機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル- 作:7746MRRWAY
1.
・・・なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
今の私達は、雪山の横穴で休息を取っている。4日ぶりに、戻ってきた。
コロニー外に逃亡したと見せかけて、同じコロニーの未開拓地帯に戻る。ほとぼりが冷めたら移動するという算段で。あの場のアドリブにしては、なかなか聡明な判断だと思った。何より、あてもなく宇宙を漂流するよりも、空気・水・食料の不安が少ない。嵩張る乗り物は偏在化で消せ、本当に便利だと思った。
だが、勢い勇んで飛び出してみたが、結局その後どうするのか、全く考えていなかったというのもまた事実。
「まあ、その。何とかなりますよ。親切なおじさんからヒントももらいましたし。」
・・・元凶と呼ぶのは憚られるが、この状況を引き起こした一端に慰められる。
すごく変な気持ちだ。例えるなら、ゲームに興じ過ぎて落第した後、そのゲームの台詞に慰められたような、そんな感じが近い。
というか、馬鹿正直に本国の
というか、本国コロニーは外径150kmを超えるトーラス型。
ついでに、そこに直行突貫でもしようものなら、一番迷惑をかけたくない人間に迷惑をかけることになる。せめて、14、5年前の一族全権管理時代だったら、躊躇なくその手が打てただろうに。その一族が人格面で終わっていることを、僅か数日、たった1名の代表者を通じて学ばされた今なら、特に。
だが、まずは。
「まず、私に対しての”さん”付けと、ですます口調はやめろ。今だと、なんか余計にイラっとする。」
・・・まあ、何処に行くにも、まずは先立つものが無ければどうにもならない。手持ちの品を、一応確認する。食料は、誰かが入れてくれたのか、1週間分。あれだけきつく言っておいたので、また勝手に食べられるなんてことは無いだろう。最悪、今度は自力で調達もできる。現に、洞窟の前を1匹が横切った。
水は、外にいくらでもある。ただ、沸かすための燃料を考えると、やっぱり1週間分。
「ああ、これからどうしようかな。」
気を取り直して。あと、狩猟にも使う銃と残弾が・・・。
「そうか。動くな。」
・・・銃が、1、2、3、4、たくさん。
「一緒に来てもらおうか。」
・・・銃を構えた人間が、10人ほど。
気が付けば、周りを敵のようなものに囲まれていた。悩みすぎて、注意が散漫になっていたのだろうか。
どうするか。
選択肢?一つだろう。
・・・ホールドアップ。
2.
狭い、揺れる、あと臭い。
こんなに居心地が悪いのか、人員輸送コンテナってものは。
なんと定員十名の揚陸用のそれに、1.5倍の人数を詰め込んでいる。狭くて当然だ。さらに狭さを際立たせるのは、周りの人間が着ている2、3世代前の
だがそれ以上に、ここに居たくない。相も変わらず、いくつもの銃口がこちらに向けられている。右隣の席には、いつもの真っ白の頭がいる。だが、なぜか終始口を“へ”の字に曲げて、腕を組んだまま押し黙っている。珍しいな。いつもなら、空気を読まずにあたりを見回しているところだと思ったが。
数時間ほど経過し、覗き窓の外に平たい円筒形、缶のような物体が映った。Θ型コロニー。出発地点からの移動時間を考慮すると、Θ-587廃コロニーだろう。人工物の帰化と土壌の湿地化が進みすぎていて、再利用優先度は下から3番目だったはず。・・・まあ、不法居住者、テロリストの根城にはお誂え向きか。
コンテナは、エアロックを介し、どう見ても正規の宇宙港ではない出入り口に接続された。巡視では気づかない程度に隠蔽されてはいたが、後付けじゃなければなんだと言うのかというほどに不格好だった。
そしてコロニー内部へと入らされ、人生最悪の湿度と熱気を味わった。更に銃を突き付けられたまま、しばらく歩かされた。こちらの気の持ちよう故か、なぜか一週間前のあれよりはマシに思えた。後ろに続く物騒な輩は、汗一つかいていない。慣れ一つでここまで変わるのか、と驚きがあった。
密林と湿地帯の中でも比較的まともな地面を歩き、最終的に岸壁が露出した崖まで到着した。何をする、というか何をさせる気だ。そう思っていたら、岸壁だと思っていたものの一部がまくれ上がり、洞窟のようなものの入り口が露出した。入り口を布で覆い、色を合わせてカモフラージュしているだけ。気づいてみれば簡単なことだった。
その捲れた幕の向こうから、頭一つ大きな青年が姿を現す。背後の少年少女たちとは、また雰囲気が違う。たれ目の顔に寸胴な体、とても凶悪なテロリストには見えない。だが、だからこそ気味が悪い。
「・・・ダニー!お疲れ様!さあ、入って。」
その青年の図体に似合わず、舌足らずで高い声。少しばかり気が抜けた。
洞窟の中に居たのは、出迎えの青年を合わせて、全部で六人。おそらく、この中にリーダーがいる。顔ぶれを見ても、どの組織か判別はつかない。
・・・だが、軍内部の手配書以外で見覚えのある顔が、一つあった。
「・・・なんだ、お前らか。」
そこには、かつて命を救ってくれた、
3.
「親父。こいつらが、本当に?」
青年が、ひげ面の大男に耳打ちをする。やはり舌足らずで不安なのか、ひそひそ話になっていない。丸聞こえだ。
「その筈だが。」
大男は、私達に向き直った。
「・・・俺たちは、協力者から行き場に困っている奴がそこにいると聞いただけだ。あとは好きにしろと。それで、聞くまでもないだろうが、仲間になる気は。」
・・・人違いでは?
「嫌です。」
即答するな、バカ。いくら論外でも、無暗に刺激したら死ぬぞ。
「その銃、あの
・・・ファシータでの一件か。被疑者全員の自決によって最終目的は不明となってしまったが、何も知らない乳幼児までも巻き込んだ、あの。
・・・だが、実はあの銃も
「・・・その件は、改めて俺の口から詫びよう。」
続く男の言葉に、二重の意味で驚いた。一つは、ムクロの短絡的な推理が的中していたこと。そして男が、謝罪の言葉を口にしたこと。今まで抱いていたテロリストのイメージと、乖離していた。
・・・だが、待て。あの事件の主犯は、ラビス・レイジ。あの薄灰色の、正体不明の
「“孤狼の群”。ゲルフ・ホロ・ジェイガー・・・!」
頭の中だけで唱えたはずの言葉は、思わず口から飛び出していた。
「・・・本当に、何も知らないようだな。詫びておいてなんだが、少しばかり心外だ。」
・・・ふざけるな。何が心外だ。現状、最も大規模とされる反政府組織。
「・・・さて、行く当てがないなら仕事でもくれてやろうと思っていたが、こうも反抗的となるとそうはいかない。処分する他ないが、異論はあるか。」
男が、布の塊の下から、使い込まれた銃を取り出す。
・・・今さらそんなもの、怖くはない。だが、何よりも、この男に憤る理由は・・・。
ムクロなら、この程度の豆鉄砲で死んだりはしない。だが、私は無理だ。でもどうせ死ぬなら、腹の中の煮え湯を全部ぶちまけてやろう。
「後生なら、聞かせてほしい。なぜ自分の父親を、その遺志を踏み躙るのか。」
「・・・何?」
男の声色が、少しばかり不機嫌なものになった。
「この国が不完全であることは、返す言葉もありません。ここに居る人たちも、辛い思いをしてきたでしょう。でも、それでも、”開拓王”は、未来を想い、地球到達を夢見て、その命を散らせた。皮肉にも、地球圏を守るオービタル・アイギスによって。その忘れ形見が、何を思い、なぜ無意味な殺戮で、人の未来を奪うのか。」
私の問いを聞き、男は露骨に気を悪くする。
「・・・身内の話だ。関係ないだろう。」
まあ、関係ないと言うのは、言い返しようもない。だが、もう止まれない。理由を聞くまで、引き下がれない。
男が、その使い込まれた銃口を向けたとしても、もう関係ない。死なんてとっくに覚悟している。誰に何と言われようと、飼われるだけの人生は、もう選ばない。
「あの時の、答え。・・・バルムンク・リビ・ジェイガーは、何処にも辿り着いてはいない。オービタル・アイギスで焼かれ死んで、終わってはいない。・・・同じ夢を見る者と共に生き続け、それを足蹴にされる度に死に続けている!この言葉が、これまでの人生を注いで憧れ続けた、私のけじめだ!」
・・・言った、言ってやった、言ってしまった。もういい。あとは野となれ、山となれだ。
周囲の少年少女たちが、騒めいている。いや、これは、クスクスと、笑われているのか。むしろ、笑いの比率が高くないか。何も変なことを言った覚えは、ないのだが。その他、ひそひそ話のようなものも聞こえてくる。
「・・・オービタル・アイギスって?」
「・・・地球圏と、僕らの宇宙を、隔てる防壁、みたいな
「・・・つまりそれが有効ということは、地球にはまだ、国があるんですね。」
「・・・だと、よかったけど。」
ムクロとあの青年が、丸聞こえのひそひそ声で情報交換をしている。・・・さっきのあの啖呵はどこにいった。
それに混じって、こんな言葉が聞えた気がした。
・・・何年振りだろうな。
きっと、気のせいだろう。その後に続く言葉で、確信した。
「・・・だが、その様子だと、覚悟はできているようだな。・・・外に連れ出せ。機体の顕在化ポイントを絞り、契約解除を確認後に回収しろ。」
・・・ふっ。本当は、少し怖いさ。
後は頼んだ。人数が減った、その隙がチャンスだ。逃げ延びろよ・・・という含みを込めた言葉を投げかけようとしたら、その対象、真っ白な頭が間に入った。
「・・・待ってください。」
ムクロが、逃がそうとした張本人が、私と男の間に立ちふさがった。
・・・なんのつもりだ、バカ。
男は、周りの奴らに耳打ちをすると、こう語り掛けた。
「・・・なら、お前が働くか。それならそいつの身柄は保証しよう。人質としての価値がある限り、だがな。」
・・・やめろ。逃げろよ、お前1人で。こんな野郎の言うことを聞く義理は無い。
「・・・それは、どうでしょうか。」
・・・交渉する、つもりなのか。大丈夫なのか。カードなんて、何も無いぞ。
「ジークは、大人しく人質になるような人じゃない。捕虜になったら、敵軍の食料や物資を許される限り消費して兵站を潰し、労働は何かと理由を付けて怠け、徹底的に敵を苦しめる。そういう厄介な捕虜ですから。」
・・・違う。違うぞ、それは。
それは国際法の講義で、「投降し捕虜となった際、自国の利益という観点において行うべき行為は何か」という問いに対してやらかした、珍回答だ。前日に予習できず、苦し紛れで答えたせいで、今でも同期の笑い話だ。でも今思えば、あれでだいぶ打ち解けられたような気もする。ちなみに模範解答は、「尋問に対する黙秘権の明言」、「虐待発生時の記録および証拠の保管」、などなどだ。
というか、誰に聞いた?そうか、あそこか。寮か。・・・あいつら、後で地獄に来たら覚えていろ。
「・・・何より、おれはあなたたちのように、人を殺すなんて・・・できません。」
・・・順番が逆だろうが。お前の意思、そっちが先だろ。私の話より、そっちが先だろう。見ろ、おかげで、笑われるどころじゃない。何人かはすでに吹き出しかかっている。
「・・・選択権が、あるとでも。」
男は、若干震えた声を抑えながらも、再び私に銃口を向ける。
だが、ムクロは焦ることなく、こう言った。
「選択権、じゃない。物理的に無理なんです。」
・・・は?
どういうことだ?
周りの少年少女たちが、再びざわついた。
すると、今度は二呼吸ほど置いて、静かに答えた。
「今のおれは、人を殺したら、死ぬんです。」
4.
「・・・は?どういう・・・ことだ?」
思わず、また、口から思ったことが漏れていた。
「・・・おれは、自分のせいで人が死んだと認識すると、全身の骨格がバラバラに砕かれて、死ぬんです。」
詳細に言い直してくれたが、それでも意味が分からない。
「・・・なんで?」
また、考えがそのまま口に出た。かなり素っ頓狂な声だったと思う。
「あのバッタを倒したときに拾った、あの黒い石がありましたよね。命令を念じるとその通りに動く、あの石。あれを、お腹の中に埋め込んだんです。おれの骨に食い込んで、人を殺しそうになったら破壊しようとして、実際に殺したら木っ端みじんに砕くような命令を書き込んで。」
・・・え?あの石か?確かにいつの間にか消えていたが、軍に預けたと思っていた。
「・・・いつ?」
「アスミ先生といた時に。」
リゾートコロニーの、ファシータの時か。
「・・・どうして?」
「まあ、主に、子供たちを死なせないために。」
・・・言葉が出ない。
周囲のテロリストたちも、笑いすら通り越して呆れ果てている。
救助・回収負担を増やすためにも不殺戦術を信条とするエースパイロットの話は聞いた事があるが、さすがにここまで自縄自縛する馬鹿は例が無い。
「・・・ですが。」
ムクロの、その言葉。それと同時に、黒い紐と、錨のような物体が、私達の間を縫って飛ぶ。
「命に関わらない程度で、傷付けるだけならできます。流石に、困りますよね?」
そして、それらはそれぞれ4人の急所に突き立てられる。
・・・だが、様子がおかしい。口では敵対者に強い言葉を吐いているのに、何故か全身が小刻みに痙攣している。まるで、傷んだ牛乳を飲み干した後の腹痛を、必死に堪えているようだった。
「大丈夫?・・・汗、すごいよ。」
「・・・気にかけるな、ケン」
ケンと呼ばれた青年が、ムクロに心底心配そうな声をかけ、男に制止される。この青年、場違いに気弱そうに見えたが、やはりかなりのお人好しのようだった。
「・・・大、丈夫?・・・眼、真っ赤だよ?」
「フッ・・・。自分の身の心配を・・・。」
心配を強める青年と、気障な台詞をか細い声で絞り出すムクロ。何、これ?
「・・・本当に、大丈夫!?鼻血、出てきたけど?」
「・・・心配は、不要、です。」
何が心配無用だ。おそらく、今では人を傷付けようと考えるだけで、洒落にならないダメージがムクロの全身を襲うのだろう。もう無理するなよと、言葉をかけようとした時だった。
続くムクロの言葉に、気付かされた。
「この、場で、仕切れる人間は、ちょうど、4人。触角も、四本。おれの存在と、引き換えに、この組織は、潰せます。」
・・・こいつの覚悟を、感性を、私は見くびっていた。たったこれだけの時間で、組織の支柱となりうる人物を見抜いていた。そして、差し違えることさえ選択肢に入れていた。おそらく、私なんかのために。
だが、その中に件の気弱そうな青年が入っているのは、果たしてどうなのか。
もういい、私が話す。そう言いかけた所だった。
「・・・もういい。お前たち、銃を下せ。代わりにそっちのガキも、この物騒な錨を仕舞ってくれるか。」
交渉、というか恫喝の結果、男の方が先に折れた。
5.
「・・・で、どうする?」
そのリーダーが聞いてくる。
「・・・敵ではないが、仲間になるわけでもない。どちらにせよ、生かして帰すわけにはいかんのだが。」
・・・深刻な話をしているはずなのだが、なんというか、乗り切れない。
どうするか、に対する返答に困っていたら、鼻血と眼血をぬぐいながら、ムクロが一つ、唐突な提案をする。
「なら、勝負で決めませんか。おれとあなた、一対一でこの前の続きを。勝ったら見逃すって条件で。」
・・・なんだ、その提案は?向こう側になんのメリットがあると?
「・・・2人がかりで、俺に玩具にされたのをわすれたのか。」
男は応える。やはり、あのフェアリーテイル・シリーズだったのか。どことなく雰囲気で感づいてはいたが・・・。
・・・いや、そうじゃなくて。指摘しろよ、その条件、穴しかないぞ。
それに対して、ムクロが少しだけこちらを向いて目配せをし、それから自信満々にこう言い放つ。
「どうでしょうか。この前のおれとは次元が違う。文字通り、生まれ変わった強さに。」
・・・自信満々なところ悪いが、本当に嫌な予感しかしない。だんだん頭の片隅がズキズキと痛んできた。
男は、少しだけ下を向いた。私には、考えているように見えた。心なしか、こんな言葉を呟いた気がした。好都合か、と。
「・・・わかった。その決闘、受けよう。それと。」
対する男は、私の背後に向かって目配せをする。
「今のところ、そいつは人質だ。逃げ出された時のために、
「わかったよ、親父。」
改めて、10丁近い銃が構え直される。予想はしていたが、そうなるか。
「・・・ケン、あとのことは任せる。」
この言葉を残して、男は洞窟の外へと歩いて行った。
・・・洞窟の出入り口、100メートルほど先に、2人は立つ。ちょうど正三角形を描くように私達と彼らは、離れた位置にいる。私の背後には、銃を構えた戦闘員たち。
ムクロは、男に向かって掌を向ける。対する男は右手に拳銃を構え、奥の、森の方角へと向ける。
少年は、唱える。
「ジャバウォック。」
男は、銃を虚空に向け、放つ。その乾いた音に続けるように、唱える。
「バルダンデルス。」
地響きが、二つ。
右手側には、山吹の巨人。
左手側には、真紅の巨人。
二人は、各々の巨人へと乗り込む。
片方は残像すら残さない速度で跳び上がり、もう片方は滑らかに岸壁のような装甲をよじ登る。双方が乗り込み、戦闘準備を完了したのは、同時だった。
「・・・開始の合図は?」
男の声が、周囲に木霊する。互いに通信チャネルを知っているわけがない。空気中なら外部スピーカー、宇宙空間ならブロードキャスト通信で会話するのは当然だろう。
「いつでも、どうぞ。」
ムクロの声も、同じく反響する。さすがに、こっちも使い方くらいは覚えたようだ。
「・・・そうか。なら、ケン。」
「はい。」
気弱そうな青年が、銃口をやや上へ向ける。私の頭を狙っていた銃口が一つ、遥か上空に狙いを移したことになる。
そして、銃声が一発。
それが、戦闘開始の合図だった。
まず、男が仕掛ける。山吹の巨人は人型のまま、腰に収まっていたレーザーダガーの一本を抜き、真紅の巨人に向かって突撃する。
それに対して、ムクロは前面スラスターを吹かせ、地面を前に蹴って後ろにステップする。
攻撃を躱された男は、追撃を警戒したのか、反転し、同じく引き下がる。
巨人同士の間に、大きな間が空いた。同時に、僅かに余裕ができる。
そのタイミングを先に活用したのは、遥かに戦闘経験で劣る側だった。ムクロは叫ぶ。私と決めたあの、新たなる名を。
「ジャバウォック・オルタナティブ!!」
真紅の巨人の手足から、触手状に変形したフレームが現れる。装甲の上に複雑に絡みつき、漆黒の追加装甲へと変わっていく。
変化の間、男は動かない。小さいときは子供番組のお約束などと笑っていたような行動だが、実戦では正しいと知った。敵対者の正体が分からず、かつ現状が安全なら、無暗に手を出すべきではない。
・・・で、私の方はどうするか。
ムクロのあの目配せの意味は、おそらくこうだ。“隙を見て逃げろ。”
確かに、その為の状況はそろいつつある。巨人達が暴れている洞窟の外は湿地。そこが踏み荒らされれば、水分が浮いてくる。現に、足元にはあふれた泥水が少しずつ伸びてきている。ハゥフューレを呼べば逃げ出せるという算段だろう。
だが、残念ながらそれは難しい。ストックしていた血はもう無いし、二桁の銃口が向いている今、どこかから出血させる余裕もない。
そんな子供の浅知恵でどうにかなるとでも思ったのだろうか。大人を、それも、おそらく屈指の猛者を相手に。
・・・というかちょっと考えれば、誰だって普通に気づくだろう。そもそも、この決闘の勝利条件は何だ?さすがに、全体的に雑すぎる。だとすると、気にかかる。仮にムクロの狙いに気付いていたとして、なぜそんなあからさまな提案に乗ったのか。
「・・・驚いたな。固有特性は一機一能力が基本。まさか、
真紅の巨人の変化が停止すると、男は会話を再開する。なぜだ。無駄な会話が多いように感じる。情報を得るのが目的なのだろうか。
「いいえ、あなたのおかげもあります。姿を変えて強くなる、
会話の最中、山吹の巨人の装甲が流れるように位置を変えた。お行儀のよい返答は最後まで聞かれず、それは素早く、細長くなって襲い掛かる。
良好な視界の元で見てみると、ところどころで物理法則を無視したような動きをしている。やはり、あれがあの機体の固有特性。
まるで、達人の投げ縄のようにも見えた、迅速な、大蛇のとびかかり。それも湿地帯の低木を利用した、左わきに回り込みながらという複雑な奇襲。私なら、これに対処するのは困難だっただろう。だが、あいつには、対抗できる兵装がある。更に高速かつ柔軟に動き、その太い胴体を縛る強靭さを持つ、四本の触角が。
鋼の鞭が巻き付くような、激しい金属音。・・・案の定だ。そう考えている間にも、大蛇は黒い四本の紐でからめとられていた。
「・・・よく、受け止めたな。この姿ならレーダーには写らないはずだが?」
男は、相手の対応の早さを称賛する。だが私は、この情報で確信した。あれの固有特性は、姿を変えるだけじゃない。野生動物が環境に適応した進化をするように、周囲に適した形態になることで移動力を向上。同時に、周囲に溶け込ませ、被発見性を落とす能力。それは、観測者の認識レベルに影響し、最新鋭のセンサーさえも欺瞞する。そして、変形過程を見る限り、あちこちに隙間が存在するようにも見えた。兵装の収納はもちろん、物資を運ぶ際にも役に立つだろう。小規模武装勢力にはお誂え向きだろう。
なぜ見破れたかという問いに答えるように、ムクロは答えた。
「関係、ありません。あなたが何処にいるかが、なんとなくわかります。」
・・・あの夢の通りだ。ムクロは、
私が一瞬だけ、早くも決着かと思った時、男から返事があった。
「・・・だが、甘い。
そう言うと、大蛇の尻尾が割れ、中から巨大な人の腕が現れる。そう認識した次の瞬間に、断続的な発砲音が響き、無数の跳弾で砕かれた瓦礫が飛散する。その手には、さほど大きくない銃、連発式の
「・・・親父?いつもなら、こんなことないのに。」
気弱そうな青年が、独り呟く。周囲の仲間たちも、同様に騒めいている。何を指しているのかはわからないが、どこがいつもと違うのだろうか。
ジャバウォックのメインカメラが、呆然としたように、こっちを凝視する。「おい、危ないぞ。戦闘中は敵から目を離すな。」などと考えていると、真紅の巨人は再び敵に向き直り、こう問いかけた。
「今の、危なかった。・・・なぜ、味方を。」
・・・頼む、私は大丈夫だから、戦いに集中してくれ。そうやって念じるが、本来なら敵に向けるべき右手で、まっすぐこちらを指したのを見て、届いていないと確信した。
「あなたなら、あっちに弾を跳ばすことなく、おれを攻撃できたはず。あの時、ジークが防いだ跳弾を、逃げようとしていた味方に、当てなかったように。」
・・・いつのことだ、と思った。そうか、あの時、四足獣の攻撃を防いだ時。妙に格闘戦に拘って見えたのは、常に位置の変わる味方が被弾しないようにするためか。
・・・だとすると。
そんな素朴な疑問に、男は押し殺したような声色で応える。
「・・・力が、その機体が、出来るだけ無傷で欲しいからさ。何より、あの程度で死ぬような奴らは俺の下には要らない。」
嫌な感じがしたので、可能な限りの横目で背後を確認する。やはりと言うべきだろうか。銃を構える者たちが、一様に動揺もしくは呆然としている。
ムクロは、今までで一番じゃないかと思わせるほどに感情を込めて問い詰める。
「なんで、なんで・・・そんな酷いことを、平然と!あなたは、良い人ですよね?おれたちを見かねて、多分敵なのに、助けてくれた・・・くらいに!」
だが男は、冷めた態度でこう返した。
「・・・別に。使えるものは使うという方針にブレはない。あの時も、軍人が拠点の一つで迷子になっていると情報が入った。離れた場所に仲間を潜ませ、罠の場合は迎撃、装備を奪う腹積もりだった。他に怪しい匂いが無かったことからまさかと思ったが、メシすら持たない迷子とは想定外だったな。」
男の返事を聞き、背後の人間たちの表情が、一際曇る。僕らの人権、あるいは家族。口々に、そう聞こえた。
後半については、余計なお世話としか言えないが。
「匂いって、どういうことですか。あの吹雪の中、人の気配をたどれるとは思えない。」
ムクロが、再び絡みつこうとする敵機を振り払いながら、問いただす。確かにこちらの位置を正確に把握し、憲兵隊の到着を正確に予測して離脱した。少なくとも高性能なレーダーを持てる所帯じゃないだろうし、気にはなっていた。
「・・・読んで字の如く、さ。俺は生まれつき鼻が利く。今ここに何人いて、何処に潜んでいるか、逃げ道の有無が、手に取るようにわかる。」
蛇は人型に戻り、連装砲の弾をばらまきながら答える。抉られる岸壁と、狼狽を強める構成員。
だが、この情報。・・・そういうことか。信じ切ることはできないが、だからこそ複数の廃コロニーを拠点に出来た。どれだけ捜索や包囲をしても、その網目を縫うように逃走できたということか。
まあ、理屈は通るが、超人的すぎて鵜呑みには出来ない。きっと、あっちもそうだろう。真紅の巨人の挙動で分かる。それを察したのか、男は続けた。
「・・・信じられないようだな。だったら具体例を挙げてやる。俺のオヤジがオービタル・アイギスに撃ち落されてくたばった話は有名だが、そこに疑問を抱いたきっかけがこの鼻さ。」
あの男の父親、最後の地球圏調査船団が、迎撃された件か。だが、どういうことだ。確かに防衛兵器が発動したのに、地球圏からは何も反応が無かったことは奇妙だと思った。が、他に不自然な点に思い当たらなかった。
「・・・仲間はすでに知っているが、15年前の話だ。軍からオヤジが駆った船の残骸が公開された時、おれにはすぐに疑問が浮かんだ。なぜ、光波レーザーで迎撃されたはずの金属片に、陽電子の核反応臭が残っているかということに。おふくろが素直に泣いていたものだから、その場では言い出せなかったが。後日、俺はそれを問い質した。」
・・・この件。私にとっては、思い出すまでもない。確か、その2年後の慰霊航宙の事故でこの男は一度行方不明になり、その一年後に”孤狼の群”として活動を開始したはず。
「・・・だが、聞いたことがないぞ。その件に、申し開きがあったなんて。」
考えすぎて思考がパンクしたのか、いつの間にか独り言を呟いていたようだった。そして、それを聞かれていたことに、すぐ気づいた。
「アンタさ、見た目の割に間抜けみたいね。だから親父はここにいるの。」
背後から、声がしたような気がした。が、振り返っても、声の主らしきものは見えない。視線を下げると、やっと見つけた。周りの少年たちより頭ひとつ低い位置から、同型の銃を構える、やせ細った少女が目に入った。
「・・・無知を詫びたい、教えていただけるか。」
聞かれてしまったなら仕方がない。刺激しないように会話を続け、穏便に終わらせる。
それに対して、少女はまず鼻で笑ってから、煽るような調子で答え始めた。
「何?だってそうでしょ?大本営発表に異議を申し立てて、それを受理した国を、信じた。その結果、奥さんはデブリ直撃で船と一緒に真っ二つ。バイザーを開けて泣いてた母親は窒息死。生後間もない娘さんに至っては、遠く流されていくのを見ているしかなかったって。バルダンデルスに出会わなければ、自分も後を追っていたってさ。こんな目にあわされて、それでも国を信じるなんて、どれだけ脳味噌がお目出たいなら出来るの?」
確かに、列挙してみると、本当に酷い。当事者からすれば、慰霊航宙ではなく不都合な存在の謀殺以外の何者でもない。政権の解体と真実の究明に固執するのも判る。
・・・いや、待て。だとすると、そのきっかけも、まさか、最初から、そんな。この“事故”が起こって得をするのは・・・。
そうこう考えていると、少女はその一際通る声で、更に声を上げる。
「・・・ウチらは、特にここに居る戦闘員たちは、もうとっくに覚悟はできてる。親父は力を、兵隊を求めて、みんなその親父に命を救われた。例え死んだとしても、他が人権を手に出来ればいい。仲間が、家族が、いまも廃コロニーで生産をしている非戦闘員たちが。だから、みんな親父に従う。ずっと強くて、賢くて、理念を体現してきた、親父に。」
その少女は、仲間の顔のそれぞれに視線を移しながら演説を続ける。
「アンタさ、
・・・きっと今、この中にも、その例の該当者が居るのだろう。少女の声は、心なしか震えていた。
「わかる?ウチらはみんな、親父に出会わなければ野垂れ死ぬか、それすらマシだと思える目にあっていたの。だから、ここにいる仲間はみんな、最初から親父の駒、道具!そうでしょ、みんな!」
声を上げたのは、最初は数人だった。だが最後には、10名超の雄叫びの大合唱。人は盛り上がると、本当に「うおー」って言うんだなって、逆に感心したりもした。
・・・駄目だ。説得は無理だ。統率が回復したと言えばきれいだが、その実頑固で盲目的。この調子じゃ、損得での取引を持ち掛けることさえ難しいだろう。
そうこうしているうちに、決闘にも動きがあったようだ。
地上に山吹色は見えない。いや、上空に巨大な飛翔体。鳥か、蝙蝠か。あの時襲ってきた姿とは違う。
ジャバウォックの手には、暗黒の刃。あれが、
「・・・やはり、お前は弱いな。武器は強いが、全てが素直で単純。トリガーはどの程度知っている。トリガーワードは何小節だ。」
男は、意味のさっぱりわからない質問をする。トリガー・・・?確か、フェアリーテイル・シリーズを顕在化させる際の行動全般を指していたはずだ。
「わ、わかりません。
バカ。正直に答える必要があるか?
「・・・ならば切り札、
・・・
男は続ける。
「・・・“名を呼ぶ”はあくまで顕在化の短縮手段に過ぎない。正規の手段と不随する技の発動方法は、契約時に脳に刻まれる。それは詠唱、指印、様々だ。加えて、フェアリーテイル・シリーズには、
・・・思い出した。あの時、確か二つの詩を聞いた。片方は、今ならばはっきりと思い出せる。ただ命を削るという不穏な忠告から、無意識に使用を避けていた。もう片方は・・・駄目だ。思い出そうとするだけで、なぜか鳥肌が立つ。
・・・いや待て、何かおかしい。特に、周りの反応が。
「・・・
これを聞いた瞬間、熱に浮かされた周囲の空気が、わずかに変わった気がした。まるで、そんなこと聞いた事がないとでも言わんばかりに。
「・・・理解るか、こいつらは主人に従う忠犬に見えるが、力に惹かれた
わかりやすいのは、現行のリーダー、ケンだった。銃を向けたままとはいえ、視線は人質から指導者へと移っていた。やはりか。これは挑発とかじゃない。応戦するふりをしながら、意図的に、仲間に、こちらにも情報を渡している。・・・何が目的だ。
「・・・そして何より、トリガーには
山吹の巨人は四足獣へと姿を変え、真紅の巨人に襲い掛かった。口元に遷移したレーザーダガー。その姿は、雪原でさんざん苦しめられた、剣歯虎か。
「・・・わかるか。俺は、真実を知りたかった。失ったものたちの為に、力が欲しかった。そのために、多くのものを利用してきた。全ては、便利で優秀な、兵器にすぎない。」
ふたたび発砲、跳弾が岸壁を砕く。周囲の騒めきも大きくなる。
意図的に隠していた真実に、この暴挙。何がしたい。これじゃ、せっかく作り上げた組織が、空中分解するだろう。
・・・待てよ。情報を整理しろ。
私が逃げた際に追う準備をしておけ、ということは。逆を言えば、いつでもここから離脱する準備ができているということにもなる。そして、今まで非公開だった情報の開示から、まるで自分が組織の敵だと言わんばかりの怒涛の暴露。
・・・全部、逆に考えろ。あの男は、同じ空間内の伏兵の位置を察知できるほどの嗅覚を持つらしい。これが正しいと仮定して、一連の行動を振り返る。
結論が出た。・・・まずいな。気付いているのは私と、おそらくあと1人。だが、自信がないのか、押し黙って動けずにいる。戦闘の余波か、足元から入口に至るまで、泥水でびしょびしょだ。だが不審な動きをすれば、撃たれる。
・・・やるしかないか。声は、極力殺せ。
確か・・・。
「久遠の彼方 紺碧の果て」
その最中にも、ただムクロは、感情の全てを込めて叫ぶ。
「・・・そんなことは、ない!」
噛み砕かんとする猛虎の顎を、かろうじて退けながら、吼える。
「今も、家族はいる!あなたを、心から慕う、家族が!」
感情を爆発させるかのように慟哭し、周囲の視線は釘付けになる。
「だから、そいつが化けて出ないからって、あなたの心の中に、この人達がいないなんてことなんて、無い!」
・・・ありがとう。
演技だとしても、よくぞ言ってくれた。現に、堪えきれず、涙を浮かべる者もいた。
だからこそ、唱え切る時間ができた。長い、このポエムを。
「この呼び声に舵を切れ」
「アンタ、さっきからなにをブツブツと!」
多分、これが顕在化の詠唱文。泥水は洞窟の入り口から足元まで伸びている。私の予測が正しければ・・・!
「・・・来い、ハゥフューレ!!」
声と同時に、巻き上がる泥水。決して清潔でない少年少女たちは、一際汚れた姿へとなった。私も含めて。
そして、その目の前には、蒼く輝く装甲をまとった巨人が、佇んでいた。
6.
・・・予想通り。洞窟の外、目の前の土色の水たまりに、爆音と共に現れる蒼い巨人の背中。そして、銃を携えたまま怯む一同。・・・今がチャンス!
見計らい、脚に全力を集中して洞窟の外へと駆けだす。数回ほど銃声が聞こえたが、ろくに狙いを付けずに撃った銃の命中率はたかが知れている。・・・あとは、構え手を考慮しやや左寄りにスラスト移動しながら、当たらないことを祈って走るのみ。
何発か服の裾をかすめたが、なんとか弾幕の影、巨人の正面へと回り込めた。すでに手慣れた手順で、いつものように
インターフェースを起動すると、間を置かずに鳴り響く警告アラーム。
見れば、識別不明機体の反応が、3つ。
たった三機とはいえ、もう発進できたのか・・・いや違う。私が走っている間、3人だけ別方向に走っていることが視界の端に見えていた。銃撃を仲間に任せ、あれらが保管してある場所へと急いだのか。・・・すごいな、予想以上の指揮力、手練れじゃないか。家柄だけのぐうたら士官どもにも見習わせたい。
1機が、巨人の全長の半分ほどの銃を構える。だが、弾は貴重だ。確実に当ててくるはず、そう思っていたら、別の軽装な一機がこちらに突っ込んできた。
「逃がすか、この!くたばれ卑怯者!」
「・・・まって!いったん引いて!射線上に出ないで!」
・・・ちょっとだけ、前言撤回。戦術指揮はまだまだのようだ。何より、スピーカーで隊内の不和を駄々洩れにするのはいただけない。
だが、それを更に撤回する羽目になった。後方の一機は、先行する一機を器用に避けて、銃弾の雨あられをこちらに降らせたのだった。
80mm突撃小銃。これなら跳弾角度に気を付けてさえいれば、装甲を抜かれることはない。確か、50年前のモデル。これだけ使い古されていて、この命中精度。よく整備されている。きっと、機械の類が好きなんだろう。カヌと話が合いそうだ。
「くそ、死ね!」
そして先行した一機は牽制弾幕を縫い、レーザーダガーで突撃をかけた。スジはいい。だが、直線的で読みやすい。だからこうして逮捕術の応用で簡単に抑え込み、制することができる。
ただ、今まで見てきたものの中で、ぶっちぎりで危なっかしい。確かに速いが、仲間が隙を作ったとか、自分なら薄皮一枚で回避できるという自信からではない。自暴自棄から来る捨て身の戦法だろう。
・・・惜しいな、もう少し装備を考えれば、もっと強くなれるだろうに。
「せめて反対の手に楯を構えるとか・・・。」
「・・・ッ!誰がM31式
しまった。また考えていることが出てしまった。しかしまあ、なんだろうか。この意味不明な返事は。そんな教本から挿絵が省略されるような旧式兵装を例に出されても、何を指して言っているか分からない。
「サロス、今助ける。」
背後にまた警告音。回り込まれた。最後の1人は、リーチのあるジャベリンで牽制、援護か。辛うじて躱わせたが、抑え込んだ前衛を解放してしまった。やはり連携を含め、筋がいい。この槍使いが、この3人組の調整役だろうか。
・・・いや、待てよ。ちょうど今お誂え向きに、主要人物が全員そろっている。
今しかない。いったん通信を繋ぐ。
アマチュア回線はダメ、スピーカーや国際救難回線はそもそも駄目。ええい、片端から回線を試すしか・・・。
・・・よし、つながった。
だがしかし、オリジナル規格の暗号回線?なんで、これで繋がるんだ?というか、いつ、だれがこれに入れた?まあ、いまは使えるものを使うしかない。
「・・・済まなかった。だがやっと、これで落ち着いて話せる。単刀直入に言おう。今すぐここにいる奴ら全員に、戦闘と離脱の用意をさせてくれ。」
「・・・はぁ?」
「・・・聞くな、敵だ。」
「・・・。」
予想通りの反応だ。だが、伝えるしかない。生き残るために。だから偶然にも、伝えたい相手以外が遮断されるこの状況が、絶好の機会だった。
「気づいていただろう。ムクロの、白い頭の子供の提案。決闘のルールがいい加減であること、あの人がそれに乗ったことが不自然なことに。その後のあの人の行動も発言もおかしいことに。なぜ急に口が軽くなったか。なぜ裏の狙いが見え透いた提案に乗ったのか。なぜ急に自分の印象を下げるような発言をしたのか。その答えに、勘づいていたはずだ。・・・少なくとも、1人は。」
その問いに、気弱そうな青年、直々に後を任せると言われた男は、沈黙を破って応える。
「・・・確かに、まるで自分を、悪者にしている、ようで、違和感が、ありました。」
よし、ここまではいい感触だ。そう思ったら、それがもう1オクターブ低い声に遮られる。
「いや、なら親父の判断を仰ぐべきだ。そうだろうケン!」
「あ、ああ、そう、だね、ダニー。」
仲間の助言に、素直に従う気弱そうな男。ああ、駄目だ。冷静な調整役に見えた1人は、どうやら周りに判断を丸投げするタイプらしい。
で、最後の1人は。
「ああ、もう!兄貴もダニーも邪魔!そいつ、今すぐぶっ殺す!」
・・・論外。最初の男にいろいろ託された理由がよくわかる。
「自信を持て、感情に流されるな!行動の、違和感を見逃すな!ここで下手をすると、全員が死ぬぞ!」
くそ、戦いながらの論戦って、言語野と運動野の同時稼働って、こんなに疲れるものなのか。
「私の考えはこうだ。おそらく、この不可解な行動を通じて何かを伝えようとしている。そして、そんな回りくどい方法を取らざるを得ない何かに、あの男だけが気付いている。」
そこまで言ったところで、気弱そうな青年の声が割り込んでくる。
「・・・親父、だけが、気付く。その、鼻で。まさか、もう、ここは、敵に、囲まれて、いる。もう、手遅れな、くらいに。」
お見事。その推測なら、全ての行動に納得が行く。
「それで、少しでも、僕たちに、情報を、残そうって。だと、すると、敵にも、聞かれて・・・。」
・・・まあ、確かにそこは不可解だ。この短時間じゃ答えが出なかった。しかしこの青年、活舌がよろしくないのか、発言がいちいちたどたどしい。
「・・・だと、しても、包囲、している、のが、聞かれても、問題ない、敵。だと、すれば・・・ダニー・・・!」
「・・・まさか、“妖精狩り”の“先攻隊”か。それならこんなに回りくどい手を使うのも。いや、既に罠を・・・。だが、そんな無情な・・・。」
「・・・ふざけんな!もし親父の旧友でも、ウチだったら、とっくの昔に愛想は尽きてる!わが身かわいさで裏切って、仇に尻尾を振るやつなんて・・・!」
当然ながら、モメるか。だが、すごいな。こちらのヒントと、自らの情報を合わせてここまで導き出すとは。
間違いない。彼らは託された。彼らが守るべき者たちの、未来を。だが、同時に、それが意味することは、あの男自身が捨て石に・・・いや、伝えない方がいい。
「わかったな。弾は無駄遣いするな。宇宙港や、緊急の出入り口は全て固められていると見ていい。爆薬でコロニー外壁に穴をあけ、そこから応急修復が始まる前、その一瞬で脱出する。急いで準備をさせろ!」
「間抜け!騙そうっていったって、そうはいかない!」
・・・駄目だ。頭に血が昇ったら、簡単には下がらない奴が一人いた。
「騙すだって?私達に、なんの得があると言うつもりだ!?・・・だったら、あの洞窟に一発当てれば、皆殺しで終わりだろう!?そこが信用材料にならなかったらどうすればいいんだ!?」
「そこまで言うなら、じゃあ、言い当ててみろ!どうやってウチらがここに来ると読んだとでも!?廃コロニーを転々として、決して本拠地を悟らせないウチらを!」
よかった。多少は冷静になったようだ。
私は、私の考えを開示する。
「・・・逆に、考えろ。たとえ数百のコロニーを転々としていたとしても、特定のコロニーにアタリを付けて罠を張っておけば、必ずいつかは引っかかる。お前たちのリーダーが常人離れした嗅覚を武器に索敵していることが分かっているのなら、それを欺瞞する方法はいくらでもある。」
少なくとも、真空を隔てれば嗅覚は役に立たない。それでもわずかな違和感を元に危機を回避してきたのだろうが、今回に限っては敵の努力が実を結んでしまったようだ。
「・・・だから、裏切り者や、内通者なんて疑わなくていい。つまり国軍からすれば、お前たちなんて皆殺しにしても構わないわけだ。コロニーの
もっともこの暴走崩壊説が本当なら、コロニー内に大規模な仕掛けをする必要がある。そして同型の廃コロニーとの相違点から違和感に気づき、潜伏場所から外されて、仕掛けは無駄足になるだろう。
だがこの推測も、青年の判断を後押しすることにはなったようだ。
「・・・と、とにかく、念のためにも、急いで、全員に、脱出を。もちろん、あれも忘れずに。残り7機にも、発進、準備を。これは、親父に、託された、僕の、判断だから!良いよね、サロス。」
「兄貴・・・それでも!こいつらを信じるなんて・・・。」
そういいながら、たった一機、変わらず殴りかかってくる。
まあ、そうなるか。
「・・・なら、取引をしよう。ジャバウォックの
先ほどの洞窟の方を、横目で見る。その慌ただしさは、拡大せずとも見て取れる。更に遠く、森の向こうに七機の旧型が見えたが、動く気配は無い。まあ実際、半世紀以上前から使用されている年代物だ。
「・・・でも、でも。」
攻め手は弱まったが、それでも大人しくなってはくれない。幸いこのあたりの地面は、先ほどの湿地よりは戦いやすい。しばらく付き合っても何とかなりそうだが、無駄に傷つけたくはない。何より、そろそろ日が暮れて、視界が・・・。
・・・待て。なぜ、日が暮れている。なぜ、地面が固まっている。見ればさっきまで湿地だった場所が、堅い地面へと変わっている。あの泥濘が、こんなに早く乾くはずがない。加えて時刻は標準時で15時を回ったあたり、なぜここまで夕暮れが早い。
今、手にしている情報を整理する。敵はおそらく、既に包囲を完了している。そして、指揮をしているのは“妖精狩り”、ピアゴ・ハーメス准将。卓越した戦術と二つの直属部隊を抱え、その華々しい戦果によって瞬く間に将官まで上り詰めた男。何より特筆すべきは、その戦果の大半が“妖精”、つまりはフェアリーテイル・シリーズを擁する反政府勢力の討伐によって成し遂げたということ。異例と言われているのは、使用兵器に特筆すべき点は無いことだ。入念な下調べと、固有の弱点を突くかのような戦術の数々。
だが、どうやってこんな作戦を、
・・・だが、だとしても、下手くそだ。余計な部分でもいじったのか、コロニーの天蓋は山吹色に染まり始めている。さっきまで青空だったのに、既に夕焼け空になり始めている。逆に言えば、内部環境への配慮はゼロ。この場で何がどれだけ死んでもお構いなしということ。
戦闘モードを大気圏内から宇宙戦に切り替える。これなら水分の放出がマシになる。だが、こんな大胆な手を取る以上、
・・・嫌な考えが、頭を過る。この気づきが伝わるように願い、まだつながっている回線に情報を流す。せめて、足元で乾きかかった鳥獣を見て、動揺する一人にだけでも届くように。
「・・・聞こえるか、もう戦っている場合じゃない。すでに、敵の攻撃は始まっている。」
7.
私の助言を聞いた気弱そうな青年が、手を尽くして血気盛んな奴を抑えた。やっとこの一団は、一つの目的へと向かえるようになった。あとは、脱出だ。
残る問題は、未だ戦い続けている連中くらいだが・・・あのバカ。赤と黄の残像は、空の上で未だに切り結び続けている。せめて、空の異常くらいは自力で気づけ。
戦況も芳しくない。機動力では触角による超機動を有するジャバウォックが圧倒的に上回っていたが、攻撃が当たる気配はない。野生の燕はその翼で風を読み、遥かに速い猛禽の襲撃を凌ぐと聞いた。その生態が怪鳥と龍で再現されるなんて、夢にも思わなかったが。
「・・・3・・・2・・・潮時だな。」
男は言う。読み下げられる数字がゼロを指したであろうタイミングで、黒い追加装甲は剥がれ落ち、赤一色の姿に戻る。時間にして、およそ300秒。これが限界時間か・・・などと思っていたら、すさまじい爆音、衝突音が鼓膜を破壊しにかかった。それが、
そして巨人は案の定、ゆっくりと落下を始め・・・洞窟がある崖の、頂上程度の高度で静止した。なぜだ。確かに上空の重力は弱いが、それでも落下途中で静止するなんてことはありえない。
それはまるで、蜘蛛の巣に捕まった羽虫のように足搔き続けるが、成果は見られない。
・・・まさかこれも、“妖精狩り”の仕掛けた罠。
突入。
そんな言葉が聞えたような気がした。
瞬く間に、20機近いマルクバーシュが飛来する。
それらは二つの群れに分かれ、一方は哀れな赤蜻蛉の捕獲に、もう一方はさらに二手に分かれ、その片方が私達の目の前に着陸した。
シックなエボニーに彩られた装甲、左肩に描かれた、“賽の目”のエンブレム。見覚えがある。“先攻隊”。ハーメス准将の直属部隊、その一つ。
「先攻隊隊長、テゲン少佐である。“孤狼の群”およびその他一名に警告する。直ちに武装を解除、無人機の無力化の後、投降せよ。すでに諸君らの主力は無力化され、戦力差は圧倒的であると理解可能だろう。繰り返す・・・」
悔しいが、おっしゃる通りだった。ハゥフューレのいつものウィンドウには、残水量三割程度と表示する棒グラフ。仮に百発百中で仕留めても、今いる敵を全て撃ち抜く前に弾切れになる。やはり、外部から天候調整機を操作し、空気を異常乾燥させた。その結果、水分は急速に蒸発。大気圏内モードで水を回収、回復するはずが、逆に急激な渇水に陥った。
ジャバウォックの対策、正確にはオルタナティブの対策には、おそらく極細のワイヤーを用いた。蜘蛛の糸と同成分の高分子ワイヤーなら、肉眼での認識できない程度には細く出来る。縦横無尽に跳び回って複数本がより集まれば、
が、この仕掛けの本命は、おそらくバルダンデルス。さっきまで優雅に飛び回っていた怪鳥も、哀れ糸に絡まり、空中に固定されてしまった。匂いがジャングルに無数にいる蜘蛛に紛れるため、おそらくあの男への対策も兼ねている。
これが、“妖精狩り”。本当に、手段を選ばない。だが、その余波が、これだ。足元には、干からびた鹿と猪の死体。植物はまるでドライフラワーのように枯れていた。これで確信した。この連中は、いざとなったらコロニーごと抹殺するだろう。
洞窟の付近を拡大し、確認する。人員輸送コンテナの準備は、出来ていたようだ。敵からしてみれば、投降した際の輸送コストの削減に貢献することになりそうだが。
どうする。生き延びるには、投降する以外の道は無い。だが軍籍が残っていた場合、処刑まで寿命を先延ばしに出来るだけ。何より、ああいって飛び出した手前、連行されていくのは非常に気まずい。
何よりあいつら、ムクロの事を無人機なんて呼びやがった。投降は、ない。
そうこうしていると、片手の指より少し多い先攻隊が、絡め取られた者たちの回収作業に入った。コロニーの端々に張り巡らされた高分子ワイヤーをその手で回収する。その器用さ、目の前の少年少女たちとは比べ物にならないレベルで訓練された、手練れであることが分かる。
だが、妙だ。なぜ、あの男は動かない。見たところあの機体は、自らをバラバラに分解できる。拘束に対しては強いはず。だがその一方、死を覚悟したような言葉もあった。まさか、仲間を逃がすために、囮を買って出るつもりなのか。
・・・と、思ったところで、思い直した。あまりにも私達に都合が良すぎる。こっちまで助ける義理はない。過去の実績を考えれば、この程度の罠に気づかないはずもない。もしかして、あの男に、全部誘導されていた? だとすると、いつでも脱出できるバルダンデルスに対して、脱出手段のないジャバウォック。つまり現状、本当の囮は・・・。
ふざけるな、そんなこと。そう思い、あの男の出方を見るため山吹色の鳥を凝視していたら、別方向から声が聞こえた。
「・・・ふざけるな。」
この音質は、スピーカーからだ。
「たったそれだけのために、どれだけ殺した。」
真紅の巨人の方から、聞こえる。
「頭が悪いなら、思いつかないなら・・・仕方ない。でも、なんで。なんで、こんな手を選ぶ。こんな手しか・・・。」
ムクロだ。
「・・・ジャバウォック。」
上空から、激しい軋み音が響き渡る。それが、だんだんと大きくなる。
「ちょっと、本気出せ。」
その次の瞬間には、6つの人形が、宙を舞っていた。入れ替わりに、真紅の巨人は地に降り立つ。同時に、宙に浮いたそれらは互いにぶつかり合い、一足遅れて地に落ちた。・・・なんて膂力だ。
「諦めないでください。・・・逃げてください。捕まっても、降参しても、抵抗しても、きっと、みんな殺されます。」
これは、どんな感情だろうか。こんなに静かに、くぐもったムクロの声を聴くのは、初めてだった。
「・・・い、今だ!総員、脱出!」
予想外の助け船に動揺しつつも、気弱そうな号令が響く。
それを合図に走り出す、2機の骨董品。同じく年代物のコンテナに向けて、おそらく全速力を出す。
だが、そこは精鋭部隊というべきか。ムクロの珍策によって驚き、崩れた体勢を即座に立て直し、テロリストどもを銃殺せんと身構える。・・・が、それが発射されることはなかった。発砲しようとしていた6機の横腹に、同質量の物体が横殴りをかけ、跳ね飛ばしたからだ。その先端には、黒色の塊があった。それは、絡み合う人型の集まりだった。それらは、白い糸の束でからめとられていた。そして、もう片端は真紅の巨人の剛腕によって保持されていた。
・・・ここまで言えばわかるだろう。あのバカは、自分を拘束しようとしていた奴らをまとめてハンマーに変え、私達の救出に使用したのだった。
いや、殺人ができない縛りは何処へ行った?それとも、直接手を下さなきゃセーフなのか。見ると、黒い塊はそれぞれ、辛うじて動いている。どうやら死傷者は居ないようだ。
「・・・ジーク。今のうちに。」
そう思っていたら、通信ウィンドウに件のアホ面が大写しになる。穴という穴から真っ赤な液体が噴出している。安心と呆れで、感情はすでにめちゃくちゃになっていた。
ぐちゃぐちゃになった頭でなんとかスラスターを吹かせ、先に飛ぶ者たちの後を追う。だが、無理やり脱出に気持ちを切り替えようとしても、真紅の巨人の飛行速度がやけに遅い。なぜかといえば、後ろの捕まっている奴を、やたらとチラチラ振り返っている。・・・いや、気にしなくてもいいんだよ、そいつは!
「・・・放っておけ!あれなら自力で脱出もできるし、下手をすれば私達を囮にしようとしていた。固有特性もあるし、放っておいても逃げ出せる!」
それを聞いてようやく、真紅の巨人は逃走に全力を出し始めた。差はだいぶ開いたが、これでやっと脱出のために一丸となれた。
前を行くのは、ところどころで錆の浮いたコンテナと、それを協力して運ぶ2機。そして後に続く1機と、並走する蒼い巨人。それとだいぶ間が空いて、後を追う真紅の巨人。目指す先には、7機の
「・・・それで、起動は間に合ったのか。」
私は、隣で飛ぶ暫定リーダーに声をかける。
「いいえ、まったく。」
おいおいおい。じゃあなんでこっちに向かって飛んでいる?
だが見れば、先に着いた者たちはコンテナの中に、作業をしていただろう7名を収容していた。そうか、まだ作業者の回収が済んでいなかったのか。
と、思っていたら、何故か17名を乗せたコンテナはこちらに引き返してきた。
・・・え?
何をする、つもりだ?
「こう、するん、ですぅ!」
青年が今まで発した言葉で、一番腹に力が籠っていたと思う。
それを合図にしたかのように、外壁が爆炎に包まれる。同時に金属製の、巨大な人の手足のような物体が、回り込んでいた数体の敵機を吹き飛ばしながら四散する。炎はすでに枯死した森に燃え移るが、それは瞬く間に消え去る。酸素が無くなったからか、暴風に吹き飛ばされたかは分からない。だが火が消えた先には、消火の主要因となった、宇宙につながる大穴が開いていた。
・・・この青年、どう考えても貴重な
確かなことは、一つ。この青年、ちょっと面白いかもしれない。
「・・・急いで!」
その号令とともに、私と三機とコンテナは流れ出す空気に乗り、コロニーの外界へと脱出を果たす。そして、周囲に敵影は無い。どうやら、部隊の全機を以てコロニー内の制圧に充てたようだ。参謀部屈指の変人らしく大胆な作戦を立てるが、今回はそれが裏目に出たようだ。
出入り口となった大穴は、桃色の樹脂によって今まさにふさがれようとしていた。これが、建造当時最新だった、コロニーの応急修復機能。大まかに言えば、外壁はサンドイッチのようになっている。パンに当たるのが金属壁、この樹脂が具に当たると言えば解るだろうか。外壁に穴が開き、流体樹脂の層が露出すると、その強力な表面張力によって穴は自然に塞がり、やがてコロニー内の水分と反応して硬化する。その間、長くても10秒程度。これが穴を塞いでいる間に、保守ドローンが発進。外壁が補修されるというわけだ。透明部分も同様、樹脂の色が異なるだけだ。
樹脂が穴を塞ぎ始めてから、今ちょうど8秒。穴はもう塞がりつつある。穴の外周付近は、既に硬化が始まっている。そして、どう考えても間に合わないのが一機。真紅の巨人、ジャバウォックだ。なんだか、奇妙な動きをしている。
「・・・ムクロ、
それなら、硬化した壁でも切り裂けるはずだ。そう思って言ったアドバイスのつもりだったが・・・。
「・・・抜けません!」
ああ、そうか。だからさっきから胸元を右手でガッツンガッツン叩いていたのか。
・・・じゃなくて!
そうこうしている間に、目の前がピンクに染まる。・・・間に合わなかった。このまま半硬化状態の樹脂に突っ込めば、トリモチのように絡め取られる。そのまま硬化が進めば、脱出は不可能だ。その背後には、先攻隊が五機見えた。損傷具合から見て、おそらく自爆で吹き飛ばされた者たちだろう。
「・・・くそっ!突っ込むな、止まれ!」
「止まれません!」
なんでだ!
そう思った次の瞬間、奇跡が起こった。ジャバウォックの全身の装甲、その隙間、スラスターの噴射圧によって、未だ流動性を保っていた樹脂に再び穴が開き、その噴射元だけを通してしまった。その穴はすぐに塞がり、後に続く五機だけを、綺麗に絡め取ったのだった。背部からの噴射は確かに効率的だ。だがそれゆえに、奇跡はこいつだけに起き、彼らには起こらなかった。
「・・・くっそぉ。」
だが、追跡者の中の一機が、こちらに銃を向けようとしている。流石最新鋭機、すごい出力だ。いや、理由はそれだけじゃない。樹脂は、内部の水分によって硬化する。ハゥフューレの対策に、コロニー内の空気を異常乾燥させた。その結果として樹脂の硬化が遅れ、ムクロは間一髪脱出が間に合い、目の前の最後の足掻きを可能にさせたのだろうか。
・・・だが、それももう終わりだ。
ハイドロカノンの出力を、最低値に調整。
もがき続ける軍人の鏡というべき皆々様の顔面に、冷や水をぶっかける。すると、樹脂の硬化は急速に進み、やがてもがくことすら出来なくなった。
はあ・・・なんとか、生き残ることができた。
そのまま、コロニーから急速に離脱する。
ざまあみろ。囮になるどころか、みんな揃って生還してやったぞ。しかも、見たところ敵側にも死傷者はゼロ。おそらく、あの男はとっくの昔に糸から脱出、別口から離脱しているはずだ。合流した時にほえ面を拝むのが、今から楽しみだ。
・・・だが、コロニーが遠く、小さく見えるようになった頃だった。暫定リーダーのケンが、妙なことを言い出した。
「・・・親父、知りませんか?」
いや、聞くなよ。
「わからないのか?識別信号とか。」
「バルッ・・・スは、単独行動型の、ステルス機、です。そういった、ものは、積んで、なかったと。」
青年は、バルダンデルスと言おうとして、噛んだ。だがしかし、それが本当なら、なんて不便な機体だろうか。パッシブレーダー対策にしてもやりすぎだ。ということは、向こうから見つけてくるのを待つしかないのか。
・・・待てよ。
私達はこの間、大荷物を持った
だが、そうはなっていない。追跡準備の形跡すら見えないのは、流石におかしい。
と、いうことは。
そう思って、逃げ出した先に視線を移した。
・・・あの男は、なんて言っていた。
唯一、今まで使われていない、くだり。
・・・まさか。
あのコロニーは、確か、缶のような円筒形だったと記憶していた。
・・・少なくとも、あんな形じゃなかったはずだ。
8.
久しいな、ハーメス大佐。
夕焼けと同じ色の身体をバラバラに砕き、絡みつく糸から抜け出しながら、男は言った。
今は准将だ。
ここには居ない声は、返した。
お互いに記憶の中の旧友を思い返しているかのような、穏やかなやり取りだった。
男たちは、ある男に育てられた。一人は父親として、もう一人は恩師として。その男の最期を見て、一人は信心を失い、もう一人は光を失った。
男たちは、同じ女に恋をした。その女もまた、ある男の教え子だった。女が選んだのは、志を同じくする男だった。
男たちは、何もかもを失った。一人は母と、伴侶と、愛の結晶を。もう一人はそれに加えて、生涯ただ一人の親友を。
男たちは、真実を求めた。一人は死者として総て壊し炙り出すことを望み、もう一人は生者として仇に媚び諂うことを選んだ。
男たちは、何度もぶつかり合った。どちらも、集団の指揮に長けていた。一人は恵まれぬ者たちを率い、もう一人は恵まれし者たちを率いた。男たちは、盤を挟んで頭を捻り、毎局のように待ったを言いあえた、在りし日々を思い出した。
置いていかれてしまったな。
一目散に逃げていく大きな背中たちを見ながら、男は言った。
今さら何を、どんな策がある。
親友は返した。
策なんてない。だが甘く見るなよ。
男はさらに返した。
だがしかし、すでに限界では。
自らが張った罠について得意げに解説しながら、親友は問いかけた。
彼が二年分の予算を前借りして拵えた特殊金属の砂、それが自由を奪っていることを。
それが戦場では珍しくない成分であることと、それが
そして得意な地上で戦い続けず、空に上がったことこそがその証拠であると言い当てた。
情けない。男は逆コミを引き合いに出し、悪態をついた。
量子スキャナーを構えろ。かかれ。
投了の意思がないことを確認した親友は、合図をした。
砂はすでに、男の力を半分ほどに削っていた。だがそれでも、男は強く聡明だった。
虎が腕を一本齧り落とす。
蝙蝠は低く飛んで包囲を抜け。
獅子が吼え跳ね飛ばす。
続く牛の突進は通じず、捉えられたが。
蛇となって抜け出した後。
禿鷹が高く舞い上がり。
隙間だらけの象が落ち、塊の敵を跳ね飛ばした。
あらゆる姿を使い分けた。三つ、四つの相手を同時にし、一つ、二つと親友に従う者たちを刈り取った。
だがその間にも、砂は男の力を削り取った。男が限界を悟ったのは、自由に動き回っていた鎧が一枚、地に落ちた時だった。
親友は語った。
その姿は、自在に組み替えられる積み木と、決して動かせない頭部と脊柱でできていると。男が後者に鎮座していることも、それを捕えれば終局だということも。
親友は尋ねた。
なぜ出逢ったばかりの、それも敵を逃がしたのかと。自分がよく知る男ならば、それを囮にしていただろうと。
男はくすりと笑い、答えた。
ただ、思い出したからだ、と。
男は語った。折れ、諦め、父を腐した自分を張り倒した女を。この空と同じ色の瞳を。
男は語った。運と奇策で周りを驚かし、最後は自分を削ればどうとでもなると勘違いした、甘く熱い男の事を。
親友は首を捻り、ただ一言、知らないと返した。
そうかい。
男はぽつりと言った。
もう一人は指示を出した。
男を捕えろと、丁重に、トロフィーのように扱えと。
男の周りを、黒い兵隊が囲んだ。一際目立つ一人が、男の上に覆いかぶさり、刃を突き立てた。
男は、目の前の壁に穴が開きつつあるのを、ただ見ていることしかできなかった。
男は、おのれの最期を悟っていた。
決して投了を認めない、かつての彼とは別人のようであった。
9
光によって、穴が開く。
穴が開いたら、光が収まる。
穴の先には、闇が見える。
少し経つと、目が慣れる。
そこに、何があるのかわかる。
何人もの、影が見える。
きっと、敵だ。
いつもならば、撃ち殺している。
だがもうそんな気力はない。
せめて顔を拝んでおこう。
そう思った男は目を凝らす。
「・・・親父!親父!大丈夫か!?」
よく知る顔らが、そこにあった。
一、二、十、二十、三十・・・。
「良かった、まだ生きてた。」
あるものは、泣き出した。
「何で・・・こんな無茶を!」
ある者は、怒り出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
ある者は、謝り出した。
いつものような、景色があった。
当たり前の、景色があった。
男はひとつ、ためいきついた。
「ああ、」
男は、やさしくつぶやいた。
「よかった。」
まるでお家のドアをあけるように、
ゆっくり遠くに手を伸ばし、
いいぞ。
男は言った。
俺を喰え、
男の言葉を待っていた。
子供たちは、口を大きく開け広げ、
牙を剥き出し嚙千切り、大きく裂けた口の中、放り込んでいったのだった。
10.
巨人の頭に耳が立った。
巨人の口は頬まで裂けた。
指先からは爪が伸び、胴は大きく膨らんだ。
陽光のような毛並みはみるみる暗くなり、黒くないものは消え去った。
人は呼ぶ、狼男だ、人狼だ。
兵士が一人、噛まれて死んだ。
兵士が一人、裂かれて死んだ。
兵士が十人、首輪をつけた。
兵士が十人、引かれていった。
一人が言った、重すぎる。
一人が言った、ありえない。
一人が飛んだ、口の中。
彼は気づいた、おかしいと。
頭に過るは、宇宙の最期。
総て滅ぼす、星の終末。
彼は命じる、逃げ延びろ。
男は思う、逃がさない。
あれはみるみる、重くなる。
あれはどんどん、黒くなる。
あれにますます、吸い込まれ。
巨人は喰う、万象を。
狼は裂く、友愛を。
総ては堕ちる、腹の中。
兵士は想う、妻の名を。
兵士は叫ぶ、親の名を。
兵士は罵る、彼の名を。
遺ったものは、何もない。
小さな惑星は、潰れ果て。
生者も死者も、腑の中。
彼は誓った、終息を。
遺った者への、誅罰を。
白い兵隊、呼び起こす。
彼は命じた、追い立てろ。
男を想い、震えつつ。
11.
男は、誰からも理解されなかった。
かつての親友は変わり果て、父親のように慕う部下たちからは本音を隠し。だた独り、過去を抱いて消えていった。
歪みねじれ消えゆくその姿を見て、父と慕った者たちは皆一様に、ただ茫然と立ち尽くした。
一度殺されかけた者は、悟り、自罰し、涙を流し。
二度殺されかけた者は、言葉を忘れ、慟哭した。