機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル-   作:7746MRRWAY

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第四章 時を超える言葉

1.

第七司令部の留置所、面会室。

目の前には、この件の元凶の1人もとい、エルピナス少佐が座っている。

さすがにタイツもといベース・スーツは脱いでおり、正規の軍服と制帽を着用している。

「・・・ですから、基地へは、ちゃんと伝令を飛ばしました!ですが運悪く、一足早く照合が行われてしまい、悪用とみなされ、第一容疑者になってしまったわけです!そういうわけで、今日の晩にも寮に帰れますよ。あと数日付き合っていただければ自由の身なので、辛抱してください!」

大量の嫌味がノイズだったが、この件のあらましは理解できた。

話をまとめると、私が受け取った特務官証は、殺害されたエミナさ・・・教官、もといシュトラール大尉のそれであったとのこと。そうとも知らずにリゾートコロニー・ファシータの事件で特務官証を都合よく使ってしまい、その詳細が照合されたこと。さらに教官のバイタル停止通知パケット、つまりは死亡情報の送信が劣悪な通信環境によって遅れに遅れ、死亡確認と特務官証照合のタイミングが重なったこと。そのため、情報の詳細な精査を待つことなく、殺害の第一容疑者として扱われたこと。少佐からの根回しの伝令も諸事情で遅れ、私がこの司令部への搬送を命じられたことが伝わっていなかったこと。

・・・いったい、何が悪かったんだろうか。通信機能に、照合機能。どこかのシステムに欠陥があるにしても、こうも不運は重なるものだろうか。

 

まあ、数日後の釈放が約束されているのなら、堅いベッドも携帯食料よりやや上等な食事も、なんとか耐えられる。

現状、心配はない。少し前まで嫌味なだけだと思っていた少佐は、私の誤解を解くため奔走してくれていたようだった。この際だから、かかわった事件の顛末についても、情報を共有しておこうと思う。

「・・・あのコロニーの、分隊長の件は。」

少佐は少し考えてから、私達を分断する透明な板に顔を近づけて、声量を小さくしてから、答えた。

「・・・端的に言って、あの件の、隊の離反の裏には、旧連邦残党か、もしくは現地球連邦の諜報員がいた、というのが我々の見立てです。ご丁寧にも、中央からの指令を偽造してまで。というわけで、あの連中は裏切り者の敵でした。さらに、首謀者死亡ですべては闇の中。見殺しにしたとか、気に病む必要はありませんよ。」

連邦の関係者・・・そっちにも、手が回っていたか。おそらく、ムクロとその家族の件とも繋がりがあるだろう。

「・・・そうですか、近年動きが無いと思っていましたが、まさか・・・本当に。」

少し引っかかることがなくもない。が、これ以上突っ込んでも、私達の身が危なくなるだけだ。あとは専門家に任せて、心の中だけにとどめておこう。

 

・・・だが、ただ一つ、既に確認し終わったものの、未だに実感がわかない事項が残っていた。

「・・・ですが、未だに信じられません。あの人が、殺害されたなんて。」

「それは、強さのお話ですか?」

「・・・それも、あります。」

私は、今でも勝てる気がしない。たとえ、10人がかりであっても。

「ほーう、大した自身ですねぇ?私なら、100人いても勝てませんよ?」

何が切っ掛けか、少佐の嫌味が復活する。うん・・・話が、脱線してしまった。

「すみません。改めて、死因についてお教え願えませんか。仮に何処の誰が黒幕だとしても、生身でも、MS(モビルスーツ)戦でも、あの人を殺害できる人間が存在するとは思えません。」

後者に至っては、艦隊ですら軽くあしらえるイメージがこびり付いている。

「・・・私共の見立てでは、犯人は、人間の敵う相手じゃなかった。まあ図らずも、貴女自身で仇を討ったことになりますね。」

・・・仇、私が。ああ、もしかして。

「・・・あの、黒いバッタですか。」

「ええ。意外ですか。」

「・・・はい。」

何故だか、激しいMS(モビルスーツ)戦の果てに、銃殺されたようなイメージがあった。あの、変な夢のせいだろうか。

「ですが、事実です。発見されたご遺体は、悲惨な有様でした。移送できる状態ではなかったため、小型の証拠品だけ回収して森に安置しておいたのですが、戦闘の余波か消失してしまいました。」

・・・仇を討ったのが私なら、亡骸を無下に扱ったのも私、か。

「回収できた証拠は二つ。一つは、貴女に託した特務官証です。基地への搬送ついでに緊急時の保険になればと思って渡したのですが、その道中でテロ事件なんて起こってしまうとは、さすがに想定外でした。」

「・・・はあ。」

搬送しろ、なんて命令を受けた記憶は、一片たりとも無い。

「社会に出るなら、察してください。・・・そしてこれが、二つ目です。」

そういうと少佐は、面会ボックスのガラス越しに、古びた眼鏡を、懐から取り出して置いた。

・・・教官の眼鏡だ。見間違うはずがない。確か父親の形見で、レンズを交換しながらずっと使い続けていると聞いた事がある。ところどころ、真新しいシミがついている。黒変しているが、血痕だろう。

・・・やっと、実感できた。

「・・・そんな、あの人が。」

あの人は、もういない。

・・・初めて会ったときは、優しいお姉さんだと、思った。家族旅行の途中、街で迷子になっていた私を、両親の元まで送り届けてくれた。・・・仕事をサボったと聞いたときは、本気で反応に困ったが。

そして3年前、士官学校で学生と教官として再開した時、覚えていると分かったとき、思わず泣きそうになった。それをあの人は、優しく抱き留めてくれた。

・・・まあ、そこから先の3年間で、その涙も枯れるような目にあったのだが。

そして、私たちの卒業と同時に、士官学校の教官職から異動になったと聞いた。詳細が一切明かされなかったために、不謹慎な笑い話にするものもいたが、まさか特務官になっていたなんて。・・・フラッシュバックと共に涙がにじむような地獄を見たのは、私たちの世代で最後になってしまった。

・・・でも、今は全く違う理由で泣きそうになる自分がいる。どれだけ思い返しても、地獄のような3年間が真っ先に頭に浮かぶのに。

 

「では、私はこれで。」

堂々巡りをする私の思考を、少佐の言葉が現実に引き戻した。そう言って席を立とうとする上官を、私は呼び止めた。

「・・・少佐、もう少しだけ教官、いえ大尉の事についてお教え願いませんか?」

すると、その上官の顔色は、一目で分かるほどに悪くなった。不機嫌とかいうレベルじゃない。生理的嫌悪を感じるものを、しこたま思い浮かべてしまったような顔に見えた。

「・・・いえ、その、あの女、じゃなくてシュトラール大尉には、その、トラウマといいますか、まあ、あまりいい思い出がなくて、ですね・・・。見てくださいよ、この鳥肌。」

軍服の、硬い生地の袖を無理矢理まくって見せてくれた。もはや鳥肌というより、蕁麻疹だった。・・・模擬戦無敗、暴の化身。あの人に地獄を見せられたのは、教え子に限らないことを思い出す。

「・・・お二人は、同期でしたね。」

確か私たちの12年前の先輩。

「とにかく、私の前で、不必要にあの女の名前を出さないでいただきたい!わかりましたね!では、お元気で!」

何だろう、初めてこの人に親近感を覚えた。口は悪いが、その本人の責任の部分も多いが、ここまで私の無実の為に動いてくれたのも事実だった。

「・・・は、はい。お忙しい中、本当にありがとうございました。」

「礼は不要ですよ。・・・あの、まさかとは思いますが、なぜ私がここまで奔走しているか、心当たりすらない?」

・・・これといって、思い浮かばない。

「・・・貴女が潔白でないと、私が疑われるからですよ。司令部に届いた、バイタルの停止時刻。ざっと、あの森の中での往路から、分隊長の暴走まで。後半に関してはベースキャンプの定点カメラにずっと映っていたので何とかなりましたが、前半が、どうにも。」

ああ、なるほど。意外と良い上司かと思っていた、私が馬鹿だった。

その嫌な上司が、やっと出口へと歩き出した。だが、ふいに足を止め、呟いた。

「ああ。あと、これは独り言なのですが。」

独り言にしては、大きい声に感じた。

「貴女の夢、叶う日は近いかもしれませんよ。」

・・・え?

え?

本当に、どういう意味だろう。まさか、地球圏調査船団の・・・再開?

「というわけで、今のうちに大衆に見られても恥ずかしくないお身体に仕上げておくことをお勧めします。それでは。」

「・・・セクハラで、直訴します。」

「だーから、冗談ですよ。」

最後にそう言って、制帽を被り直し、出入り口から出ていく男。

・・・脱ぐ訳ないだろ、軍の広報誌で。

 

2.

「あー、疲れた。」

留置所と取調室を往復すること、累計3日間。少佐が言った通りの日に、ようやく留置所で寝泊まりしなくてもよくなった。

開放感を噛みしめるように、大きく背伸びをする。

 

明日、改めて処分が下るので、それまでは自室待機。それが、刑務担当官の最後の指示だった。もっとも、殺害に関しては濡れ衣だ。ムクロの件、あのコロニーの件についてはまだまだ時間がかかるだろうが、同じくいずれ解決するだろう。

ただ、ムクロとはしばらく会えなくなるらしい。少佐の手配で、検査と調査が行われている、とのことだ。

いや、まず自分のことだ。7日ぶりのシャワーを浴びたい。

 

・・・寄宿舎は、こっちか。

といっても、自室は整理されておらず、荷解きもまだ終わっていない。第七司令部の査察隊、少佐の下に配属されてすぐの仕事だったから、仕方ないが。まあ、寝心地が改善されるだけ、まだましだろう。

 

だが、第七司令部か。士官学校で見知った顔も、何人か配属されていたはず。特に、仲が良かったのが、同室だったのが2人。決して悪いやつらではないが・・・できれば会いたくない。今日のように、ひどく疲れている日は特に。

よし、情報室と整備ドックは避けて、寄宿舎に直行して、寝よう。

 

・・・さて、唐突になってしまうが、軍人としての心理的適性を見るテストがある。おおよそ一般的に、古のトロッコ問題に例えられるものだ。問題は複数例にわたるが、基本的に多数の他人と1人の身内、どちらをトロッコに轢かせるかという問題。基本、民の為に自らを擲つ精神があるとか、仲間が必ず身内を助けると信じられるとか、理由は国によってまちまちだが、軍人ならば多数を助ける選択をするだろう。

で、このテストに対して、見事な珍回答をした奴らが、何人かいる。

「あ、ジーク!久しぶり、奇遇だね!」

・・・で、そのうちの1人が、複数の例題に対して、悉くに安全機構の不備説と改善案を提出した、こいつ。

「・・・ああ、カヌ。久しぶり。元気そうだな。」

「うん。おかげさまで。」

 

カヌ・ブローニ。士官学校の同期にして、同室。技術科目で圧倒的な成績を収めたうちの1人。特に工学分野に造詣が深く、機械式ライフルの分解組み立てで、人類最速記録をたたき出したバケモノだ。何より、あらゆる機械の構造を一瞬で見抜き、図面に起こすという謎の特技を持っている。たとえ、建て増しを続けた結果カオスと化した、再利用コロニーの複雑怪奇な構造であっても。ついでに、身長の割に力もバカ強い。手持ちの工具でMS(モビルスーツ)完全分解整備(オーバーホール)できるのは、こいつくらいだろう。

現在は仮配属でここにいて、技術士官としての実地研修中という扱いだったはず。

ん?あれ?

「・・・整備ドックは、あっちじゃなかったか?」

ここは職場じゃないだろ、という意味を込め、聞く。

「ううん、居たのは解析研究棟。つい最近運ばれてきた、正体不明のフェアリーテイル・シリーズ機の解析。」

・・・ジャバウォックか。

いや、待てよ?

「・・・そんなことまで任せてもらえるのか?技術士官の実地研修って。」

「ううん、今日の課題がさっさと片付いたから、解析に参加させてもらってて。」

いや、その、職務権限が・・・。

「・・・それは、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないの、多分。ボクの助言でだいぶ進んだって言われたし。」

・・・この国は、本当に大丈夫なのだろうか。技術は超人的だし、書類上は士官ではあるが、まだ配属2か月目の見習いだ。

「でも、ジークの意見も聞きたいなって。まあ、手短に済ませるから、聞いてくれない?」

案の定。そう言って、本当に手短に済んだ記憶がない。・・・まあ、知りたいこともあるし、聞いておこうか。

 

「まず、外観や基本構造からね。特徴的なのは・・・。」

・・・本当に長かったので、かいつまんでまとめる。

まず、あれは基本的なMS(モビルスーツ)の構造とは変わらない。骨格たるフレームの表面を、装甲で覆っている。装甲の隙間からスラスターを噴く構造らしく、最高速より柔軟性を重視。

 

で、ここからが知りたかった部分。出現と消滅をする能力と、機体ごとの能力。

いずれも、そのフレームの素材に起因する現象。暗色軽金属(ダークメタル)。複雑な原子構造と軽量かつ頑強な性質で、量産機にも使われる、ありふれた素材。だが、一般的なそれの純度は99%。特殊性を発揮するにはその下11ケタまで純度を高めねばならない。

いざ精製すると、基材となる金属本体とその接合物は量子性が強くなる。存在が不安定になり、放置したら昇華するように消えてしまう。だが、寸分の狂いもなく不純物をドープすることで、不安定と安定を切り替え、機体と装備を消したり、出したりできるようになる。これはそれぞれ“偏在化”と“顕在化”と呼ぶらしい。・・・一応、科学的ではあるのか。

それと、高純度になると昇華するということは、その基材は空間中に偏在、漂ってもいる。塩水から塩の結晶が析出する原理と同様に、高純度の基材は自己修復も可能とのこと。

加えて、不純物は基材を媒介に、周辺空間の量子的性質に直接影響を及ぼす。励起状態にするためのエネルギーは必要になるが、それ以上の超常現象を引き起こすことすら可能になる。これらは、“固有特性”と呼ばれる。例として挙げられたのが47価型の特性、水素結合操作。振動波と呼ばれる媒介が届く空間なら、水圧、形状、流速、温度も自由自在。・・・少し引っかかるが、まあいいや。

ただ厄介なのが、操縦者(パイロット)の脳との連携が必要不可欠であること。なんでも、基材の構造と酷似した脳が、顕在化のアンテナと固有特性のコントローラーを兼ねるらしい。脳波制御や疑似神経接続は珍しい技術ではないものの、こっちは適合する脳が1世代に1人見つかれば良いほうで、100年近く適合者が見つからない例もあったらしい。

おまけに、適合者ごとに性質が変わる例もあり、ノウハウの蓄積も難しい。引継ぎが行われたら、顕在化のトリガーが宗教的祝詞の詠唱から無意味なポエムの朗読に、特殊技の発動トリガーが印結びから変なポーズに変わったというパターンもあったとのこと。・・・ハゥフューレのトリガーが、分かりやすくて助かった。ジャバウォックは、なんだろう。

もっとも、製法が失伝している調律子(チューナー)と呼ばれるものさえあれば、とりあえず、ハイエンド量産機程度に動かすことは出来るとのこと。・・・ここから先は、余計な枝葉になっていくので省略する。

結局のところ、ジャバウォックが消えなくなったのは、ムクロの脳とのリンクが切れたという認識で良いだろうか。ハゥフューレは、確かそれを“契約”と呼んでいたが。

 

「・・・で、ジャバウォックの固有特性って?」

長くなってきたので、整理がてら一つ質問を投げる。例として、口から弾の見当たらないバルカンを撃ったこと、ビームブレードを受け止めた現象と、MS(モビルスーツ)を素手でバラバラにしたこと、黒いビームブレードについても上げた。

「じゃあまずは、基本的性質を・・・。」

固有特性の性質。それは、大雑把に言うと“空間操作”。価数79。侵入不能の壁や、ビームを捻じ曲げるレンズを作り出せる。ただ因果を逆転し、場に対してポテンシャル側から働きかけるがゆえに、燃費は悪い。コロニー1基分の動力炉(ジェネレータ)でも足りないとのこと。といっても、装甲の蓄電機構を使えば3分ほどは電力供給なしで動ける可能性はあるらしい。

「で、弾の無いバルカンについて。一言で言うと、空間振動による衝撃波束の連射機構で・・・。」

曰く、空間を圧縮してから解放すると、空間弾性で発生した衝撃波が、パチンコのように波束として飛んでいく。とはいえ、機関砲レベルで連発出来るのはすごいらしい。

ついでに、怪力も衝撃波の応用と聞いた。むしろ、ゲイン数から考察すると怪力ではない。相手に衝撃波を流し込み、対象を分子構造レベルで脆くした結果の可能性が高いらしい。

 

なるほど。よくぞこの短時間であらかたの謎を・・・いや、一つだけ残っている。黒いビームブレードについて。それについて改めて聞くと、カヌは小さくため息をついた。

「ジークってさ、時々頭悪いよね。」

「・・・なんだって?」

自分で頭がいいと自負するほど図太くはないが、流石に危険物密造の常習犯には言われたくない。

「いや、悪く言う気は無いけどさ。時々抱え込みすぎて、頭回らなくなるよねって。でもって、簡単な違和感にも流されちゃうよねって。」

・・・どれを、指している?

「・・・すまん、わからん。」

それを聞いたカヌは、私の目をまっすぐ見て、至極まっとうなことを言い出した。

「まず、黒いビーム、黒い光なんて存在しないよ。」

・・・そうか。なんで、気づかなかったのか。本来黒とは、全ての光を吸収する色か、光が存在しない無の色だ。本当に、自分の馬鹿さに嫌気がする。

そしてカヌは、こちらの気持ちを汲んでくれたのかそうでないのか、知り合ってからおそらく過去一番で長い話が始まった。

 

「この世の事象は全て量子的な波動で・・・プロトンキャノンにも使われる反粒子触媒晶体を・・・言うなれば焦点に現出するゼロ次元存在であって・・・空間操作による・・・。」

まあ、この話の大部分は小難しい基礎理論だが、要約するとこうだ。

あの黒い刃は、正式には“絶対真空”という。比喩するなら原始もしくは終点の宇宙と呼べる極小領域で、そこにはありとあらゆる物体・概念が存在できない。領域内に侵入した物体もエネルギーも、何であれ”消滅”する。

理論上は、反物質触媒晶体を一切の誤差を許さず多面体加工することで生成可能らしい。あくまで理論上であって、成功した実例は無いはずだった。もし仮に生成出来たとしても、僅か3.2プランク時間以内に領域は急拡大し、周囲一帯を巻き込んで触媒ごと高確率で消滅することがシミュレーション上で明らかになっている。だが、それを固有特性の空間操作で押しとどめ、無理矢理定常状態にしているという。

・・・そして、それを応用して刃の形に領域を成形し、あらゆる物体を切断、消滅させる虚無の剣とすることも出来る。私が見たのは、”これ“の可能性が高いらしい。

さらにこの絶対真空は機体の主動力、ともすれば永久機関の中核にもなり得るらしい。簡単に言えば、周辺空間との間に無限大のポテンシャル勾配が出来、そこから直流電源のように仕事を取り出せるそうだ。その他、気にはなる部分があったが、確認する気力は無かった。

だが、何より恐ろしいのは、この莫大なエネルギーによって、空間操作に必要なそれを賄っているということ。とどのつまり、この二者のバランスが崩れたその瞬間に、最低でも半径数kmが一瞬のうちに消滅する。しかもそのエネルギーの大部分が絶対真空の維持、つまりは安全性の確保に浪費されており、前述の攻撃や防御に回すそれは一握りらしい。なんて壮大な自転車操業だろうか。

 

長々とした説明を終え、呼吸整えているカヌに、一つ確認をする。

「・・・で、それって何か意味があるのか。確かになんでも切れる刃が実在したら強力だが、それは果たしてリスクに見合っているのか?」

少なくとも、制御不能な危険物を抱えることに対するリターンとしては微妙な気もする。正直、普通に高出力のビームブレードで十分ではないだろうか。

「うん。すごい技術だけど、その辺を突っ込まれると、ね。正直、意味が分からない。XE(エグゼヴィア・エンジニアリング)って、本当に何を考えているんだろう。」

・・・まあ、そうなるだろうな。史上最強のメカニックがこう言うのだから、私じゃどうにもならん。

「あと、操縦席(コックピット)についても特に不明。わかるのは旧連邦系のインターフェースであることくらい。この型式のロールアウトは、おおよそ1000年前。あちこち朽ち果てて、音声入力も物理的に不可能。正直言って、どうやって動いていたのか、まったくもってわからない。」

・・・駄目だ。考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。

「あと、フレームの下腕部と脛部、頸部に使われてないようなフレームがあったりとか・・・。」

・・・うん。気にはなるが、これ以上話が続くと、最悪日付が変わる。カヌにサボり魔のレッテルを貼られないためにも、強引にでも話を切り上げることにしよう。

「・・・で、フェアリーテイル・シリーズって、結局何だ。一言で、まとめてくれないか。」

カヌは一転、目を輝かせて、答えた。

「かっこいい。」

「・・・。」

うん、それは私も認める。でも、欲しかった答えはそれじゃない。

 

「あ、もうこんな時間だ。今日の報告書まとめないと。じゃあね。」

別れの挨拶を済ませると、足早に解析棟に戻っていった。その時間を余裕でオーバーしようとしていたのは、何処の誰だ。経験上、あと数時間は話すパターンに入りかけていたぞ。

いろいろと理解不能な情報が渋滞してきたが、私にできることただ一つ。あいつが今後、銃殺刑にならないことを祈るばかりだ。

 

3.

すっかり日が暮れたころ、やっと寮に到着できた。

割と長めの廊下を渡って、やっと自室までたどり着けた。

もういいや。荷物を置いたら、シャワー室に直行しよう。

そんなことを考えながら、ドアを開けると。

「・・・なんで、ここにいる。」

 

なぜだ。なんで、しばらく見ないと思っていた、白い頭がここにある。

「いやその、少佐さんが、ここで待って、いろって。」

ムクロだ。

・・・いや、なんでここにいるんだ。

少佐はいったい、何をお考えなのか。

「・・・女子寮、だぞ。どうやって、入った。」

私のこの質問に。

「そっちの人と一緒に。」

隣にいる人影を指して、そう言った。

「おっすー。久しぶりー。」

瞼で半分隠れた眼。わざとらしく間延びした語尾。記憶にしっかりと焼き付いている。

珍回答を出したうちの、1人。裏の裏を読んだ上で、人権の軽視問題と運用システム改善案を提出し、その後サーバに記録した回答を自主的に改ざんした、こいつ。

「・・・ナーシア。なんで、私の部屋に?」

「えー、これを解析しろって言ったの、ジークじゃん。」

「情報士官の研修は・・・」

「今日、非番。で、暇。これとかもう、解析しといたから。」

そう言って、金属製の箱を放り投げてきた。

錆は、綺麗に落とされていた。

・・・早っ。

 

ナーシア・フーリエー。士官学校技術科目の、バケモノの2人目。カヌがハードウェアなら、ナーシアはソフトウェアの超人だ。情報科目の成績はもちろんのこと、おそらくプログラミングやハッキングの腕前で彼女を上回る人間は存在しないだろう。

・・・なぜ知っているかと聞かれると、少々長くなる。かつて同室だったころ、ダメ元でコロニー中枢システムへの侵入を頼んだことがあった。僻地の農業コロニーとはいえ、環境システムのセキュリティは固い。それをあっという間に突破し、隔壁システムを再構成。結果、コロニー崩壊の危機をたった1ブロックの被害に抑えたのだった。・・・同時に、今まで実感が持てなかったトロッコ問題、その重さというものを、その身をもって思い知った。

もちろんその夜のことは、部屋の5人の間での秘密にした。バレたら、全員銃殺刑だ。勝手に見回りの教官に超速の当て身を叩き込んだバカに対して思うことは無いが、何もしていない残り1人も連帯責任というのは、さすがに申し訳ない。

 

あと、厄介な点が一つ。カヌに負けず劣らず、話しだすと止まらない。だから、会うなら明日にしようと思っていたが、顔を合わせてしまったなら仕方がない。

「・・・よく、復元できたな。もっとかかるかと。」

「べつにー。元から媒体が堅牢だったから、あとは市販品レベルの暗号を解読するだけ。その代わり、あまり意味があるものじゃなかった。ただの5時間弱の音声データ。正確には、無音が300時間以上あったのを除いた結果だけど。」

音声、データ。たった5時間?

「・・・媒体の大きさの割に、ずいぶんと少ないな。」

「堅牢さとトレードオフだったね。カヌ曰く、多分あと千年ほったらかしにしても、同じ手順で復元できるよ。」

だがしかし、もう確認が出来たのだろうか。さすがに早すぎると思い、聞き返す。

「それで、内容は?」

「全部聞く余裕はなかったからAI解析にかけたけど、フランク口調の会話録音で、情報確度も噂話レベル。媒体も超ロングセラーの市販品だったし、上への報告はしなくていいんじゃないの?まあ聞きたかったら聞いとけば?」

そう言うと、私の端末から着信通知が聞えた。耳から外して仮想モニターを展開すると、確かに音声ファイル、それも4時間52分と表示されていた。

 

・・・いや、そんなことはどうでもいい。いやどうでもいいわけじゃないが、最優先じゃない。最近切りそろえられた割にぼさぼさな頭に隠れた耳に口を近づけて、声のトーンを落として尋ねる。

「・・・というか、どうして寮にあいつを入れた。」

怒りを抑えて、引っ張り出した質問。だが、その相手はあっけらかんと答える。

「パッと見女の子にも見えるから、割と簡単にごまかせたよ。」

いや、どうやってか、じゃなくて、だな。声を落として、さらに質問を続ける。

「・・・仮に、また暴走して犠牲者が出たら、少佐権限ごときでどうにかなるモノじゃないだろ。」

それに対して、ふたたび間延びした口調で、こう言い放った。

「多分だけど、ジークがずっと一緒にいて大丈夫だったら、大丈夫なんじゃない?」

・・・その口調からは、心の底からリラックスしているのが伝わる。私に全幅の信頼を預けてくれるのはうれしくない訳じゃないが、さすがに楽天的過ぎないだろうか。

私の部屋は、しばらくの間、沈黙に包まれた。ナーシアの端末から通知音がし、それをきっかけに会話が再開されるまでの間であったが。

「ねー、例えばの話だけど。」

なぜだか、唐突に話題が変わった気がした。

「・・・なんだ?」

「例えば、友達だと思ってた相手が、いつの間にか豹変したら。それが本性だと思って失望して、それから縁を切ったら。けど、それが誤解というか本人の意思じゃなかったって、後になって判ったら、どうすればいいんだろう?」

本当に唐突だ。・・・でも、珍しいな。ナーシアがこんな相談なんて。そうか、最低1年は別カリキュラムだったわけだから、そっちで友達もできて当然か。でも、このタイミングでする話か。でも、そう、私だったら・・・。

「・・・そうだな。自分がやったことを客観的に整理して、相手がどう受け取ったかを想像する。それをずっと忘れずにいて、いざ機会が来たら謝る、かな。・・・あ。」

・・・そうか、そうだよな。もし勝手な思い込みで見限って、見捨てでもしたら。・・・私もきっと、一生後悔する。

あいつだって本当なら、人を殺したくなんてない。最初の犠牲者は頭部破壊、それから、四肢切断、武器破壊と、だんだん命を奪うことから遠ざかっている。・・・あいつは、暴走なんて望んでない。今、ただ一人の味方の私が、信じなくてどうする。

「ありがとう、私はムクロを信じるよ。例え何があっても、あいつの味方でいようと思う。」

私は、遠回しにメッセージを伝えてくれた友人に感謝を告げる・・・が。

「なんの話?」

その本人は、きょとんとした顔で、こっちを覗き込む。・・・関係なかったのか。恥ずかしい。いや、だったら猶更、なんでこのタイミングで話を?

 

「あー、そうだ。ついでなんだけど、最近良いニュースがあったでしょ。」

また、唐突に話題が切り替わる。・・・なんだ?少佐の言っていた、調査船団再開の事か。

「・・・ソレ、やめて。断って。」

「なんで?」

「死ぬよ。」

・・・何が?

「じゃあ、おやすみー。」

・・・バタンという音が耳に届くまで、私の思考はフリーズしていた。

結局、何が、何で、どういうことだ?

さっぱり、わからない。

 

4.

本音を言ってしまえば、すぐにでもシャワーを浴びたかった。

だがナーシアと一連のやりとりをしていたら、不運にも一般兵の演習終了時間と重なってしまった。このままシャワー室に直行しても、最悪1時間は素っ裸のまま待ちぼうけになるのがオチだろう。

何か仕事をしようにも、待機を命じられているので何もできない。まあ、要するにぽっかりと1時間ほど、暇な時間ができてしまったことになる。

だが友達のところに、ナーシアやカヌの部屋に行ったりするのはナシだ。もしも話が長くなりすぎたら、シャワーどころか今晩は断食になるだろう。

 

何か時間つぶしになるもの、か。

端末で動画でも見ようかと思い、仮想モニタ―を開いたところで、ここが軍施設であることを思い出した。私物の端末でも、娯楽が見られる回線じゃない。時間帯も悪かったのか、見ることが出来たのはたった一本。名目上の国家元首、皇陛下の本日の公務。相も変わらず、よく言えばこの上なく上品、悪く言えば人間味を感じないお方だった。・・・というか、基本的に宮殿の敷地内で過ごし、そのお姿を拝見できるのはこんな感じの動画だけ。主だった政務は各省庁の大臣任せと、何をしているのかピンときたことがない。・・・あまり大きい声では言えないが、私にとっては面白いものじゃない。

 

ふと、仮想モニターの右端の、最新の通知に目を移す。

「・・・噂話、レベルか。」

他に見るものはないかと思いながら、手の中の小箱と仮想画面の表示を見比べる。

まあ、たまたま空き時間で拾ったものが、そんなに重要な筈がないか。おそらく重要な情報は、持ち出せなかった大型端末に保存されていたはず。これからの軍の調査に期待しよう。最悪公示も通達もなく、モヤモヤだけが残る結果になってしまうだろうが。

この録音、どうしよう。聞いてみようか。だが、ナーシア自身が手を加えた特製の解析AIのお答えだ。中身は十中八九、本当にただの噂話だろう。他にも細かなタグが生成されていたが、漫画レビューとか、ポエムとか、俗なものばかり。

「・・・どうする?聞いてみるか?」

一応ムクロにも、中身を再生するか確認してみる。

「・・・まあはい、望み薄でしょうけど、それでも何かわかるなら。」

こちらの考えが伝わったのか、あちらもあまり期待していないようだった。

 

5.

端末の、最新の音声ファイル。万国全時代共通の、右向きの三角形をタップして、その再生を指示する。仮想モニター上で視覚化される、音声の波形。ノイズらしき小さな波が連続した後、波の振幅が大きくなり、声が流れ出した。声色からして、男性だろう。

「えー、あー、こちらアルトリウス小隊。これより作戦行動を開始する。」

「あの、隊長・・・。」

「なんだよ、ブラウくん。」

「なぜ毎回律儀に録音を、それも自前のレコーダーに。」

「・・・すごいだろ。暗号化した音声データを、耐腐食合金のディスクにパルスレーザーで刻むってさ。千年後だろうが、一万年後だろうが、再生可能って優れものだ。まあ、その代わりにこの時代でも音声だけとかいう化石仕様で、これ1個で先月の給料が消えたわけ。」

「あの、軍規とか。・・・そもそも残してどうされるのです?」

「千年後の人間にも、オレっていう人間が生きていたことを残したいから、じゃだめか。」

「その未来人に伝わるのは隊長のチャランポランさ、くらいだと思いますよ。」

「そりゃ、千年後なら、そうかも。でも、一万年後なら・・・。」

「一万年どころか一億年後の人類基準でも、隊長はチャランポランです。絶対。」

「・・・まあいいや。んじゃ、作戦目標を確認。あの廃プラントで秘密裏に製造されているものを探れ、だったな・・・。」

「・・・はい。本来は引力平衡点(ラグランジュ・ポイント)に到達した地点で外すべき推進装置が、このコロニーでは設置されたまま。すなわち・・・。」

「みなまで言うな。この規模の設備を維持したまま、いつでも逃げられるからだろ。逃げられる前に入れて、ラッキーだったってことだな。」

・・・なんだ、これ。話の内容は軍事作戦とわかるが、口調がまるで、遊び歩いている学生グループだ。本当に軍人なのか、こいつらは。・・・いや、恥ずかしながら、この国にもいたな。せめて彼らがこの一月で、まともな軍人になっていることを願おう。

 

・・・しばらく雑談と足音だけのパートが続く。・・・何か変化があるまで、1.5倍速。

その数分後、雑談と足音が、止まった。

「・・・止まれ。隊長、前方にMS(モビルスーツ)6機。こちらは歩兵用携行兵装のみ。いったん撤退し、搬入ゲートからこちらも。」

副隊長らしき男が、状況を報告する。耳をすませば、確かに駆動音のようなものが聞こえる。

「ま、いいや。時間かかるし、めんどいし、俺強いし。」

・・・なるほど。一時退却し、MS(モビルスーツ)に乗り込んで応戦するのは定石通り。5対6ならなんとか勝負になる・・・え?ソロで、6機を?

「しかし、敵はおそらく・・・。」

「命令だ、下がらせろ。ブラウ准尉。」

「・・・了解。総員下がれ。アルトリウス大尉が、出るぞ。」

「了解。」

「・・・了解。」

「・・・、了解。」

・・・逆にすごい。本当に、下がらせてしまった。

一体全体、何を考えている?この指揮官は。

「そんじゃ、日々のストレス解消、暴れますか。」

・・・何をするつもりだ、この男は。話が正しいなら、1対6。子供の喧嘩ですら絶望的戦力差だ。勝算があるなんて、それこそ・・・。

「時に誘われ残像を追い」

・・・え?

「隻歩双歩と虚像の奥へと歩む者」

何だ、これ。

「立ちふさぐ暗渠なる樹影」

本当、何これ。

「不滅なるもの待ち討つ深淵」

ポエム?

「尚も双脚突き動かすは」

演劇?

「鼓動の底の無窮の刃」

・・・じゃない。何だ、この低い音・・・。

「来いよ・・・!」

・・・空気の、震えは。

「ジャバウォック!!!」

途中までのゆるい考えは、異常な音を聞いて鳴りを潜め、最後の一節を認識して消し飛んだ。

「・・・ジャバウォック、だって!?」

硝子の割れるような澄んだ音。ワンテンポ遅れて、何か巨大なものが着地するような、大きな地響き。・・・想定質量も約30t。おおむね一致する。

つまり、この詩が、カヌの言っていた、顕在化のトリガー。・・・本物だ、間違いない。つまり、この男は・・・。

「顕在化完了、コンディション、オールグリーン、戦闘リミッター・コロニー内モードから・・・めんどくせえ、全解除!・・・ウィル・アルトリウス!!出撃する!!!」

・・・この男は、“前任者”。ジャバウォックの、以前の契約者(パイロット)

 

私は、思わず再生を止めた。

・・・待てよ。ジャバウォックの操縦席(コックピット)は、旧連邦系のインターフェースそのものだったらしい。フレームの複製はほぼ不可能であることから同一の機体だと仮定して、それが問題なく稼働していたということ。それは、つまり、この男は、旧連邦の、軍人。加えて、媒体の劣化具合。これらからわかることは、この録音は、最低でも、900年前のもの。・・・だとすると、この音声から判るのは、ジャバウォックがどこから来たのかということのみ。それも、限りなく時代が離れた情報。数年以内にあのコロニーで生活を始めたであろう、ムクロのたち正体や、それに関する情報が入っている可能性は限りなくゼロ。

 

私は、愕然とするムクロを慰めようと振り返った。

がっかりしただろうと思って、その顔を覗き込んだ。が、見て取れたそれは、どちらかというと困惑だった。

そして、妙なことを言い出した。

「・・・なんだか、この男の人の声、ウィル・アルトリウスって名前、なんだか、聞いた事があるような気がして。」

いや、さすがにおかしいだろう。

「これは、最悪1000年近く前の音声だろ。・・・お前は、いったい何歳だ?」

どうみても、成人はしていない。何十倍もの開きがあるようにしか見えない。

「でも、何か、引っかかる気が。・・・お願いします。続きを、聴かせてください。」

私は、この後の予定なども考え、少し考えてから答えた。

「・・・わかった。」

この直感も、この音声も。何も、何もかも無意味なんてことは無いはずだ。

 

再び、再生を指示する。

MS(モビルスーツ)の、駆動音が静かにした。敵の6機は、現在進行形で警戒、待機、膠着状態。

「・・・オレが強いってぇのは少し違うか。」

男の声だった。

「コイツは決して最強じゃない。だがな、どんな奴でも、それこそ神すら殺せる可能性があるらしい。」

金属板を手袋越しに擦っているような摺動音。操縦席(コックピット)の中を撫でているのだろう。この男は、それほどコイツに愛着があるのだろうか。

そして、外から聞こえる大きな足音が3つ。徐々に大きくなる。ビームの発振音も、かすかに聞こえる。3機が接近・・・突撃か?

「つまり、ソレを使いこなせる・・・オレが最強!!」

この自信満々の言葉と共に、噴射音と爆音。遅れて足音が一つ、激突音が二つ、風切り音が一つ。続けて、大きな地響きが一つ。詳しくはわからないが、突っ込んできた2機の攻撃を捌き、同時に1機を斬り倒した。足音からするに、少しスラスターを吹かしたが、移動は僅か、必要最小限。

この男、少なくとも、かなり強い。

・・・話の内容はいったん無視して、改めて真面目に聞いてみる。敵が6機だったというのは正しいようだ。今は5機・・・いや、たった今、斬り倒されて4機になった。地響きと共に地に伏し、敵の数はみるみるうちに減っていく。

「壁の果て 安寧の國」

男は再び謎のポエム・・・ではなくトリガーを唱え始める。それと共に、ドドドドド、とすさまじい轟音が鳴り響く。伴って、男の詠唱文が聞き取れなくなっていく。

「・・・真言の剣(ヴォーパル・ソード)・・・開封!」

辛うじて聞き取れたフレーズの直後に、爆音は更に強くなる。

その爆音は下から上へ、さらに広範囲に、一瞬で広がっていった。イメージできたのは、巨大な壁。思えば解放の後に、城砦を意味する古語を聞き取れたような気がする。そしてあの詩はおそらく、技を発動するためのトリガー。

爆音が収まった直後、巨大な何かが落下する音が二つ。敵が2機、たった今、撃破された。

「・・・常識だろうが。コールが途切れたら詠唱を警戒。攻め手が弱まったら掌印を警戒。これで終わらせる!」

・・・男は、おそらく当時の基本戦術を、独り言で呟く。残る敵は2。今度は、何をする気だ。

「贖わず 洗礼されず」

また、新たな技のトリガー。そして時折聞こえる、ギチギチと何かが引き絞られるような音。この呪文を唱え始めてから、読み進めるごとに、その音の間隔は短くなる。殆ど脳内のイメージだということはわかっているが、なぜか巨大な弓を引く巨人が想像された。

だが、耳障りな環境音に混じって、巨大な足音のようなものも聞こえる。

「交差の彼方 中つの地より原罪を撃つ」

進む詠唱。共に聞こえる足音は二つ。片方は小さく、もう片方はだんだんと大きくなる。まずい、敵が1つ・・・向かってくる!

「・・・やっと撤退?いや、一体だけ接近して自爆・・・させるか!真言の剣(ヴォーパル・ソード)戒法!!」

“ヴォーパル・ソード”。やはりこれがその武器の、おそらく“黒いビームブレード“の名前。

引き絞るような音が、ギギギという高音が、男の声の判別すら困難なほどに大きくなる。

「・・・遅い!“誉れ無き聖歌(ブレスレス・ゴスペル)”!!」

男の叫びと共に、ビュンと、弦が空を切るような音。矢が、引き絞られた弓に番えたそれが、まっすぐと放たれる情景が、脳裏に浮かんだ。

それからわずかに間を置き、5、6度目の地響き。それが意味するのは、まとめて射貫かれた敵の、全滅。

一瞬遅れて、金属同士がぶつかり合う、ガチンという大きな音。私がまだMS(モビルスーツ)操縦が下手だった頃、レーザーダガーと鞘を派手にぶつけてしまった思い出が浮かんだ。

もう、他に駆動音は聞こえない。戦闘開始から、僅か3分。駆動音や足音から推測するしかないが、相手も決して弱くはなかった。むしろ無人機のような統率力と、有人機のような柔軟性を併せ持った、難敵と推測された。

だがそれを、この男は、まるで、赤子の手を捻るかのように。

私の脳内の最強MS(モビルスーツ)乗りランキングが、1年ぶりに更新されたかもしれない。

 

周囲が静かになった後、ハッチが開く音。

そして、大きな足音が一つ。・・・飛び降りたのか。

「よし終わり。使える技は召喚差っ引いてあと1発、さすがに使いすぎか。・・・総員、出てきていいぞ。」

「・・・隊長。」

「流石です。」

「お見事。」

「・・・。」

5人分の足音と、ガサガサという音。しばらく間を置き、がらん、という金属音。スクラップをあさっているようだった。察するに、敵の残骸だろう。

「・・・やはり、操縦席(コックピット)に。ニューロ・オルガノイド、レベルX以上。よもや軍用ブレーン、明らかに違法です。」

「うっわ。・・・オイオイ、機体ならまだわかるけど。でもなんで胸と顔しか取り柄がないやつを、そこ抜きで量産する?」

「ええ・・・?この光景を見て、最初の感想が、それですか?」

「え?だって、どう見てもホンモノの爆乳性犯罪者の足元にも及ばなかっただろ?この前のニンジャもだけど、金・資源・労力の無駄。全部、社会に還元しろよ。」

「・・・あの、仮にも上官を、しかも故人を、なんて呼び方を。・・・その、怒ってます?」

「まあまあ副長。帰ったら、アストレイア少・・・大佐のご冥福を祈りにでも。ね、隊長。」

「・・・まあ一応、背中預けた仲だしな。あんがと、ロズ。」

「花は、わたしが。それで、お供えはどうします。」

「・・・シュール・ストレミングって、どこで買える?アマレロ。」

「隊長・・・。そんなもの、破裂します。テロですか。どこ情報ですか?」

・・・一気に緊張の糸が解け、口調が馬鹿学生に戻る。一体全体、どんな奴らだ、こいつらは。本当に、どんな気分で聞けばいいのかわからない。

 

しばらく、雑談と足音が続く。倍速再生。再生時間はそろそろ、1時間に届く。

「よし、調査する施設はここだな。見るからにMS(モビルスーツ)じゃ入れねえし、置いてきてよかったな。」

「しかし同盟軍残党が、あんなものまで。・・・ここは一度撤退し、作戦の練り直しを。」

「心配性だなあ、ブラウくん。狭すぎて敵も不自由だろ。あと、肩に掛けてるソレは重りか?」

少しはなれた場所から、カチャリという音がした。おそらく、ソレが差しているものはライフル、そうでなくても携行武器の類だろう。

「ワーカー程度ならそいつで問題ない。いざとなったら、オレがあの技でやる。さくっと終わらせて、改めて墓参りだ。」

やがて、土を踏みしめるようだった足音が変わった。カツン、カツンという反響音がするようになった。屋内に、入ったのか。しばらくすると、何か大きなもの、恐らく荷物が下ろされる、ドサっという音がした。

やがて、隊長直々に作戦の最終確認が始まった。

「よし、ブリーフィング通り2、2、1で別れるぞ。ロズは通信が繋がるこの広間で中継。ベルデとアマレロは右ルート。ブラウ副長はオレと左ルート。・・・解散!」

解散、と号令が飛んでから、足音の数は徐々に減り、やがて2人分が残った。それからしばらくすると、今度は急激に反響音が大きくなる。廊下に差し掛かったようだ。

反響音の中、副長と呼ばれた男が喋りだした。

「・・・結成から、丸一年ですね。隊長、僕もなんだかんだ、愛着がわきました。」

「珍しいな、槍でも降るか?」

「・・・はい。アマレロ曹長は、コンプレックスをいじらない隊長に、心からの感謝を。」

「オレは気にしないし。」

「ベルデ伍長は、酒を強いられないこの隊で、初めて非番の日が楽しみになったと。」

「まあ、オレも飲めないし。」

「ロズ一等兵に至っては、なんだかんだ頼りになる隊長を、兄のように慕っています。」

「・・・なんだかんだ、は余計だろ。」

「あとみんな、勧めていただいた漫画、面白かった、と。」

「“逢魔の白刃”、な。雷衛門との最終決戦。来週の最終回、楽しみだな。」

「私も、この小隊を、かけがえのない場所だと思うようになりました。そう、家族のように。」

「・・・面と向かって、さすがに照れる。・・・止まれ、開けた場所に出るぞ。」

会話が途切れると、反響音が急激に小さくなった。言葉通り、開けた場所に出たようだった。環境音も、変わった。ぽこぽこと、何かが湧きたつような音がする。

「・・・暑い。この中、マグマか?」

「溶鉱炉、ですよ。金属を溶かし、不純物を分離し、再成型する施設です。」

「じゃあ、ここでまだ、何かを作っているのか。残党どもが。」

溶鉱炉。このレコーダーが、発見された場所。これから何が起こるのかという私の心配をよそに、副長と呼ばれた男は、唐突に話題を変える。

「あの、隊長、さっきの話ですが、家族のように、思っていると・・・。」

「・・・仕事しろよ、ブラウ准尉。」

「・・・すみません。」

「じゃあ命令だ。早速だが、あのコンベア」

「でも、血のつながった家族の方が、大事・・・なんですよ。」

「は・・・!?あがっ!?」

乾いた音が、一発。鈍い着弾音から、比較的大質量の実体弾頭。おそらく、ライフル弾。

ぼこぼこという環境音が、鮮明になった。防弾装備に阻まれこそしたが、その運動エネルギーが男を溶鉱炉の縁から突き落とした。

しばらく、環境音しか聞こえない状態が続く。

どうなった?

生きているのか?

・・・いや、あそこで、レコーダーが回収できたということは・・・おそらく。

「ふんっ!クソが!ふんぬっ!気合い入れろ!オレの足!滑ったら、ガチで、死ぬぞ!」

・・・やっぱり。地上10mから落下してピンピンしていたことからも、すごい生命力だ。

やがて、荒い呼吸と変な掛け声は収まっていく。どうやら、クライミングは成功したようだ。

「・・・本当に、やってくれたな、ブラウくん。だけど、さっきの告白で、だいたい事情は察した。だから、ちょっと作戦を考えた。」

登頂まで結構な時間が経っていたが、裏切った部下が追撃を加える様子はない。

「まず、オレがここで死んだってことにして・・・おい、何か言えよ!」

返事は、無い。代わりに、不快な高音が、混じってくる。

「耳とか、眼とか、口とか、いったいどこについて・・・ついて・・・ついて、ねえ、な。」

男の言葉に、背筋が凍った。

続けて、どさっという、何かが地に伏せる音。人が、倒れる音。そして、例の音。

想像してしまった、裏切り者の結末。

打ち首獄門。

かすかに聞こえる、不快な軋み音。そして、男の反応。・・・間違いない。

「黒い、でかい・・・キリギリスの・・・化け物!?」

間違いない、あのバッタだ。

男は、走り出す。

「ロズ、応答しろ!ロズ一等兵!」

反響音が大きくなる。廊下に突入した。男が、そこを疾走しているのがわかる。

どうやら、来た道を戻っているようだった。別動隊とも連絡が取れない。なら選ぶべきは、応援の要請。通信兵と合流するのは正解。やがて、再び足音の反響が小さくなる。広間に出たか。

男の足音が、急に、疎らになった。・・・まさか、嘘だろ。

「ロズ・・・髪、切れよって、言ったけど・・・切り、すぎだろ。」

・・・手遅れ、だった。

こうなったら、自ら救援要請か、別動隊との合流の、どちらか。

この男の行動は、分かりやすかった。再び反響が大きくなる。

・・・が、今度はさっきの半分ほどの時間で、その音が止まる。

「・・・本当、仲いいな。最期まで、一緒か。」

どさっ、という音がした。男が、座り込んだ。我慢の限界に達したのか、枯れた喉から絞り出すように、彼は叫んだ。

「連邦の、ジジイども!使えない、兵なら・・・手は他に、いくらでも・・・!」

軋み音が、急激に大きくなる。声を聞きつけたのか。男は、再び走り出した。軋み音は、上からする。どうやら廊下の、天井の裏に大きなスペースがあったようだ。あのバッタはおそらく、そこを伝って移動している。そして、バッタもやや小柄に思えた。3D音響機能に、あらためて感謝した。

やがて、男の足音も止んだ。環境音の変化はない。廊下の途中で、足を止めたのか。男は、吐き捨てるように呟く。

「・・・あれって、なんだったかな。名前は、確か、そうだ、黒骸(クロボネ)だ。確か、お偉いさんたちが、不都合な人間を殺すために作った、対人殺戮兵器、だった。素材は、オレの愛機と同じだが、どうしてか自立行動する。で、共食いで強く、デカく、凶暴になる。・・・クソッ、だからか!」

頭の中の整理を終え、自分の上にいた人間の目論見を察すると、男は再び走り出した。

だがしかし、そんな、明らかな秘匿必須の兵器の情報まで。かなりの情報を知っている。機体の件もある。この男、かなりの地位が・・・。

「情報、ありがとう!逢魔の白刃とグラビア以外のページも、次からちゃんと読む!多分、再来週から買わなくなるけど!」

・・・週刊誌情報か。

 

やがて、男の逃走劇は終わりを告げる。ぼこぼこという環境音が、再び大きくなる。また、溶鉱炉のフロアか。

まさか、ジャバウォックはあのバッタと、ここで一戦交え・・・。いや、あの空間は、MS(モビルスーツ)が存分に暴れるには、狭かったはずだ。

間もなく、再び足音は止まった。

男は、決意を露にするように、低く唸るように。

「・・・来いよ、化け物。」

 

やがて、軋み音が、間近に聞こえるようになる。男は、何かを唱え始めた。確かに暴れるには狭いが、呼び出すつもりかと考えた。

「光を掲げ進む者」

だが、その呪文は聞き覚えの無いものだった。

「闇に震えて眠る者」

だが、同じだ。その詠唱が進む度に、何かが震えるような音が、強くなっていく。

「故に刃は共に在り」

地鳴りではない、空間そのものが震えているかのようだった。

「道は違えど馳せ参ず」

同じように、男の声が聞き辛くなっていく。

「壁を断ち駿馬は疾る」

それをさらにかき消すように、軋む音も大きくなる。

真言の剣(ヴォーパル・ソード)開放!」

バッタは近い。もう食われる、と思ったその時、詠唱は、完了した。

「“勇避なる蹄音(オーダーズ・フーガ)”!!」

硝子の割れる音はしたが、地響きはしない。だとすると、私の目の前で、バッタの頭にとどめを刺した、あの技か?腕だけを顕在化し、漆黒の刃を、対象に突き立てる、あの。

・・・あれも、これも、あの機体に備わった“技”。

とどめを、さしたのか。そう思った。

だが軋み音は、健在。どんどん大きくなる。

・・・まさか、外した?

もう終わりかと思った。が、今度は逆に軋み音が小さくなっていく。

遠ざかっている?なぜ?

「慣性の、法則。動き出したものは、簡単には止まれない。お前はあれを跳んで躱した。そして、足を失った。飛び込むまでの時間、たっぷりと後悔しろ。」

・・・そうか。男は、突進に合わせて攻撃をしたが、上に躱された。だが、急激に飛び上がったがゆえに、その跳躍を止められなかった。予想着地点は、男の背後にあった溶鉱炉。

軋み音が徐々に遠ざかり、最後に、どぽん、と大きな音がした。

「詫びてこい、地獄の底で。」

その言葉と共に、男は、大きなため息をついた。続いて、どさっと、落下音がした。腰を下ろしたのか。

 

戦いは終わった。そう思った、次の瞬間。

硬いものが貫かれ、肉が割かれるような、音がした。

・・・何が、あった。

液体が、滴る音。

小さな、軋み音。

「・・・そうだった。黒骸(クロボネ)の、幼体は、これだけ、小さかった。」

男の声と、嗚咽。

おそらく、何か鋭いものが男の体を貫いた。

声から急に力なくなり、それがどれほどの深さかを物語る。

それを成したのは、あのバッタの幼体。

同族による、仇討。

人と、兵器。

変わらない、復讐の連鎖。

皮肉だと、思った。

だが、彼への皮肉は、まだ終わらなかった。

それは、彼自身の言葉によって、理解させられた。

「・・・幼体は、殺した、人間の、全てを奪い、成熟する。」

そんな兵器が、実在するのか。

「姿も、記憶も、周りの人間の、命も。」

この時、なぜか、後ろからも、声がした。

「・・・おれは、知っている。この時の感触も、この人の、人生も。」

ムクロ、何を、言っている。

まさか、そんなはずが、あるわけが、ない。

「・・・思い、出した。おれが、この人を。」

違う。きっと、違う。

「・・・人を・・・殺す。・・・姿を奪って。」

もう、やめてくれ。

「おれが・・・殺す。ジークさんも、みんな。」

そこから先は、駄目だ。

「・・・やがて成熟、凶暴化・・・きっかけは、共食い・・・。」

やめろ。やめて。

「おれも、あの、虫に・・・。」

頼む、頼むから。

「何より。」

そこから先は。

「・・・家族を、食った。」

やめて。

「・・・殺した、のは」

もう。

「おれ、だった。」

 

6.

自分が、否定された。過去も、未来も。自分がそんな存在だと知ったとき、どう思うのか。そんなもの、分かり切っていた。

 

姿は、奪ったもの。

記憶も、奪ったもの。

愛機も、奪ったもの。

いずれ、全てを壊してしまう。

残された時間も、わからない。

私だったら、選ぶ道は、一つ。

「・・・消えたい。はやく、消えたい。」

 

頭の中の引っ掛かりが、全部なくなった。

あのコロニーの中を、たった数年で、しかも子供が、地図で道案内できるほど探索するのは困難だとは思っていた。ジャバウォックがどうやってあいつの手に渡ったのか、空白の900年に、何があったのか。・・・だが、彼らに寿命が存在しないなら。彼をコピーした()()と、後でたまたま目覚めた4匹が、ずっと変わらない暮らしを、人間の真似事をしていたのなら。・・・空白なんて存在しない。総てに合点がいく。

そして、()()は、きっと、あの時、気付かれた。今までは、たまたま使わずに済んでいたから、バレなかっただけ。これは、契約相手じゃない、相棒じゃない、主人じゃないと、あの時、気付いてしまった。だから、言うことを聞かなくなった。だから、沈黙した。そのまま今も、眠っている。

そして、目の前の生き物の、悍ましさ。人に擬態し、人に潜み、不都合な人間を、殺戮する。同族と共食いし、進化し、より凶暴に、強力になる。そして、これはすでに同族を4匹も食っている。・・・条件は、満たしている。

未だガワの意思に引っ張られているのか、あれ以来虐殺は行われていない。だが、それも時間の問題。あんな化け物が、この街中に突然出現したら・・・考えるまでもない。

 

・・・どうするか。そんなの、決まっている。手持ちの武器は、拳銃が一丁。撃ち込んだところで効くわけがないのは解っている。だが、牽制にはなる。端末に意識が集中しているうちに、退避しつつ軍本部に連絡を取るべきだ。何より、国を、私の将来を思えば、アレは消去されるべき。駐留している兵の総力をもってすれば、きっと何とかなる。あの黒い怪物に変わる、前に。誰かが犠牲になる前に。何より、出来れば、望みどおりにしてあげたい。出来るだけ・・・優しく、苦しませずに。

そう考えた私は、上着の下のホルスターに、訓練通り、わずかに震える手を伸ばした。

 

でも、何故だ。グリップを握りしめ、安全装置に手をかけたところで、何故か、手が止まった。やらなければいけないとは思っていた。でも、なぜか手に力が入らない。

まだ、怖いのだろうか?違う、きっと違う。職務放棄が出来るなら、とっくにやっている。

 

怖くないと言ったら、嘘になる。

でも、あの、静かに震える背中を見ると、胸の奥が、苦しくなる。年端もいかない子供が、自分はこの世にいらないと言っている。誰の影響だろう・・・放っておけない。どれだけ自分を説得しても、この苦しみは止まらない。

・・・母譲りの頭脳と理性は、擬態能力に催眠や認識誘導の効果があると、その可能性を提示している。だとすると、なんて危険な兵器だろうか。1個体が存在するだけで、恐らく人類は滅亡する。やらなきゃいけない。でも、父譲りの直感は・・・。

 

・・・気付けば、その背中を抱き留めていた。

やがて、掠れた、震えた、声が聞こえた。

「・・・やめて、壊したく、ない・・・。」

震えが少し収まったと感じるまで、かけるべき言葉を思いつくまで、そのまま、静かに、そうしていた。

「・・・まだだ、あれで全部じゃない。」

この言葉が出てきた辺りで、ようやく私の理性は違和感に気が付いた。別の可能性に、気が付き始めていた。

幾つかの、違和感。まず、人格面。900年以上隔絶され、外部からの影響が無いにしては、その性格は、あの青年と似ても似つかない。仲間思い、家族思いなのは共通。だが、決定的な違いがある。軍人としての訓練の賜物と言ってしまえばそれまでだが、恐らくあの青年は・・・殺人に一切の躊躇をしない。だが、目の前のこいつはどうだ。今まで受けた印象では、2人とも社会やグループからは浮くだろう。だがその理由が違う、タイプが異なるように思えた。

次に、ジャバウォックの動き。本来なら脳で操縦できるらしいが、本人の認識では声を受けて戦っていた。まるであの機体そのものに意思があり、頼みを聞いているかのように。同系統のハゥフューレを操縦していた、私が感じた、その印象との差異。

そして、あの黒い怪物。傷を受けると生体を覆い、鎧を作り出す。そして、攻撃してきた相手を迎撃する。鎧がはがれると、傷一つない生体が出現する。まるで鎧というより、カサブタ。攻撃というより、防衛が主。自ら這いまわり餌を貪るバッタとは、性質が全く異なるように感じた。

結論として、結論を出すのは、まだ早いと思えた。

 

「まだだ、聞こう、これを、最後まで。」

まだわからないことを、確かめよう。その思いを込めて、声を絞り出す。少年はこちらに向き直り、弱弱しく、それに反論した。

「・・・でも、あなたの、大切な人も、あれに、殺されて、いつか、おれも・・・。」

確かに、エミナさんは・・・あのバッタに殺されたらしい。でも、私の信条は。

「・・・殺したのは、お前じゃない。仇も、2人で討っただろう。それと、未来はまだ分からない。だから、まず情報が必要だ。・・・進もう。」

所属よりも個を、尊重する。種族で、人種で、所属で、ひとくくりにしない。だから、とにかく知ろうとする。でも、面倒くさいって言われるから、だから友達も少ない。

「・・・それでも、この、音の中で、あの人を。正当防衛でも、ない。・・・許されない。」

「やったことの整頓の前に、先に罰を考えるな!」

この言葉は、反射的に出たものだった。つい、声の勢いが強くなってしまった。だから、優しく言い直す。

「・・・今わかるのは、向き合うべき真実も、贖うべき罪も、まだ分からないってことだけだ。」

「・・・そんなの、わかるだろ!みんなジークさん、みたいに、優しくは、なれない。自分と、仲間を、殺されて、奪って、それを、許せる人間なんて・・・・。」

お褒め頂き、ありがとう。

「・・・許されたいのか。ただ許されて安心したかった、それだけなのか。」

「・・・え?」

少年の感情の最上位が、悲観から、驚きに変わった。

「私は、お前を慰める気はない!現実に向き合えって、叱っているつもりだ!自分を、仲間を、友達を、罪なき人々を、お前自身を、守るために!怖いなら、ずっと、いじけていろ!先送りにしていろ!その代わり、本当に、何もするな!死のうとさえ・・・何が起こるか保証できないからだ!」

言葉を発した直後、騒めいていた廊下が静まり返った。そしてその言葉から時間が経ち、廊下から痴話げんかがどうのとか、そう言った下世話な話が聞えてきたころだった。少年は、口を開いた。

「・・・本当に、優しくて、変な人だ。」

・・・自覚は、ある。変な奴が、意外と多いことも知っている。

廊下の噂話が、別の話題に移り変わろうとした時だった。少年は、再び口を開いた。

「・・・聞きます。」

その言葉を聞き、もう一度、少年の体を引き寄せる。そして再び端末の方を向き、再生を押す。さっきと同じように、音声が流れ出す。でも、今度は隣に並んで。

・・・大丈夫だ。根拠はないけど、そんな予感がする。

 

・・・雑音の後に耳に飛び込んだのは、聞きなれたものに似ている銃声。そして、覚悟していた通りの、罵声。

「・・・死んで・・・たまるか、死んで・・・死ね、死ね!この・・・バケモノが!」

銃声と怒号が鳴り響くと共に、少年は苦しそうに腹を抑える。私は、その手に自分の手を、そっと重ねた。少しひやりとしたが、確かに体温を感じた。

やがて怒号も、銃声も、鳴りやんだ。弾切れか、それとも・・・。

後者の可能性は、間もなく、なくなった。男のか細い声が、それに続いたからだ。

「何、やって・・・。」

男は絞り出すように、言葉を紡ぐ。

「人殺しのバケモノは・・・オレ、だったはず、なのに・・・。」

ただその意図は、さっぱりわからない。

本能(プログラム)に、従った、だけ。それも銃口が、たまたま、向いたから、起動して、襲い掛かって・・・。」

ただ、まるで懺悔のようだと、感じた。

「・・・自分の罪から、罰から、逃げた。オレが、悪い・・・。」

その言葉からは、既に怒りは消えていた。

「・・・確か、お前は、オレに、なるんだろ。・・・本能(プログラム)、通りなら。・・・でも。」

その口調は、言葉を重ねるたびに、優しくなるようにも感じた。

「・・・でもな、オレになっても、ロクなことに、辛いだけだ、やめとけ。だませる奴も、1人も、残って、ない・・・。」

まるで、病床の老人。そんな印象を、抱いた。

「・・・まあ、せっかくだ。どれだけ損か、残った時間で、語ってやるか。」

まさか、過去の記憶があるのは、記憶のコピーじゃなく・・・。いや、だがこの状況から話せる時間なんて、この男には・・・。

「・・・お前、じゃ呼びにくいな。・・・よし、今からお前は”ムクロ”だ。逢魔の白刃の主人公から、八重咲牟久郎から取った。・・・嫌なら、オレが死んでから、改名していいぞ。」

なんか、急に元気になった、そんな気がした。

 

男は語る。その壮絶な一生を。

愛されていないのに、夜の女に縋る父。

愛していないのに、自分に縋る母。

母を殺した父を、自らの手で殺した、11歳の自分。

治安の滅んだ町で、生き残るため、人を傷つけ続けた自分。

その特技を活かすため、軍に志願した17歳の自分。

警邏隊で覗き魔を捕まえて自信を持ったのも束の間、前線に出る19歳の自分。

テロリストから捕虜を救出するために集まった仲間。

ただ1人だけ作戦の不備に気づいた自分。

指摘した自分を摘み出し、作戦を決行しようとする仲間たち。

見捨てられず、独り突撃し、暴れ、驚く犯人を瞬く間に皆殺しにした自分。

少年兵と間違われ撃たれた、人身売買の被害者。

兄の敵への致命傷と引き換えに死んだ、被害者。

弱り切っていたにもかかわらず、自分に呪詛の言葉を吐いてこと切れた、人質。

過ちを悔いて、死のうとした自分。

それでも自分を庇い、生きろと言った上官。

勧めに従って赴いた新天地で、迷いに迷った先で、出会った相棒。

初陣で連邦大統領を救出し、怪物退治の命を受けた自分たち。

逢魔の白刃がいかに面白く、いかに生きる勇気をもらったか。

相棒と共に倒し続けた、常識はずれの怪物たちの話。

そんな中、自分を庇い、呪いを残して死んだ、戦友。

そして、自分よりもずっと生きるべきだった者たちを消した、最後の任務。

 

男の身の上は、壮絶に思えた。その一方で、面白いとも感じてしまった。まるで少年漫画のような、特務隊としての任務の話が。特に好きな話は、戦友とのラブロマンス。互いに素直になれず、最悪自覚すらしていないだろうが、だからこそジュブナイル小説のような。ただ、その総てが、皮肉な悲劇で締めくくられた。

そして今が、そのクライマックス。男の生涯の、結末。

「・・・こんなもんか。それで・・・頼みがある。・・・なあ、ジャバウォック。こいつを、見守っていて、くれ。オレみたいな、ロクでもない人殺しに、ならないように。・・・できる限り、ずっと。」

・・・男の言葉で、やっとすべてが繋がった。ムクロは、ジャバウォックとは契約していなかった。この男との最後の契約が、約束が、ずっと継続していた。だから、機能が維持されていた。だから、頼みに応えるように戦った。だが、その契約はあの時、解除された。おそらく、「できる限り、ずっと」の条件が満たされた。カヌの言葉を思い出す。フレームの構造が脳に酷似しているなら、意思を持つかのように振る舞う機体が存在してもおかしくはない。

・・・きっとジャバウォックは、彼との約束を守り抜いた。ムクロを見守っていた。ずっと、この男の遺言に従って。「ムクロがもう、人を殺さない」と、心配ないと、確信するまで。

再生時間はまだ、たっぷりある。だが、声の有無を示す波形の山は、残り少ない。声も、だんだんと小さくなる。それが示すのは・・・。

「・・・最後になるが、こんだけ、話したし。じゃあな、”ムクロ”。・・・絶対に、オレみたい、には・・・なるなよ・・・。」

ここで、急激にノイズが酷くなった。

「それで・・・。」

ここから先は、聞き取れなかった。数秒後、” SKIP NO SIGNAL”と表示された後、再生終了が知らされた。

 

尻切れ蜻蛉ではあるが、真実は明らかになった。でも、そこから先を考える前に、くすりと笑いが零れた。

「そんな昔にも居たんだ、変な奴。」

 

7.

さて、どうしよう。

真相は分かったものの、あんな感じの暴走が起こらないとお墨付きももらったものの、これからどうすべきか全くもって定まらない。何より、意図しないものとはいえ、家族を自ら食い殺したことについては、かける言葉さえ見つからない。あんなに、思われていたのに。あんなに、思いあっていたのに。

そんな沈黙は、けたたましい着信音によって破られる。着信者と回線を確認し、少しうんざりしながら、通話画面を開く。

「・・・どうした、カヌ。」

こんな回線、軍の敷地内で使うなよ。

「大変だよ!ジャバウォックの、廃棄処分が決定した。」

・・・ちょっと、待てよ。なん、だと。廃棄、処分。

「・・・どういう、ことだ。」

カヌは、3回ほど深呼吸し、呼吸を落ち着けてから、答えた。

「・・・上層部からの勅命。危険な機体を処分しろ、だって。今、レグリット中将が研究棟に、引き取りに来た。たった今、少佐と話して・・・。でももう、運び出す段階に。」

いや、待てよ。落ち着け、私。

「・・・昼間の解説が正しいなら、下手すれば、宙域が全部消えるぞ。いったい、何を考えて・・・。」

それに対し、カヌは国の方針というか、具体的な手法を述べた。

「一応マージンは取られてるらしいよ。プロトンキャノン、それもレプトン型で、フレームと触媒体、全部を同時に昇華させる。そうすれば、絶対真空が押し込められているうちに、高確率で触媒結晶を崩壊させることができる・・・らしいよ。」

・・・嘘、だろ。

いくら、約束が果たされたからって。あれは、託されたものなのに。せっかく、彼が託してくれたものなのに。

でも、せっかく・・・。

「でも、せっかく操縦席(コックピット)を載せ替えたのに・・・。」

「・・・は?」

何を、ほざいているんだ、こいつ。

「あ、言ってなかったっけ。ボロボロの操縦席(コックピット)から載せ替えて、実働試験がしたくて。でも旧連邦系のインターフェースで、ちょうどいい在庫がなかったから、ボクがちょっと前に趣味で自作したのを使って。・・・載せ替えと動作確認は無事終わったのに、それごと、消し飛ばされるって・・・。」

ああ、そうか。それは、それは。

「・・・それは、自業自得だな。」

「そんな、殺生な。」

何が殺生だ。というか、公務に堂々と私物を使うな。

「そもそも、この際だから言っておくぞ!なんでいつも、いつも、誰の許可も得ずに、何でもかんでも思いついたものを試作して回るんだ。」

それこそ、危険物だろうが、何だろうが。こっちがどれだけ振り回されたと思っている。

・・・まあ、どうせまた適当な言い訳でごまかすんだろうな、と思って論破付きの説教を考えていたところだった。通話先の声が、心なしか、ぐずり始めたように感じた。

「・・・だって、この世に、生まれないことほど、辛いことなんて、無いと思うから。」

嗚咽交じりに出た返答に、私は意表を突かれた。

「生まれたいと思っているのに、誰にも望まれない。生きたいと思っているのに、周りからは死を望まれる。ボクには、その辛さが、判るから。」

・・・そうだった、こいつの身の上。孤児が、元不法居住者が運よく保護されても、幸せになれる保証はない。奇跡的に才能を見出され、関連企業幹部のご家庭に引き取られるなんて場合は、本当にレアケースだ。ゲーム機替わりに払い下げられたシミュレータで超人的なスコアをたたき出した、どこかのバカのように。・・・目の前の友達はそれを、身を以て体験していたのを、忘れていた。

「・・・保護施設での話か。それとも、その前か。」

「全部。ボクの人生、全部。強い重力の中、ガラクタと閃き頼りで生きていた頃も、それを周りに咎められるようになった頃も、その一部だけ活かす場所を見つけた後も、全部。」

・・・そうか。なら、かける言葉は一つだな。隣の奴にも目配せをしながら、自信を持って答える。

「存在することを悩む必要なんてない。きっと意味があると思って生き続ければ、居場所は見つかる。私はそう思う。」

「それじゃあ・・・。」

もっとも、犯罪者予備群に釘をさすのも忘れない。

「だからって、無計画に試作するのは自重しろよ。必要なときに錆ついていたら、なおさら生まれた意味がなくなる。・・・忘れないように設計図・・・はかさばるから、メモくらいに留めておけ。」

「・・・ハイ。」

まあ寮の私室なら、そう簡単に足の踏み場すら無くなるなんてことはないだろうし。5人部屋でそれをやらかした当時のこいつには、本物の狂気を感じたが。

そして、言葉を続ける。

「・・・だから、必ず何か意味がある。そう信じて、一生をかけて探し続ける。私も、お前も。あと、お前も。」

私は画面から目を離し、真っ白な頭と瞳に視線を向ける。

「・・・おれも?」

「だから、もう消えたい、なんて言うなよ。この時代で、一番変な奴との約束だ。」

目の前の顔が、一瞬だけ明るさを取り戻す。だが、すぐにそれは陰りを見せる。

「・・・でも、じゃあ、ジャバウォックは・・・。」

・・・そうか、そうだよな。ちょっと考えても、微塵たりとも思いつかない。

「カヌ、何とかならないか。」

「・・・無理だよ。勅命の作戦を妨害したら、間違いなく銃殺。この通信が漏れただけでもまずい。特にジークは、まだエミナ教官の疑いもあるし、なおさらだよ。」

まあ、予想はしていた。昔ナーシアがお遊びで作ったものとはいえ、秘匿暗号回線まで使って連絡してくる時点で、嫌な予感はしていた。

・・・いや、ありがとう。そう言って切り上げようとしたら、通話の相手は突然慌てだした。

「あっ!ごめん!中将直属の・・・剣聖部隊だ!切るね!」

大慌てで端末を操作したのか、マイク音量が上がったり、ビデオが消えたりついたりしてから、通信は途切れた。

 

まあ・・・どうにも、ならないか。

私も、死にたくない。国の秩序を乱したくもない。社会の一員として、1人の無力な人間として、我慢すべき時だ。トロッコのレールの先にある、2つのもの。片方が大切な人、もう片方が形見とはいえMS(モビルスーツ)1機なら、選ぶまでもなかった。・・・諦めるしかない。

でも、一つだけ決まったことがある。決意したことがある。私は、ムクロの背中から腕を回し、そのまま椅子に倒れ込む。困惑する本人を余所に、私は言う。

「お前は、もう人を、殺さない。誰も傷つけない。」

せめて、気休めの言葉をかける。それしかできない私を、許してほしい。

「託されたジャバウォックも、きっとそう思ったから、背中を押してくれたと思う。」

その、大切な形見は、もうじきなくなってしまうけれども。

「それでも不安なら、私が守るよ。お前が、自分を許せるまで。」

照れ隠しに、頼りないかも、と付け加えた。

ムクロは、嗚咽のような声を上げるだけだった。でも、涙は流れなかった。擬態機能にしても、半端だと思った。いいや、いまは、どうでもいい。抱きしめたままその体温を感じていると、だんだんと瞼が重くなってくる。

大丈夫。お前は、この宇宙で一番優しい殺戮兵器だよ。私が保証する。

 

・・・ここから先は、いつから眠りについたのか、わからない。だから、その時の感覚が夢だったのか、現実だったのか、今でも・・・。

「ごめんなさい、ジークさん。」

腕の中の感触が、消えた気がした。

「・・・おれなんかよりも、幸せにならないと。・・・助けないと。」

椅子が、動いた気がした。

「ジークさんも、幸せに、なって。」

ロックが外れるような音がした。

 

「おれはもう、幸せになっちゃいけないけど。」

扉が閉まる音がした。

 

8.

真っ暗な空間に浮かぶ、巨大な船。その周りに浮遊する、11の人型。これが人間であったとしても、それらが守る船は大型艇のように感じる。だが、それらの人型が全高18mの機械の巨人であると聞いたら、改めてその大きさに驚愕するだろう。その船の名を、超弩級揚陸宇宙戦艦レイヨン。15年前に、最大積載MS(モビルスーツ)量20機に加え、大口径プロトンキャノンを携えロールアウトした、現状での最新型。

その艦橋に、将官にのみ許された絢爛たる装飾を携えた軍服に身を包む、大柄な男が佇んでいる。歳の頃は、五十代に差し掛かるだろうか。浅黒い顔に刻まれた数々の傷跡が、男の人生の一つ一つを物語る。

レグリット中将。元帥閣下の忠臣としても名高く、この国の軍属でそれを知らないものはいない。

「中将殿、まもなく固定作業を完了します。ただ、仮にも幻想の怪物がこれで討たれるとは思えませんが。」

指揮官と話す声の主は、“剣聖”セロ・ヌメロ。若くして中将直属の部隊、セロ隊の長を務める。その異名の通り、近接格闘戦に限れば彼の右に出る者は、ほぼ居ないとされていた。

「・・・本国からの情報では、これで安全に消去可能と聞く。だが念の為、作業終了後のセロ隊は艦の周囲に展開せよ。」

「了解。ウノおよびドスは作業終了後、旗艦周辺に撤収せよ。」

その視線の先で、動く巨人が二機。その足元には、彼らの母艦と大差ない大きさの小惑星。手元には、その巨人たちの指ほどの太さを持つワイヤー。それを、小惑星に突き立てられた金属柱に巻き付けている。

その柱に、何かを縛り付けている。

それは、真紅の体色を持つ巨人だった。全高は作業を進める者達と大差ないが、双角の下の双眸からは光が消え、その手足は糸繰人形(マリオネット)のように垂れ下がっている。

2名の作業者は、その固定が強固であることを確認したのち、上官に報告する。

「隊長、固定完了です。直ちに離脱します。」

「よし。中尉殿、発射シークエンスへ移行可能です。」

「よろしい。全機の離脱を確認次第、主砲の発射に移る。」

彼らの指揮に従うように、10機の巨人は船の両翼に就く。

それを確認するのが早いか、艦の船首が上下に割れる。まるで鰐の顎のように開いたそれの中に、長方形の筒が迫り出した。それが向くのは、真紅の巨人の囚われた方角。

その名を、1,600口径プロトンキャノン。陽電子を始めとする無数の反物質を混合し射出する、この国において15年もの間、最強の火砲の座を守り抜いていた。宇宙空間以外で使用すると効率が悪化するが、本作戦においては問題ない。

 

着々と発射の準備が整ってゆく。

それを今か今かと、じっと待つ10機。それとは対照的に、落ち着きなく動き出す1機。そして不審に思う味方の1機に、出鱈目な動きのまま襲いかかる。

襲われたものは、当然の反応を示し、その理由を中に居るはずの仲間に問いただす。

問われた仲間は、焦りつつも答える。操作を受け付けないと、何をどう試しても、どうにもならないと。仲間は、それをなんとか押さえつけることで、手いっぱいだった。

「どうした、ヌーベ、ティエス。」

流石に異変を感じたのか、彼らの隊長はそう言って飛来する。2人して状況を説明すると、その上官、セロは、指示を飛ばす。抑えるヌーベには拘束の継続を、抗うティエスには脱出を命じる。

「しかし、隊長。」

だがティエスは、その指示に従わない。自分の命よりも、賜った機体を賊に奪われることが許せなかった。だが、その思いを汲んだのか、上官はこう諭す。

「民の血税を無駄にするな。僕の攻撃に合わせて、脱出装置を起動しろ。」

ティエスは頷き、座席側面のレバーを強く引く。同時に操縦席(コックピット)のみが勢いよく後方に射出され、即座に逆噴射が起こり、宇宙空間に静止する。後には、胸に大きな穴が空いた人形のみが残った。そして、その穴に向け、セロは光の刃、ビームブレードを突き立てた。穴の上面をわずかに焼き焦がすと、人型は、糸が切れたかのように大人しくなった。

戸惑う部下たちに、彼は己の行動を事細かに解説する。

「そう、操縦席(コックピット)とフレームの間の、ターミナル。MS(モビルスーツ)の操作を乗っ取るような輩は、粗方ここに紛れている。そして緊急脱出装置を起動すれば、それが露になる。」

そして、解説の締めとして、今回の修理がいかに安く済むかを解説する。部下たちは、彼らの生まれを思って苦笑いを浮かべつつも、その鮮やかな手腕をほめたたえた。

国の誇りを乗っ取り、好き放題動かした賊は始末した。後は予定通り任務を完遂し、提案通りの修理をすれば全て終わる。そこにいる全員が、そう思った時だった。離れた場所に退避したティエスから、通信が入る。

「隊長!目標、まだ、動きます!」

その機体は、胸に大穴を空け、その穴の上辺を焦がしたまま、不気味さを増して動き出したのだった。

「・・・くっ、何故だ!」

賊が生き残ったとしても、ターミナルを破壊すればすでに動きはしないはず。その場にいる全員が、困惑した。その謎を解いたのは、やはり1人離れた場所にいた、ティエスだった。

「ターミナル付近の、画像の拡大を!」

それを受け、皆がメインモニターの一部を拡大する。

そこにいたのは、子供だった。だが、そんなはずはない。宇宙空間で、しかも生身で、平然と生きられる人間なんて、存在するはずがない。だが、彼らの頭には、ただ一つの例外、子供の姿をした怪物、手足から金属の触角を生やす存在が浮かんでいた。

「・・・ 黒骸(クロボネ)の、丙型変異体。まさか、同じ暗色軽金属(ダーク・メタル)の触角を、フレームに直結して・・・。」

だがその怪物も、決して余裕があるわけではなかった。左膝から先は焼け焦げて欠損し、ただでさえ白い顔は青ざめ、苦悶の表情が浮かぶ。

それでもなお困惑、攻めあぐねる兵士達に、今度は旗艦より通信が入る。それは、本国よりの解析結果を伝えるもの。彼らの推測は、当たっていた。同系統の金属、歪と弾性変形の伝達を利用すれば、たとえ電装系が全滅しても、動かすことは可能だと。

 

彼らは、特に彼らの隊長は、思案した。こんなに小型の適性存在を駆除する装備は、持ち合わせていない。何より、他の友軍機に潜り込まれるリスクを考えれば、迂闊に動くことも出来ない。だが、あの小さな敵の目的について思い至ったとき、一つの妙案が浮かぶ。

「中将殿、作戦の強行を!プロトンキャノンの発射準備を!セロ隊は、旗艦を守れ!」

彼は、気が付いた。この小さな怪物は、なぜここに乱入したのか。その答えは、決まり切っていた。この作戦の、妨害。ならば、確実に抹消する方法は、存在する。

艦橋の将官は、一も二もなくその提案に応えた。彼の部下たちも、その指示に従った。

 

再び、淡く発光を始める巨大な砲身。それを認識した傀儡は、ぎこちない動きで飛び出し、真紅の巨人の元へと向かっていった。それを見て、この作戦の成功を確信した者たちは、更なる命令を下す。それを受けた者たちは、巨人に銃を構えさせ、真紅の巨人に向けて、熱線を雨霰をと降らせる。

傀儡となった巨人は、真紅の巨人を庇い、楯になり続ける。熱線を何度も受け、少しずつその体は削れていく。その度に、怪物は苦悶の表情を浮かべる。まるで、敵の所有物に神経をつなげた代償によって、苦しむように。

 

そのまま、30秒ほどが経過したころ、全員に通信が入った。

「セロ隊に通達。主砲、チャージ完了。」

それを受け、再び指示が飛ぶ。

「総員、射線より離脱せよ!」

それを聞いた10機は、蜘蛛の子を散らすように真紅の巨人の前から消える。動かないのは、1機だけ。もっとも、動けない、の間違いかもしれない。

味方の安全を確認した指揮官は、更なる指示を与える。

オペレーターは、訓練通り主砲発射シーケンスを進める。

間もなく、それも終わる。

目標の名が、声高らかに宣言される。

引き金をひく責任が、指揮官に譲渡される。

一匹の怪物と、厄介な一機をまとめて始末する準備が、ついに整った。

指揮官は、叫ぶ。

「撃て!!!」

 

9.

撃て。

その言葉に続いて、強烈な光が長方形の筒から放たれた。

 

次の瞬間には、視界が光で埋めつくされた。続けて、目の前の全てが光に変わった。後を追うように、熱が伝わってくる。速いのか、遅いのかわからない。

けど、全身を燃やし尽くされそうなほど、熱い。

「熱い」

熱い。

「熱い」

熱い。

「熱い」

熱い、あの時と同じ・・・あの時と・・・・

 

なにも見えない。

何も聞こえない。

ただ、全身が耐えられないくらいに、熱い。

腕が燃える。足が燃える。肉が燃える。

骨がむき出しになる・・・・。

このまま、死ぬのか。

いやだ。

夢が、行きたい。

怖い。

嫌だ、生きたい。

いやだ・・・。

 

ふと気がついた。

・・・なぜだろう、痛みが、和らいだ。

 

なぜだろう。

きっと。

きっとそうだ。

むき出しの骨を、何かが、優しく包んでいったから。

手足の先から、少しずつ熱さが消えていく。つぎに、体からも。少しずつ、意識が戻ってくる。そして、耳も。

何か、聞こえる。

 

———生きて

「フソウ・・・」

———生きろよ

「イツキ・・・」

———生きてよ

「ミトウ・・・」

———・・・いきて

「シスイ・・・」

———・・・幸せに、なれ

「・・・!」

 

この手を高く掲げ、叫ぶ。強く。

 

「ジャバウォック!!!」

 

10.

警戒していた、絶対真空の解放もない。自分たちの生存が、その証拠。

・・・成功だ。そこに居た者たちは、改めて胸をなでおろす。

任務は、果たされた。あとは、結果を確認するだけ。誰もが一段飛ばしで、報告書の書き出しについて考えていた。解析を担うオペレーターに至っては、後日の恋人との逢瀬を思い描き、頬を緩ませていた。緊急任務の間の悪さ、陽電子ノイズ故の解析の遅さを知る仲間たちは、皆彼女の態度を黙認した。

・・・だが、1分もたたぬ間に、それらの顔が凍り付く。解析完了の表示と、続く彼女の報告と共に。

「・・・目標、顕在。」

その場にいる誰もが、疑った。だが、ノイズが晴れ、クリアになった視界で、嫌でもその正しさを認識させられた。

そこに居たのは、立ち塞ぐ、赤き巨人。何より驚くべきは、その背後で、簒奪され涙を飲んで屠ったはずの僚機が、辛うじて原型を留めていたこと。奪われた張本人であり、今は艦に回収された操縦者(パイロット)本人に至ってはポカンと口を開け、絶句していた。

・・・ありえない。全員の頭に、その文字が浮かんだ。

 

だれもかれも、目の前の状況を説明できない。だが、本国の命によって、作戦の全容を理解させられていた指揮官のみが、この謎を解き明かした。その鍵は、赤き巨人が前に立ち、左手を前に掲げて盗品を守っていたこと。いつの間にか、拘束から抜け出していたこと。この状況が示すものは、ただ一つ。

「・・・偏在化で脱出し、即座に、顕在化・・・。そして、空間障壁で・・・!」

彼は知っていた。プロトンキャノンを防ぎうるものが、この世に二つ存在することを。片方は彼が尊敬する存在の楯であり、もう片方は今まさに目の前にある。

彼は、契約の仕組みについてまでは、明るくなかった。だが、目の前のあれが油断ならない相手、万全に近い相手であることは、長年の経験と勘により、理解させられた。

中将は自らの責務を果たすため、動いた。かつて共に夢を語り、心の傷となって残る親友の為にも、引くことは出来なかった。

「・・・ならば、これより、再捕獲、制圧に移る!セロ隊、征け!」

「御意!」

「・・・了解!」

 

こういった状況で、一番槍は決まっている。一番乗りで返事をした、隊長でもある、セロ・ヌメロ中佐。誰よりも敵を観察する力、攻撃を捌く能力に長け、斥候を務めつつ確実に生還する。万一の備えとして、副長のウノへの引継ぎも万全のつもりでいた。

文字通りの切り込み隊長は、右に握る光の剣を振りかぶり、赤き巨人に斬りかかる。だが目標は、左掌を光と重ねるだけで、それを受け止めてしまった。これが、空間障壁。彼はその身で理解した。その、強力さ、並びに弱さも。

次の瞬間には、障壁を構えていた赤き巨人の左腕が飛んでいた。その切り口は焼けただれ、ビームブレードによる切断跡であることが分かる。受け止めたはずなのに、なぜ。MS(モビルスーツ)越しでも、その怪物の困惑は伝わった。その答えが、剣聖の名の由来にあることも、すぐに理解したように見えた。・・・左腕に装備した2本目。それで、障壁の裏側へと回り込み、切り裂いた。彼は2本のビームブレードを操り、右に出る者は居ない。故に剣聖と称え称される。実際に手合わせすれば、誰であっても負けはないと自負していた。

そして、彼は次の一手、反撃の手順まで読んでいた。ここからは、素人丸出しの前蹴り。だが、前面スラスターの噴射で大きく引き、それを躱す。再び隙を晒すだろう・・・彼は、そう確信していた。

だが、その予想は裏切られる。敵はただ、時間を稼ぎたかった。この損傷を、取り返すために。赤き巨人の骨の一部が変形し、細長い金属の紐となって、飛んでいった左腕の元まで伸びる。そして腕をつかんだ紐が、巻き戻るように元に戻り、斬り飛ばした左腕が、元の通り、再接合された。何事も無かったかのように動く五指を見て、彼はこう言う。

「・・・面妖な。」

彼がMS(モビルスーツ)戦で礼節を忘れるのは、しばらくぶりだった。更に珍しいことに、彼はこれで斥候を切り上げた。彼を敬愛する部下の元へと戻り、通信で指示を飛ばす。連携により畳みかける、そのための準備に入った。

 

だが、怪物はそれを好機と見た。さっきは一本だけだった紐、触角を、両手足と首から合わせて5本、それぞれ吐き出させた。それらは、その主の体に巻き付き、覆ってゆく。やがて溶け合うように、両手足と胴体、そして頭部の追加装甲へと変貌した。手足の触角は、空間を縦横無尽に這い回る。頭部の仮面は、その腹に潜む黒い怪物に酷似していた。“黒骸(クロボネ)変異体・丙一〇七型・骸鴉”。その名が、確定した瞬間だった。

 

臆さず後ろに下がった6の巨人は、銃を構える。間を置かず、一斉に、無数の熱線が襲う。だが怪物は、少しばかり位置を変えただけで、それらを決して広くはない空間障壁で防ぎ切った。同じ目標を、同じ方向から狙った射撃は、必ず一点で交差する。それを、この戦いの中で学んだとでも言うのだろうか。

だが、それらは所詮牽制。初手で斬り込む槍兵たちの、露払いに過ぎない。金属すら難なく溶かす、超耐熱合金の槍、ヒートジャベリン。それが2本、怪物の背後に迫る。

・・・彼らは貫いた、と確信した。だが槍は届かず、その赤い装甲の前で、止まった。

「・・・動けない!隊長、攻撃失敗!止められました!」

片方がそれに気づくと、もう片方は間をあけず原因に気づく。・・・触角だ。赤い装甲の隙間から生える触角。2機の巨人を、計4本のそれが拘束していた。それを報告しようとしたとき、拘束された2機は徐々に軋みを上げ始める。触角による締め付け。その剛力は、二つの胴体からそれぞれ肩を切り離し、バラバラに遊離させた。必要最低限の、戦闘不能状態。まるで、修理コストを知っているかの如き振る舞い。怪物の慈悲にも見えたそれは、戦士たちの誇りを逆なで、激昂させた。

その怒りは、3本の光の剣の閃となって襲い掛かる。3機が楯と剣を構え、飛び掛かった・・・が、すぐに異変に気付く。いない。光の剣たちは空を切った。そう認識した直後、1機の目の前を赤と黒の残像が横切る。残像が横切った座標にあった腕が、胴から切り離された。続けて二つ、三つと、残像が過ぎ去ると共に、剣たちは肩から引きはがされ、何もない空間を漂っていった。

 

・・・何が、起こった。その場の誰もが当惑した。敵が消え、暴れ、味方が5機、戦闘不能。起こったことは単純だった。だが、どうやって。加えて味方の回収、敵の排除、やるべきことが渦を巻く。だが、この場で最も多くの地獄を乗り越えた男は、決断する。

「・・・敵の拘束を、最優先!旗艦プロトンキャノンの発射まで、時間を稼げ!」

その時だけ、忠臣は即断できなかった。だが、間もなく覚悟を決める。

「・・・了解。総員、ビームアサルトライフルに換装。近距離制圧射撃にて拘束。死して、その恩義を果たせ!」

了解。それに次ぐ、指示を受けた部下たち。彼らの言葉は、いつにもまして迅速に思えた。

 

怪物は、船より漏れる光と、それを気にも留めず進軍する兵たちを見て、明らかに戸惑う。味方ごと、撃つつもりか。それを察したのか、動きが変わる。

「・・・速い。」

「速すぎる!」

怪物は、今度は縦横無尽に暴れ回る。彼らの高性能なセンサーでさえ、残像を捕えることが精いっぱいだった。

「うわっ!」

1人、やられた。残り5。

「くそっ!」

銃を向けた1人が、銃ごと腕を吹き飛ばされた。残り4。

「・・・ならば!」

忠臣は、残る3の味方に最後の指示を飛ばす。彼は倒されていく部下たちの犠牲を、無駄にはしなかった。そのスピードの正体に、気付きつつあった。

だが、また1人やられた。残り3。

・・・彼は確信した。あれは本質的には臆病だと。一度やられた相手は、強い相手は後回しにする。自分は最後に違いないと。そして、あれには決まったルートがあると。

さらに1人。残りは彼自身と部下が1人。

だが、彼はその時、全てを見切った。1機を屠ってから、壁を二度蹴って、それを基準に方向転換する。そして、最後の部下が倒された・・・すなわち、確実にそこにいるところに、二振りの刃を構え斬りかかる。残像と化していた怪物が、久方ぶりに姿を現す。当然攻撃は、空間障壁で止められる。だが、彼は既に確信していた。あの機動は、黒骸(クロボネ)の機動と基本は同じ原理だと。通常のそれが周辺の構造物を触角で掴んで加速するものならば、あれは自ら作り出した空間障壁を掴んでいると。故に、障壁を防御に割かせれば、移動は出来ず、背後は無防備。スパークする2本分のビーム残滓に押され、空間障壁を越えて手を出すことも、抜け出すこともできない。だが当然、残滓は自身の装甲も削る。しかし、どのみち死す命、惜しくはないと思っているだろう。発射まで、あと30秒と。

 

だが、残り20秒のあたりで、様子が変わる。・・・気づかれた。怪物は、光を受け止める障壁を自ら蹴って、僅かな残滓を気にも留めず、将の待つ艦へと跳び立つ。どうする気かは知らないが、決して邪魔はさせない。その場で動ける者の心は、一つだった。複砲手は船に備えた機関銃で以て迎撃を試みるが、触角による超機動にロックオンが追い付かない。それどころか、友軍機に当たりかかった流れ弾を、全て防ぎ、捌いている。誇りを傷つけられた者は、静かに唸った。

「どこまで、侮辱すれば、気が済む・・・!」

だが、発射まで残り10秒。かすかに残る疑念、痛む良心、だが涙を飲んでこの状況を維持すれば、間もなくあの怪物を焼き払える。あと少し、あと少しだと。

その希望を、オペレーターが捉えた光景が、怪物の挙動が、かき乱す。

「・・・胸が。」

「開いた。」

怪物の胸が、胸の装甲が、左右に開いた。胸の中には、棒状の何か。それを、右手に握り、取り出した。とっさに静止画を拡大し、気付いた。あれは、剣の柄。・・・ビームブレード。

次の瞬間、艦そのものに衝撃が走る。怪物が砲塔の眼前に取りつき、掴みかかった。今まさに発射せんと光り輝く砲塔の前に。このまま発射するだけで、危険であることは明白だった。そして、あれの手には、高エネルギーを帯びたビームの刃。あれを砲塔に、突き立てる。高エネルギーを蓄えた、ビームを。・・・同じ結末を、全員が思い描いた。結果は明らか。誘爆、轟沈。

「・・・動力炉(ジェネレータ)切り離し!総員、衝撃に備えよ!」

将は、反射で指示を出す。どれだけの部下がそれに従うことが出来たのかは、分からない。ある者は頭を抱え、ある者は目を瞑り、ある者は愛しい人を想い・・・。

「・・・させるかァ!」

だが、ただ唯一残った戦士は、怪物に光の剣を突き立て、引きはがそうとした。彼を害するだろう触角は、全て今まさに砲身内部にへばりつくのに使用されている。あとは、砲身の外に飛ばせば、と思っただろう。だが、遅かった。砲身内部の光が、更に強くなる。

「・・・ここまでか。」

間に合わなかったことを嘆くように、彼は独り呟いた。

・・・ここから先は、激しいノイズを伴う、曖昧な映像しか残されていない。怪物の右手だけが、一瞬だけ、こちらを向いた。なぜか、右こぶしの先に、激しい光の中でさえ、はっきりと黒い影が、長く、一筋だけ、写っていた。まるで影で出来た剣を、その手にしているように見えた。その影が、愛機の腕を切り落とし、へばりつくのをやめた一本の触角が、彼の全身を、安全圏へと撥ね飛ばした。

「・・・やめろォ!」

光の中に残った怪物。彼の叫びも虚しく、怪物は影を光の深奥に突き立てる。艦から光が失われ、やがて闇に包まれる。砲塔から始まり、やがては艦橋まで、闇は全てを浸食した。

「・・・やめろ、父親を・・・奪うな!僕だけを、生かすなぁ!」

通信には、届くはずのない、普段の彼とかけ離れた慟哭が、虚しく響き渡った。

 

「・・・被害状況を報告しろ。」

「・・・中将、殿?」

もう繋がるはずの無かった通信が、再び返事を返す。それに伴い、艦橋に、やがて艦全体に、光は戻っていく。

「主砲および主動力炉(メインジェネレータ)、沈黙。サブへの切り替え、完了いたしました。」

将は再び、生き残った戦士に指令を与える。

「繰り返す!セロ中佐、被害状況を報告しろ!」

彼は、部下たちのレスポンスを確認する。その結果に驚きながらも、敬愛する将の命令を遂行した。

「・・・セロ隊、全機、戦闘不能、しかし、全名の、生存を、確認。」

これだけの戦闘にも関わらず、死亡者ゼロ。旗艦の主砲のみが、まるで抜き取られたように消滅。その現実を、誰も受け止められずにいた。

そう、全てが終わり、敗北を悟り、やっと気がついた。焼き払おうとした目標の中核、万物を虚無へと還す絶対真空。艦砲を反物質ごと消滅させ、沈黙させた闇の刃。この二者が同一であるという事実に。それに仲間の命を救われたという現実に。その豊富な経験ゆえに、そのありえない事象に、彼らは気付くことが出来なかった。

 

やがて赤き巨人が、もはやただの筒と化した砲身から這い出す。それを見た将は、全ての部下に最期の指令を下した。

「・・・撤退する。脱出用シャトル、射出準備。MS(モビルスーツ)隊の生存者を回収の後、離脱せよ!」

凍り付く艦橋。

「・・・回収の、時間は。」

当然の質問が、上がる。将は意を決したように、それに答える。

「時間は、私が・・・稼ぐ。通信兵、あれと繋げ。交信を確認後、速やかに脱出!早く、行け!」

 

・・・やがて、通信は繋がる。艦橋に残ったのは、とうとう将独りとなった。怪物に言葉が通じるかは分からないが、将はいつものように名乗りを上げる。

「私は、国軍中将、グレム・レグリットである!聞こえるか!ジャバウォックの、操縦者(パイロット)よ!」

鬼が出るか蛇が出るか、冷や汗を浮かべる将。

「・・・はい。いつも、お世話になっております。」

その耳に飛び込む、意外な第一声。

「世話をした覚えなどない!やはり、愚弄か!」

・・・愚弄?怪物は、困惑した。だが将は続ける。

「そうだろう!我々は国のため、全てを捧げた戦士である!無様な姿で生き恥を晒させるなど、愚弄以外の何者でもない!貴様にも礼節などが存在するのならば、この場でこの我だけでも切り捨てよ!」

怪物はしばらく沈黙した。そして、腹を決めたように、こう言い放つ。

「出来ません!理由あって、出来なくなりました!あと、嫌です!」

将は、かつてないほど困惑した。むき出しの感情をぶつける議論は続いた。

「何故だ!」

「何故って、まだ生きている!今はもう、殺せない!なら、どんな理由があっても、殺さなくて済むなら、殺す理由なんてないから!」

「・・・それが、貴様の、信念か!」

「もう、泣かせない・・・!そのために!」

「貴様の存在によって、信念によって、それが危機に陥るとしても!」

「・・・なら、守ります!夢を現実にする、その時まで!」

将の口元が、僅かに緩む。

「・・・ならば、大書庫(アーカイバ)を目指せ!貴様の正体の真実、夢の地の座標!求める全てが、そこにはある!そして守りたければ、その者の元へ急げ!」

怪物は、困惑しつつも礼を言う。そして、艦橋を離れ、遠く、遠くへと飛んで行く。

 

将は、やり遂げた。部下たちを救出し、司令部へと帰投する時間を稼いだ。怪物の危険性を、その眼で見極めた。利敵行為と見られることを覚悟で、わざと情報を流して行く先を示し、後の怪物の動きを絞り込んだ。将は、小さくなる赤い点を眺めながら、一息をつく。そこに込められた思いは、自らの不甲斐なさに対する呆れか、あるいは過去最悪の任務の再現を回避した安堵か。どちらにせよ、一度死を決した自分が、どの面を下げて帰投するかの難問に、頭を悩ませるのだった。

 

・・・さて、と。やることに戻りますか。

 

11.

・・・んあ?

いつから寝ていた?

・・・なんだ、この夢。

 

ムクロのあれは、共食いじゃなくて、弟妹の遺志だって?・・・多分、妄想だな。いや、そうであってほしいが。だがしかし、あの、あいつに似ても似つかない、赤髪の男は、いったい・・・。

で、剣聖セロ中佐が率いるセロ隊相手に、禍々しく進化したジャバウォックで無双、だって?面識ない相手をボコボコにするほど、私の心理は腐っていたのか?

最後の、レグリット中将との、やり取り。まるで私が、本国から地球の座標情報を強奪し、禁断の地である地球を目指す無法者かのように・・・。

・・・どんな、深層心理だ。教えてくれ、夢占いの専門家。

 

あと、今気づいた。近くに居れば目につくはずの、目立つはずの、あいつがいない・・・。

・・・いや、まさか、な。

「ジーク!ジーク!大変だよ!」

カヌが、大慌てで部屋に突っ込んできた。気怠そうなナーシアも、半開きの瞼を擦りながら後に続いた。

すごく、すごく嫌な予感がした。いや、そんなはずはない。

「すまん、ちょっと待ってくれ。その前に、聞いてくれないか。」

私は、焦る2人を遮って、昨晩見た夢の話をした。そして、こう付け加えた。

「・・・正夢じゃ、ないよな?」

2人は、暫くの沈黙の後、静かに、感嘆するように、答えた。

「ジーク・・・」

「すごーい。」

 

あはは、は、は、は、は。嘘だ。嘘だと言ってくれ。

「あの、大馬鹿野郎!!!」

人のキャリアを、ぶち壊しやがって・・・!

・・・待てよ?今は何時何分だ?今頃、寮の中は早朝訓練に向かう一般兵で賑わっているはず。なんだ、この静けさは。

・・・廊下に出る。シャワーを浴びず、ベース・スーツも脱がず、服を着たまま眠りこけていたことを、ありがたいと思った。

階段を下りる。なぜだろう、妙にスムーズに感じた。

エントランスに出る。違和感の正体に気づいた。今まで、誰ともすれ違っていない。

だが、気配はある。・・・順当に考えれば、今日に限って日常のルーティーンが全てストップされているということになる。その原因は・・・考えたくもない。

玄関から、出た。一歩、二歩、さん・・・

「うあっ!?」

三歩目を踏み出そうとした瞬間、地面に組み伏せられた。人数は3。服装からして、憲兵隊か。

「ジークリンデ・アジュール少尉!貴官を、これより拘束する!くっ・・・頭、臭っ!」

・・・余計なお世話だ。だが、どうなるんだ、これ。まさかと思うが、このまま晴れて逮捕とか・・・。

 

とかなんとか考えていたら、上空から、何かが、聞こえる。

「・・・待て!」

・・・探していた奴の、声がした。

目の前に、突如出現する、巨大な赤い脚。踏みつぶされた広場の散水栓が崩壊、吹き出す水。犯人?言うまでもないだろう。

「・・・ジャバウォック!」

「やはり、こいつは・・・!」

説明、お疲れ様です。あと、あのバカと私は関係ないです。許してください。

だが、天上からの声は、更に続く。そして、着実に逃げ道を塞ぐ。

「危なかった。・・・助けに来た!」

阿保、お前のせいだろ。

「・・・本当に、いったい、何を考えて・・・!」

「こいつを助けて、消えるつもりだったけど、消える理由がなくなって。・・・でも、生きてる!おれも、こいつも!だから、ジークさんも・・・。」

・・・それを言われると、弱い、が。

「・・・5、6回ぶっ殺してやりたいから、今すぐ降りてこい。この、考え無し。」

・・・黙ってしまった。さすがに、言い過ぎたか。最も、この後に続く言葉を考えれば、大して反省もしていなかっただろうが。

「で、そこまで言うなら、次はどうすれば?」

ああ、うん。次はどうすればいい、か。本当に、委ねていいのか?最悪、お前を売るぞ?

 

・・・うん。

思えば、こうならない選択肢は、あちこちにあった。

あの時、分隊長の所業に目を瞑り、上官命令と言い訳をして職務を遂行していれば。

あの時、血液の確保のために寄り道をしなければ。

あの時、都市側の宇宙港から入港していれば。

あの時・・・あいつの望みを、叶えていれば。

そんな選択肢は、今もある。

あいつと、その愛機を差し出せば、私は助かるかもしれない。だいぶ遅れるが、描いた夢も叶うだろう。

選択肢は、確かにある、だが。

でも、そういった選択を全て蹴ったから、あいつはここに居る。私もここで、こうしている。

本当に、馬鹿な選択ばかりをしてきた。でも、なぜかいつも、そっちに引き寄せられてしまう。約束も、してしまった。それを破りたくもない。

柱の陰で、身振り手振りで行けと言っている奴らがいる。思えば、あいつらとの腐れ縁も、そんな選択の成れの果てだった。

「・・・自分が、幸せになるために。」

ここに、止まれないトロッコがあるとする。レールの先に待つものがどちらも命なら、だれであれ、私は死ぬほど葛藤するだろう。でも、私は最低だから。片方に居るのが掛け替えない命で、もう片方が大多数の迷惑なら、私はきっと迷わない。

だって現にあいつは、レールの先の両方の命を、それも()()()()()()()()()()()の両方を、本当に助けてしまった。それも、トロッコをぶっ壊すなんてバカの理屈を押し通すことで。

 

今、床から吹き出す水。ポケットには、最後の血。

やっぱり私は、私の好きになれる、自分でいたい。

そう思って、迷わず袋を叩き潰す。

「来てくれ、ハゥフューレ!!」

私は、私の生きたいように生きると決めた。たとえ、どれだけ笑われても。

水柱に驚き、衝撃で吹き飛び、尻餅をつく憲兵たち。それを尻目に、衝撃の発生源へと、私は乗り込む。

ウィンドウに映る職務に忠実な公務員に向け、私は叫んだ。

「それじゃあ、達者でな!」

言葉と共に、蒼と赤の尾を引いて、遠く、遠くへ飛んで行く。

行くぞ、ムクロ。もう、自分に嘘をつかない。

 

私も・・・。

 

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