機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル- 作:7746MRRWAY
1.
・・・定時連絡。
聞こえますか、聞こえていますか。
2.
目の前で、黒い何かが、人を、殺した。
それが突如、目の前から消えた。
全身で、風圧を感じる。凄まじい速度で、周辺を飛び回っている。
「くそっ・・・死ね!死ね!・・・」
“死ね”1回につき1発、拳銃を撃発する男がいた。
だが、当然当たる気配は無い。銃弾に準ずる速度で移動する物体に、どうやったら銃弾を当てられると言うのだろうか。
そして・・・まずい。1人目の犠牲者はおそらく、攻撃したから、殺された。
「・・・やめろ、頼む、やめてくれ!武器を使うな!」
その言葉は、意味をなさなかった。
男の武器は、遥か彼方にはねとばされていた。・・・それを保持していた右手ごと。
他の男が1人、パニックになって走り出した。
「う・・・うわあああっ!」
「・・・駄目だ!うかつに動くな!」
逃げだした男の、右ひざから下が吹き飛ばされた。
「が・・・あ。」
1人目の犠牲者のように即死とまではいかないが、このまま放置すれば2人とも危ない。だが、救命しようにも、今は不用意に動けない。
「ぎゃっ!」
「ひぃっ!」
「ああああっ!」
3人の男が、立て続けに腕を失った。
心なしか、犠牲者が増えるほど、切断される部位が急所から遠ざかっているような気もする。・・・まさか。
「いぎいいいっ!」
6人目、私がガラスを割る際に使った大男の、左ひざの上から斬られ、飛ばされる。・・・やっぱり、気のせいだったかも。
何かを引っかくような音と共に、周辺の木々の幹が抉れる。
・・・その黒い影を、目で追うのが精いっぱいだ。
次は、私か、隅っこで丸まっている分隊長の番だろう。
落ち着け、頭を働かせろ。あれはおそらく、自らに攻撃しようとするもの、次点で最も激しく動くものに反応する。・・・という仮説を立てた。そう、だから、安全確保のためにも、まず武器を捨てた。そして、円形に抉られた広場の、中心に立つ。
・・・で、何をする?
銃弾は、絶対に当たらない。だから躊躇なく放り出せた。
今私が持っているもので、あれに届く可能性があるもの・・・そう、声だ。
可能性があるとすれば、とにかく関係性のある私が語り掛けて、ムクロの正気を取り戻すこと。
だいぶクサいが、他に策がないので仕方がない。
・・・でも、何を話す?
思い返せば、会って話して、1時間も無い。
共通の話題?そんなもの、一つしか覚えていない。行ってみたい場所、地球。・・・以上。それ以上となると、私としてもだいぶ恥ずかしいところに突っ込むことになる。
少しずつ肌で感じる風が、衝撃が大きくなる。次の狙いは、間違いなく私だ。でも、重傷者に止めを刺されるよりは、ずっといい。
・・・別にもう、何も失うものはないじゃないか。恥をかいても、失敗したらそのままお陀仏。万が一成功したら、夢に向かっての願掛けくらいにはなる。
それに、何故だろう。たくさんの“何か”に囲まれて、あいつが隣ですやすやと眠っている。そんな光景が、頭に過った。
・・・やってやろう。
「ムクロ、聞いてくれ!」
私は、目いっぱい声を張り上げた。
「あの時、言えなかったことがある!私にも、夢があった!お前と同じ、いや、もっとすごい夢だ!」
黒い影は、止まらない。恐怖を殺し、必死に声を張り上げる。
「・・・地球に、たどり着くところまでは同じさ。でも、私はそれから、海が見たい!そして、泳いでみたい。あの景色を、直に、この眼で見たい!そのために毎年、水着も買い替えてる!友達には、その体型じゃ似合わないって、笑われたりもするけど!」
目の前が、ぼやけてくる。だがそれでも、止まらない。もう頭の中に原稿はなく、思いついたこと全てを口に出している。
「地球圏調査船団が廃止になって、ずっと燻っていた夢だけど・・・だけど、お前から夢の話を聞いて、また思い出せた!いや、それだけじゃない、お前のことが、昔の自分に見えた!きっと、だから、思わず体が動いた!お前を見殺しにしたら、自分が、自分じゃなくなる気がして・・・。」
嗚咽に負けて、声量も落ちてきた。
「・・・その結果が、これなのか?何がどうなったら、それで人が死んだり傷ついたりする?死んでいい奴だとか、正当防衛だとかは、この際どうでもいい!お前もきっと、苦しいだろう!それでも!いいか、今から、すごく、自分勝手なことを言うぞ!」
もう、自分でも何を言っているかわからない。
「頼む、お願いだ!これ以上、私の夢を・・・呪いに変えないでくれ!!」
・・・ドン!!
目の前で、とても大きな音がした。
地面が抉れて、クレーターができている。
その中心には、久々に全身を拝んだ、黒い怪物。
触角は、相変わらず不快な音を立てながら、ゆらゆらと動いている。
・・・やるだけのことはやった。
あと何秒だろう。あと少し、目の前のあいつが動けば、私は、死ぬ。
でも、このまま死んでも悔いはない。
でも、さすがに怖いのか、つい反射的に、ぎゅっと目を閉じる。
できれば、痛かったり、苦しかったりじゃないといいな。
・・・瞼の先で、ガラスが割れるような、乾いた音がした。
驚いて目を開けると、あの黒い鎧にひびが入り、ばらばらと崩れていった。黒い外装がはがれ、真っ白な肢体が現れる。まるで、卵の殻が剥けるようだった。
「・・・ジーク・・・さん?・・・うわっ!なんですか?なんなんですか?」
なんなんですか、と言われても困る。
今日何度目かは知らないが、気が付いたら体が勝手に動いていた。正気に戻ったとか、よかったとか、言いたいことはたくさんあったが、喉がかれて、うまく声が出ない。だから、ありったけの思いをこめて、その小さな体を抱きしめた。
「・・・いや、その、はずかしい、ですよ。」
しばらくそうしていると、だんだんと喉の痛みもなくなっていく。やっと声が出る。なんて声をかけようか。
・・・まあ、でも。次にするべきことだけは決まっていた。
「恥ずかしいなら、まず・・・前を隠せ。」
上着を脱いで、手渡しながら、そう言った。
3.
「痛ってぇ!」
「・・・すみません。」
今の私は、先ほどまで敵対していた男たちの、治療を試みている。
・・・前を隠せ。そう言った次の瞬間、ムクロは白目をむいて崩れ落ちた。とりあえず木の根元に立てかけ、上着を掛けた。状態は、見たところ落ち着いている。これなら、作業中に後ろから襲われるなんてことはないだろう、多分。
続いてやることは、人命救助。まず、着ているスーツの機能も知らず切断面を必死に圧迫している、兵士たちの元に駆け寄り手当てをすること。といっても傷口を選択性抗菌剤で洗い流し、応急フィルムを当てるだけの簡単なものだ。一番痛いのは、スーツの加圧機能による強制止血を解除し、傷口を露出させるとき。そして抗菌液剤で洗浄し、保護フィルムを当てる。処置が終われば、痛みは大分和らいでいる筈。傷口もきれいだったし、これなら再生医療で元通りになるだろう。正規兵の傷病保険を使えば、実質負担額はゼロ。・・・だというのに、なぜ彼らはこの世の終わりのような顔をしているのか。
その不安の現れなのか、何度か罵倒もされた。唾と一緒にあれを殺せという暴言も飛んできたが、「次に
しかし、官給品の救急キットすら常設、所持していないなんて、この分隊は何だ。少佐とは相変わらず連絡が取れない。結果、私に支給されたキットを使うことになった。足りるかどうか不安だったが、なんとか足りそうなところで5人目に取り掛かることができた。
ちょうど5人目の手当が終わり、手持ちの消耗品を使い切ったところだった。白い頭が起き上がり、こちらに歩いてくる。2、3歩歩いたところで私が言ったことを思い出したのか、大慌てで上着に袖を通した。ただホックの留め方が分からないのか、両手で裾を押さえて前を隠し、小走りで向かってくる。・・・露出趣味の不審者か、お前は。
私と目を合わせていた時、こちらに歩き始めた時は、やや明るめの、安堵に近い表情をしていたと思えた。だが、周りにいる被害者、自分自身が傷付けた者が目に入るたびに、それは曇っていく。目の前に辿り着いた頃には、その被害者達と大差ない程に沈んでいた。
「・・・何人ですか。」
絞り出すような声で、彼は語りかける。
「・・・何が、何人なんだ。」
数テンポ置いて、答えた。多分、顔には冷や汗が浮かんでいたと思う。
「・・・俺が、殺した、人数。」
・・・答えられなかった。
覚えていないのか、どこからだろうか、頭に浮かぶことはいくつかあった。
なんて答えていいのか分からないまま、沈黙したまま、時は流れる。
だが、沈黙に耐えかねたのか、少年は質問を変えてきた。
「なら、生きているのは、何人ですか。手当が必要な人は、手伝えることは?」
よかった、これなら答えることができる。優しい子で、よかった。精いっぱい声を丸めて、それに答える。
「それなら、大丈夫だ。5人の手当は終わっているし、見ての通り1人は無傷だよ。」
すると、少年は掌を自分に向け、10本の指をまっすぐ上に伸ばした。右の親指から順番に折っていき、左の親指を折ったところで、虚な眼をして凍りついた。
「あと、1人は?」
あっ・・・。
どうしよう。どう言ったらいいのか。
揺るがない現実。・・・少なくとも1人は、殺害している。
「それは、無防備なお前を殺そうとしたから。・・・正当防衛だ。」
・・・お前は、悪くない。悪いのは私だ。
それを伝えたいだけなのに、なんでこんな事しか言えないんだろう。なんで、理屈をつけてしまうのだろう。
少年の表情は変わらず、周りの男たちの視線も刺々しくなる。
しばらくの沈黙の後、焦点の定まらない眼をした少年は、ぽつりと言った。
「・・・わかりました。もう、誰も殺しません。死なせるくらいなら・・・。」
そこから先、何を言おうとしているのかは分からない。なんて返していいかもわからない。
救いを求めて周りを見る。男たちの表情なんて、分かりきっていただろうに。仲間の仇を見る、憎しみの籠った、そんな眼。
貴方達からは引き離します、手を出さないでください。そう、男達に視線で伝える。伝わっているかは、わからない。改めて上着のホックを留め、男たちから離れた場所に移動する。
「・・・ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
「いや、もう今はいい。まず、質問に答えてくれ。必要だから。」
まず、状況を確認する。怪我人達の安全を、確保するためにも。
「・・・どこから、どこまで覚えている?」
少年は、ぽつりぽつりと返答する。
「・・・確か、おれがジャバウォックから降りて、ジークリンデさんのところに駆け寄った時です。急に、胸に衝撃を感じて。」
おそらくここまでが、撃たれるまでの記憶。そして、あの
「次の瞬間、痛みと気持ち悪さと一緒に、急に眠くなって、そこからは夢を見ているようで。妹や、弟が耳元で叫んでいるようで。そんな中で、ジークリンデさんの声が聞こえて、起きなきゃって、思って・・・。」
そうか、やはりあれはムクロ本人の意思じゃなかったのか。それだけ分かれば十分だ。
「他に、何か覚えていることは?何でもいいから。」
すると、しばらく頭に手を当てて考え込んだあと、こう言い放った。
「・・・似合わない水着を無理に着ても、回り回って恥ずかしいと思いますよ。」
やかましいわ。なんでそこだけよく覚えている。
・・・でも、妹、弟の声か。
顔が崩れるくらいに泣き叫びながら、眼の前で地獄の釜へと落ちていった4人のことを思い出す。今更ながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「・・・済まない。誰も、助けられなくて。」
せめて、責めてくれ。そうすれば、少しは気も晴れるだろうと思った。
「・・・いいえ、おれだけ助かっただけでも、よかったです。助けるために、かなりの無茶をしてくれて、ありがとう、ございます。」
そう言って、ぺこりと、頭を下げる。無理をしないでくれ。我慢しないでくれ。あまり優しくされると、その優しさに甘えてしまうと、私が私を許せなくなる。一度でも見捨てようとした、自分自身を。その気持ちが、口から溢れようとした時だ。
「・・・でも。」
よく分からない言葉で、それは遮られた。
「あ、でもなんというか、不思議と寂しさや悲しさは感じないんです。もうみんなとは会えないって、わかってるはずなのに。相変わらず、なんか、そばにいる気がして。なんというか、騒がしいというか、頭の隅がざわざわするというか。」
「・・・ざわざわ?」
ついつい、聞き返してしまう。
「はい。起きて、とか。」
寝坊か。
「働いて、とか。」
無職か。
「生きて、とか。」
鬱か。
「・・・定時連絡、とか。」
もうわけわからん。
4.
それから、落ち着いたムクロに一つ一つ何があったかを話していく。記憶が朧げになっている部分を、補完するように。
言うべきか迷ったが、あの漆黒の怪物のことも伝えた。慎重に、傷付けないように、言葉を選びながら。・・・隠していたら、また無意識にああなって、更なる犠牲者が出てしまうと思ったから。
「・・・黒い、化け物。」
さすがに、どれだけ言葉を選んでも、傷付けないなんてことは無理だった。自分の言語能力の低さを呪った。
「・・・おれは、おれたちは、何者、なんですか。」
・・・どうしよう。確度の高い情報は、今のところ無い。分隊長はずっと黙り込み、部下たちはろくに知らされていないようだった。とはいえ、さすがにそれを正直に言ってしまうと恐怖を煽る。安心させるためにも、頭の中の知識からそれらしい仮説を引っ張り出そう。
「・・・そう、だな。おそらく、旧連邦時代に研究されていた、”強化人間“が一番近いだろう。」
「旧連邦の、強化人間?」
名前を聞いても、ピンと来てはいないようだった。
「ああ。かつて、太陽系を統一した超大型連邦国家が存在した。その軍事力が余りにも強大すぎたことから、古今東西、様々な憶測や都市伝説が生まれた。」
私は、これらの噂話の中から、有名だと思うものを掻い摘んで話した。気づかないうちに遺伝子を汚染するウイルス兵器に、敵味方問わず都合の悪い人間を選択的に殺戮する機動兵器。身寄りのない子供を材料に、絶大な能力と代償を付与する強化人間。魔法のような力を使う
「・・・口ぶりからするに、ジークさんは、それらの噂を信じていなかったんですね。」
この子は、知識量はともかく察しは良いようだった。
「まあ、そうだな。実際、旧連邦の解体後、多くの記録が流出している。私が閲覧できる資料の中にも、当時の技術レベルや国際法を考えれば成立しない戦時記録はあった。だが、それは全体から見れば非常に少数だった。」
「少数・・・10回に1回くらいですか?」
「いや、その10倍、100回に1回といったところだな。記録ミスや、偶然の産物を除けば、さらにその数は減るだろう。」
「それじゃあ、なんでその旧連邦は強かったんですか?強いエース的な人が、沢山いたとか?」
・・・いや、瞳を輝かせて聴いてくれているところ、夢を壊すようで悪いが、正直に言ってしまおう。
「残念だが、史実はもっとつまらないものだと思う。まあ、正直つまらないけど、確実で、納得もいくものだ。何だと思う?」
緊張が解けたのか、不思議と、だんだん会話が弾んでくる。
・・・目の前のやつは、人一人を惨殺し、大勢の人間に重傷を負わせたはずなのに。
「うーん、戦争で必要な要素、つまらない。つまり、地道なもの。・・・わかった!情報ですね。すごいスパイが沢山いたとか?」
本当に、この子は鋭い。考え方も、心なしか私に似ているような気もする。
「正解だ。すごいスパイはわからないが、情報戦で優位に立っていたのは確かだな。小国にゲリラと相手を問わず、武器も戦略も戦術も、まるで全てが筒抜けであるかのように部隊を展開し、制圧していったことが、事細かに記録されていた。」
そう。現実問題、力の劣るものが、力で勝るものを討ち倒すことは、非常に困難だ。
人口に大差があり、技術力も上回っていれば、情報なんてこれでもかと言うほど転がり込んでくるだろう。
「結局、戦争は国力の勝負になるだろうな。お前が言うような一騎当千のエースがいたとしても、補給が尽きれば無力になる。短期的に有利を取り、その間に有利な条約を結んで和平というのが精いっぱいだろう。無論、国力の偽装や派閥闘争もあるだろうし、そこまで単純ではないらしいが。かっこいい夢物語は、意外と実在しない。」
少し、話しすぎたかな。そう思っていると、ムクロが口を開いた。
「・・・でも、フェアリーテイル・シリーズは、ジャバウォックは、実在した。」
ああ、確かにそうだ。だから今は、いかなる情報も思考から除外してはいけないと思う。例えそれが、眉唾物の噂話であっても。
難しい顔のような、悲しい顔のような表情を浮かべながら、ムクロは続ける。
「おれは、何者なんでしょうか。」
その眼には、自分が傷付くことになってもいいから、真実を知りたい、という強い意志を感じた。
私は、しばらく考え込むと、慎重に言葉を選んで答えた。
「・・・おそらく、やはり、数ある噂の中で一番近いものは、強化人間だろうな。旧連邦の残党組織によって、このコロニー内で秘密裏に研究が進められていたと思う。孤児、もしくは不法居住者だったお前たち兄弟は、そんな連中に捕らえられ、改造された可能性が高い。」
兎に角、あの家にいた者たちが血縁関係にある、というのは確定でいいだろう。何より、最低限の性差こそあれ、髪色、虹彩色、中性的な顔立ちはとてもよく似ていた。
「その後、何らかの理由で研究機関は消滅した。だが、お前たちは運良く生き延びることができた。改造の影響でそれ以前の記憶を失ったが、それでも家族の絆を断ち切ることはできなかったんだろうな。」
まあ、大部分に私個人の願望も混じっている。しかし、現状を分析すると、あながちハズレではないはずだ。
「そう・・・ですか。」
私は、ムクロの表情を注視した。流石にショックを受けると思い、フォローする言葉を考えていたが、杞憂だった。
「つまり、まだ両親が、少なくとも血のつながった家族が・・・いるんですね!」
嬉しそうに、ムクロは答えた。
正直なところ、生きていたとしても会わせるべきではないと思う。少なくとも、こんなコロニーに、幼い兄弟を5人も放置するような親だ。さらわれた子供を今も探しているという線も無くはない。だが最悪、研究機関に二束三文で売り払ったという可能性もある。
「・・・でも」
こちらの心配を察したのか、ムクロが口を開く。だが、それに続く言葉は、あまりにも予想外なものだった。
「でも、骨を変形させて、外骨格にして、それで高速戦闘をさせるって、生きた人間を改造して造る意味、あるんですか?最初から電子頭脳を積んだ等身大の兵器の方が・・・」
アラを探すな。お前は面倒臭いSFマニアか。というか、お前の身体の話だろうが。自分で言ってて気持ち悪くならないのか?
ツッコみたいことは山のようにあるが、この話題をこれ以上広げても不毛だ。
「・・・まあ、私も専門家じゃない。今はこの施設の情報を可能な限り集めて、軍の司令部に持ち帰ろう。もしかしたら、お前を人間に戻す方法も見つかるかもしれない。」
それを聞くとムクロは、うん、と頷いた。
何より、つい最近まで旧連邦の残党、そうでなくても国軍にとって未知の技術を保有していた集団が活動していたとなると、これは一大事だ。現在内太陽系を纏めているとされる、新連邦国家との繋がりも予想される。そうなれば、直ちに内太陽系の調査の気運が高まり、地球圏調査船団の再開の可能性も・・・そこまで考えたところで、思った。私は、最低だと。
まあ、兎にも角にも、ムクロの正体を調べよう。そして、出来れば普通の人間に戻してあげよう。そのために、全力を尽くそう。
さて、と。
先ずは、何か知っているであろう、分隊長の処遇を決めなければならない。擦り傷の手当ての際にうめき声こそ上げたものの、それ以外は黙して語らない。これなら、素直に感謝してくれた何人かの部下たちの方が、余程人間が出来ている。ついでに、先ほどから少佐に連絡を入れているが、やはり返事はない。
分隊長から目を離さないように、焚き火を囲み、野営をする。
廃コロニーの時間管理はあまり当てにしない方がいいが、小一時間が経過し、周りがすっかり暗くなった頃だった。ふと、甘い香りが鼻をくすぐった。
駄目だ。集中しなくては。
少佐から、連絡が、くるまで、は、
・・・・・・・・。
5.
・・・暖かいな。
目の前には、大きな背中。
「・・・ねえ、エミナさん。エミナさんにも、夢ってある?」
「そうだな・・・。父のような、正確には父が生涯をかけて支え続けてきたような、立派な軍人。・・・というのを、このまえの式典では言ったな。」
「・・・へぇ、じゃあ、本気の夢、わたしが当ててみようかな。」
「ふーん。できるかな。」
「えっとね、えっとね・・・お嫁さん、とか?」
「・・・。」
「あはは、真っ赤になった。」
「・・・まあ、できても、軍をやめるつもりは・・・まあ、ないけどね。」
「じゃあ、好きな人も、今そこに?」
「・・・はは、すごいな。まるで、本物の魔法使いだ。」
「で、告白したの?」
「・・・いや、できなかった。なんでか、避けられてしまってね。・・・3年も、あったのに。」
「じゃあ、なんで好きになったの?」
「・・・うーん、なんていうのかな。“心の中の人”が見えなかった、その人だけは。」
「・・・心の中の、人?」
「私はね・・・そう、私も魔法使いなのさ。その人の心の中に、本性っていうのかな、それが人の形で、なんとなく見える。」
「・・・どういうこと?」
「例えば、勇敢で有名な将軍の中に、臆病な老人が見えたりした。貫禄ある政治家の心の中に、わがままなガキ大将が見えたりも。・・・基本、見えると幻滅するようなものばかり。だから、あの人に惹かれたのかも。」
「・・・そんなので、この国は大丈夫?」
「大丈夫。心の奥に何が在っても、取り繕って、責任を持って、割り切って仕事ができる人間のことを、大人って呼ぶと、私は思うから。」
「・・・そうなの。・・・じゃあ、わたしの心には、何がいるの?」
「そうだね、子供が見える。頭には、大きな帽子。一日中、一面の蒼を見ている。いつか、船出する日を夢見ている。」
「・・・そうなの?わたし、学校だと、優等生なのに。」
「・・・もう少しだけ、羽目を外してもいいと思うよ。大人になる前に、壊れてしまう前に。・・・おっと、そろそろおうちだよ。」
「・・・ありがとう。お仕事、がんばってね。」
「ああ、仕事は抜けてきたから、気にしないで。」
「・・・え?」
「・・・ほら、ジークリンデ。お父さんと、お母さんが。」
「・・・本当だ。・・・えっと、ありがとう。エミナさん。」
確か、10年前。暖かい思い出。
だった、はずなのに。
・・・急に、真っ暗になった。
・・・エミナさん?
エミナさん?
どこ?
どこにいるの?
どこにいったの?
背後に、大きな影。人影。胸に、穴。
・・・その手前にも、小さな人影。・・・誰?
銃を、持ってる。
「・・・やっと、見えた。」
・・・エミナさんの、声だ。
早く逃げて、早く。
「・・・ずるいよ。」
・・・ずるい、じゃなくて。お願い、反撃して。
お願い、撃たないで!
やめて!
殺さないで!
「これじゃ、撃てないじゃないか・・・。」
目の前の銃口から、火花。
胸が、痛い。
目の前が、暗く。
・・・死なないで。
死なないで。
・・・あれ、泣いてるの?
死な・・・。
6.
「・・・ジークさん、起きてください。ジークさん!」
「・・・んあ?」
・・・なんで、エミナさん、いや教官に、初めて会った日の夢なんて・・・。それで、そのあとは・・・。本当に、どんな夢だ?
・・・私は、どうなったんだ?
なんだか甘い香りがして、それからの記憶が・・・
周囲を確認する。
直前の記憶から、変わっているものを探す。
無いものは、二つ。
あの場で一応、唯一動く
・・・分隊長が、見当たらない。畜生、あの野郎・・・。
「あの香りは・・・催眠ガスか!」
遠くから、何かを引きずるような、大きな音が聞こえる。奴は、私たちを催眠ガスで眠らせ、その隙に私の機体を奪って逃げた。だが、逃げた方向は、この音を追えばわかる。追跡できる。
「くっ!私が追う。ムクロ、お前はここで待っていろ!」
私は、真っ当な判断をしたつもりだった。しかし、ムクロは素直に肯定しなかった。
「でも、ジークさんがいないと、また・・・」
・・・そうだった。確かに、私がここを離れたら、ムクロは兵士たちの中で孤立する。兵士たちもおそらく悪人ではないが、彼らからすればムクロは危険な存在だ。なにより、何が引き金になってまたあの姿になるか、わからない。理由は分からないが、私の影響で元に戻り、私の目の前でああなっていないなら、現状では私の側が一番安全、ということになる。
「・・・わかった。お前も来い。」
ムクロは、笑顔で頷いた。
7.
少し、息が上がる程度は走っただろうか。先程まで響いていた、引きずるような音が、止んだ。故障か、エネルギー切れかは分からない。なぜなら、
それから暫く走ると、片足の欠けた巨人の姿が見えてきた。おそらく、木よりも全高が低くなるよう、四つん這いになって移動したのだろう。なるほど。だから音はすれども、姿が見えなかったのか。
ムクロに物陰に隠れるように言いつけると、私は懐の
立木を遮蔽物にして、這いつくばる巨人に近づく。あと三回ほどそれを繰り返せば、あの野郎の面を拝むことが出来る。それくらいの距離になってから、気づいたことがあった。
・・・確認のためにも、木一本分の距離を、更に詰める。
ハッチは、開いているのではなかった。壊れていた。
・・・もう一度、距離を詰める。
ただ壊れているのではなかったことに、やっと気づいた。外側から、大きな力で、引き千切られていた。
嫌な予感がするが、もう後戻りはできない。一気に距離を詰め、剥き出しの
被発見性を落とすために今までオフにしていた、
見上げた私の頬に、温かい液体が滴る。
照らされた
正確に言えば、顔だけ無かった。
更に詳しく言えば、首から上が、綺麗に切り取られていた。
私の頭は、目の前で起こった何かを、理解するだけで精一杯だった。
だからだろうか。背後から聞こえる、何かを引きずるような大きな音に、気づくのが遅れた。
・・・待てよ。この音は何だ。
ついさっきまで、この音の主は目の前の
畏れるな。振り返って、ライトで照らせ。先ずは、正体を確かめろ。
音は、徐々に、だが、確実に大きくなってきている。
その気配との距離が、50メートルまで近づいたと思った、その時だった。再び音が止み、暗闇の中は静寂に包まれた。
・・・その、次の瞬間だった。
音が止んだ場所、視線の先からとてつもなく大きな音がし、同時に右脇腹に衝撃を感じた。私の体は僅かな間中を舞い、そして臀部から草むらに落下した。その衝撃の正体は、すぐわかった。視線を落とすと、そこに真っ白な頭があった。その真っ白な頭の主が、脇腹に飛びついて、私の体を突き飛ばしたのだった。
なぜムクロがそんなことをしたのかも、その直後に分かった。私の頭のすぐ右隣を、何かが掠めたからだ。いや、掠めたというより、何か巨大なものが、紙一重の距離で通り過ぎた。私の頭という狙いを大きく外したそれは、四つん這いの巨人と、分隊長の遺体を、まとめて吹き飛ばしていった。
それは、
私は、その物体が跳んでいったと思しき方向に、光と銃口を向ける。光に照らされ、その正体が顕になる。
「・・・ひっ!」
それの正体を知った私は、その気色悪さに、思わず悲鳴をあげていた。それの全身は真っ黒で、この闇の中では形状の判別は難しかった。だが、かろうじてわかったのは、細長い棒状のものが、地面から凡そ六本生えている、ということだった。そして、その棒は全て、地上から浮いた、細長い円筒状の物体につながっていた。また、六本の棒は時々、折れ曲がり、位置も変化する。おそらく、それらを使って、歩いている。つまりこの棒は、脚ということだ。という事は、その根元にある円筒は、胴体。その円筒をよく見ると、片端がしきりに蠢いている。もう片端には、細い針金が2本と、爛々と光る赤い光が二つ。・・・その下にはキチキチと音を立てながら、赤い液体を滴らせるペンチのような、大顎があった。
「これは・・・バッタか?」
目の前にあったのは、飛蝗か、それによく似た昆虫だった。真っ黒な色と赤い複眼と、木々よりも遥かに高い全高を除けば。
8.
「わあぁああああああ!?」
「うぬおああああああああああぁ!」
私たちは、逃げた。
そりゃもう、これでもかってくらい、全力疾走で逃げた。
当然だが、あのでかい虫は、追ってくる。
よく分からないが、あの虫は人を喰う。
だから逃げる。
一応、三発ほど弾を当ててみたものの、効いている様子はなかった。
何だ、あの虫は。
正直、飛びかかってきたらあっさり追い付かれるだろう。それでも、距離を取れるだけとったほうがマシなことには違いない。
必死で逃げて、逃げて、逃げて・・・
やっと、後ろから、音が、消えた・・・
ほっとしたのも束の間、大変なことに気が付く。
あの虫は、確かにいない。
だが、隣に、あの白い頭もいない。
まずい。逸れた。そう思って辺りを見回すと、左後ろから、ガサガサと茂みをかき分ける音がする。
改めて
そこからひょっこりと顔を出したのは、探していたあの白い頭だった。
私は、その一瞬だけ、心から安堵した。
・・・なぜ一瞬だけかというと、その直後に、その後ろに真っ黒な巨大な影があったことに気が付き・・・全力疾走マラソンが再開されたからだ。
かれこれ10分近くは走り続けて、もういい加減息が上がってきた。いつになれば、この鬼ごっこは終わるのだろうか。そう思い始めた時だった。
望み通り、追いかけっこは終わりを迎えた。最悪の形で。いきなり、目の前の、森が開けた。目の前に、広い平地が広がっているように見えた。だが、ただの開けた平地なら、どれほど良かっただろう。目の前に広がっていたのは、水たまりだった。それも、水泳訓練で使用されるプールの大きさは裕に超える、大きな水溜りだった。
このコロニーには、溶鉱炉が敷設されていた。おそらく、そのための貯水池なのだろう。周囲の環境に合わせてか、だいぶ自然に還ってしまっているが、その淵すれすれまで水が溜まっていた。
当たり前だが、こんな巨大な池を突っ切ることは、ほぼ不可能だ。
右か左の、どちらかに逃げるしかない。
「・・・ジークさん。いち、にの、さんで、右に避けましょう。うまくいけば、あのバッタが池に落ちてくれるかもしれません。」
ムクロが、この窮地を切り抜けられるかもしれない方法を提案してきた。まあ、別案も思い付かないし、乗ってみるか。
「わかった。やってみよう。」
木々を薙ぎ倒しながら、巨大な虫が接近する。その接近が、一旦止まった。おそらく、最初に見せた飛びかかり突撃の準備に入ったのだろう。ならば、ムクロの作戦がうまくいくかもしれない。
虫の、気持ち悪い身体を、注視する。突撃の兆候は、見逃すわけにはいかない。次に、奴が動いたら、カウントダウンを開始しよう。
・・・ギシギシ軋むような音が、一気に大きくなる。・・・今だ!
「いち・・・」
「にの・・・」
「さっ・・・!?」
虫が飛び込んできたところまでは、計画通りだった。だが、今、作戦と全く違うことが目の前で起こっている。
なぜか、作戦を提案した本人が左側、作戦とは真逆の方向に跳んだのだ。右と左を間違えた?焦ってミスをした?そんな疑問は、その本人の表情を見た瞬間、氷解した。
ムクロは、笑っていた。
最初から、私とは逆方向に跳ぶつもりだった。私とムクロが逸れた時、あの虫はムクロの方を追っていた。つまり、自分が囮になれば、私だけでも逃がせると判断したのだろう。
「おい・・・ムク・・・。」
「・・・ジークさん、本当に、本当にありがとうございました。・・・生きてください。」
私の胸は、情けなさでいっぱいになった。それを叫ぼうとしたその時・・・
「やめろ・・・おい・・・む・・・・・・えヴェ?」
突然、視界の左半分が真っ黒になり、左半身にとてつもない衝撃が走った。
・・・何が起こった?
身体の左側がものすごく痛い。
今、私は、空中にいる。水面の上を飛行している。虫の影が、どんどん小さくなる。そうか、私は、何かにぶつかって吹き飛ばされた。
・・・何にぶつかった?
ああ。そうか。あの巨大な虫か。あの虫は、私と反対方向に逃げたムクロを追って、90度方向転換した。だが、あの全長数十メートルはあるだろう巨体が、急ブレーキと共に方向転換したものだから、90度ドリフトした胴体の後ろ半分が、私の体を殴り飛ばしてしまったのだろう。
・・・あの馬鹿。
池の中心辺りだろうか。高速で弾き出された私は、数回水面で跳ねた後、落下し、着水した。左半身の激痛に加え、全力疾走で体力を消耗し、着衣は汗で濡れていた。あと少し体力が残っていたら、泳いで岸まで辿り着けただろう。だが、今の私には、無理な話しだった。
私は、静かに、到底きれいとは言えない池の底へと、沈んでいった。
9.
冷たい。
苦しい。
息ができない。
私は、どこで間違えたのだろう。
あの少年に、同情したことだろうか。
最初から、分隊長の言うことを盲目的に信じていればよかったのだろうか。
あるいは、ここに居ても夢は叶わないと悟った時点で、あいつのように、軍を辞めていれば良かったのだろうか。
あるいは、最初から夢をあきらめていれば。
実家の農場で一生を過ごすと決めて、両親と一緒に凍え死んでいればよかったのか。
いや、そんなはずがない。
生まれた理由は、生み出したものに決められる。だとしても、生きる理由は、自分の意思で、一生かけて探し出すものだ。亡き父の、口癖だった。
私は、まだ、死にたくない。
まだ、生きる理由を、夢を抱いた理由を、気の合う仲間と出会えた理由を、あの少年を助けた理由を、見つけられていない。
でも、心は熱く燃えているのに、体はだんだん冷たくなっていく。
でも、それでも、この意識が、意思が、途切れる時まで、あきらめたくない。
あきらめて、たまる、か。
「___________」
・・・なんだ?
「______ 」
・・・声?
「_________ 」
・・・何者だ?
「______________ 」
・・・契約?・・・対価?
「__________________ 」
・・・対価とするもので・・・門を・・・満たす。
「____________ 」
・・・!
・・・そこに、いるのが・・・お前なのか。
ヘドロの底に、大きな、人型が、うっすらと、見える。
「___________ 」
・・・感想を・・・求められても・・・な。
「______ 」
・・・契約か、死か、か。
「__________ 」
・・・確かに、その選択もまた、自由だ。
「_____________ __________ 」
・・・どうやら、その単語が、お気に入りみたいだな。
・・・私も、好きな言葉だ。
「_____________ 」
・・・ああ、いいだろう。
・・・これが、私の、意思だ。
・・・お前に____
10.
「・・・ゲホッ!グハッ!」
私は下半身が水に浸かったまま、池の淵で目を覚ました。
・・・今の、夢だったのだろうか。教官の件といい、最近は変な夢ばかり見る。
いや、全て夢だったとしたら、今の状況の説明がつかない。
さっきまで、私が今まで寝ていたような浅瀬はなかった。何でこんな浅瀬ができたのか、答えは簡単だった。池の水嵩が、数メートル程度減少していたからだ。
・・・何か起こったのは、確かだ。
一つ一つ、夢の内容を思い返してみる。
「求むなら」
「扉を対価で満たせ」
「扉とは水」
「多量の水」
「更なる力欲するなら・・・」
「歌え」
・・・なんだ、これは。さっぱりわからない。
どんっ、という大きな音がした。
それで、池に弾き飛ばされる前の状況を思い出した。
そうだ、ムクロはどうなった。
まだ周囲は暗い。だが、あの虫の、巨体が暴れていることだけは、ここからでもよく見える。・・・おそらく、ムクロはまだ生きている。なぜかは知らないが、なんとなく、そう思える。なら、助けに行かなくては。そう思った。
・・・なんで?なぜか私は、足が止まった。
考えれば、あの子に、あの一家に関わってから、私は碌な目に遭っていないじゃないか。
せっかく助かった命だ、
何より私は、税金で飯を食っている軍人だ。
上官の指示を仰ぐべきだ。
司令部の指示を仰ぐべきだ。
逃げて、救援を待つべきだ。
最悪・・・囮はまだいる。
あの子も、私を助けるために、囮になってくれた。
なら、生きていいじゃないか。
故郷の人たちまで犠牲にして、運よく助かった命を、粗末にする必要はないじゃないか。
隅っこに縮こまって、生きていれば、それだけで・・・
「嫌だ。」
・・・嫌だ。
それだけは、絶対に嫌だ。
後悔の中で惨めに生きるくらいなら、最期に自分の自由を貫きたい。
でなければ、私が、私として、ここにいる意味がない。
地獄は、死後にだけ存在するとは限らない。
自分の選択次第で、感じ方次第で、この世は、いとも容易く地獄に変わる。
生き残れたら、儲けもの。
死んでしまっても、笑い話。
軍に、国に従うのは、掲げる正義に共感したから。
人は、私も、いつだって自分の心に従う。
・・・夢を思い出させてくれた、あの子を助ける。
だって、お礼一つ返せてないじゃないか。
だが、思いはあっても・・・力が足りない。
私の
・・・そこでふと、あの奇妙な白昼夢を思い出した。
水底に沈む、蒼い巨人。
そしてなぜか、数メートルは下がった池の水位。
・・・もしかするとあの巨人は、フェアリーテイル・シリーズの一つだったのでは。確か、何もない場所にいきなり出現し、要塞すら壊滅させた
・・・それなら、夢で見た内容を、再現してみよう。
大量の水は、ある。さっきまで全身で浸かっていた。
対価は・・・確か、体の一部で、重要なもの。なら、これでいいか。
掌の傷の痛みが、徐々に増してきた頃だろうか。何か、池の底に、気配を感じた。
いる。
間違いなく、いる。
あれが、いる、
あとは、その名を呼ぶだけだ。
準備はいいな。覚悟はいいな。
・・・行くぞ、ジークリンデ!
「・・・来い。」
大きく、両胸の肺を、膨らませて、喉を震わせ、叫んだ。
「ハゥフューレ!!」
11.
「・・・本当に、来た。」
水柱と共に、目の前に、蒼い巨人が、現れた。
全身の装甲は、海洋生物のような意匠が見受けられる。
巨人の手、その10指の先端には、謎の穴。
顔は、件のジャバウォックと、どことなく似ていた。
それ以外は、私がよく知る
ガンナイフのワイヤーアンカーで、
ヘドロに埋まっていたとは思えないほど、ハッチはあっさりと開いた。まるで、つい最近沈んだかのようだった。
慣れた手順で、システムを起動する。両手の操縦桿と、それぞれの五指に対応するスイッチの、触り心地を確かめる。
まず、モニターの表示を見て驚いた。エネルギーゲインが、定格比で見慣れたものの五倍以上。擬似神経系のレスポンスに至っては、一桁は違う。少しばかり、敏感過ぎる気もする。
モニターの表示を一通り確認したのち、左右の足首を32°傾けた状態で、ペダルを同時に踏み込む。この操作は、立ち上がるための共通動作。やはり、同じだった。装甲の上に乗っていた、多量の水を滴らせながら、蒼の巨人は立ち上がる。
それと、立ち上がってみて、初めて気が付いたことがある。薄暗い
そして、その上から各種機体情報を表示する、無数の半透明な四角形、ウィンドウが浮かぶ。・・・やはり、見慣れたものと同じだ。どれが何を示しているか、なんとなく分かる。
まずは、どうするか。・・・決まっている。ムクロを探そう。
早速、この機体の各種センサーユニットを起動させ、対応するウィンドウの表示を走査する。
生体センサー・・・駄目か。見つからない。
動体センサー・・・あの虫の反応が強すぎて邪魔だが、見つけた。
・・・なんとか、あれから逃げ回っているのが分かった。
安心したのも束の間、あいつは暴れる虫の体に跳ね飛ばされ、コロニーの上空に打ち上げられた。・・・よし、痛がってはいるが、まだ動いている。あれでも、なんとか生きているようだ。あの子が強化人間であったことに、この瞬間だけ感謝した。
現在あの虫は、きょろきょろと首と共に視線を動かしている。ムクロの姿を見失い、次の獲物を見定めているようだった。案の定、今度は私の、ハゥフューレの方へと向かってきた。
まずい、何か、武器は無いか。そうしている間にも、虫との距離はみるみる短くなる。だめだ、見つからない、間に合わない。・・・致し方ない。
マニピュレータを固く握って拳を作り、大顎が不気味に動く虫の頭部に、全体重を乗せ、叩き込んだ。
本来、
だが虫は、予想より遥か彼方に跳ね飛ばされていった。一方こちらは、ビクともしていなかった。・・・フレームの強度も、桁違いということだろうか。
跳ね飛ばされた虫は今、ひっくり返ってもがいている。あれが体勢を立て直す前に、改めて何か武器を探さなければならない。インターフェースの微妙な差異に悪戦苦闘しながら、なんとか一種類だけ、見つけ出した。
「左右で一対・・・五連装ハイドロカノン・・・これだけか。」
だが、贅沢は言えない。言えるわけがない。
メインコンソールから、武装を選択する。効果の程がわからないので、とりあえず全10門あるらしい砲塔の、1門を試しに使ってみることにする。
コマンドを入力すると、それを聞き入れた巨人は右腕を伸ばし、人差し指を出す。丁度、指差し呼称か、指鉄砲のような形になる。おそらく、指先の穴が銃口なのだろう。・・・どんな設計だ。
同時に、メインモニターに、十字と正方形を組み合わせた記号が重なる。この記号、照準の中心に弾が飛ぶ、というのは全世界全世代で共通であるようだ。
当たれ、せめて牽制にはなってくれ。祈りながら、いつものように銃爪を引く。正直、威力には期待していなかった。
だが、それは水鉄砲というには、過ぎた威力だった。とても大きな高音と共に細く、超高速で放たれた液体は、巨大な飛蝗の足の半分を削り取り、奪い去った。
私はあまりの威力に、しばし呆然としていた。そんな中で気づいたのは、左手側のウィンドウに表示される棒グラフが、ほんの僅かだけ減ったということだけ。これが、残弾メーターでいいのだろうか。
頭の中で現状を整理していると、虫が、右半分しかない足でこちらに向かってくる。動作自体は気色悪い。だが、動き自体は直線的になっており、機動力が大幅に下がっている。
なら、今度は加減しない。再度コマンドを入力すると、両腕の、計10本の指で醜い虫を指す。十字の記号が、頭、足、胸、腹、などなど、全身の10箇所にそれぞれ固定される。
「・・・終わりだ。」
そう呟いて、再び銃爪を引く。
10本の白線が、虫の身体を貫いた。全身に同数の穴が追加で開く。だが虫は、穴だらけになった同体で、長さが半減した脚で、それでも足掻く。流石に、鳥肌が立った。そして、なおもこちらに噛みつくため、飛びかかってくる。黒い巨体が、みるみる迫る。・・・だが、もう恐れたりしない。
「これなら、どうだ!」
ゼロ距離まで迫った大顎を、身をよじり躱しつつ、もう一度10本の白線を照射した。加えて今度は、同時に両腕を薙ぎ払うように振る。
新たに空いた10個の黒い穴が、10本の黒い線に変わった。そして虫の身体は、その線の10倍ほどの破片に解体された。派手に飛び散った部品たちはやがて、動かなくなった。横目で、左手側のグラフを確認する。9割程度に減っていた。つまりこの威力を、あと10発以上は撃てる。
・・・これで終わったと思った。
だが、すぐに気がついた。地面に転がる部品の中に、あの不気味な、頭がない。どこだ。上だ、飛んでいる。その先には、ムクロが、浮かんでいた。
このコロニーは、
まずい、ムクロ、逃げろ、避けろ、食われる。
・・・だが、こちらの心配をよそに、ムクロは落ち着いていた。まるで、街中で久々に旧友に会ったかのように、静かに笑っている。
「来た、ジャバウォ・・・!」
そう言うと、ガラスが割れるような音がし、真紅の下腕のみが虚空から出現した。濃灰色の拳には、剣の柄のようなものが握られている。その柄の端部、本来なら刀身が収まっている箇所から、一条の、真っ黒な光が伸びている。記憶の中にあるもので、一番近いものは、ビームブレードか。
黒い光に切り裂かれた、虫の頭が、消えた。その瞬間、真っ黒な人間の頭蓋骨のようなものが見えた。
それと・・・最後に、こう聞こえた気がした。
・・・ありがとう、と。
赤い腕も、次の瞬きをする頃には消えていた。
とりあえず、わかる範囲で整理しよう。まず、やはり先ほどの武器はビームブレードだと推測される。あの虫の頭は、荷電粒子ビームが直撃し、跡形もなく蒸発したと解釈しておこう。
「本当になんだ、あれもこれも。」
あの虫はなんだ。
あの赤い
あと、ムクロの正体も、またわからなくなってきた。
どっと疲れが出て、一気に力が抜ける。
・・・次の瞬間、なぜか、いきなり空中に放り出される。ゆっくりと下へと引かれながら、思う。忘れていたが、この青い
やはり、何処かは分からないが、ハゥフューレは消えたと思った。貯水地の水嵩が減り、岸へよじ登るだけでも一苦労だった。
そんなこっちの苦労も知らず、まるで面白いものでも拾ったかのような笑みを浮かべ、近寄ってくる白髪の少年。その手の中には、何か黒い物が握られていた。
「こんなのが落ちてました。」
手のひら大の、黒い塊だった。金属質で、鈍い光沢を放っている。あのバッタの体色に似ているような気がした。
「面白いですよ。頭の中で命令すると、その通りに変形するんです。」
本当だ。まるで粘土のように、うねうねと変形する。・・・まさか、本当にあのバッタの部品なのだろうか。
「しかも、結構複雑なことも・・・。」
・・・いや待て、気持ち悪。疲れ切っていた私の頭は反射的に、生理的に、拒絶した。
「捨てろ。」
「・・・はい。」
少年は、それを素直に放り投げた。・・・投げ捨てられたそれをしばらく観察していると、うねうねとした動きが大きくなった。・・・心なしか、少し体積が増えた気もする。
「・・・いや。やっぱり、そのまま持ってろ。」
言われたとおりにムクロが拾うと、蠢きがぴたりと収まった。意味不明な物体が、また一つ増えた。
12.
そうこうしている間に、やっと少佐と連絡がついた。
到着まではしばらくかかるので、適当に時間をつぶしていてください、とのことだ。・・・軍の上官が、これでいいのだろうか。
・・・とはいえ、命令を無視するわけにも、かといって本当に適当に時間をつぶすわけにもいかない。
隣の同行者と顔を見合わせ、続けて首から下に目をやる。・・・まずは、衣服だ。さすがに、いつまでも軍服を貸しているわけにもいかない。とりあえず、あのあばら家まで、着替えを取りに行った。だが、ユニセックスの病院着のようなものしか見当たらず、まともな服は無い。これで一緒に歩いたら、どう考えても目立つ。・・・仕方ないので、乗ってきた機体から分隊長の遺体を退かし、荷物を下ろす。取り出した予備の軍服から問題になりそうなパーツを取り外し、なんとか年相応に見えるようにコーディネートしてみた。・・・まあ、自慢じゃないが、素材の割に結構格好良くなったと思う。
そのあと、到着までの間手分けして、他に手掛かりになりそうなものを捜索した。
が、結局収穫はあの不気味な金属片1つだけ。それ以外は、溶鉱炉の淵で見つけた小箱が一つ。外装が錆だらけだったものの、よくよく観察すれば旧連邦の共通語で、記録媒体に貼られているような単語が印字されていた。普通だったら、ここからデータを取り出すことは不可能だと思うだろう。ただ、1人だけ“普通じゃない奴“を知っている。
その後もしばらく捜索したが、持ち出せそうな大きさのものはもう無かった。まあ、これでよしとしよう。
そうこうしていると、待ち人が待ち合わせ場所に到着する。あの人にはいい記憶が無いが、ここまで待ち侘びると、愛おしさすら感じてきた。
「ああ、めんどくせえな」
到着早々、一言毒づく少佐。前言撤回、やっぱりあの人は苦手だ。
私は、今までの経緯を改めて詳細に報告する。そして、指示を仰ぐ。
「そうですね・・・まずは調査という方針は堅いでしょう。ひとまず、最低限の戦闘ができる装備を整えておいてください。そしてここに来たシャトルに負傷兵を乗せ、第七司令部に向かってください。先方への根回しは私がしておきます。それと、これを襟に着けておいてください。」
そう言うと少佐は、制服の胸ポケットから赤銅色のピンバッジ、もとい襟章を取り出し、私の手に握らせる。
「これは、特務官章・・・ですか?」
・・・特務官。上層部からの特命で動く、エリートの中のエリート。これを見せるだけで、大部分の下士官に命令を下すことが出来る。少なくとも、私が持つなんて恐れ多い。
「緊急事態です。貴女を、臨時で任命します。・・・これで大部分の面倒ごとはスルー出来るはず・・・まあ、お守りみたいなものです。一応、あの
・・・ん?使用許可?戦闘許可?あれを、また、使えと言うのか?
「失礼します。戦闘についてお聞かせ願えますか。あの機体は確かに強力です。ですが、戦闘の度に血を流しいては、貧血のリスクが・・・。」
そう言うと、少佐は以前のように、めんどうくさそうに発言を遮る。
「なら、予め血を抜いておけばいいのでは?私はここで後処理をしておきますから、貴女は彼らを護送してください。しばらくしたら、現場保存も兼ねて調査隊が派遣されてくるでしょうし。」
なんて、適当な。
「・・・あの、ですが。怪我人の搬送時間、推進剤、食料の都合上、あの輸送艇では、直行できません。それに、血液を取り出しておく場所も・・・。」
「・・・それくらい、手前で考えろよ。」
悪い口でさえぎられた。あと、さすがに適当すぎるだろ。だが、それをそのまま口に出すわけにはいかない。
「・・・え、はい。近辺にあるリゾートコロニー・ファシータの、駐留所を経由します。負傷兵もそこで降ろし、補給の後、司令部へと向かいます。」
「はいはい、それでいいです!」
そう言うと、少佐はそそくさと私の前を去っていった。一応、これは承認されたってことでいいのだろうか。
だが、私は、私たちは、果たしてどうなるのだろうか。
真っ白な頭と、その下の焦点の合わない目、半開きの口を眺めながら、そう思った。