機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル-   作:7746MRRWAY

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第三章 残滓は星屑のように

1.

さて、リゾートコロニー・ファシータの一件だが、まあ、特に語ることも無い。というかてんやわんやで、まともに覚えている部分の方が少ない。

予定通り、シャトルのMSを全て下ろし、空いた格納スペースに医療(メディカル)ボックスを展開、怪我人5名を収容した。そして、半日かけて移動し、目的の宇宙港に着港した。一応道中は自動航行だったが、心休まるタイミングは無かった。

そして宇宙港近くの駐留所で、計5名の怪我人を搬入。その後、予定通り医務室で血を抜こうとした。だが、機体入れ替えのゴタゴタも相まって、使わせてもらえなかった。結果、市街地の献血所を特別に使わせてもらうことになり、予定通り150㎖の輸血パックを3つ確保した。

・・・そしてなぜか、テロリストに目と鼻の先の区画が占拠された。そして、大方の予想通り、ムクロがいなくなっていた。・・・献血所の外で待たせたのが、悪かったのか。だから、貧血で回らない頭をフル回転させ、重たい瞼を無理矢理こじ開け、あらゆるハッタリと特務官特権を駆使して、なんとかした。目に入った民間人をなんとか避難誘導、目の前の敵をなんとか制圧した。・・・まあ、2戦目の割には上手く戦えたと思う。想定外の高性能機に押されて計3名の殉職者は出たものの、民間人の犠牲者ゼロの時点で大金星だと言ってもらえた。

・・・むしろ一番大変だったのは、ムクロとジャバウォックの件を誤魔化すことだった。特務官特権とやらで、なんとかなっているのか正直不安だ。そんなわけで、必要最低限の補給だけ済ませ、そそくさと現場を後にすることにした。

あと、その後に詳しい事情を確認した。結果、こいつは人に頼まれたりせがまれたりしたら断れないタイプだということもよくわかった。今後の教訓にしよう。

そんなこんなでシャトルの補給だけはなんとか完了し、自動航行にて移動を開始した。その間、貧血と疲れで食欲も無く、ひたすら寝ていたと思う。そして1日後、第七司令部のあるコロニーが見えてきた。体調もすっかり回復し、あとは主要宇宙港に寄港後、区画縦断トランスポーターに乗れば小一時間で・・・と思っていたら、さらなる不運が襲う。

寄港の準備に入ろうとしたとき、管制官から通信が入った。それによると、トランスポーターは未整備区画への延伸工事の為、今日1日は使えないとのこと。加えて、一般道路は不手際により大渋滞。そのため主要宇宙港で1日待つか、その3割ほどの時間と多少の労力をかけ、全長の半分近くを占める未整備区画を突っ切るかの選択を迫られた。

・・・答えは、明白だった。民間人も多く居る場所で1日も過ごしたら、本気で何が起こるかわからない。

 

主要宇宙港の反対側、未整備区画開拓用簡易宇宙港に着港する。その後、工兵隊から天候調整機の整備が終わるまで待つように言われたが、緊急案件だと言って押し通した。

実質自然の中の強行軍になるが、まあ仕方ない。士官学校のサバイバル訓練で土地勘もあるし、最短なら6時間、最長でも半日かからない。食料も装備も乗り物も、可能な限り確保した。訓練の経験からも、正直なんとかなると思っていた。

 

だがその選択を、私はわずか半日後に後悔することになった。

 

2.

「あっ!おしい!」

真っ白な頭の少年が、真っ黒な銃を構えて、真っ白なうさぎを狙っている。だが、20発まで装填できる弾倉の、もう半分は空になっている。

 

・・・さて、なんでこんなことになったか、順番に整理しよう。

まず私たちは、未整備区画の雪原の、ど真ん中で立ち往生する羽目になっている。その原因は、天候調整機の不調によるものか、急に吹雪きだしたことだ。借りてきたスノーモービルは、吹雪き始めてまもなく壊れた。かろうじてまともに動いたのは、トランクに積まれていたアサルトライフルだけ。整備班は、何をやっているのか。通信も通じないため、文句の一つも言えやしない。

それで、今何をやっているかだが、端的に言って、食料の現地調達をしようとしている。もっと言うなら、元は愛玩用の子孫であろう草食動物を、食用として仕留めようとしている。なぜ私が撃たないかと言えば、貧血と空腹でピント調節筋が仕事をしないからだ。

そして、なぜ今私が空腹かについて。美味しい料理にありつくはずだったリゾートコロニーでは諸々のゴタゴタで食べられず、移動中は体調不良で食べられず、簡易宇宙港では食堂の混雑も相まって食べ損ねたまま、出発することになった。どうせあと6時間の我慢だと思っていたし、最悪の場合も携帯食料を食べればいいと思っていた。そして、その12時間後の今・・・。

「ムクロ!なんで食べた!携帯食料を、いつの間に!全部食べた!」

「だって、ジークさんが・・・ちょっとかじって、不味そうに・・・。」

携帯食料無断つまみ食い犯は、このように弁明する。確かに、出発前に少し齧ってみた。案の定あまり美味しくはなく、食欲は再び減退した。それを、見られていた。で、こいつは嫌いな食べ物を食べてあげると相手は喜ぶ、という事も学んだらしい。やっぱりこの子は優しいな・・・っておい!

「時と場合を考えろ!食べなきゃ死ぬんだよ!不味くても!」

ああ、駄目だ。大声を出したら、更に意識が遠くなってきた・・・。

 

・・・目の前にあるのは、なんだろう。

ああ、そうだ。シャーベットだ。お父さんが奮発して買ってくれた、一番高いやつだ。お母さんも、目の前で笑ってる。とっても綺麗で、食べるのが勿体無い。でも、我慢できない。いただきまーす・・・。

 

「・・・雪を食べるな!低体温で死にたいのか!」

突然聞こえた叱責に、反射的に反応してしまう。

「・・・はっ!すみません!教官!」

え?え?今、私は何歳だ?この前の誕生日のろうそくは7つだったから、7歳?いや、士官学校は14歳からだから、15歳?いや、ほんの数ヶ月前に卒業したから、17歳だ。17歳で正しい。

突然聞こえた声について、よくよく思い返すと、あのバケモ・・・ではなく、教官とは全く違っていた。そもそも、教官はギリギリ若者と呼べる年齢で、女性だった。その声は野太く、教官よりも一回りは年季の入ったような印象だった。

「・・・雪を直接食ったら、低体温で死ぬ。ついでに射撃も下手ときた。本当に軍属か?」

私は、必死に声を絞り出し、目の前の髭面の大男に返答する。

「いえ、今は、その、緊急、事態、でして。」

男は大きなため息をつくと、今度は銃を構えて寝そべるムクロの方へと歩いて行った。その脇にしゃがみ込み、肩と銃に手を触れた。

「・・・なっちゃいない。まず、銃床(ストック)は右肩に強く押し当てる。そして、側面に頬を押し付けて、視線と銃と身体を完全に固定する。」

ムクロの頬が、半分だけ面白い形に歪んだ。残念ながら笑う余裕はないが。

「・・・スコープの中の視界が、ぐっと安定するのがわかるだろう。そうしたら、今度は獲物をスコープの中心に捉える。だが、まだ撃たない。僅かに揺れる十字のマークと、獲物の動きが止まる、それが重なるタイミングを待つ。」

その言葉から、数秒ほど間が開いた。

「タイミングを待つ・・・待つ・・・今だ!」

カチャリという音に続いて、乾いた発砲音。同時に、真っ白な雪と、小動物の毛皮が真っ赤に染まった。

更にしばらく間を置いて、2発目、3発目の銃声が聞こえた。

それからしばらくして、やっと意識と視界が回復してきた。そこに見えたのは、耳を掴まれた3羽の兎の死骸と、少し申し訳なさそうなムクロの表情だった。

寝そべっていた私が起き上がるのを確認したのち、男は言う。

「・・・近くに洞穴がある。そこで吹雪を凌げ。俺が出来るのは案内までだ。獲物の解体調理の仕方は、もちろんわかるな。」

「はい!もちろん!」

どこにそんな元気があったのだろうか。考える前に答えていた。

 

3.

先程までの満身創痍感はどこにいったのだろうか。

洞穴へと到達した私は、官給品のガンナイフからサバイバルナイフを分離させると、これ以上ないくらい迅速かつ的確に、ウサギの銃殺体を兎肉に変えていった。そして、スノーモービルから持ち出した調理キットを展開した。肉の半分は焼き、残りは雪を溶かして煮込み、森から摘んできた葉でフレイバーを加え、それらをフルコースへと変えていった。食欲は、人間の限りなく根源に近い本能だと改めて実感した。早く、美味しいものを食べたい。それは、人間の生来のリミッターを外すのに十分だったのだろう。

最後に、髄液すら失い出汁ガラとなって積み上げられた、小動物の骨のみが残った。

今では、美味しかったということしか覚えていない。今になって、どれだけがっついて食べていたのかということに思い至り、すごく恥ずかしくなった。

 

少し落ち着いて、自分がやったことを思い返す。まず、恩人であった男に申し訳なさげに聞いた。

「あの、本当に全部食べてしまって、よろしかったのですか。」

少しの恥じらいと共にそう言うと、男は指を3本、前に突き出した。親指と小指を根本まで曲げ、残りの指をピン、と立てていた。

「・・・気にするな。俺なら、同じ時間でその三倍は獲れる。」

・・・へえ。少し、違和感があったが。まあ、いいか。まずは、お礼だろう。

「本当にありがとうございます。あの、お名前を頂戴してもよろしいでしょうか。」

自慢じゃないが、多少の貯金はある。今後の収入の算段もある。命の恩人に改めてお礼をするため、男の連絡先を確認しよう、そう思った。

「・・・名乗るほどのものじゃない。まあハンターとして、当然の事をしたとでも思っておいてくれ。」

猟師(ハンター)。スポーツハンティングのプロか、富裕層におろすジビエ業者、でいいのだろうか。

 

その後もなんとか聞き出そうと頑張ったが、のらりくらりと躱され続けた。そして話題はだんだんと、とりとめのない雑談へと変わり、気づかないうちに私の身の上話へと変わっていった。

「・・・その歳で尉官か。士官学校の出だとして、保護者の諸諾書が必要な歳だったはずだ。だとすると、親は軍属か。」

私は、首を横に振った。

「いいえ。私の両親は、辺境のコロニーで畜産をしていました。富裕層向けの畜産物の生産で、裕福とは言えませんでしたが、生活に困窮したことは、ありませんでした。」

「・・・ならば、なぜ。」

隣に興味津々と顔に書いてあるムクロがいるからだろうか、それとも男の聞き方が上手いからだろうか。ついつい、口が軽くなる。

「夢が、あったからです。」

私は気付けば、思い出のほぼ全てを吐き出していた。

幼い頃に、あのリゾートコロニーで観た映画で、地球の存在を知ったこと。そこにある海という世界の、その果てしない蒼の世界の美しさに、不可思議な生態系に、心を奪われたこと。絶対にそこに行って、映画のように全身で堪能したいと思ったこと。そして、幼年学校の卒業が迫ったあたりで、最も現実的な方法は軍直属の地球圏調査船団に所属することだと至ったこと。

・・・一応、これまでの話の中で、軍の機密事項は一切漏らしていないと思う。

「・・・地球圏調査船団は、無期限の解散となったはずだ。ならば、なぜ今もそこにいる。」

答えづらい質問だった。正直これは、自分でも整理できていない。

「まあ・・・そうですね。強いて言うなら」

少しの間、言い淀んだ。それでも失礼よりはと思い、答えた。

「遺されたであろう思いに、どうこたえていいかわからないからだと、思います。」

すると男は、顔を伏せて考え込んだ。

「・・・辺境のコロニーの畜産家。その口ぶりから、もう亡くなっている。遺されたという表現から、命日はおそらく2人とも入学から卒業までの3年間。」

ぶつぶつと独り言を言い終えると、顔をあげ私に向き直る。

「まさか、君はアジュール家の・・・」

その言葉に、私は驚いた。

「知って、おられるのですか。」

気付けば、その声には期待が籠っていた。私の知らないことを、目の前の人間は知っているかもしれないと思った。

「・・・いや。済まないが、面識はない。ガキの頃、そこの牛乳がお気に入りでな。面識があっても、祖父母の代だろう。それすら、かなりの過去の記憶だ。」

正直、少し残念に思った。でも、それが伝わらないように努力した。男は続けた。

「・・・災難な、事件だったな。」

「いいえ。あれは、事故です。」

死因は、凍死。原因は、天候調整機の誤作動。区画内の気圧と気温が急激に下がり、凍死に至った。異常発生と同時に低酸素で気を失ったため、苦しんだ犠牲者はいないだろうと聞いた。畜産エリアは大気汚染を防ぐため、細かくブロック分けされている。そのため、被害者の総数は少ないものの、近所の知り合いも、幼馴染と呼べる同級生も、私の周りにいた人間だけを、根こそぎ奪っていった。・・・みんな、助けられなかった。

母の最後の手料理は、持ち込み禁止の中、持たされたプリン。きっと、途中で帰ってくると思っていたのだろう。最期まで、少し複雑そうな顔で背中を押してくれていた。

父の遺品と呼べるのは、書きかけの手紙。私の夢に対して、きっと叶うと言った、最初で最後の言葉だった。

この時は、自分でも何を言っているのか、よくわかっていなかったと思う。一つ確かなのは、男はずっと、私の言葉を静かに聞いていたことだけだった。

 

数時間ほど経過した当たりだと思う。男がおもむろに立ち上がり、洞穴の外を見て、言った。

「・・・吹雪が止んだな。俺はもう行く。」

確かに、弱まってはいた。だが、実際は要注意と教わる降雪量だった。

「まだ、雪は降っているようですが。」

私は、男の身を案じて呼び止めた。

「・・・いや、俺ならこの程度、問題は無い。早く行ってやらないと、妻と娘が寂しがる。」

私の表情を見て何か感じ取ったのか、男は言葉を続ける。

「・・・墓が、ある。」

「そう、でしたか。」

この時だけ、察しが悪すぎた。申し訳なくなった。

数秒の後、男は再び歩き出した。

「・・・それと。」

洞穴を出かかったあたりで、男は振り返った。そして最後に、一言だけ問いかけた。

「・・・人は、死んだらどこに行くと思う?」

突然だった。難しい問題だった。でも、似たようなことについては、なんとなく、日ごろから、考えるようになっていた。

「・・・私は、彼らは何処にもいかない、そう思います。文化の数だけ死生観があり、間違いはない。ただ一つ確かなものは、いなくなった人間は、思い出の中で、少しずつ元の人間から離れていくということです。」

家に帰れば、いつでも同じ景色が待っている。そう、勘違いをしていた。

「・・・小さなころから、夢ばかりを追いかけ、親元を離れて、最期にさえ・・・。思い出そうとしても、漠然と、優しかった、料理が上手だった、としか思い出せません。」

私は、家族のことを何も知らなかった。2人の生い立ち、出会い、プロポーズの言葉、などなど。未来のまぶしさに目がくらみ、興味を持つこともなかった。あの家に帰れば、当たり前のように待っているものだ、と思っていた。きっと、もう昔を知っている人を見つけ出すことも困難だろう。知っていそうだった人たちも、みんな、あの夜に。

・・・事切れる瞬間、どう思っただろうか。ただ独り生き残った私のことを。精一杯のことをしたが、結局は何も成せなかった私を。今でも時々、嫌な妄想が頭を過ぎる。だから、進む以外の道は無くなった。

 

男は私の一方的な告解を聞くと、軽い会釈ののちに、再び向き直って去っていった。

男の背中が小さくなっていく。

私は、少々の違和感を噛み締めながら、見えなくなっていく男の背中を眺めていた。

 

・・・ん?

待てよ?

脳にエネルギーが補充されたのか、放置していた違和感について考える余裕が出来てきた。やはり、あの男の言っていることは、ところどころおかしい。

まず、本当に銃器を扱うハンターなら、軍人相手に身分証を提示しない点は不自然だろう。お礼の為に名前を聞いたとき、それらを提示していればスムーズだった。のらりくらりと話題を逸らそうなんてしないはず。

次に、ムクロに教えていた、射法の違和感。地上での射撃は、関節を固め、骨を介して地面と銃を一体化させる。自分の身体を使って砲台を作れと教わった。逆に宇宙遊泳中は精密な位置調整は不可能。だからあの男が言っていたように、銃の固定ではなく発砲のタイミングに重点を置く。

加えて、指で3の数字を示した時。彼は小指を曲げても、薬指がしっかり伸びていた。このかくし芸が必須スキルになる職業が、この時代、一つだけ存在する。両手に握る操縦桿のボタンやトリガーを、複雑かつ高速に動かす必要がある者。つまりは・・・MS(モビルスーツ)操縦者(パイロット)

さらに、富裕層の出だと仄めかしていた。祖父母の代なら、さらに。本当に軍の高官か大企業幹部に絞られるだろう。

・・・富裕層の出でありながら、身分を明かせない。MS(モビルスーツ)操縦ができ、主戦場は宇宙。・・・1人だけ、心当たりがあった。

 

「ムクロ、すぐに発つ準備をしろ。司令部まで急ぐぞ。」

父譲りの肝心な時だけ鋭い直感は、あの男は悪人じゃないと言っている。だが、母譲りの論理的思考が、それを否定する。

「奴は・・・テロリストだ。」

 

4.

「・・・今、戻った。どうだ、ケン。」

「ああ、順調だよ、親父。ただ、理由は分からないけど、少しずつ集まってきていて持って数十分。・・・そちらは。」

「・・・まあ、いろいろな意味で想定の遥か下。それだけあれば十分だ。作戦の修正はしない。・・・回収といこう。」

「回収。・・・殺す気、なんですね。」

「・・・なんだ?俺の指示に異論があるのか。」

「いいえ。思い出して、いたんでしょう、家族のことを。」

「・・・馬鹿言え。妻はもっと目つきが優しかったし、娘もあんなアホ面じゃなかった。そう・・・今、俺にだけ見えているように。」

「出すんですか。奴を。」

「・・・ああ、俺が単独で行く。お前たちは脱出の用意をしていろ。」

「でも、また、家族を、撃つんですね。」

「・・・あれは、偽物だ。奴が化けた幻だ。それを、引っぺがす。それこそが、トリガーだからな。」

「同じ国の・・・被害者ですよね。」

「・・・大義の為だ。」

 

「喰らえ。」

 

百貌の狼(バルダンデルス)。」

 

5.

「急げ。出発するぞ。」

男が去ったあと、2人がかりで大急ぎで調理具を片付け、生ごみを埋めて処理する。

ガチャガチャとやかましいが、気にしている余裕はない。雪は、まだしんしんと降り続けている。男の姿は、何処に消えたのかは、未だに分からない。だが、この状況で強襲されたらひとたまりもない。

最低限の荷物を持って洞穴を飛び出すと、ちょうどまた吹雪が強くなってきた。このまま徒歩で移動することは無謀だ。・・・仕方ない、どれだけ出現を保てるかは分からないが、イチかバチかハゥフューレを出そう。そして、可能な限り司令部の方向、開拓済みブロックへの移動を試みる。唯一の懸念点は、それがいつ消えるか分からず、上空でいきなり消えられたら困ること。だが、まずはそれぞれ荷物を背負い、大急ぎで敵の知る居場所を離れることにする。

 

・・・待て。少し、足を止めろ。

嫌な予感がする。

何だかわからないが、胸騒ぎがする。

その正体を頭の中で探っていると、背後で声がした。

「・・・ジャバウォック。」

・・・白一色の世界に、巨大な赤い影が出現する。

「・・・!?おい、ムクロ!何を勝手に・・・。」

その不用意な行いを注意する、つもりだった。

だが、その行いの理由らしきものに、感づいた。肌で感じる空気の流れ、違和感に気が付いた。・・・何かが、来る。

前方、斜め上。

空気を切り裂き、何かが、飛来する。

 

雪によって形作られた真っ白なスクリーンに、大きな影絵が映し出される。

あの形は・・・蝙蝠!?

そう認識した次の瞬間、それは巨人の上半身に覆いかぶさった。いや、逆に巨人が捕まえたのかもしれない。風は強くなり、視界の霞みがより一層酷くなる。一塊の巨大な影が蠢いている、それだけしかわからない。

・・・今は、固唾を飲んで見守るしかない。考えろ、加勢する方法を。・・・信じろ、今は待て。

やがて・・・その影が、二つに分かれる。片方が、派手に転んだ。もう片方が斜め上へと飛んでいき、やがて霞んで、見えなくなった。

 

・・・今しかない。

「・・・ムクロ、跳べ!・・・全力で!」

巨人の影が起き上がるのを確認した後、声の限り、私は叫んだ。

「・・・え?」

当然のように疑問符付の反応が返ってくるが、今は説明している時間はない。冷気で痛んだ喉を無理矢理震わせ、続けて叫ぶ。

「いいから!」

「・・・あ、はい!なら、跳べ、ジャバウォック!」

真紅の巨人は、全身に配置されたスラスターを、同時に噴かせる。・・・だが、飛び立つことは出来なかった。踏切に失敗し、うつぶせの姿勢になって、少しくぼんだ雪原を残し、そこから少し先の新雪の上に頭から墜落した。

・・・だが、それで十分だ。ホワイトアウトした視界のために確認しづらいが、足元の雪がどうなったか。大部分は、その爆風で吹き飛んだ。だが、残りは。・・・計算通りだ。

 

私は、取り出したパックにナイフで穴をあけ、先日取ったばかりの私の新鮮な血を、先ほど出来たクレーターの中へと放り投げる。そして、私自身もその中に飛び込み、着地する。先ほどの噴射熱で溶けた雪、投げ込んだ血によって赤く染まった水たまり。それを確認し、私は叫んだ。

「・・・来い!ハゥフューレ!!」

 

泥水の中、蒼い巨人は三度目の出現を完了する。

急いで飛びつき、ハッチを開け、操縦席(コックピット)に乗り込んだ。少しばかりの雪が入って来たが、気にする余裕も当然ない。

続けて、コンソールを立ち上げる。

センサー画面、レーダー画面に映るのは、赤い、ジャバウォックのみ。念のため友軍登録をしておいてよかった。味方の位置と、ついでに付近の地形もよくわかる。左手側のウィンドウにやや違和感があるが、右手側の違和感が強すぎる。だがやはり、気にしている余裕はない。

 

・・・よし、なんとか、とりあえずの戦闘準備は整った。少佐からの許可もあるし、大丈夫だろう。たぶん。しかし、何故だ。計器類の表示を見ても、敵機らしい反応がない。敵は何処だ。どこにいる、あの巨大な蝙蝠は。

更に不運なことに、積雪は厚く、足場が悪い。気休めだが、脚部バランスの設定変更を・・・設定がまだ少ないな。半自動調整にしておくか。ついでに念のため、隣でもがいている僚機にも指摘を入れておく。

「ムクロ、お前も脚部動的調律器を不整地用にしておけ。わからなければ、操縦桿のダイヤルを目一杯時計回りに回して、少しずつ戻せば良い。」

おそらく素人であろうムクロに、外部スピーカー経由でアドバイスを飛ばす。ふつうならこれで伝わるはず・・・だが。

「えっ・・・?出来ません。」

・・・出来ない?なんだ、反映が遅いのか。

「なら、同じダイヤルを2回押せ。一度AMBAC設定にして歩行設定に戻せば、部分再起動がかかるはずだ。」

とりあえずは、この操作をしておけば問題はない、はずだ。・・・だが、続く返答は、想定を遥かに下回るものだった。

「何を言っているのか・・・さっぱり。MS(モビルスーツ)って、そうやって、動かすものなんですか?」

・・・はい?

何を言っているのか、はこっちの台詞だ。MS(モビルスーツ)に乗ったことすらない素人でも、そんな反応をする奴はいないだろう。例えるなら、車に乗っておきながらどうやってカーブを曲がるのかわからない、レベルの話だ。

・・・いや待て、こいつはこの機体で何機もMS(モビルスーツ)を撃破してきた。しかも、熟練者ですら難しい操作を、ぶっつけ本番で成功させて・・・。もういっそ、聞いてみよう。

「・・・じゃあ、あのリゾートコロニーの戦闘の、複雑な、動きは?」

頼む。なんとか超人技とか、達人芸で済むような方法であってくれ。

「どうやって・・・あれを壊せって、頼んだだけです。あとは何も・・・。」

頭が、痛い。というか、首から上が全部痛い。気づけば、表情筋は引き攣っていた。ああ、と声を漏らす。あいつ、想定していた最悪の底を、余裕でぶち抜いてきた。

 

6.

・・・どうする。敵の位置が分からない。

とりあえず、足手まといの味方を背後に位置させる。だが、敵の動きが分からなければ、根本の解決にはならない。さっきまでなら空気の流れで分かっただろうが、今は無理だ。だんだんと風が、吹雪が激しくなってきた。このタイミングで襲われたら、知覚すらできないだろう。・・・仕方ない、現状で対処する方法は、影が見えた瞬間。そのタイミングで、それを迎撃するしかない。

 

・・・よく見ろ。遠くに、白い靄の向こうに、黒い影が見えた。

だが、あの蝙蝠はもっとスレンダーだった気がする。

・・・そう考えていたら、背後からいきなり、発砲音と閃光。慌てて振り返ると、靄の先に閃光が見えた。二発、三発、四発と続いたところで、光と音は収まった。

後ろにも、敵が。そう思って振り返ったが・・・が、いや待て。何だ、あれは。

「・・・ムクロ、それは、何だ?」

真紅の巨人の手には、巨大な銃が握られていた。先ほど兎狩りに使ったそれを、10倍に拡大したようなそれだった。銃口からは、ついさっき発砲しましたと言わんばかりに、揺らぎが立ち上っていた。シートとワイヤーが、開梱途中のように半端に巻き付いており、シートに空いた、焼け焦げた真新しい穴から、銃口のみが顔をのぞかせていた。

「・・・銃です。」

ムクロは応えた。

「・・・知ってる。」

むしろ、多分私の方が知っている。EN(エネルギー)パック式汎用ビームライフル。高濃度プラズマを帯びた微粒子を圧縮、発射する。弾倉型のEN(エネルギー)パックを搭載し、本体の動力によらず安定した出力を得ることが出来るのが特徴だ。このタイプの弾数は、標準で10発。現在、正規軍の一部の部隊に、少数配備されている。

「・・・どこにあった?」

「あの、白いのから取り上げて、それで・・・。」

・・・それで?急に、言いよどんだ。

「ジャバウォックが消える前に、返すのを、忘れて・・・。」

・・・はい?しばらく思考がフリーズしていたら、さっきまで敵がいた方向から右手に90度の位置に再び、素早く動く影が見えた。それに気付いた瞬間だった。真紅の巨人は、それに向かって腕を、銃をまっすぐに伸ばした。そして、再び4連続で火を噴いた。

だが放たれた光は、おおよそ蝙蝠の翼幅二つ分くらいを開けて、虚空に消える。へたくそ、あの男に習ったことをもう忘れたのか。・・・と言いたかったが、どうやらこいつは音声入力で動いているらしい。悪いのは、へたくそなのはジャバウォック、お前か。いや、だがせめて、梱包は解いておけよ。そんな有様で精密射撃なんて、出来るわけがないだろう。

 

だが、遠距離武器が一つ増えたことは、心強く思えた。だが・・・いや、ちょっと待て。これで、残弾は。今まで、何発撃った?

「・・・待て!もう撃つな!インジケータ・・・じゃなくてその銃をよく見せてみろ!」

私のIDで、ライフルの火器管制システムにアクセスする。・・・残弾は、なんと1発。撃ったのは、確か8発。数え間違いか、それとも総弾数の記憶違いか。

・・・しまった。すっかり忘れていたが、ビームライフルは設定次第で、コロニーに大穴が開く。まずいと思い、大急ぎで戦闘設定を確認する。・・・よかった、予めコロニー内モードになっていた。これなら定格射程外のビームは、外壁に至る前に減衰しているはず。さっきの流れ弾が、コロニーに穴をあけることは無いだろう。

・・・だが、どちらにせよ、貴重な武器を盛大に無駄遣いしたことは確実だった。

 

再び、靄の向こうに影が見える。だが、妙に低い。あんな低空飛行をしていては、立ち木に干渉するだろう。だが、影は大きく、濃くなる。それに対して身構えた・・・次の瞬間、影は急激に遠ざかって、消えた。

・・・あんなに、急旋回もできたのか。迎撃する準備をすかされ、少しバランスを崩した。真紅の巨人は勢い余って、再び転倒した。

あんなに低く、空気を乱さず、急旋回が可能な飛翔体が、あるのか。気のせいだったのだろうか。だが、嫌な予感がする。右半身の毛穴が、一斉に逆立った。まさか・・・フェイント!?

・・・まずい、奴の狙いは。そう思った次の瞬間には、鈍い金属音が耳に届いていた。右手側、ムクロがいた方向だった。センサーを無視して肉眼で目を凝らすと、ぼやけた視界の中に、光り輝く二本の刃が見えた。

・・・獣だ。光と熱を放つ犬歯を持つ、巨大な猫がそこにはいた。だが、その体は私の知るどの猫科とも違った。まず、MS(モビルスーツ)を組み伏せるほどの大きさであるはずがない。そしてところどころ、金属製のオブジェのようになっている。・・・MA(モビルアーマー)、すなわち人型でない、機動兵器の類か。

もう一体、いたのか?・・・いや、何故だがそうは思えない。

いや、そんなことはどうでもいい。今まさに、その巨大な牙が、真紅の巨人の急所に突き立てられようとしている。あの時見せた口内のバルカンは、おそらく射角が取れないのだろう。更に、いくら強化人間でも、さすがに溶鉱炉以上の熱密度となる刃が直撃しては、ひとたまりもない。

何か、何か手はないか。だがなぜ、明らかにビームかレーザーを使用しているのに、熱源センサーに引っかからない。そう考えながら頭をフル回転させていると・・・ふと、耳に何かが届いた。そのように、感じた。

「・・・本当に、あれにラビスが・・・」

「・・・ぼさっとしてないで、撤退を・・・」

何だろうか。右手の遥か先から、声が聞えた気がした。辛うじて聞こえた内容を繋ぎ合わせると、この猫に乗っている人間の仲間、でいいのだろうか、そんな内容の、会話だと思えた。

それを元に私は、ある打開策を思いついた。・・・いや、これだけはやっちゃいけないだろう、人として。いや、まずは生き残ることが先決だ。だが、格好いいとは言えない。でも、どちらにせよ、イチかバチかだ。

 

私はその声が聞えた気のする方向に、蒼い巨人の、右の人差し指を向ける。そして、外部スピーカーをONにして、こう宣言する。

「・・・動くな。仲間が・・・吹き飛ぶ、ぞ。」

いや、言われなくてもわかっている。その通り。人質作戦だ。

「・・・ジーク・・・さん?」

ムクロが、予想通りの反応を返してくる。その上にまたがる四足獣も、動きを止める。

・・・わかっているよ。はっきり言って、あてずっぽうだ。本当に仲間があっちに居たとしても、卑怯で格好悪いことこの上ない。

だが、そんな心情を知ってか知らずか、獣は真紅の巨人への止めの一撃を続行しようとして、牙を振り下ろそうとしている。それを見た私は、焦ってこう付け加えた。

「・・・脅しでは、ないぞ!」

私は、その言葉と同時に、照準をやや下方におろした。その後、銃爪を引いた。指さす方向へ、水の弾丸がまっすぐに飛び、はるか遠くで岸壁が抉れるような音がした・・・気がする。複数の人間がざわめくような声が聞えた・・・気がした。

それを見た獣は、抵抗すらままならない真紅の巨人を捨て置いて、こちらに襲い掛かる。よし、上手くいった、わけではないが、なんとか状況を変えることが出来た。

・・・と、思ったのもつかの間、操縦席(コックピット)内に警告音が鳴り響く。見れば、件の棒グラフが示す残弾量が残り少なく、赤く点滅している。・・・弾切れだろうか。どうしてこんなに減りが安定しない。こんなことで、数少ない武器を使い切ってしまったのか。

 

どうする。残る武器は、残弾1発のライフル。

だが、それを取り上げたところで、当てられる自信なんて微塵もない。なぜか役に立たない計器類、最悪の視界、加えてあの機動力だ。おそらくロックオンも機能しない。画像認識よりも、肉眼と直感の方が役に立つ。

 

吹雪の中、視界は再び白一色に染まった。肉眼では、少し先の状況すら判別できない。

加えて、周囲には20m近い高さの木々をはじめとする、無数のオブジェクト。奴は、それを最大限運用して襲いかかる。現にたった今、木の陰から四足獣が前足を振りかざして・・・飛び掛かってくる。どうやら、完全に目標をこちらに移したようだ。

双肢の爪に対し、両腕を掲げてガードを試みる。その鋭い爪を避けて、イエネコで言う肉球のあたりで受け止めた。結果、かすり傷で凌げたが、今度はその両腕を踏み台にして、獣は大きく飛びのいた。更に、影が消えていった方向から発砲音が3つ。おそらく、前肢の付け根に見えた、連装砲だろうか。そこから飛来する弾頭を、腕の周りで凍結していた氷塊も利用し、角度を付けて跳弾させる。一瞬でも対処が遅れていたら、重合金徹甲弾が操縦席(コックピット)を貫いていた。

 

・・・確かに。

こいつは、強い。

あの自称狩人との関係は分からない。

実力はおそらく、今まで戦ってきた相手の中でも五指に入る。

 

それに加えて、操縦席(コックピット)内のウィンドウでは、一切認識できない。内部処理変数をいくらかいじってみたが、全く効果が見られない。おそらく、あの機体に備わった特殊なステルス性能だろう。

対する相手は、どうやってかは分からないが、この状況で、こちらの位置を正確に把握している。こちらのセンサーがエラーを返す靄の中でさえ、攻撃の手が緩まない。

この二つの特性を存分に発揮し、圧倒的有利な戦況を作り上げている。だからこその強さ。

そして、よりにもよってこういう時に死角や急所を預けあう相棒は、今まさに起き上がったばかり。

・・・問題児だと思っていた奴らが、本当は頼もしかったことを再認識した。

 

確かに、敵は強い。

でも。

でも、最強じゃない。もっと強いやつらを、私は知っている。

・・・私よりも、目の前の敵よりも。

さっきの初撃もそうだ。あのバカならきっと、腕と腕の僅かな隙間に爪をねじ込んでいた。ハッチ越しに、私の肢体は引き裂かれていた。

次の銃撃もそうだろう。あの距離だ、視界なんて関係ない。あいつならきっと、跳弾のベクトルすら計算して命中させていた。操縦席(コックピット)には少なくとも一つ風穴が開き、私の体積は半分に削られていた。

・・・そして、あの人ならきっと、その両方が出来た。いいや、それどころか、運よく二撃は凌げたとしても、思いもよらぬ三、四撃目が飛んでくるのがいつものパターンだった。

そんなバケモノどもと模擬戦を重ねて、うっかり死んでいないことが、今でも奇跡だと思う。

 

・・・やりようはある。

あれは、少なくともエミナさん、じゃなくて教官よりは強くない。件の2人を合わせたバケモノ4人と組んで、それでも一発入れるのがやっとだった、あの怪異の類ほどの強さはない。士官学校時代から教官就任、特務部隊異動までの12年間、無敵無敗だった怪物にはさすがに及ばない。

 

加えて今は、意表を突くためのカードはこちらにある。

ジャバウォックの赤い装甲に、音響ケーブルを射出、貼り付ける。これならフレームに伝導して、中にだけ声が聞こえるはずだ。

そして、作戦と、意気込みも伝える。

「・・・やるぞ、ムクロ。生き残ろう、一緒に。」

 

7.

・・・よし。

あれから、何度かの攻撃を凌ぎ、いくらかパターンが分かってきた。風が強く、乱雑になるタイミングで、なぜか急に攻撃が止む。あくまで勘ではあるが、おそらく視界は関係ない。そういうものだと割り切ろう。何より、これ以上は体力と集中力が持たない。今の、この風が止んだ瞬間が、こちら側のラストチャンスだ。

 

私は、赤い僚機に可能な限り接近し、最後の仕込みに取り掛かる。荒れ狂う風は雪を巻き上げ、視界もホワイトアウトする。だがこちらは、センサーで唯一の味方の外形をとらえることが出来る。頼む、風よ。しばらくの間、吹き荒れ続けてくれ。・・・だが、その願いもむなしく、間もなく風は大人しくなる。

風速センサーを基準にすると、おそらく秒速30mが攻撃のボーダーラインだろうとあたりをつける。私は、少しずつ前に出る。100m程度、離れただろうか。そこで、直立する。そして、徐々に回復していく視界に、極度の緊張を以て臨む。

 

後ろには、雪に腰を下ろしたままの真紅の巨人。目の前には、光る二本の刃と獣の陰。

まるで品定めでもするように、獣は周囲をゆっくりと旋回する。どちらを狙うかは分からない。だが、普通は攻撃手段を有する方から倒す。足手纏いから先に狙わない。おそらくその爪と牙は、私を狙っている。頼む、そうであってくれ。

 

精密な射撃をする方法で、素人でも可能なもの。二つだけ思いついた。一つは、密着して撃つこと。言うなれば、ゼロ距離射撃。もう一つは・・・

頭の中で、立てた作戦を反復する。ちょうど二週目の終わり際だった。こちらの様子をうかがっている獣が踵を返し、まっすぐに、私の方に向かって飛び掛かった。

やはり、奴は接近戦に比重を置いている。おそらく目立たず、確実に、操縦者(パイロット)のみを潰すために。だからこそ、あちらは極力、銃砲を使わない。正規軍に発見されるリスクは、極力減らそうとするはずだ。

そして、それも含めて向こうの目算通りだろう。唯一、なんとか動ける私が、カウンターで仕留める以外の手段が無いということも。

だが、ただ一つ・・・これだけは悟られてはいないだろう。後ろに控えている者に、託したものだけは。

 

影の形が、みるみる鮮明になる。目の前に、今まさに、飛び掛かる獣。振り下ろされる爪。その後ろに並ぶ、一対の光の牙。その姿がはっきりとした、その瞬間。

目の前の敵の動きに集中する。同時に、作戦を反復する。

精密な射撃。残り一発の弾を確実に当てる方法。それは・・・標的の近くの囮、それに向けて、無理やり銃身を固定すること。

「・・・今だ!」

ジャバウォックの右手には、あと一発しか撃てないライフル。銃身の先端には、あの梱包ワイヤーがくくりつけられている。だが奴にはきっと、音響ケーブルに見えていたはずだ。そしてワイヤーのもう片端は、ハゥフューレの右手に。目標は、伸ばした右腕の、その先に。右腕とワイヤーを介して銃口と目標が自然と一直線になり、衝撃は両端に伝わる。そして、伸びきった右腕と、爪が激しく激突した、その瞬間。・・・合図を認識した、ムクロが叫んだ。

「撃て・・・ジャバウォック。」

銃身を通り抜けた光は、ワイヤーを焼き尽くしながら一直線に飛んでいく。光が通るルートは分かっていたが、躱わしきれずにぎりぎり右腕を掠めた。そして、発射された粒子の熱エネルギーは獣の表皮を焦がし、爆発と合わさった運動エネルギーは獣を弾き飛ばした。そしてそれは遥か前方、木々の生い茂る先へと吹き飛ばされ、それらをなぎ倒していった・・・。

 

飛んで行った先に、動きは見られない。

・・・どうだ、どうなった。

 

8.

しばらくして、雪煙が晴れていく。敵の姿が、露になる。

四足獣の脇腹は、大きく抉れていた。いや、その姿は、すでに四足獣ではなかった。二足歩行の、人型。だが、その体には今まで戦ってきた獣たちのような意匠が、ところどころに見られた。

周囲を確認する。・・・敵影は、他にない。あの蝙蝠も、あの猫も、全てあの人型から派生したものということなのか。

だが、一番不可思議だったのは、その体色が、白銀の世界に溶け込むはずもない山吹色であったこと。

そして、その顔は、こちらの2機と何処となく似ているような気がした。

・・・そういうことか、謎が解けた。あれの正体、やっと分かった。

「やはり、フェアリーテイル・シリーズ。あれが基本形態・・・なのか。」

どうする?このままとどめを刺すか。いや、すでにこちらも満身創痍、攻撃手段も、もう無い。・・・などと考えていると、急に目の前の人型の装甲板が流れるように位置を変え、その骨格が細長くなった。その物体は、頭を上にして、たちまちとぐろを巻いていった。

「蛇、あんな形態も!?」

咄嗟に構え直すが、そんなこっちを他所に、その蛇は雪の中に潜った。そして、こちらとは反対方向に線状の跡を残しながら、一目散に逃げていった。

 

敵影らしいものは、もうない。

どっと疲れが押し寄せてくる。

「・・・結局、何だったんだ?」

 

まあ、いろいろ考えていても仕方がない。

「とりあえず、このままこの区画を抜けよう。」

未整備区画と司令部を隔てるゲートまでの道筋は、残り半分ほど。落下しても何とかなる雪の厚い場所の上空を飛行し、少しでも距離を詰めよう。そっちも飛び立つ準備をしろと言うが、僚機は、動こうとしない。

「・・・動かないんです。」

おかしい。さっきまで、銃撃の瞬間まで動いていたはずだ。ここから急に壊れるなんて、おかしい。・・・だが、故障なら仕方ない。受け入れるしかない。

「なら、ひとまずこっちに乗れ。ジャバウォックなら、返せばいい。」

・・・返す、という表現が正しいかは、分からない。とにかく、以前やっていたように、消せばいいという意図さえ伝わればよかった。・・・だが。

「・・・消え、ないんです。」

消えない、だと。・・・どうする。置いていったら、あの連中に盗まれる。かといって、空輸もできない。途中でハゥフューレに消えられたら、下手をすれば私たちは下敷きだ。

・・・どうすればいいか分からず模索していたら、選択肢が一つ消えた。私は、一足先に空中に放り出されていた。ハゥフューレが、消えた。私はふかふかに積もった雪に、人型の穴を残して墜落する。空輸という選択肢が、消えた。歩いていくしかなくなったとも言う。

 

・・・本当に、どうする。

そう思っていると、崖の上に人影が見えた。また、敵か。そう思って警戒していたが、それはすぐに杞憂だと理解した。

憲兵隊。

軍直属の警察組織。つまりは味方。

 

私は、喜んで手を振り、合図を送る。これで、助かったと思った。これで不自由な旅からは解放される、はずだった。

・・・だが、様子がおかしかった。遭難した味方の救出にしては、妙に警戒感があった。彼らの制式ライフルはなぜか、全て私に向けられていた。雲行きが怪しくなる。そして、その謎は、その隊の隊長の第一声によって、瞬く間に解けた。

「ジークリンデ・アジュール少尉!エミナ・シュトラール特務官の殺害、並びに特務官証の不正使用の容疑がかかっている。我々に同行されたし!」

 

・・・え?

不正使用?・・・これは、少佐から受け取ったもので。

殺害?私が、いつ、だれを。

死んだ、殺された?誰が、エミナさんが?・・・私に?

おまけに、動かなくなった、ジャバウォック。

 

もう、なにがなんだか。

せめて頭の中を整理する時間くらい、もらえないのか。

 

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