「本日はどの様なご要件でしょうか、大使殿。」
―――中央暦1639年1月26日…。
クワ・トイネ公国の貴族たる"リンスイ外務卿"の元に、クイラ王国の特命全権大使が訪れた。
「少し…懸念すべき事態が発生致しまして…
…ロウリア王国の事です。」
それを聞いたリンスイ卿は、
「…ロウリアですか。」
と…少し低い声で答えた。
「1月2日の午後。王都バルラート上空に一騎の飛龍が飛来しました。
御存知の通り…我が国は過酷な気候故、今まで野生の飛龍が飛来した事はありませんでして。」
「…騎龍であると?」
「ええ。先日、貴国の軍務卿にお伺いしまして、貴国の騎龍でない事は既に確認しております。
…その為我々は、この騎龍が
現在、クワ=トイネ・クイラ両国は隣国たる"ロウリア王国"との領土的問題を抱えていた。
彼等はロウリア王国との領土問題
「…何たる事だ。まさか新年早々この様な事が…。」
「我々の安全保障を脅かす"甚大なる侵入行為"でありまして、ロウリアを強く非難すべきです。」
「……無論だ。しかし一度政治部会に持ち帰らなければ…之は私の独断で決められる事ではありませんですからな。」
ロデニウス大陸は着実に戦争へと近づいている。
在りもしない"ロウリアの旧領"を求め。
「…大使殿。重要な情報に感謝する。」
クイラ大使の退出後、リンスイ卿は執務机の収納から煙草を取り出した。
煙草の詰まったパイプを咥えて着火し、暫時の小休憩で安らぎを得る。
「…はぁ…。」
"戦争が始まる"。
何れ、このクワ・トイネ公国にも表れるであろう。
彼等の主張する所の"旧領"にはクワ・トイネ公国の大部分が含まれる。
…先日の交渉でリンスイ卿は、ロウリアに交渉を行おうとする気が無い様に感じていた。
ロウリアはクワ・トイネ公国の大部分を要求しながら、一切の妥協を行わないのだ。
まるで、
…
その時、執務室の扉がノックされた。
「誰だ?来客の予定は無い筈だが。」
その者は扉越しに答える。
「"ヤゴウ"であります、閣下。
急を要する事態でして、マイハーク市の"ハガマ卿"*1より通達が御座います。」
リンスイ卿の元を訪れたのは、クワ・トイネ公国外務局の職員"ヤゴウ"であった。
「何だね、その通達と言うのは…。」
入室したヤゴウに対し、リンスイ卿はパイプを片付けながら聞いた。
「…文明圏外国の一団がマイハーク市に現れまして、ハガマ卿が閣下に対応を求めております。」
「その一団の所属は?」
「"グロス・ドイチェス帝国"の所属との事であります。目的は周辺地域の調査であり、偶然我が国を発見したとの事であります。」
グロス・ドイチェス帝国…
そう、正にこの瞬間、
クワ・トイネ公国は大ドイツ国を認識したのである…!
中央暦1639年1月26日、そしてグレゴリオ暦1955年1月26日―――…
大ドイツ国・イタリア社会共和国・ブルグント騎士団国の合同調査隊は、
クワ・トイネ公国との初接触を果たした。
―――時を遡る…。
海運都市マイハークの領主館、その敷地内に"鉄の地龍"が佇んでいる。
調査隊の"アルデルト 西部用装軌式特殊車両"は、現地人から恐怖の眼差しを向けられていた。
「…チッ…誰も目を
大ドイツ国外務省の外交官"カール・オットー・クリンゲンフス"博士*2は、之から現地の地域指導者との会談に挑む所で、敷地内の庭園に設けられた会談場から周囲を伺っていた。
「…ん?来たか…まともな人物だと良いのだが…。」
中世の貴族を思わせる装いをした人物が
恐らく彼が"ハガマ卿"であろう。
「初めまして、
私はカール・オットー・クリンゲンフス。貴方は?」
一瞬だが、ハガマ卿は困惑を見せた。…しかしその
相手は貴族である。外交官とは言え、労働者の家の生まれ*3であるクリンゲンフス側は
"この度は会談の場を用意して頂き感謝の極みで御座います"、と。
しかし
"相手が王族であらばその限りでは無いが、少なくとも貴族ならば
彼はその様に考えた。即ち意図した事なのだ。
それ
「クリンゲンフス様、本日はこの様な辺境の地までお越し頂き…感謝の極みで御座います。」
…一介の外交官を、
とは言えクリンゲンフスは…自らの"位"を言わなかった。その為、ハガマ卿は"殿"とも"閣下"とも"殿下"とも言えず、あえて"様"と言う敬称を付けたのである。
「いえいえ、此方こそ急な来訪に対応して頂き感謝致します。
早速ではありますが、来訪の理由をお話させて頂いても宜しいでしょうか?」
「…勿論で御座います、クリンゲンフス様。」
…
二日に及ぶ協議の末、調査隊はクワ・トイネ公国との国交樹立を行う為に一時帰還し、外務大臣級の人物を伴って協議に挑む事が決定された。
1月30日午前、再び現れた"外交団"は遂にクワ・トイネ公国との国交樹立に至る。
そしてクワ・トイネ通貨との為替レートに関する協議も実施され、農業大国たるクワ・トイネ公国からドイツ経由での食糧輸入が開始される事になった。
食料輸入には"エルリッヒ商会"*4傘下の海運会社、
"エルリッヒ・シュレスヴィヒ=ホルシュタイン海運"*5の貨客船並びに貨物船が用いられた。
かくして"カブラの冬"の再来が避けられた欧州であったが、未だ鉱業資源の不足は解決しておらず、更には大量輸入の為に陸路での輸送網を確立する必要があった*6為、配給体制の解除までは暫くの時を要する事となる…。