タイトル通り
メモ書き兼公開用

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[SSSSグリッドマンラストシーンにおける、新条アカネからの宝多六花への感情。または宝多六花から新条アカネへの感情を、EDテーマであるyouthful beautifulの歌詞から解釈する。]

まずは本曲の歌詞を全て書き出そうと思う。

 

 

崩れてしまいそう

見つめる景色 空の青さも全部

汗ばむ季節の虚無感の答え

誰も知らないんだな

 

思い出せなくってもきっと僕らの出会いは

Youthful

どこかで何かでつながれていた

Connected

明日明後日その先だって隣で

 

君が待っていてもいなくても 走るよ

このまま足を動かせば 光になる

すぐに消えそうな一瞬はこんなにも

美しかったか 愛せていたか

心の穴を満たして

 

離れるくらいなら

出会わなければ そこまで大人じゃない

真っ直ぐな言葉を吐き出せるほど

子供でもないんだよ

 

もがいては叫んではそっとこの手を伸ばした

You said

ある時誰かに触れた気がした

Don't cry

君だったんだ やっとわかった 行かなきゃ

 

触れた僕の手と涙に 例えば

見て見ぬフリも出来ただろう それだってのに

君につながれた一瞬はこんなにも

思い出せるよ 何があっても

「大丈夫」 だと思えた

 

明日明後日その先だって 追い続けた(君は)君は僕の(見た) 光だった

 

少しずつだけど向かっている大丈夫

無機質の中でも確かに息をしてる

伸ばす手の先の一瞬を感じたら そこにいるんだろう? 探してたんだよ 心の花を咲かせて

 

いま

 

Youthful

Connected

 

以上が、本曲の歌詞である。

私独自の解釈であるが、これはSSSSグリッドマン(以降グリッドマン)のラストシーンの新条アカネと宝多六花の邂逅する場面を凝縮したものと解釈している。

そのうえで数回見直しこの曲のフルを何度も聞いた上で私が感じた事を書き連ねていきたいと思うので、本作に何らかの縁がある方は目を通していただけると嬉しく思う。

 

前置きとして私の独自の解釈では無く一般論として考察されている部分に触れていくが、このEDテーマが流れるアニメでの映像は「新条アカネが宝多立花を創造した際に同時に作り上げた、自らが宝多六花という理想の友人と友情を結んでいった過程を捏造の記憶として描いている映像」という考察がある。

私もほぼ同じ解釈をしたのでそれはそのまま流用させてもらうこととする。

よく目にする考察なのでそうであると感じた私なりの根拠はここでは割愛させて頂く。

 

まず第一に突飛な話と思われる方も多いと思うが、この歌詞は例のラストシーンの新条アカネの心情を歌詞の最後から最初へ時系列順に並べるという手順で描いた物と私は解釈している。

 

最後の英単語2つは一旦置いておき

 

ラストサビ

ラストサビと2番サビの間の歌詞

2番サビ

2番Bメロ

2番Aメロ

1番サビ

1番Bメロ

1番Aメロ

最後の英単語2つ(youthful connected)

という順序になる。

 

思いついたきっかけは単純であり、最後のサビの歌詞が新条アカネの言葉というより宝多六花の放った言葉に感じ取れたからである。

この映像は新条アカネが作り出した捏造の映像であり、宝多六花の精神性が干渉する余地はあり得ないが、グリッドマン本編のラストシーンを通していくとこの部分が宝多六花の行動や感情であっても納得出来る歌詞となる。

そこからはその前の文章が全て新条アカネの、自らの部屋の家具を処分し自らが創造した世界から去ろうとしている心情を遡る形で表しているように読み取れたのだ。

 

一番最後の゛Youthful Connected゛の部分は一旦無視するものとさせていただく。

 

ラストサビ

少しずつだけど向かっている大丈夫(この世界から去ろうとしている新条アカネの事を機微に察した宝多六花の新条アカネを探す焦りや不安、そして寄り添いたい気持ちの現れ。)

無機質の中でも確かに息をしてる(私は貴女の作り物じゃない、そのうえで貴女を好きだよという感情を作り物の世界を無機質という言葉を通して表現している。)

伸ばす手の先の一瞬を感じたら

そこにいるんだろう? 探してたんだよ(「一瞬」の部分は後述する。新条アカネの元へ辿り着く宝多六花、孤独と絶望の中で゛この゛世界を去ろうとした新条アカネに手を差し伸べる。)

心の花を咲かせて いま(心の穴を埋めるという表現の宝多六花なりの表象、心の穴を満たしてと表象した新条アカネとの差別化。そして新条アカネにとっての゛いま(現実)゛へと帰ることを促す宝多六花。)

 

 

2番と3番の間

明日明後日その先だって 追い続けた君は(君は)僕の(見た) 光だった(「君は」を二度繰り返すのは宝多六花と新条アカネの感情の同期の表現。お互いがお互いにとっての光であった。ここで新条アカネと宝多六花二人の視点となる。)

 

2番サビ

触れた僕の手と涙に例えば 見て見ぬフリも出来ただろうそれだってのに(黙って゛この゛世界を去ろうとした新条アカネの元へと駆けつけた宝多六花に対する感情。貴女を、この世界を酷く裏切った私なんか放っておけばいいはずでしょう!という新条アカネの激情。ただこの時点で新条アカネのメンタルは憔悴しきっており普段のシリアルキラームーブに至れなかった事まで表現されている。ここからは新条アカネの視点へと移る。)

君につながれた一瞬はこんなにも

思い出せるよ何があっても

「大丈夫」 だと思えた(「一瞬」の部分に注目したい。先程の宝多六花の視点の歌詞でも出てきた言葉だが、恐らく新条アカネにとってこの世界にいた時間は現実世界でのほんの数瞬である可能性が高い。というのも仮に新条アカネがどれだけ引きこもっていても親族に干渉される時間はゼロではないし一人暮らしでも生身の身体の方は飢えや生理機能の限界という問題で少なくとも数ヶ月放置されているとは考えにくい為である。そして新条アカネにとってこの世界を作ってこの世界で過ごした全ては宝多六花が駆けつけてくれ、いくつか言葉を交わした数分のためであったともいえる表現である。それこそ「大丈夫」だと思えたと言い切るほどに。あの場面のやりとりが新条アカネの「魂の救済の物語」であるグリッドマンというアニメ作品にとっては全てと言っても過言ではない。)

 

2番Bメロ

もがいては叫んではそっとこの手を伸ばした You said(You saidつまり、君は言ったと表現されている為新条アカネ視点での宝多六花からの気持ちの受け取りと解釈出来る。なお本編にそのセリフは無かった為、新条アカネがそう感じたという表現と見てとれる。)

ある時誰かに触れた気がした

Don't cry(差し伸べた手を宝多六花のものだと理解した新条アカネのもう泣かないという決意。誰か、という表現に宝多六花を自分の作ったお人形のように扱っていた序盤とは違って一つの魂と捉えているように感じ取れる。何故なら自らの作ったお人形であるならば行動の全てを把握して俯瞰した状態にあるはずだからである。)

君だったんだやっとわかった行かなきゃ(前文から繋がる決意表明。泣いていては駄目だ、進まなくてはという文言から現実世界への苦しくとも前向きな感情が読みとれる。)

 

2番Aメロ

離れるくらいなら 出会わなければそこまで大人じゃない

真っ直ぐな言葉を吐き出せるほど 子供でもないんだよ(新条アカネの迷い。真っ直ぐな気持ちと贈り物を届けてくれた宝多六花に対する後ろめたさと子供っぽい言い訳の表現。特に定期入れという旅立ちを意味するアイテムをプレゼントされた際に「定期入れ…どっか行っちゃえって事…?」と泣きながら聞き返すネガティブさは新条アカネの人間性の本質でありその本質を弱みとして「作り物の世界の作り物の人間」と断じた相手に臆面もなく見せつけた作中唯一のシーンである。(世界創造の協力者であるアレクシス・ケリヴは除く)ここからも宝多六花を一人の人間であり心からの友と受け取った感情が垣間見える。)

 

1番サビ

君が待っていてもいなくても走るよ

このまま足を動かせば光になる(新条アカネの決意パート2。この段階で新条アカネは現実世界へ戻る目前と思われる。゛消える゛や、゛いなくなる゛では無く゛光になる゛という表現にあくまでこの世界の神様であるという矜持がうかがえるように思う。この直前の宝多六花の「アカネはさ、どこにいたって堂々としてないと。私達の神様なんだから」という台詞を真っ直ぐに受け取った強さを表したい気持ちの結果とも受け取れる。)

 

すぐに消えそうな一瞬はこんなにも

美しかったか愛せていたか

心の穴を満たして(彼女の現実世界にとってはほんの一瞬であったと解釈出来るこの世界の美しさを二度と戻れなくなる直前になって本当に感じていたのか、愛せていたのか?とふとよぎる新条アカネの心情。前述の宝多六花の心情の部分では心の花を咲かせて。と表象された部分ではあるが、新条アカネとしては失った物の大きさから心の穴と表象されている。別途感じた表象として宝多六花の心の花を咲かせてという新条アカネに向けたメッセージに六花自らの名前に含まれる゛花゛という言葉を使う辺り宝多六花から新条アカネにもクソ激重感情を抱いているのが解釈出来る。)

 

1番Bメロ

思い出せなくってもきっと僕らの出会いは

Youthful(いつか記憶から、貴女が薄れてしまうよな事になってしまっても。これはもう二度と宝多六花を忘れられなくされた新条アカネの強がりとも見て取れる。新条アカネは本来負けず嫌いで思い通りにならない事が大嫌いな人間である事は作中何度も描写されている。なので一方的に好きにさせられた事への少し意地悪な言い回しなのだ。ようは惚れた弱みである。)

どこかで何かでつながれていた

Connected(あの世界で過ごした事が、貴女の大事なメッセージが無かったことにはならない。例え虚構の世界でも。少し強がってもやはり宝多六花はもう私の一部だよ。と伝えたい想いの現れ。)

明日明後日その先だって隣で(貴女はそういうメッセージで定期入れをくれたから。「どこに行っても私と一緒」と何処へでも行けるアイテムをくれたのだから。だから私が何処へ行っても、必ず隣の貴女を忘れないよ。)

 

1番Aメロ

崩れてしまいそう

見つめる景色空の青さも全部

汗ばむ季節の虚無感の答え

誰も知らないんだな(現実世界に帰ったアカネ。いつ壊れてもおかしくない自分の思い通りに作り直せない人間関係。思い通りにならない世界の虚無感と、宝多六花を失った虚無感を同時に表現している。誰も知らない私だけの宝物、宝多六花。最後の宝多六花の行動が無ければ新条アカネは責任という理由だけで創造の世界を去り、ただ否が応に現実社会へ戻り下を向いて生きていたかもしれないのだ。でもそうはならなかった。自分には誇れる友達がいる。誰も知らなくとも。そんな感情が゛誰も知らないんだな゛という歌詞に表されている。)

 

順序が変わるが歌詞の最後のこの部分は今までのルールで当てはめるならば最初に来るべきだが新条アカネの現実帰還後の心情、つまり一番最後の心情と推測する。

何故ならこの歌詞を実際の順序としてこの考察に当てはめると一番最初に来てしまい未だ宝多六花とconnected(繋がれて)いなかった新条アカネには相応しくないからである。

 

ラストサビの最後

Youthful Connected(歌詞の文脈から察するに゛繋がる゛というワードは最後の二人のやりとりと見て間違いない。ちなみにこの解釈内での歌詞の時系列としては宝多六花と新条アカネのやりとり(つまり創造の世界内)と、新条アカネの現実世界への帰還後に一度ずつ「つながれた」「つながれていた」が使われている。そこから察するにyouthfulという単語の持つ若々しいエネルギッシュな部分はこれから現実世界へと立ち向かう新条アカネを、connectedと言う過去形の表現は宝多六花へのどれだけ経っても色褪せないであろう繋がった想いが表現された歌詞のように感じ取れる。)

 

総評として、この歌詞は新条アカネと宝多六花のクソバカ激重感情のドッジボールのような歌詞である。

アカネ:貴女私が嫌いなはずでしょ!!

六花:うるさい!こっちは貴女が大好きなの!

アカネ:あんな酷い事したのに好きなわけ無いじゃん!

六花:悲しいかどうかは、私達が決める!(これは作中でも宝多六花が発した台詞である。アレクシス・ケリヴに対してだが新条アカネの起こした事を聞かれてのの返答だった)

アカネ:でも私はここを去らないといけないの!

六花:それは止めないから!でも私を忘れさせてやらない!どこに居てもずっと私達は繫がってるからね!

という言葉の応酬のような物である。

結果は火を見るより明らかで新条アカネの大敗北となる。

こんなにも私を好いてくれている人が、私のために私がいるべき場所へ帰ることと二度と会えなくなってもずっと一緒だよという事を伝えてくれたのだ。と新条アカネは受け取った。

それ故に宝多六花の神様への最後のお願い「私はアカネと一緒に居たい、どうかこの願いがずっと叶いませんように」を全力で叶えようとしているのであろう。

もしそうでは無かったら、新条アカネは現実世界へ帰っても前向きな感情を抱けずに虚無感だけを抱いて現実を生きていた可能性がある。

゛誰も知らない虚無感の答え゛を持たない新条アカネは決して魂の救済はされないのだ。

それはグリッドマンでも救えなかった新条アカネの魂の救済を宝多六花だけが叶えられたという物語の完結の提唱だと私は感じた。

そう考えるならグリッドマンの最後のパスワード[GRIDMAN]を宝多六花が打ち込んだ事も納得がいく。打ち込んだあとに[Special Signature to Save a Soul.(特別な魂の救済のサイン)]が映し出される。これは本作タイトルのSSSSグリッドマンのSSSSの部分である。

この世界の救済は私が引き受けるからSpecial Signature to Save a Soul.は君に託す。というグリッドマンからのメッセージである。そしてグリッドマンは宝多六花に託したSSSSを脱ぎ捨て本来のグリッドマンとしての姿で戦えたという事になる。

実写版グリッドマンの姿になるという事は特別な魂の救済という使命からの分離であるが、それに相応しいのは宝多六花だと判断した為彼女に託したのだ。

事実アレクシス・ケリヴに取り込まれた新条アカネの心を修復する為に放ったフィクサービームの効果は宝多六花、内海将、響裕太の声を届けるという効果だった。

SSSSと分離したグリッドマンが世界を、SSSSを受け取った宝多六花が特別な魂(新条アカネ)を救済し物語は幕を閉じる。

 

故にSSSSグリッドマンは美しい

もちろん本作にはそれ以外にも様々な魅力的なキャラクターや展開、映像、演出がふんだんに盛り込まれている。

フルパワーグリッドマンへの合体やグリッドナイト登場は男子なら誰もが好きな展開であろう。

内海の心情の変化や成長も個人的には好ましく特に最後に裕太は友達だと言うシーンは涙を流してしまう。

新世紀中学生やアンチ、二代目も魅力的で書き出せばキリが無い。特にボイスドラマなどで掘り下げられている部分はストーリーに関わらない分キャラクターへの解像度を上げてくれる。

アレクシス・ケリヴと新条アカネの悪者コンビのやりとりはどこか憎めなく、いつ見ても魅力的でこのコンビがずっと一緒ならとも考えてしまう程である。

やはり新条アカネが一番魅力的であったのはアレクシス・ケリヴと悪巧みをしている姿だったように感じる。(「どっか行っちゃえって事…?」のシーンだけは新条アカネを新条アカネたらしめるものを剥ぎ取ってなお、愛おしいと感じたのも事実ではあるが)

ただそれでも尚、私にとって一番大切なのはラストのアカネと六花のシーンであり、それを表現しているようなEDテーマのyouthful beautifulは深く心に刺さったのであった。


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