戦艦ミレニアムの談話室で、艦長のアレクセイ・コノエは寛いでいた。先ほどあった旧パトリック・ザラ派のテロリストとの戦闘の報告書をまとめ本部に送信したところだった。
お気に入りのメーカーのコーヒーを飲みながらデスクワークを終えた肩を揉んでいると、彼を訪ねる者がいた。
「コノエ艦長」
やって来たのは、MSパイロットのシン・アスカとルナマリア・ホークだった。二人とも先の戦闘から帰投し、今は休憩中のはずだ。
「どうした、二人とも? 部屋で休んでなくて良いのかい?」
「大丈夫です」
「俺たち、また艦長の話が聞きたくて」
「私の話?」
以前コノエは、二人に聞かれるまま、プラント最高評議会元議長ギルバート・デュランダルとファウンデーション王国女王アウラ・マハ・ハイバルのデスティニープランの違いを考察した。二人はあれ以降またコノエの話を聞きたかったそうだ。
「この前の艦長のお話、凄くタメになりました」
「だからまた聞きたいなってルナと話してたんです」
しかしあれから、ブルーコスモスを始めとするテロリストたちとの戦闘で、中々その機会が得られなかった。久々に艦長と話す機会ができたので訪ねて来たのだと言う。
「君たちも物好きだねえ。年寄りの話なんて若い者にとっちゃ退屈なものの筆頭じゃないか」
「そりゃあまあ普通はそうなんですけど」
「艦長の話って何だかんだ聞いてても飽きないんですよね」
元教師として、他者に物事を説明する時の心得はあった。それが遺憾なく発揮されたというところだが、発揮され過ぎていたようだ。上官として部下に慕われるのは悪くはないが、些か想像とは違った慕われ方をしたようだ。
「やれやれ。それで、何が聞きたいのかな?」
呆れつつも、若者のリクエストに応えるのも年長者の務め、とコノエは二人を促す。喜んで話題を振ろうと口を開いた二人を遮ったのは予想外の声だった。
「では、『もしデスティニープランが実行されていたら』なんてどうです?」
「隊長っ!!」
現れたのは、シンたちヤマト隊の隊長、キラ・ヤマトだ。彼は談話室に入ると、コノエの正面に座った。
「すみません、突然。偶々ここに来たらシンたちの話が聞こえたんで」
キラの表情からは本当に偶然なのか、はたまた待ち伏せていたのかは分からない。ただ流石にコノエが談話室に居ることはキラには分からなかったはずだから、本当に偶然なのだろうと、コノエは思うことにした。キラはこう見えて、中々に食えないところがあることをコノエは知っていた。
「それで、前にシンがコノエ艦長に話を聞いたって聞いて、僕も一度艦長にお聞きしたいことがあって」
「それがデスティニープランの起きた未来、ですか。ヤマト隊長も中々センシティブな話題を持ち上げなさる」
コノエの言葉には、多少の皮肉が込められていた。デスティニープランを否定したのは、キラや総裁ラクス・クラインを始めとした世界平和監視機構コンパス創設に関わったメンバーだ。その中心の一人であるキラが今更デスティニープランの行く末を問おうと言うのだ。聞く人が聞けば、挑発とも捉えかれない話だ。
無論キラにそんな気などなく、ただ彼はコノエの言葉に困った様な笑いを浮かべるだけだった。
「君らは、それでも良いのかい?」
コノエは矛先をシンとルナマリアに向けた。二人が別の話題を振るつもりなら、そちらに乗り換えてもいいという腹積もりだった。しかし予想に反して、二人はキラの両隣に腰を据えた。本日の議題が決まったというわけだ。
コノエは重い溜め息を吐く。デュランダル議長も、アウラ女帝も、つくづく何とも度しがたい置き土産を残したものだ。と居もしない相手に文句を言いたくなる。だが目の前の三人は、どうしても聞きたくてしょうがないようだ。
「前も言ったように、これから話すことはあくまでも私の推察。いや妄想と言っても差し支えないでしょう。それでもよろしいので?」
「はい」
しっかりと頷く三つの首に、コノエも腹を括るしかなくなった。
「ではまず結論から話しましょう。デスティニープラン実行下では、間違いなく今よりも技術は発展し、今よりも争いは少なくなっているでしょう」
それがデスティニープランの目的なのだ。言い換えれば、そうなってもらわないと困る。
「人々は己の生活に悩むことはなく、誰しもが平等に教育を受け、公平に職務を全うでき、あらゆる制度を公正に享受できる。ある意味、理想的な社会が実現されるでしょう」
コノエの語る未来は、かつてデュランダルが騙った未来そのものだ。誰もが平和で公平に暮らせる。そんな未来が訪れていたと言う。
「けれど、それは遺伝子によって決められた未来です」
デスティニープランの肝はそこにあった。デュランダルは人々の適正は既に遺伝子によって決められているとし、人々の未来は遺伝子によって決まっていると言う。それは人類を遺伝子の奴隷にするとでも言うようなものだった。
「確かに、デスティニープランはあらゆるモノを遺伝子で決定します。職も配偶者もそして生活も」
キラの表情が曇る。デスティニープランは人の全てを文字通り遺伝子レベルで決定づけるものだ。そこに人の選択の余地など存在しない。
「だから、僕は彼らを否定しました。彼らの理念も、彼ら自身も」
その結果が、今もなお続く戦火の連鎖である。デスティニープランではそれも失くなっていたのではと思うと、やるせなさが込み上げてくる。
「その様に思われるなら、デュランダル議長を討ったのは悪手、と言えますなあ」
「艦長っ!」
シンが声を荒らげる。コンパスの理念をコンパスに属する者が否定した。そのことにルナマリアも驚きを隠せない。
「こんなに思い詰める程なら、いっそのことデスティニープランを受け入れてしまえば良かった。そうすれば、隊長も我々も楽になれた。そうは思われませんかな?」
キラの顔にますます影がさす。コノエの非情なまでの言い分に、シンも怒りを顕にする。
だがキラとてそう思わない事がなかったわけではない。あの日彼を拒絶した時から覚悟は決めていた。しかしその詰めの甘さがファウンデーションの、アコードの暴挙を許したとも言える。
「ファウンデーションは確かに豊かでした。けど、そこには大きな貧富の格差がありました。それは皆が公正な社会というデスティニープランの理念と矛盾します」
アスラン・ザラの報告によれば、ファウンデーション首都イシュタリアの近辺には貧民街があり、そこではデスティニープラン反対運動も起きていたという。そしてデモに参加した者は問答無用で拘束連行、あるいは射殺された。これは完全能力主義のデスティニープランの負の面が浮き彫りになった形だった。
ルナマリアはそ矛盾を指摘した。デュランダル議長の掲げた理想と現実の矛盾。それだけでデスティニープランを否定する材料にはなる。
「確かにその点は認めよう。だが理想と現実が乖離することなぞよくある事だ。矛盾が生じる度に制度が見直され理想に近づいていく。どこの国も似たようなものだろう?」
「それはそうですけど……」
有史以来、様々な国が興り様々な法が作られた。今ある国々も幾度となく法改正を繰り返し現状の法整備となっている。それは婚姻統制を制定したプラントとて同じこと。ファウンデーションのデスティニープランもその数多ある事例の一つにすぎない。
「けれど、それでは『今』を生きる人々は救われません」
それでもなお、キラはやはりデスティニープランを否定する。
「歴史の長い目で見れば、確かにデスティニープランは一つの改革に過ぎません。ですが、必ず犠牲になる人はいます」
「大いなる改革には大いなる犠牲がつきもの、とはどこぞの悪役の台詞でしたかな」
おどけてみせるコノエにシンは少し苛立ったが、キラは対照的に少し微笑んだ。
「それも分かります。それでも、ぼくは誰かに理不尽に犠牲になって欲しくはないんです」
「それは理想を通り越して夢想ですな」
「よく言われます」
コノエの皮肉にも動じない。というより事実だと自認しているから否定しないと言った方が正しい。キラは笑みを崩さない。
「ただの身勝手だとは分かってます。僕自信、自分の理想のために多くの人を手にかけました」
オルフェに言われた「血塗られた」手を見つめる。戦争だったと言い訳できても、キラが誰かを傷つけた事実は変わらない。平和を唱いながらその手に銃を握っていたのだから。
「ならば准将殿も、タオ閣下らと変わらぬとおっしゃりますか」
「はい」
「隊長!」
シンはそれは違うと叫んだ。だが実際はどうあれ本質は変わらない。目的のために戦ったのは同じなのだから。
「僕も誰かのために戦ってると思ってた。けど、結局僕は僕のために戦ってたんだ。今はそう思ってる」
「そんなこと……!」
ないと言いたかった。けどキラの瞳を見ると言えなかった。
「……私たちも同じです」
「え?」
「ルナ?」
今まで黙って聞いていたルナマリアが静かに口を開いた。
「隊長が自分のために戦っていたと言うのなら、私たちも同じです。プラントのため、平和のためと言ってきましたけど、結局自分が死にたくないだけなんです」
俯いてポツリポツリとルナマリアは語る。
「勿論、これがプラントの人々のためになると思ってました。何より、シンやメイリンを死なせたくなかった」
「ルナ……」
「けどデュランダル議長が死んで、シンと一緒にコンパスに入って分かったんです。私はただ命令に従っていただけの人形だったんだって」
ルナマリアの気持ちがシンにはよく分かる。彼自信、デュランダル議長の忠実な手駒として扱われていた。それが平和に繋がると信じていた。
「時々思うんです。もしあのままデュランダル議長が生きてて、デスティニープランが進んでいたら、私はどうなっていたんだろうって」
「……それで?」
コノエがルナマリアを促す。ルナマリアは少し言葉を選びながら話を続けた。
「シンはフェイスだったからデュランダル議長の側に居たとして、たぶん私はそのままミネルバかどこかに転属になっていたかもしれません。もしかしたら軍を辞めさせられていたかも」
「そんな……!」
そんなことは言い切れない。デスティニープランは遺伝子で適職を決めるのだから。ルナマリアの適職が軍以外にあるのならそこになるのは当然だ。
「どのみち私はシンとは離ればなれになっていました。そして別の誰かと結婚して子どもを産んで、なにも疑問も持たず平凡に暮らすだろうなって」
全ては遺伝子の赴くままに。デスティニープランの世界では誰もがルナマリアの想像したような生活を送っていただろう。
「けど、やっぱりそれは嫌だなって私は思うんです」
「なぜだね?」
「デスティニープランは『未来』に生きる人にとっては良い社会になると思います。けど、『今』を生きる私にとってはそれは苦痛なんじゃないかって」
迷いながらもルナマリアはしっかりと言葉を紡ぐ。シンもキラもコノエも黙ってそれを聞いていた。
「もちろん、デスティニープランで幸せになる人はいると思います。けど、逆に不幸になる人だって出てくると思います」
「隊長の言う犠牲と言うわけかね」
「犠牲ってほどじゃないとは思いますけど、単に収入が減ったり、最悪仕事を失ったり、愛する人と別れたり。そう言った何かを失う人は必ず出てくるんじゃないかって」
「何かを得るためには何かを失う。誰か幸せになると言うことは他の誰かが不幸になる。そう言いたいのだね」
「ええ、まあ。そんなところです」
ルナマリアは頷く。根本的にはキラと同じ意見なのだなとコノエは断定した。
「隊長ほどじゃないですよ。私は私が嫌だなって思っただけです。言わばエゴです」
「そう卑下することもあるまい。エゴとはつまるところ意思だ。利己的か利他的かは関係ない」
「そんなものですか」
「そうだとも。それに、夢とて所詮は願望、欲望だ。我々が目指す平和とて、その一端にすぎんよ」
コノエの口から出てきた意外な詩的表現にルナマリアは驚きつつも納得した。見方を変えれば色んな面が見えてくる。良い面も悪い面も結局はその人の捉え方なのだ。
「で、結局艦長はどっちなんですか?」
「うん?」
シンの声色に少し苛立ちが混ざる。コンパスを、キラを否定する様な発言をしておいてルナマリアの発言には肯定の意を示す。そんな日和見な態度を取られて冷静でいられるほど、シンは大人に成りきれていない。ルナマリアは呆れ、キラはまた困った顔をする。
「艦長はデスティニープランに賛成なんですか? 反対なんですか?」
今にも噛みつきそうな目の前の青年を、コノエは揶揄うように眺めた。
「私の意見なんて君らの意思には関係ないだろう?」
「はぐらかさないでください」
「別にそんなつもりはないよ」
肩をすくめるコノエをシンが睨む。これ以上は本当に噛みつかれそうなのでコノエもちゃんと答えることにした。
「本当に私の意見なんぞどうでも良いのだけどね。まあ強いて言うなら、私が『ココ』に居ることが一つの答えではないかね」
トントンとコノエは指でテーブルを叩く。コノエがミレニアムに居るということ。それは彼がコンパスの理念に賛同したなりよりの証拠だ。同じ理由で参入したシンとてそれは分かる。
「じゃあなんでそんな言い方するんですか」
「なんで、ねえ」
コノエはチラリとキラに視線を送る。キラは意図が分からずキョトンとしている。
「隊長が煮え切らないからかな」
「そんな理由で!?」
「あ、何となく分かります」
ルナマリアからの思わぬ援護射撃にシンもキラも眼を見開いた。
「隊長って戦闘は頼りになるんですけど、それ以外は優柔不断って言うか、他人行儀な感じするんですよね」
「僕、そんな風に思われてたんだ……」
ざっくばらんに言うことはルナマリアの長所ではあるが、いざ自分が喰らうとこんな気持ちなのかとキラはショックを受けた。
「た、隊長は優しいだけですって! ルナもなんて事言うんだよ!」
いつもはルナマリアがシンを窘めるのだが、今回は立場が逆転していた。ルナマリアは時々こうなるからシンも参る。それを見て、コノエは大いに笑った。
「いやあ君らを見てると、本当に飽きないね」
「艦長のせいですよ!」
そもそもの元凶はコノエだ。この飄々とした男は本当に本心が掴めない。
「悪い悪い。けどこれで分かっただろう?」
「分かった? 何がです?」
「自分たちがなぜデスティニープランを否定したかだよ」
のらりくらりとしているのに物事の本質はしっかりと捉えているのがコノエの恐ろしいところだ。
「それは……」
「結局、僕らもデュランダル議長たちと一緒ってことですよね?」
キラの返答にコノエも頷く。
「僕らは彼らの未来を否定した。けれど彼らもまた僕らの未来を否定した」
「そして彼らは自分たちの理想を掲げ、我々もまた自らの理想を歩む」
「立場が違うだけでやってることは同じって事ですか?」
「じゃあまたデュランダル議長みたいな人が現れるかも?」
ルナマリアとシンの疑問に、キラもコノエも首を縦にふる。
「デュランダル議長だけではないな。第二第三のパトリック・ザラが現れないとも限らない」
「逆にカガリ……アスハ代表みたいな人だって居るはず」
「じゃあ戦争なんてなくならないんじゃ?」
ルナマリアの問いかけにキラとシンが一瞬悲しそうな表情をするが、すぐにキラは首を横にふった。
「だから、僕たちが居る」
「俺たちが……」
「争いの火種は、残念ながらどの未来でもなくなることはないだろう」
「けれども争いじゃない解決策があるはずです」
「私たちはそのために戦っている……」
誰だって銃を持ちたくない。争いたくない。誰かに止めて欲しいと願っている。その誰かに、キラはなりたい。ラクスの望む平和を築き上げたい。シンもルナマリアもそんなキラの役に立ちたい。
「この世はエゴと欲に塗れている。それなら少しでも誰かが他人を思える世の中に。そうしていきたいものですな」
「はい。本当に」
そこまで話は弾んで、ミレニアムがプラントへの入港準備が入り、各自部屋に戻ることとなった。
「コノエ艦長」
部屋に戻るコノエをキラが呼び止める。
「また、お話聞かせてもらってもいいですか?」
はにかみながらねだる准将。その顔に目の前の青年がまだ二十歳にも満たないことを思い出す。仏頂面の技術大尉もこのくらい可愛げがあればと思いつつ、世界はこんな青年に命運を託すのかと恨みたくもなる。
「ええ。いずれまた」
ならば、せめてこのひとときは彼の癒しであるように。そう願わずにはいられないコノエであった。
ご感想などございましたらよろしくお願いいたします。