SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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続けて、一話投稿です。

改訂しました 2016/10/16


Fragment1 《再誕》

2022年 10月

 

「何で日曜の午前に呼び出しなんて食らわなきゃならねぇんだ、ったくよ……」

 

まだ卒論書き終わってねーんだぞ……そうぼやきながら青年はJR品川駅の改札から出てある場所を目指しビル街を歩いていく。

少し長めで若干癖のある黒髪、黒のジャケットに黒のジーンズ、おまけに黒のレザースニーカーと全身黒尽の格好は、青年の少しばかり白の強い肌をより際立たせている。

ジーンズのポケットに手を入れ、猫背気味の姿勢で歩く青年の姿は、新しい職を探すフリーターか、もしくは夜通し遊んでいたチンピラか、はたまた仕事明けのホストに傍目からは見える。人並み以上には出来の良い顔立ちを構成している鋭い目が、常よりも更に吊り上っていることも、周囲の認識に拍車を掛けているのかもしれない。

本人は歴とした大学4年生なのだが。

と、そこに十月も後半に差し掛かる昨今、急に冷たくなってきた風が吹き付けた。

その所為で猫背の背を更に丸めてしまう。

 

「~~~~~~っ! 最近急に寒くなってきやがったなクソッ。拓海の野郎、これでしょうもない用だったらホントに一発ブン殴るぞ……」

 

不満を口にしながらもキッチリと時間までに向かうあたり、なんだかんだ誠実な彼の人柄が見て取れる。彼を呼び出した相手が、無意味なことは決してしないという事もあるのだが。

それから歩き続けること約20分。

 

「やっと着いたか……アパートから遠いんだよなココ」

 

そう言いながら、彼、《三崎亮》は辿り着いた目的地、CC(サイバーコネクト)社本社ビルを見上げた。

 

「相変わらずデケェな……俺も晴れて春からここの社員ってわけか。今のアパート引き払って社員寮入った方が楽か? いや、実家からバイクってのもアリか……」

 

約半年後に迫った入社後のことを考えながら、彼は自動ドアを潜っていった。

 

 

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にしても、この会社とも、アイツとも、腐れ縁もいいトコだな

 

ふとそんなことを思って苦笑しつつ、エントランスへ入り受付のカウンターへと向かう。アッチから来るような……というか、来て良い立場のじゃないからな、アイツは。

 

日曜出勤とはご苦労なこったな

 

超大手企業であるが故の苦労をしている社員たちに内心そんなことを思いながら、約束の相手に取り次いでもらうためカウンター内の受付嬢へ話しかけた。

 

「すみません、本日御社の火野社長と会う約束をしている三崎という者ですが」

 

「三崎様ですね、少々お待ちください」

 

そう言って受付嬢が手元の端末を操作すること十数秒。浮かべていた営業スマイルを困惑気なものに変えた。

 

「失礼ですがお約束の日時は本日でお間違いありませんか?」

 

「はい、間違ってない筈ですが……なにか?」

 

「確認したところ、本日のアポイントメントに三崎様の登録は無いのですが……」

 

「は? あ、いや、そんなはずは――」

 

「大変申し訳ございませんが、アポイントメントのない方を社長へお取次ぎすることは出来かねます。再度アポイントメントを御取り頂いた上で、再度お尋ね下さい」

 

ない、と続ける前に、疑念の目と言葉を投げかけられた。

まぁ、自分とこの社長に会いに来たってヤツが日曜とは言え私服な上に面会予約も無いってんじゃ疑うのも判らなくもねぇ

……ねぇが、だ。

 

オイオイ、ソッチから呼んどいてそりゃねぇだろ……

 

そんな風に思った俺は決して悪くねぇ筈だ。半分は私用みたいなモンだから私服でいいっつったのもアッチだしな。

 

だからっつって帰ったら帰ったで面倒なことになるのは目に見えてるんだが、如何せん不審者もどきと思われてる所為で直接社長に聞いてみてくれと言ったところでやってくれそうもない。

 

どうしたもんかと途方に暮れていると、奥のエレベーターから見知った顔がやって来た。何故か不機嫌オーラを纏って。

 

女性にしては高い身長、それに伴ってスラッと細い脚、ストレートに流している長い黒髪。パンツスーツを着こなす姿は、掛けているハーフフレームの眼鏡も相俟って非常に魅力的だ。

 

まぁ、その魅力も身に纏う不機嫌オーラで台無しなわけだが。

 

「遅いわよハセヲ。待ち合わせの時間はとっくに過ぎてるけど?」

 

うーわ、おっかねぇ……

 

表情は然程怒っているようには見えないのに、その背後には般若を幻視する程の怒気。顔を引き攣らせて時計を見てみると、針が指し示す時間は10時34分を過ぎた所。ちなみに約束の時間は10時30分だ。

 

「まだ5分も過ぎてねぇじゃねぇか…………」

 

「その5分が命取りになることがあるのが企業であり市場というものよ。もう半年もしない内に社会人になるのだから覚えておきなさい、ハセヲ」

 

「ハイハイ……」

 

小声だったのに聞こえていやがったか……この地獄耳め

 

「何か言ったかしら?」

 

「いえ、何でもないです」

 

人の心を読むんじゃねぇよ……!?

 

「まぁ良いわ」

 

そう言うと女性、令子さんはオーラを霧散させて受付嬢を見やる。

 

「それでどうしたの? 何か揉めていたようだけれど」

 

「いえ、三崎様が社長と面会のお約束とのことだったのですが、端末を確認したところアポイントメントの登録が無かったものですから……」

 

「あら、手続きしていなかったかしら?……いいわ。その件に関しては此方が把握しているから。それに彼は四月から我が社の社員だしね」

 

「はぁ……判りました。それでは後は佐伯秘書にお任せしても宜しいでしょうか?」

 

「ええ、大丈夫よ。手間を掛けさせてしまってごめんなさいね」

 

「いえ、これも仕事ですから」

 

そう言って笑う受付嬢に令子さんは「悪いわね」とだけ言って、俺に視線を戻す。

どうやら話のケリはついたようだ。

 

「そういうことだから、来なさい。こっちよ」

 

言うだけ言って返事も待たずに歩き出す令子さん。仕方ねぇから受付嬢に軽く会釈をしてから追いかける。

 

「てか、結局そっちのミスかよ?」

 

「あぁ、悪かったわね。まぁ、そういうこともあるわ」

 

「おい……」

 

横に並んで先の件について聞くと、言葉とは裏腹に悪びれもしない口調で言葉が返ってきた。やってらんねぇ……。

 

「あら? それともハセヲ君の器はそんなに小さいのかしら?」

 

「時間がどうのとか言ってたのはアンタだろうに。まぁ、それはもういいけどよ」

 

「けど……なに?」

 

さっきから気になってたことを言ってみる。

 

「《ハセヲ》はやめろって。リアルの俺は三崎亮だっつの。令子さんも公衆の面前で《パイ》とは呼ばれたくねぇだろ?」

 

「えっ!?」

 

今まで気付いていなかったと言わんばかりに、令子さんは目を見開いて声を上げた。

 

「いや、また気付いて無かったのかよ」

 

てか驚き過ぎだろうに

 

額に手を当ててガックリと肩を落として溜息を吐く令子さんを横目で見ながら、内心で同じように溜息。

 

「駄目ね、どうにも直らないわ。こっち(リアル)でも知り合ってからもう何年も経つのにね」

 

「ホントだっつの。Re:2だってとっくにサービス停止してんのによ」

 

そう俺が令子さんに……彼女だけでなく、多くの大切な仲間達に出逢ったあの世界はもう無い。

Re:2の後にも新しい《The World》のサービスは開始されたが、俺は結局そっちではアカウントを作らなかった。

理由はいくつか有る。初代からRe:2への移行と同じく、アカウントデータの引き継ぎが一切無かったのもその一つだ。

初代からRe:2への引き継ぎがされなかったのは火災事故の所為だったが、今回の場合はCC社……というよりも俺達事件関係者の総意を代表した、当時開発チームのリーダーだった現CC社社長に因るものだ。

新作の作製に当たって前のようにハロルドが遺したデータ(ブラックボックス)を少しでもそのまま使うのでは、また同様の事件を繰り返す可能性が捨てきれなかった。

その為、アカウントデータはRe:2迄のデータを一切使用せず一から新しいものを作った。

開発は難航を極めたようだが、現社長が指揮を取ってなんとかサービス開始に漕ぎ着けたと聞いている。

 

そして必要なくなったブラックボックスを含む全てデータは……実は未だにCC社の最深部にある完全に外部ネットワークとは断絶されたサーバーに残っている。

当初、世に遺さないために完全に抹消する――それこそ物理的に――のもやむなしという話だったが、データの中に眠る《様々な存在達》のことを想い、結局誰の目にも触れないところで保管することになったのだ。

 

 

閑話休題(話を元に戻そう。)

 

 

令子さんが俺を《ハセヲ》と呼ぶ理由は単純明解。《The World》での俺のPCネームが《ハセヲ》で、その呼称がコッチ(リアル)でも治らないからだ。なお誤字ではない。“直らない”ではなく“治らない”だ。これだけ時間が経ってんのにまだ当時の呼称が抜けないのは最早病的だからな。

 

「……う? 亮!」

 

「ん?」

 

「何を惚けているの。着いたわよ」

 

今までのことを思い出している内に社長室に着いていたようだ。

令子さんのノックの後、室内から了承の返事が返ってくる。

 

「失礼します」

 

そう言って入っていく令子さんに続いて入室した。

 

「やぁ、待っていたよ。亮」

 

そう言葉をかけてきたのは今日の約束をとりつけた張本人、つい数ヶ月前にCC社社長兼総取締役に就任した火野拓海だ。つまるところ、新作(The World)の開発を陣頭指揮した人物。

そんな大層な肩書に反して拓海の格好は白のワイシャツにワインレッドのカーディガン、ジーンズとかなりラフだ。短く切り揃えられた髪と、服の上からでもわかる細身ながらもかなり筋肉質な身体、焼けた肌の所為で、IT企業の社長というよりアスリートだと言われた方がしっくりくる。

 

「よう、一体何の用だ? 日曜に態々呼び出したんだ。下らない話じゃねぇだろうな?」

 

訳も無く本社ビルにまで呼びつける様な男ではないと判っちゃいるが、ソレはソレ。出来ればさっさと帰りたいので単刀直入に聞く。

 

「折角久しぶりに会ったんだ、そう急かすこともないだろう」

 

「いや久しぶりって。つい二週間前に一緒に呑み行ったばっかだろうよ」

 

「ふむそう言えばそうだったな。最近多忙でね。それ以上の時間を過ごしたように感じるんだ」

 

「そりゃネットワーク関連世界トップ企業の新社長様はご多忙だろうよ。御愁傷サン」

 

「君が我が社への内定もその恩恵なのだ、文句はあるまい?」

 

「へーへ、これも我らが賢者様のお陰ですよ」

 

そう、何度か話しに出ているが俺はCC社の総合開発事業部への内定が決まっている。

事実だけに強く言い返せねぇから、細やかな嫌味で反撃を試みた。

 

「ふむ、優秀な技術者を毎年輩出している国内屈指の有名大学首席殿にお褒め頂くとは、恭悦至極だな」

 

が、結果は奇麗なクロスカウンター。やっぱコイツに口で勝てる気がしねぇ……。

 

五年前に起きた事件が終息した後。残された八ヶ月間で、それこそ人生史上最低まで落ち込んだ学力を死に物狂いで復帰させて、今の大学に入ることができた。今考えても奇跡的と言わざるを得ない。

そこまでして入った理由はなんのことはない、そこがアイツの母校だったから。アイツが見た景色を肌で感じてみたかったんだ。勿論、両親にとやかく言われるのが嫌だったってのもあるが。

ただ、ぶっちゃけ首席なんぞ柄じゃねぇから、言われたところで嬉しくもない。挙げ句、日頃の言動のせいか――常の言葉使いが汚ねぇのは自覚がある――首席として卒業式参加の辞令が出されてからはツルんでる奴らから《不良首席》だの《ヘタレ首席》だのという不名誉極まりないあだ名を付けられる始末だ。

堪ったモンじゃねぇ。つか不良はともかくヘタレは意味が判らん。

 

 

閑話休題(ンなこたイイんだよ)

 

 

確かにそれなりの学力はある……が、それでも新卒でCC社の開発部に内定が決まる、なんてことは早々ない。なんせ世界中から有能な人材を集めてるんだ、そもそも新卒採用なんて開けっ広げにしちゃいないからな。

今開発部にいる研究者達だって他の企業で数年、多くは十数年勤めて実績を成してCC社にヘッドハンティングされた人材ばかりだ。

一応研究室繋がりで様々な企業から勧誘を受けていた――そのまま院に入るって話っもあった――が今一つ決まらず、どうしたものかと考えていたときに拓海からの勧誘があり、見事内定と相成ったわけだ。

ちなみに、それなりに頭は良いと自覚しているが、拓海には遠く及ばないとも思う。相手は十七歳でCC社に入社してたった五年で社長にまでなるような奴だ、全く勝てる気がしない。

 

「………………」

 

と、ここらで無駄話は仕舞いにしておこう。

時間が勿体ねぇし、何より無言で睨んでくる青筋立てた令子さんが怖ぇ。

 

「ンで、ホントに用ってのは何なんだよ? いい加減、初めてレイブンに来させられた時みたいなこの状況をどうにかしてくれ……」

 

社長(ギルマス)拓海(八咫)で秘書が令子さん(パイ)

これで部屋の一番奥に身喰らう蛇(ウロボロス)でも有ったら正真正銘、ギルド《レイブン》の出来上がりだ。

 

「あぁ、そうだな。本題に入るとしよう。今回君を呼んだのはある依頼を頼もうと思ってね」

 

「依頼?」

 

拓海(八咫)からの依頼とか、そこはかとなく嫌な予感しかしねぇ…………

 

そこはかとなく嫌な予感しかしねぇ…………

 

「あぁそうだ。亮、ナーヴギアは知っているだろう?」

 

「そりゃな。俺も一台持ってるし」

 

「流石は《不良首席》、現役ゲーム廃人には聞くまでもなかったか」

 

「言ってろ。依頼ってのはそれに関することか?」

 

「ご明察。君のことだ、そのナーヴギアをハードに来月、初のVRMMORPGが発売されることも知っているだろう?」

 

「《ソードアート・オンライン》のことだろ? 先行β版が1000枠だけ配信された」

 

実は俺もこのβ版に応募していた。勿論外れたが。根本的に俺のリアルラックは低いんだ。

 

「そうだ。さて、今回の依頼だが君にはその《ソードアートオンライン》の視察を行ってって貰いたい」

 

「視察? つか俺も予約はしてっけど初回は抽選一万しかねぇから買えるかわかんねぇぞ?」

 

「心配しなくていいさ、君の予約分は既に確保している」

 

「流石CC社、何でも有りだなオイ……」

 

もうなんか疲れてきた……

 

「それと視察に関してだが、普通にプレイしてくれればいい」

 

「そんなんでいいのか? てかそもそも何でんなことを?」

 

「なに、CC社でもナーヴギアのMMORPG開発に着手していてね、その参考にと。無論報酬も出そう」

 

悪い話じゃねぇな、ゲームやるだけで報酬も出んなら儲けもんだし

 

損得を計算して得が勝った――むしろ損が何処にもなかった――ので頷いて見せる。

 

「判った。具体的に俺がすべきことは?」

 

「うむ、それは……」

 

そこまで言って不意に腕時計に視線を落とす拓海。

 

「悪いがその説明は令子君から聞いてくれ。私はこれから取り掛からねばならない仕事が有ってね。頼んだよ、令子君」

 

言われ、俺達が話している間手帳を見ていた令子さんは視線を上げて手帳をしまう。

 

「了解しました、それでは失礼します。行くわよ、亮」

 

「了解。んじゃな、拓海」

 

「あぁ、また。今度は三人で呑みに行こう」

 

「おう」

 

簡単なあいさつを交わして、令子さんに続いて社長室から出た。

にしても、日曜にも仕事とは……俺も四月からはその仲間入りなわけか。

 

「それじゃ、歩きながら説明するわよ。私もこの後仕事有るから」

 

「ん……」

 

そんなことを考えて少し憂鬱になりながら頷いた。

 

 

 

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2022 年11月

 

 

あの後、視察の開始日――まぁ、発売日なわけだが――やら期間、報告方法、報酬やらの話をしてから別れ、視察――という名の遊び――の為に卒論を本気でやって片付け迎えた発売日。

自分でも現金な奴だと思うが、行き詰まっていた卒論が僅か二週間足らずで終わるとは。我ながらに驚きだ。

 

「待ってたわよ、亮」

 

そうしてCC社に着いた俺を迎えたのは、またもや令子さんだった。

受付で面倒なやり取りをしなくて済むのはありがたい。

 

「こっちよ、着いてきて」

 

先日のように後をついていく。

と、今更ながらに湧いた疑問を投げ掛けてみる。

 

「なぁ、何で俺に依頼を? 社員の誰かでもよかったんじゃね?」

 

「……はぁ」

 

令子さん、頼むから「何言ってんのコイツ?」みたいな目で見ながら吐かないでくれ。

 

「あのねぇ、ウチの社員にアナタ並みに暇な人がいるとでも?」

 

「ごもっとも」

 

呆れられてしまった。

 

まぁ、そのくらい少し考えれば判るわなぁ……

 

どうやら今の俺は相当浮かれているらしい。

 

そんなこんなで、俺は今CC社の一室、というか社内宿泊室――泊まり込みをする社員の為にあるらしい。労働者的に良いんだか悪いんだか何とも言えん設備だ――にいる。ベッドが有り且つネット環境が整っているのがここしか無かったらしい。

早速持参したナーヴギアを被って横になる。後は起動コマンドを言うだけだ。

 

「リンクスタート」

 

意識が遠ざかっていく。《フルダイブ》の開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

実に数年ぶりになるMMORPG。そのキャラクターエディットに際して俺は完全に無意識で《ハセヲ》を作っていた。作製し終えてから気付いて作り直そうとも思ったが……止めた。

この姿以外で闘う姿が想像出来なかったのもあるが何より、あの世界に戻れたような、そんな気がしたからだ。

 

そうして降り立った《はじまりの街》。

懐かしい姿で、懐かしい雰囲気を味わう。18世紀のヨーロッパのような街並み。皆主人公やヒロインのような現実離れした姿のプレイヤー達。そしてその喧騒。

それら全てが俺にあの世界(The World)を感じさせた。

 

「と、いつまでも突っ立ってちゃ意味ねぇな」

 

俺が来た目的は遊び (視察)なのだ。早急に楽しま (調査し))なければ。

本音と建前が逆? 気にすんな。

 

「まずはっと……武器屋でも探すか」

 

インしてすぐ見える所に込み合っている武器屋が有ったがあっちはダメだ。

多分高い(正規価格の)くせに弱い(初期)装備しか売ってないだろう。

大概この手のゲームは街のどっかに安くて若干だが強い物が売ってる武器屋が在るはずだ、と考えてたら視界の隅にインした瞬間猛ダッシュをかますプレイヤーが一人。

多分βテスターだろう。

 

じゃ、ちょっくら後を着けさせてもらうか

 

MMORPGにおいて、情報は重要なファクターなのだ。

 

 

案の定在った古びた武器屋。目立つ所に在った武器屋の値段よりも二割程安いし、耐久値も高い。

この《SAO》において頼れるのは自分の剣と多種多様に存在するスキルだけだ。

そして武器は使った分だけ耐久値が下がり0になる前に鍛冶屋で研磨して耐久値を回復しなければならないらしい。

であれば、節約のためにも少しでも安く少しでも良いものを求める。

俺のようなゲーム中毒者ばかりであろう――なんせ初回生産は一万本だ。然程興味のない奴はそもそも次のロットを待つだろうさ――このプレイヤーたちの中で、トップクラスを目指すのであれば、いかに他の奴よりリソースを効率的に得られるかが鍵だ。

 

んで、あの武器屋で買ったのはThe World時代に慣れ親しんだ双剣(初期装備)……は無かったので、結局ダガーを二本。が、しかし。

 

「まさか、ソードスキルが使えねぇとは……」

 

そう、ダガー二本を両手に装備は出来るのだが、システム的に双剣のスキルが無いため、エラー警告が発生しソードスキルが発動しないのだ。

 

勿論一本をストレージに戻せばいいんだが、やはり何かしっくりこない。それなら別の武器に変えればいいんだが、残念ながらとある理由から今は不可能だったりする。

 

「仕方ねぇ……」

 

左手を振ってメニューを出現させてとりあえず左手に持っている方をしまう。

実際にソードスキルを使ってみないことにはなんとも言えないしな。判れば戦い方にも応用が多少は効くだろう。

左腕を前に、右腕を後ろにとThe Worldで双剣を使うときの様に構えて、全身の力を抜く。

 

「よし……行くぜ!!」

 

気合を入れて駆け出し斬りかかるのは先程から視界に入っていた青いイノシシ《フレンジーボア》。

相手の挙動を読み、隙を突いて横薙ぎに斬撃を放つ。その感覚はAIDAサーバー化した時の《The World》とよく似ている。

 

「……悪くねぇな」

 

思わず口許が吊り上る。生死が関わらないのであれば、この感覚は寧ろ好ましい。

 

「……ふっ!」

 

フレンジーボアの突進をサイドステップでかわしつつ思案。

次はソードスキルだ。ダガーのソードスキルは順手持ちか逆手持ちかで異なるが、俺は昔の癖のせいか順手持ちの戦い方が判らないため此方は却下。

逆手持ちダガーの初期ソードスキルは横薙ぎの一閃(ブランディッシュ)と、下から上への逆袈裟斬り《ライジング》の二つだ。

ソードスキルの発動は1、2、3とテンポを取って放つのでは無く初動のモーションをシステムに乗せ、後はそのままシステムアシストに身を任せるようにする、と今日の為に色々と調べたBBSやら何やらに書いてあった。

初心者には難いだろ、と思いはしたが、まぁなるようになる。

 

「――っ!」

 

再度突進を仕掛けるフレンジーボアをバックステップし一瞬だけできた隙に、脳内で描いた軌道へ右腕を乗せた。

 

「――っらぁ!!」

 

発動した《ライジング》は、見事に顔面へ直撃。

青白いライトエフェクトと共に放たれた斬撃はフレンジーボアのHPバーを吹き飛ばし、無数のポリゴンへと散らせた。

続いて俺の視界に紫色のフォントで取得経験値が表示される。

これで戦闘終了って訳だ。

 

一息ついてダガーを腰の後ろ手につけている鞘にしまう。

なんとなく予想はしていたが、ソードスキルの発動させる感覚は、AIDAサーバー下や精神を碑文に移した時にアーツを放つ感覚と非常に近しいみたいだな。

改めて確認したところで、次なる敵を求めて俺は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

ファンフアーレの音楽と共にレベル上昇が視界端のログで知らされる。現在時刻17時20分。フィールドに出てからいつの間にか三時間以上が経過し、二度目のレベルアップだ。

レベルアップの報酬として与えられたポイントをステータスに振り分ける。SAOではこうすることで、ステータスを上げて行くことが出来る。

勿論割り振るのはSTR(筋力))AGL(俊敏)だ。これもまた昔の《ハセヲ》と全く同じステ振り分けだ。

そしてもう一つ成長に欠かせないのがスキルだ。最初に二つ、数レベル上がる毎にスキルスロットが一つずつ与えられ、ここに何のスキルを取得していくかで成長傾向が変わっていく仕組みだ。

ちなみに最初に与えられている二つのスキルスロットは既に埋めている。一つは短剣(ダガー)》、もう1つは《索敵(サーチング)》だ。武器を変えられない理由はこれだったりする。

イン直後、何を入れようかとスキルを見ていたとき、不意に目に移ったこの2つを殆ど反射的に選択、決定してしまったのだ。

ダガーはともかく、《索敵》はどう考えても視界の広いパーティー向けのスキルじゃあ無い。俺の本質はやはりソロプレイヤーなんだろうと実感した瞬間だった。

まぁ、選択してしまった以上、以後のスロット追加でパーティー向けのスキルをとるのも無駄使い感が否めないから、このままある程度はソロ型にするつもりだが。

次回生産以後ではどうなるか判らないが、今回の1万人の中に俺の知り合いはいない。人付き合いが――以前ほどでは無いとはいえ――得意ではない俺が知り合いがいない現状でパーティープレイをすることも殆ど無いだろうという思考の末に割り切った。

 

長時間の戦闘で疲れたこともあってそろそろ一旦切り上げようと思い、左手を振ってメニューを開いて異変に気付いた。

 

「……ログアウトボタンが無い?」

 

イン直後は確かに有ったはずのログアウトボタンが消失していた。

《SAO》を開発した《アーガス》という会社はプレイヤー第一の会社であり、ことデバッグに関しては最大手のCC社よりも信頼されている。それがこんなバグが発生しているのに対処どころか何の告知も無いとは思い難い。

ましてやこの世界を創ったのは《天才》と名高い茅場晶彦だ。そもそも、こんなバグを残しているとも考えられん。

仮に起きたのだとしても、今現在、ここ(SAO)にいるプレイヤーは誰も自分の意思でログアウト出来ねぇんだから、普通はサーバーを落とすなりして強制ログアウトさせるだろうしな。

 

「……ん?」

 

ふと、そこまで考えて何かが頭を過った。

 

「自分の意思でログアウト出来ない……?」

 

言葉を口に出して整理する。

 

「……ということは、自分の意思で現実(リアル)に戻れない?」

 

……この世界に閉じ込められた……?

 

つまりこの状況は、《The World》がAIDAサーバー化したのときと全く同じっつう訳だ。

あの時、俺達のような碑文使いだけでなく、一般プレイヤーまでもが自分のPCと感覚がリンクした。

 

VR空間であるここでは、それは当たり前のことだ。

たしかに若干ホラーではあるが、これはただのバグに過ぎない。

直ぐに対処される。

 

そう自分に言い聞かせるが疑惑は取り除かれない。さっきまでの戦闘による高揚感は鳴りを潜め。言い知れぬ忌避感が全身を駆け巡る。

 

「なっ!?」

 

すると、突如転送エフェクトが視界に現れた。

本来なら、やっとシステム側から通知か、と安心するはずのそれによって、俺の中の不安は増大した。

 

 

 

転送エフェクトが消失して視界に移るのは《はじまりの街》の広場。

そこで行われたのはこの茅場晶彦による《SAO》の真の《チュートリアル》

 

 

俺の予感は当たったのだ。

最悪のカタチで。

 

 

ただの大学生である(三崎亮)の理性がそれを否定した。

これは嘘だ、何かのイベントだ、この世界は虚構に過ぎないのだからと。

 

 

しかし

 

 

以前同じ事態に際し、規格外(イリーガル)な力を以て事件を終息させた(ハセヲ)の本能が告げた。

これは真実だ、これはあの時と同じ、いやソレ以上に性質の悪い現実なのだと。

 

たった今。

この世界(仮想)は、俺達にとって現実になったのだ。


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