未熟な過去には打ち勝てなかったよ   作:クッコロ

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 性格改変モノです。
 本編のボスとは似て非なるものです。「ボスはそんなこと言わない」「身バレを死ぬほど嫌うボスがこんなことするわきゃねえだろうが」とは、クッコロも思います。


運命

 戻れない過去がある。

 

 (そそ)げない現在(いま)がある。

 

 

 

 

 

 譲れない未来がある。

 

 

 

 

 

「トリッシュ・ウナ」

 

 寂として静まり返る一室。水槽の紫外線灯とラップトップの液晶が仄明るく照らす薄闇のなかで、男がうっそりと呟いた。

 強張る相貌とは裏腹に、漏れ出た声は、いたく柔らかだ。その事実に、男自身が驚き、困惑していた。

 

 洒脱な男である。葡萄茶(えびちゃ)のシャツに、ナポリ仕立ての暗色ストライプスーツ、首元を飾るナロータイは黒と薄紅のチェック柄。鼈甲の髪留めから革の茶靴の先にいたるまで、細やかな意識が随所に行き届いている。

 しかし、ピンクブロンドの長髪をオールバックに撫でつけた厳めしく怜悧な風貌は、控え目にいって堅気のそれではない。

 

 そいつの名はディアボロ。

 名は体を表すが如く、悪魔のような人物であった。

 

 人生とは、波涛のうねりに翻弄され、浮き沈みを繰り返す漂流物そのもの。より高きへ至るには、一度大きく沈まなくてはならない。或いは、水底へ沈めた()()()を足蹴に立ち上がる必要がある。

 

 かつて船乗りを志していた彼は、左様に心得ていた。

 

 ある種の人生哲学めいたその考えは、裏社会に身をやつしてなお変わらない。それどころか、思いは日増しに強くなっていた。

 

 真紅に染めた両の腕が数多の贄を()()()()()()(いざな)う。人の死は、いつだってディアボロを幸せにした。沈むことのない順風満帆の未来を、決して廃れぬ栄華を、何者も寄せ付けない人生の絶頂を……指先に絡んだ緋色の雫が運んでくる。

 

 きっと全て運命だった。

 

 今では、そう信じていた。

 故にディアボロは許さない。絶頂を脅かす者、即ち、己の正体を探ろうとする者を。

 そして恐怖する。自身の人物像へ至る軌跡、まさに、過去を。

 

 果断な男である。益になると判断すれば、絶対にやり通す。決して諦めない。最後には、必ず勝利を収める。そういう漆黒の意思(つよさ)がある。

 

 だが同時に、病的なまでに慎重でもあった。臆病と言い換えてもいい。

 イタリア全土に影響力をもつ巨大ギャング組織「パッショーネ」。その頭目を張る彼の存在を知る者は、同組織内にすらほとんどいない。容姿や名前や本性を知る者にいたっては片手で足る。

 都合の悪い過去は、その尽くを抹消してきた。念入りに踏み砕き、冷たい海の底へ、バラバラにして葬った。

 

 如何なる凶手も、最早、影すら踏むこと能わず。徹底した秘密主義により万難を排し、裏社会を牛耳る影の帝王(フィクサー)として(ほしいまま)に生きてきた。

 

 

 

 今この時までは。

 

 

 

「正真正銘、わたしの子か」

 

 情報分析チームからもたらされた報告に、ディアボロは息をのんで瞠目した。

 綿密に組み上げた盤石な支配体制に、予想だにしない大きな亀裂が穿たれようとしている。

 

 ことの発端は十五年前。ほんの少し昔の物語だ。

 世界有数の名所として名高い故郷のサルディニア島で、まだ()()()()()()を歩んでいた頃のこと。間もなく二十歳をむかえる若き日のディアボロは、その地へ観光に訪れていた一つ年下の少女と出会った。

 

 ドナテラ・ウナ。

 

 悪戯な笑みは真夏の太陽、すべらかな頬はきらめく白砂、まっすぐな眼差しに宿る色合いはコスタ・ズメラルダの深碧の海。垢抜けた風情に、芯の強さを秘める。目の覚めるような美貌の持ち主であった。

 

「好きなの? カエル、わたしも好き」

 

 カエル愛好家のドナテラ、エキゾチックアニマル全般を好むディアボロ。互いの共通する嗜好がきっかけで、二人は知己を得た。インターネットがまだ普及していなかった一九八五年当時、ニッチな趣味について語り合える友人は、たいへん貴重な存在である。

 サルディーニャアマガエルの話に花を咲かせ、次第に好意を寄せ合う若人たち。シットリとした両生類の話題とは裏腹に、カラリと爽やかな青春を謳歌する。やがて男女の仲になったのは、なかば必然といえよう。

 

 しかし、二人が心通わせたのは、ほんの短い間に過ぎなかった。色づく頬を寄せ、艶めく唇を吸い、火照る肌を重ねたのも、ただ一度。一月にも満たない逢瀬の末、あるとき「すぐに戻ってくる」と言い置いて、故も告げず、ディアボロは忽然と姿を消した。それきりだ。二度と会うことはなかった。

 

 斯様に薄情な男のこと、きっとドナテラは憶えてすらいない。自分とは縁もゆかりもない遠い地で、知らない誰か――カエルが好きで、ニオイのきつくない、顔立ちの整った色男と所帯を持ち、不自由なく幸せに暮らしている。

 

 半ば自分に言い聞かせるようにして思い込んでいた。

 そうであってくれれば、どれだけ良かったろう。

 だが、ディアボロの期待とは裏腹に、彼女は私生児を産んだ。そう、()()()()()()()()()だ。よりにもよって十五年前、風光明媚なサルディニアの地で出会った青年――ディアボロの子を身籠もっていたのである。

 

 

 

「誰だろうと、わたしの永遠の絶頂を脅かす者は許さない……決してッ! 確実に消え去ってもらう」

 

 殺意に濁る翠の瞳がディスプレイの写真画像に注がれる。戦慄(わなな)く唇が決然と言葉をつむぐ。

 

 連綿と続く過去と現在、同居する光と影、遺伝子の鎖が結ぶ親と子……いずれも分かち難いものである。たとえ血を分けた親子であれ……否、血を分けた親子なればこそ、予断も容赦も許されない。徹底的に素性を伏せ、能力を隠し、影に潜んで生きてきた男にとって、これほどの不都合は他になかろう。叛意を抱く者の手に渡り「秘密」が露見すれば、窮地を招きかねない。

 

 

 恐怖とはまさしく過去からやってくる。

 

 

 死が幸せを運んできたように、人の“縁”は、いつだってディアボロに厄災をもたらしてきた。

 一九六五年の夏から数えて三十五。過ぎ去りし日々のなかで経験した様々な出会いが彼の人生観を形作っている。

 今まで食ってきたパンの枚数同様、数え切れないほどの悪人がいた。故にこそ数少ない善人の存在が眩しくあった。悪逆非道のディアボロをして「本来なら生かしておくことすらしたくない」と言わしめる最低のゲスがいる。敵ながら思わず敬意を抱くほどの美しい生き様を貫く者もいる。鄙俗(ひぞく)な欲から擦り寄ってくる痰カスもいれば、純粋な親切心で寄り添おうとする聖人もいた。

 

 そして、その出会いの多くは、往々にして碌な結末を迎えなかった。

 

 強大な引力によって接近する二つの星が公転の遠心力すらぶっちぎって衝突、互いに砕け散るように、他人との深い結びつきは、相手とディアボロ、双方の体と心に深い傷痕を残してきた。

 

 

 愚にもつかない結果論――果たして、そう一笑に付するべきであろうか。

 

 

 ディアボロには、それが出来ない。

 

 この世には、目には見えない奇妙な力がある。詐欺師や薬物中毒者、現実にそぐわない奇矯な主義主張に傾倒する連中が好んで口にする「便所で尻を拭うチリ紙より薄っぺらな空想(ほんとうのせかい)」のことではない。

 

 

 

 スタンド。

 

 

 

 傍に立つ者を語源とする超常現象。遥か極東の伝承にうたわれる生霊(いきりょう)、或いは、西洋の心霊主義における守護霊、双方の概念に通ずる魂の(ビジョン)とでもいうべき存在である。一定のロジックを持ち、才ある者に発現する千差万別の能力をディアボロもまた有していた。

 

 何者にも覆せない確定した未来を窺う「予知(エピタフ)」、並びに、時間という概念に干渉することで己だけを予知の例外に置く「時飛ばし(キング・クリムゾン)」。

 

 これこそがディアボロの秘奥。何のバックボーンも持たない新参の犯罪者集団を一代にして超弩級反社会組織へ至らしめた能力は、多種多用なスタンドのなかにあって強力無比。さながら運命の剪定である。

 

 だが、斯様に稀なる才能が彼の人生観に大いなる悪影響を及ぼしたことは、想像に難くないだろう。数多の未来を知覚し、都合の良い運命を手繰る。そうする内に、彼は宿命論という名の妄執に取り憑かれていた。

 

 その思想は、ディアボロの出自にもやや関係している。

 銀行強盗の女が獄中で産み落とし、彼女の故郷であるサルディニア島の教会にあずけられたディアボロは、神父の養子として育てられた。それから紆余曲折を経て主の教えに背を向けることとなって久しく、聖書を手にすることも、賛美歌を歌うことも、神の慈悲にすがることも、今ではめっきりなくなった。

 

 しかし、彼の人格の根底には、クリスチャンの養父と過ごした十九年余の歳月が今なお息衝いている。

 その宗教観と宿命論が結びつき、誰から教わるでもなく自然と導き出された独特の考えは、皮肉なことに養父が信奉する教えと完全に趣を異としていた。カトリックの彼からすると異端も異端のプロテスタント、とりわけカルヴァン派の主張する予定説に近い。

 

 

 

 死後の救済を欲し、善行を心がける。終末の破滅を畏れ、罪を懺悔する。

 なにもかも、()()()()()()()()()

 我が身可愛さのうわっ面の信仰心、さもしい人間の愚劣極まる本性。

 

 自分(あくま)ですら看破でき(わか)ることだ。どうして全知全能の存在(かみ)に隠しおおせると思った?

 

 

 

 ディアボロにとり、世界とは神の観測した『結果』なのである。

 世界の始まりから終わりまで、主は全てを知悉している。故に全知。辿る道筋は違えども、至る結末は、決して揺らぐことがない。以て全能。

 その定理――神の運命(さだめ)という途方もない力場の奔流にあっては、如何に運命を操る悪魔といえど抗いようがない。

 

 世界を海とするならば、神の意志は風だ。

 偏在する大気の動きが海流を形作る。風が吹いたという結果は覆しようがなく、通り道には必ず波ができる。

 それは、浜辺にうち寄せる(さざなみ)となり、多種多様な海の恵みをもたらすが、時として猛り狂い、高波という厄災に姿を変じて人を奈落へ突き落とす。

 

 その営みに是非善悪などないよう、運命に、そして――。

 

「運命は……わたしに『時を飛ばし』『予知』ができる能力を授けてくれた。有象無象の兵士ではない。無敵の頂点――このオレを帝王に選んだ。間違いない。それは明らかな真実だ」

 

 

 厄災に正義は無い。

 

 

「だが、運命は、過去から繋がる因果の鎖で、人間の真の平和をがんじがらめにする。これもまた疑いようのない真実」

 

 

 悪との区別も無い。

 

 

「ならば……これは『試練』だ」

 

 故にディアボロは恐怖する。運命の流れ着く果てにポッカリ開いた落とし穴を。

 

「過去に打ち勝てという『試練』とオレは受け取った」

 

 (しこう)してディアボロは許さない。帝王(おのれ)を苛むほんのちっぽけな恐怖すらも。

 

「『試練』は必ず克服する(殺す)

 

 戻る道を失った男には、覚悟を持って前へ進むより他に生きる術などないのだから。




次回「片鱗」に続く。
もう書き終えてあるので、推敲したら今日中に投稿します。

なお、この作品の正式なタイトルは「下っ端のカス能力になんて絶対負けない!キリッ → やっぱり未熟な過去には打ち勝てなかったよ……」なので悪しからず。
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