改訂しました 2016/10/16
2022年 12月
「……はぁ」
奥まで行くと戻ってくんのも一苦労だな
そう何ともなしに溜息を漏らしながら、借りている部屋のドアを開けた。
あれから一月。ここまでの死亡者は、自殺等を入れて二千人。つまり、既に全体の五分の一が脱落している訳だ。
そんな中、現在の攻略進度は一層の迷宮区が最上階一つ手前まで進んだところ。近い内にボス部屋も見つかるだろうって話しだ。
ンで、丁度今しがたその迷宮区にほど近い街《メダイ》へと、経験値稼ぎから戻ってきた所だったりする。
成果は上々、レベルが1上がり14になった。βテスターのヤツ――その中でも所謂情報屋という奴――に聞いたところ、一層のクリアレベルはだいたい7~8位らしいから、十分なマージンはとれていることになる。
今現在の攻略情勢として、最も懸念されているのはやはり迷宮区最深部にいるボスだ。現在最前線に立っているプレイヤーの何割かはβテスターだと思われるが、話によるとボスというのは普通一
そんなこんなで今日、ボス攻略の会議が行われることになった。ボス部屋が見つかってからでも遅くないんじゃないかと思わなくもねぇが……まぁ、それはいいだろ。時刻は追って張り出されるそうだ。ちなみに俺もボス攻略には参加するつもりだ。その為にレベルも上げた訳だしな。
ベッドに横になって現状を整理していると、次第に腹が減ってきた。メニューを開いて時間を確認してみれば、丁度昼飯時。腹も減るわけだ。
「脳の電気信号には勝てねぇってか? 時間も頃合いだし、飯にすっか……」
この世界で感じる感覚は全て偽物だが、プレイヤーは人間だ。空腹やら睡魔やら疲労感やらに勝てる奴はいない。もちろんその一人である俺も空腹には逆らえない。
ったく、難儀なもんだぜ……
というわけで、アイテムストレージから激安一コルのところを、とある理由から無料で手に入れた固い黒パンとショップで売っているコーヒーを引き出す。
余談だが、本当なら何かしら調理したほうが食い物は旨いらしい。とはいえ俺達プレイヤーが飯を作る場合、実際に素材のアイテムを切ったり焼いたりするわけではないのだが。
調理設備の前でスキルを使用、アイテムを選択するだけだ。しかしその出来は設備とスキルレベルに左右されるため、旨い飯を自力で作ろうとしたら態々スキルレベルを上げる必要があるという何とも言えない仕様だ。
そんな訳で、貴重なスキルスロットを一つ潰してまで料理する奴はβ時代には碌にいなかったらしい――この情報を知るためにわざわざ情報屋に金を出した――が……もう少し先の話にはなるが、俺はスキルを取得、暇を見ては強化する予定だ。
理由は単純明快。この世界の飯がお世辞にも旨いとは言えねぇからだ。
今喰ってるのは最低水準の激安パンだから旨くないのは許容範囲だが、これが例えNPCレストランの飯だとしても――上層に行けばまた別なのかもしれんが――然して旨くない。というか味覚パラメータを弄って作り出された擬似味覚で有るために口に合わない。これには我慢ならなかった。
現実では親の仕事の都合で中学から自炊していて——―インスタント食品漬けの日々が一月続くと人間取りあえず何か作ろうという気になるもんだ——―、大学に入って一人暮しを始めてからもそれは変わらなかった。そんなこともあって、自分で言うのもなんだが俺の現実の調理スキルは中々のものだったりする。
それでコッチに来てからの飯がこんなんじゃ……という訳だ。
旨くなくとも飯にありつくとしよう。効率を上げるために朝の四時から迷宮区に繰り出してた所為で、これが今日初めてのまともな食事だ。
それにどんな味だろうと、点滴で栄養を接種してる筈の現実の体よりは何倍もマシだろうしな
飯を食い終えて、腹ごなしにNPCショップへ足を伸ばすことにした。午前中手に入れた素材を売り払って防具を新調するためだ。
その道中、何時の間に張られていたのか、掲示板今日のにボス討伐会議の張り紙を見つけた。
開始時刻は午後四時、か……
時間を確認すれば三時少し前。防具を新調させてからでも十二分に間に合うことを確認して店に向かう。
防具屋に入って、事前に見つけておいた装備を購入する。新しい防具は黒のノースリーブアンダーに胸当てだ。
敢えて袖が無いものを選んだのは、動き易さを求めてだったりする。
ここに来るまでにも何度か人目につかない所で双剣の真似事をしていたのだが、動きを大きくしていくに連れて袖が引っ掛かって動きが制限されることが判った。ソレに対処するためって訳だ。
「にしても……コスプレみてぇだなぁ、オイ」
鏡に映る自分の姿を見て、そんな言葉が口から漏れた。
まぁ、チュートリアルを境に顔が現実のものになっちまっているから今更っていや今更なんだけどな。双剣を扱い易い格好をセレクトした所為か、いつの間にか1stフォームのハセヲ擬きな三崎亮が出来上がっている。改めて見ると正直恥ずい。
……そういや、染色素材なんてモンが有ったな
ふと思い立って再び時間を確認する。
三時二十三分。まだ時間に余裕が有ることを確認してステータスウィンドウを呼び出した。
何を血迷ったのか、俺はこの時思っちまったんだ――
可能な限り《ハセヲ》の容姿に見た目を近づけたらどうなんだ?
――なんて、何故か。
キャラエディットが出来なくなった今でも、髪と瞳の色に関してはある程度変更できる――つっても、染色素材は一層のショップでは売っていないからドロップ品を使うわけだが――し、髪型は言わずもがな。
つーわけで、好奇心の赴くままにを弄ってみたらだ。
俺の頭には後悔の二文字しか残らなかったね。
「…………なんだこりゃ」
自分を映している姿見を見て愕然とした。
後ろに向かって流された白銀の髪に真紅の瞳。黒で統一された軽装。
どう見ても《ハセヲ》です本当にありがとうございます。
結構似ているとかそういうレベルの話しじゃない。似すぎだ。違いを挙げるなら肩や腕、頬に《
格好を変えた自分を無意識にエディットしてたって……どんだけ恥ずかしい奴だよ、バカなんじゃねぇの? ドン引きだよ。一回死んだ方がいいんじゃねぇか?
まさかの事実に全力の罵倒を自分に送った。穴があったら入りたいとはまさにこのことだろうよ。
確かにオフ会の時に顔見ただけで何故か
……世の中知らねぇ方がいい事って、有んだな
身体が成長しない仮想現実の中で、皮肉にも新しいことを学んで少しだけ成長した俺であった。
あーあ、死にてぇ……
割と洒落にならんことを考えながら左手を振る。
忘れてしまいたい
他の染色素材……持ってねぇ……
何故かライトグレーとディープレッドなんつうまたピンポイントな――今となっては甚だ嬉しくない――素材しか持っていなかった。むしろなんでその二つだけ持ってたのかが判らん。つまるところすぐには直せない、ということになる。しかもメニューに表示されている時間は二時五十三分。既に時間が無かった。全力で自己嫌悪している時間が思ったよりもかなり長かったらしい。
「ダァークソッ!」
ああ叫んだね。人目も憚らず全力で叫んだ。
何事かとこっちを見るプレイヤーが数人いたがもう知らん。叫んで走って嫌なこと全部忘れてやる!
ウィンドウを消しながら、会議が行われる広場目指して全力で駆け出した。
堪った鬱憤を晴らしながら爆走すること数分。時間ギリギリに広場に着く――流石に途中で叫ぶのは止めた――と見知った顔を二つほど発見。その片方に近づいて声を掛ける。
「よう」
始まりの日以来何回か顔を合わせているキリトだ。もう一人は広場の隅にある壁の上に腰かけている女性プレイヤー、情報屋こと《鼠》のアルゴ。料理の情報やらなんやらは全部アイツから買ったものだったりする。
アルゴの情報屋としての持ち味は、情報の正確さと収集の速さだ。ただ
なんとなく雰囲気から彼女もβテスターじゃねぇかと踏んでいる。まぁ、だからどうだとか言うつもりはねぇが。
余談だが、アルゴが作成している《SAOガイドブック》なる指南書が500コルで購入可能だ。SAOの攻略や生活に関する情報が細かく載っていることもあって、なんだかんだ俺も世話になっている。
「ん?…………あぁ、アンタか。久しぶり、ってほどでもないか?」
「んだよその間は。一週間ぶりじゃ、まぁ微妙だな」
「言えてる。ここにいるってことはお前もボス討伐に?」
「まぁな。そっちは知り合いか?」
時間は過ぎているが会議の主催者はまだ来ていないようなので、キリトの隣に座っているケープを被ったプレイヤーについて聞いてみる。そんなに何度も会ってる訳でもないが、俺と同じく基本ソロで動いているキリトが誰かと一緒にいるのは初めて見た。
「あぁ、この人は――」
と、キリトが言いかけたところで、手を叩きながら一人の男が広場の中央に躍り出た。
「はーい! それじゃ、五分遅れたけどそろそろ始めさせてもらいます!」
声高にそう宣言した男に目をやると、青く染めた髪に銀の鎧。序でに爽やかな笑顔と、ぶっちゃけ如何にも今時ウェイ系大学生な男が。仕方なしにキリトとの会話を中断して男に意識を向けた。
「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」
彼の自己紹介に噴水近くの一団がどっと沸く。アイツと同じPTの奴らかね。
髪の色と言い、雰囲気と言い《クーン》と似たような感じだな……
そんな感想をディアベルの第一印象に持ちつつ、ボス攻略とは特に関係のない演説を適当に聞き流していると、サボテン頭の男が大声で何やら宣った。曰く「今日までに死んだ二千人の多くは他のMMOではベテランだった者達だから、彼らが死んでいったのは無責任にも《はじまりの街》から出奔していの一番にリソース稼いだβテスターの所為だ。でなければ今日この場にもっと多くの人間がいたはずなのだから、βテスターは死んだ二千人と自分たちに謝罪、賠償しろ」だそうだ。それにデカい禿げ面の黒人男がアルゴの《ガイドブック》――俺は金を取られた覚えがあるんだが、禿曰くショップで無料配布していたらしい。どうなってやがるとアルゴに視線をやったがもういなかった――を話に挙げて「情報に関しては少なくともβテスターが提供したモノが有った筈だ」と反論、責任を追及すべきじゃないとした。言い返す言葉が見つからないのか悔しげに禿を見つめるサボテン頭。
そんな光景を傍から見ていて、思わず口から本音が零れちまった。
「……アホくせぇ」
「あ、アホやと!? 誰や、今アホ言うたんは!」
思いの外零した言葉が大きかったのか、それとも話が終わりそうなタイミングだった所為か、はたまたあのサボテン頭が地獄耳なのかは判らないが、取り敢えずヤツの耳に届いたらしい。誰だ誰だと怒鳴るサボテン頭に、横にいるキリトがどうすんだと言わんばかりに肘で突いてくる。
まぁ漏れちまったモンは仕方無ぇか、他の奴に飛び火しても寝覚めが悪ぃし
面倒この上ないが、サボテン頭に向けて言葉を投げる。
「俺が言ったんだよ。だからそう周りに当たり散らすなサボテン」
「さ、サボテン!? サボテン言うたか己!?」
見たまんまの名前で呼んでやったんだが気に入らなかったようで、喧しく騒ぐサボテン頭。
どうでもいいことだが、俺に注意が向いた時点でさっきの黒人禿はアメリカンコメディアンの如く肩を竦めて座っちまった。やっぱどう見ても日本人じゃねぇなアイツ。
「悪ぃな、名前聞いてなくてよ。ンで、俺になんか用か?」
「ワイにはキバオウ様っちゅうイカした名前が有んのや、覚えとき! って、名前なんてどうでもええねん!」
「テメェが勝手に名乗ったんだろ。別に関西弁だからってノリツッコミなんか期待してねぇよ」
打てば響くっつうか、売り言葉に買い言葉っつうか、何故か漫才の様な言葉の応酬になった所為か、静まり返っていた広場には小さな隠れ笑いが各所で発生していた。ついさっきまで神妙な顔してたキリトまで笑ってやがるし。
「己らも何笑っとんねん! ヘラヘラして話すことやないぞ!!」
顔を真っ赤にしたキバオウが周囲のプレイヤーに向かって叫ぶ。効果は有ったようで、再び広場に静寂が戻った。
それに満足したのか、怒りの矛先を俺に戻して怒鳴るキバオウ。
「オイ銀髪野郎、アホっちゅうのはどういう事や!? 何がアホや言うねん、ア゛ァ!? 黙っとらんでさっさと――」
……野郎、人が気にしてることを……
「まあまあキバオウさん」
銀髪野郎発言が癪に障ったものの、取り敢えず息切れで黙るまで待つかと思っているとキバオウを止める声が出た。ディアベルだ。
「――なんや、アンタもあの銀髪野郎の味方する言うんか?」
「そうじゃないよ。でも、ただ怒鳴りあってるだけじゃただの喧嘩だ。彼の言い方も悪かったから怒るなとは言わないけど、少し落ち着いて話を聞こう」
「……チッ」
態々聞こえる様に舌打ちをしたキバオウがそれきり黙ると、満足げに頷いたディアベルが今度は俺の方に顔を向けた。
「本当は何か言う前に言ってほしかったんだけど、名前を教えてもらっても?」
「ハセヲだ」
笑顔を張り付けて無駄に爽やかに問いかけてくるディアベルに短く返す。まぁ、喧しい声が無くなっただけでもよしとする。
「じゃあハセヲさん、なんであんなことを?」
「単に本音が零れちまっただけなんだが……」
「だからその本音が何なのか聞いとるんじゃボケ!」
また怒鳴りだすキバオウ。関西弁の罵倒は聞き慣れたと思ったんだが、喋る人間によって評価が変わるらしいな。コイツの濁声には慣れる気がしない。年相応の照れ隠しが多分に入っていたアイツの罵倒と違って慣れたくもねぇけど。
「ンじゃ聞くけどよ。それならなんで、テメェは今ここにいんだよ」
「は?」
「何が言いたいのか判らねぇってか? テメェはさっき言ったよな。βテスターがさっさと《はじまりの街》から出ずに、ビギナーにレクチャーしてたら二千人も死ななかったって。だったらなんでテメェがその代わりに、ここにいる数十人の最前線プレイヤーよりよっぽどビギナーが集まってる《はじまりの街》でそいつらにレクチャーしねぇで、この攻略会議に参加してんだよ」
「そ、そんなん……そんなん……そんなん言うたら、己かてそうやないか! それにワイはテスターやあらへんのや! それを歯ァ喰いしばってここまで来たのに文句有るっちゅうんか!!」
「確かにその通りだ。俺も八千人近くいる他のビギナー見捨ててココにいる。だがそれは、ここにいる奴ら全員に言えることだ。テメェも含めて、ここにいる奴らは全員、八千人のビギナーより自分のことを優先した自己中しかいねぇんだよ。未だに《はじまりの街》に残ってる奴らならともかく、ここにいる奴らにβテスターのことをとやかく言う資格なんぞ欠片も無ぇんだ。死んでいった二千人の中にβテスターがいた可能性も全く考慮してねぇしな。ンなことも判らねぇで自己満足も良いトコな正義感振りかざしやがった上に謝罪だのなんだの言うからアホくせぇっつったんだよ。つか、謝罪しろってだけならまだし、この場にいる奴に賠償しろとか結局はテメェががめつくリソース欲しがってるいい証拠だろうが」
途中で口挟まれても面倒だから一気に畳み掛けてやると、顔色を赤くしたり青くしたり白くしたりと忙しなく変えていくキバオウ。だが意外にもまだ何か言うだけの気力が残っているらしい。
「お……己、己もβテスターなんやろ! せやから自分の責任逃れの為にそんな小難しい言葉並べ立てて正当化して、ワイらのことまで巻き込んだんや! そうに決まっとる!! 己らみたいなクズ共がいる所為でワイらテスターとちゃう人間がバカ見て――」
「テメェ、馬鹿か? いや馬鹿だな」
「――は?」
自分が何言ったかも判んねぇらしい馬鹿に現実を見せてやるか。
「もし俺がβテスターで責任逃れの為に言ったってンならよ……一番初めにβテスターに責任丸投げしたテメェはどうなんだ?」
「な、なん……なんやねん、それ……」
俺の言葉に茫然となるキバオウ。
そんなキバオウに、周囲の視線が殺到した。
βテスターが潜在的に持つ優位性。もしそれが批判の槍玉に上げられた時、その被害から逃れるにはどうしたらいいか。
答えは単純明快。
「ここにいる全員に誰かを責める資格が無ぇって言った俺と、誰よりも先にβテスターに全責任があるっつったテメェ。βテスターだってことを隠そうとしてるんなら、どっちの方が効果的かなんてちょっと考えりゃ誰でも判んだろ」
疑われる前に糾弾する側の立場をとってしまえばいい。感情論でモノを語る中、まさか初めに言い出した奴がその弾圧対象だとは周りの奴は思わない。擁護する側に回るより、余程安全な立場。
自分を棚に上げ続けた所為で、あんなことを言えば自分にそんな疑いの目が向くなんて考えもしなかったんだろうがな。
言いたいことはそれで全部だったから、さっさと座る。
「ちゃ、ちゃう……ワイはちゃうぞ。ワイはテスターなんかやあらへん、あらへんのや……!!」
近くにいる同じPTにでもいるんだろう奴らからすら若干疑いの目を向けられ、しどろもどろになりながら「違う違う」と連呼するキバオウ。
本当にキバオウの奴がテスターだって思ってる奴は殆どいないだろうが、それでも候補の一人くらいには入ったろうな。
自分でその状況に追いやっておいてなんだが自業自得だ、申し訳なく思う気持ちは欠片も無い。
パン、パン!
何とも言えない空気が広場を満たしてどれくらい経っただろうか、突如手を鳴らす音が響いた。音源を辿れば、胸の前で手を重ね合せた姿のディアベル。手を叩いたのはアイツみたいだな。
「やめようぜ皆! ここでお互い疑心暗鬼になったらボス攻略もままならなくなる。キバオウさん、誰も本気で君を疑ってなんかないよ。勿論俺もだ。それに、俺も何度も死にかけながらここまでたどり着いた身だ。キバオウさんの言いたいことも判る。けど、さっきエギルさんが言った通り、今は前を見るべき時だ。ここでβテスターに責任を追及したせいで戦力を欠いてボス攻略にしっぱ押したんじゃ元も子もない。そうだろ皆!?」
ディアベルの言葉に、淀んでいた広場空気がある程度持ち直した。気まずそうにしていたキバオウの周囲も取り繕ったようにキバオウを口々に慰める。
まぁ、俺については触れねぇわな
なんとなく俺が悪役っぽくなってんなぁとも思いつつ、プレイヤーたちを鼓舞するディアベルを横目で眺めていた。
民衆感情の煽動が巧いあたり、確かにあの男はレイドのまとめ役に向いてるのかもしれねぇな。
「ボス部屋発見も目の前だ! 皆、頑張ろうぜ!! それじゃあ解散!!」
最終的にディアベルのその言葉でお開きになった。
ぞろぞろと散っていくプレーヤー達――サボテン頭は凄い形相で俺を睨みつけながらどっか行った――の中。
俺はその流れに乗ることなく、結局始まる前に聞けなかったケープを纏ったプレイヤーのことを聞くためキリトに話を振った。
「で?」
「……でって?」
「だから知り合いなのかって」
「……ああ! そうだったな、この人は――」
「会議の前に、あなたが言いかけたこと……もしボス戦で二人とも生き残ったら、教えて」
キリトが言いかけたところ――しかも会議前と全く同じところ――で、ソイツはそう言ってさっさとどこかへ行ってしまった。それを呆然と、しかしどこか神妙な目で見送るキリト。
「……で?」
「……ああ、うん。迷宮区で今日会ったんだけどさ、とんでもない《リニアー》使うんだ」
《リニアー》というのは
「んで、その腕を見込んでボス攻略会議に誘ったと……よく話しかけたな?」
「いや、まぁ……成り行きでな」
言外に「よくコミュ障気質なお前が、あの見た感じ気の強そうな女に」という意味を込めたんだが、キリトには伝わらなかったらしい。
「あっ、話は変わるんだけどさ。その髪と眼、イメチェン?」
「……何でソコに触れンだよ……」
本日二度目の突然の指摘に俺の心はボドボドダ。
「いやいや、そんなこと言われても。自分でやったんだろソレ。それに嫌がってる割には似合っるぜ? まぁソレのせいで最初誰だか判んなかったけどさ」
「それが問題なんだよ……つか、あの微妙な間はそのせいかよ」
「まぁな。事情はよく判らないけどさ、そんなに嫌なら戻せば?」
「出来んならとっくにしてるっての。他の染色素材持ってねぇんだよ」
「それはなんと言うか……ご愁傷さま……?」
「はぁ、もうそれはいい。お前この後予定は?」
戻ってきてしまった嫌な現実をもう一度意識の外に投げ捨てて、キリトに予定を尋ねる。
「うーん……特には無いな」
「ならPT組んで迷宮行かねぇか? ボス戦ならPT戦の練習しといた方が良いだろ?」
「確かにそうだな。経験は?」
「成り行きで二、三回ってとこだ」
「そっか、なら――」
そうしてこの日は、なんだかんだで明け方まで迷宮に潜り続けたのだった。
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明けて翌日。四時過ぎに帰ってきてから床に就いたから起床は遅めの午前九時半。
ちなみに俺が借りている部屋はINN、いわゆる宿屋ではない。
SAOでは宿屋以外にも、金を払うことで借りられる部屋が街の中に多数存在している。ここもその一つで、街の北側に位置するパン屋の二階だ。そう、例の激安黒パンを売っているパン屋の一つだ。俺が黒パンを無料で手に入れている理由はそこにある。一泊八十五コルで泊まれるこの部屋は、広さこそ無いもののベッドはそれなりに大きいし、小さいながら風呂もついている。そしてパンの無料サービス付と中々な優良物件だったりする。ただ契約するには一週間毎朝四時前に欠かすことなく連続でパンを買いに来なくてはいけないという面倒な設定で、俺が契約できたのは偶然の産物に他ならない。
近日中にこの情報をアルゴに売ろうかと鋭意検討中だ。
今日も今日とてパンとコーヒーの朝食を頬張る。
さて、今日はどうすっかな
PT戦闘に関しては昨日晩飯返上でやっていたから、そこまで懸念することはない……と言ってもたった二人でやっただけだけどな。
腕を組んで考えること数秒。
「よし」
決定。双剣擬きの試行錯誤でもすることにしよう。
そうと決まればさっさと準備をして、さっそく場所を移動。街を出てすぐのところに在る森に入る。
入り口から10分位歩いた所に獣道が在って、そこを抜けると小さく開けた場所に辿り着いた。
最初森に来たときに見つけたんだが、何故かモンスターのPOPしない安全エリアだし、獣道自体見つけにくいからプレイヤーも入ってこない。人目を忍んで何かをするには絶好の穴場だ。
人目を忍んでって言っても何か疚しい事が有る訳じゃあねぇけどな。
メニューから《クイックチェンジ》のショートカットキーをクリックしてもう一本のダガーを左手に装備する。この《クイックチェンジ》は片手装備にあるスキルモッド――所謂派生スキル的なモノ――で本来なら手間のかかる装備変更を簡単操作で素早くできるというスキルだ。本来なら恐らく何かしらのトラブルで武器を失った時に使う代物らしく、この段階で既にとっている奴を俺は他に知らない。が、システムに逆らってでも双剣を使いたい俺としてはこの上なく有りがたいスキルなので早々に取得したというわけだ。
この情報もアルゴに以下略。買った際に酷く不審な顔をされたとだけ言っとく。
右腕を前に、左腕を後ろに突きだし、前傾の構え。
人目を気にしてこんな場所でやる理由は言わずもがな、双剣のスキルなんかシステム的には無いからだ。
そんなことを人前でやって変に詮索されても面倒だしな。必要に迫られたときだけ使う様にと決めた。
取り敢えずは連撃から。回転斬り二連、左右横薙ぎ、袈裟斬りetc……。一連の動作が崩れないように繋げていき、少しずつ速度も上げていく。
一月やり続けて最近は《The World》の時の感覚に少しずつ近づいてきてはいるが、やはりまだまだ満足できる領域に達していない。ステータス的にもSTRやAGL値が低いし、システムアシストの類が全く無いから動きも自分で考える必要があるからな。
目を閉じれば、脳裏に浮かぶ完成系。そこを目指して、ただ黙々と左右の短剣を振り続けた。
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そんな感じで双剣を振ってみたり迷宮区に経験値稼ぎをしに行ったりで過ごして数日。迷宮区のマッピングが終了しボス部屋が発見された、ということで本格的な会議のため先日のメンバーが招集された。発見したのはディアベルのPTで、扉を開けてボスを確認してきたらしい。
しかし、さぁ会議を始めようというところでNPCショップにて例のガイドブックの
ボスの名前は《Ill Fang The Kobold Lord》、全長二メートル。
そして最後の一文には今までのガイドブックにはなかった「情報はSAOβテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります」との一文が記載されていた。
「攻め込んだな……」
隣でそう呟くキリト。コイツがそう言うってことは、コレに書かれてるのは事実ってことだろう。てことはやはり俺の推測通りアルゴの奴はβテスターなんだろうが、これでは何かあった時下手をすれば真っ先に吊し上げにされんのはアルゴだ。
何やってんだアイツ……
そう思いもするが、コイツの御蔭で危険な偵察戦が省かれたのも事実。
こりゃ暫らくアルゴに頭が上がらねぇな……
そんなこんなで会議は再開。レイド――PT最大数の六人×八PTの軍団――を作るために六人ずつPTを組む運びになった。
今まで基本ソロでやってきた俺にまともな知り合いなんぞ片手で数えるくらいしかいないわけで。
必然的に俺とキリト、そして曰く恐るべき《リニアー》使いの女の三人だけが見事に孤立した。
「……アンタらもアブレたのか?」
「……私はアブレてないわよ。周りがみんな仲間同士だったから遠慮しただけ」
いや、それをアブレたって言うんだろ
などと思っても口に出すほど馬鹿ではない。
「なら、俺達三人で組むしかねぇな」
「そだな」
「……ふんっ」
心なしかホッとした表情で同意するキリトと、反対に顔を逸らして鼻を鳴らす女。
「……あなた達から申請するなら受けてあげないでもないわ」
ア゛ァ? テメェが余ってっから入れてやんだろ!?
なんてガキみたいなことは流石に――数年前ならいざ知らず――言わない。人間は成長する生き物だからな。
キリトが頷いて俺と女にPT申請を出す。
OKのボタンを押すと視界の左上に二つの名前とHPバーが追加された。
一つは言わずもがな《Kirito》、そしてもう一つは《Asuna》。そこに一番上にある《haseo》を加えて晴れてPT結成って訳だ。
その後、ディアベルの指示に従い俺達三人以外の七PTは若干のメンバー入れ替えを行い目的別に編成された。
コボルドロードのタゲを交互に受け持つ重装甲の
ボス攻撃専門が二つ――うち一つはディアベルがリーダー――に取り巻き殲滅が一つ――コッチのリーダーはまさかのサボテン頭だ――で、高機動高火力の
そして
「……取り巻き殲滅のサポートのどこが重要な役目よ。ボスに一撃も攻撃できないまま終わっちゃうじゃない」
――すっかりお冠のお姫様が言う通り、サボテン頭ことキバオウ率いるの部隊の尻拭いが、俺達の役目だ。
「し、仕方ないだろ、三人しかいないんだから。スイッチでPOTローテするにも時間が全然足りないし」
「……スイッチ? ポット……?」
「……今日の夜は勉強会だなこりゃ」
キリトの言うMMO用語が全く分かっていない様子の姫サンを一瞥して提案する。
どうやらこの姫サンは腕とは裏腹にMMOは完全初心者らしい。
「だな。この場で立ち話じゃとても終わらないし」
キリトも頷きこの場での話は一旦終わりにする。
その後は各部隊のリーダー――ウチはキリトだ――の軽い挨拶とドロップしたアイテムやコルの分配方法を確認して終了した。
「それで、勉強ってどこでするの」
「?」
「PT戦についてだろ?」
ついさっきの話を早くも忘れていやがるらしい
「ああっ! 俺はどこでもいいけど、そのへんの酒場とか?」
「俺もどこでもいい。アンタは?」
「…………嫌。誰かに見られたくない」
「ならどっかのNPCハウスの部屋とか」
「それはそれで誰かしら入ってくるかもしれねぇさろ」
「うーん、誰かの宿の個室なら鍵がかかるけど、それもナシだよな」
「当たり前だわ」
細剣のような鋭い一言に軽いダメージを受けているのか、若干顔を引き攣らせているキリト。このくらいの年の男子――しかもMMOに来てまでソロプレイに走るような奴――に対女性スキルなんぞ期待しちゃいないが……それにしたってダメージ受けすぎじゃね?
お前はどうなんだって? 俺だってもう二十二だ。それなりに女との付き合いくらい有――誰だいまお前は
「……だいたい、この世界の宿屋の個室なんて、部屋とも呼べないようなのばっかりじゃない。六畳もない一間にベッドとテーブルがあるだけで、それで毎晩五十コルも取るなんてボッタくりもいいところよ。食事とかはどうでもいいけど、睡眠だけは本物なんだから、もう少しいい部屋で寝たいわ」
「え……そ、そう?」
「いんや別に」
「だよなぁ。それに探せばもっといい条件の良いとこもあるだろ? そりゃ多少値が張るかもだけど……」
「探すって言ったって、この町に宿屋なんて三件しかないじゃない。どこも部屋は似たようなものだったわ」
ああ、と二人して納得。
「なるほど。アンタ、INNの看板が出てるところしかチェックしてねぇのか」
「だって、INNって宿屋って意味でしょ?」
「この世界の低層フロアじゃ、最安値で取りあえず寝泊まりできるって意味なんだよ」
「金払えば借りられる部屋、探せば結構有るぜ?」
「なっ! それを早く言いなさいよ…………!!」
「ちなみに、ハセヲはどこ泊まってんの?」
驚愕に目を見開くアスナをスルーしてそう聞いてくるキリト。「俺の泊まってる部屋の自慢をしたい」と言わんばかりのドヤ顔が割と殴りたくなる。ウゼェから言いたいこと言わせてやるか。
「そういうお前はどこなんだよ」
「俺は農家の二階。一泊八十コルで二部屋あってミルク飲み放題のオマケつき。ベッドもデカいし眺めもいい。しかも風呂付だ。で、ハセヲは?」
「北にパン屋あんだろ? そこの二階だ。風呂つきで、黒パンが無限に食える」
「え? あのパン屋って借りれんの? しかもパン食い放題とか」
「一週間連続で朝の4時前にパン買い行けばな。一泊八十五コル」
「あー……俺には無理だな。そんな早く起きられる自信がない」
なんてどうでもいい話に発展していると。
「……ちょっと待ちなさい」
突如目の座った姫サンに二人して胸倉をつかみあげられる。
「アンタたち……今、何て、言ったの?」
そして恐怖が具現した。志乃恐怖――誤字に非ず――に匹敵する恐怖が俺たちの前にご光臨召されていた。
経験からくる防衛本能が告げている。「逆らうな。問われたことをキリキリ吐け。でなければ死ぬぞ」と。
隣の哀れな
「な、何って……」「何だよ……」
「……お風呂」
「「は?」」
「お風呂がついてるって……そう言ったの?」
瞳を血走らせて凄むアスナに二人して全力で首を縦に振る。どう考えてもアスナの方が年下だろうが、そんなことを気にしてる場合じゃねぇ。
「何部屋空いてるの? 場所はどこ? 案内して、今すぐ! さぁ!!」
「お、俺の方はそもそも一部屋分しか無ぇから……」
「……お、俺のところも、全部借り切ってるから空き部屋は……無い、です」
「なっ…………!」
一瞬年相応な悲しげな表情を浮かべるが、再度表情――と腕の力――を引き締めるアスナ。
必死すぎるだろ、判らなくもねぇけどよ……
「そ、そのお部屋、どっちか……」
それだけで言いたい事は判る。判りはするんだが……。
「いやまあ、俺はもう一週間近く堪能したし、譲ることも吝かではないんだけど……実は十日分家賃前払いしててさ。あれってキャンセル不可なんだよな…………」
「……ッ!!」
キッ!!
という擬音が聞こえるかのような眼力と速度で、完全に目が泳いでいるキリトからこちらに視線を移してくるが――
「……言ったろさっき。一週間毎朝パン買いに行かねぇとそもそも契約できねぇって」
「なっ…………!」
――悪いが望みの言葉は返せねぇんだわ。
それからたっぷり数十秒。男二人を掴み上げたままという死ぬほどシュールな体勢で目の前の姫サンが悩むこと暫し。
「…………どっちかの部屋で、お風呂、貸して」
「「……了解」」
その言葉に、俺達男二人は頷くという選択肢以外を持ち合わせてはいなかった。
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検討すること一分。部屋が広いということでキリトの部屋に行って、そのまま晩飯を食いながら――パンは俺が人数分持ってく――説明会という運びに決定。
んで、部屋とベッドの大きさの差がたった三十コルだということにキレていた我らがアスナ姫は現在入浴中だ。
どちらか一人しかいなかったら確実に――大なり小なり――テンパっていただろう俺達だが、互いがいることで馬鹿な気を起こす可能性がないことに安堵しつつ、今はボス戦について話し合っている。
「やっぱ一回三人で合わせとく必要はあるよな」
「流石にぶっつけ本番じゃ無理だろ」
と、そんな風に話しているところにドアがノックされた。
「ん、出てくる」
そう言ってキリトがドアを開けると、出てきた顔は見知ったもの。アルゴだ。
「珍しいな、アンタが直接訪ねてくるなんて」
「まあネ。クライアントが今日中に返事をもらって来いって言うもんだからサ」
そのまま平然と部屋に入って、俺の存在に気付いたアルゴはにんまりと口の先を歪めた。
「おやおやぁ? 男二人で夜の密会かナ?」
「アホか」
「なんだ、おもしろいネタだと思ったんだけどナぁ」
そうコロコロ笑いながら俺の隣にストンと腰を下ろす。
「商売の話なんだろ? 席外すか?」
一応キリトに確認を取ってみると、一瞬逡巡してから首を振った。アスナが気にかかってのことだろうな。
こんな状況で男一人にされるのは避けたいという気持ちは判らんでもない。
「いいよ別に。聞かれて困る話でもないしな。アンタは言いふらしたりしないだろ?」
「そりゃな」
「いいかナ? それじゃあ――」
とアルゴが切り出したところで、キリトは待ったをかける。《鼠印》のガイドブックを取り出して、俺達だけから金を取っていることを聞くと、珍しく金を取らずに素直に答えた。曰く、俺達の様なフロントランナーに売った金で、二版以降の発行をしているとのこと。おそらくアルゴなりのβテスターとしての責任の取り方なんだろう。
「安心していいヨ。キー坊やハセヲっちが持ってる初版は奥付にアルゴ様の直筆サイン入りだからネ!」
「……なるほどね、そりゃ今後も買わないとな」
「クリアまで全巻集めてコンプリートってか?」
「にゃはは! それならコンプリート特典考えないとナ! まぁそれは置いといて、改めて本題入らせて貰っていいカナ」
話を纏めると、キリトの持っているアニールブレード+6――アニールブレードを六回強化したの意――をサンキュッパ、約四十kで買い取るということだ。キリトの再三の売却拒否によりそこまで依頼主が釣り上げたらしい。それだけあれば自力で作れるだろうという不信感から、キリトは相手の情報を要求――アルゴは支払われた口止め料以上を払うなら、依頼主の情報売る。勿論、確認を取ってレース式に料金は上がっていくわけだが――千五百コルで買い取った。そこで出てきた名前が意外や意外。彼のサボテン頭、キバオウだった。
「それじゃ、今回も剣の取引は不成立ってことで良いんだナ?」
「ああ……」
「ハイハイ了解。そんじゃま、オレっちはこれで失礼するヨ……っと、その前に。悪いけど隣の部屋借りるヨ。夜用の装備に着替えたいからサ」
「ああうん、どうぞ」
キリトが頷くのを確認してからアルゴが部屋へ向かう。それを見送ってキリトは俺に向き直った。
「なぁ、実はあのキバオウってヤツ、最初の会議の時お前に滅茶苦茶にやられただろ? そうなる前に俺のことほんの少しなんだけど見てた気がしたんだ」
「てことは、お前の剣を見てたってことか?」
「うーん、それだけじゃなくて、俺のことをβテスターだって疑ってたのもある気が――」
言いかけてハッと言葉を切り顔を上げるキリト。
「どうかしたか?」
「――ちょっと待て、さっきアルゴは何て言った?」
「は? 隣の部屋を借りるって――」
自分で言って気が付いた……が、時すでに遅し。気付いた時にはもうアルゴは風呂のドアを開けていて。
「え、えぇっ!?」「きゃああああああ!?」
二つの悲鳴が部屋中に響き渡った。
そして目にも止まらぬ速さで出てくるのはアルゴではない人物。
あ、これは死んだな…………
そう思った瞬間、俺の意識は、綺麗に顎に決まったストレートによって、暗転した。
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ボス攻略当日。俺達はいつもの広場に集まってディアベルの掛ける号令のもと出発した。
出発直前に俺達に――というかキリトに――絡んできたキバオウを人睨みして追い返したこと以外にはさしたる問題も無かった。
「キバオウの装備、前と変わってなかったな。四万も有ったら普通装備変えるよな?」
「あぁ、ボス戦当日になっても変わってねぇってことはなんか有んだろうな」
周りに聞こえないようキリトとそっと呟き合う。やはりキバオウの不審な行動の裏には何か特殊な理由があるとみて間違いないだろう。
そうすると考えられるのは、キバオウ自身が金を持っている訳ではない。つまり、キバオウもアルゴと同じく何者かの仲介として取引を行っていたということだ。
それにしたって、なんだってそんなことをする必要があったのか。
考えながら道中を進み、ボス部屋へ辿り着く。終ぞ疑問の答えは出ないままボス戦が始まった。
俺達は目下、取り巻きこと《センチネル》と戦闘中だ。
事前に打ち合わせていた通り、キリトが《センチネル》の攻撃をソードスキルでいなし、弾きあげたところでスイッチ。アスナが《リニアー》で的確に《センチネル》唯一の弱点である首元を打つ。俺は状況を見て両方こなす。
それを繰り返すこと既に数十回「なるほどな」と内心頷いた。
数日間三人で合わせていた時にも思ったが、キリトが言うだけあってアスナの《リニアー》は凄まじい。明らかにシステムアシスト以上に自らの運動信号によってブーストされた速度に、ここまで一度も外すことのない正確さ。アスナの新調した
これでMMO初心者とか、末恐ろしいなオイ
そんなことを考えながらも戦闘の手を弛めることは無い。
「スイッチ!」
下から上へ切り上げる単発ソードスキル《ライジング》で《センチネル》の斧槍を弾いてそう声を上げると、一瞬で後ろから飛び出して《リニアー》を放つ。その一撃でほぼ尽きかけていた《センチネル》のHPを、更にもう一突きして消し飛ばした。
「「グッジョブ」」
「二人もね」
明らかにオーバーキルな戦い方。この前キリトと二人で迷宮に潜ったとき、アスナにキリトはそう言ったと聞いた。初めてアスナに会ったとき、彼女は殆ど無くなっていた敵のHPを再び《リニアー》で吹き飛ばしていたらしい。ソードスキルはその一撃が強力な分、その後できる技後硬直による隙もまた相応に大きい。つまり、スキルの無駄打ちはそのまま危険へと繋がりかねない。
それが今では無駄のない洗練された動きになりつつある。
どこで、どうやって死んでも、遅いか早いかだけの違い。キリトにそう言ったらしいアスナも変わりつつあるみたいだ。
キリトがアスナを変えた、か
そんな風に思う。
あの始まりの日、過去の自分と重なって見えたどこか危なげなキリトも、アスナといれば或いは。
アイツらに負けねぇ様に、生き残らねぇとな
口角が自然と上がるのを感じながら、ボスのHPバーの二本目が消失したことで再び現れた《センチネル》の集団に、再三斬りかかっていった。
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ふと違和感を覚えたのは《イルファング》のHPバーが四本目に突入し、武器を変えてからだ。
あの武器、本当に湾刀か?
遠くから見ているのではっきりとは判らないが、それにしては刀身が細身に見える。
何か変だ、そう伝えようとキリトの方を見ると、キバオウに何か言われて動揺しているのが伺えた。
二人の会話が終わるのと同時、アスナともども素早く駆け寄る。
「…………何を話してたの?」
「いや……今は敵を倒そう」
そう言って駆け出そうとするキリトを呼び止める。
「どうした?」
「《イルファング》の武器。アレ、湾刀にしては細くねぇか?」
「なんだって!?」
顔を歪めたキリトが《イルファング》視線をやると、その表情を驚愕に変えた。
「あ、あぁ…………!?」
何事かとそちらを見ると、そこには《イルファング》に一人駆け出していくディアベルの姿があった。
「だ、ダメだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ……ッ!!」
キリトの叫びはしかし、《イルファング》が真紅のライトエフェクトと共に放った全方位への水平切りにかき消された。
何だ、あのソードスキルは…………!?
アルゴの攻略本に載っていなかったソードスキルの発動で俺の思考が停止している間に、その攻撃を喰らったディアベル達はそのまま
ディアベルの死に騒然となるレイド。しかし、敵は落ち着くのを待ってくれるわけがない。
「……ふぅ」
一つ深呼吸。思考回路をクリアにして、キリトの方に走る。
「キリト、お前今の技知ってたか?」
「……ああ。あれは刀のソードスキルだ。上層の敵が使ってたから覚えてる」
だったら……
「お前なら、相手できるか?」
「……やれる」
「なら任せた」
そうお互い頷き合ったところでアスナも駆け寄ってきた。
「私も行くわ、PTだから。でもあなたは?」
そう尋ねてくるアスナに向かって不敵に笑いながら――
「五分だけ寄こせ。その間にレイドの立て直しとソードスキルのパターン把握は全部引き受けてやる」
――そう言ってやった。
あの後、色々と危うい場面は有ったものの、結果的にはキリトのラストアタックでケリがついた。
俺は宣言通り各部隊のリーダーを叱咤して陣形の再編をこなしつつ、キリトが捌いていくボスのソードスキルのパターンを頭に叩き込み、全て把握しきったところで戦線に復帰し、指示を飛ばしながら戦った。
そして俺たちは今どこにいるかというと――
「ったく、ガキが何でも背負い込もうとしてんじゃねぇよバーカ」
「なんだよ、どうせ悪役は俺一人だったんだから問題ないだろ?」
「聞いてなかったか? 俺もあいつらの中ではお前と同じ認識だろーよ、《ビーター》さん?」
「……悪かったよ」
「そう思うんだったら、きちんと反省とけ」
――ボス部屋から階段を上り、二層のゲート解放までの道程にいた。
こんな会話の原因はボス戦終了後の一悶着のせいだ。
キリトがラストアタックを決めた後、キバオウの言葉が発端だった。
曰く「なぜディアベルを見殺しにしたのか」。
それを皮切りにキリトだけでなく、アルゴも組んで情報を隠していたと誰かが言いだし、マズイ空気になったところでキリトが言ったのだ。
「βテスターなんかと一緒にするな」と。
俺があのサボテン頭に言葉を投げる間もなく放たれたその一言が原因で事態は悪化。チーターだのなんだのと言う内に、ビーターだと言いだし始め、キリトも煽るようにそう呼べと宣言しながLAドロップの黒いコートを装備してボス部屋を出てきた。会議初日にキバオウとやり合った所為か、俺まで《ビーター》とかいうネーミングセンスがかけらも感じられない存在扱い。
結果二人仲良くぽつんと道を歩いている訳だ。
まぁ、コイツ一人に背負わせる気もなかったしな
キリトが敢えてあんなことを言った理由は、恐らくβテスターへの怒りの矛先を自分一人に向けさせるためだろう。
ガキの癖に変なとこで肝が据わってっつうかなんつうか。
「まぁ、エギルとアスナはお前の魂胆判ってたらしいからな。それだけでもいいんじゃねぇか」
「……そうだな」
そんな俺たちの会話は、アスナが追ってくるまで続いたのだった。
今回の話はにじふぁん時代とは内容をかなり変えてお送りしました。
はい、まぁアニメというかプログレッシブ仕様ですね。
かぶっているところが多々あったのを大分端折ったせいで戦闘がすごく短く……
今後の話にはちゃんとオリジナルの戦闘を入れるのでそれまで待っていただければと思います。
ご意見・ご感想をいただけると作者は狂喜しますのでどしどしお願いします。