだろう。私のことも知っていたようだ」

 

「あちらも我々に探りを入れているという事でしょうか」

 

軽く頷いて肯定する。彼……菊岡誠二郎は業界の人間ならば著名人の顔を知っていて当然と言ったが、私に関して言えばそれは間違いだ。何故なら、私は意図的に顔を隠し名前だけの露出に限っているのだから。

無論、顔が知れていることが取引や経営に於いて大いに役に立つことは言うまでもない。だが、顔が知られていないと言うのも、一つの武器となるのだ。

例えば取引の場で。相手が私に対して抱いた第一印象からどのような態度をとるのか。それだけでも、その人物の人柄を図れる。油断を誘えるのだ。若手の人材として地位を隠して動向を見守ることも出来る。そして何より、今回のような場合。相手が自分に探りを入れてきているかどうかも判る。

そのメリットとデメリットを天秤に掛け、私は顔を隠すことを選んだ。

 

「間違いないだろう。その対象が私個人であったのか、我が社全体であったのか……それとも他の誰かへの道筋としてなのかまでは判らなかったがね」

 

「他の誰か、ですか?」

 

「ああ。例えばかつてのネットワーク事件の立役者だとか」

 

「まさか……亮のことを?」

 

「可能性としては捨てきれないだろう。同様の立場である桐ケ谷君に、彼は接触しているのだから」

 

目を見開く令子君だが、数瞬後には納得するように頷いた。

 

「だから、なのですね。亮に関する情報が漏洩しない様にプロテクトを強化したのは」

 

「ああ。とは言え、それを始めに提案したのは私ではなく智成だがね」

 

「智成くんが、ですか?」

 

「かの事件が解決される前にね。アイツは必ず帰ってくるだろうが、その後下手にかつての情報が漏れて厄介ごとに巻き込まれてはかなわないだろうからと」

 

「……弟分を気に掛ける兄貴分、なのでしょうかね」

 

「そうだろうな。結局、彼自身が自分から厄介ごとに向かってしまうからあまり意味は無いのかもしれんがね」

 

「……ある意味、亮らしいとは言えますが……一社員の管轄問題としては頭の痛いところです」

 

額を抱えて小さく頭を振る姿に、堪らず苦笑が漏れた。

彼女の言葉は、まさに彼の知人が皆思っていることだろう。私とてその一人だ。

 

「ふぅ……今は亮についてとやかく言っても仕方ありませんね。今後も《仮想課》への警戒を?」

 

「ああ、現状維持のまま頼む。必要であればより深い探りも視野に入れてくれ。その判断は君に任せる。ガンゲイルオンラインの件についても、智成たちNABを信じるとしよう」

 

「承りました……ところで社長」

 

「ふむ、なにかね?」

 

先を促すと、何故か言いよどむ令子君。

何か彼女を困らせる様な事案が有っただろうか。

 

「いえ……話は変わるのですが……まずはこちらを」

 

手渡されたのは一通の封筒。ペーパーナイフで封を開け目を通す。

 

……なるほど、言いだしづらいわけだ

 

「見合いの話か。私も結婚を考える齢になったという事かな」

 

殊更に軽い口調で言ったつもりだったが、令子君は困った様な苦笑を浮かべるだけだ。

まぁ、コメントのしづらい話題であるのは確かであるが。

 

今までも両親から話が持ち上がってきたが、すべて断っていたのだが……とうとう会社の方に送りつけてくるとは。両親の本気度合いが覗える。もう少し考えて行動を起こしてほしかったとも思うが。

 

それだけ有望な相手、ということか……

 

「相手方の写真と釣書がこちらになります」

 

「……これは、また」

 

受け取った見合い相手の写真を見て、思わずそう苦笑と共に言葉が漏れた。

 

全く、どこに縁が在ったものか判らないな……

 

「……いかがされますか?」

 

私の予定を組んでいるのは第一秘書である彼女だ。受けるのであれば、その調整をする必要がある。

 

「そうだな……」

 

私もそろそろ、準備をしなければならないか……いい機会と言えばいい機会だな

 

「会うだけは会おうか。予定の調整を頼む」

 

「……判りました。整い次第ご報告いたします」

 

「ああ、頼んだ」

 

微妙な表情を浮かべる令子君に頷き返して、調整の為に執務室を出て行く令子君の背を見送る。

 

「ふぅ……」

 

溜息を一つ漏らして、再び背もたれに身体を預けた。

 

さて、これが吉と出るか凶と出るか……

 

「ままならないものだな、人生というのは」

 

菊岡氏に関しても、亮のことについても、そして私個人についても。

どのような展開を見せるのか、神ならぬ私には未だ完全に見渡すことは出来なかった。

 

 

 

------------------------------------------

==========================================

 

 

 

『でも、アイツは違う。アイツにはずっと前からその覚悟が在った』

 

『だから、もし強さの意味を知りたいなら、アイツに聞くと良い』

 

『そいつの名前は……ハセヲ』

 

「……なんだって、いうのよ」

 

数時間前の決勝でキリトが私に言ったあの言葉。それが私の頭から離れない。

 

あの後アイツは、女の子を切るのは趣味じゃないとかアホなことを抜かして私に降参宣言(リザイン)を求めてきた。何様のつもりかと腹が立ったけれど、負けたのは事実。本戦で必ずそのいけ好かない女顔に風穴を開けてやることを誓ってリザインした私は、アイツと一緒に地上に戻ってきた。

 

誰かを探す仕草をした後キリトが歩いて行った先にいたのはあの男。

銀色の髪に紅い瞳。そしてキリトと同じ黒い防具。二挺のハンドマグナムに光剣のアタッチメントをつけて縦横無尽にフィールドを跳び回る規格外。

そして、曰く“強さの意味”を知っている男、ハセヲ。

どこにその強さの秘密があるのかと、暫らく見つめていた。私が見ていることに気付かれた後は、逃げる様に宣戦布告だけしてその場を離れてしまったけれど。

 

あの男と地下の待機ロビーで話した時には、キリトと同じいけ好かないヤツという印象だった。

確かに、あの男は強い。それは確かだ。でなきゃ、あんなセオリーも何も無視した装備と闘い方で予選を勝ち抜いて本戦に上がれるわけがない。

 

「……でも、アイツは強さじゃないって言った」

 

なら、あれほどの実力が強さじゃないと言うなら、何が強さだと言うのか。

 

そもそも、あの二人はいったいどこで出会ったのか。

いったいどんな出来事を経て、ハセヲが強さの意味を知っていると思い至ったのか。

 

『たかがゲーム。その言葉は、俺が言ってはいけない言葉だ』

 

『プライベートだ。聞きたきゃあのバカに直接聞け』

 

あの二人はそう言った。

それはつまり、気軽に人に言えるようなことじゃないという事。

 

『たかがゲーム』

 

それは、私が言った言葉。キリトが言った言葉。

私もアイツも、その言葉を否定した。キリトは誤魔化していたけれど、確かに自分が言ってはいけない言葉だと、そう言った。

 

けれど、それはなぜ?

 

私は、自分の過去を克服する為にあの世界(GGO)にいる。だからこそ、それを否定されたくなかった。でも、普通に考えたら、GGOだろうが他のMMOだろうが、そんなものはたかがゲームだ。それが普通の、何の障害もなく生きてきた人の考え方。それくらいは、私にだって判ってる。

だったらなぜ、キリトも同じようにその言葉を否定したのか。

 

「……それに……」

 

『もし君の持つその銃の弾丸が、仮想現実の壁を越えて現実のプレイヤーを本当に殺せるとしたら。そして殺さなければ、自分が、大切な人が、命を奪われるのだとしたら……君は、その引き金を引けるか?』

 

キリトがそう口にしたとき、私は自分の過去を彼が知っているのかと、そう思った。何故なら、その言葉は――

 

『があぁっ!』

 

『いや……来ないで……!』

 

 

「……っ!」

 

――五年前に、人を打ち殺した私を意味していると、そう思ったから。

 

突然現れた銃を持った男。お父さんが亡くなったのを引きづり心に傷を負ったお母さん。男は、興奮して、その銃口はお母さんに向いていた。

 

必死だった。ただただ必死だった。お母さんを守らなくちゃいけないと。

幼い私は、この弱い母を自分が守らなくてはいけないと思っていたから。

 

だから、銃口を母に向ける男に噛みついた。

男が落とした銃を拾って、そして――

 

『があぁっ!』

 

――殺した。

 

その時、私の頭の中は、お母さんを守れた、私がお母さんを守ったんだと、ただそれだけだった。

 

だけど、振り向いた私の目に映ったのは、恐怖の矛先を私に向けるお母さんの瞳で。

 

『いや……来ないで……!』

 

お母さんの口から出たのは、そんな拒絶の言葉で。

 

きっと、その時、私の心は壊れてしまった。

 

人殺しと。そう言われることも、周りの級友にいじめられることも、あまり苦ではなかった。

それ以上に、人を殺した事実と、母に拒絶されたことの方が、私の心を抉ったから。

 

それから銃を見る度に事件のことを思い出して発作を起こしてしまう私は、それを克服する為にGGOに来た。

 

その過去を、キリトは知っているのかと、心臓が止まりそうな程の衝撃を受けたけれど、それは違った。

 

『俺にはまだ、もう一度そうする覚悟が無い』

 

キリトはそう言ったから。

でもそれは、彼……いや、彼らのことだという事になる。

そして、キリトは『もう一度』と言った。

もう一度……つまり一度はあるという事だ。

仮想現実の壁を越えて、その命を奪ったことが。

 

そんな経験があるのは、私の知る限り一つの可能性しかない。

そう、あの二人は――

 

「――SAO、帰還者(サバイバー)……」

 

約三年前、日本中を震撼させたネットワーク事件。かのネットワーククライシスと同等の申告度合いと言われたその事件は、たった一年前に収束した。

一万人の人々が閉じ込められ、解決までに四千人もの死者を出したそのゲーム、ソードアートオンラインの中では、アバターのHPがプレイヤーの命そのものであったと聞いている。無論、GGOを始めとした様々なMMOと同様にPK(殺人)をすることも可能だっとという事も。

 

「その中で、あの二人は……」

 

プレイヤー()を、殺した。

きっと……ほぼ間違いなく、キリトが言っていたのはそういうこと。

 

キリトはそれを、まだ乗り越えていないと言う。その事実から、その記憶から逃げてると。

それは、私も同じ。

 

でも、彼は……ハセヲは違うと、キリトはそう言った。覚悟が在るとも。

 

それは、あの男が人を殺したと言う事実から逃げていないという事なのか。

大切なモノの為なら、今一度他者をその手にかける覚悟を持っているという事なのか。

そのどちらもなのか。

……それとも、そのどちらとも違うのか。

 

いづれにしても、それがキリトの言う“強さの意味”だというなら……

 

「……私は、それを知りたい……」

 

この記憶から、脱却する為に。

 

忌まわしい事実を、克服する為に。

 

母から拒絶されて、心の壊れてしまった弱い、弱い自分を、殺すために。

 

 

 

 

 

――ホントウニ?――

 

違う……違うそうじゃない

 

――ソウ、ホントウノワタシハチガウ――

 

私は、本当の私は、逃げ出したいんだ。あの記憶から、あの事実から。

 

――ニゲテシマイタイ、スベテカラ――

 

でも逃げられない。忘れさせてくれないから。確かにこの手に残る、あの男を殺した感覚が。

 

――ダカラ――

 

だから……だから、誰か…………

 

「……だれか、わたしを……わたしを……」

 

――ワタシノコトヲ――

 

「……たすけて……っ」

 

――フルエルワタシヲ、ダキシメテ――

 

 

 

==========================================

------------------------------------------

 

 

 

「くぁ……あぁ……眠ぃ……」

 

カーテンを開けてから時計に目をやれば正午過ぎ。昨日智成が起きてきた時間なんかとっくに過ぎ去っている。当然朝飯を食っていないせいか妙に腹が減っている始末だ。

 

「まさか結局コッチに戻る羽目になるとはな……」

 

見慣れた部屋を見ながら一人ごちる。

そう、昨夜俺が寝たのは借りていたホテルではなく自宅のベッドだった。

 

何故こんなことになったのか。

言ってしまえばホテル側のミスだ。俺と智成はNAB経由で先日から数泊分の予約を入れていたわけだが、何故かその部屋が昨日の夜にチェックインしようとした客とブッキングしていたらしい。ビジネスホテルという形態上夜遅くのチェックインなんてのは珍しくもないもんだが、当の客が来るまでそのことに気付いてなかったってんだからどうしようもない。

そろそろ寝ようと二人してベッドに入ろうとしたときに従業員が部屋に直接来て、しかも時期の所為か他に空き部屋もないと言われたときは。追い出される云々の前にこのホテルの管理状態は大丈夫なのかと思わず今後の経営を不安に思ったほどだ。

このネット全盛期の時代にまさか予約を全部人の手でやっている訳ではあるまいしとも思うが、態々地方からやって来たらしいその客に鬼畜の如く出て行けとも言えず、結局何とかなる俺達がそそくさと殆ど無いも同然の荷物を片してホテルを出ることになった。

というのも、もともとホテルに滞在していたのはGGOへダイブ中に何か異常があってもすぐに対応できるようにとの処置――智成曰く誰かは判らないが他のNABの人間が別の部屋でモニタリングしてるとのこと――だったらしいので、俺はそのままタクシーを使って帰宅。智成はNABが新たに用意したらしい文京区のホテル――そこしか空いてなかったらしい――へ。明日の本戦については俺が文京区のホテルに合流するという事で落ち着いた。

 

そんなわけで、時間的にはそこまで遅かったわけではない時間――三時位か――に帰宅したものの、急に降って湧いたトラブルで変に疲れていた俺はさっさと着替えて自室のベッドにダイブしたわけである。

 

本戦の開始時刻は21時なので、智成との合流時間は余裕を以て19時にしてある。

晴れて収入が入ってから買った愛車――折角買うならってことで食いついてきた真吾に殆ど丸投げしたんだが――ならここから三十分弱って所だ。時間にはまだ余裕があるが。

 

「どうすっかな」

 

何もしないなら18時に家を出れば渋滞にさえ巻き込まれなければ問題なく間に合うだろうが。昨日のようなこともあるし、何より時期が時期だ。早めに行って損することは無いだろう。行ってみて暇なら栞里を呼び出してみるのも有りだ。アイツ文京区のアパート住んでるって前に言ってたしな。

 

そうと決まれば、さっさと準備しますかね

 

方針が決まったので家を出る支度を始める。つっても、寝間着代わりのTシャツとジャージを脱いでベッドの上に放り投げてクローゼットから私服を引っ張りだして着る。洗面所に行って最低限の身だしなみを整える。財布やら携帯やらアミュスフィアやら必要なモンをバッグに詰め込む。最後にジャケットを羽織ってグローブとヘルメットを持てば完了だ。

ここまでの所要時間正味二十分弱。

 

「飯は着いてからどっかで食えばいいだろ」

 

頻りに空腹を訴える胃袋にそう言い渡して黙らせる。そもそも冷蔵庫にまともなモノが入ってた記憶がないからどっちにしろ外に出ないことには何も食えないしな。

 

「うし」

 

バッグを肩に引っかけて玄関を出る。電子ロックを掛けてから向かうのはマンションの共有ガレージだ。そこにブラックとシルバーに塗装された大型MTバイクである俺の愛車が置かれている。

愛車のトランクにバッグを詰め込み、ジャケットのファスナーを締め、グローブを着けてフルフェイスのメットを被る。通勤の為に毎日している慣れた作業を終えて、愛車に跨りサイドスタンドを蹴り上げてエンジンをかけた。

 

んじゃ行きますか

 

取り敢えず目指すは首都高環状線。そこから文京区に入って適当な店を見つけるとしよう。

 

 

 

==========================================

 

 

 

「……取り敢えず、腹は満たされたな」

 

やはり少しばかり道が混んでいたものの、然程待つこともなくスムーズに走ること三十分強。文京区内には13時過ぎに到着し、そこから数分走らせて見つけたとんかつ屋で食事を済ませた。

いつもなら起き抜けで揚げ物なんか食わないが、あまりにも自己主張の強い胃袋に屈した結果である。まぁ、旨かったから良いけどな。

 

会計を済ませて店を出てから時刻を確認すれば14時を回ったところ。待ち合わせまであと五時間。

 

「さて、どうすっかな」

 

どこか暇が潰せそうな場所でも探すか、それとも予定通り(?)栞里でも呼び出すかと思案しながらコンビニで買った缶コーヒーを、コンビニからほど近い小さな公園のベンチで飲んでいると、なにやら足取りの不安な姿が目に入った。

 

……女子高生か?

 

見た所和人や明日奈達と同年齢くらいの少女が俺のいる公園の前をとぼとぼと歩いていた。眼鏡をかけた整った顔立ちをしているようだが、目の下に浮かぶ隈が酷く台無しにしている。

 

今にも倒れそうだけど大丈夫か――

 

「…………あっ」

 

「――ってオイ!」

 

明らかに駄目そうな挙動を見守っていると、図った様に入口の近くでフッと膝から下の力が抜けてバランスを崩した。

 

だぁクソッ! 言わんこっちゃねぇ!

 

心中で悪態を吐きながら手の中の缶コーヒーを放り出して駆け寄り、前のめりに倒れそうになる少女を間一髪抱える。パッと見貧血みたいな感じだったが、それで倒れた拍子に頭でも打ったら洒落にならねぇからな。当たり所が悪けりゃ即お陀仏ってことも有り得る。

 

「おい……オイっ……大丈夫か?」

 

「……ん、あ……すぅ……」

 

「……駄目だなこりゃ」

 

呼びかけてみるが反応が芳しくない。余程眠れていなかったのか完全に熟睡してやがる。

 

「しゃあねぇな……」

 

流石にこの寒空の下、見ず知らずとは言え目の前で倒れた少女をそのままほったらかしにするわけにもいかない。

一つ溜息を吐いて、少女を抱え直しベンチまで運んで寝かせる。ついでにジャケットを脱いで少女の身体にかけ、アミュスフィアだけ取り出したバッグを枕代わりにしてやる。

 

「……とりあえずこれでいいだろ」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ああ、これもか……」

 

寝息を立てる少女の顔を見て眼鏡を掛けていたことを思い出し起さない様にそっと外す。

 

「…………ん?」

 

眼鏡を取った時に何か違和感を感じつつ、この手にある眼鏡をどこに置くかと考えている内にふと気が付いた。

 

ああ、そうか。度が入ってねぇのか、この眼鏡

 

普通ならレンズの度の強さの所為で多少なりとも顔の印象は変わるはずだ。だが、この少女にはそれが無かった。

 

伊達眼鏡……の割には、こんな体調で外出ようってのによくつけたな。日頃からしてるってことか?

 

そんなことを考えながら眼鏡をトランクに傷がつかないよう入れる。

 

「……まあ、どうせ暇なんだ。気長に待つとするか」

 

その内起きるだろうと、スマホでウェブを開きながら愛車にもたれ掛り時間を潰すことにしたのである。

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

「うぅ……ん?」

 

「……よう、目ぇ覚めたか?」

 

意識が浮かび上がるのを感じながら薄く目を開くと、頭上から声が掛かった。

何処かで聞いたことがある様な気もするけど、判らない。取り敢えず身体を起こしてみる。

 

……というか、ちょっと待って。私、寝てた?

 

結局意識が落ちたのは太陽が完全に出切った後だった昨晩。それから数時間もしない内に今度は空腹で起きてしまった。本当なら無視して寝ていたいところだけど、育ち盛りの身体が栄養を求めるせいで寝付くことが出来ず、けれど家にはまともな食べ物が殆どなかった。仕方なしにだるい身体を引き摺ってコンビニに向かっていたはずなのに。

 

な、なんで寝てる……の?

 

「おーい。頭回ってるか?」

 

「え、あ、はい」

 

混乱してまともな思考が出来ないでいると、先ほどと同じ声が掛けられた。反射的に返事をしながら声をした方を見ると、この季節にしては肌寒そうな格好をした全身黒尽くめの見知らぬ男が私を見下ろしていた。

なんで上着を着ていないんだろうかと、回っていない頭がまず初めに考えたのはそんなことだった。

 

「とりあえず、だ。現状把握はできてるか?」

 

「え? あの、その……」

 

急に問いかけられて思考が追いつかない。

何も答えられずにあたふたとしていると、溜息を吐かれてしまった。

 

「その様子じゃ判ってないみたいだな。お前、倒れたんだよ、直ぐそこでな」

 

「……あっ!」

 

そう言われて思い出した。

コンビニのすぐ傍まで来たはいいものの、体調がよくない状態で出歩いた所為か、唐突に眠気が空腹を凌駕してそのまま力が抜けてしまったのだ。ああ、倒れるな、と思った瞬間、誰かに支えられて声が掛けられたのもうすぼんやりと覚えがある。

 

そこでハッと気づいた。道端で気を失ったはずなのに、自分が今いるのはベンチの上。挙句男性のモノと思しきジャケットまで掛けられている始末だ。

助けられた上に起きるまで見ていてくれたのだと漸く考えが追いついて羞恥に顔が赤くなるのが判る。

 

わ、私の……ばかぁっ!!

 

心の中で自分自身を罵倒しながらも、お礼を言わなくてはと立ち上がって頭を下げる。

掛けられていたジャケットを相手に向かって突きだすのも忘れない。

 

「す、すみませんでした! とんだご迷惑を!」

 

「あー……気にすんな。寝てたっつっても一時間ぐらいだし、どうせ暇だったしな」

 

「そ、それでも、迷惑を掛けたことは変わらないですし……」

 

「ガキがンなこと気にすんな。それより、何処か痛むところとかは無ぇか? 一応倒れる前に支えられたはずなんだが」

 

「あっ、はい。それはだいじょうぶ――」

 

――です。と続けられるはずだった言葉は遮られた。

 

ぐぅー

 

私のお腹の音で。

 

「……怪我はない代わりに、腹は減ってるみてぇだな」

 

「…………」

 

もう……最悪っ

 

立て続けに会ったばかりの年上の異性の前で醜態を晒したことに恥ずかしさの極みに陥っている。友達は殆どいないし、GGOなんて泥臭いMMOをやっているけれど、私だって女子高生だ。まだ女を止めたつもりは全くない。

 

なのに、一時間も眠りこけたうえにお腹鳴らすなんて……!

 

「……確かその辺にファミレス有ったろ」

 

「だ、大丈夫です! 私そもそもコンビニ行こうと思ってましたし!」

 

言わんとしていることを理解して流石にそこまでしてもらう訳にもいかずに断ろうと歩き出す男性の前に回り込んで止める。

 

「ほ、ほらお財布だって持って……あれ?」

 

大丈夫だと判ってもらうためにジーンズの後ろに入れた財布を取り出そうとして手を入れるが、思っていたのとは別の感触が。

取り出してみれば、電子ロック用のカードキーと携帯。

 

「あれ……あれ……?」

 

反対のポケットや前も探ってみるが、やはりどこにも財布は無く。

 

「わ、忘れてきた……?」

 

寝ぼけていた所為か、今日は何から何まで厄日のようである。

 

「……」

 

「……」

 

気まずい沈黙が流れる。

と、それを断ち切る様にもう一度、男性は溜息を吐いた。

 

「……行くぞ、ファミレス」

 

「で、でもご迷惑ですし、私家近いですから……」

 

「行くぞ」

 

「……はい」

 

それでも何とか断ろうとしたけれど、結局押しに勝てず、ファミレスで奢ってもらうことになってしまったのです。

 

今日はBoB本戦なのに……幸先悪すぎじゃない!!

 

 

 

==========================================

 

 

 

「ごちそうさまでした、三崎さん」

 

『どうせファミレスなんて何食ったってそんなデカい額にならねぇから好きなモン食え』

 

という言葉に甘えて、今日初めての食事だと言うのにがっつりハンバーグランチを頼んで完食してしまった私である。もうこれ以上ないくらいに恥ずかしいところ見られてるし恥も外聞もかなぐり捨てて食べたいものを食べさせてもらった次第。

私が食べている間、助けてくれた男性、三崎亮さんはドリンクバーのコーヒーを飲むだけだった。

因みにお互いの自己紹介は食事が来るまでの間に済ませている。そもそも事ここに来るまで恩人に名乗ってすらいなかったことに気付いて再三顔を赤くしてしまったのだけれど。

何故か名前を名乗った時に少しだけ微妙な表情をされた気がするのは気のせいだろうか。

 

「すみません、結局ごちそうになった上に私だけ食べてしまって……」

 

「別に。言ったろ、ガキが遠慮すんなって。そもそも、俺はもう飯食った後だ。朝田こそ、それで足りんのか?」

 

「……そんなに大喰らいに見えますか?」

 

「いや、そうじゃねぇけどな。高1っていや男女問わず食べ盛りだし、それにさっきからチラチラ季節のデザートに目が行ってるしよ」

 

「……デリカシーに欠けてませんかその発言」

 

軽く睨みつけて言ってみるけど、三崎さんはどこ吹く風だ。大人の余裕というのか、それとも彼じたいの性質なのかは判らないけれど。

さっきも言ったが私だって女の子だ。既にハンバーグランチを完食してるくせに何をと言うかもしれないが、そんなことはお構いなしに女子高生なのだ。

異性に大食漢だなんて思われてくはないし、甘いものについつい目が行ってしまうのは仕方ないことではないか。

 

そうよ、私は悪くない。悪くないったら悪くないんだから!

 

「そりゃ悪かったな。で、どうすんだよデザートは」

 

「………………いただきます」

 

そう、女子であるからして、甘いモノの誘惑には勝てないのだ。お腹が空いている時には特に。

 

「素直でよろしいこって」

 

丁度通りかかった店員を呼びとめてデザートを注文する三崎さん。

 

暫くしてやって来た季節のデザート《フルーツタルトストロベリーソース添え》をつっつきながら、そう言えばと切り出してみる。

 

「三崎さんはお仕事は何を?」

 

待っている間に自己紹介はしたものの、三崎さんから聞いたのは名前と、今日この近くで用事があるという事だけ。後は殆ど私が自分の醜態を取り繕う様に自分のことを軽く話しただけだった。

高1の女子高生だとか、近くで一人暮らししてるだとか言った時には、警戒心が薄すぎるとのご忠告を貰ってしまったけれど。その通りなので反省しきりだ。

 

「ん? ああ、教師……だな、一応」

 

「教師ですか。だったら三崎先生って呼ぶべきですかね」

 

「やめろ、何で仕事場離れてまで先生呼ばわりされなくちゃいけねぇんだ。それに、コッチは三月でお払い箱の身だっての」

 

何となく三崎さんのイメージに合わない業種が出てきたので、からかう様に言ってみたら真剣に厭そうな顔をされた。

というか、お払い箱って何? どういうこと?

 

「お払い箱って……なにかしたんですか?」

 

「元々そう言う話だっただけだ。一年限定で教師の真似事をするってな。終われば元の仕事に異動ってそれだけの話だ」

 

「真似事って……」

 

「まぁその辺には大人の事情があんだよ」

 

疲れた様に溜息を吐く三崎さん。

会ったばかりで何だけど溜息の多い人だなと。気苦労が多いのかもしれない。

 

「俺のことはどうでもいいんだよ。それよりお前のことだ」

 

「私……ですか?」

 

「何か悩み、あんだろ」

 

ドクン、と、心臓が大きく跳ねた。思わず目を見開いて三崎さんを見つめる。

 

「何で判ったのかって顔してんな。これでもお前より十年近く長生きしてるし、ついでに言や教師だからな。悩み抱えてるガキは顔見りゃなんとなく判る」

 

「……なるほど。三崎先生様様って訳ですね」

 

「先生言うなっつったろ。まぁ、無理に話せとは言わねぇよ。所詮俺は会ったばっかの他人だしな。だからまぁなんだ。先人からのアドバイスって訳じゃねぇが、あんま溜め込みすぎんな。親しい奴がいるならソイツに相談するのもいい。誰かに聞いてもらうだけでも発散できたりするしよ」

 

「……はい」

 

暫くして驚きが消え去ると、思わず笑ってしまった。

柄じゃないと言わんばかりに先生と呼ぶと嫌がるくせに、行動自体は普通の教師より余程教師らしい。今まで私が見てきた教師は、私の境遇に全く気付かないか、気付いても関わり合いになりたくないと言わんばかりに無視を決め込むような奴らばかりだった。

三崎さんみたいに言ってくれる人は、一人もいなかったから。

だからこそ、あの事件から人一倍人見知りになってしまった私が、会って間もない三崎さんと、こんなに普通に話せるんだろう。

 

でも、そんな貴方でも、私の過去を知ったら、きっと……

 

「もしも、ですけど」

 

「あん?」

 

「もし、私が話す決心がついたら……その時は聞いてもらえますか?」

 

「……ああ、構わねぇよ。今日会ったのも何かの縁だろうしな。話くらい聞いてやる。ほら」

 

「ありがとうございます、三崎先生」

 

差し出された名刺を受取って、態と先生と呼ぶ。何かくせになりそうだった。

 

「だから、先生言うんじゃねぇ」

 

「……むぅ」

 

余りにも厭そうな態度をとられて、少しばかり機嫌が悪くなる。

 

何もそんなに嫌がらなくてもいいじゃない……

 

そんなことを考えていると、パッと良い事を思いついた。

 

「そんなに嫌がるのって、もしかして援交みたいに見えるからですか?」

 

「ブホッ!」

 

からかう様に言うと、今日初めて良いリアクションを返してくれた。

こう言ってはなんだけど、実にからかい甲斐のあるリアクションだと思う。

 

「そうですよね。こんな真昼間から女子高生が先生って呼ぶ男の人と一緒にいたらそういうの怪しみますもんね普通」

 

「あのなぁ……」

 

「こんなことしたら尚更」

 

もう一押し――なにがもう一押しなのかは自分でも判らないけど――と空いている三崎さんの左手を両手で握ってみる。傍から見たら完全に危ない関係の二人だろう。知人に見られたら私自身危ないわけだが、幸い学校での私の存在は薄いし、絡んでくる数人にしても家は近くない。

 

だから、こんな大胆な行動に出てるのはその所為だ。そうに決まってる……

 

「お前、また洒落にならんことを……って」

 

 

「?」

 

急に黙り込んだ三崎さんを不審に思い、その視線の先を追ってみれば、近くの席でこちらを凝視している女性がいた。その手にはスマホが握られている。

 

あれ? 何処かに電話しようとしてる?

 

「……もしもし、警察――」

 

「バッ!? お前止めろマジでやめろ勘違いだ!!」

 

スマホを奪うような勢いで三崎さんが駆け寄って女性を止める。

それから私に聞こえない様に女性と話すこと数分。

 

「いやぁゴメンゴメン。ハセ……じゃない。亮がとうとう幼気な女子高生に手を出したのかと思っちゃって。アハハハハ」

 

「ンな訳ねぇだろ。つか、いたんなら見てねぇで声かけりゃよかっただろうが」

 

「んー、なんかちょっとシリアスな雰囲気だったしね。お姉さんなりに空気を読んだと言うか」

 

「その結果が通報とかマジで洒落にならねぇから」

 

「だからゴメンってー」

 

「痛ぇ叩くな」

 

笑いながら三崎さんの隣に座って背中をバシバシ叩く女性の名前は皇栞里さん。

三崎さんの友人で、隠れて見ていたんだそう。人が悪いと言うかなんというか。

 

でも、通報しようとしてた時の目はマジだった気がするのよね……

 

「にしても、詩乃ちゃんも大胆だよね。亮とはさっき会ったばかりなんでしょ?」

 

「え! やっ、あのっ、そのっ、それはなんというか……!」

 

急に話題を振られて動揺してしまう。しかも思い返せば普段なら絶対やらないようなことで。恥ずかしいやらなにやらでまともな言い訳すらできない。

 

ていうか、何であんなことしちゃったのよ! 私のばかぁ!

 

もう今日は自分でも自分が判らない。

 

「とまぁ詩乃ちゃんいぢめるのはこのくらいで。亮のことからかうの面白いしね、よく判るよ」

 

「……はい、確かにちょっと面白かったです」

 

「同意すんじゃねぇよ。つかテメェも日頃から俺をからかうことに全力出すんじゃねぇ」

 

「にゃははー、それは無理な相談かなぁ」

 

笑いながらそう言う栞里さんに、三崎さんはげんなりと首を振って頭を抱えた。

傍目から見たら随分と仲のいい二人だ。

 

……付き合ってるのかしら

 

ふとそんなことを考える。私自身まだ恋とかそんなことはしたことないし判らないけど、そこは女子高生。人の恋路は大好物だったりする。趣味の一つである読書は伊達ではない。

 

という訳で聞いてみた。三崎さんも遠慮するなって言ってたし。方向性は確実に違うでしょうけどね?

 

「二人ともすごく仲良さそうに見えますけど、もしかして恋人同士だったりするんですか?」

 

「え、そう見える? やだなーそんな――」

 

「は? 栞里が恋人? ないない、有り得無ぇな。ただの悪友ってとこだ」

 

「――ことないよ、うん」

 

「痛ってぇ! ンだよいきなり!?」

 

「ヤダ、なんのこと?」

 

照れくさそうな笑みからサッと能面のような貼り付けた笑顔に変わる栞里さん。私の視界には映らないけど何かしらの制裁が三崎さんに加えられたようだ。

 

「……あぁ」

 

なるほど、と納得した。

栞里さんは三崎さんのこと憎からず想ってるけど、三崎さんは鈍くて判ってないようだ。

まるで恋愛小説に出てきそうな人間関係である。事実は小説と同じくらい奇なりね。見てれば判りそうなものなのに。第三者としては非常に面白いけれど。

 

「ふんっ。いいもんね、私も甘いモノたーべよっと」

 

「おい卓同じにしたんだから伝票混ざるだろうがやめろ」

 

「あ、すいませーんチーズケーキとストロベリーパフェ追加でー。詩乃ちゃんもまだ何かいる?」

 

「あ、じゃあベイクドプディングを」

 

「じゃあそれも追加で」

 

「……無視かよ」

 

拗ねたように言って、三崎さんの言葉を封殺し店員に追加注文をする手際は常習していることが覗える。自然な流れで聞かれたからつい私も追加しちゃったし。

 

「朝田の分はともかくテメェの分は出さねぇからな?」

 

「あー、私今日お財布持ってきてないんだよねー。というわけで、亮奢って」

 

「嘘抜かせ」

 

「あれバレた?」

 

「むしろなんでバレねぇと思った」

 

小気味いいテンポで交わされる会話――というか半ばコントみたいになってるけど――を見ながら、こういう関係も良いなぁと思う。そもそも新川くんくらいしか親しい友人のいない私は、こんな風に話せる相手がいないから。

 

 

それから出てきたデザートを食べながら栞里さんと『折角だから』ということで連絡先を交換し、再度三崎さんにお礼を言ってから家の前まで送ってもらい別れた。本当はファミレスの前で別れるつもりだったけど、また途中で倒れられても困ると言われては断りきれなかった。

 

「ふぅ……」

 

ベッドに倒れこんで枕元の時計に目をやると時刻は17時を回っていた。三崎さんと出会ってから一緒にいた時間は二時間ほどだったらしい。

 

全然眠れなくて辛かったはずなんだけどな……三崎さんや栞里さんと話している間は全然そんなの気にならなくて、楽しかった。

同世代よりも年上の人の方が一緒にいて楽だなんて、我ながら変わり者ね……

 

そんなことを考えながら、どんどん意識が重くなっていく。いっそこのままBoBまで寝てしまおうかと、睡魔に身を任せようとしたところで、携帯からメッセージの受信を知らせるメロディが流れた。

 

「んぅ……?」

 

半ば寝ぼけながら画面を見れば『今から会えない? ちょっと話したいんだ。近くの公園に来てるんだけど』との文字が。送り主は勿論新川くんだ。他に送ってくるような相手もいない。栞里さんはもしかしたら他愛ない話でも送ってくるかもしれないけど。

 

どうしようかと少しばかり思案する。大分まどろんでいた時間が長かったようで時刻は18時を過ぎていた。

 

「まぁ、今から寝て起きれなかったら問題だし……」

 

そう考えて了承の返事を返した。

 

そのまま倒れこんだ所為で軽く皺になっていたところを伸ばして身だしなみを整える。

 

「……よし」

 

本戦開始まで後三時間弱。新川君が話したいことと言うのは判らないが、少しずつ、闘いに向けて精神を集中させていこうと気合を入れた。




解せぬ、話が進んでいない……

というわけで二章十四話でした。気付いたら一章の話数超えてましたね……
今回は前回の続きから本戦直前までのリアルに焦点を当てた次第。おかしいね、それなりの分量なのに話がちっとも進んでない。
で、その話が進まなかった原因のオリジナルパートをぶち込むために微妙にイベントの発生時間が変わってたり。まぁ些細な差ですが。

え? そんなことよりシノンさんがキャラ崩壊してる? ゲーム版よりましかと(大嘘
毒舌クールなシノンちゃんも見知らぬ年上と相対したら流石にテンパることもあるやろ、てな具合で書いたので許してください。あと謎のご都合主義展開も(深夜のテンションだった

そんな感じで次回は本戦に突入です。今回冒頭でブッチぎったハセヲキリトクーンの作戦会議的なのも次回持越しですね。今月中乃至来月頭に投稿予定なのでどうぞお楽しみに。

いつものことながら感想、誤字脱字報告は随時受け付けておりますのでよろしくどうぞ。では

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。