SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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お久しぶりです。二週間ぶりくらいでしょうか?

タイトルで判るかもですが、今回は彼女の回です。

では、お楽しみください

改訂しました 2016/10/17


Fragment5 《兄妹》

2024年 2月

 

 

「きゅる……」

 

そう鳴いてピナは……あたしの相棒で親友の可愛い小竜は、ポリゴンの欠片を振り撒きながら砕け散った。遺された長い尾羽一枚だけが宙を舞い、地面に落ちる。

 

頭の中で、ナニカが、音を立てて切れた。

心を埋め尽くした感情は、悲しみではなく怒り。

 

たった一撃。そのたった一撃だけで取り乱した自分への……いや、それ以前にどうでもいい些細なことで喧嘩なんかして、いじけて、一人でも森を抜けられると思い上がった自分への、怒り。

 

頭の中が真っ白になり、次いで、赤く、紅く染まっていく。

 

あたしが出せる最速の動きでピナを殺した《ドランクエイプ》に接近して、右手に持ったダガーを閃かせ斬りつけていく。

他の二匹が横から攻撃してきてHPバーが削られていくけど、気に留まることはない。あくまで標的は仇の《ドランクエイプ》だけ。

我武者羅に放ったの連撃の末、トドメに全力でその胸に刃を突き立てる。クリティカルヒットを知らせる派手なエフェクトと共に、仇敵のHPバーは消滅した。

爆散していく仇敵だったモノの青いポリゴン片の中で振り返り、次の敵を視界にとらえた。

あたしのHPは既に危険を示すレッドゾーンに突入してるけど、そんなの関係ない。全てが真っ赤に染まりきった意識に浮上することはなかった。

 

酷く狭まった視界には、殺すべき仇しか映らなかったんだ。

 

死への恐れすらも忘れ、当に降り下ろされようとしている棍棒の真下に突撃しようとした時、二閃の銀光によって二匹の猿人は両断された。

片方は縦に、もう片方は真横に。

 

オブジェクト片が霧散していくその後ろに、二人の男性プレイヤーが立っているのが見えた。

 

一人は黒髪に黒のロングコート、身長はさほど高くない。

もう一人は銀髪に黒いベスト型のレザープレートと、ベルトが幾つもついている二の腕半ばまである長い黒手袋。此方は長身だ。

どちらも細身なのに、二人の体からは強烈な威圧感が発せられている様に思えた。

本能的な恐怖を感じ、思わず僅かに後ずさってしまう。

 

二人の男と、視線が交わる。

漆黒の瞳は闇の様に深く穏やかで、深紅の瞳はその鋭利な眼光に反して温かみを感じた。

 

「……ごめんな、君の友達を助けられなかった」

 

その声を聞いた途端、全身から力が抜けた。

他人の口から告げられた事実に、堪えようもない涙が、次々と溢れ出してくる。

地面に落ちている水色の羽根。

そこまでふらふらと近づき、その場にへたりこんでしまう。

ほんの少し前まで思考を満たしていた紅が引いていく。心を覆っていた怒りが剥がれ落ちて、深い悲しみと喪失感が湧き上がる。それは涙となって表出して、止めどなくあたしの頬を伝っていった。

あたしが殺されそうになった瞬間、ピナはあたしの身を守る様にドランクエイプに自分から飛びかかって行った。そんな行動は使い魔としてのAIには無い筈なのに。

ピナと出会ってからの月日が築きあげてくれた、データ以上の、きっと本当の心と、友情と呼べるような何かを持っていたピナ。

そんな相棒を、唯一無二の親友を、あたしは下らない慢心で、失ったのだ。

 

「お願い……あたしを独りにしないで、ピナぁ……!」

 

切実に願って出した声に、返事が返ってくることはなかった。

 

 

 

「……大丈夫、なわけないか」

 

どれだけ時間が経っただろうか。数分の様な気もしたし、数時間経っているような気もする。再び黒髪の男が口を開くまで、あたしは泣き続けていた。

何とか嗚咽を抑え込んで、彼の言葉に首を振る。

 

「……はい……でも、ありがとうございました、助けてくれて」

 

どうにかそれだけは言うことが出来た。

 

「……大丈夫だ、ソイツはまだ完全に死んじゃいない」

 

「……え?」

 

今度は今までずっと黙っていた、銀髪の男から声が発せられた。

けど、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

……ピナは、完全に死んでない……?

 

「そ、それって、どういう……」

 

「その羽根、《心》って名前付いてねぇか?」

 

「………………」

 

言われるがままに、胸に抱きしめていたピナの羽根に触れると、《ピナの心》とハッキリと表示された。それを見てピナはもういないんだと思い知らされたみたいでまたボロボロと涙が流れ落ちた。でも、不意にポン、とあたしを安心させるように優しく頭に手を置かれた。

 

「ふぇ?」

 

「言ったろ、大丈夫だって。ソイツが有れば、お前の大事な友達を生き返らせることが出来る」

 

「えっ!?」

 

口を開けたまま顔を上げて、ぽかんと目前の男の顔を見つめる。

 

「最近判った事で、まだあまり知られてねぇんだがな」

 

「四十七層の南に《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがあるんだ。名前のわりに難易度が高いんだけどな。そこの天辺で咲く花が、使い魔蘇生用のアイテムらし――」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

銀髪の男の言葉を引き継ぐ様に発せられた黒髪の男の言葉が終わらない内に、あたしは歓喜のあまり腰を浮かせ叫んでいた。

けど――

 

「……四十、七層……」

 

――十二層も上のエリアという事実に、その歓喜は直ぐ様萎れてしまった。

数値が全てなこの世界では、十二層という数字はどう考えても今日明日どうにかなるという差では決してない。

 

「うーん」

 

そんなあたしを見兼ねてか、黒髪の男がそんな風に唸った。

 

「実費と報酬をぽっちり貰えれば俺達が行ってきていいんだけど……使い魔を亡くしたビーストテイマー本人がいないと、肝心の花が咲かないらしいんだ」

 

「いえ……教えてもらっただけでも……頑張ってレベルを上げれば……」

 

「いや……実は三日が蘇生時間の期限らしくてな。それを過ぎると、蘇生不能になっちまうんだ」

 

「そんな……!」

 

思わず叫んでしまう。

あたしの今のレベルを考えると、到底三日間で攻略しに行ける状態まで持っていくのは不可能だ。

 

……ピナを、生き返させられるかもしれないのに……!

 

そんなやるせない思いと一緒にピナの羽根を抱きしめていると、二つのトレード申請ウィンドウが目の前に表示された。

見上げると二人がああだこうだと相談しながらウィンドウを操作している。

 

「あの……」

 

「流石に、糠喜びさせて何もしないんじゃ、俺達も寝覚めが悪いからさ」

 

「それって……」

 

「教えた責任はキッチリ取るってこった」

 

「俺達が持ってる余った装備、それに俺達も一緒にその花を取りに行けば、攻略は難しくない」

 

小さく口を開いたまま、二人の顔を見つめる。

偶々通りかかって、殺されかけていたプレイヤーを助けた。欲している情報を偶々知っていたから教えた。ここまでならまだ判る。けど、助けたとはいえ見ず知らずのあたしに自分たちの持ってる装備を与えてまでそのアイテム探しに協力を持ち掛けるなんて、そんなのこの人たちに何のメリットも無い。だから、その真意を知る為に、あたしは二人に質問を投げかけた。

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」

 

「別に大した理由はねぇよ。言ったろ、教えた責任は取るって」

 

そう本当に何でもない様に告げた口調とは裏腹に、その瞳の奥には何かを隠しているように見えた。だけど、その隠している物が嫌な感じにも見えなかった。

首を動かして黒髪の方を見ると、銀髪の方とは逆に、返答に困った様に頭を掻きながら視線を逸らして、小声で呟いた。

 

「うーん、マンガやアニメじゃあるまいしなぁ……言わなきゃダメ?」

 

「……正直、信じられませんし」

 

「まぁそうだよなぁ、ただより高いモノは無いって言うし……言っても、笑わない?」

 

「……それが本当のことなら」

 

「……はぁ、わかった。言うよ」

 

意を決したように目を閉じて、深く息を吐いてから、言った。

 

「君が……妹に、似てるから」

 

「………………ふっ、くく!」

 

堪えようと思ったけど、ダメでした。

あまりにもベタベタな答えに、思わず噴き出してしまった。慌てて口を片手で押さえたけれど、込み上げる笑いは抑えが効かない。

 

「わ、笑わないって言ったのに……」

 

傷ついた表情で肩を落とし、いじけた様に俯いた彼の姿が更に笑いを呼ぶ。

笑いを止めるために視線を他所に移すと、居心地悪そうに目を逸らしている銀髪の男が視界に入る。そんな仕草から、きっと彼も本当は同じ様な理由なんだろーなぁと、漠然と感じた。

 

悪い人たちじゃない……ううん、きっと、すごくお人よしで優しいんだ、この人たち

 

必死に笑いを呑み込みながら、この二人を信じようと、そう思った。

一度は死も覚悟したのだから、ピナを生き返らせるために惜しむものなんて何も無い。

感謝の意を込めて、ペコリと頭を下げた。

 

「よろしくお願いします。助けて貰ったのに、その上こんなことまで……」

 

トレードウィンドウに目をやって、自分のトレードに持っているコルを半額ずつ入力する。

 

「あの……こんなんじゃ、ぜんぜん足らないと思うんですけど……」

 

「いや、金はいいよ。さっきも言ったけど、どうせ余り物だから……なぁ?」

 

「あぁ」

 

そういって二人はお金を受け取らないでさっさとOKボタンを押してしまった。

 

「すいません、何から何まで……あの、あたし、シリカっていいます」

 

名乗りながら、中層ではそれなりに売れている自分の名前に二人がと驚くのを期待していたけど、どうやら心当たりは無いみたいだった。

一瞬それを残念に感じて、すぐにその思い上がりが今の事態を引き起こしたのだと反省する。

 

「よろしくな、俺はキリト。こっちは……」

 

「ハセヲだ」

 

順番に握手を交わす。

 

「んじゃ、さっさと森抜けようぜ……………………まさか三度も《痛みの森》に来るとはな……これも何かの縁か?」

 

後ろの方はよく聞こえなかったけど、ハセヲさんの言葉に頷いてキリトさんがポーチから地図を取り出して歩き始めた。

その後を追いかけながらピナの羽根を唇に当てる。

 

待っててね、ピナ。絶対、生き返させてあげるからね……

 

 

 

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ここ、三十五層の主街区が今のあたし根城になっている。ホームタウンにしているのは八層の《フリーベンの町》なんだけど、マイルームを買っているわけでもないから、《痛みの森》を攻略し始めた二週間前からここを利用している。

宿屋のNPCレストランででるチーズケーキが気に入ってしまったのも理由の一つなのだけれども……。

 

もの珍しそうに辺りを眺めている二人を引き連れて大通りから転移門広場に入ると、間髪入れずに以前からパーティーに勧誘しようとしているプレイヤー達に声をかけられた。どうやら前のPTと喧嘩別れしてフリーになったのを聞きつけたらしい。

 

「やあ、シリカちゃん。今フリーなんだって? それなら前から言ってるとおり俺たちとPT組んでくれないかな?」

 

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……。しばらくこの人たちとPTを組むことになったんで……」

 

できるだけ答えが嫌味にならないようそう返すと、「えー」とか「そりゃないよ」とか不満を口にしながら二人に胡散臭そうな視線を投げかけてきた。

二人の実力の一端を私は見ているけど、所在なさそうに立っているキリトさんと、如何にも「めんどくさい」と言わんばかりの顔をしているハセヲさんは、傍から見たらとてもじゃないが強そうには見えないと思う。

二人とも高級そうな鎧どころか、装備している武器はシンプルな片手剣と短剣一本だけだし。キリトさんは片手剣なのに盾も持ってないし……

 

「おい、あんたら――」

 

一番熱心に勧誘していた背の高い両手剣使いが二人の前に出てきて、二人を見下ろして言った。

 

「――見ない顔だけど、抜け駆けはやめてもらいたいな。俺らはすっと前から、この子に声かけてるんだぜ」

 

「そう言われても……成り行きで……」

 

「はぁ……」

 

困ったような顔で頬を掻くキリトさんと、心の底から面倒くさそうに溜息を吐くハセヲさん。

そんなハセヲさんの態度が気に食わなかったのか、男はハセヲさんに突っかかる。

 

「なんだよ、あんた。何か文句でもあんのかよ!? あんたらにそんな権利ないだろ!?」

 

言葉尻を荒げて責め立てる男に対して、ハセヲさんはもう一度大きく溜息を吐いた。

演技なんだとしたら凄いけど見るからに本心からの溜め息だよねアレ。

 

「どんな権利だっつの……てか、それなら俺らにとやかく言う権利だってテメェには無ぇだろうが。決めるのはシリカ本人の意思だろ?」

 

「……くっ……」

 

言い返す言葉が見つからないのか、悔しそうに表情を歪めてあたしの方を向く。

 

「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」

 

それだけ言って二人の腕を引っ張ってメインストリートへ足早に向かう。

そうして彼らの姿がようやく見えなくなったところで一息ついた。

 

「……す、すみません、迷惑かけちゃって」

 

「いやいや。こいつも絡まれるのには慣れてるだろうし」

 

そう親指でハセヲさんを指さすキリトさん。

 

「おい、キリト。テメェ、俺をなんだと思ってやがる」

 

「事実だろ?」

 

「…………」

 

「ほら、反論できない」

 

「あの、ほんとにすみません、あたしのせいで嫌な思いさせちゃって……」

 

「……別に気にしちゃいねぇよ。よく絡まれんのも癪だが事実だしな。だから気にすんな」

 

「は、はい」

 

「そうそう、気にしない、気にしない」

 

「お前が言うなっての……」

 

「いいじゃんか別に。それにしてもすごいな。人気者なんだ、シリカさん」

 

「シリカでいいですよ……それにそんなことないです。マスコット代わりに誘われてるだけなんです、きっと。それなのに……あたし、いい気になっちゃって……一人で森を歩いて……あんなことに……」

 

あたしが調子に乗った所為で起こったピナの死。

そのことを考えると、自然に涙が溢れてくる。

 

「大丈夫、絶対生き返させられるさ。心配ないよ」

 

「そういうこった、だからあんま泣くな」

 

「はいっ」

 

二人とも優しく声をかけてくれる。何でだろう、不思議と、この二人の言うことなら信じられる気がする。

 

それから三人であたしが泊まっている宿屋《風見鶏亭》に向かった。

二人ともいつもは別の階で寝泊まりしているらしいんだけど、明日のこともあるから今日はここに泊まるそう。

 

「ここのチーズケーキが結構いけるんですよ」

 

そう言いながら二人の腕をとって宿屋に入ろうとしたところで、今一番会いたくない顔に出会ってしまった。

喧嘩別れした相手。真っ赤な髪を派手にカールさせた槍使いの女性プレイヤー、《ロザリア》。

 

「あら、シリカじゃない」

 

「……どうも」

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね。でも今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

「要らないって言ったはずです! ……急ぎますから」

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

目ざとくピナがいないことに気付いて、酷く愉快そうに嫌な嗤いを浮かべて私を見てくる。

 

知ってるくせに……!

 

使い魔はアイテムと違ってストレージに仕舞うことも、どこかに預けることもできない。プレイヤーの傍からいなくなってしまったのなら、答えは判り切ってる。それが判ってて、ロザリアは私にそう言ったんだ。

あたしはあまりの悔しさに唇を噛みしめた。

 

「あーれぇ、もしかして……?」

 

「死にました、でも! ピナは、絶対に生き返らせます!」

 

「へぇ、てことは《思い出の丘》に行くんだ。でも、あんたのレベルで攻略なんか――」

 

「できるさ、特別高難度のダンジョンって訳でもない」

 

ロザリアの言葉を遮って、キリトさんがあたしをコートで隠すように前に出た。

ハセヲさんも、悔しさで身体を震わせるあたしを落ちるかせるように、さっきと同じようにポンと手を置いて頭を小さく撫でてくれる。

 

「なぁに? アンタらもその子に誑し込まれた口? やぁねロリコンばっかりで。まぁ、見たとこそんなに強そうじゃないけど」

 

「フンっ」

 

ロザリアの挑発を、皮肉気に鼻で嘲笑うハセヲさん。なんだろう、こう言っちゃうのはなんだけどすっごく似合う。

 

「は? なにがオカシイってのよ?」

 

「いや? 哀れだなと思っただけだ、気にすんな」

 

「哀れですって? このわたしが!?」

 

「だって哀れだろ? さっきのなんか、見た目でしか人を判断できねぇって自分で言ってるようなもんだし、俺に言われるまで気付きもしねぇんだからな?」

 

「なんでっすって……!?」

 

「図星突かれたら今度はヒスかよ。人のこととやかく言う暇有んなら自分の人間性磨いた方がいいんじゃねぇか?」

 

「あ、アンタ、黙って聞いてればいい気に!」

 

「今の内に行こう」

 

ハセヲさんがロザリアを挑発している間に、あたしはキリトさんに促されるまま宿屋へと入った。

 

「フンッ! まあ、せいぜい死なない様に頑張ることね!?」

 

嗤いと怒りが滲んだ皮肉気な声が背中を叩いたけど、決して振り返ってなんかやらなかった。

 

 

 

フロントでチェックインを済ませてから、一階のレストランに入ってメニューをオーダー。向かいに腰掛けている二人にさっきのことを謝ろうとしたら、ハセヲさんからストップがかかった。

 

「さっきのことで謝んのは無しだ。俺とコイツも口出したからな」

 

「うん、だからまずは食事にしよう」

 

キリトさんがそう言うと、ちょうどウェイターが湯気の立つマグカップ二つとワイングラス一つを持ってきた。中には赤い液体が注がれていて、いい香りが漂ってくる。

 

「それじゃあ、PT結成を祝して」

 

「ん」

 

「はい!」

 

キリトさんの言葉に合わせてカップとグラスを合わせて、赤い液体を一口啜る。

ちなみにカップはあたしとキリトさんで、ワイングラスがハセヲさんのだ。

 

「……おいしい……」

 

その味わいは、昔お父さんに少しだけ貰ったホットワインに味が似ている気がした。

 

でも、こんなのメニューにはなかったよね?

 

「あの、これは……?」

 

そう聞くと、キリトさんは悪戯に成功した男の子みたいにニヤリと笑った。

 

「NPCレストランはボトルの持ち込みができるんだよ。俺が持ってた《ルビー・イコール》っていうアイテムさ。カップ一杯で敏捷の最大値が1上がるんだぜ?」

 

「えっ!? そ、そんな貴重なもの……」

 

「この世界の酒なんかストレージに入れてったって旨味が増すわけじゃねぇしな。そもそもコイツ、知り合い少ねぇから開ける機会もねぇし」

 

「お前に言われたかないから。てゆーか、この前呼び出して『飲むぞ! 酒開けろ!』とか言ってたのはどこの誰だよ?」

 

「条件だって大量にタダ飯作らせて喰らったのは誰だよ」

 

……ハセヲさんって、料理できるんだ

 

内心そんな失礼なことを考えながら、クスクスと笑ってしまった。本心から笑えたのは、もしかしたらこの世界に閉じ込められた以来初めてかもしれない。

色んな人にマスコット代わりにちやほやされていた時にはいろいろ話しかけられはしたけど、こんな和やかで暖かなお話は無かったから、すごく懐かしく感じる。

 

カップが空になってもその暖かさを手放したくなくて、しばらくそれを胸に抱いていた。

そうしていたら、ふと思ったことが口をついて出ていた。

 

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

 

あたしの呟きを聞いた二人が言い合いを止めて、スッと目を細める。

 

「君は……MMOは、SAOが…?」

 

「はい、初めてです」

 

「そうか……どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身を窶すと人格が変わるプレイヤーは多い。善人になる奴、悪人になる奴……それをロールプレイングと、従来は言ってたんだろうけどな。でも俺はSAOの場合は違うと思う」

 

キリトさんの目が鋭さを増した。

 

「今はこんな、異常な状況なのにな……そりゃ、プレイヤー全員が一致団結してクリアを目指すなんて不可能だって判ってる。でも、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴……殺しまでする奴が多すぎる。俺は、ここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐った奴なんだと思ってる」

 

そう吐き捨てるように言ってから、ハッと気が付いた様にゴメンと謝られた。

 

「これは俺の推測でしかねぇけど……」

 

と、キリトさんの話を黙って聞いていたハセヲさんが脚を組み替えながら言った。

 

「どいつもこいつも、現実感を持ててねぇんだよ、きっと。この状況にな」

 

「現実感?」

 

「そうだ。SAOで死んだら『死ぬ』っつう現実を、どこかで信用してねぇんだ。所詮はゲームだってな。まぁ、死んでも死体が残るわけでもなく、葬式をするわけでもない。この世界から消えて、連絡が着かなくなるだけって理由もあるんだろうが。だから、ソイツの中にある倫理観や道徳観が薄れちまう。けど、ここでの暮らしは無駄にリアルだから、人間としての地が出ちまう。

人間っつうのは元々欲望に忠実な生きモンだからな。金が欲しい、美味いものを食いたい、人より上に立ちたい、強くなりたい、力を試したい。普段は理性で抑え込んでる筈のそういう欲求を満たすのには、SAOは丁度いい場所だったってことだ。

欲しいものが有れば他人から奪えばいい、力を試したければ誰かを殺せばいい、所詮はゲームなんだから本当に死ぬことはないないだろう。もし死んだのだとしても、それは悪いのは自分じゃなくて自分をここに閉じ込めた茅場で、自分は被害者の一人に過ぎない。だから責任は自分には無い」

 

そう語るハセヲさんの口調は淡々としていて、だけど、どこか悲しげだった。

 

「けどよ」

 

そう言って、言葉を一度切った。

そして、今までとは違うどこか遠く、過去を見るような眼をして。

 

「そうなったら、もう人間じゃあなくなっちまう。理性っつう抑止力を持たなくなった 欲望の塊(人間)は獣となんらかわりねぇからな」

 

そう言って黙り込んでしまう。キリトさんも、ハセヲさんの言葉の意味を考えているようで下を向いてしまっている。

なんとなく場の空気に耐えられなくなって、思わず声を上げた。

 

「なら! ハセヲさんとキリトさんは良い人ってことですよね!?」

 

「……いや、俺はそんなんじゃない。人助けだって碌にしたことないし、仲間を……見殺しにしたことだって……」

 

そう言って苦しげに顔を歪ませるキリトさんが、何か深い悩みを抱えていることは、子供のあたしにも朧気に判った。そのせいなのかな、気付いたら、ギュッと握られたキリトさんの右手を無意識のうちに両手で包み込んでいた。

 

「キリトさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん」

 

精一杯、あたしの気持ちを伝えようと思ってそう言うと、キリトさんから力が抜けて、口元に微笑が乗った。よかったぁ、と安堵していたら、今度はククっと堪えたような笑いが聞こえてくる。ハセヲさんだ。

 

「よう、キリト。こりゃ一本取られたな」

 

「あぁ、俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」

 

言葉と一緒に向けられた、キリトさんの優しげな微笑み。

途端、胸の奥の方がずきんと、痛むのを感じて、咄嗟にキリトさんから手を放して胸を抑えるけど、疼きは一向に消えてはくれない。

 

……なんだろう、これ……

 

「ど、どうかしたのか……?」

 

「シリカ?」

 

「な、なんでもないです! あたし、おなか空いちゃったな!」

 

あたし自身よく判っていないその理由を上手く伝えることなんて到底できなくて。

とりあえず、今はそう笑顔でごまかすことにした。

 

 

 

==========================================

 

 

 

夕食を食べ終わった後、明日に備えて休むことになって、部屋に戻った。二人の部屋は偶然にもあたしの隣。

ちなみに、二人は相部屋だったりする。曰く、「別に知らない間柄でもないから、金が浮く方を選ぶ」とのこと。

 

部屋に入って、着替える前にハセヲさんから貰った武器の練習をしようと思い立った……けど、どうにも集中できない。胸の奥にずきずきするものが居座り続けて、上手くできなかった。それでも、貰った武器の重さやリーチが今までの愛剣とほとんど変わらなかったおかげか、どうにかこうにか失敗せずに五連撃を出せるようにはなったから一安心。

 

「……ふぅ、着替えて寝よう……」

 

誰にともなく言って、メニューの全武装解除のボタンをタッチする。ポリゴンとなって装備が消えた下着姿でベッドに倒れこんだ。髪を結んでいた髪留めも無くって、肩まである髪の毛がポフッと枕に広がる。壁を叩いて呼び出したポップアップメニューで部屋の明かりを落とせば寝る準備は完了。

 

全身に重い疲労感を感じていたから、すぐに眠れると思ってたんだ……んだけど。

 

「……眠れない……」

 

ピナと一緒になってからは、ずっと毎晩ふわふわの体を抱いて寝ていたからか、広いベッドが心細い。

ふと、左隣の……二人が泊まっている部屋に意識が向いた。

 

もう少し、話してみたいな……

 

そんな風に考えて、少し自分自身に戸惑った。今まで男性プレイヤーに積極的に近づくことは避けていた。なのに、出会ったばかりの二人のことが、どうしてこんなにも気になるんだろう。

ちらりと、視界右隅の時刻表示を確認すると、すでに二十二時近かくで、知らず知らずの内に溜息が零れた。

 

……いくらなんでも非常識だし、やっぱり寝ちゃおう……

 

そう思う頭とは裏腹に、体は勝手にベッドから降りていて。

 

……ちょっとノックしてみるだけ……

 

そうやって自分を言いくるめて、装備メニューから、持っている中で一番かわいいチェニックを身に纏う。下ろした分目元に掛かってしまう前髪をお気に入りのヘアピンで留めて、姿見で恰好をチェック。問題ないのを確認してドアを開けた。

廊下に出て数歩進んで、ドアの前で躊躇うこと数十秒、右手で控えめにドアを叩いた。

 

「……ん? 客か?」

 

「俺が出るよ。はい、今開けます」

 

そんな会話が聞こえてきた後、ドアが開く。

簡素なシャツ姿になっていたキリトさんがあたしを見ながら目を丸くした。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「あの――」

 

……お話したいです……じゃあ、子供っぽ過ぎるよね……

 

二人よりあたしが年下なことなんて判り切ったことなのに、なんでか幼く見られるのが嫌で、どうにかこうにか口実を引っ張り出す。

 

「―――ええと、その、あの……よ、四十七層のこと聞いておきたいと思って……」

 

「ああ、判った。廊下に行く?」

 

「いえ、あの……よかったら、お部屋で……」

 

反射的にそう答えてしまって、慌てて取り繕う。

 

「あっ、あの、貴重な情報を、誰かに聞かれたらたいへんですし! それに、ハセヲさんも中にいることですし!」

 

「あー、んー……まぁ、いいか……」

 

自分でも無理があるなーと思ったけど、キリトさんは困った様にそう言って、中に入るよう促してくれた。

お言葉に甘えて部屋に入ると、キッチン近くのチェアに腰かけてコーヒーを飲むYシャツ姿のハセヲさんと目が合う。

 

「ん? ああ、シリカだったのか。何か用か?」

 

「ああ、四十七層のことについて聞きたいらしい」

 

「なるほど。んじゃ、アレ出すか」

 

「そうだな」

 

「あの、アレって?」

 

「これのことさ」

 

言いながら、キリトさんはアイテムをウィンドウから呼び出したのは、小さな水晶が収めてある小箱。何に使うのかはさっぱり判らないけど。

 

「きれい……なんて言うんですか?」

 

「《ミラージュ・スフィア》っつって、行ったことのある層を丸ごと映すアイテムだ」

 

ハセヲさんが説明してくれているうちに、キリトさんはアイテムを起動させて、テーブルの上の空間にホログラムが出現した。

 

「うわあ……!」

 

思わず感嘆の声を上げる。街の中の建物やダンジョン内の構造まで細かく映し出されていて、メニューから見られる簡易マップとは大違いだ。

 

「ここが主街区だよ。で、こっちが思い出の丘。この道を通るんだけど……この辺にはちょっと厄介なモンスターが……」

 

指先を使って淀みなく四十七層の地理を説明していくキリトさん。その声を聞くだけで、気分が柔らかくなっていく気がする。

 

「この橋を渡ると、もう丘が見え――」

 

「キリト」

 

不意にハセヲさんが名前を呼びながら手で遮った。

 

「…………?」

 

顔を上げた先のキリトさんは、さっきまでとは打って変わって険しい顔でドアを睨んでいた。既にハセヲさんは動き出していて、稲妻のような速さでドアに近づいて引き開けた。

 

「誰だッ!」

 

同時にどたどたと駆け去る音。走り寄ってハセヲさんの体の下から首を出すと、階段を駆け下りていく人影が見えた。

 

「な、何……!?」

 

「……聞き耳立ててた野郎が居やがったな」

 

「え……で、でも、ドア越しじゃ声は聞こえないんじゃ……」

 

「聞き耳スキルが高ければその限りじゃないんだ」

 

「ま、ンなもん上げてんのは、碌な奴じゃねぇがな」

 

そう言ってハセヲさんはドアを閉めて椅子に戻ってしまう。

キリトさんは考え込む表情をして、ベッドに座る。

あたしは言い知れない不安を感じて、両腕で自分の体を抱きしめながらキリトさんの隣に座った。

 

「でも、なんで立ち聞きなんか……」

 

「……多分、すぐに判るさ。ちょっとメッセージ打つから、待っててくれ」

 

そう言ってウィンドウからホロキーボードを表示させ、指を走らせていく。

それを横目に、あたしはベッドに丸くなった。

そうしているうちに、キリトさんの背中と、記憶の中の、気付けば九ヵ月も会っていないルポライターのお父さんが記事を書いている背中がダブって見えて。いつの間にか、不安もどこかへ消え去って、意識も微睡へと落ちて行った。

 

 

 

==========================================

 

 

 

耳元で奏でられるアラームで意識が浮上していく。設定時刻は午前七時、いつもの起きる時間。

 

「ん~~…………ふぁう……」

 

伸びと欠伸を一つして、何とは無しに辺りを見回す、と。

 

「おう、起きたか」

 

何て声をかけられた。

 

「あ、おはようござ――」

 

――います……と、続ける筈だった言葉は、どこか彼方へ飛んで行ってしまいました。

 

……え!? な、何でハセヲさんが……!?

 

「……どうした?」

 

「ふぇ!?……あ、え……あの……」

 

唐突に予想外の状況に陥ったせいか、あたしの頭は目下混乱の極みだ。

テンパって上手く言葉が出てこないあたしを他所に平然としているハセヲさん。

 

そ、そうだ! まずは落ち着いて昨日の事を思い出してみよう!!

 

とりあえずそう結論づけて昨日の出来事を振り返っていく。

 

ええっと、昨日はロザリアさんと喧嘩して、ピナが死んじゃって、ハセヲさんとキリトさんに助けてもらって、宿に入って、寝る前に二人の部屋で四十七層のことを話して、それから、それから……

 

そこ迄思い出して、はっとした。

 

あ、あたし……あのまま寝ちゃったんだ……

 

恥ずかしさのあまり頭に血が昇っているのが判る。

今、あたしの顔を鏡で見たら見事に真っ赤になっているに違いない。

 

「あ、あのっ!」

 

「状況把握はできたか?」

 

「は、はい…………?」

 

あたしの考えを読んだみたいな言葉に思わず首を傾げる。

視界に映るのは、顔は此方を向いていないし、肩は少し震えているハセヲさんの姿。

 

……笑ってる?

 

じっと様子を窺っているとハセヲさんも視線に気付いた様で、此方に向き直る。

 

「いや、悪い。慌てだしたとおもったら、深呼吸してから百面相して、そんでまた慌てるもんだから、可笑しくてな」

 

謝りながらも、ハセヲさんの口許は、未だにクツクツとヒクついたままだ。

 

「~~~~~~~~っ」

 

一度引いた血が再び舞い戻ってきた。感情表現がオーバー気味なSAOのことだから、今度は頭から煙が出てしまっているかもしれない。

 

「起こそうかとも思ったんだが、気が引けてな。ドアも開けらんねぇし」

 

「い、いえ! 寝ちゃったのはあたしのせいですし、ベッドも借りちゃったみたいで……」

 

「それなら気にすんな。元々どっちかが椅子か床で寝る筈だったのが、二人ともそうなっただけだ。SAOなら何処でどんな姿勢で寝ても、体痛めることもねぇしな」

 

そう言いながら親指で指した方に目を向けると、未だに床に横になっているキリトさんの姿が。

 

「そろそろキリトの奴も起こすか……」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

キリトさんを起こそうと向き直ったハセヲさんを呼び止める。

何で呼び止めたのか、自分でも判らなかったけど、何かしら話さないと、と思って、さっき思い出した昨日のことについて聞いてみることにした。

 

「あの、昨日も聞いたんですけど、ハセヲさんは何で手伝ってくれるんですか?」

 

「ん? 言ったろ、気まぐれだって」

 

「それは……嘘、ですよね? キリトさんが妹さんのこと話してるときも、ハセヲさんちょっと変な顔してましたし」

 

あたしがそう言うと、ハセヲさんは一瞬驚いた様な目をしてから、気まずそうに溜め息を一つ。

 

「……意外とバレてるモンなのな。あー、言わなきゃだめか?」

 

「できれば、聞きたいです」

 

もう一つ、今度は諦めた様に溜め息。昨日から何となく思ってたけど、溜息つくの癖なのかな。あんまり多いと幸せが逃げちゃいそうで心配になる。

 

「……一つはキリトと同じだ。妹分……いや、あれは弟分か?……まぁ、そんなんがいてだな、それがお前と似てたからだ」

 

「他にも有るんですか?」

 

「あぁ。もう一つは…………信念だから、だな」

 

「信念?」

 

「一度関わったことには最後まで関わり抜く。それが俺の信念だ。現実(リアル)だろうが、仮想(ゲーム)だろうが、関係なくな。痛みの森でお前を助けた時点で、俺はお前に関わってる。要するに自己満足って訳だ。これで満足か?」

 

そう言って顔を背けてしまうハセヲさん 。横顔から見える頬が少し赤くなってて、照れてるんだってすぐに判った。

 

「はいっ!」

 

やっぱり悪いひとじゃなかったんだ

 

そして、何故だか、胸の中に暖かいものが広がるのを感じた。

 

 

 

それからキリトさんを――なかなか起きなかったから最後にはハセヲさんがお腹を蹴り飛ばして――起こして、しっかり朝食を食べて、四十七層の主街区《フローリア》へとやって来た。

通称《フラワーガーデン》とも呼ばれているらしい――キリトさんに教えてもらった――たくさんのきれいな花々に見惚れる。

 

心行くまで花の香り――所詮システム何て言う人は嫌いです――を楽しんでから立ち上がって、ふと、周りを見回してみると、花壇の間の小道を歩いているのは男女二人連ればかり。皆しっかりと手を繋いだり腕を組んでだりして、見るからにカップル。

 

あたしたちは、どう見えてるのかな……

 

周りの光景からついそんなことを考えた。歳の離れた二人の男の人を連れ歩くあたし。

 

……男の二人があたしを取り合う三角関係? それとも禁断の愛に目覚めた三兄妹とか……!?

 

そこまで考えて、浮かび上がった妄想を掻き消す様に首を思いっきり横に振った。

 

あ、あたし、いい、一体今何をっ!!

 

「おい、どうしたシリカ」

 

「顔が真っ赤だけど……」

 

「なな、なんでもありません!! さぁ攻略に行きましょう! さぁさぁさぁ!!」

 

あんまりにもあんまりなことを考えてましたなんて言える訳も無く、無駄に元気よく宣言して二人の腕を引っ張って走る。

 

「う、うん」「お、おう」

 

目をグルグル回しながらそんなことをしたせいで、二人に要らない新派尾を掛けてしまったしまったのは、ご愛嬌ということで。

 

ゲート広場を出た後、思い切ってキリトさんに妹さんのことを聞いてみた。

すこし間を空けてから、ぽつりぽつりと話し始めて、あたしを助けてくれたのは自己満足だ、ってハセヲさんと同じように言ったキリトさんの顔が、少し淋しそうに見えて……。

 

「……妹さん、キリトさんを恨んでなんかなかったと思います。何でも、好きじゃないのに頑張れることなんかありませんよ。きっと、剣道、ほんとに好きなんですよ」

 

どうにかに言葉を探して、何とかそれだけは言うことができた。

 

「シリカには昨日から慰められてばかりだな……そうかな……そうだと、いいな」

 

そう言われて、何か暖かいものが心に広がるのを感じた。

今朝、ハセヲさんと話した時と同じように。

 

……そっか、判った。あたし、二人が心の裡を話してくれたことが嬉しいんだ……

 

そんな風に自分の気持ちをそう纏めている内に、いつの間にか街の南門まで来ていた。

 

「さて…、ここから攻略を開始していくわけだけど」

 

「はいっ!」

 

「シリカの今のレベルと渡した装備なら、このダンジョンの敵はそうそう危険な相手じゃない」

 

喋りながらあたしに水色のクリスタル、転移結晶を手渡してくる。

 

「とは言え、フィールドでは何が起こるか判らない。俺かハセヲが離脱しろって言ったら、必ずその結晶でどこの街でもいいから跳ぶんだ。俺達のことは心配しなくいい」

 

キリトさんの目配せを見て、ハセヲさんも頷く。

 

「で、でも……」

 

「約束してくれ。俺は……一度PTを全滅させてるんだ。二度と同じ間違いは繰り返したくない」

 

そのあまりの真剣な表情に、頷くしかなかった。

 

「心配すんな。そうならねぇように俺もコイツも細心の注意を払う。ソイツはあくまで保険だ」

 

ハセヲさんがぽん、と頭に手を置いて言う。キリトさんもあたしを安心させる様にニッと笑った。

 

「うん、その通りだ。じゃあ、行こう!」

 

「はい!」

 

そう返事をして、意識を闘いへと切り替えた。

 

昨日みたいに、慌ててパニックになったりしない。そして、絶対にピナを生き返らせる……!

 

そう、あたしは心の中で自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

確かに言い聞かせた。言い聞かせてはいたんだけれども。

 

「きゃ、きゃあああああ!? なにこれぇ!? 気持ちワルぅぅぅ!!」

 

「来ないでぇ、コッチ来ないでぇぇぇ!」

 

「む、むりムリ無理むりムリ無理むりぃぃぃ!!」

 

「やだってばぁ……!!」

 

「もぅ、やあぁぁだあぁぁぁぁ!!」

 

……何事も思った通りにはいかないもので。

人食い花とでも言うべきフォルムをした、気持ちの悪い大型植物モンスターと遭遇するたびに悲鳴を上げて、パニクって、何度気絶しかけたか判りません。

 

ピナ……生き返ったら、あたしのこと慰めてね……

 

そんなことを思いながら、生理的嫌悪に苛まれる戦闘をなんとか熟して思いでの丘への坂道を突き進むこと数時間。とうとう頂上に到着した。

 

「うわあ……!」

 

「着いたな」

 

「やっとか……」

 

フローリアの花畑とはまた違う、空中にパッと浮かぶ庭園の様なその景色。

 

ここもすっごく綺麗……やっぱり、ここ(SAO)が全部偽物だなんて思えないなぁ

 

「って、ちがう! 《プネウマの花》!」

 

見惚れてしまいかけたのを振りきって、道中二人から教えておらった通り、一つだけ飛び出している岩に向かって駆け出した。

 

「……うわぁ……」

 

岩に駆け上がると、まさに目の前で白いつぼみが花開くところだった。

完全に開ききった花へ手を伸ばして摘むと、ハッキリと《プネウマの花》と表示される。

 

「やったぁ……!」

 

「どうやら無事見つかったみたいだな」

 

「はい! キリトさん、ハセヲさん、ここまでありがとうございました!!」

 

「礼を言うのは街に戻って、ピナを蘇生してからにしろ。この辺はモンスターも多いしな」

 

「はい! 早く戻りましょう、善は急げですよ!!」

 

「はいはい」「急ぎ過ぎて転ぶなよ」

 

フローリアを出てきた時と同じように、二人の手を引いて急かすあたしに苦笑いを浮かべる二人。

だけどそんなことはお構いなしに、二人を引っ張って来た道をずんずんと引き返す。本当ならキリトさんから渡された結晶を使って一っ跳びで帰りたいところを我慢してるから、このくらいは許してほしいな、なんて思いながら。

 

 

 

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どうしても逸る気持ちをどうにかこうにか抑えながら来た道をどんどん下っていった。もちろん途中モンスターにも遭遇したけど、行きで結構なかずを倒しちゃった所為か、それとも別の理由があるのかはともかく、行き程の苦労もなく麓に下りてこられた。

 

「ふぅ……ここまで来たら街まであと一時間くらいですね!」

 

「そうだな。もう一息、頑張ろう」

 

「はいっ! あっ、そうだ! 街へ着いたら改めて何かお礼させてください!」

 

「いや、別にそこまでしてもらわなくても……詳しくは話してなかったけど、俺達もここに全く用が無かったわけじゃないからさ」

 

バツが悪そうにそう言うキリトさんだけど、あたしは首を横に振る。それじゃあ、あたしの気が収まらないし。

 

「それでも、です。ハセヲさんにもお礼をするのは街に戻ってからって、さっき言われちゃいましたし」

 

「……そういう意味で言ったわけじゃねぇんだが」

 

「あたしがそういう意味でとったんですから、それでいいんですっ!」

 

「ハァ……判った、勝手にしてくれ」

 

「はいっ、勝手にしますね!」

 

呆れたように頭を抱えて言うハセヲさんに、あたしはニッコリ笑って勢い良く頷いた。なんだかお礼の押し売りみたいになっちゃったけど、結果オーライかな。

そんな話をしながら道を進んでいって、小川に掛かった橋が見えてきた。

 

「はははっ、今度はハセヲがシリカに一本取られたな」

 

「うっせぇ、ついさっき励まされてた野郎が言えた――――キリトっ」

 

「?……っ!」

 

揶揄われたハセヲさんが言い返す途中で言葉を切ったかと思うと、不意にキリトさんの名前を読んで立ち止まった。けど、スッと細められた視線の先にあるのはキリトさんじゃなくて、あと一歩のところまで差し掛かった橋の対岸。突然呼ばれたキリトさんも一瞬困惑したような表情を浮かべたけど、直ぐに何かに気付いた様にハセヲさんと同じように対岸……正確には対岸に生い茂った木立へと険しい視線を向ける。

 

「ど、どうしたんですか、二人とも……?」

 

楽しかった雑談から一転した二人の雰囲気にどうしていいのか判らなくてそう二人に声を掛けると、返事の代わりにキリトさんの人差し指が唇にサッと添えられた。

 

黙ってろってこと?

 

何が何だか判らないけど、とりあえすその指示に従ってあたしが首を傾げながら黙っていると、二人はチラッと一瞬だけアイコンタクトをとってから、キリトさんはあたしを背に庇うよな位置に立って、ハセヲさんは橋の半部位まで歩いて行った。

 

「流石にバレてんの判ってんだろうが、出てきやがれ」

 

「えっ!?」

 

橋の上で立ち止まって少し大きな声で対岸に向かって声を発するハセヲさん。

思わず声を上げてキリトさんの背中越しに二人が視線を向ける木立を凝視するけど、人影は全然見えなかった。だけど、それから数秒もするとつい最近見知った顔が木の影から姿を現した。

 

「ろ、ロザリアさん!? なんで、ここに!?」

 

驚きのあまりそう叫んだ。けど、相手はあたしのことなんて眼中にないようで、ハセヲさんとキリトさんの二人に目を向けて不敵に笑った。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、見た目の割に高い索敵スキル持ってんのねアンタ達。ちょっと侮ってたかしら? まっ、それはいいわ」

 

それから、今度はあたしの方へ視線を向ける。

 

「随分と嬉しそうに燥いでたじゃない、シリカちゃん? その様子じゃあ無事《プネウマの花》を入手できたみたいね、オメデト。それじゃ――」

 

欠片もそんなこと想ってないような声音であたしに祝いの言葉を言うと、蛇の様に目を細めるロザリア。その瞬間、酷く嫌な予感がしてゾッと身体に寒気が走った。

 

「――その花、さっさとアタシに渡してくれる?」

 

「なっ!? なに言って……そんなことできるわけないっ!」

 

「アンタの出来る出来ないなんて知ったこっちゃないの。いいから花をよ――」

 

「そうはいかないな、ロザリアさん。いや……犯罪者(オレンジ)ギルド、《タイタンズハンド》のリーダーさん?」

 

それまで黙っていたキリトさんが、ロザリアの言葉を遮ってそう言った。

思ってもみなかった単語が耳に入ってきた所為で、あたしの理解が追いつかない。

 

「で、でも、ロザリアさんは健全(グリーン)のはずじゃ……」

 

「オレンジギルドつっても、ギルメン全員がオレンジな訳じゃねぇこともある。コイツらみたく、カモを見繕うためにスパイのグリーンをどっかのPTに潜伏させて、機会が来たら待ち伏せて襲う姑息な連中もいるってこった。昨日盗聴してやがったのはあの中の誰かだろうよ」

 

「そ、それじゃ、二週間ぐらいずっとPTにいたのも……!」

 

「そういうこと。あのPTの戦力評価しながら、たぁっぷりお金が貯まって、狩り頃になるのを待ってたの。ホントなら近々収穫の予定だったんだけどね? 一番楽しみな獲物だったアンタが抜けちゃうからどうしようかと思ってたのよ。そしたらさ、死んだトカゲ生き返らせるために《プネウマの花》取りに行くって言うじゃない? アレって今が旬でさぁ、結構良い値で売れんのよ。やっぱり、情報取集ってすっごい大事よねぇ? でも――」

 

アタシから目を離して、また二人へと視線を戻すロザリア。その瞳には嘲りの色が浮かんでいた。

 

「――アンタ達、そこまでぜーんぶ判っててそのガキに協力したわけ? ロリコンかなんか? ホントに身体で誑し込まれでもしたわけ?」

 

「ンなわけあるか。むしろ自分で言ってて判んねぇのかよ」

 

「は? 何が言いたいのよ?」

 

「俺達もアンタらを探してたってことさ。それが答えだ」

 

キリトさんの言葉に、今までずっと浮かべていた嘲笑を歪めるロザリア。

 

「……なんですって?」

 

「テメェら、十日前に三十八層で《シルバーフラグス》っつうギルドを襲って、リーダー以外皆殺しにしやがっただろ。覚えてっか?」

 

「……ああ、アイツら。ええ、覚えてるわ。思ってたより貧乏で拍子抜けだったわ」

 

「……リーダーだった男はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で土下座して泣きながら仇討してくれる奴を探してたよ。でも、あの人は依頼を引き受けた俺達にアンタらを殺せとは言わなかった。殺さずに黒鉄球の牢獄に入れてくれって、そう言ったんだ。大の男が、恥も外聞も無く泣きながら地面に額を擦り付けてそう言った気持ちが……アンタらに判るか……!?」

 

決して大きくない声。

だけど、すごく強い語気で放ったキリトさんの言葉を、ロザリアはフンッと鼻で嗤った。

 

「わっかんないわよ、そんなモン。やぁね、全く。ソイツもアンタ達もマジになっちゃってさ。ここで人殺したって、ホントにソイツが死んでる証拠なんかないじゃない。もしホントに死んじゃってたって、そんなんで現実に戻った時罪になるわけないっての。だいたい戻れるかどうかも判んないのにさ、正義とか法律とか倫理とか……アハハハハっ!! ホント、笑っちゃうわよね。アタシそういう奴がイッチバン嫌いなのよ。この世界に妙な理屈持ち出して善人ぶってるアンタ達みたいな奴がね!」

 

醜く顔を歪めて嗤うロザリアの言葉を聞いて、ハセヲさんが昨日言っていた通りだなと、あたしは思った。

その様は、まさしく理性を捨てて、欲望塗れの獣に堕ちてしまった人間の成れの果て。とても同じ人間だなんて思いたくなかった。

 

「それでぇ? アンタ達はそんな死に損ないの言うことなんか真に受けちゃって、アタシ達を態々探してたわけ? ホントにヒマなのねぇ……まっ、アンタ達が撒いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど。でもこの人数、たった二人でどうにかなるなんてホントに思ってんの……?」

 

そう言いながらロザリアが木立の方へ手で合図を送ると、ぞろぞろと二十人近いプレイヤーがロザリアと同じように木の影から出てきた。

余りの数の多さに顔から血の気が失せて行くのが判る。

 

「ふ、二人とも、脱出しないと……!!」

 

恐怖のあまり目の前にいるキリトさんのコートを引っ張ってそう言うけど、キリトさんはなんでもないことの様に首を横に振った。

 

「大丈夫。逃げろって言うまでは、結晶を用意してここでハセヲを見ていればいいよ」

 

穏やかな声で答えると、キリトさんは武器を抜くでもなくポケットに手を突っこんだままその場から動かないハセヲさんへと加勢に行く様子も無く、ただ視線だけを向けた。その表情には心配している様子は全くない。

 

いくらハセヲさんが強くたって、あんな数無茶だよ……!

 

そう思って、今度はハセヲさんにも聞こえる様な大きな声で叫んだ。

 

「逃げようよキリトさんっ! ハセヲさんもっ!!」

 

その声が辺りに響いた途端、武器を取り出してハセヲさんに近寄って行った男たちの雰囲気が変わった。

 

「キリトに、ハセヲ……?」

 

そして、その中の一人が、何かを思い出す様にブツブツと呟いた。

 

「黒尽くめで盾無しの片手剣……銀髪紅眼の短剣使い……ま、まさかコイツら、《黒の剣士》と《錬装士(マルチウェポン)》!?」

 

そう叫ぶと、思わずといった感じに数歩あとずさった。顔色も見るからに悪くて真っ青だ。

 

「そういや、ンな呼び方されてたか。短剣(コイツ)と大剣の二つ使ってるだけだってのに。恥ずいったらねぇっつの」

 

「いやいやいや、スキルも無いのに短剣二本持って二刀流なんかしてる奴が『だけ』ってことはないだろ《錬装士》さん」

 

「うっせぇ《黒の剣士(真っ黒黒助)》」

 

「お前、今絶対変なルビ付けただろ……」

 

状況なんてお構いなしに……というか、ロザリア達が見えていないかのように雑談をする二人。

そんな光景に、なんんとか声には出さなかったけど、あたしの心の中は大荒れだった。

 

ふ、二人とも落ち着きすぎだよ! てゆーか短剣の二刀流って何!? もうわけわかんないよぅ……!!

 

「や。ヤベェよロザリアさん! こ、コイツらっ、ビーター上がりの攻略組だっ!!」

 

あたしの内なる混乱を他所に、男たちは混乱に陥っていた。

不敵な嗤いを張り付けていたロザリアも、焦った様に声を裏返す。

 

「こ、攻略組がこんなとこをウロウロしてるわけないじゃない! どうせ、名前を騙ってビビらせようってコスプレ野郎共に決まってるわ! それに、もし本当に《黒の剣士》と《錬装士》だって言っても、この人数が相手なら敵じゃないっ!!」

 

「そ、そうだ! 攻略組なら、すげぇ金とかアイテムとか持ってんぜ! オイシイ獲物じゃねぇかよ!!」

 

そう大柄な斧使いの男の言葉と共に気勢を取り戻していく男たち。

眼を血走らせて得物を手に息を荒くする姿は、それこそ得物を目の前にした野生の獣を想像させる。

 

「こんなの相手するなんて無理だよ!! 逃げようよ、ねぇ!!」

 

あの人数相手では勝ち目なんかない。そう思って恐怖に震えながらクリスタルを握りしめて必死に叫ぶけど、やっぱりキリトさんはアタシの前に立って加勢に行こうとしないし、ハセヲさんもポケットに手を突っ込んだまま構えない。

 

「さぁ、アンタ達……アイツ等に“死の恐怖”を与えてやりな!!」

 

ハセヲさんのそんな様子を諦めと捉えたのか、ロザリアの声と同時に男達が一斉にハセヲさんへ飛びかかる。

 

「オラァァァァ!!」

 

「死ねやァァァ!!」

 

取り囲んで剣や槍、斧、棍棒……あらゆる武器をハセヲさんの体に突き立てる。同時に放たれる幾つもの攻撃と幾条もの眩しいライトエフェクトが、ハセヲさんの体を揺らした。

 

「いやあああ!! やめて! やめてよ!! 死んじゃう……ハセヲさんが、し、死んじゃうよっ!!」

 

目を覆いたくなるような光景にそう叫ぶけど、男達が耳を貸すはずもない。

その様子に見ていられなくなって、いつの間にか零れていた涙を拭い、短剣の柄を握った。

 

こんな……こんなのっ! もうこれ以上、見てられないよっ!?

 

短剣を引き抜いて駆け出そうとした瞬間、柄にかけていた右手をキリトさんにグッと握られた。

 

「シリカ、ストップ」

 

「と、止めないでください! あたしじゃ役に立たないかもだけど、でも見てるだけなんて――」

 

「いいから落ち着きなって。ハセヲのHPバーを良く見てみな」

 

「――できな……え?」

 

そう言われて、視線をキリトさんの顔からハセヲさんの頭上へ移すと、直ぐにその可笑しさに気が付いた。

 

HPバーが、全然減ってない?…………ちがう、ちょっとづつ減ってるけど、その分直ぐに回復しちゃってるんだ!

 

アタシと同じように、男達も異変に気付いたのか戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「なにをチンタラやってんのよ!? 遊んでないでさっさと殺しなさい!!」

 

いつまで経っても終わらないリンチに業を煮やしてロザリアがそう叫ぶ。

その声に合わせて男たちの攻撃も激しさを増すけど、それでもハセヲさんのHPバーが目に見えて減ることは全くない。

 

「い、一体、どうなってやんだ!」

 

「……いい加減ウゼェ、なっ!!」

 

「う、うわぁ!?」

 

男の叫びに答える様に、今まで何もせずにただ攻撃を受けていただけのハセヲさんが動いた。他の攻撃を無視したまま、叫びながら斬りかかってきた男の剣目がけてライトエフェクトを伴ったヤクザキックを放ったのだ。

ただそれだけの小さな反撃は、物凄い轟音とライトエフェクトを放って剣諸共男を吹き飛ばした。しかも、男の方を見てみると持っていた剣の答申が何かに砕かれた様に無くなっていた。

 

「う、嘘だろ……?」

 

「け、蹴りで……蹴りで剣を折りやがった!!」

 

突然起きたまさかの事態に男たちは動揺を隠せずに、じりじりとハセヲさんから遠ざかっていく。

 

い、今のって、もしかして《体術》スキルっていうやつなのかな? 蹴りで武器破壊しちゃうなんて……

 

あたしはあたしで見たことも無かった《体術》スキルとそれによる武器破壊で半ば放心中。

そんな周りを他所にキリトさんはハセヲさんに声を掛けた。

 

「……十秒あたり350前後ってくらいだったか?」

 

「ああ。まぁそんなもんだな。流石に耳が痛ぇわ」

 

突然でてきた数字。あたしも、ハセヲさんを囲っていた男たちやロザリアも判らずにいると、ハセヲさんがそれを察したように頷いた。

 

「ああ、何の事だか判ってねぇのか……説明が欲しいってよキリト」

 

「おーい、面倒臭いからって俺に投げるなよな……まったく。あー、さっきの350っていうのはアンタらがソイツに与えてるダメージの総量だよ。十秒あたりのな。俺のレベルは78。HPは約14500。ソイツもレべリングは俺と同じようなもんだから同値として、ソイツを倒すにはアンタ達は四百十四秒、つまり七分弱休まず殴り続けてればいい……本来ならな。でもソイツには《戦闘回復(バトルヒーリング)》のスキルで、十秒間に少なくとも350以上の自動回復がある」

 

「まぁ要するに、だ。テメェらが何時間攻撃しようが俺は倒せねぇってことだ」

 

「そ、そんなの……そんなの、アリかよ……」

 

「レベルに差が有るからって……無茶苦茶すぎるだろ……」

 

「……そうだ」

 

茫然と呟く男たちの声に、キリトさんは冷たくそう吐き捨てた。

 

「たかがレベル。そんなレベルの数字が増えるだけ。たったそんなことで、ここまで無茶で、どうしようもなく覆せない差がつく……ついてしまう。それが、レベル制MMOの理不尽さってものなんだよっ!」

 

何かに耐える様に、キリトさんは手をに強く握りしめて叫んだ。

その気迫に気圧されたように、男達は更に後ずさる。

 

「……チッ、やってらんないっての」

 

不意にロザリアは舌打ちすると、腰から転移結晶を取り出した。

 

逃げる気なんだ!

 

直ぐにそう判ったけど、今から動き出しても間に合わない。そうあたしは思った――

 

「転移――」

 

――んだけど。

ロザリアのシステムコールが終わらない内に、ハセヲさんがロザリアの目の前に立っていた。

 

「ヒッ……!」

 

瞬く間にクリスタルを奪い取って、そのまま襟首を掴んでロザリアを男達の中に放り投げた。

すると、キリトさんもあたしから離れて、腰から転移結晶よりも更に青いクリスタルを取り出す。

 

「これは俺たちに依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。さっきも言った通り、アンタら全員これで《牢屋(ジェイル)》まで跳んでもらう。あとの面倒は《軍》の連中がしてくれるだろうさ」

 

「フンッ……もし、嫌だと言ったら?」

 

まだ抵抗する気力が残っているらしいロザリアが強張った笑みを浮かべてそう言ったけど――

 

「全員殺す――」

 

――ハセヲさんが即答した言葉に、一瞬で笑みが崩れて顔を蒼褪めさせた。

 

「――って言いてぇところだが、それじゃ依頼主の意志に反するんでな。そん時は……」

 

「これを使うさ」

 

そう言ってキリトさんがコートから取り出したのは、薄緑色の粘液に濡れた小さな短剣。

毒々しいで鈍く光る粘液が、何かしらの状態異常(バッドステータス)を引き起こすものだろうっていうのは簡単に想像がついた。

 

「Lv5の麻痺毒が塗られてる。コイツで一刺しすれば、俺達でも十分は動けない程の代物だ。全員コリドーに放り込むのに、それだけあれば事足りる。さて、潔く自分の足で入るか、短剣を突き刺されて動けなくなったところを無理やり投げ込まれるか……好きな方を選べ」

 

無慈悲に選択を突きつけられた男たちは、手に持っていた武器を投げ捨てて項垂れた。

それを確認したキリトさんはクリスタルを頭上に掲げる。

 

「コリドー・オープン!」

 

システムコールを認証すると、結晶は砕け散って青い光の渦が空中に出現した。

次々と男たちがゲートの中に入っていく中、ロザリアだけは一向に動こうとせず、とうとう最後の一人になっていた。

 

「……やりたきゃやってみな。グリーンのアタシを傷つけたら、今度はアンタ達がオレンジに――」

 

「言っとくけど、俺もハセヲも基本的にソロだ。一日二日オレンジになることぐらい、どうってことない」

 

そう言ってロザリアに近づこうとするキリトさんを、ハセヲさんが手で制した。

 

「……ハセヲ?」

 

訝しげに声を掛けるキリトさんに返事をしないで、ハセヲさんは進み出ると、ロザリアの襟首を掴んで宙に吊り上げた。

 

「ちょ……やめて! 離せっっての! ていうか赦しなさいよ! ちょっと魔が差したってだけのことでしょ!? ……話し聞けよ! ねぇ聞いてってば! そ、そうよ! アンタ、アタシと組まない? アンタほどの強さならなんだって好き放題――」

 

「テメェ……さっき言ってたな? 俺に“死の恐怖”を与えてやれって」

 

「――でき……え?」

 

一人で喚き続けるロザリアを無視して、ハセヲさんはそう言った。

 

「今からテメェに教えてやるよ……“死の恐怖”ってヤツをな」

 

そしてハセヲさんが掴み上げたロザリアを睨みつけた途端、空気が凍った。

別に剣を取り出したとか、そういうわけじゃないのに。ただ、ハセヲさんが身に纏う空気が変わっただけ。たったそれだけで、今まで感じたことがない様な冷たさが全身を襲った。

あたしに向けられているものじゃないって判ってるのに、近くにいるだけで全身の産毛が逆立って、ベタついた気持ちの悪い脂汗が背中を伝う。

それはまるで、想像上にしか存在しない筈の死神に、死を告げるその処刑鎌を首筋に突き付けられているかのような、そんな身が震える様な感覚。

あたしの中の人間としての本能が、この感覚から一刻も早く逃げるよう酷く訴えかけてくるけど、脚を動かすどころか呼吸すらままならない。キリトさんでさえ、同じように目を見開いて硬直してしまっていた。

近くにいるだけでこうなんだから、直接その殺気とでも言うよなモノを叩きつけられているロザリアの状態なんて、想像したくもない。

 

「あ……あぁ……あが…………ぃゃ…………ぁ…………」

 

「今、テメェが感じてるソイツが……死の、恐怖だ……!!」

 

「……………ぁっ」

 

ロザリアの震えに連動してカチカチと鳴っていた歯の音が、そう小さく漏れた声と一緒に途絶えた。とうとう耐えられずに気絶してしまったみたいで、体から完全に力が抜けている。

 

「……はぁ」

 

そう溜息をついて、ハセヲさんはロザリアをコリドーに放り込んだ。

その直後、回廊そのものも消滅した。

 

気持ち悪かったあの感覚も、いつの間にか消え去っていて、あたし達の間に静寂が訪れた。

 

「……悪い、大丈夫か?」

 

沈黙を破って吐き出されたハセヲさんの言葉にはっとなって我に返る。

 

「あ、ああ。大丈夫だ……」

 

「あ……あたしも……平気、です……」

 

「……んな震えた声で言われてもな」

 

「いや仕方ないだろ、あれは……それよりも、すまなかった。シリカを囮にするようなことしちゃって。本当は俺達のこと、昨日の内に言おうと思ったんだけど……怖がられると思って、言えなかったんだ。まぁ、結果的に必要以上に怖がらせちゃったみたいだけど……」

 

そう言って、ジトっとハセヲさんを見るキリトさん。

ハセヲさんは頭の後ろを掻きながら何とも居心地が悪そうだ。

 

「だから悪かったっつの……」

 

「まったく……シリカ、改めて街まで送るよ」

 

そうして街の方へ歩き出そうとする二人に、咄嗟に声を掛ける。

 

「あ、あの! えっと……そのぅ……」

 

「……シリカ?」

 

「どうかしたか?」

 

「……あ、足が、動かないんです」

 

そう言うと、振り向いた二人が顔を見合わせた。それからどちらからともなく苦笑して、あたしに手を差し出してくれる。その手を片方ずつぎゅっと握って、やっとあたしもいつも通り笑うことができた。

 

 

 

「……やっぱり、二人とも行っちゃうんですか?」

 

無事《フローリア》の街に着いて、ピナを蘇らせるためにとった宿屋の部屋。

そこで、あたしは二人にそう切り出した。

 

「流石に五日間も前線から離れちまったしな」

 

「ああ。直ぐに戻って遅れを取り戻さないとだから」

 

「……そう、ですよね」

 

一緒に連れて行ってください。あたしと一緒にいてください。

言いたい言葉は次々浮かんでくるけど、それはあたしの我儘だってはっきり判ってたから、口に出して言うことは出来なくて。

 

「……あ、あたし……あたし……!!」

 

溢れようとする気持ちを抑えると、出すことのできない言葉の代わりにそれは涙に形を変えて、頬を伝って零れていった。

 

いきなり泣いたりなんかしたら、二人の迷惑なのに……!

 

そう思って涙を手で拭うけど、何度拭っても両目から無数に零れる涙は一向に止まってくれなくて。

そうしたら、とんっ、と肩に手が乗るのを感じた。

 

「俺達の間にある、レベルだとか強さだとかいう差なんて、そんなに大したものなんかじゃない。所詮はこの世界で作り出されてる幻なんだから。そんなものよりもっと大事なものはたくさんある。だから、今度は現実(リアル)で会おう。そうしたら、また同じように友達になれるよ」

 

今度は、ポン、と頭に手が置かれる。

 

「そもそも、レベルが足らねぇからって別に上の階層に行っちゃいけねぇ、なんてルールなんざ無ぇんだ。会いたくなったら、いつでも会いに来ればいい。SAO(この世界)は確かに偽物だけど、俺達の心は本物だ。したいことが有んなら、すりゃいいんだよ。だから、そんなに泣くんじゃねぇよ」

 

「はい……はいっ!」

 

返事をして、涙を拭って、笑顔を作る。そしたら、今度は涙は止まってくれた。

本当は、そのまま二人に抱きついてしまいたかったけど。

 

さすがに、それはちょっと恥ずかしいから……

 

その気持ちはぐっと抑えて。

 

「さあ、ピナを呼び戻そう」

 

「はい!」

 

ピナを生き返らせるために、プネウマの花の雫を羽根に垂らしながら、あたしは心の中でピナに語りかけた。

それは、あたしを助けてくれた、あたしにたくさん大事なことを教えてくれた二人の……たった二日間だけいた、あたしの大好きな、おにいちゃんたちのお話し。




はい、というわけでシリカ回でした。

……ええ、すみません。ほとんど原作とおんなじ流れです。

今回やりたかったのは、ぶっちゃけハセヲのSAOに対する考えのところと、《死の恐怖》の件のところでした。
続いて、前に感想でいただいた《月夜の黒猫団》の全滅フラグですが、本編の通りそのままにしました。
ハセヲの活躍か何かで潰してもよかったんですが、それやっちゃうとキリトの精神的成長がなされないんじゃないかと自分なりに考えた結果です。それにハセヲとキリトはちょくちょく一緒に行動しているものの、基本的にはソロなので助けに入るのはなぁと。そういう訳ですのでご了承の程を。

ちなみに作者はご意見・ご感想をいただけると泣いて喜びますのでぜひぜひお願いします。

長々としたあとがきでしたが、これにて失礼します。
次回をお楽しみに!


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