機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル- 作:7746MRRWAY
1.
「・・・それで、どう、しま、しょう。」
「・・・どうすれば、いいんだろう。」
これが、現状である。男の壮絶な最期を見届けた者たちの。
誰一人、この後のプランを考えてはいなかった。
ここは、何とか逃げついた先。おそらく、廃棄されたステーションの残骸。コロニーほど大型ではないが、遺棄されたものが結構そろっているらしい。彼らは、こういったところで貴重な資源を入手し、修理して使っているそうだ。
ここは当の昔に崩壊し、金属の骨組みくらいしか残っていない。しかし、
ちなみに、被発見性が高いことは承知の上で、派手な機体色の2機は偏在化させずキープしている。顕在化を維持するコツが解ってきたし、なによりいつ戦闘になるか分からないからだ。
なお、本国に最後の特攻をかけるだの、本拠地コロニーにいる家族に会いたいだの、新体制の“孤狼の群”の中でも意見は纏まらない。言っちゃ悪いが、空中分解寸前だ。
何より、呉越同舟がいつまで続くか、保証できない。現に、コンテナに入った瞬間から、頭一つ低いところから、じっと睨まれ続けている。定員オーバーも相まって、ものすごく居心地が悪い。
「・・・意見も割れているし、帰りたい奴は帰したらどうだ。例えば、私達が追っ手を引き付けて、その隙にコンテナを本拠地に運ぶというのは。」
見かねて、一つ提案を上げる。私達なら、まだ戦えなくはない。だが、一応暫定リーダーのケーニヒ・ヴォルフォント、通称ケンは、こう反論した。
「・・・部隊を、分けて、追ってくる、でしょうね。」
だろうな。足手まといを運ぶ
「その案は却下する。最悪の場合、本拠地まで尾行される危険があるからだ。本拠地も定期的に移動しているのだが、そこに案内なんて御免だな。」
暫定サブリーダーに収まったダニー・グレイデンが、意見を付け加える。
ごもっとも。だが、対案はなし。結局どうするつもりだ。
「そもそも、あの人はどうやって国をひっくり返すつもりだったんだ。」
私は、半ば呆れながら言う。聞けば、戦闘員はここに居る20人で全て。そして今、最年長は19歳のケンとのこと。いくら最終目標が国によって隠された真実でも、その過程で体制に抗うつもりなら、お話にならない規模になり果てていた。
「言うわけ、ないでしょ。」
その声の主の名は、サロス。ケンの妹らしい。ここの居心地はよろしくないが、おそらくその要因の5割以上を占める、やたら攻撃的な少女。歳は、私より少し下、ムクロの外見年齢よりは上といったところだろう。ひどく痩せていて、伸ばした髪と顔つきが無ければ、女の子と判別できなかった。
「ということは、あったのか。現実的で有効な手段が。」
そんなつもりはなかったが、誘導尋問に引っかかってしまったと言わんばかりに、サロスは黙り込んだ。
この状況を見かねたのか、ケンは、そのたどたどしい口調でゆっくりと話し出した。
「・・・はい。黙っていても、どうにも、なりません。情報の、代わりに、知恵を、貸して、ください。」
そう言って、暫定リーダーが情報を開示する。長くなったが、要約すると以下のようになる。
まず今の惨状は、一月前の戦闘員の大量脱退に端を発する。血の気と手腕に定評があったラビス・レイジに率いられ、50もの戦闘員が一斉に脱退したという。脱退は正規の手続きを踏み、証拠もあるそうだが、その際に大量の武器を持ち逃げされてしまったとのこと。彼と仲が良かったらしいケンでさえ、どうやったか見当も付かないらしい。
だが、まだ希望はあるらしい。先代リーダーは、民選議員との間にパイプを作っていた。加えて、元老院の解散に足る不祥事の証拠も抑えている。そのため、元老院と皇の行政能力を麻痺させて民選院に移行させ、証拠を以て元老院を弾劾、解散させる。これでこの国の法に則った上で、事実上の国民主権国家にシフトできるという寸法らしい。そこで、騒ぎを起こして麻痺させる役割を担うことになっていたのが、あの男が率いる“孤狼の群”だった。
ここまでが要約なのだが、ムクロの頭から煙が出ているように見える。見るからに、目の焦点が合っていない。
基礎知識から、整理して説明する。この国の議決権は、皇権、元老院決議、民選院決議の3機関の多数決で成り立っており、民選院は市民が選挙権および被選挙権を有する唯一の議会。だが、11名の元老議員は、選挙権制限の都合でここ数十年は入れ替えが無く、現状で皇陛下に謁見可能な人物は元老院の三派閥の長に限られる。要するに、この国は実質、11人の独裁者によって取り仕切られている。当然、三百余名の民選議員は立場があってないようなもの。わかりやすい例として、元老院議事堂は本国コロニーの中枢に、皇の宮殿に併設される形で存在する。反対に民選院の議事堂は同じ都市の町はずれに佇んでいる。逆を言えば、宮殿区画で暴れ、それらを籠城、孤立させるだけで、この2機関を同時に麻痺させることができる。そうなれば、あの手この手で弾劾を妨害していた独裁者たちは資格を失い、公的にクビにすることが出来る。議員によっては、逮捕者も出るそうだ。皇こそが黒幕だという論説もあるが、実権の無いお飾りという意見が主流で、私も同意見だ。
一応の説明が終わった、が・・・一番理解して欲しかった奴の頭の煙は、余計にひどくなった気がする。もう一番簡単な要点だけ話して、切り上げよう。とにかく宮殿区画で派手な戦闘さえ起こせば、後は仕込みがすんでいる、ということだけわかってもらえればいい。
ただし、この議員は、立場の都合上、表立って協力できるような状況ではないらしい。泣きついたところで、泣く泣く見捨てられるのが関の山だということだ。打開策にはならない。
ダニー曰く、他に頼れそうな協力者と言えば、最狂のハッカー、アンシャ・マイスター。四年前に行政ネットワークの中枢へと侵入、国中を騒然とさせた凄腕だ。だが、理由あって、現在は連絡が途絶えているとのこと。
総括すると、頼れそうなものは無い。現状は、あり合わせで打破するしかない。
・・・自分の頭からも、煙が立ち上って来た気がする。
頭の中で堂々巡りをしていると、端末の着信音が鳴り響いた。狭いコンテナの中だ。誰もかれもが自分の物だと思ってポケットをまさぐりだす。庫内が、余計に狭くなった。やがて、一人の少年が端末を取り出し、この騒動は収まった。
「協力者からの、情報だ。・・・でも、これは。」
メッセージを受け取った1人は、途中まで読み上げようとし、言いよどんだ。
「ドップル、続けて。」
ケンが、読み上げるように促す。
「・・・あ、ああ。本国コロニーで、大規模避難命令だ。中心街の住民は、地下シェルター層に避難勧告。更に首都周辺の警備に、大規模な配置転換があった。内核から外殻偏重に防衛線を移動・・・強行突入への警戒だろう。それで、ここからが奇妙なんだが、士官学校卒業生の研修カリキュラムも急遽変更されて、直近三年の卒業生が、可能な限り前線で、警備に当たる配置に、なるってさ。」
それを聞いたケンは、青ざめた顔で私を見る。
「・・・加えて、ナーシア・フーリエー、カヌ・ブローニも、先日の騒動の聴取のために本国に召集。正面ゲートに最も近い、A区駐留所に拘留、するって。」
ケンは更に青ざめ、呟いた。
「“妖精狩り”・・・。」
・・・おい、冗談だろ。
馬鹿げている。確かに士官学校の卒業生ならば、
私はただ、作戦の中の一つを、最終手段だったそれを、否定するしかなかった。
「・・・本国侵攻は、無理だ。突破の難易度が、高すぎる。」
しばし、沈黙が場を支配する。待っていても追っ手は来る。だが一発逆転の可能性も断たれた。誰一人、案を上げられない。
「アンタ、なんなの?その程度で足踏みして、なんでここに居るの?」
その沈黙を破ったのは、ただ一人大きく苛立っていた、サロスだった。その眼は、目の前の邪魔者を一刻も早く追い出したい、そう語っている。
「・・・なら、聞くぞ。仮にお前の立場で、ここに居る奴らと敵対することになっても、お前は、戦えるのか。」
その時の私は、だいぶ取り乱していたと思う。だが少女は、その無神経な質問に、即答した。
「殺せる。裏切り者なら、家族でも、兄貴でも。どんな理由があっても。」
その赤い虹彩は、まるで全てを焼き尽くす炎のようだった。
「出ていけ。ここに居る意味の無い、余所者。」
だが、言葉は氷のように冷たい。熱さと冷たさ、凍傷になりかかった時を思い出した。
確かに、一理ある。でも、だからこそ、放っておけない。
「・・・なら、特攻するとして、どうやって勝つ。あんなもので、最後に待つ国軍の切り札を相手に。知らないとは、言わせない。」
国軍の切り札。それはおそらく、フェアリーテイル・シリーズの中で唯一、大多数の国民がその名と能力を知っているもの。名は、ジヌーン。異名は、“絶対防御”。下士官ですらなかった若かりし日のラ・ディン元帥が遠征の際に発見し、乗り手として選ばれたと聞く。そして数々の武功を積み上げ、果ては元老議員、防衛大臣にまで上り詰めた。
正直ずっと、プロパガンダまがいの大法螺だと思っていた。もちろん、実物をお目にかかったことはない。だがこの一週間の体験を通じ、それが強ち夢物語ではないと思わせた。思い返せば、宮殿周辺一帯の都市構造は、円形で隔離できるよう配置されていた。その区域以外は全て、
もちろん、あんな
だが、目の前の相手が違う意味で冗談が通じない相手だと気づけたのは、その問いに対する返答を聞いた時だった。
「・・・別に、勝たなくてもいいでしょ。でも、タダじゃやられないから。アンタの友達、何人殺せるかな?」
この言葉を発する彼女は、周囲の人間たちと明らかに違って見えた。他の者は、より大切な者の為の自己犠牲を、おそらく表向き受け入れている。だが彼女のそれは、そんな高潔なものには見えなかった。
「・・・独りになっても、か。」
彼女を動かしているもの。それはおそらく、諦め。
「うん。」
間もなく、それは肯定された。ただ、認めるわけにはいかなかった。
「それは、ただの自己満足だ。」
「・・・だったら?生きていても苦しいだけなら、派手に殺して、華々しく死んで。世界に傷を残して・・・何が悪いって言うの。」
苦しかった。その言葉の一つ一つが、まるで自分の中の何かを抉るようだった。説得の言葉を絞り出すことすら、困難だった。
「・・・そんなもの、俗世はすぐに忘れる。忘れられなくても、勝手に都合よく改変され、拡散される。死者は、言葉を持てない。本当に傷跡を残したいなら、生きて、成し遂げるべきだ。」
どの口が言っている。一文節を発するごとに、もう一人の自分が、自分をそう責め立てた。
「・・・アンタも同じこと、したでしょ。怒りに任せて、親父に食って掛かった。死んでいいやって思って、さ。」
・・・案の定、当の本人に指摘された。だが、実は異なる。彼女のように、諦めだけが全てじゃなった。あの時は、幼き日の夢を守りたかった。それを受け継ぐ者を、逃す算段もあった。・・・だが、同時に理解もしている。その選択は、贅沢な悩みの結果だ。全てが満たされない者、自らの苦しみを伝えたい者から見れば、ただの戯言だろう。
おそらく私たちは、決して分かり合えないだろう。だが、見捨てたくないという衝動の根拠も、たくさんある。真意はともかく命を救われたこと。彼女がこんなに攻撃的になった理由をこっそり聞いて、心のどこかで同情していること。さらに、本国に行って確かめたいこともあった。でも、それを正直に言ってもどうにもならない。何をどう言ったところで、正しく伝わることはないだろう。
「・・・私の、何が気に入らない。」
だから、もういっそのこと、直球で問いかける。彼女の苛立ちの大本と思えるものを。
「全部。」
即答される。
彼女は仲間を押しのけ、私の目の前に乗り出した。目に込められた力を、感情を、より強く感じた。
「アンタには、まだ居住権があるよね。捕まっても死刑にはならない。でも、ウチらは違う。子供は保護するって建前はあるけど、独断で処分しても罪には問われないし。」
その言葉で、思い出した。不法居住者を率いたテロリストの例は、無数にある。だが、どれも長続きはしなかった。
不法居住者だけの集団は学がなく、確固たる知識者達に捻り潰された。
夢見がちなインテリが率いる集団は、厄介ではあった。だが、負けても人として裁かれる指導者と、塵として処理される兵隊の間には壁が出来、間もなく空中分解した。
あの男は、理想的だった。知的な指導者として、表と裏を繋ぐ交渉人として、既に人権の無い仲間として、圧倒的な武力を持った最終兵器として。
・・・もっとも私の場合、問題なく処刑できる。軍籍が残っていた場合、刑法でなく軍法によって。だが、この中の不和を誘導するつもりなら、軍籍なんていつでも剥奪できる。すべては、国の掌の上。たちが悪い。
「あと、親父と最初に戦った時、こっちを人質に脅したでしょ。ご丁寧にも撃ってきて。」
それは・・・だが、今さら、あてずっぽうでした、とは言い出せない。
「まあ、それはいいけど。」
良いんかい。
「・・・他にもある。」
彼女はその華奢な腕で、手で、私の胸倉を掴む。その眼には、涙が浮かんでいた。
「なんで、なんでこんなに背が高いの。なんでこんなに髪がきれいなの。なんで、こんなに、こんなに、こん・・・。」
なぜだろう。こんなに、の途中で、突然、黙り込んだ。
この沈黙の間、上方30°くらいに固定されていた彼女の視線が、水平から真下の間を三往復した。そして、すっかり意気消沈した様子で、ぽつりとつぶやいた。
「・・・ごめん。」
そう言うと、そそくさと壁際へと引っ込んで行き、同年代と思しき短髪の女の子の隣に、ちょこんと座った。
「・・・下には、下がいるんだね。」
何故かは知らないが、まあ、落ち着いてくれたようだ。
一番血の気の多い仲間が暴れた結果か、一同は再び静かになった。
だが、結局どうすればいいか、結論は出ない。
「ああ、もう!」
思わず苛ついて、壁を叩こうとした。当然寸前で思い留まったが、なぜかコンテナ全体にすさまじい地響きが届いた。覗き窓から外を見ると、ステーションの金属壁に、真新しいクレーターが出来ていた。その犯人は、一目でわかった。クレーターの中心に拳を叩きつけている、ハゥフューレだった。
え?何?暴走?誤動作?
そうして頭の中を整理していると、反対のブロックに、中型の輸送艇が着艦した。こちらに気づく様子はなく、船から生えたアームユニットで金属の壁を掴んだ。それは意外にも、大きく開いた。壁に見えたそれは、巨大なロッカーだった。船はそこから器用に荷物を運び込み、代わりにいくつかの積み荷を置いていった。
・・・思い出した。確かここは公認の航路ではないが、本国と産業コロニー群を結ぶ直線距離上にあったはず。デブリが多く危険ではあるが、個人の、特に腕に覚えのある運び屋からすれば、絶好のショートカットコースらしい。法に抵触している以上、後ろ暗い背景を抱えた運び屋が自然と集まり、共用のスタンドのようなものが出来ていったのだと思う。
まあ、犯罪ではあるのだが・・・なんだか、いいな、と思った。
奪うなよ。背後の少年少女たちに向き直って、目配せをする。
盗みませんよ。暫定リーダーは視線で返す。
だが、このステーション跡は、早めに発った方がいい。いつ見つかるか、分かったものじゃない。
そんなことを考えながら、本国に向かって旅立つ船の残光を追いかけていた。すると、今壁に拳を叩きつけている蒼い肩に、赤い手が乗せられる。ジャバウォックだった。そして、万国共通のジェスチャーで、「まあ、気にすんなよ」と表現してみせた。
・・・久々に、本気で腹が立った。
「・・・やっぱり、できた。」
その犯人は、呑気に言い放つ。
「何が、だ。」
次に頓珍漢なことを言ったら、拳骨を叩き込もう。
「つまり、手薄な中央から攻めれば、戦わなくていい。・・・いけるかも。」
ゲームじゃない。やりたくないからって、ステージを飛ばせるものか。
「で、でも、どう、するのさ。」
暫定リーダーは、至極まっとうな質問をする。
「まあ、上手くいくか、自信は無いです。」
おい。
「でも、だからこそ聞いて、意見をください。おれの、作戦に。」
2.
—————本国コロニー東部
無数に並ぶ本棚の谷間、十代半ばの少女が歩いている。
ヴー、ヴー、ヴー。
端末が、振動で着信を伝える。
少女は震えるそれを、手に取る。
そこには、よく知る友人の名が示されていた。
少女は軽くため息をつき、電話を取る。
「・・・はい。」
「××と××××が危ない。あと×××も。×××××、力貸してくれ。」
少女は眼鏡を直し、呆れながら答える。
「だったらなおさら。今度こそ、大人しくしなさい。」
「やだ。」
通話相手は即答する。少女は、再びため息をつく。
「で、一生のお願いがあるんだけどさ。」
通話相手は切り出す。
「×××の一生は何回あるの?」
少女は、皮肉で返す。
「そもそも、もう軍関係者じゃないけど。」
「腕は、鈍ってないだろ。」
通話相手は、即答する。
「それは、そうだけど。腕だけじゃ、道具がなくちゃ。」
「あるよ。」
通話相手は、再び即答する。
「一番近い基地の格納庫のロックを、××××が解除したって。」
少女は、窓の外を眺める。
「場所は。」
「多分、正門と本通り。」
「遠いよ。」
「独壇場だろ。」
少女の反論に、通話相手は即座に返す。
「じゃあ、頼んだ。」
通話は終了する。
少女が再び、ため息をつく。
「やるしかない、か。」
—————File Error Not Found—————
3.
「・・・来たな。」
ジークリンデさんが、ぽつりと言った。
僕らの前に、輸送艇が着艦する。アームを伸ばし、積み荷を入れ替える。あれから一日、僕らはまだ見つかっていない。そして、あの船が発ったら、僕らも発つ。
「はい。あとは、手順、通りに。」
「頼むぞ、リーダー。」
ジークリンデさんが、僕に言った。
僕と、ダニーと、サロス。この3人が、“孤狼の群”の最後のメンバー。残りの17人には、脱退してもらった。
何より大事に扱っていた保管ケースの中に、やすりのようにざらざらな、何十枚もの紙の束が収まっている。それを、僕らは血判状と呼んでいる。その束に、新しく17枚が加わった。
“孤狼の群”の
僕らの最終目的は、仲間の人権の獲得。だから、協力者から見放されないためにも、過激な活動は親父が抑えていた。基本理念は、自衛。それ以上がしたいなら、血判状を書いてから脱退する。これから彼らが起こす活動は、僕らと無関係だと明らかにする。逆に、脱退後に無断で名乗った場合、総力を挙げての制裁があると釘をさす。
・・・ここまでしても、政府やマスコミからは一緒くたにされて危険視されている。でも、それが木っ端な無法者を遠ざけて、身を守ることにつながったりもした。でも、だからこそ、役目を終えた後は、全てが終わったその後は・・・。国からの公正な扱いを、協力者と、その人が作る新時代を、信じるしかない。
もちろん脱退メンバーにも、最後の仕事はしてもらった。
レトリー率いる整備チームが、五つの機体を仕上げてくれた。リアウルについては、いつも通りのいい仕事。フェアリーテイル・シリーズは、してあげられたことよりも、むしろ驚かされた事が多かった。でも、出来る限りのことは出来たと思う。僕がチームを離れてから、ずっと不安だったけど、最後に最高の仕事をしてくれた。
パードをはじめとする調達チームのおかげで、コンテナは何とか二つ用意できた。ここの廃材を使って、なんとかそれっぽくはまとまった。たぶん、僕らが使っていたものと、見分けはつかない。
これで、僕らは本拠地まで戻ることになっている。僕らが、最後だ。
「でも、いいん、ですか。ジークリュ・・・さん」
また、嚙んだ。かっこ悪いなあ。
「・・・ジークでいい。言っただろ、基本は利害の一致。私たちは、けじめをつけたいだけだ。別に、放っておけないだけが理由じゃない。」
ジークさんが、こう言ってくれた。
「でも、アンタさ。」
サロスが言った。
「思ってたけど、軍人、向いてないんじゃない。」
ジークさんは、少しだけ恥ずかしそうに、その疑問に答えた。
「もっと早く、自覚したかったよ。」
「きっと、大丈夫です。だって、あれだけ煮詰めたんですから。」
この作戦の発案者も、背中を押してくれた。
大丈夫。全部上手くいけば、戦わなくて済む。誰も、傷つけなくて済む。
誰だって、人を傷つけたいなんて思わない。
きっとサロスも、本当はそうだろう。
それから、しばらく時間が経過した。輸送艇が、ロッカーを閉じる。
やがて、離陸体制に入る。
船のテールに、光が灯る。
あと少し。
ゆっくりと、でも確実に、加速する。
方角からして、本国行き。
よし、そろそろだ。
僕らも出発の準備をする。
コンテナは基本、2機1組で運ぶもの。僕はジャバウォックと、妹はハゥフューレと。ダニーは武器を持って随伴。
「よし、出発だ。」
「ラジャ。」
「らじゃー。」
後はただ、飛んでいくだけ。僕らの仲間が待つ方へ。
出発点が遠くに見えるようになった時。
あり合わせで作った信号検知器が、反応した。
憲兵隊の、窓口回線。
見つかった。
通報された。
4.
—————正門前駐屯地・来賓室監視カメラの記録映像—————
簡素な内装の小部屋に、ソファが二つ。
小柄な少女が2人、テーブルを挟んで向かい合っている。
「・・・どうなるんだろうね、ボクたち。」
「さあ。」
画像の左半分にのみ、ノイズが走る。
「・・・××××、さっきから何やってるの。」
「うーん。けじめ、もしくは友情。」
「・・・え?・・・ああ、前言ってた、あの?」
「・・・まあ、そんなとこ。」
画面全体が、わずかに揺れる。
「・・・な、何?」
「わからない。」
「・・・見てくる。」
右側に居た少女が、窓へと駆けよる。
窓の外の景色を凝視し、驚愕する。
「・・・ま、まずいよ。」
「・・・言わなくても、もう・・・わかった。」
「・・・やっぱり。」
画面の左側にノイズが走る。
窓際の人影が、二つになる。
「や、やると、思った。」
二人は、声を合わせる。
画面は揺れ続け、その揺れは徐々に大きくなる。
地響きが、マイクで拾える音量になる。
「・・・すごい、これで何人目?たったレーザーダガー二本で。確かに安全に戦闘不能にできるけど、ターミナルを一突きって。相手も動くし、手元が下にずれたら
「・・・でも、それができるのが、×××。・・・×××も出来たかも。」
少女たちは、顔を見合わせる。
「ねえ、××××。いつもの×××だったら、次、どうなる。」
「・・・何で聞くの。」
「・・・ねえ、今から、鍵、開けられる?」
「・・・難しい。・・・こじあければ?」
「・・・やだ、壊したくないし・・・間に合わない!」
窓に張り付いていた少女が、背後の少女を小脇に抱え、画面の左端に走り出す。
その直後、瓦礫と巨大なつま先が画面右半分を占領する。
つま先が引き抜かれる。瓦礫が崩れ、空いた穴が埋まる。崩れた瓦礫が、小さなつま先によって再び蹴り飛ばされる。
3人目の少女が、画面右端に現れる。
「よ!生きてる?」
「×××!この、殺されるかと思った!」
「・・・そっか、よかった!間に合ったんだな!」
「心配してくれたところ悪いけど、これ、取り調べ!むしろ今ので、死ぬところだったよ!」
しばし、沈黙する。
「・・・え?」
「×××、ありがと~。実は、事故に見せかけて始末されるところだったんだ~。」
「・・・え?」
「あ、ああ。それならさっさと脱出しようぜ!」
「いまいく~。」
3人目の少女は、画面右端にフレームアウトする。画面外で動いた何かにつられ、再び瓦礫が崩れる。
残された少女の1人が発言する。
「・・・今の、本当?」
「・・・嘘。」
2人が、画面右端に走り、フレームアウトする。
建物全体で、警報が鳴り響く。
大勢の人間の足音が聞こえる。
—————Decode Error Deleted Blocks—————
「・・・今、2つ。つえーのが、飛んでった。」
—————Error Broken File—————
5.
「間違いない、尾行、されてる。」
僕らは、進む。戦えない仲間たちのいる方向へ。デブリ帯は、僕らの庭のようなもの。コンテナを運びながらでも、リードしながらでも、安全に飛べる。ジャバウォックも、ハゥフューレも、ちゃんと付いてきている。
でも、それは
“妖精狩り”直属の部隊のもう片割れ、“後衛隊”。
「読み通りだ。民間の運搬船は、ステーション付近から通報しない。必ず認可航路に出て、自らの脱法を隠す。・・・だが、流石は親父の元親友。アタリは付けていたらしく、もう追いついてきた。それでも、時間は稼いだ。だからこそ、即時確保より尾行、本拠地の確定が最善なるように誘導できた。」
いつも冷静な、ダニーの言葉。
「本当に、怖いくらい上手くいったね、兄貴。でももし襲撃に切り替わっても、ゲリラ戦ならウチらが上だし。」
いつも強気のサロスと、いつもクールなダニー。この2人が、僕に勇気をくれる。
そこから、しばらく進む。相手の動きに、何か傾向のようなものが出てきた。
「・・・ダニー、敵は。」
ダニーは、少し考えて、答える。
「ああ、どうやら、10:10で別れているようだ。2つのコンテナに戦闘員を二分し、片方だけでも届けるつもりでいるだろうと、睨んでいるらしい。ただこのレーダーも、いつ使えなくなるか。アンシャが残した索敵AIでの力で、辛うじて役立ってはいるが。」
「・・・ダニー、言ったでしょ。そいつの話はしないで。」
サロスが、不機嫌になった。いやだ、胸が苦しい。
しばらくたって、サロスの機嫌が戻って来た頃だった。僕ら3人だけの秘匿回線に、ダニーから通信が届いた。
「なあ、ケン、サロス。そういえばあいつ、面白いこと言ってたな。」
珍しいなあ。ダニーから話を切り出すなんて。
「まあ、いいだろ。暇だし。お前らも、夢ってあるか。」
「・・・え?・・・夢?」
本当に、ダニーなの?
「いや、なんか、聞いた事なかったなって。」
うん、そうだね。追尾している相手も、動きが変わらない。きっとあっちも、欠伸の一つもしているだろうし。眠くなるよりは、ずっといい。
「そうだね。・・・僕の夢は、たくさんの人が、幸せに、なること。出来れば、得意な、機械いじりで、それを、手助け、したい。」
「エンジニアだけじゃなくて、デザイナーもイケるかもな。お前、絵も上手いし。」
ダニーの言葉。・・・ちょっと、照れるな。
「サロスは?」
「・・・。」
また、ご機嫌が傾いた。
ダニーなら、サロスにこれを聞くのはご法度だって、知っているはずなのに。
「・・・それなら、今は言わなくていい。そうだな、俺は、俺の夢は・・・ケン!サロス!」
・・・ダニーの声が、急に焦りだす。背後で、何かが爆発した。爆風で、僕と、妹と、2機の伝説の巨人は、吹き飛ばされた。質量のあるコンテナは、そこまで飛ばされなかった。・・・この爆炎は、ダニーが運んでいた、真空反応爆雷。
まさか、裏切ったの?ダニーが!?
「・・・嘘だ、まさか・・・ダ・・・。」
そう言った次の瞬間、まぶしい柱が、目の前を過った。仲間を載せたはずのコンテナが、友達が乗っていたはずのコンテナが、そして親友が乗っていた機械が、まとめて、真っ黒に、爆ぜて、崩れて、小さくなって、消えていった。
ダニーが、消えた。
目の前で、消えた。
裏切って、なかった。
あれは、僕らを、庇って。
「・・・ダニー、ダニー!うわああああっ!」
そんな僕を、いつもとは逆に、落ち着かせる、妹。
「落ち着いて、兄貴!後ろに、見たことない機体が!」
駄目だ、駄目だ・・・情けない。現実を、見るんだ。
・・・遠く、まだ小さいけど、機影は2機分。
1機は、白銀色。兎の耳のようなメインアンテナ。大きさは、僕らと大差ない。でも何より、手のひらには、まぶしく輝く炎の玉。プラズマ火炎・・・あれが、ダニーを。
もう1機は、赤銅色。梟の眼のようなメインカメラ。その装甲は、全てがミサイルポッドに見えた。何より、隣のそれより一回り大きい、武器の、殺意の塊。
何より、最悪だ。
「・・・嘘だ。あの、顔。」
フェアリーテイル・シリーズ。
僕らは、よく知っている。
その強さも、頼もしさも。
敵に回したときの、絶望も。
待って。ここは、デブリ帯。レーダーが無ければ、背後の敵も分からなかった。じゃあ、なんで今は、あんなはっきり見える?・・・つまり、デブリが、消えた?
「・・・まさか、デブリごと、焼き払った?・・・仲間、ごと?」
恐怖のあまり、気絶しかけた。
駄目だ、駄目だ。僕が、しっかりしなきゃ。
「さ、サロス!二手に分かれよう!さすがに、あんなのは想定外だ!投降も、できればしないで!味方ごと撃つような奴らが、法を守るなんて、絶対ありえない!」
「・・・でも、どうすんの?こいつらは、今は戦えない。」
本来なら頼りになっただろう、向こうと互角のはずの2機を見る。でも、今は戦わせられない。彼女たちには、相応しい戦場があるから。何より、もう始まってしまったから。
「銀色の、ほうは、きっと速い。絶対、追いつかれる。・・・炎の、固有特性・・・なら、僕は、大丈夫。」
「・・・もう片方、赤だかオレンジだかの方は?」
「そっちは、鈍重に、見える。僕が、全速力で、サロスが、少し抑えた速度で逃げる。そうすれば、あっちは、サロスを、追う。そこで、デブリも利用して、全速力。逃げ切れば、勝ちだ。」
作戦通り、少し速度差を付けて、切り札を引率して、逃走する。思った通りだ、銀色の方は僕を追ってくる。どうせ傍受されるなら、むしろ、オープンチャンネルに切り替える。
「やっぱり!銀色の、方は、ムクロ君を、銅色の方は、ジークさんを、狙ってる!僕は、あっちに!サロスは、反対に、作戦通りに、逃げて!」
僕の逃げる先には、よく知った、廃棄マスドライバー施設がある。逆に、サロスの逃げる先には、あの図体で追いかけるのにも苦労する、さらに密なデブリ帯がある。
「・・・わかった。いつもの掛け声で、スラスター全開。既定の角度に速力全開!」
・・・よし。
『3、2、1、ゴー!』
・・・打合せ通り、サロスは反対方向に飛んでいく。
・・・頼む、君だけでも、生き延びて。
6.
————————法務執行官専用回線の傍受音声———————
ねっとりとした、女性の声。
「・・・どうやら、二手に分かれたのう。」
高揚した、男性の声。
「フフフ、なら俺は蒼いのを追う。」
女性の声。
「・・・ホホホ、下種め。色欲の化身が。」
男性の声。
「・・・フッフッフ。そっくりそのまま返すぞ、売女。」
男女の笑い声が続く。
「あわよくば死んでくれ。」
7.
「はあ、はあ、なんとか、追いつかれる前に、たどり着けた。」
僕は、なんとか目的地に到着した。廃棄されて残骸となった、マスドライバー施設に。隠れる場所も、隠せる場所も、たくさん知っている。でも、きっとすぐに追いつかれる。油断しちゃ、いけない。僕は、託されたんだから。
でも、やっと、少しだけ、落ち着けた。
僕は、昔のことを思い出す。たまの空き時間に、いつもしていたことを。
僕には、趣味があった。その中の一つが、ケガをした小鳥を拾っては、介抱して、野に放つこと。出来るだけ遠くへ翔んで行けと、願いを込めて。たとえ仮初でも、遠くへ翔べと。
「・・・飛べ、飛べ、翔んで行け。」
こうして、願いをかけながら。
廃棄され、自然帰化したコロニーには、もともとペットとして買われていた動物や、観葉植物が野生化している。過剰な繁殖を抑制する遺伝子操作はいつの間にか力を失い、地球の自然と大して変わらない生態系が完成していた。
とはいえ、結局は廃コロニーの中。一見開けた世界に見えても、実際は壁に囲まれ、その外側は死の世界。決して出られない、牢獄の中。
だから放鳥する時は、こうやって願いを込める。あわよくば、自由を謳歌してほしい。壁に囲まれた不自由な世界に、気付かないでいてほしい。でも、できれば、本当に自由な世界に翔んでいってほしい。
・・・不自由な世界に産まれ、気付いてしまう、僕らと違って。
僕らに、人権は無かった。
国に納めるお金、住民登録料。それが支払われる前に、僕は天涯孤独になった。
治安なんてものがない街の片隅で、飢えに苦しみ、国軍の弾圧や人さらいにおびえた。
初めて死にたいと思ったのは、5つの時だった。生身で宇宙に出れば、一瞬で意識を失って楽になれると思った。
そんな時、宇宙港で見つけたのが、サロスだった。僕よりずっと無力で、でも力強く生きようとする存在に、初めて出会った。
彼女は、名前がなかった。着ていた宇宙服にも、どこにも書かれていなかった。だから、僕は彼女に名前を付けた。せめて、平均寿命以上は生きてくれって。・・・あと、4年か。
僕は、兄として彼女を育てた。ゴミあさりに、密航、なんでもやった。貨物室に隠れられる小さな体に感謝したのは、一度や二度じゃない。
そんな中でも、優しい人には出会えた。特に、僕より小さな女の子が、搾りたての牛乳を譲ってくれた時。その優しくて綺麗な瞳は、髪は、今でも忘れられない。
サロスがやっと言葉を話し始めたころ、親父に出会った。・・・今でも、焼き付いている。滲んだ目にもはっきりと映る、荒鷲の両翼。人買いを機体ごと引き裂く、獅子の爪。妹を無傷で救いだした、
それから、親父の言うことに、組織の掟に逆らったことはなかった。
いや、たった一度だけ。
それは、3年と、少し前の話になる。
当時、“孤狼の群”には有力な協力者がいた。それこそ、政界にいる協力者よりも、ある意味強い力を持っていた。
その名は、アンシャ・マイスター。当然、偽名だろうけど、その名を知らないものはいない、凄腕のハッカーだ。犯行声明を見た政府関係者は、さぞかし寿命が縮んだだろう。
彼女との連絡係を任せられていたのが、サロスだった。見れば、情報のやりとり以外にも、とめどない話もたくさんしていた。それを見て、きっと、サロスと同年代の女の子なんだと思った。だからか、いつの間にか僕の中での三人称が、彼女になっていた。
そして、僕がたまたまサロスの端末を見てしまった時だった。ちょうど、アンシャからメッセージが届いた。
それで僕は、アンシャが国軍に潜入しようとしていることを知った。きっと彼女の夢、
ゾッとする一方、すごいとも思った。これが成功したら、ゴールが一気に近づくんじゃないかって。
・・・でも僕は、サロスの端末で、サロスのID偽装を頼んだ。いや、正確には、できるんじゃないかって、かまをかけただけのつもりだった。サロスだけでも
当日、サロスは普通の女の子のように、おしゃれ、じゃなくて変装をして行った。もちろん、サロスはあくまで作戦のためだと思って出かけた。
親父には、適当にごまかした。
でも、サロスはその日のうちに、ぐちゃぐちゃな顔をして帰ってきた。聞けば、待ち合わせ場所に、それらしい人は来なかった。すっかり周りが暗くなった時に、メッセージが届いた。ただ一行、こう綴られていた。
[やっぱり君も、そっち側だったんだね。]
・・・僕のせいだ。
僕があんなことを言ったから、アンシャは僕らに失望した。
僕が欲を出したから、組織は有力な仲間を失った。
僕がいらないおせっかいをしたから、妹は友達を失った。
結局最期まで、親父にも言えなかった。
裏切り者なら、殺す。兄貴でも。その言葉を聞いたとき、胸が締め付けられた。
僕は、この命をサロスのために使おうと決めた。
きっと、今がその時だ。
・・・銀色の巨人の影が見えた。ぐんぐんと距離を縮めてくる。
大昔に廃棄された、マスドライバー施設。整備チームに居た頃、これを武器として利用できないか、いじっていた時期がある。なんとか起動までは成功したものの、結局使い道がない、ということになった。
でもだからこそ、この施設の構造は熟知している。まず、できるだけ奥の格納庫に、ジャバウォックを隠す、ことにした。
・・・なんとか、目立たない場所に隠すことが出来た。わずか数分のはずなのに、それは永遠にも感じた。
あとはこの施設の中で、ここから引き離すように、鬼ごっこを続けるだけ。
問題は、どんなルートで逃げればいいか・・・。
そう考えていると、急に格納庫に続く搬送路が、明るく、照らされた。
「・・・うぐっ!?熱ッ!?」
・・・炎だ。しまった、見つかった。
逃げようと思った瞬間、突然、オープンチャンネルのコール音が響いた。短距離通信。なら相手は、目の前の敵、それ以外にいない。もう、何でもいい。時間を稼げるなら。
「・・・聞こえるか?妾は法務大臣直属、特命執行官、ダージュ・オリオンである。」
・・・女の、人?
「そこの男、おとなしく、ジャバウォックの隠し場所を吐け。」
・・・交渉、する気、なのか?
「貴様、なぜ黙っておる。この広い施設を虱潰しに探させる気か?この妾に。」
敵は、1人。
見たことがない外観。銀色の装甲に、全身に施されたウサギのような意匠。
そして、機体の周りで、変幻自在に舞う炎。確信した。フェアリーテイル・シリーズ。
普段なら、絶対勝てない相手。目の前で焼き尽くされたコンテナと、自分を、重ねた。
・・・でも、今、油断、している。今ならやれる!
右腕には、何世代か前の、型落ち品のビームライフル。めったなことでは使えなかった、貴重品。何の因果か、ずっと昔、この施設で拾ったものだ。
「くっ・・・くらえ!」
僕は、撃った。ターゲットは、たぶんハッチのある鳩尾。狙いは、正確だったはず。
でも、放たれた光線は、銀色の巨人には届かなかった。
・・・炎が、壁に?
僕と敵の間には、炎の塊が出現していた。まさかあれで、ビームを防いだの。
・・・だとしても、まさか、粒子ピーム以上の熱密度の炎?それは、炎と呼んでいいもの?
「交渉決裂。・・・焦がすか。」
周囲で舞い踊っていた炎が、一塊になる。そして、全身を飲み込むほどの太さの円柱に変わって、襲い掛かってくる。一瞬、爆死したダニーの最期が頭を過った。でも、躱せないほどじゃない。ジャバウォックから離れるように回避する!だめだった、回避しきれなかった。炎は、大きくカーブを描いて、全身を飲み込み、焼き尽くした。
「うわああああっ!」
・・・あれ?なんで、意識が。ここは、あの世?
「・・・なぜじゃ。なぜファシネイターの火炎に耐えられる?」
女の人の、声が聞えた。と、いうことは。
「・・・え?生きて・・・る?」
・・・そうだった。確か、この時代の
でも、その耐熱性は専用の
恐れていた通りだった。貫通した熱が、全身の皮膚を焦がす。ただれた皮膚が貼りつき、下着との境界があいまいになる。体のどこかしらを動かすたびに、激痛が走る。
僕は、痛みに耐え、見慣れた建物の中、回れ右した愛機を走らせる。
逃げるんだ。
いや、まずは引き離すんだ。
全身が、焼けつくように、痛い。
きっと、体のあちこちに水ぶくれができ始めている。
逃げた。
逃げた。
とにかく逃げた。
でも、その鬼ごっこも、もう終わる。
マスドライバーの射出口。とうとう、外まで出てしまった。
射出口が向く方角に、光が瞬いている。実体弾のマズルフラッシュ。続けて、たくさんの光が、ずっと昔に見た花火のように咲いた。あれが、全部ミサイルの爆発光だったら・・・。寒気がした。戦っているのか、サロスが。逃げ切れなかったのか。
もう、見たくなかった。でも、もっと見たくないものにさえぎられて、見えなくなった。光と僕との間に挟まるように、まだ来ないと思っていた銀色の巨人が、目の前にいた。
・・・痛みと震えで、もう、操縦もままならない。どうすればいいんだろう。
「はあ、あっちを先に捕らえておけばよかったのう。」
・・・突然声が聞えた。通信は、まだつながっていた。
「・・・え?」
「そうすれば、貴様に隠し場所を吐かせられただろうに。」
・・・サロスの、ことなのか?
「サロスの、ことを、言って。」
「ほう、やはり貴様らは、そういう関係か。」
いやらしい、含みを持たせた、べとついた声色。僕は、その言葉の意味を、察した。
・・・でも、違う。
「・・・違う!妹だ!血が、つながって、いなくても、妹だ!」
すると相手は、耳障りなほど高い声で笑いだした。
「・・・嘘をつくな。欲望の無い男など、いるはずもなし。認めよ。認めて洗いざらい吐け。さすれば、楽に屠ると約束しよう。愛する女が、あの下種の玩具にされるのを見る前に。」
なぜだろう、震えが止まった。いつぶりだろう、こんなに、戦いに、集中できたのは。
「・・・確かに、やましい、気持ちを、持ったこと、がないなんて・・・ウソになる。」
確か、出会ってからちょうど七年目。かわいく、なったな、と思った。
確か、十年目、おしゃれをして、出かけて行ったとき。美人に、なったな、と思った。
そして、時々妄想する。
きっと、いつか誰かと、結婚した時、僕は、泣くだろう。甥っ子や、姪っ子が、生まれても、きっと、泣く、だろうね。
出来れば、独り占めしたいと思ったことも、一度や二度じゃない。
「・・・でも。」
頬の火傷が、痛い。すごく、沁みる。
「・・・幸せに、なって、ほしい、から。」
「・・・はぁ?」
・・・ほんの数秒、相手が上の空になったと感じた。感傷に浸っている、時間はない。
「・・・今だあッ!」
僕は、愛機の足元の、長方形を思いっきり蹴っ飛ばす。
それは、このマスドライバーの遮断機。それを
頼む、できればあっちは、このまま飛ばされてくれ!
・・・でも相手は、吹き飛ばされそうになりながらも、こらえていた。
「見事!だがのう・・・残念!ファシネイターの脚にも、爪はある!マスドライバーといえど、飛ばされは・・・!妾の慈愛を無下にした罪、煉獄で贖え!!」
ファシネイターと呼ばれた機体の全身から、灼熱の炎が噴き出る。
このまま飛ばされてくれなければ、僕は焼き尽くされるだろう。
・・・まさか、嘘だ、と思った。
言う必要もないのに、そのはずなのに、僕は思わず、それを口に出していた。
「・・・それは、どうかな!」
・・・まさか、こんなにうまくいくなんて!
「・・・!?なんじゃ!?妾の、ファシネイターの炎が!?」
そう。その通り。その炎は、僕には届かない。計算通り、レールに沿って、反対方向に、真っ直ぐに、一条の線になって撃ち出されている。
「・・・知らなかった、のかな?炎は、一定の温度を、超えると、プラズマになる。プラズマは、強い電荷を帯びる。そして、それは、磁界に、影響を、受ける。」
「・・・はあ!?妾は知らぬぞ!?」
「マスドライバーは・・・強力な、電磁力で、物体を、打ち出す。宇宙船の、加速用、だったから、小さな、物体は、仕様外。そんな、大きな、弾は、ないし、攻撃用、
「・・・り、理系は苦手じゃ!やめんか!!」
「・・・でも、その電磁力は、桁違いだ。その影響を、受けた、プラズマは、もう、前に、進む、ことは、無い。そのまま、反対方向へ、どこまでも、飛んでいく。」
でも、女の人は、あきらめない。
「・・・それが、どうした?そんなオンボロ、いつまで保つか。・・・止まり次第、焼き殺す!・・・!?・・・なんじゃ、動きが!?」
ここまでは、計算通りだった。ここから先は、賭けだ。
「僕は、ハウピュ・・・のフレーム構造を見た時、驚いた。動力、となる、シリンダーには、“純水“が、満たされて、いた。・・・僕は、思った。この機体は、固有特性で、水を動かして、動いて、いたんじゃないかって。」
女の人は、とうとう黙ってしまった。理解できていないようだった。
「だから、ここからは賭けだ。水を操る・・・ジークさんの、機体と、炎を、操る、あなたの、機体。基本、構造が、同じ、姉妹機、なんじゃ、ないかって、思った。だから、弱点も、同じ、じゃないかって、考えた。」
女の人は、鈍いと言われる僕でもわかるくらいに、焦りだした。
「・・・なんじゃ!?なんの、警告じゃ!?」
そう、もうそろそろ、時間になる。シリンダーとタンクの容量が、同じと仮定すれば。
「炎を、出しすぎると、動力用の、それが、足りなく、なって、動きは、鈍り、いずれは、沈黙、する。・・・はず。賭けは・・・。」
「おのれえええええ!!!」
「僕の・・・。」
「おのれおのれおの・・・(ブツッ)・・・もう・・・もど(ザザッ)・・とう・・(ブツッ)・・・」
「勝ちだ・・・。」
やがて、敵は、ぴくりとも、動かなくなった。
全身が、熱くて、痛い。
でも、やらなきゃ。
痛む体を無理に動かして、必死で宇宙を遊泳する。
ハッチの手動開閉レバーは・・・あった。
やっぱり、すごく熱い。
火傷が筋肉に達したのか、左手がこれを最後に、動かなくなった。
引いたら・・・ゆっくり・・・開いた。
中には、女の人がいた。
・・・その整った顔からも、その性格と、彼女が歩んだ人生が、にじみ出ていた。
通信で聞いた声のイメージと、これ以上なく合っていた。
拳銃は・・・ある。
滅多に使わないけど、使い方は、わかる。構え方も、当て方も。
右手なら、まだ動く。
男が女の子に手をあげるのは最低だって。記憶の片隅にある、多分、本当の父さんの言葉だ。
でも、僕は・・・。
「でも、僕は!男で、ある、前に、サロスの・・・!」
だから、僕は・・・僕は・・・この人を・・・撃つ・・・撃たなきゃ・・・撃てよ、僕の!
「・・・ひぃっ!・・・・・・・・・?」
ゆびが・・・うご・・・。
もう・・・げんか・・・。
8.
—————首都中心街・街頭防犯カメラの記録映像—————
巨大な人の下半身が、右側から入り、左側にフレームアウトする。
その後ろを、小柄な少女が2人、追いかける。
少女たちが、カメラの前で立ち止まる。
2人は声を殺して、話し始める。
「×××って、こんなに頭良かったっけ?警備は内側ほど薄くなって、この辺りにはほとんどいない。確かに楽にはなったけど、どうやって逃げるつもり?」
「・・・さあ。」
1人の少女が左側を向き、声を張り上げる。
「おーい、×××!これから、どこ行くの?」
左端に、再び足先が映る。
スピーカーから、声がする。
「・・・防衛庁舎。」
少女は、更に言う。
「・・・バカ?」
スピーカーの声は、言葉を返す。
「もちろん、先にお前らを逃がすさ。たぶんあとちょっとで港だから、辛抱な。」
少女の言葉の怒気が、強くなる。
「・・・ボクらが捕まってたところ、何処か覚えてる?」
「・・・え?」
「正門前!宇宙港は、目と鼻の先!つまり真逆!第二目標に、一直線!」
「・・・そうなの?」
「勘任せも、いい加減にしてよ!」
「・・・
しばらく、言い合いは続く。
もう1人の少女が、会話を遮る。
「・・・待って、××。何か、来る。」
「・・・え?増援にしては、早すぎない?」
地響きと共に、右側にもう一つ、下半身が映り込む。
スピーカーの声が言う。
「・・・剣聖、セロ。」
・・・以降、カメラの破損により、記録なし。
9.
「・・・まずい、推進剤が、切れる。」
やっぱり兄貴は、どっか抜けてる。
ついでに、気分も最悪。たった今、すっごく嫌なメッセージを受け取った。何様のつもり?でも、あれから逃げられない以上、それに縋るしかないのが腹立たしい。
あのデカブツとの距離が、少しずつ、でも着実に縮まっていく。
・・・いくら鈍重でも、フェアリーテイル・シリーズは永久機関を搭載しているのもあるって。そんなのと鬼ごっこなんて、成立するはずないでしょ、バカ兄貴。
そう思った時、鳴った短距離通信のコール音。しめた、使える、と思った。
・・・でも、そのすぐあと、後悔した。
「我は法務大臣直属の特命執行官である・・・。」
・・・なんて気持ち悪い声。思わず、耳をふさいだ。ああ、でも会話を長引かせなきゃ。
「・・・であるからして、投降したまえ。そして、ハゥフューレとジークリンデ・アジュールも引き渡したまえ。」
するわけない、というか・・・正直自分でも、どこか分からないんだもん。だって、適当なデブリの影に適当に置いてきたし。
そっか、逃げ続ける必要、なかったんだ。あそこで隠れてればよかったんだ。兄貴は、そこまで考えてたんだ。でも、もう遅いよね。
それに、それとは別に、作戦もあるし。
「教える気は、ない。」
これにだけは、服従したくない。嫌な予感しかしない。
「フッフッフ、仲間意識か、それとも意地か、信念か。だがしかし、その信念すらもこの俺に勝るものはないだろう!大人しく降伏したまえ!」
・・・何言ってんだ、こいつ。
「貴様のような、最初から現在まで底辺にいたものには決して味わえない、天国からの落差ゆえの地獄を味わったからなあ!」
・・・はい?
「・・・落差?」
あ、返事しちゃった。
「聞きたいか?聞きたいようだな。聞かせてやろう。俺は29年前、軍高官の子息として生を受けたのだ。当然士官学校を主席卒業し、元帥閣下から直々に階級章を手渡されることを皮切りに、エリート軍人としての一生を送る、はずだった。自慢じゃないが、当時の俺は女に困らなかった。金と権力を活用すれば、世間のルールというものをろくに理解していない女が起こすような多少のトラブル程度はもみ消せたしな。だが、あの女は別だった。下々の生まれの分際で、あらゆる分野で常に俺のはるか・・・もとい一歩先を行く。中間考査の際、俺が主席はおろか次席にすら入れなかったのは、あの女のせいで間違いない。だが慈悲深く紳士的な俺はあの女に、お前も俺のモノになるなら許してやろうと持ち掛けた。イエス以外の返事は想定していなかったが、あの女はそれを不敬にも裏切った。在学中は不純異性交遊禁止、他に慕う男がいる、などといった言い訳を並べ立ててきたので、照れ隠しの言い訳なのかと迫ったら、家族を人質に泣き寝入りをした友達から除籍モノの証拠を預かっている、今すぐ考えを改めろという見当違いの開き直りをしたものだから、いつも通り力づくで分からせてやろうとしたが、その時はたまたま体調が悪く、軽くひねられた挙句にこれが最後通告だと捨て台詞を吐かれた。当然家名に傷を付けた無礼者を許すわけにはいかないので、足のつかない不法居住者を十人ほど雇って、正当な結果を勝ち取ろうとした。各々の強さは俺自身が確かめたから今度こそうまくいくと思っていたが、不運なことに全員が全員当日の体調が悪く、そのまま襲撃の事実と預かっていた証拠を憲兵に提出されてしまった。だが憲兵隊捜査団も、なぜか父上まで明らかに捏造である証拠を信じてしまい、俺は士官学校を除籍。身に覚えの無い罪で謝罪行脚をさせられた挙句、親子の縁まで切られて追放されたのだ。その後は10年以上スラム街を転々とし、いつか見返してやろうという野望を胸に抱き、なんとか生き延びていたのだ。だがついに、日ごろの行いの良さがついに報われたのか、とある人物からこのロットバルトをもらい受け、法務大臣の直属、特別執行官へと上り詰めたのだ。」
・・・は?
漫画だったら、といってもゴミ捨て場から拾ってきた数冊しか読んだことないんだけど、作者直々に吹き出しに(※読まなくていいです)って書かれてそうな、中身も無い長台詞を、息継ぎすらせず、言い切った。その点だけは、素直に尊敬できそうな気がした。
「どうだ?かわいそうだろう。そしてそこからの逆転劇にほれぼれしただろう。手配写真を見たが、体はともかく顔は惜しい。今すぐ服従するなら、俺の底辺からの成り上がり人生の1ページに加えてやってもいいぞ?」
・・・は?
「・・・フフフ、魅力的過ぎて言葉も出ないか。」
もう無理。作戦とか、もうどうでもいい。
一刻も早く、この気持ち悪い生き物を排除したい。
右腕が保持する、80mm機関銃、残弾は満タン。要塞の外壁すら貫く、重合金徹甲弾。多分よそ見してるアレの
・・・銃爪を、引く!
・・・宇宙空間では音が聞こえない。
でも、発射時の閃光はカメラを通じて、振動は機体フレームをとおして伝わってくる。
普通なら、十数秒も発射し続ければ、標的は穴だらけになって、
それだけの威力は、十分あったはず。
発射残滓がデブリとなって、視界を覆う。
反撃は、無い。
残弾はゼロ。念のため、弾倉を予備に交換する。
ゆっくりと、徐々にデブリの霞が晴れていく。
敵の影は、未だに人型を保っている。
でも、それでいい。
きっと、穴だらけに・・・。
「・・・え?」
弾痕すらついていない・・・効かない!?
「・・・所詮、お前もあの女と同じかァ!」
理由の分からない怒りと共に、全身から、何処からともなく、“何か”が大量に射出された。
それは、数十にも上り、残光を残しながら、それぞれが独自のルートをたどり、一様にこっちの方へと襲来する。
つまり、あれは・・・ミサイル!?量が、多すぎる!
「・・・これが、アレの固有特性!?」
「フッフッフ、そう見えるだろうな。だがまだ使わん!何より、貴様ごときの知能では理解できまい!」
多い、多すぎる。機関銃の斉射でなんとか7割くらいは叩き落せる。でも、撃ち洩らしたものが、少しずつ装甲を削り、機体にダメージを蓄積させていく。
「フフフ、どうした。それでもエース格の1人か?このままでは、固有特性を使うまでもなく終わってしまうぞぉ!」
「・・・くっ・・・なめるな!」
・・・どれだけの時間、戦っただろう。一番先に使い果たしたのは、弾だった。趣味じゃないからってビーム兵装を積んでなかったのを、心の底から後悔した。
やがてミサイルを迎撃できなくなって、片脚はもがれ、左腕は吹き飛ばされ、残った部品で姿勢制御をするのがやっとだった。
「・・・やはり、弱い。だが、俺は慈悲深いのでな。今からでも絶対服従を誓うなら、生きる権利をやろう。」
もう、頭も限界だ。考えたことが、全部、口に出る。
「・・・助けて・・・。」
「・・・う~ん?聞こえないぞぉ~?」
「・・・助けて・・・兄さ・・・。」
目の前が、もう、真っ暗だ。
真っ暗で、何も見えない。
「・・・幸せに、なって・・・。」
幻聴まで、聴こえてきた。
そんな中、目の前が、次の瞬間、急激に明るくなった。
・・・炎だ。
目の前を、巨大な炎の塊が横切った。
その炎が、汚い鳥を、汚い焼き鳥に変えていく。
やがて、その巨体は炎に隠れ、影すらも見えなくなる。
「うぐっ・・・ぬおおおおっ!あの役立たずの売女め!ついに脳まで腐ったか!?」
いや、違う。
炎が来たのは、マスドライバーの方向だ。
きっと兄貴だ。
兄貴がやってくれた。
方法はさっぱりわからないけど、きっとうまくやってくれた。
「こんなに出していたらガス欠を起こすぞ!おおお・・・おお・・・。」
こっちが使える武器は、右腕の、レーザーダガー。
どっちにせよ、もう動けない。
何もできないまま、おそらく数分が経過する。戦闘開始直後からずっとつながっていた通信は、今、遮断された。
やがて炎は通り過ぎ、辺りは闇に包まれる。
目が慣れるまでの数秒間で、ウチは祈った。
あわよくば、跡形もなく蒸発していてほしい。
もう二度と、姿を見せないでほしい。
・・・先に、通信が復帰した。
・・・二度と聞きたくなかった声が、
・・・ウソだ。
あれを、耐えた?
「お前にこの世の真理を教えてやろう・・・。所詮量産機はガ・・・いや、フェアリーテイル・シリーズには勝てない。」
・・・ウソだ。あと、一歩だったのに。
そう思った矢先、
「そしてもう一つ教えてやろう・・・女より男の方が、強い・・・!」
・・・それに続く通知音を聞いて、やっと安心できた。
本当に、不快だった。
ここ数分の通信履歴を、自分の脳から削除したい。
「どんな仕様よ、音声通信に紛れ込ませるウイルスなんて。」
兄貴と別れた直後、ずっと変えていないダイレクトアドレスに、こんなメッセージと、激重の添付ファイルが届いた。
・・・ウソ。アンシャから?
[ロードしたら、可能な限り敵との通信を長引かせてネ♡]
・・・メッセージを読んだとき、正直殺意が芽生えた。
でも、信じるか、信じないか。・・・信じるしかない。
音声パケットの中に、検出困難なウイルスを数ビット単位に分割して混入させる。音声処理のプロセッサから徐々に感染させて、そこから各モジュールの相互確認機能を逆用して、ネズミ算式に浸食。最後は機体制御すら乗っ取る。
フレームが特別でも、
「何故だ・・・何故動けない・・・ロットバルトォ!」
その質問に答えるように、アンシャからメッセージが届いた。
[一言で言うなら友情パワー・・・ゴメンネ]
もう、本当にさぁ。
さっきはごめんね、ダニー。夢なら、あるよ。たくさん。
「まず、お腹いっぱい、ご飯を食べること!」
台詞と共に、レーザーダガーを叩き込む。目標は、もちろん腹。分厚い壁に覆われた、
「うぐあああああっ!?」
流石に、貫通はできなかった。でも、装甲に大穴を空けることには成功した。乗っていたウチの相棒は、最後の仕事を果たしたかのように、動かなくなった。ウチは
手には拳銃。でも、ウチは、兄貴とは違う。あの白いチビとも違う。
敵なら、撃ち殺せる。
・・・そのはずだから。
ハッチに開いた大穴の先に、男の姿が覗く。体格はけた違い。身長はたぶん、ウチの二倍はある。でも、なにより視線を吸い寄せたのは、男の顔だった。よどんだ水底のヘドロを煮詰めたような眼をしていた。
・・・男はまだ諦めてはいなかった。
両腕を広げて、何か叫びながら、こっちに襲いかかってくる。
「こちらのスーツは特注の装甲型だ!銃なんてものは効かないぞ!つまり、腕力で勝る俺が有利だ!所詮は女ごときが!」
一瞬だけ、びくっとした。
・・・でも、ヘルメットの奥に見える、汚物のような眼を見ていると、腹の底から熱い何かが沸き上がってくる。
・・・射殺はしない。簡単には、終わらせない。腹の中のモノ、全部ぶつけなきゃ、収まらない。
・・・少しだけ、考えた。いくら装甲型のスーツとはいえ、関節部の柔軟性は必要。つまり、関節技は、相変わらず効くということ。
まず、自分の体で一番嫌いな部分に伸ばされた、無駄にでかく無駄に太い男の右腕を掴み、腕と上半身の筋肉を全部使って捻り上げる。
「あがががががが?!」
たまらず、男は悲鳴をあげる。聞くに耐えない、不快な声だ。
そして、目の前の糞野郎の、汚いうめき声にかき消されないよう、ウチは、めいっぱい声を張り上げた。
「頭を使えないおまえに、この世の真理を教えてやる・・・!勝負の世界に、性別なんて関係ない。負けられない理由がある方が、勝つ!・・・そして!」
そのまま全身を回転させて前面に回り込むと、右足を、振り子のように大きく後ろに引く。
右足の筋肉に、全身全霊の力を込める。一瞬、ヘドロのような目が視界に入った。見ると、涙が滲んでいる。でも、止める理由はもう無い!
「1人より、2人。2人より、3人が・・・強い!!」
「ぬおごぉおおお!?」
長いストロークで加速された右膝は、最も柔軟性が必要で防御の薄い部位、股関節へと吸い込まれ、深く、深くめり込んだ。なぜここにガードを張っていなかったかなんて、考えたくもないけど。
やがて汚物のような眼球がぐるりと回って白一色になり、ヘルメットの中は、吐瀉物で埋め尽くされていった。
さすがに、もう、たたかえない、よね。
ありがとう、兄さん。
ありがとう、ダニー。
ありがとう・・・アンシャ。
本当は、嬉しかった。
すごく、疲れた。
もう、このまま、眠ってしまいたいな。
・・・あれ?
遠くに、人影?
兄貴・・・じゃ、ない?
嘘だ。
夢は、たくさんあるけど。
嫌だ。
最後の、夢は。
兄さんの、隣に。
10.
—————憲兵隊ドローンカメラの記録映像(撮影:首都中心街・南北大通り)—————
マルクバーシュ2機、確認。
大通りにて直立、向かい合う姿勢にて硬直。
以下、北をAとする。レーザーダガーを二本両腕に装備。ID照合:ベルク・ストライカ少尉。
以下、南をBとする。ヒートジャベリンおよびビームブレードを装備。ID照合:セロ・ヌメロ中佐。
付近に、二名を確認。詳細不明。顔認証、失敗。
発声を確認。軍規113条に従い、記録開始。声紋特定、発信源A。
A「・・・剣聖、セロ。贅沢だな。」
発声を確認。追加声紋特定、発信源B。
B「・・・ベルク・ストライカ。士官学校、近接格闘技能上位更新者。捜索から帰ったばかりというのに。だがこの機を逃せば、相まみえることはないだろうと。」
A「別に、殺す気はねーよ。」
B「侮辱の意図はないだろうが、気を付けろ。・・・聞くぞ、何故フランベルを名乗る。」
10.25秒の沈黙
A「アンタが後生大事にしてるお面と、同じ理由かな。」
B「さすれば・・・これより、セロ・フランベルとして相手をしよう。」
A「・・・兄ちゃんの。なら、なおさら負けるか。」
B「今こそ、機関の呪いを振り払う。そして勝利を、最愛のエカテリーナに捧ぐ。」
A「・・・ここは式場か?こっちは、友人席でいいのか?あんま仲良くないぞ。」
B「願わくば、誉ある闘いを。」
A「じゃねえ。これは、ケンカだ!」
以降、会話停止。
・・・同座標付近、人勧センサに追加の反応あり、人数、2名以上。特徴点照合・・・
カメラモードをハイレートに変更。詳細な記録に最大限のリソースを充当。
映像記録開始。
チェックポイント作成。
・・・ドローン後方に熱源を検知。回避行動試行・・・失敗。発生源、不明。エラータイプ・索敵範囲外。最新のタイムスタンプまでの記録、および最新記録音声の未圧縮データを本部サーバに転送。・・・完了。ダメコン処理の後、墜落、機能停止処理開始。
以下、未圧縮・暗号化録音データ。
「・・・来るさ、アイツは
(情報重要度)<(機密保持規定)と判定、自動消去。
11.
「・・・サロス?」
なんだろう、嫌な予感がする。
「・・・こちら、後衛隊・第1分隊。・・・大破した未登録旧型
・・・だれか、ぼくの・・・からだに・・・さわって。
・・・こえ・・・でない・・・。
「・・・やめぬか!・・・触るな!妾を誰と心得る!妾は法務大臣直属の特命執行官であるぞ!!そうじゃ!命令じゃ!この薄汚い餓鬼を殺せ!今すぐに!!」
女の人も、捕まっていた。
「そうですか。私は後衛隊隊長、アハマ・コウ少佐と申します。・・・残念ですが、貴女も、そのような組織も、存じ上げません。・・・作戦妨害の現行犯として、拘束させていただきます。」
「・・・くっ!離せ!馬鹿者が、離せぇ!!犯罪者は貴様らじゃ!あとでどうなるか!」
「5名と、0名。」
「・・・?」
「5名と、0名です。我々を馬鹿呼ばわりするほど頭が良いなら、わかりますよね。」
「・・・し、知るか!!」
「作戦中、あなたが焼き殺した仲間の数と、そこのテロリストが殺した数です。・・・正直、ここにいる10名は・・・必死にこらえているのですよ。貴女を誤射してしまうことを。」
「うっ・・・!」
女の人が、大人しくなった。
「・・・よし、拘束を続けろ。」
あ・・・まずい・・・僕の・・・方にも・・・人が・・・。
捕まる・・・でも・・・さくせん・・・つづけなきゃ・・・。
「でも・・・せめて・・・かっこつけて・・・送り・・・だしたい・・・。ジャバボ・・・ハウヒュ・・・最期・・・くらい・・・噛みたく・・・。フェアリ・・・長くて・・・呼び辛・・・?」
「隊長、ジャバウォックおよび未知のフェアリーテイル・シリーズ、鹵獲しました。」
「わかった。輸送班と、医療班を呼べ。」
報告を聞いた人は、僕に、向き直った。
「・・・“孤狼の群“構成員のケーニヒ・ヴォルフォントだな。意識はあるようだが、かなりの重傷だ。医療班の手配を優先しろ。・・・わかった。ハゥフューレの鹵獲も、もう一名の確保も完了したか。」
・・・そんな・・・サロス・・・。
・・・でも・・・やらなきゃ・・・。
僕の両側を、兵士が固めた。僕の顔を、じっと見ている。でも、やらなきゃ、せめて、最期に。
「・・・短い・・なんて・・・スラング?・・・だっけ・・・か。・・・ラビスが・・・親父の・・・バルダンディ・・・こう・・・呼んでた・・・。」
「・・・譫言か。こりゃあ、助からんかもしれんぞ。救命カプセルを急げ!」
「そうだ・・・おもい・・・だした。・・・そうだ・・・が・・・だ・・・」
・・・これで、いい。これさえ、言えれば、死んで、いい。
・・・最後に、決めた回線に、初めて、つなぐ。
・・・そして、作戦コードを。
「・・・敵味方共に死傷者ゼロ!繰り返す!敵味方共に死傷者ゼロ!」
・・・もっと大きな・・・声で・・・!
「フェイズ1・・・完了!フェイズ2・・・イグニッション!」
「・・・おい!貴様!どういう・・・意味だ!?」
「・・・隊長!ジャバウォックが・・・目前で、消滅!」
「・・・第二分隊より入電!・・・ハゥフューレ、消滅。」
「!?・・・そうか、偏在化か!どこかに、近くに
よし・・・いいぞ・・・慌てて・・・バレて、ない・・・。
これで・・・主犯は・・・僕だ・・・サロスだけ・・・従犯・・・失敗しても・・・助かる・・・。
・・・でも・・・せいこう・・・して・・・ほしい・・・な・・・
だったら・・・あと・・・は・・・。
「・・・がん・・・ばれ・・・ジーク・・・ムクロ!」
「いや、待て!准将殿から、新たな指令が!」
・・・で、応援したいの、あと・・・
「・・・負けるなぁ!・・・征けぇ・・・!」
もっと・・・こえ・・・を・・・
「・・・我々は、嵌められ・・・」
「と・・・べ・・・」
・・・翔べ!・・・ガンダム!!
12.
首都中心街南北大通り。
2機のマルクバーシュが、死力を尽くして戦う。
一方は、レーザーダガーを両手に握り、曲芸師のように舞う。操るは、ベルク・ストライカ少尉。
もう一方は、ヒートジャベリンとビームブレードを手に、仕合のように整然と振る舞う。駆るは、セロ・ヌメロ中佐。
攻防は、一進一退。
ダガーの一刺しをジャベリンでいなし、ビームブレードの一振りを腕ごと蹴りつけて受け止める。そんな攻防が、2分近く続いていた。
長い。まだか。
闘いが動くのに、そう時間はかからなかった。左のビームブレードが、薄暗い路地に迫る。光で照らされ、彼女らは気がついた。人が居る、2人いる。もう一機は、咄嗟に彼女たちを守ろうとした。振りかぶったレーザーダガーを収め、転がり込み、胴体を盾にしようとする。おそらく、彼女は考えて行動してはいなかった。相対する相手が、庇った相手をどうこうする戦士ではないと分かりかけていたが、それでも体は反射的に動いてしまった。彼女は今、敵対者に急所を晒していた。無防備だった。
「不本意ながら、御免!」
その声と共に、振り上げられたヒートジャベリンが、敵機の胸元に迫る。なぜか今日に限って、不殺をして回っている彼女とは違う。彼は今、確実に
僅かに躊躇しながらも、彼が一歩乗り出そうとしたその時だった。大規模避難が敷かれ、閑静な首都。その暗い上空に、流れるはずの無い流星が、一筋、走った。流星は、槍を掲げる巨人の腕を撃ち抜き、取り落とさせた。高熱の槍が石畳を貫き、上水道を破壊。足元にはたちまち水があふれ、湯気は靄となり、全てを隠していった。
視界が靄にすっかり覆われたころに、地響きが、一つした。一機の巨人が、地に伏し、力を失った。その胸には短刀が、深々と突き刺さっていた。
「悪く思うな。これは、ケンカだ。」
勝敗は明らか。勝利の女神は、若き女戦士に微笑んだ。霧の中無数の火花が、まるで勝者を称えるかのように、降り注いでいた。
・・・誰もが、そう思っただろう。
「・・・互いにな。」
倒れ伏した敗者は言う。その言葉通り、勝利者はなぜか、その場に呆然と立ち尽くしていた。その数秒後、僅かに視界が回復し、剣聖と呼ばれた男が何を成したか明らかになった。愛機が機能停止するその間際、ビームブレードで彼女の乗機の左脛の前半分を消し飛ばしていた。
「卑怯とは、ゆめゆめ思うな。これは誅滅だ。」
・・・その言葉と時を同じくして、靄の向こうに無数の影が見えた。影は時間と共に、輪郭を明らかにし、足音はそれと共に多く、大きくなっていった。それが何か、すぐに理解した。敵機の群れ。足元には、その何倍もの数の、銃装歩兵の大群。応援が、到着した。
勝利したはずの巨人は、立ち向かおうとして、転倒した。
共に地面に這いつくばることになった相手に、剣聖は口惜しそうに言葉を続けた。
「・・・残念だが、ハゥフューレ、ジャバウォック、鹵獲完了と知らせがあった。君らの、負けだ。」
「・・・嘘だろ。」
そう呟く姿には、もはや、勝利者の威厳など欠片もなかった。
「拘束、せよ。」
巨人と兵たちは、ただただ無機質に、規則的に行進を続けた。
ガシャン。
進軍する歩兵たちの足を止めたのは、突然鳴り響いた、ガラスの割れる音だった。
彼らがその視線を音の源に向けると、靄を突っ切り、少量の破片と共に、小さな人影が飛び出した。
「隊長、民家の3階からいきなり、人影です!敵とみなし迎撃します!」
その直後、隊長と呼ばれた男の血の気が引く。
「・・・待て!あれは子供・・・。」
制止の言葉すら待たずに、彼の部下は引き金を引く。対人用バーストショックガン。貫通力は絶無に等しいが、命中した人体を、物理的に破砕する。
銃口の先の小さな人影は、見るも無残に砕け散った。靄だらけの真っ白な空に、真っ赤な花が咲いた。手足だったものが吹き飛び、頭だったものが砕け、胴体から・・・無数の紐状の物体が伸び、それらの断片を、再び人型へと成形した。
「・・・ありがとう。」
声がした。上空の死体が、喋った。
飛び出した黒い紐は、そのまま復元された五体を包み、鴉の頭骨のような兜と、四本の触角を携えた漆黒の甲冑へと変貌した。
怪物は天に向け、声高く吼え、兵士たちの耳を切り裂く。そして揺れ動く四本の触角で手近な屋上を掴み、弾丸の如き速度で靄を切り裂き、都市の中心へと飛翔した。
兵士たちは、当然の如く混乱に陥った。視覚と聴覚が制限されただけではない。それゆえに、各々の認識した現実に齟齬が生じていた。子供の姿を見た者、子供を撃ち殺す不祥事を目の当たりにした者、死体が復活した瞬間を目撃した者、怪物の姿に慄いた者。兵士たちは無駄な大声で、無意味な情報交換を続け、指揮系統は壊滅寸前だった。
「殺したのか、子供を。」
「は・・・速い!」
「紺碧の果て」
「あ、あれは、
「お・・・落ち着け、通信が、混線しているぞ!まず整理しろ!」
「藍の彼方の最果てよりも」
「銃声!?誤射か!?」
「数分と待たずに宮殿まで到達します!」
「痛え!誰か、足踏みやがった!」
「どうします、隊長!」
「灯となりて導かん」
「まずは、点呼!」
「・・・いや、待ってください!」
「この呼び声に舵を切れ」
「隊長、地表に、もう一つ人影が!」
「・・・悪い、待たせた。」
「この水浸しの床、声・・・まさかジークリンデ・アジュ・・・。」
「・・・ハゥフューレ!!」
13.
「・・・歩兵隊、退却!
蒼い巨人の出現を見て、歩兵隊には退却命令が出る。
風に流され、靄は徐々に晴れつつある。その先に見えたのは、撤収した歩兵の代わりに前進する巨人の群れ。数は、30にも満たない。なんだ、思ったより、大した数じゃなかった。
「・・・ジーク。」
「ジーク。」
「じぃくぅ・・・。」
三者三様のパターンで、彼女らは私の名前を呼ぶ。誰がどれかは、あえて言わない。
・・・が、言っておくことなら、山ほどある。
「いったい、ぜんたい・・・!何を考えて、勝手に動いてる!そもそも、頼んでないぞ!」
それどころか、かなり無茶な計画変更が必要になった。
話は、ハゥフューレがステーションの壁にクレーターを作ったところまで遡る。
フェアリーテイル・シリーズは、離れた場所にあっても操作が可能。顕在化を維持したまま、主に脳内のイメージによって。それに気づいたムクロは、ある策を立てた。ジャバウォックとハゥフューレの中に、私達2人は必ずいる、という固定概念を利用し、盲点をつく作戦を。
まずこの二機を、“孤狼の群”メンバーと一緒に撤退させる。とはいっても、一緒に行くのは誘導のためのリアウル操縦に必要な人員だけ。加えて、コンテナの中は空。それっぽく偽装しただけのハリボテだ。ついでに言えば、向かった方向も、直に本拠地へ向かうものではなかった。かのハーメス准将なら、”妖精狩り”と本拠地の特定を優先するという確信もあった。因縁で雁字搦めになった男の行動予測は容易く、一行の安全は担保されていたはずだった。
だが、その一行の中に、私達はいない。あのステーションで民間運搬船にこっそり乗り込み、積み荷に紛れて密航し、時間をかけて、無人の町中を走り抜けた。そしてリーダーの合図に合わせ、空っぽの二機を偏在化して消した。それらは
この作戦が成立した要因は、大きく分けて二つ。まず、行政が避難指示を自治体に丸投げしていたこと。避難が努力義務になっていた地域もあり、それらは外出の自粛以外は特に制限もなかった。いくら直近で左翼団体の反発があったとはいえ、流石に判断が極端すぎる。二つ目が、国内最大手のEC企業が、小規模事業者支援の名目で半非合法の運び屋と契約していたという事実。密航した船の積み荷のロゴを見て、私は愕然とした。その結果、テロの危機の中、呑気にも注文されたお急ぎ便に便乗し、防衛線の奥まで侵入できたとわけだ。・・・本当に大丈夫なのか、この国は。
きっと脱退した17名も、今頃どこかに密航している頃だろう。無事に到着しているといいが。
だが、順調に見えた中でも計算外が二つ。一つ目は、距離が離れれば離れるほど遠隔操作の精度が落ちるということ。終盤に至ってはスラスターすら動かず、ただのでくの坊になっていたと思う。もう一つは、追っ手の中にイレギュラーな存在が居たこと。さすがに、あんな化け物は予測できない。あれらが暴れたおかげでこちらの真意を読まれずに済んだ側面もあっただろうが、それを加味しても被害は甚大だった。そいつらは敗北した後、後衛隊に捕縛されたらしい。どうやら法務大臣直属と自称していたそうだが、防衛大臣兼元帥の手足のそのまた手足からすれば関係ない話だろう。
まあ、それはいい。重要なのはそんな絶望的戦力差の中で、作戦を完遂してくれた者たちがいたことだ。3人には、感謝してもしきれない。連絡の際、1人だけ声が聞えなかった。・・・だが、リーダー直々の全員生存宣言を、信じたい。本当に、すごいよ。あいつらは。私なんかよりも、ずっと。
・・・で、目の前のこいつらとは、雲泥の差。
当初の予定では、仕込んだ瞬間移動によって、外側に集中した防衛線をまんまと潜り抜ける腹積もりだった。そのまま宮殿近辺までの戦闘を全て回避し、宮殿まで到達したら防御機構の展開を誘導。そして防壁を逆用し、宮殿と外部を隔離。あとはただ、戦いを長引かせるだけ。それからは例の協力者が上手くやってくれるだろう。我ながら完璧な作戦だと思っていた。
・・・だが、こいつらが暴れたせいで、防衛線は内側に移動。百歩譲ってそのまま無双してくれればいい陽動になってくれたのだが、約一名のバカの方向音痴と”売られたケンカは買う主義”によってまんまとピンチに。おかげで満員のオーディエンスの中で、
それに、何度も言うが、助けてなんて、頼んだ覚えはない。・・・
「でも、懐かしいね。こういうの。」
搭乗が完了し、機体の収音マイクが最初に捉えたのは、カヌの声だった。
「・・・うん。ちょっと前まで、一緒にいたはずなのに。」
ナーシアも話に乗る。呑気な奴らだ。無視してもいいが、一応釘を刺しておこう。
「・・・それは、
そういえば・・・。なぜ、カヌとナーシアの声が、床より少し上から聞こえるのだろうか。下を見れば、石畳には油で書かれた図面。マルクバーシュの絵、特に脚部に、やたらと注釈が多い。・・・こいつらのやりたいことを、過去の経験から、理解した。
「ごめん、ちょっとだけ、時間稼いで。ちょっとでいいから。」
それを描いた張本人から、依頼が来た。・・・本当、いい加減にしろよ。
「・・・はいはい。」
この一連のやり取りを私は、ハゥフューレの戦闘システムを
問題児3人をハゥフューレの背に隠し、戦闘態勢に入る。残弾ゲージは、久々に満タンになっていた。
「よし、行くぞ!」
14.
「・・・うわっ!」
「・・・くそっ、やられた!」
ターミナルをピンポイントで破壊するコツは、ベルクの戦い方を見て、なんとなくわかった。加えて、レーザーダガーでしか成し遂げられなかったそれを、こっちはハイドロカノンで、中距離から為せる。
「・・・ぐぁっ!」
これで、5体目。弾は、水は、潤沢にある。すごく、戦いやすい。
だが、要因はそれだけじゃない。もう1人、味方が居るからだと気づいた。
遥か彼方から、光が飛来する。手に持った武器のみを、正確に射貫き、撃ち落す。兵士たちは、狙撃地点すら特定できていないようだ。
だが、さすがに兵士たちも無能ではない。使用銃器が有効射程10km程度のビームアサルトライフルであることから、ステルス迷彩も考慮に入れ、半径10km以内を捜索しているようだ。だが、残念ながら・・・居ないんだよ、そこには。
信じられるだろうか。人工重力の偏向すらも計算に入れ、定格射程の10倍離れた目標に的中させられる人間が居るなんて。電子照準に、人力かつ暗算で補正を入れることが出来る人間が存在するなんて。・・・いるんだよ、現実に。
だが、そんなことは問題じゃない。既に問題は山積みだが、もっと別の、重大な問題がある。
その狙撃手は、あいつは、もう軍属じゃない。元老議員の七女という呪いを断ち切り、自らの隠された才能と努力でエリート公務員の道を勝ち取った彼女を、あのバカどもはこの騒動に巻き込んだということだ。
「・・・あの、畜生!」
私は、片手間かつ全速力で通信回線を検索する。たぶん、ウイルス経由でナーシアが勝手にインストールしたドライバだろう。・・・通信先に、見慣れた名前があった。迷うことなく、その名を選択する。通信は、間もなくつながった。
「ショーシャ、お前だろ!
「・・・。」
ショーシャ・エクレイルは、しばらく沈黙した。・・・このパターンは、断り切れなくて押し切られたときの反応だ。なんというか、申し訳なくなった。
「・・・本当に、ごめん。」
つい、謝ってしまった。
「・・・謝らなくて、いいよ。」
久しぶりに聞いた声。だが、なぜだろうか。不思議と、その答えには強い意志のようなものを感じた。
「・・・そう、だな。」
まあ、今はいい。どっちにしろ、悪いのは全部あいつらだ。
5分ほど、経過しただろうか。
撃破され、山積みになった機体10機ほどがバリケードとなって、北側からの侵攻を妨害している。
だが、このままではじり貧だ。
・・・ムクロは、どうなった。
ふと思い出し、あいつが飛んでいった、南の空を眺める。
だが、
そこには、何十にも達する影が浮遊していた。
・・・軍用ドローン。しかも、黒色のそれは、主に攻撃用。小型とはいえビーム発振器を内蔵し、複数体で囲めば
まさか、もう、あれに撃ち落された・・・?
・・・と、思った矢先、影が一つ、爆散した。
何が・・・?と思っている間に、もう一つ爆ぜた。
正体が、わかった。あの、黒い線。それが重なると、影は爆散する。
・・・あの浮かぶ無数の影の中に、ムクロはいない。ドローンが反応すらできない速度で、機動で突撃し、それらの数を減らしている。だから遠くから見たら、残像で線としてしか認識できない。
影からはたびたび光が見え、ビームで反撃しているようだった。だが、効いていないのか、当たっていないのか、黒い線は、決して止まらない。相手が人でなくなった途端に、これか。強すぎる。
暫くの安堵の直後、嫌な予感が頭を過る。・・・しまった。時間をかけすぎた。
進軍は、中央、南側からも始まっていた。ナーシアからの通信によると、それらは空挺隊や対空装備に換装したものが主となっている。各地に散った隊が集まったにしては、早すぎる。・・・市街地に潜んでいたのが、対策を施した上で、改めて出てきたのか。北から、反対に回っている部隊もある。バリケードはいずれ、袋小路に変わるだろう。
・・・しまった、心底後悔した。自分の浅慮を、この国を侮っていたことを。何より仲間を、友達を罵ってきたことを。
見落としていた。ハゥフューレを呼び出すには、大量の水が要る。水道管の破壊など目立つ手段を避けて呼び出せる場所は、決して多くはなかった。呼び出せても、街中に潜んだ伏兵が出迎える算段だっただろう。彼女たちが暴れて、混乱させてくれなければ、それらに撃たれて潰されていた。強引に上空から突っ込んでも、大量の対空砲火が相手では、いずれ撃ち落されただろう。上手くいく保証なんて、なかった。・・・あるいは、どこから誘い込まれていたか、敵はどこまで保険をかけていたのか。
・・・どちらにせよ、道は最初から塞がれていた。
ごめん、ケン、サロス、ダニー・・・ムクロ。
15.
「・・・飛べよ、ジーク。飛んで躱せば、まだ何とかなる。」
・・・ベルクだった。
でも、無理だ。頭の中の理性の部分は、そう結論付けていた。
「だが、下から狙われる。」
対空装備を携えた、敵機の大群を見た。いつものように、当たり前のことを言ったつもりだった。だが相変わらず、そいつに常識は通用しなかった。
「
・・・どうやってだよ。
「もう、動けないだろ。」
脚部を抉られ、歩けなくなったはず。
「動けるさ。信じろよ、狂人メカニックと変態プログラマーを。」
・・・その言葉で、改めて確信した。あいつらは、ベルクの乗機を改修していた。あの図面は、修理、というか改造計画書。見れば、撃破した機体のパーツが、ところどころ欠損、おそらく拝借されていた。・・・あれを全部、手持ち工具で。相変わらず、メカニックとして見ても、常識はずれの馬鹿力だ。
更に、ナーシアが出張ってきたということは、おそらくリミッターも外してある。こっちは以前のソースコードが残っているので、難易度はさほどじゃないはず・・・だが。
「・・・今度こそ、爆散するぞ。」
リミッター解除の恩恵は、数倍の出力。だがその代償は、
「しねーよ。ピーキーなのが、一番しっくりくる。」
「・・・でも。」
この、“善意”に甘えていいのか分からない。そもそも、これが善意なのかもわからない。私が迷っていると、
「・・・正直、言おうか迷ってた。実はあの時、もう国を疑ってた。たぶん、今のジークと、同じ疑いを持ってた。」
ナーシアだ。
・・・心当たりが、あった。あの日の「死ぬよ。」は・・・そういう意味だったのか。
「それでボクも、ナーシアから相談されて、決めた。2人を、逃がそうって。それで、こっそりポケットにいろいろ詰め込んでおいたの。」
カヌ、お前だったのか。
「私が、ね。・・・
ショーシャだ。こんなに感情を表に出すのを見たのは、いつぶりだろうか。それは通信越しでも、映像が無くても、痛いほど伝わってきた。
「そんで、3人と違って、
・・・頼む、もうやめてくれ。
「・・・なんで、そんなに、わたし、なんかに。」
考えて言葉を発する、それすらも出来なくなっていた。ただ、頭に浮かんだ言葉を、そのまま出力しているだけ。
自分の価値が、分からない。
なんで、こんなに、才能を無駄遣いするのだろう。
なんで、みんな、こんなに優しいのだろう。
私のどこに、価値を見出しているのだろう。
いったい、何の得があるのだろう。
「わたしに、さえ、出会わなければ・・・みんな、もっと、ちがう、しあわせな、じんせい、が。」
言葉になってない言葉を遮って、4人は口々に、身勝手なことを言う。
「違う人生ねぇ・・・。あの日、入学初日にぶちのめされなきゃ、絶対拗らせて、もっと悪くなってただろうな。」
「出逢わなければなんて・・・。私は、エクレイルじゃなくていいって、言ってくれたよね。世界でただ一人の・・・だって。」
「・・・誰になんて言われても、この世に、存在していいんだって。・・・教えてくれたから。」
「あの夜、何もかも壊すために覚えた力で、何かを守ることを、教えてくれた。」
・・・ここから先の言葉は、誰が言ったか分からなかった。でも、なぜか、記憶に、はっきりと、刻み込まれている。
「やりたいことなら、今もやってる。」
「ジークの夢を、応援したい。」
「だから、力を貸すって決めた。」
「理屈じゃなくて、夢を追うジークが、好きだから。」
「・・・ありがとう。本当に、ありがとう。」
首から上を覆うシールドを、いったん解除する。瞼をぬぐってから、むき出しになった顔面を、思いっきり、ひっぱたく。
・・・痛い。私はまだ、生きている。この世に、存在している。
軍勢は、眼前に迫っている。あいつもまだ、空の上で戦っている。作戦はまだ、取り返せる。
「・・・合図はどうする。」
私は、問いかけた。
「なんでもいい。」
多分、何人かが同時に言った。
そうか、だったら・・・気合が入るものがいい。
・・・これは、いま私の目の前にあるものは・・・私の物語だ。
噴出した上水を吸収し、タンクは満タン。
スラスターを、スタンバイのまま、構える。今はすっかり下火らしいが、カタパルト発艦ってこんな感じなのかな。
カヌとナーシアの退避を確認。狙撃地点からの遮蔽物、なし。この戦況なら、きっと、なんとかなる。
大丈夫、いつでもいける。そう、私の体は返す。
改めて、めいっぱい、息を吸い込む。
・・・待たせた。
「ジークリンデ・アジュール!ハゥフューレ、行きます!!」
16.
全身のスラスターが、爆発的な勢いで推進剤を噴射した。今気づいたが、この推進剤は、常温の水蒸気だった。そのため僅かながら、地上部隊への目晦ましにはなった。
単純な、垂直飛び。一瞬で、空挺部隊が待機する上空300mに到達。空挺部隊はミサイル、ビームに滑腔砲、バリエーションに富んだ空対空兵装を構えるも、発射は叶わない。その総てが、何処からともなく飛来する流星によって、発射前に撃ち落されてゆく。被撃墜機が別の機体を巻き込んで落下していく一幕もあった。パズルゲームのスーパープレイを見ているようだ。
人工重力は、上空では弱まる。それを見計らい、スラスターを水平方向に調整、再度噴射を開始。これが、このタイプのコロニーで最も効率のいい飛行になる。欠点は、地対空攻撃に無防備になりやすいことだが、心配はない。地上には、あいつが居る。
明かりもない深夜の街並み、光の剣が舞い踊る。まるでペンライト煌めくコンサートのように見えるだろうが、だとしたらなんて寂しいライブだろうか。
あれを振っているのは、ただ1人。煌めくのは、全身に空間恐怖症かと言わんばかりに配置された、無数のビームブレード。両手、手首、肘、肩、つま先、脛、膝、あと頭。・・・数えきれない。そして、敵が密集している場所に単身突っ込み、滅多切りに暴れ回る。そして同士討ちを警戒した相手は、迂闊に動けない・・・なんだ、教官の話、ちゃんと聞いているじゃないか。さらに、地対空準備に入った機体を優先的に狙い、それでいて手足以外は狙わない。・・・器用にも程があるだろ。
まあ、模擬戦でバケモノ教官相手に一撃入れた時から、それの強さは知っていた。当時付けられた名は、バーサーカーモード。私はそれを略して、バカモードと呼んでいた。だが今は、心の底から頼もしい。
ただ、あれがムクロに見られていないことを祈ろう。あいつはすぐに影響され、何でも吸収する。ジャバウォックに
やがて、対空砲火も止み、空は再び静寂を取り戻す。どうやら国軍は防衛線を凝縮、あの場で全員を制圧する選択をしたらしい。だがそれゆえに、突破された時が弱い。
目的地が、射程距離に入る。この街で、このコロニーで、この国で最も厳かな、高く聳える建造物。それが皇の坐す、宮殿だ。アイボリーに彩られた、上品な建造物。その左側、すなわち東側に、最近建造されたばかりの防衛庁舎が鎮座する。元老院議事堂もまた、宮殿の東棟に位置する。西棟には最高司法機関である、至髙裁判所。この国の全てが、あの区画に集中している。
そしてその外周には、黄色い硝子のような壁が伸び・・・ん?
なんだ、あれは。あんなものは、無かった。黄色い、半透明の壁が、せりあがっている。このまま伸びれば、あの壁はドームのようになり、あれの内と外の全てが遮断される。
あれには、あの壁には、絶対に触れるな。私の生存本能が、脳内に警鐘を鳴らす。
ふと、その上空を見る。また一つのドローンが、ムクロによって撃ち落された。だがその落し物は、黄色い壁に触れた瞬間、潰れるでも、爆発するでもなく・・・粉微塵になって、消えた。私の脳は、記憶の中の固有名詞を繋ぎ合わせ、それに便宜上の名前を付ける。“ジヌーン”の固有特性、“絶対防御”。
・・・恐れていたことが、起きてしまった。
国軍は、中枢の守護を最優先に、方針転換したらしい。
壁が伸びる速さからして、閉じきるまで、あと10秒。ハゥフューレが半円の頭頂部に着くころには、穴の直径は1mあるかないか。でも、ムクロなら。
「・・・行け!掃除なら、もういい!」
届くように、私はそう叫ぶ。
思いを汲んでくれたのか、ムクロは鴉のような兜をこくりと頷かせると、穴から半球の中へと飛び込んでいった。
だが、私はどうする。穴はもう、3mもない。イチかバチか突っ込んで、あれのように粉微塵になるか。それとも、諦めて帰るか。
いいや、アイデアなら、ある。かなりスリリングだが、不可能じゃない。
「撃て!」
発射されるハイドロカノン、そこに飛び込む。同時にハゥフューレを偏在化させ、実体を消す。残された私は、発射された水流に乗り、穴に、突撃する!
通り抜けた瞬間の穴の直径は僅か1m。あと一瞬判断が遅れていたら、両腕は塵になっていた。
・・・と、思ったのも、つかの間。目の前に、直径1mほどの、黒い円盤。攻撃ドローン。外周が、疎らに光っている。これは、ビーム発射準備完了というサインだ。・・・これは、死んだ。
・・・待て。思い出せ。何か、あったはずだ。妙な記憶が、頭の片隅に引っかかる。
敵に向かって、腕を伸ばす。邪魔なでっぱりを押しのけ、更に腕を前に伸ばし、親指に押し付けた薬指を弾く。弾かれた薬指で、親指の付け根を、叩く。同時に、こう叫ぶ。
「“
ドローンは冷却水をまき散らしながら、水風船のように破裂した。水浸しになったそれは、煙を上げ、下へと落ちていく。締め切った空間の水、その対流を加速させ、容器を破裂させる、固有特性の応用。まさか、こんなことまでできるとは。
だが、もう時間が無い。この水流を、そのまま使う。ナイフで掌を、スーツごと斬る。機能によって止血される前に、激流の中に、身体ごと、その手を突っ込む。掌から、赤い靄が流れ出る。
そして、叫ぶ。
「ハゥ・・・フューレ!!」
叫んだ直後、ムクロと目が合う。
そして、まもなく巨大な影に遮られる。
一度黄金に染まった空が一部、蒼に染め替えられる。
蒼い巨人の腹の穴に飛び込んだ時、ムクロはそれに呼応するように、叫んだ。
「・・・来た、こっちも。ジャバウォック!!」
白い街並みの一角が、真紅に染まる。
朝焼けの如き、金色の空。
白い街並み。
そこに、スラスターを吹かせて静かに降り立つ、蒼い巨人。
そして、減速することなく乱暴に着地する、真紅の巨人。
二体の巨人が、今、並び立った。
向かうべき宮殿も、今は黄金に染まっている。三回りは小さな壁が、新たに展開されていた。これで、宮殿は守られている。すなわちこれより、宮殿周辺半径100mから1kmの間は戦場となる。誰一人、邪魔はできない。
もっとも、邪魔をさせる気もさらさらない。誰にも聞かれず、確かめなければならないことがあるから。
私は、ここに居る全ての味方に、言い聞かせる。
「さあ、行くぞ。戦いだ!」
17.
さて、ここまで来たが、相手はどう出る。
右手には、法務大臣の仕切る至高裁判所。
中央には、金色の壁に守られる、皇の坐す宮殿。
左手には、元帥の鎮座する防衛庁舎。
・・・のはず、だよな。
地面が、揺れている。
・・・地震?・・・地鳴り?・・・
・・・なんだ、これは。防衛庁舎の外壁が、開いた、動いた、流れた、筒が、生えた。脚が生えた、立ち上がった。
宮殿の景観と親和した上品な庁舎は、今は見る影もない。呼吸を忘れ、それを苦しみと感じるまでの時間をかけて、あれは、悍しい要塞へと姿を変えた。
巨大な、黄金の球体。・・・違う。3つに分割された球面状の外殻と、その割れ目から球技の競技場ほどの円盤が覗く。円盤からは、戦艦の主砲のような太い筒が、何十本も顔を出している。そしてそれが今、一本の細い足で、大地に立っている。
字面だと珍妙なオブジェに思えるだろうが、この場で同じことを言えるなら名乗り出てほしい。不規則に割れ目の入った外殻。植物の幹やケーブルの集合体のようにも見える、不気味な脚。円盤正面の、節足動物の頭を四つほど縫い合わせたかのような頭部。そして、どんな死に方をするか嫌でも想像させられる、大木の如き砲身の森。同じ空間に存在するだけで、生理的嫌悪を掻き立てられる。
その球体から、野太い声が響く。
「・・・賊どもに告ぐ!これが最後の警告となる!」
・・・この声、憶えがある。一月半前、士官学校の卒業式でお目にかかった。ラ・ディン元帥。皇国政府防衛大臣、元老院三大派閥の一つの長、通称三賢老の一角。あと四半世紀生きれば確実に世紀をまたぐことになる、まるで塗りの剥げた達磨のような老人。式典で登壇した時から、なぜ今もアグレッシブに動けているのか謎だった。
「恐れ戦け!これこそが、この世界、この時代に存在する
元老院と宮殿が隔離された。区域外に離脱したという情報は無い。法執行機関は孤立し、麻痺したと言っていい。あとは、時間を稼げばいい、はずだが。
・・・出来るのか。こんな、巨神を相手に。
あの庁舎は、つい最近完成した。というか、竣工式と卒業式典の会場と日取りが、同じだった。だがまさか、あんなものが隠されていたなんて。
おそらく、あれは“ジヌーン”の拡張兵装。おそらくあの円盤の中に、本体が収まっている。それを長い時間をかけて、それを開発していた。道理で士官学校に居た頃に、拝見したことがないはずだ。
・・・どうする、どう攻める。
「あれ、なんだか、嫌な感じがする。」
ムクロが、
「・・・嫌な、感じ?」
「はい、あのバッタみたいな、嫌な、ざわざわが。」
バッタ、みたい?・・・まさか、
「・・・今なら、わかる。兄弟のざわざわと、違う。でも、あの時に、似ている。思い出した。・・・苦しい、助けてって・・・殺してって。」
・・・まさか、
更に、地球圏調査船団の意義。・・・私の、夢、生き甲斐、呪い、ナーシアの警告、そして・・・。
・・・完全に、確信した。
・・・スピーカーを入れる。
「・・・元帥殿。」
「・・・投降か!?」
「いいえ。一つ、宜しいでしょうか。」
現状で最悪なのは、外壁だけ解除され、乱戦になること。だから、その選択肢を消す。そのために、なんとしてでも今、ここで私達を始末する以外の道を、選べなくする。
「ただ、一つだけ、御答え願います。」
・・・私は、推理した。
不法居住者について。限られた世界で、生き切れない人が出ることは、仕方がないと思う。だが、放っておいても害がない者たちまで弾圧し、大々的に公表する意義がわからない。それでいて、人口増加対策となる廃コロニー再利用政策と、人口を税で制限する矛盾。だとすると、
地球連邦の、現存について。開拓王が、オービタル・アイギス宙域に到達したことは確かな事実。だが実際、辿り着いた船は、自軍の艦砲によって撃ち落された可能性があった。それに疑問を持った者たちは、故意にせよ偶然にせよ、都合よくまとめて処理された。加えて、直近の査察の件。あれが、誤って査察部に情報が漏出してしまった、本物の密命であったという可能性。そして都合よく改竄されたであろう、公式情報との差。おそらく過去、そういった密命の悉くが、旧連邦の残党、地球連邦の暗躍と公表されていた可能性。まるで、あたかも巨大な脅威が実在し、魔の手が迫っていると演出しようとする、数々の振る舞い。
これらが正しいとして、果たして利点はあるのか・・・いや、ある。
公認された被差別階級、防衛費を維持する口実、過剰な生存圏拡大の防止・・・齎されるのは、安全な箱庭と、盤石の支配体制。
そして、この長々しい推理を、一つの質問にまとめ上げる。
「・・・不法居住者という
イエスかノーかで答えられる、たった一つの質問に。
「・・・・・・・・・・。」
・・・老人は、無言を貫く。黙秘と形容すべきだろうか。いい加減、自分の心臓の音を数えるのにも飽きてきた。内心、どこかで否定してほしい部分もあった。今までの17年が、否定される気がして。
だが、このままでは、何も進まない。どこへ進めばいいのかも、分からない。
「・・・沈黙は、肯定と捉えます。」
「ふん、そこまで・・・僥倖か。だが・・・。」
老人の答えは、その時の私には、理解できなかった。
だが。
「・・・軍に身を置き、税から食い扶持を得ながら、下卑た妄想を垂れ流すとは、恥を知らぬ反逆者めが!皇陛下の御意並びに防衛大臣の責務の元、処刑権の行使を宣言する!!」
・・・ああ、そうか。呆れるほどきれいな定型文で、決して肯定はしなかった。だが、この絶妙に長い間と、僅かに変化した声色。察してしまった。
自分の豊かな想像力を・・・改めて、呪った。
巨大な球が、動き出す。幹のような脚がうねうねと波打ち、それが根付く土壌を移転する。無数の筒が傾き、一斉に、こちらを指す。
だが、なぜだろう。
殺戮者への恐怖よりも。
拒絶された絶望よりも。
誰かが託した意思よりも。
熱いものが、ここにある。
これはきっと、苛立ちだ。
敵対者への、激情だ。
きっと、些細な切掛だ。
国の未来も。
作戦も。
頭からは、消えていた。
「現在を以て、逆賊どもを処刑する!!!」
あの時だ。ふん、と鼻で笑われた。
「・・・行くぞ、ムクロ。・・・奴を、この国を、倒す!」
この感情は、そうしなければ、もう、収まる気がしない。
18.
位置について、ようい、どん。
その合図にしては、大きすぎたし、多すぎた。爆音の雨霰だった。
一見ただの大雑把な、時代遅れの大砲の弾。だがそこに刻まれた印は、座学でさんざん学んできた。選択型反原子弾頭。炸裂すれば、その中心半径20mに存在するあらゆる物質は、非熱崩壊反応で崩れ去る。外界とを隔てる結界も、同じ原理だろうか。被爆範囲で耐えられる物質は、理論上存在しない。それが、何十もの群れを成し、直射、曲射を組み合わせて、一斉に襲い来る。数少ない救いは、炸裂が着弾の瞬間に限定されていることと、反応光が1秒と待たず消える事。弾道の予測さえつけば、躱せないことはない。間違いなく、死ぬほど難しいが。
「・・・防ぐな!障壁は無事でも、はみ出した場所から消し飛ぶぞ!」
ジャバウォックが立ち止まっていたのを見た私は、注意を飛ばす。空間障壁は、全身を覆うほどには出来ない。背中で爆ぜれば楯だけ残すという間抜けな最期になるだろう。
だが、あれが真に厄介なのは、反応から無毒化までが短期間であることと、熱を生じないこと、崩壊させる原子を選択できること。おそらく今のアレは、空気の主成分に加え、珪素を対象から除外している。花々に彩られていた庭園は土色に還ったが、大理石の瓦礫は着弾後の姿を残している。大気の状態は安全域なので、酸素や窒素、おそらく水素もまた対象外。人道的な制圧兵器。これなら、復興は迅速に済むだろう。ただ、庭師の皆様については、本当にご愁傷様。
「・・・だったら。」
ジャバウォックはおもむろに敷石を剥がすと、それを背負い、腹ばいになる。成程。これで爆撃を防ぐつもりか・・・かっこ悪いが。
「・・・いや、駄目だ!避けろ!」
嫌な予感がした。
円盤の上部に、一回り小さい砲台が見えた。それが、閃光を放つ。同時に、背負っていた瓦礫が砕かれた。
口径は、おおよそ9,000mm。
「・・・セーフ!」
・・・空間障壁だ。それで、弾頭が空中に制止した。ジャバウォックの背中に、障壁を展開し直したのか。だがしかし、言ってる場合か。
あらかた周辺を破壊し終えた後、砲撃は落ち着いた。うねうねと動く脚のような物体は、よく見ると、その表層辺りでカプセル状の何かを、地下から、上へ上へと運んでいる。・・・そうか、給弾機構。いかに強力でも、弾数無限というわけにはいかない。
さて、どうする。残弾には、余裕がある。というより、噴水と上水を破壊してくれたおかげで、全く困る気配がない。
ハイドロカノン、出力全開。とりあえず、あの、重要そうな頭部を狙う!
・・・すぐに、後悔した。
発射した、命中したはずの水柱が、的と砲台のちょうど中間で、弾けた。その軌跡には、湯気が漂っていた。
・・・何が起こった。
鍵は、絶対防御。外側の壁は、崩壊させる性質を持っていた。・・・なら、目の前のあれは、
・・・背筋が凍った。これが実体弾なら、反応する隙すら無く、跳ね返った弾で、自滅。ビームなら、跳ね返ったそれとぶつかり、爆発。爆風もこちらに跳ね返り、やはり、自滅。
・・・ありがとう、ハゥフューレ。
見ればあれの足元、球面が途切れている部分の石畳は、砕けてすらいない。もっと早く気づけたはずだ。
「・・・だったら!」
ジャバウォックが飛翔する。
その手には、光すらも許さない、虚無の剣。
・・・そうか。あれなら、跳ね返す壁を切り破れる。球体の頂点まで飛び上がり、刃を振りかざし、飛来する。遠く上空で、煌めく無数の閃光。円盤の上部にも、砲台は存在した。
躱せるものは回避し、防げるものは止め、躱せないものは切り払い、消し去った。
頼む、届け、届いてくれ!
「いけ!」
それを、誰が言ったかは分からない。それでも、その願いは、確かに届いた。
その声が途切れぬ間に、壁と共にあるであろう、外殻の一部が斬られ、落下した。
金色の壁の中に、赤い残像が見えた。
そうだ、その正面だ。
その正面の、気色の悪い顔だ。そこに、きっと本体が。
次の瞬間、目に飛び込んだのは、巨大な球体が、脚が、不気味に身をよじる仕草だった。
何があったか、目視は出来ない。
だが、次の瞬間、10階建ての建物ほどの長さの砲台が落下し、石畳に突き刺さった。
続けて、真紅の巨人が、着地した。
「・・・ダメ、でした。」
ムクロの報告を、聞くまでもなかった。身をよじって、致命傷を回避した。切り落とせたのは、先ほどの
樹木が水を吸い上げるように、脚は円盤に弾頭を補給している。あの下は、弾薬庫か。
逆に、こちらの残弾は減り続けている。一度あふれた水が、地下へ、地下へと流れ出している。待てよ、つまり、あの下には・・・。
加えて、ハゥフューレの固有特性。
ふと、足元を見る。砕かれた石畳の下に、瓦礫に守られた通信線が見えた。
頭の中で、何かが繋がった。
「・・・なあ、ムクロ。」
私はムクロに、たった今閃いた、バカバカしい作戦を伝える。
「・・・みなまで言うな!行こう!」
何処で覚えた、そんな言葉。というか、みなまで言うな、じゃなくてせめて全部聞け。
19.
・・・ハゥフューレが、力尽きたかのように、しゃがみこんだ。
老人は、それを戦意喪失と捉えたようだった。
「・・・降伏するか。」
老人は、問う。
だが、真紅の巨人は立ちはだかる。
「・・・おれだけでも、諦めない!」
そう言い、黒い剣を振りかざす。
老人は、それを嘲笑う。・・・だが、その直後の言葉に、凍り付く。
「時に誘われ、残像を追い!隻歩双歩と、虚像の奥へと歩む者!」
「・・・それは!?」
老人は、驚愕する。
「立ちふさぐ、暗渠なる樹影!」
「仲間を・・・巻き込むぞ!罪なき民すらも!」
老人は、困惑する。
「不滅なるもの、待ち討つ深淵!」
「・・・かくなる上は!」
球体の殻が、解離する。正面の顔に、虚ろな穴が開く。
「尚も双脚、突き動かすは!」
「・・・わが身と、引き換えても!」
穴に、まばゆい光があふれる。
「鼓動の底の無窮の刃!」
「・・・その脅威、滅す!」
光は、更に大きくなる。
その時、戦場の中に、声が響く。ここに居る、誰の物でもない。
「閣下!ハーメス准将でございます!突然の入電、ご無礼をお許しください!」
「“妖精狩り”か!?何用だ!?」
その後ろから、「なんですかいきなり!斬新な投了ですね!」という声も聞こえた気がした。
「
「閣下!それは、違います!」
「その口を閉じよ!我が使命、此を止める!」
光は更に激しさを増し、闇の刃でない全てを黄金に染める。
「・・・!!」
「・・・来るか、”
老人は、目の前の脅威を見定めるかのように、沈黙する。
だが、その沈黙は、間もなく破られた。
「・・・使えるはずなどありません!使う機会はこれまで、何度も!」
それは、彼に忠誠を誓う、将校だった。遮られ続け、もうすでに価値の無くなった情報を、やっと伝えることが叶ったのだった。
「・・・何が、言いたい。」
「ですから、これは、陽動・・・。」
・・・だが、もう遅い。
「・・・ならばこの地響きは・・・ぬおおおおおおおおおおおおおっ!?なんだこれは!?」
巨大な球体が、埋まっていく。もがき、あがきながら。
ハゥフューレの固有特性は、大雑把に言って水を操ること。だから、地下に流れていった水に操作のパスを繋ぎ、地下空間の隔壁を壊しまくった。そんなグズグズの足元に、大質量の物体が鎮座したらどうなるか。火を見るよりも明らかだ。
さらに、人工重力は上空ほど弱く、逆に地下ほど強い。民間人は地下10階、訓練を受けた有資格作業員でも地下20階以降は原則立ち入り禁止となっている。地下50階相当ともなると、水を動かすだけで苦労した。加えてあの質量だ、二度と上がってはこられないだろう。
だが、ここまで短時間で完遂できたのは、地下の構造を知ることが出来たから。通信を繋いでくれたスーパーハッカーと、本国地下30階を庭と呼ぶメカニックにも感謝しなければ。音響ケーブルと通信線を切り離しながら、そう思った。
円盤は最期に、まばゆい光を上空へと打ち上げた。それは、金色の天井に命中し、ぱっと花開き、消えた。
最後にガチャンと音をたて、闇の刃は収容された。作戦、成功。
・・・しかし、「なんでもいいから時間を稼げ」なんて指示で、よくここまでできたものだ。
偉いと思う一方、びっくりした。
20.
「・・・ざわざわが、消えた。」
ムクロが言う。それなら。
「最後に、なんて。」
「・・・ありがとうって。たくさん。」
ということは、あれに残った意思が、今はもう亡くなったということ。あれが、完全に潰れたということ。
「・・・なら、手を合わせてやればいい。」
・・・つまり、それに乗っていた元帥は、私達の手で死んだということ。絶対に、気付かせちゃいけない。
地上に残されたのは、もう外殻のみ。といっても、もう役には立たないだろう。
・・・昔から、妙だと思っていた。合理的に考えたら、お偉いさんを全員連れて避難し、避難先で臨時政府を立ち上げるとかするべきだろう。だが、奴らは宮殿に籠城した。しかも、国防の切り札の一端を切り分けてまで。おそらく、この金色の壁の先に、何かがある。
だが、目の前に残った殻と、未だに宮殿を守る壁を見て思う。まったく、本体がやられたというのに、往生際の悪い殻だ。このままじゃ進むことも、戻ることも出来ないじゃないか。
瞬きをした。
目を開けたら・・・消えた。
宮殿を守る壁ではなく、少しずつ、バラバラになった殻が、消えていった。まるで、円が少しずつ縮小するように、順番に、飛び散った殻が、跡形もなく消えていく。
その円の中心でたった一片、殻が残った。その殻だけは、不自然に厚みがあった。
・・・まさか。
最後に残った一片も、間もなく消滅する。そこには、貫禄を漂わせる、巨大な人型が佇んでいた。
黄金の、巨人。
見慣れた
それが、ゆっくりと、宙へと浮かぶ。
そして、特徴的な、あの顔。
あれが、ジヌーンの本体。
なぜ、気付かなかった。あの円盤がしていたのは、主に攻撃。固有特性による現象は、主に防御。その要だったのが、外殻。ヒントはたくさんあったはずだ。
巨人の周囲に、金色の壁が現れる。
その次の瞬間、優に20tは超えているだろう巨人たちが、まるで風に舞う木の葉のように吹き飛ばされる。
瓦礫を背に、何とか堪える。
おそらく、あの壁の真の性質は“反発”。だがそれは、味方をも傷つける。だから、壁の面積を広げて効果を希釈し、攻撃能力を補い、兵器としての実用性を向上させるため、あれは建造された。
離れた結果圧力は弱まったが、ずいぶん飛ばされた。全てを塵と化す金色の壁、それが、背中のすぐ後ろに、瓦礫を隔てて存在していた。いつまで、堪えられる。
距離が近いからだろうか。壁の向こうの、音が聞こえる。
このチャイムは、公的機関からの発表。
なぜ、この時に。
あるいは、弾劾の手筈が整ったのだろうか。
「親愛なる国民の諸君へ。私は民選院議長、ダッソー・コンチネルと申します。この戦いは、間もなく終息します。明日になれば避難命令は解かれ、きっと平穏な一日が始まることでしょう。」
・・・まずい。民選院は現在、実行力を持った政府。そこが元老院を弾劾、解散に導くことが、彼らの作戦だった。だが今、責任者である議長直々に、大本営発表を始めた。ということは、協力者の存在が明るみに出たか、もしくは寝返ったか。
「ですが、この時間、この国を取り仕切る者として・・・君たちに、今だけ自由を与える。やることは一つ。ただ祈って欲しい。未来を踏みにじることで収めた平穏か、目先の安全を放り捨てた不確かな未来か。望む者の勝利を祈っていただきたい。」
・・・え?何を、言っている、この人は。
「ここからは、私個人の私信だ。元老議員の皆様よ、問おう。バルムンクという名を知っているか。君たちが生贄にした男の名を、憶えているか。若かりし日に、共に夢を語った・・・親友の名を憶えているか。」
・・・まさか、協力者って。・・・冗談だろ。
「友の無念を晴らすため、出来る限りのことはした。・・・あなた方ならば、心当たりはあるでしょう。だが、見てほしい。あなた方の喉元まで着いた者たちは、彼の無念から憎しみを募らせた者ですらない。奇しくも彼と同じ夢を見た、未だ歳若き少女たちだった。」
・・・さすがに、立派な演説だった。だが、美化されすぎていて、少し恥ずかしかった。
「私もまた、彼女たちの、賊軍の勝利を祈る逆賊である。そして、全てが終わったとき、親友の雪辱と己の保身、その狭間から一歩も踏み出せずにいた、卑劣な私を裁いて欲しい。・・・以上を以て、最後となるだろう公示を、終了させていただきます。」
圧力が、止んだ。
瓦礫を背に寝そべっていた体勢を、立て直す。
老人は、問う。
「・・・選べ、賊よ。今すぐに。一刻も早く、行政権を取り上げる必要が生じた。選べ、降伏か、死か。」
私は、仲間に問う。
「・・・どうする。」
少年は、それに答える。
「・・・なんとかする、信じて。」
私も、応える。
「・・・なら、何とかしてこい。私も、頑張る。」
市井は混乱するだろう。が、軍部はしばらく、壁の外の将官のもと動くだろう。どっちにしろ、さっさと決着をつけるべきだ。
音響ケーブルくらいは、なんとか伸びる。さっきの回線に、もう一度繋ぐ。
「・・・何度も済まない。力を、貸してくれ。」
21.
ジャバウォックの、胸が開く。
再使用のためのチャージが、完了したようだ。
暗黒の剣を、抜く。
そして、叫ぶ。
「・・・ジャバウォック・オルタナティブ。」
漆黒の鎧を、纏う。
剣を敵に向け、構える。
四本の触角が、大地を掴む。
黄金の巨人が、再び、光る。
光源から逃げ出すように、瓦礫は転げ回る。
鎧を纏う巨人は、耐える。虚無の刃で斥力そのものを消し、切り裂いている。だがその効能は、切っ先から円錐状の空間にしか効果が無い。だが、無いよりはずっと良かった。スラスター、触角、脚力、全てを使えば、前へと進むのに充分であったのだから。
鎧の巨人は大地を発つ。かつて見た、眼にも止まらぬ速さは見る影もない。だが、それでもなお、確実に距離は詰まっていた。
だが、虚無の刃が今まさに壁に届かんとしたとき、鎧の巨人の侵攻は、止まった。そのまま、僅かに弾かれた。だが、決して引きはしなかった。それは、空中にて踏みとどまった。
「空間障壁で堪えたか・・・。だがそれは自ら作り出した拷問台となる!不動の壁と、斥力に挟まれ、消え去るが良い!」
鎧の巨人はその身全てから軋みを上げながら、黄金の巨人に立ち向かった。
伸ばした暗黒の刃が、金色の壁をわずかに掠めた。その瞬間、一瞬だけ、斥力は弱まった。すかさず進まんとするが、間に合わず、再び障壁へと叩きつけられる。
「・・・諦め、ない!」
その言葉と共に、鎧の巨人は挑みかかる。今度は、もう少しだけ、深く切り込んだ。また斥力が弱まる。だが、すぐに穴は塞がる。老人はいつものように、鼻で笑おうとしただろう。だが、そうはならなかった。四本の触角が、治らんとする壁の穴へと伸び、その再生を妨げた。
「触角で・・・穴を固定したか!だが、いつまで持つか!」
老人の指摘は正しかった。右手に握る虚無の剣。深く切り込みたい、それだけを思って振り抜いたがゆえに、勢い余って身体は反転。敵に左半身を向けていた。斥力に晒された触角には、罅が入る。無情にも、穴はみるみる小さくなる。
吹き飛ばされる間際、左手で、腰のあたりに挟まっていた、
それを握ったまま、左腕を、穴の中へと、突っ込んだ。
そして、左手の先。金色の壁の、その先。黄金の巨人に、光の刃が突き立てられた。
「そのエンブレム・・・。セロ・・・中佐の・・・ビーム・・・ブレードか!?」
老人は、狼狽した。
「・・・くっ!」
光の刃を受け止めた黄金の右腕が、壁の中に落ちる。再び、斥力が弱まる。鎧の巨人は潰れそうになった左腕を強引に引き抜き、その反動で右腕を、渾身の力で振り抜く。壁は、とうとう半球となった。ズタズタになった触角を引っ込め、高空の低重力の中、スラスターを全開に吹かせ、ムクロは最後の突撃をかける。今までで一番大きく開いた壁の穴の中に、その全身で飛び込んだ。
穴は、間もなく塞がった。
そこは、狭いなんてもんじゃなかった。決して広くないその領域内を、
だが、まだ武器はあった。
ジャバウォックの頭部、下半分が、大きく開かれた。大口を開けて、咆哮しているかのように。空間が、歪む。ムクロは、叫ぶ。
「・・・砕けろ!檻の・・・中で!」
そして、途切れることの無い衝撃波が、断続的に撃ちだされ、黄金の巨人を砕く・・・ことはなかった。
高い馬力を秘める、大木のような脚、それで蹴り飛ばされた。
入り込んだ虫を蹴り飛ばす。ただそれだけのために、黄金の巨人は、生命線でもあった金色の壁を、一時的に消し去ったのだった。
・・・それを待っていた。
だから“これ”を、どう使うかを聞いた。
最優のメカニックに、このデカブツの、何処をどう繋ぐか聞いて、実践した。
最高のプログラマーに、何処を書き換えれば良いか聞いて、実装した。
最上の狙撃手と、インターフェースをリンクした。最後の微調整以外を一任した。
最強の戦士が、しばし無防備になるそれを、この時だけは自らの方向音痴すら忘れて辿り着き、死力を尽くして守り抜いた。
万物を砕く壁が迫る中、それを間に合わせた。本当に、感謝してもしきれない。
激しく飛び交う瓦礫、それは、外との境界の視認を困難にした。今でも塵が周りを覆い、この姿を隠し続ける。
そこから一足先に顔を出すものを見て、老人は、驚愕する。
「・・・!?
間を置かず、迸る光。
「・・・行っけぇえええええっ!!」
金色の空、白亜に染まる瓦礫の山。その中を、青白い閃光が駆け抜ける。黒い塵にまみれた真紅の巨人の背中を、少し遅れて衝撃が殴り飛ばす。
壁を張るも、間に合わない。黄金の人型は、黄金の上半身と、金属片の集まりに分かたれる。
真っ直ぐに突き抜けた閃光は、金色の空に、今度は白い花を咲かさせた。
黄金の上半身は重力に引かれ、地へと落ちる。
金色に染められていた宮殿は、街並みは、シックなアイボリーに戻る。
そして目線を下ろすと、白い瓦礫の山のから何かが芽吹いた。
それは、赤い右腕だった。
蒼い巨人は、よろめきながら立ち上がる。定格の十倍近い反動の砲を無理矢理撃った反動で、全身の骨格がガタガタになっているのだろう。
そして、ゆっくりと右手を上げ、戦友の健闘を称えたのだった。
22.
「・・・疲れた。」
集中しすぎて、軽く離人症を患っていたかもしれない。自分でも信じられないくらい、体がキビキビ動いた気がする。その分緊張が解けたら、疲れがどっと出た。
終わった。すぐにでも帰って、シャワーを浴びて、寝たい。
・・・帰る、どこに?
・・・そういえば、終わってなかった。
私は何をしにここに来た?元老院の弾劾は、あくまで利害の一致。私の目的は、違和感の正体を、その真相を確かめること。元帥の反応から確信した真実、でもそれだけが全てじゃない。
宮殿の中、そこに何かがあるだろうと。
新たな目標に目をやると、そこは、再び金色に染まりつつあった。
ジヌーンの上半身が、僅かに動いている。良かった、死んでなかった。・・・じゃなくて!
さすがにフレームの質量が半分になってしまえば、壁の範囲も減るらしい。だが、そうなると、最優先で守りたいものは宮殿。やはり、何かある。
元老院の弾劾、解散もまだ進んではいない。もう少し、ここで騒ぎを起こす必要がある。・・・彼らに、報いるためにも。
だが、何をするか。でも、考えている時間はない。とにかく、使える者は全部使う。
「行け、ムクロ!」
「でも、どこへ?」
・・・それを今、考えている。・・・そうだ!
「・・・皇だ。国の始まりの末裔、全ての決定権を持つ。その人なら・・・。」
「わかりました!」
瓦礫から突き出した腕を、何かがよじ登っている。そしてその何かは、開かれた掌の上に乗った。そして、腕はこちらに、大きく振りかぶられた。そして・・・。
「投げろ、ジャバウォック!」
赤い腕が降り抜かれ、白い頭がすさまじい速度で、宮殿のまだ白い部分めがけて飛んでいく。そして、窓を派手にぶち破って、中に入っていった。
・・・早いわ。まあ一応、連絡用の端末は渡してある。指示なら、これから出せばいい。
ジヌーンは、まだ動いている。宮殿へ向かって、もがきながら、進んでいく。
・・・させるか。嫌な音を上げるフレームに鞭打って、それを抑え込む。片や五体満足だがフレーム絶不調、片や上半身が健在だが
兎にも角にも、頼むぞ、ムクロ。
23.
・・・元帥を抑え込んでから、5分ほど。ムクロから、着信が来た。
「・・・どうした!?」
・・・応答は、無い。
まさか、何かあったのか。
・・・いや、何か聞こえる。
「・・・防衛大臣の出撃から・・・続報はまだなのか。」
「・・・凱旋の間違いでしょう。」
「なんだ、これ。」
端末からは、年老いた男性の声が、多数。
「・・・エクレイル議員・・・特に末娘は、たいそうお転婆だと・・・」
「・・・ご冗談を・・・あの出来損ない・・・縁を切って・・・主席も奪われ・・・」
「・・・損切りがお早いようで・・・」
「・・・女としても使えず・・・」
エクレイル議員?確か、ショーシャの父親だったはず。6人の姉たちとは、母親が違うと言っていた。だが本当に・・・聞いていた以上に、腐っている。血のつながった娘を、まるで道具のように、使えなければ捨てると、言わんばかりに。・・・負けるわけにはいかない。負けたら、あいつの身が、一際危ない。
お礼参りなら、後で考えればいい。作戦の成功のため、ムクロが今どこにいるかを把握する。会話内容からおそらく、外界から遮断された、要人用シェルター兼臨時会議室。反響して聞こえるのは、通気管の中だから。くぐもって聞こえるのは、ポケットの中で通話がONになってしまったがゆえだろう。
「ところで、ここはどこですか。」
・・・聞き覚えのある声だ。
「・・・シェルター層の臨時会議・・・だ。」
「じゃあ、皇さんもここですか?」
「・・・専用のシェルター・・・」
「・・・最上層の、居室・・・」
「ありがとうございます、では。」
聞くな、バカタレ!
「・・・それ・・・誰・・・」
話し声が、どんどん遠くなる。同時に、何かがこすれるような音。通気口の中で、移動を始めたようだ。
だが、呆れた。呆れ果てた。件の糞親父だけじゃない。みんな仲良く、ずいぶんと下衆な会話を堂々としていた。頑張って集めた証拠なんて必要なかった。この録音だけで、十分全員を失脚に至らせることができると思った。
・・・本当に、なんでこの国は、今日まで持っていたんだ。
ただ、その場に居たのは8人。1人はここに居るが、あとの2人は、何処へ。
24.
・・・ずいぶんと、遅れた。
まさか、途中から元帥が抜け出て、遠隔操作で相手をしていたなんて。それが動かなくなり、やっと最上層へ足を踏み入れることが出来た。
遅れること、およそ10分。端末は未だ通話状態で、ごそごそ音が聞こえ続ける。未だ移動を続けているようだ。
・・・たった今、天井のあたりで、同じような音が聞えた。どうやら、あと少しらしい。
しかし、さっき聞いた元老議員の下衆な会話しかり、今まさに体験しているガバガバな警備しかり・・・この国には、アホと頭のいい間抜けしかいないのだろうか。私も含めて。
豪華な装飾に彩られた廊下が、それを堪能する間もなく、後ろへ、後ろへと飛んでいく。こんな速さでこの廊下を走った人間は、きっといないだろう、と思っていた。
「待ちたまえ。」
目に映った人影と、突如かけられた声に、足を止めることを余儀なくされた。
「・・・貴方は。」
「お初にお目にかかる。元老院議長にして・・・」
いや、そこから先は言わなくてもわかる。わからない方がおかしい。ウー・シンイェン総理大臣。三派閥の長、三賢老の頂点にして、この国の実質的トップ。
・・・わからないのは、なぜそんな大人物が、ただ独り、護衛も連れずに、今まさに銃を向けているか、ということだ。
枯れ木のようなその痩身と、高貴な着衣に見合った装飾銃。だが、眼鏡の奥の眼光は鋭い。・・・意外とこういう人物こそ手練れ、という可能性もある。掌中の光線銃にはストッピングパワーこそ無いが、急所に穴をあけての殺害には必要十分。
油断するな。目を離すな。動きを見落とすな。気を張り続ける。
・・・そう、たとえ、相手が地べたに頭をこすりつけたとしても。
・・・え?
目の前で起こっていることを、その時、私は、理解できなかった。
「・・・誠に、申し訳ない。このまま、引き返してくれ賜え。この先には、決して進まないで頂きたい。」
・・・は?
・・・何が・・・起こっている?
・・・何を、言っている?
淀み、滞留しきった権力の権化だったものが。だと思っていたものが。賊に・・・無防備に、頭を下げている?
老人は、震えつつも、言葉を紡ぐ。
「・・・なんでもする。・・・望んだ通りの地位も、財産も与える。君にも、君の仲間たちにも。」
・・・言い知れない不安を抱き、周囲を見渡す。だが敵らしきものは、目の前に這いつくばるただ1人。
「信用・・・できるとお思いですか。」
それでも、なんとか、声を絞り出す。
「怒り・・・憎しみならば、我々が全て受け止めよう。煮るなり、焼くなり、好きにしてくれても、構わない。」
・・・意味が、わからない。何を、身勝手な。
「心から、頼む。この先には、君たちが望むものは何もない・・・。」
でも、たとえ、そうだとしても。
「・・・それならば、何が在ると、どうなると、言うのですか。」
「・・・国が、秩序が・・・人類が・・・消える。」
しばしの沈黙が、その空間を支配した。
・・・私の思考はその間、停止していたと思う。それを破ったのは、繋がりっぱなしだった端末から聞こえた、激しい金属音だった。おそらく、通気口の蓋が蹴り破られた。その後に、落下音。ごそごそ音も止んだ。足音も聞こえない。動いている気配もない、ということは。
「・・・残念ですが、もう、手遅れのようです。“相棒”が、到達しました。」
「そうか・・・ならば・・・かくなる上は・・・。」
老人は、立ち上がる。見上げるほどの背丈があったことに、気付いた。
来るか。そう思った私は、銃を構え直す。だが、意外にも、対峙する相手は逆に、銃を手放した。がちゃん、という派手な音がした。装飾が砕け、その音は、絢爛豪華な装飾が施された廊下に反響する。
「ならば・・・無念。致し方なし。これから起こる悪いことは全て、我々に責を負わせなさい。民が、革命の熱に浮かれるうちに。心が一つである間に。」
・・・え?
「できれば、あの男にも伝えてほしい。どうか、この国を、少しでも長く、導いてくれと。」
あの、男?民選院の議長の事だろうか。
「・・・はあ。」
「まもなく、私は私でなくなるだろう。我が、同志も。さあ、行きなさい。早く。」
そう言うと、枯れ木のような男は座り込み、蹲り、やがて動かなくなった。
死んだ・・・というわけではないようだ。音量は無いに等しいが、口の動きから、譫言のように何かを呟いているのが分かる。
「・・・くれ・・・だれか・・・」
・・・背筋が、凍った。
いや、今は何も考えるな。今は、後ろに敵は居ない。それだけは確かだ、急げ。
追いすがる靄を振り払うように走っていると、廊下の半分を占拠する、巨大な達磨が目に入った。最初は、装飾にそぐわない悪趣味な置物だと認識した。だが、距離が縮まるほどに、違和感と恐怖心が増していく。
・・・人だ。人が、廊下の隅で、丸まっている。それが誰か、数秒後、顔を認識して、初めて、判別できた。
私は、その人を、知っていた。最初に会ったのは、数か月前。士官学校卒業式典で、階級章を手渡された時。「若かりし、姫君であった陛下は、それは美しく舞った。」という演説が、フラッシュバックした。
最後に見たのは、ほんの数分前。
・・・元帥だ。なぜ、こんなところに。
しかも、さっきの、総理と、同じ姿勢で、同じことを・・・。
その囁きは、先ほどのそれよりも、わずかに音量があった。耳を澄ませなくても、何を言っているのか理解できてしまう。
「・・・くれ・・・わたしに・・・いき・・くれ・・・」
・・・全身の筋肉が硬直し、足が、止まる。
頭は急かすが、体はそうじゃない。
・・・両の頬を、ふたたび、平手で強くはたいた。痛覚と聴覚に強い刺激が走り、全身の震えが収まった。
もう、意地でもたどり着くしかない。何度も自分に言い聞かせる。足を止めるな、止めるな、進め、進め。
・・・それでも・・・。
「・・・法務・・・大臣?」
・・・なんだ、これは。
三賢老が、全員、生きたまま、動かなくなった。
遠目から見ると、まるで、植物のように。
ぐちゃぐちゃになりかかった頭に、聞きなれた声が語りかける。
「・・・ジーク?」
ムクロだ。どうやら私は、いつの間にか目的地に到達していたらしい。
だが、心の内は、安堵からはかけ離れていた。
すっかり耳に馴染んだ声が、かつてないほど困惑の色で染まっていたからだ。
・・・嫌な予感がする。
頼むから、これ以上考えることを増やさないでくれ。
「・・・変・・・なんです。何度も呼びかけているのに、全然動かない。返事も・・・ない。」
・・・いや、ひょっとして、まさか。そんな。
やめろ。やめろ、私の脳。・・・嫌な妄想を今すぐやめろ。
「だから、少し脅せば、そう思って、触角を向けているのに、人を傷つけようとしているはずなのに、何も感じない。この人、本当に、人・・・なんですよね・・・?」
乾ききった喉の奥を、零れかかった唾液で、無理やり潤す。
ムクロを空いた左手で制すと、銃を構えたまま、ゆっくり、半歩ずつ、人影に近づいていく。
本当に、動かない。
植物と化した老人たちは、まだ生気を感じた。
だが、こちらは、全く違う。まるで・・・。
とうとう、これ以上、近づけなくなった。
薄いレース生地のベールが行く手を阻む。
「ここで引き返せ。」
先ほどかけられた言葉が、頭の中で反響する。
だが、引き返したら、それこそ、何もわからない。
進め。・・・進め!
ベールを押しのけ、玉座の正面に立つ。
そこにいたものは・・・。
人の形は、していた。
だが、生きてはいなかった。
人であったことすら、なかった。
上品ながら豪華な衣装と、シックな王冠。
その間にあるべき顔は・・・冷たい、鉛色だった。
「・・・にん・・・ぎょう・・・?」
大きさは私とそう変わらない、綺麗に着飾られただけの、人形。
・・・皇?
これが?
この国の、指導者、象徴。
まさか、偽物。
いや、だとして、そんなものを、必死で守る?
何より、本物は、今、どこに。
「大人の言うことは、ちゃんと聞きなさい。そして、考えなさい。必ず、どこかに理由があるから。」
今さらになって、お母さんに言われたことが、頭の中に響いていた。