機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル- 作:7746MRRWAY
1.
「・・・ああ、やっと終わった。」
一連の騒動が民選院主体の臨時政府によって終息を迎え、私達は“孤狼の群”の戦闘員と共に拘束された。
この革命騒動についてだが、便宜上は協力者を募っての、元老院の一斉摘発ということになったらしい。・・・間違いなく、後付けだろう。よって軍から勝手に離反して暴れていたバカ共は、半日ほど拘留された後で解放。防衛の一切を引き継いだ、主計監査局の預かりとなったようだ。翌日の午後には職場に復帰し、今も立て直しに尽力しているらしい。・・・解せん。
エリート公務員約一名も、同じく。というか、護衛のバカが捕まっている隙に逃走、拘留すらされずに職場復帰してのけた。公的には、何時の間にか
・・・だが、組織としての罪の線引きをはっきりさせるべきケン達が拘束されたのは分かるが、だったらなぜ私達も。逆に私を彼らの仲間と同等に考えると、今釈放されているのがむしろ謎だ。
そして、なぜこんなにスムーズに政権移行が進んだか、分からないことだらけだ。
結局、その他の手続きを含めると、計3日も過ごしてしまった。
ため息をつきながら留置所の敷地外へと歩き出すと、真っ白な頭が、こちらに駆けてきた。
「ジーク!大丈夫?」
ムクロだ。急ブレーキで、目の前に停止する。
その何も考えてなさそうな顔を見て、難しいことは吹き飛んでしまった。
「ああ。で、そっちは検査だっけ?どうだった?」
「ええ。難しい話はよく分からなかったけど、直ちに有害なものじゃない、らしい。」
一応、法的には自己判断と攻撃能力を持った無人機扱いであるため、事情聴取ではなく安全性確認という名目で収容された。こうして解放されたところを見ると、一応安全性は確認できたらしい。
詳しくは、私の端末に送信された資料を参照してほしいとのこと。
端末を確認すると、無数の未読メッセージに埋もれて、それらしい件名が目に入った。まあ、内容にざっと目を通したが、書かれていたのは検査担当者の所見ばかり。何をしてどうやって証明したのかは、一切読み取れなかった。
気になって、軽い気持ちで聞いてみた。
「で、どんな検査だったんだ?」
「・・・。」
黙ってしまった。
・・・心なしか、顔が赤くなったようにも見える。
少し、想像がついた。聞かないでおこう。
・・・しかし、なんで連絡が私に?
もしかして、知らないうちに保護者として扱われていたのだろうか。
目的もなくぶらぶらと歩いていると、職場復帰した中の1人に出くわした。釈放後に、必ずこいつとエンカウントする呪いでもかけられているのだろうか。
「おーい、ジークに、むっくん!」
「あ、カヌさん!」
・・・むっくんってなんだ。何処で知り合った。いつの間に仲良くなった。
「・・・どうだ、調子は。」
「うん、何事もなかったかのように無事復帰、バリバリ活躍中。」
そいつは、悪びれもせずに、明るく答える。
「・・・それで、どうなんですか、治りますか。」
ムクロが聞く。おそらく、預けている私達の愛機の話だろう。あの激しい死闘、というか私闘の果てに、それらは本当にボロボロになってしまった。どうやら、中破以上の状態になると、偏在化されないように作られているらしい。まあ兵器だし、そりゃそうか。すごく強いけど、薬も手術も効かない体ですなんて言われたら、誰だって困るだろう。
そのまま名医は、インフォームドコンセントを続ける。
「装甲とかは張り替えかな。フレームは、オルタナティブ化の際に使われる余剰フレームを含めても、一部を除いて自己修復で問題ない。で、その一部についてだけど、左腕とか特に酷いね。装甲は斥力の締め付けでボロボロ、内側まで浸食してる。まるで、蒸発したフレームを補材で補わずに、無理矢理くっつけたみたいな。」
「・・・それは、酷い。」
あえて言わんが、半分くらいはお前のせいだぞ。
「まあ、マニピュレータ外装と電装を、汎用部品で全取換えが現実的かな。」
その治療方針に対してムクロは、すこし萎らしくなって問いかけた。
「でも、できるだけ、元のそれで、なんとかなりませんか。」
・・・そうか、人生最初の恩人の、形見だっけ。
「気持ちはわかるけど、自己修復じゃ年単位の時間がかかると思う。なにより、これからも戦うつもりなら、内蔵火器と外付け
「お願いします!」
おい、形見はどこにいった。
「・・・外付けの武器と言えば、あれ、返していただけましたか。」
急に、話が変わった。あれって、なんだ。
「うん。部隊専用機のメンテナンスドックに運んで、話もしてきた。」
「・・・怒って、ましたか。」
ムクロはまた、萎らしくなる。
「そんなこと、ないって。最愛の人からの贈り物が帰ってきたって、喜んでた。」
あれって、なんだ。まさか、いつの間にか装甲に挟まっていた、中佐のビームブレードじゃないよな。だって、官給品だし。狸だかアライグマだかのエンブレムが描かれていた、あの。
ムクロへの用事が終わったのか、カヌは、今度は私に向き直った。
「あと、ハゥフューレは問題ないよ。さっき、フレーム矯正が終わった。今晩にも磁性摺動液の焼結と組み立てが終わって、偏在化も復活すると思う。」
そうか、流石だな。あれも、最初は少し気味が悪かったが、何度も死線を潜り抜けた結果か、愛着が涌いてきた。
「ああ、それと。」
・・・なんだ?
早いところ、半月ぶりのシャワーを浴びたい気分だが。
「端末のメッセージ、確認した?議長からの呼び出しが入っていたはずだけど。」
・・・それが、最優先事項だろうが!
2.
「・・・よって
目の前にいるのは、一応、現在のこの国の最高責任者。民選院議長。そして、読み上げているのは、彼の元に届いたというメッセージ。送り主も内容も、驚くべきものだった。
「・・・以上が、元総理大臣の告発文となっている。ちなみに、民選院議会と同時期にマスメディアにも送信済みである為、世論は元老院を“人道すら忘れた腐敗の象徴”として敵対視している。だが・・・どう思うかね、少尉。」
議長の質問だが、どうと言われても・・・。
「・・・私見を申し上げてよろしいのでしたら、計算が合いません。あの人形と椅子は、10年や20年前のものとは思えませんでした。」
・・・そうだ。私には、この国が興ったときからそのまま放置されていたようにも見えた。
「・・・私も同意見だ。この告発文は、革命を伴う大規模改革を見越して、事前に用意されていたもので間違いないだろう。もっとも、革命の志士が“夢破れた少女士官”と“不殺の殺戮兵器”の二人組とは、予想していなかっただろうがね。」
・・・出来たら怖いわ。正直、自分でもびっくりしている。
「我らという表現も絶妙だな。三賢老のみが諸悪の根源とも読めるが、どの元老議員がどの程度関わっていたかもあいまいだ。浅慮な民衆も、大小の不満のぶつけ先に困らないだろう。最も、10年も顔を合わせていたら、勘づいているものもいくらか居ただろうが。」
確かに、まさしく衆愚の精神を存分に理解している。街角でみたデモの、罵詈雑言の嵐を思い出すと、今でも胃が痛くなる。当分先まで、トップニュースは汚い見出しで埋め尽くされるだろう。・・・しばらくは見ないようにしよう。
「でも、何も知らない、議員さんの家族の人たちは・・・。」
ムクロが、ぽつりと不安をこぼす。私としては、盤石の権力の元贅沢三昧をしてきたのだから、少しは痛い目を見た方がいいとは思っていた。・・・だが、身に覚えの無いことで集団リンチにでもあったとしたら、さすがに寝覚めが悪い。
「安心したまえ。取り調べという名目で、親類は可能な限り保護している。例外は、君らの仲間として活躍したエクレイル議員の七女、“
まあ、それよりも・・・スナイパーメガネから、ずいぶんと格好よくなったものだ。
「しかし、だな。」
議長は続ける。遠い目で、窓の外の怒号飛び交う群衆を見下ろしながら。
「何もかも先人が残した台本通りというのも気に食わん。」
そう言って、私たちに向き直る。ムクロは立ちっぱなしで痺れたのか、飽きたのか、ゆっくり左右に揺れ始めた。
「早速だが、君たちに仕事を頼みたい。」
・・・仕事?それは、私達でなければできないことでしょうか。できれば、今すぐ休みたいのですが。何日体を洗っていないと思っておられるのでしょうか。頭の中で浮かんできたそれらの文句を、なんとか飲み込む。目の前にいる人は、仮にも偉い人なのだから。
「・・・三賢老が、謎の発作を起こし、廃人化したことは知っているだろう。」
知っている、というか、発症するその瞬間に立ち会った唯一の人物と言っていい。
「はい。知っています。治療のめどは、未だに立っていないと聞いております。」
「・・・ここからが、依頼になる。君たちに、
大書庫の最奥層。地球の座標。
「・・・諸君らにとっても、悪い話ではないだろう。我らが知りたいのは、三賢老が残した数々の謎の答えだ。その中には君たちの求めるもの、地球圏の秘密や、旧連邦の兵器についての情報も含まれる。私達は、前政権とは違う。ギブ・アンド・テイクの原則は守らせてもらうよ。」
・・・まいったな。この人は思った以上に人を使うのが上手い。断る理由よりも、受ける理由が勝ってしまった。
「・・・それと、くれぐれも制限時間は守ってくれ。
はい、気を付けます。その意味も込めて、目の前の最高権力者に敬礼した。その後、24.00.00と印字されたカードを、丁重に受け取った。
3.
「やぁ、ショーシャ。」
「久しぶり。元気だった?」
3日ぶりに会ったというか、最近一緒に戦ったにしては、素っ気ない返事だった。まあこれから話す時間はたっぷりあるし、いいだろう。
本国コロニーの中央部に、建国当時から鎮座する巨大な資料庫。古今東西のあらゆる書物が紙媒体で保管されており、いつからかそれは
そこに立ち入ることが許される人間は、大きく分けて2種類。1つは、今の私達のように、公的に権限を付与されたもの。もっとも、数百種のジャンル、1~10のランクが全て解禁されているキーなんて、建国以来、何例あったか。もう1つは難関の国家資格、司書資格を持ち、正式に司書官として採用されたもの。主に権限所持者に同行し、資料の検索や越権行為の監視を行う。例えば目の前の、眼鏡の似合う灰色の髪の少女のような。
そして私達、つまり指令を受けた2人と司書官として同行するショーシャ・エクレイルを合わせた3人は、トランスポーターに乗って居住区画からそのブロックに乗り込もうとしている。
まあ、流石に移動時間としての30分は、長い。近況報告も兼ねて、数か月振りに直接会えた友人に話を振ってみる。
「で、そっちはどうだ?すごいじゃないか。採用一月半で、いきなりこんな仕事を任せてもらえるなんて。」
諸々の活躍などを考慮しても、それでもこの昇進の速さは快挙だと思う。14、5年前の改革で一族全権管理から脱却し、この国の中では割と左寄りの組織になっていたことを加味したとしても。
「・・・まあ。というか、今動ける司書官が私しかいないから、なんだけど。最近まで元老議員の指示で、緊急で動いていた司書官があまりにも多くて、ね。」
司書官は、蔵書の知識だけではなることが出来ない。権限逸脱者に行使される逮捕術や、一端の官僚としての尋問耐性なんてものも試験項目にはある。だが、士官学校卒業からスライドして資格取得の最年少記録を更新、そのまま即採用なんてパターンは例が無いだろう。
「それで、仕事には慣れたのか?」
「まあ、ね。ここは基本的に実力主義だから、支障を感じたことは無いかな。でも、色眼鏡が全くないわけじゃなくて。」
・・・しまった。以前よりだいぶ活発になったと思ったが、相変わらず実家周りは地雷らしい。いや、でもその実家を叩き潰したのが私で、それに協力したのがショーシャで・・・。などと考えていると、ムクロがショーシャの顔を、物珍しそうにのぞき込んでいる。
何か言ってやろうとしたら、見られていた本人が先に口を開いた。
「・・・どうしたの、ムクロ、くん?」
聞かれた本人は、首をひねりながら尋ねた。
「・・・透明、ですよね。色ついて、ませんよね。」
・・・理解するのに少しかかった。理解した瞬間、真っ白な頭に拳を下ろした。あいた、という返事があった。
それを見て、先ほどまで陰鬱な顔をしていた奴が、吹き出しそうなのを堪え、小刻みに震えている。相変わらず、笑いのツボがよくわからない。
「兎にも角にも、遊びに行くわけじゃないぞ。最優先は、あの謎の病状について調査する。発症の経緯を見ていたのは私だけだから、それらしいものを見つけたら言ってほしい。」
強引にでも空気を変えることにした。
「わかった。受け取ったリスト通り、順番にランク1の書架を案内するね。」
笑いが、ぴたりと収まった。相変わらず、切り替えの早いやつ。
そうこうしている間に、トランスポーターは終点へと至った。
そして、扉には大きく数字の1のマークが描かれている。非常に分かりやすい。
長い年月をかけて、ランク2までの蔵書の大部分は、それぞれの専門機関のデータベースに複写されており、改ざん事件発生時以外でここを訪れることはほぼない。だがランク1ともなると、機密や利権が複雑に絡み合って手を出せない場合が多く、前政権下では申請が通ること自体が非常に稀だった。必然的に、そういった情報はランク1を探すことになる。
さて、この議長から手渡されたリストについてだ。私が取り調べを受けている間、議長が信頼できる官僚を使い、独自に調査を進めていたらしい。その結果は空振り。だが、ランク1の書籍の中に、20冊程怪しいものを見つけたとのこと。それを私が実際に見た症例と見比べ、その結果を報告してほしいというのが今回の仕事の内容となる。
・・・もっとも、それで済むなら24時間なんて限界いっぱいの制限は設けないだろう。「見繕った中に正解があったらよし、駄目だったら時間まで探してこい」という含みを読み取って、ため息をつきたくなった。
・・・で、その1/4にも満たない時間で、その結果が出た。どうだったかって?言うまでもないだろう。臨床情報から見れば正しいかもしれないが、どれも発症経緯に差異があった。つまりは、外れだ。それらをリストの記述欄に追記する。そしてその下には、大きな余白。これからすべきことを、自主的な調査結果を記載しろという指示を、暗黙で示していた。
使い捨ての認証カードには、残り時間が表示されている。その数なんと、ジャスト19時間。もう投げ出そうと思ったが、見張り役から宥められ、それらしい書架を3人で手分けして探すことになった。つい指摘し忘れたが、それ、司書官の職務じゃないからな。
・・・更に時間は経過し、残り17時間。
本格的に、疲れてきた。それらしいものは数冊見つかったが、全て外れ。アナログ媒体から情報を取り出す大変さを、改めて思い知った。デジタル万歳。
私と違って昨晩ぐっすりと眠れたのか、司書官殿はきびきびと動き続ける。その周りでちょろちょろしている子供も、動きは鈍いものの疲れた様子はない。
高い書架に眠る本を取ろうと、飛び上がった時だ。弱めに調整された人工重力の元で垂直跳び、近場の取手を掴むという、すでに慣れつつあった手順だった。だが、この時は少し手元が、否、足元が狂った。見当違いの方向へと飛翔する、私の体。
目の前には、壁。真っ白な、この区画を支えているであろう、円柱。
「・・・ジーク!」
それを見て、ムクロが飛び出す。私の体を抱きとめる。だが、物理法則に従い、2人は更に加速する。・・・バカ!
・・・天井近くの石壁、いや、石壁だと思っていたものが、目前に迫る。
・・・pe Brainwaves pattern is detected. Sincerely, awakens. Welcome to TRUE world.
そこに、光る、文字が浮かんだ。
最初の数行は、あっという間に流れて見えなくなった。
だが、その内容を理解する余裕すらなかった。間もなく、それが表示されていた壁に、頭から激突したからだ。
・・・激突、したにしては、痛みは無かった。
そこは、とても狭い空間だった。円形に、無数の本棚が並んでいる。この部屋の形状、この大きさというより直径、私は、すぐに理解した。
「・・・柱の中。」
そこは、薄暗かった。オレンジ色のランプだけが、その空間を照らしていた。
さっきまでの空間では、人工重力が意図的に弱められていた。それどころじゃない、ここは完全な無重力。
人が立ち入った気配があまり無いのは、ランク1も同じだったが、ここは、その比ではなかった。まるで、悠久の時の中、放置されていたかのようだった。
「・・・おい!」
ムクロが、何かに導かれるように、最上段に向かって飛び出し、そこに鎮座する本を手に取った。注意をしようとした。だが、上を見上げ、同時に気づいた。天井に輝く模様。いや、あの背景には、見覚えがある。・・・と、いうことは。
「・・・ランク・・・ゼロ?」
4.
“
開発コード: Skin And Bone
太陽系統一連邦軍が極秘裏に開発した、対人級・対覚醒者殲滅用殺戮兵器。
計画上は、脳活動率が高い人間の脳を積極的に攻撃し、人類の
骨格は”
全長10cm程度の胎児型の幼体として長期保存が可能。この状態でも防衛本能によって人間の成人を殺傷することは可能。攻撃は主に対象の急所に脊柱を突き刺すことで行う。幼体が外界に解放されると、自己再生と同様の原理で周囲から”
「・・・なるほど、だから似てなかったのか。」
成体は、標的となる人間が多く生存するコミュニティに擬態状態で潜伏し、プログラムに従って機会を伺い、頃合いを見計らって襲撃する。襲撃を行う際は、脊柱が肉体から分離し、アンカーとして利用することで亜音速機動をし、活動率の高い脳、すなわち標的の頭部を物理的に破壊する。その際、疑似細胞ナノマシンは衝撃と摩擦熱で早期に剥がれ落ち、生存者(覚醒の見込みがない人間、もしくは危険性が低く防衛本能の対象外となる人間)からは黒い骸骨による虐殺事件として記憶される。
「・・・つまり、手足に入っているのは、みんなの、背骨。」
標的が周囲から消滅すると、活動を停止し、疑似細胞ナノマシンによって再度擬態が開始される。
「いちいち音読するな。・・・気持ち悪くなってきた。」
「・・・わかりました。」
“変異体”
核が何らかの理由で死亡した場合、神経伝達樹脂と
「・・・つまり、バッタ型はあれだけってこと。」
その行動目的は、肉体の修復のための
「読む部分を変えるな・・・静かに読め!」
「・・・はい。」
5.
ここはおそらく、隠された書庫。
それらの背表紙には、物々しい文字が並ぶ。旧連邦の軍事機密に、秘匿兵器といった。大雑把に言えば、これらの書籍には最上級の秘密が眠っているということだろうか。
端末は、つながる様子はない。・・・外と連絡を取る方法はない。
そして、今のところ脱出の手立てもない。なぜなら探しても出口は無いし、何よりここに突入する直前、こんな文字が表示されたのを思い出したからだ。
「ここより先のエリアは、入館許可時間の終了まで、退出不可となります。同意いただけましたなら、お進みください。」
・・・よくできた仕組みだと思った。今まで見つからなかったことから、何らかの条件が存在することは確定的。よしんば奇跡的に条件がそろって入れたとしても、憲法違反によって退出した瞬間に武装司書官によって取り押さえられ、晴れて犯罪者。その後は、想像したくもない。
つまるところ、拘束事由以上の成果を出さねばならなくなった。さっきより絶対数は減ったものの、なんとしてでもこの本の山の中から真実という名の成果を見つけ出さなければならなくなった。
・・・さて。ムクロにはああ言ったが、国家機密や軍事機密方面から探った方が早いのはまあ正しいだろう。
まずは任務を優先しよう。あいつのように、自分に必要な情報だけをささっと抜き出すなんて、私にはできない。何よりざっと見て見当たらないなら、後回しにしておくべきだ。
なぜだかここでは、求める情報のありかがなんとなく頭に浮かんだ。虫の知らせのように。そのためか、閲覧の効率はけた外れに良くなった。
・・・だが、最初に調べた病理方面は、おおむね外れだった。一般医学の範疇から諜報機関管轄の奇病についても調べたが、該当するものは見当たらない。というか、精神症と肉体症が同時に起こり、なおかつ発症寸前まで全くもって正常に見えるという症例はさすがに例が無い。だとすると、外的要因を疑う方向に行くべきだろう。あまり考えたくはないが、軍事兵器による中毒症状という線が一番太い。
・・・待てよ?別に隅から隅まで調べる必要はないんじゃないのか。報告用に要点をまとめた資料があってもおかしくない。ムクロのように専門書を片端から読み上げていたら、時間がいくらあっても足りるわけがない。
・・・百科事典ほどの厚さの冊子が目に留まる。あった。軍幹部用の引継ぎファイルだ。好都合なことに、各1ページ程度にまとめられた概要も記載している。
それでもこの分厚さか。・・・骨が折れそうだ。
仮説としては、神経系への影響が強い放射線兵器や特殊電磁波、生物兵器が思い当たる。発症の瞬間に立ち会った私や運び入れた医療スタッフに感染が見られない当たり、伝染性の生物兵器の線は薄いだろうが。
・・・だが、該当する症状は見当たらない。そんな中で添付写真を、それも大多数が原型すら失った犠牲者のそれを何百枚も見ていたら、さすがに気分が悪くなってきた。
あとは、総ページ数の半分以上を占める複合兵器や特殊兵器の欄。紙束をつまんで厚さを確かめると、更に気分が沈んでくる。
何か手はないだろうか。ぼんやりと冊子の末尾に目を移すと、カテゴリーごとの索引があった。分類ごとにまとめられた項目名とページ番号くらいしか記載はないが、残りのページを隅から隅まで目を通すよりは時短になるはずだ。
カテゴリーは、適用範囲から絞りこむことにした。オブラートに包んだ表現ではあるが、破壊の対象と範囲を示したもの、要するに兵器の危険度ごとのカテゴリー分けだ。
まず、症例から“対人級”、特に暗殺用・・・駄目だ。それらしいものに限って、ついさっき目にした名前しか見当たらない。
カテゴリーのクラスを変えよう。適用範囲“戦術級”・・・やはり無い。
だが、違う意味で見覚えのある名前があった。・・・“XF-019バルダンデルス”。・・・フェアリーテイル・シリーズ、一機ごとにページが充てられているのだろうか。"XF-"と三桁の数字によって区分されるそれらは、大部分がこのクラスにあてがわれていた。私たちが戦った元帥の機体、“XF-002ジヌーン”もこのクラス。僻地斥候用に拠点防衛用。役割は違えども、いずれも旧連邦では重要な戦術兵器として扱われていたことが伺える。
続けて、もう一つ上のクラス。“戦略級”・・・やはり見当たらない。
・・・ん?XF-047?・・・その文字列に続けて、見覚えのある、というか呼び覚えのありすぎる名前がそこにあった。・・・え?
気になって探してみたが、同クラス属するフェアリーテイル・シリーズらしき型番の兵器は僅か4機。その他同クラスには、“
・・・本当に、この資料は大丈夫なのか?千年前、あのちゃらんぽらんな男が読んでいた、いかがわしい雑誌と大差ないように思えてきた。
なお、その混乱の元に誤情報を吹き込まれ、自死寸前まで追い詰められた張本人は、正しい情報とゴシップ雑誌情報のいい加減さを理解し、無事アホ面に回帰している。そしてちょうど今その雑誌の人気連載の単行本、全13巻が並んでいるのを見かけ、読みたいという欲望と戦っている。
・・・あの男の負の遺産はまだ在った。己の人生に交えて、7:3くらいの比率で“逢魔の白刃”を布教していったことだ。どれだけ面白い、じゃなくて好きなのか。
さて、気を取り直して探索を続けよう。とはいえ、 “戦略級”の上の項目が存在するとは思えなかった。それを探し終わった今、虱潰しに探すしかないのか。そう考えながら徐に1枚だけページをめくると、まだこのカテゴリーには続きがあった。
・・・“秘匿封印級”。その項目をざっと見ても、見覚えのある名前は、無い。そして、初めて見た名前の数々は、その文字列だけで背筋を凍らせた。“
・・・なんだ、これは。何のために作られた兵器だ。旧連邦はいったい、何と戦っていたんだ。恒星間戦争でも起こっていたのか。
だが、そんな中、この悍しい兵器群の中で、ただ一つだけ見覚えのある名前と、それに付随する型番が目に留まる。・・・XF-079。
・・・うん。やっぱりこの資料はあまり正確じゃないかもしれない。確かに原理上は危ないが、二つ下のクラスで処理されるような“秘匿封印級”なんて、常識的に考えて存在するわけがないだろう。
疲れか、呆れか。少しだけめまいがした。その一瞬で、手に持っていた資料が手に当たって飛んでいき、書架の角に衝突した。・・・まずい。いくら役に立たなかったとはいえ、何百年も前の貴重な資料だ。強化樹脂を浸潤させて強度と対候性を増してはいるものの、傷一つつけようものなら厳罰が待っている。
私は顔を真っ青にして、開いた本を隅々まで観察し・・・偶然開いたページを見て、理解して、頭の中が、真っ白になった。
ページは、複合兵器の欄の中腹当たり。
カテゴリーは、情報兵器および生体兵器。
項目名は、“
・・・なんだ、これは。
いや、わかる。
わかってしまう。
これを探していた。
でも知りたくなかった。
全部、逆だった。
全て、手遅れだった。
6.
“
分類:特殊兵器・情報兵器・戦略級
隠称、駒鳥。
あらゆる人種、あらゆる民族、あらゆる種族に同化し、情報を抜き出す情報兵器。
遺伝子操作を施した胚より発生、もしくはウイルスによる後天ゲノム改竄によって生み出され、個体数増加の為生殖能力は高く、能力抑制の為”覚醒”因子レベルは低く調整される。
思考送信は、脳全体に形成される脳波拡散器官にて行われ、受信サーバに量子ビット集合として保存される。サーバは常に5千万個体分の意識情報を監視し、重要情報の掬い上げと傾向調査を行う。
傾向として主体性、創造性に欠け、自ら指導者となることを忌避する。むしろ多くの情報の発信拡散が可能である、従業、補佐、秘書として発達、指導者と成り得る存在に依存するよう誘導される。
・雀矢症候群
駒鳥に、ごく稀に発生する異常。平均して、年間1.4個体が発症する。発症後は急速にステージが進行。特に前兆もなく、意識レベルの低下に伴い不随意筋を除く筋繊維が硬直、自発呼吸と共に意図不明の発言を繰り返し、やがて標準的ヒト種族の餓死と同様、機能停止する。栄養補給による現状維持は可能であるものの、改善したという例は報告されていない。依存対象の喪失時に発症したと見られるケースが71%を占めるが、詳細な原因は不明。ならびにサーバの影響、構造的欠陥の可能性は立証されず。
頭の中で何度もリピートされる、情報。探していた、でも見つけたくなかった、真実。
———敵の情報を抜き取るために生み出された種族。
脳内に存在する、思考の全てを創造主に、敵国に献上する器官。だからこそ、旧連邦は無敗だった。だがそのアンテナは、標準的人類には存在しない器官。いずれ、どんなきっかけで、何が起こるか分からない。たとえ、情報の発信源が増えすぎて、その過程で元締めが機能停止していたとしても。
———遺伝子を汚染する種族。
文明の発展と共に減退する標準的人類に比して、高い生殖能力を持つ。そのように創造された。それが数百年かけて太陽系の様々な生存圏に混じり、ランダムに交配を続ければ、すでに
———主体性の無い種族。
自ら進んでリーダーにはなろうとはせず、誰かにその役目を押し付ける。現にこの国の大多数の民は、元老議員の独裁を口では好き放題罵倒しながら、受け入れていた。汚点すら生まれ得ない架空の象徴、皇さえ健在であれば、それに縋り国は形を保つ。そして、皇を除く頂点である三賢老は、真実を全て胸の内に秘め、為政者を、影の指導者を演じた。だが、その三賢老ですら“発症”し、駒鳥の宿命を自ら証明した。ならば、その下に生きる人々も、私も、みな、恐らく。・・・そもそも、この国の、皇国の名は、何だ。必要なかったとは言え、なぜ思い出せない。何より、リーダーを押し付けられる側だった私と、
———創造性の無い種族。
嫌でも納得させられてしまう、新たなものを生み出せていないこと。住処も、文化も、武力も、娯楽でさえも、目立ったものは古代からの流用か模倣品。それらを無理やりにでも再現し、流行は無駄に廻り、繰り返した。
———雀矢症候群。
意図的に作られた欠陥かは不明。だが1つ目と、おそらく3つ目の特徴も悪影響を及ぼしている。縋るものを失った駒鳥は、肉体が硬直し、譫言を吐くだけの廃人と化す。
・・・全て、納得が行った。
私達は、
連邦を勝利に導くために、生み出された兵器。だが遥か昔、国の滅びと共に役目を終え、打ち捨てられた。だが、雀矢症候群と呼ばれる呪いを、奴らは残した。何百年もの時が流れ、技術は失伝したか、あるいは種族全てが塗り替えられたか。どちらにせよ、治療の術が残されている可能性は、限りなく低い。
あるいは、そこに
そこに今、
・・・嘘だ。
これが、真実。
憧れの、世界なんて・・・。
辿り着く、可能性なんて・・・。
「・・・誰か、私に・・・。」
視界が、端から黒ずんでいく。
怖い、震える。全身が、震える。
寒い。手足を、かがめなきゃ。
怖い、寒い、眠い。
寒い、眠い。
・・・。
・・・目の前に、覗き込む、顔があった。
たしか人殺しの、不都合を間引くための、対人殺戮兵器。
それ以上、思い出せない。
怖い。
それを、突き飛ばした。
目の前から、いなくなった。
「・・・どう、したの。」
間が開いて、それが、また、きいて、きた。
でも、ききたくない。こわい、ききたくない。いやだ、ききたくない。
・・・いたい。どこだ、かただ。どっちだ。みぎ、ひだり、りょうほうだ。
くびもだ。くびもいたい。まえ、うしろ、なんども、いたい。
あたまも、いたい。ぐわんぐわんする、きもちわるい。
「・・・負けるな、おれだって・・・立ち向かったのに、先に、負けるな!ずるいだろ!」
いっているいみが、わからない。
「・・・教えて、くれた。口じゃ、言わなかったけど。言葉じゃなかったけど・・・悲しい顔で、暖かい手で、人を殺しちゃいけないって、教えてくれた!」
・・・なんの、ことだろう。
「・・・命を、特に、自分より、小さくて、弱い命は、大事だって、教えてくれた!だから、あの日、あの時、覚悟が出来た!」
・・・いつの、ことだろう。
「・・・レナくん、テタくん、イナちゃん、ユーナちゃんも・・・みんなが大好きな、アスミ先生も、みんな、おれより、大切に思えた!だから、これを、壊すな、壊したら、お前が死ぬぞって、おれ自身を脅した!生きたいなら、殺すなって!人を、殺すなって!そのために、あの石を、埋め込んだ!おれの本能に、生存本能に、それを突き立てた!!」
・・・ああ、そうか、だから。わかった。
「・・・何が、雀矢症候群だ!何が、駒鳥だ!そんなもの!世界を見ろ、仲間を見ろ、夢を見ろ、未来を見ろ、
・・・思い、出した。やっと。
目の前に、居るのは。ここに、居るのは。
ミシミシと音を立てながら、ズキズキ痛む首を曲げ、顎を引く。
そこには、見慣れた顔があった。
「・・・ムクロ?」
よかった、本当に良かった。言葉になっていなかったが、その顔には、確かにそう書いてあった。
・・・いや、よくない。いいわけ、ないだろ。たったこれだけの真実で、世界も、仲間も、夢も、全部、全部否定された。
持てる握力全てをもって、その小さな両肩を掴んだ。
「・・・眼を開いても、どうにもならない。知ったところで・・・何もできない。」
軋みを上げる、小さな肩。あわよくば防衛本能で殺してくれとも思いながら、腹の底にため込んだ全てを、頭の中で繋がった真実を、目の前のそれに、ぶつけた。
「・・・国だと思っていたものは、捨てられた
でも、目の前の殺戮兵器は、私を壊さなかった。殺さなかった。ただ、悲しそうな顔で、じっと、眼を見ていた。
「・・・本当に、綺麗だ。」
そして、ただ、そう、ぽつりとこぼした。
しばらく、2人だけの世界を、沈黙が支配する。
その沈黙は、やがて破られた。投げかけられた、一つの質問によって。
「・・・それで、正直な気持ち、聞かせて。・・・難しく、考えないで。その真実を知って、何が変わったのかを。」
・・・逆に、難しいことを言うなよ。そもそも、もう、言葉を選んでいる余裕もないぞ。
「箱庭は、不自由だった?」
これには、素直に即答できた。
「・・・子供の頃は、別に。最近になって不自由に感じたから、ムカついて、ぶっ壊したくなったけど。」
間もなく、次の質問が来た。
「焼き直しは、つまらなかった?」
・・・確かに、今思えば、言われてみれば。リメイクも、リブートも、パクリ疑惑のあったあれもこれも。
「・・・面白かった。正直、また見たいと思う。」
次の質問は、少しだけ、言葉を飲み込んでから。
「本能的寄生は、嫌だった?」
少し、ぞっとした。けど、でも正直、当時は・・・少し、前だって。・・・今だって。
「・・・世話を焼いたし、手も焼いた。でも、時々楽しかったし、嬉しかったし・・・何より、心強かった。」
その次の質問は、たっぷりと時間を置いてから。
「傲慢な創造者は、怖い?」
それには、答えられない。まだ答えが出ていない。考えずに答えると・・・曖昧になる。
「・・・わからない。何を怖がっていいかも、分からない。」
そして、最後の質問をするその眼は、いつにもまして、力強く見えた。
「だったら、いつものジークなら、真実を知る前のジークなら・・・どうする。何をする?」
・・・真実を知る前、というのがいつを指しているか分からなくて、必要以上に遡っていたと思う。多分、この国に、不自由を感じる前まで。
「・・・確かめに、行く。この眼で。わからないことが、あるなら。」
それを聞いた目の前の顔は、ぱっと明るくなったように見えた。そして、無責任にも、こう言い放った。
「・・・探そう、ジーク。呪いを解く方法を。胸を張っていい。だって、今のジークはその一歩を踏み出せたって、本当に格好いいって、おれは思うから。」
そう言って、その右手を差し出すムクロ。最初の犠牲者の頭を砕いた、触角が生えていた、その右手を。
でも、私の呪いは、もう、きっと。
「・・・ありがとう。」
自然と言葉が零れた。血塗られていたはずのその手は、不思議といつもより温かく感じた。そして、心に差し掛かった影を、私は胸の奥の更なる奥に、無理やり押し込めた。
・・・探そう。たとえ治癒した例がなくとも、情報が集まれば、視点が多くあれば、何か変わるはず。簡易資料ではなく、分厚い装丁の本体を探す。全10冊に分冊されたそれの3冊目に、その情報はあった。私はそれを、端末のメモ機能を使い詳細に書き起こしていく。その単語数が5000を超えたあたりで、原本の写しは終わった。参照先として参考文献も書かれていたため、それらも別棚から引っ張り出して、内容を書き写した。
すべてまとめて、約7500単語。・・・これを、あの狭い報告欄にまとめるのか。そう思うと、少し気がめいってきた。どっと、疲れが出て、無意識にため息も出た。
それを見て、この空間に居るもう1人が、ある提案をしてきた。
「とりあえず、休憩したら?」
続けるべきか、その優しい提案に甘えようか、その時の私は少し迷っていた。その右手の中にある、この空間に唯一存在する、娯楽書籍の第壱巻が目に入り、真顔になるまでは。
笑わせようとしているつもりなのだろうか。・・・だがもう、突っ込む気力もない。
「でも残りが、もう6時間しか・・・。」
やたらぼんやりした頭でそう答えたら、こう返してきた。
「根の詰めすぎもよくないよ。何よりこれ、すごく、勇気がもらえるから。騙されたと思って。・・・見て。」
ムクロはそう言って私の手の中に本を押し付けると、何処からともなくはたきを取り出した。立ち膝になり、右手に握るはたきを体の陰に隠す。はたきが何処から出てきたかって?知らん。
「・・・八重咲流剣術、奥義、参式・・・“水蓮の糸”!」
ムクロは、鋭くはたきを振るう。私の目の前を、はたきの軌跡が横切る。・・・やっと、ぼけぼけの頭が冴えてきた。いい加減注意しようと思ったが、続く言葉に、はっとさせられた。
「・・・こんなに、格好いいんだ。ウィルがおれに、付けてくれた名前。」
そうか、道理で、どこかで見た
・・・いや、ちょっと待て。
「・・・これ、全13巻だぞ。いつの間に読んだ?」
それに対して、あっけらかんと答える先駆者。
「小一時間もあれば・・・。」
・・・小一時間。まあ、なら小休憩の範疇か。
だがしかし、一巻を読むのに5分弱?・・・逆に、どんな漫画だ?
これでつまらなかったら、気を使った感想を出力する余裕なんて無いぞ。
7.
5分。一般的にはこの時間を、どう捉えるだろうか。
なじみ深いものでは、ポップ・ソング一曲。その再生時間をイメージできる。
“逢魔の白刃”。
あらすじによれば、安政の時代、暮れ六つに出没する、人斬りの物語。ありふれた、よくあるチャンバラ漫画だと思うだろう。
だが、私個人としてこの作品を評するなら、こうなる。
白と黒の世界が奏でる、
文字は少ない。皆無と言っていい巻もある。
だが、絵を、視覚を通して、この作品は音を奏でる。
時には協奏曲を、時には輪舞曲を、時には鎮魂歌を。
指揮を担うは難聴を患い、視覚にすら余命を宣告された、幕末最強の剣士。様々な奏者と出会い、別れ、壇上から下りるまでの物語。
老いた侍。時代の寵児になれぬ者たちの、最期の意地。
巻数がトラックなら、話数はパートや小節に相当する。13曲目のサビのあたりで、私のレンズは正確なピックを拒絶した。だがその雑音すら計算された、インクとペンでなければ表現できない、果てしない世界。
・・・美しい。
胸の奥の悩みなんて、紙面の向こうに吸い込まれて、消え去ってしまいそうだ。
・・・生きなければ、精いっぱい。この世に産まれて、存在する限り。
さて、英気も養ったところだし、仕事に戻ろう。
・・・だが、その前に言っておくことがある。
「おい、ムクロ。」
書籍の山を背に、白い頭はこちらに振り向く。何の用か、と言わんばかりのきょとんとした顔を携えて。
「・・・さっきのあれは、なんだ。」
「あれ?」
心当たりすら無いのか、痴れ者め。
「・・・あの参式は、なんだ。」
言われた本人は、首を捻る。
「何か、おかしかった?」
・・・もう、我慢ならん。
「おかしいに、決まっているだろ!あれは、弐巻収録、第陸話!“喧噪”!その技名は、話内で唯一の文字!書道五段の作者の渾身の書き文字!テーマを体現するかのように、刀の軌跡で隠れる牟久郎の口元!これすら出来ずに、参式を名乗るな!」
それに対して、かなり不満げに、口答えをはじめる。
「・・・いや、でも、たぶん、こっちの方が力入って、多分、強いし。」
そう言ってムクロは、再びはたきを振るう。ヒューンという風切り音がする。
「・・・そこまで言うなら、肘を伸ばすタイミングを、気持ち遅らせてみろ。」
それを聞き、面倒くさそうな顔をしながら、もう一度はたきを振ってみせた。風切り音が、明らかに変わった。ビュッという鋭い音。はたきであっても、斬れそうに感じた。それを肌で感じたのか、振った本人は驚きと感動が入り混じったような顔をする。
・・・どうやら、巻末コメントまでは読み込んでいないらしい。作者は、
気を良くしたムクロは、満面の笑みと共に向き直り、再びはたきを構える。
「なら・・・壱式、“薊の流”!」
「いいぞ!」
なんだか、私も楽しくなってきた。
「弐式!」
「惜しい!もう少し、脇を締める!」
自然と、口元が緩んできた。
気が付けば、狭い部屋の中には、2人分の笑い声がこだましていた。
「伍拾弐式!」
「すごいじゃないか!」
「・・・終式!」
「ああ、なんで!参式では出来ていただろ?」
すごく、久しぶりだと思った。何も考えずに、心の底から笑ったのは。
ときどき、はたきを取り上げたりもした。好敵手にして最終話の敵役、雷衛門の真似もした。・・・疑似親子の絆、か。ナーシアならきっと、牟久郎よりもこっちの方が好みだろうな。
そしていつしか、2人は寄り添いあうように眠っていた。
まったく憶えてはいないものの、とてもいい夢を見ていた気もする。
・・・そして、ふと目が覚めて、ここが何処かを思い出す。
やるべき仕事を思い、カードを見る。
残り時間、10分29秒。
・・・何をやっているんだ、私は。
8.
残された時間を使い果たし、何とか滑り込みで報告文をまとめることが出来た私達は、時間切れと共に秘密の書庫から追い出された。
幸いなことに、そこに武装司書官は居なかった。その代わり、眼鏡の奥が真っ赤になった司書官が、そこに待っていた。
「・・・もう、二度と会えないと思った。」
この言葉が、全てだろう。彼女は、どれだけ自分を責めただろうか。
そして、その間やっていたことを思い出して、2人は後悔と恥ずかしさに苛まれた。絶対、誰にも言わないでおこう。
・・・5人の友情を疑ったことは、改めて、殴られる覚悟で告白しよう。
そうこうしていると、端末に着信が届く。・・・議長だ。どうやら、この報告書のフォーマットは、通信が復活すると時限で送信される仕組みらしい。・・・誤字、無かったよな。少し、不安になった。
だが本当の問題は、原因は分かったが、解決法が分からないまま、ということだ。報告書の末尾は、入場許可の再発行申請で〆られた。それについて何かあると思い、急いで通信を繋いだ。だが第一声は、意外なものだった。
「アジュール少尉、もういい。」
「・・・議長?」
その後の指示は、輪をかけて意外なものだった。
「・・・こんな情報、表に出せるわけがない。三賢老の治療も、
意外ではあったが、まあ、納得のいくものだった。
・・・結局、こうなるのか。
地球については分からず仕舞い、偉い人の判断を待つだけ。命がけで戦って、勝利して、真実に到達しても、それが実を結ぶかはわからない。
手の届くところに来たはずの夢が、せっかく心に決めた覚悟が、また離れていった。地球との距離は、ずっと変わらないはずなのに。
議長は、前政権と我々は違うと言った。だが、三賢老の独裁制と何が違うのか。今の私には、わからなかった。
9.
「よっ!」
帰りのトランスポーターを下りた私達を待っていたのは、意外にも本嫌いを公言していた、暴れん坊だった。
「ベルク、なぜここに?」
「別に。元気そうだな、ジーク。いや、むしろ最後に会った時より、元気になってないか?」
そりゃ、そうだろう。保留案件は山ほどあるが、直近の心配事は無くなったわけだし。久々に、楽しかったし。
・・・で、それより、気になるものがある。
「・・・あの、残骸は?」
右手側の、搬入ポート。今まさに、トレーラーに積まれようとしている残骸。銀に塗られた
「・・・さあな。」
少なくとも、目の前のこいつに聞いても分からないだろう。
だが、もう一つ、気になることがある。
「・・・その腕は?」
右の二の腕。腕組みによって隠れているが、僅かに覗く部分が、爛れているように見えた。
「・・・別に。」
下手くそなりに格好つけて誤魔化す友人を見かねたのか、妙なことを言い出す奴がいた。
「・・・お前が何者だろうが、どんな過去があろうが関係ねえ。曲げられるなら、それに合わせればいい。八つ当たりの相手を間違えたな。・・・憶えておけ。名は、ベルク・“フランベル”・ストライカ・・・ってね。」
「おい、見てた・・・!」
ショーシャの台詞を聴いたベルクの顔が、みるみる真っ赤になる。ああ、何をしたのか、だいたい察せられた。
「・・・Ⅱ度熱傷、放置したら最悪死ぬけど。病院行こう。ね?」
「・・・はい。」
かくして、次の行き先が決まった。ここから一番近い病院、やることが一番たまっている場所。
メンテナンスドックの近くを通りかかったとき、ハリネズミのような不格好なマルクバーシュを見つけた。
スーツを着る時間も、脱ぐ時間も無かっただろう・・・ということは。本当に、よくやったよ。お疲れ様。
そしてそのドックより、見知った顔が駆けてくる。駆け寄ってきた
遠ざかりながら、2人の会話が聞こえる。
「・・・遠くからパワーがピーッってきて・・・色がバーッって変わって・・・羽がジャキーンって・・・ピッピッピって・・・そして光線がドバーッって・・・。」
「・・・グッド!」
何がグッドだよ。
あれの退院が、今から怖くてたまらない。ジャバウォックからしたら、奴らは悪の組織の博士と変わらないだろう。
そうこうしている間に、3人は病院に着いていた。
2人とは、受付で別れた。あっちは外来、こっちはお見舞いの受付。
2人が診察室に歩いていったころ、こっちでも受付完了の知らせが届いた。
意識が戻ってなくてもいい。今日中に、恩人にお礼を言っておきたかった。
集中治療室、窓硝子越しの面会。私達の愚策の代償。その立替は、想定以上に重たかった。
そんな沈んだ気持ちの中、ふと窓の外を見ると、扉の脇、廊下の壁にもたれかかるショーシャが見えた。ということは、あそこが治療室か。付き添わなくていいのか?そう思ったが、見れば、端末から仮想モニターを展開し、何か作業をしている。文書の作成のようだが、裏側からホログラムが透けて丸見えだった。相変わらず、貸与品ならともかく、私物になるとセキュリティが甘くなる。だから、内容が分かってしまうのは、事故だと思うことにした。表題は、嘆願書。その下に、エクレイルの文字が多数並ぶ。
・・・あの連中が、お前に何をしてきたのか。その一部だけでも、腸が煮えくり返ったのに。でも、それでも。本当に優しいよ、お前は。
・・・で、その優しい奴が、いきなり跳び上がり、耳を塞いだ。治療室の外に大きな音、謎が解けた。大方あのせっかちバカが、治療期間しか見ずに短期皮質再生療法でも頼んだのだろう。痛んだ皮膚を取り除き、代わりに培養皮膚を接着するのだが、普通は通院3日の麻酔あり施術を選ぶ。麻酔なしだとわずか数時間で定着するが、死んだ組織を除去する際、文字通り死ぬほど痛い。優しい奴の動きを見るに、まだ絶叫は続いている。少なくともあと数分間、気絶すら出来ずに叫び続けるだろう。
まあ、これに懲りたら、ちょっとは自分の命を大事にしろよ。
さて、目的の病室まで、まだある。骨伝導で、ニュースでも聞くか。おっと、元老議員関係をフィルタリングするのを、忘れるところだった。
・・・自称、特命執行官、一名の脱走。刑務官の拳銃をどうやってか暴発させ、逃走。現在捜索中・・・といったニュースを上書きする緊急速報、逃走中の容疑者、再逮捕。・・・ベルク、お疲れ様。
・・・“孤狼の群”構成員、元構成員の身柄拘束を完了、脱退記録等を押収。精査の後、議長主導の摘発への協力なども考慮し、審理を行う方針。世論は同情的。
そして奇遇にも、今まさに、件のニュースの立役者の元に到着できた。本当に、ありがとう。私達のために、遥か格上に立ち向かい、勝ってくれた。親友を失ってなお、それを隠し、私達を鼓舞してくれた。何度も生死の境を彷徨って、それでも今、生きていてくれた。間違いなく、一番の勇者は君たちだ。
・・・でも、ここまで来ておいてなんだが、お礼を言うのはまた今度にしよう。だって、兄妹水入らずの時間を邪魔したくないから。
でも今、1人で来たことを、少しだけ後悔した。
廊下で怪我をした軍人とすれ違うたびに、いたたまれない気持ちになった。何度か、睨まれた気もした。舌打ちも聞こえた気がした。直ちに襲われることはなかったので、気にしなければ、問題は無かった。でも、目の前に、そうはいかない相手が現れた。
「よお、久しぶりじゃないか!」
「・・・あ。」
目の前に、同年代に見える若者の集団がいる。男女比は半々。特別仲良くはなかったが、同期のメンバーだった。頭に手足、手当された跡が、あちらこちらに見られる。
確かに、仲良くはなかったが、殺し合いをしたいわけじゃなかった。だからこそ、上手くいけば戦わずに済むムクロの珍策に乗って、結果、小さくない損害を出した。犠牲者は、1人が死亡、1人が重傷、そして数多の軽傷者・・・3人が、廃人。その一方、国軍側に死者・重傷者はいないと聞いてほっとしたが、虫が良すぎる話だ。例え軽傷でも、痛くないわけがない。殺されかけて、気分が良いわけがない。
「・・・その、本当にすまない。」
言葉と共に、深々と頭を下げた。謝罪でどうなる問題ではないが、謝りたくなった。責められる覚悟もしていた。
しばらくの間、その一団はざわついた。その後、その中の1人が前に出ると、朗らかに返答した。
「いや、いいって。頭上げろよ。議長が私兵を使ってやった摘発に、ほぼほぼ巻き込まれたようなもんだろ?それで、なんで謝るんだよ。」
クーン・メイクー。男子グループ全体のリーダー的存在。国内トップ企業の、重役の息子。性格は、明るく爽やかポジティブで、社交的。端的に言えば、私の対極にいる存在。
「そうそう。むしろこんな小さな騒動で済んで、逆にビックリしてたところだぜ。」
「アンタは賭けに勝ったからそんなこと言えんのよ。こっちは大損。」
・・・え?賭け、だって?確かめたくなった。
「スティッシュ・・・?賭けって、何のことだ?」
すると聞かれた本人は、いたずらがバレた子供のように軽く舌を出してから、答えた。
「ああ、ジークが卒業後、どれっだけの事をやらかすか、うちらのグループで賭けてたの。結果は、“国家転覆達成”に賭けたショットの大穴独り勝ち。」
・・・まったくもって、何をやっている、こいつら。というか、私の客観的評価は、一体全体どうなっている。
「僕は3000万。」
「アタシは1億。」
「3億。」
「わたくしは5億。」
・・・へー。すごいな、金持ちって。こんな派手な遊びもするのかって。
・・・じゃない!
「いやいや、いくら何でも賭けすぎだ!住宅一軒分をベットするなんて、学生がやっていいわけないだろ!」
すると、一団はまた、全員で顔を見合わせた。
「・・・悪い、誤解させちゃったかな。」
再びグループを代表して、クーンが言う。ああ、よかった。さすがに、そんな非常識なやつは、いないよな。
「賞金首になったときの、懸賞金の話ね。ちなみに俺は、大穴15億。」
内容の理解と、怒りのコントロールに、少々の時間を要した。・・・よし、全員そこに並べ。1人当たり一か所、受傷個所を増やしてやる。
と、言いたいところだが、こちらにも引け目があるので、ぐっと堪える。こいつの親が主導したとかいう運び屋の件といい、カエルの子はカエルということだろうか。
で、一通り平謝りした子ガエルは、今度は現実的な贖罪を並べてきた。
「本当に、悪かったよ。今度、メシ奢るから!」
「・・・いや、もういいよ。そっちも、忙しいだろう。」
だが、陽の化身としか言えない男は、食い下がる。
「じゃあ、暇になったら連絡くれよ!かっこいいやつ、5人は手配しとくからさ。みんなその歳で彼氏無しはそろそろきついし、かわいい顔がもったいないだろ?」
って、そっちが目的かい!あと、後半については大きなお世話だ。
「・・・考えとく。」
引け目、愛想、社交辞令、その他もろもろ。いろいろなものを総合してそんな感じの返答をし、どうにも馴染めないグループと、やっと分かれた。
・・・ひどく疲れた、早く帰ろう。
しばらく歩いた先、病院の正面玄関には、メディア関係者が詰めかけていた。さすがにつかまると厄介だと思ったので、裏口から抜けることにした。
中庭の、中腹に差し掛かった時だった。ベンチに、見覚えのある人影が座っていた。仮想キーボードを叩いている。
「ナーシア!」
私は、声をかけた。だが、反応がない。今時珍しい大型のヘッドフォンで耳をふさいでいるからか、聞こえていないようだった。
・・・よし。聞いていないなら、何を言ってもいいってことだな。
「ベルクを盗聴して、ショーシャに告げ口したの、お前だろ?」
「!?・・・ジーク?・・・なんのこと?」
なんだ、やっぱり聞こえているじゃないか。まあ、独り言ついでに、これも言っておこうかな。
「あと、例の病室の面会時間が、あと10分で終わる。会うなら、その瞬間しかないぞ。」
「・・・なんのこと?」
「こう言えばいいか?友達と、顔を合わせて、謝るチャンスは、今しかないぞ。それとも、また1週間待つか、留置所に忍び込むつもりか?」
ナーシアは、黙り込んだ。
「確かに、目の前のそれは便利さ。会うのが怖いっていう気持ちもよくわかる。でも直接顔を合わせないと、伝わらないものもたくさんあるって、私は思う。」
長い独り言が終わって、数十秒経ったくらいだろうか。
キーボードを打つ音が、止まった。数テンポ遅れて仮想モニターと仮想キーボードが消え、コンパクトになった端末は、持ち主のポケットへと仕舞われた。その持ち主は立ち上がり、間もなく病棟へと駆けていった。
「・・・ジーク、ありがと。」
聞こえるか聞こえないかレベルの小さな声で、そんな言葉が聞えた気がした。空耳ということにしておこう。
裏口から病院を出て、しばらく歩いたころだった。突然、後ろから声を掛けられた。
「・・・あの、わたくしのことを、覚えておいででしょうか。」
誰だろう。上品な服に身を包んだ、同年代くらいの少女が話しかけてきた。
・・・残念ながら、思い出せない。素直に謝ろう。
「失礼ですが、どちら様でしょうか。」
それを聞くと少女は、瞬間的に顔を真っ赤にし、その品をキープしたまま怒鳴りだした。
「・・・貴女の同期で、次席卒業!参謀部に配置!入学式の日に、平民出の貴女を辱めるために果たし状を送り付けた!」
・・・知らん。次席卒業の下りで思い出しかかったが、引っ込んだ。晴れの日にそんな非常識なことをする奴が、あのバカ以外にいるものか。
「その上、ストライカ家の養女に代闘を頼み、わたくしを辱め、挙句に、あたかも仲裁に現れたかのように両成敗、教官からの内申点まで稼いだ!」
・・・思い出した。その日の夕方、部屋長としてあのバカの私闘を止めに入った時だ。その時の喧嘩相手で、確か腰を抜かして、真新しい制服にシミを作っていた。真剣まで使うなんてあのバカにしてもやりすぎだと思っていたが、そういうことか。そういえば、在学中ずっと、露骨に特定グループに避けられていた気がしたが、そういうことだったのか。
確か、エカテリーナ・E・フォン・バレンシア・・・失礼ながら、フルネームが出てこない。
「・・・改めて、謝る。果たし状を盗んだバカの分まで、今、謝らせてくれ。」
エカテリーナは、咳払いをした後、話を本題に戻す。
「いいえ、その件はこの際お気になさらず。・・・わたくしの父を、ご存じありませんか。」
・・・知るか。大して仲良くもない同級生の親御さんについて聞かれて、「こんな人です」なんて答えられる人間が、この宇宙にどれだけいるだろうか。
だが、その深刻そうな面持ちと、涙を溜めた眼に気づき、ようやくこの質問の真意を悟った。・・・行方不明、か。
「1週間前の作戦以降、連絡が途絶えています。何か、心当たりはございませんか。」
・・・ただの行方不明ではない。作戦中なら、MIAということ。待てよ、だとすれば。
「・・・軍事作戦に参加していたのなら、少なくとも同伴者がいたのでは?」
私よりも、聞くべき相手はいるだろう。そう、諭したつもりだった。
「消息を絶ったのは、旗艦から部下と乗組員を退避させた後ですわ。」
・・・・旗艦に、艦長だけが残る。そんなレアケースが、今日にあり得るのだろうか。
いや、確かよく似た状況があった。一週間前、ジャバウォック処理作戦、その指揮官・・・レグリット中将。
「どうでしょうか。何かご存じありませんか。」
それなら、私よりもムクロに聞けば、何かわかるはず。謝ってから、そう提案しようと思った。
「すまないが、力になれそうもない。これ以上は、憲兵隊の捜査を待った方がいい。ただ、失踪直前に会話した相手に、心当たりはある。」
そう言うとエカテリーナは、声を潜めた。
「現況もあり、軍を全面的に信用するわけにはいきませんわ。それと、その少年にはすでに、父の部下がお話を聞いています。」
それを聞き、1つ、疑問が浮かんだ。
「なぜ、その人たちは信用できるんだ。」
「父は、直属の部下の皆様と、家族ぐるみで付き合いがありました。確かに信用できます。特に、あの子に話を、と名乗り出たのは・・・わたくしの、婚約者ですわ。」
・・・なるほど。私如きが思いつくような手は、既に打ち尽くしているようだった。
確かに、長年酷いイメージを持ち続けたこと、誤解させていたことは申し訳ない。だが、それを勘定に入れても、もう出来ることがもう思い当たらない。
「・・・すまない。でも、協力できることがあるなら、何でも言ってほしい。」
彼女は涙を零し、震える声で言った。
「ありがとう、ございます。」
・・・今は力になれないと言ったのに、感謝された。こっちはただ、申し訳ないのに。その真意は、結局わからなかった。
去り行く彼女の背中を見送っていると、端末に着信が来た。・・・議長だ。先ほどのやり取りを思い出し、恐る恐る回線を繋ぐ。
「私だ、アジュール少尉。先ほどは、済まなかった。」
議長の第一声・・・え、謝罪、でいいのか?
「・・・いいえ、謝っていただくような覚えは、ございません。」
議長の判断は、為政者としては合理的で、納得できた。そこに、異論はなかった。
「いいや、謝らせてくれ。君たちが見つけた真実は、確かににわかに信じがたいものだった。だが、受け入れなければ治療の手立てすら見つからないことも、また事実。故に、我らだけの秘密にし、蓋をしろと命じたことを、撤回させてくれ。」
・・・この半日間に、何があったのか。思考が追い付かない。
「まずは一部の医療従事者にのみ、この情報を展開する。そして三賢老をはじめ、この症状に苦しむ者のためにも、治療方法を何としてでも確立する。必要があれば、件の秘密の書庫の探索も進めよう。治療法さえ見つかれば、この呪いは流行病と何ら変わらなくなるだろう。そのときに、事実を全て明らかにするか、決めると誓おう。」
改革のお題目と、現実の折衷。それは、ごもっともだ。だが、まだ大きな問題はある。
「・・・ですが、この事実を公表して疑心暗鬼を誘発すれば・・・それは更なる発症、国の崩壊を招くのでは?」
だが議長は、毅然とこう言い放った。
「いや、逆を言えば、支えさえとなるものさえあれば、それを失うまでは発症を先延ばしに出来ることは明らかだろう。例えば、私もそうだ。思い返せば、私の礎は亡き親友の遺志だった。そんな形の無いものにすがり、それが成就されても、私はこうして正気を保っている。私自身が証明になっていたこと、そのことに、やっと気づけた。だからこそ、君たちに謝罪と感謝を伝えたい。」
「・・・いえ、そんな。恐縮です。」
その後の言葉に詰まり、時間を理由に失礼しようとしたら、予想外の事を切り出された。
「ああ、君たちの今夜の宿は、少々上等なところを用意した。私からのお詫びだと思って、たっぷりと羽根を伸ばしてくれたまえ。では、失礼する。」
「はい。失礼いたします。」
・・・なんだろう。
一度に大量の情報が流れてきて、いまいちわからないが・・・とりあえず、この送られてきた地図の場所に行けばいいのかな。
10.
「・・・本当に、ここでいいんだよな?」
・・・間違って、ないよな。
大理石の外装。宮殿の、次の、次の、次くらいには豪華な建造物。一見、宿泊施設なのかですら、怪しい。確かここって、正真正銘のVIPが泊まるようなところだったよな。
・・・多分、違うよな。ここじゃないよな。そう思って踵を返そうとしたら、見知った顔が目に入った。駆け寄ってきた。間違って、なかった。
・・・でも、ドレスコード、大丈夫だっけ。もういっそのこと、式典用の軍服でもいいか。・・・だが先に到着していた奴らから、その心配は必要ないと聞いた。・・・どういうことだろうか。
さて、まずは荷物を置いてから、大浴場に向かい、2週間分の垢と汗を落とすことにする。塊になりかかった髪を、程よいお湯と香しいシャンプーで流し、顔を上げると・・・。
「・・・母さん。」
・・・鏡だった。でもそこに、母さんがいた、そんな気がした。・・・たった今、気づいた。こんなに、似ていたことに。でも、眼をよく見ろ。そこは父さん譲りだ。体を見ろ。スレンダーと言えば聞こえはいいが、似ても似つかない。遺されたのは、首から上だけか。
気を取り直して、体を流し、反対岸が見えないほど大きな湯船に足を入れる。湯気で隠れた天井を見上げると、また、思い出した。男女の性差なんて気にしていなかったころ、友達同士で集まって、素っ裸になって水浴びをして・・・怒られた。
ジャッジ、ホルス、アンガス、フォード、リグレー。
もう、会えない。
・・・水浴びとは、違う。そう、長くも浸かっていられない。のぼせる前に、上がるとしよう。そうしよう。
浴場直通のドライ・カプセルに乗って部屋に戻ると、心配ないと言われた理由が、やっとわかった。テーブルの上の荷物を開けると、忘れられていたものが、顔を覗かせた。去年買って、ずっと寮に置きっぱなしだったドレス。梱包ケースには、あの陽気な同期の父が幹部を務める、会社のロゴが。いつの間にか、届けられていたのか。
・・・でも、これは。白を基調に、赤と、ネイビーのワンポイントが付いた、ワンピース。従兄のシャモ兄さんと、ヤコ姉さんの結婚式に、着ていくはずだった。
着ていきたかった。
ずいぶんと気分が沈んでしまったが、仲間を待たせたくはない。待ち合わせ場所だった、ロビーへと向かう。
人影が、5つ、見えた。手を上げ、合図をしようとして、思わず、立ち止まった。
「・・・姉さん、ホルス、フォード、ジャッジ・・・ヨーク。」
・・・誰だよ!4つの口が、異口同音に、そう言った。残り一つは、ポカンとしている。
似ていたわけじゃ、なかった。ベルクも、ナーシアも、カヌも、女の子らしい恰好をするような奴じゃなかった。その新鮮さから、自然と記憶の中のそれに誘導されたのだろう。髪をきっちりまとめたムクロも、初めて見た。農場主のお坊ちゃんを、思い出した。
みんな、死んだ。私が、死なせた。かつて目の前の奴らに頭を下げ、揃って銃殺刑ものの軍規違反を犯させた。なんとしてでも、助けたかった。でも・・・被害を広げないのが、精いっぱいだった。
「・・・行こう。まずお腹がいっぱいになれば、きっと。」
ムクロの、優しい言葉。無意味やたらとちょっかいを出してきたあのクソガキとは、似ても似つかなかった。
六人掛けの丸テーブル。各々の席に着くと、しばらくして、コースの前菜が運ばれてきた。
「前菜のカプレーゼでございます。」
なじみのない野菜と、白い塊と、オイル。とてもシンプルな料理だった。
シンプルに見えるのに複雑な味。何を食べているのか、分からなかった。特に白い塊については、想像すらつかなかった。でも、美味しかった。それが、見知った食材だと知ったのは、後になってからだった。
周りを見渡す。普段の食べ方が汚い奴らも、今日ばかりはマナー講座のお手本にきっちり従っている。残り1人も、見様見真似でなんとか様になっていった。
「本日のスープ、キャロット・ポタージュでございます。」
スープか。音をたてぬよう、静かにスプーンで掬って、唇まで持っていくと、驚きのあまり声が漏れた。
「・・・これ、本当に野菜のスープ、でいいのか。」
食べなれている2人を除き、皆一様に、その味に感動していた。スプーンで掬われ、掻き回されるたびに味が変わるのか、飽きる気配がない。
「・・・でも。」
その感動を、遮るものが居た。なんだよ、ムクロ。藪から棒に。
「・・・フソウの、愛情が籠った、スープには、負ける、かな。」
兄妹愛については否定しないが、そういうことは、まっすぐ前を見て言え。それじゃあ、誰に対しても失礼だ。
「・・・泳がせるのは、クルトンだけにしておけ、この兄馬鹿。」
みんなが、くすりと笑い、嫌な思い出が、少しだけかき消された。
こちらの食事ペースを知ってか知らずか、更にコースは続く。
「本日の魚料理、アクアパッツァでございます。」
ここまでは、皆一様に、舌鼓を打っていた。・・・ここまでは、平和だった。
・・・食卓に並ぶだけで、場が凍り付く料理があると言っても、信じられるだろうか。例えば、いい思い出と、嫌な思い出が同時に浮かんで、葬式のような空気に変わる料理とか。
「本日の主菜、有角牛のレア・ステーキでございます。」
・・・例えば、畜産をしていた亡き両親が育てていたのと、全く同じ品種の牛肉とか。葬儀の僅か三日後、講習としての模擬立食パーティでこれが振る舞われた時は、いろんな意味で空気が凍り付いたようだった。
現に今も4人が凍り付き、それを見た1人も、食器の使い方の見本が無いためにフリーズしている。
このまま、肉が冷めて硬くなるのを待つしかないのか、という空気を破ったのは・・・。
「・・・美味しい。」
かつて呪いを振りまいた張本人・・・つまり、私だった。
呆然としている5人を尻目に、私はウェイターを呼び、一つ質問をする。
・・・やっぱり、思った通りだった。
「・・・やっぱり、これ、あの日、隔壁で守った、コロニー産だって。一口でわかった。」
もう一口切り分け、今度はソースを少し多めに絡めて、口へと運ぶ。・・・やっぱり、美味しい。
「・・・父さんと、母さんと、幼馴染。助けようとして、助けられなかった。でも、守れたものは、確かにあった。あの日、力を貸してくれて、ありがとう。本当に、ありがとう。だから、いっしょに、食べよう。」
4対の食器が一斉に動き出し、ワンテンポ遅れて1対が後を追った。
再び、食卓に笑顔が戻った。
でも、少しだけ、悔しい。負け惜しみの一つでも、零しておきたい。
「・・・でも、ちょっと臭みが気になるかな。やっぱり、育てるのも、シメるのも、優しい、父さんが、やらないと。」
「・・・この、バカ娘。」
さっきの意趣返しのつもりだろうが、それは意味が違うだろ。
同じことを思ったのか、4人は笑った。
あとなぜか、ソースもどこか変だった。心なしか、塩気が強すぎるように感じた。
続けてデザートが運ばれてきたときも、やっぱり母さんのプリンが一番だな、と言った。それを皮切りに、よくもあの時食べやがったな、いいや禁止されてんのに持ってくる奴が悪い、でもやっぱりこっちの方が美味しいんじゃ、なんでお前も知ってるんだよ、という応酬が、支配人にやんわりと怒られるまで続いた。
そして、食事の終わり際。何人かの子供舌が、エスプレッソの苦みで悶絶しているのを尻目に、思った。
なんでいままで、嫌な気分で食べていたんだろう。舌は、体は、変わらず求め続けていたのに。・・・自問自答した。
呪いは何処から生まれ、どうしたら解けるのか。呪われたものは、どうすれば救われるのか。その答えに、近づきつつあったと思う。
11.
その夜は、久々にみんなで集まって、語り明かした。さすがはスイートルーム。6人入っても、空間にはたっぷりと余裕があった。空気を読めない1人のせいで、一瞬いつもの5人になりかけたが、無理やり説得してなんとか部屋に入れた。その蒼白に近い顔が紅潮して見えたのは、気のせいだったのだろうか。
6人は、眠くなるまで、たくさん話をした。
あのバケモノじみた教官が亡くなったことが、未だに信じられないと言う話。その教官の、どこが好きだったかという話。私は、“泣いている子供を見捨てない”をはじめとする数々の家訓を、体現していることを上げた。
近々あのワンピースをまた着るかもしれないという話と、それが延期になるかもしれないという話。
今日みたいな料理を、いつか友達とその家族も一緒に、食べてみたいと言う話。
新作がやっと書きあがりそうだから、恥ずかしいけど、一番に見てほしいって話。
地球に行きたいのは変わらないけど、その理由がいろいろな人に会ってみたいからというものに変わったという話。
そして、そこにいる全員がポカンとするような、壮大な夢物語。でも、いつか現実にしたい。誰もいない蒼の世界。見知った顔だけが佇む白の世界。それを、想像しながら。そして、みんなで、笑った。
なにが、役目を終えた欠陥兵器だ。
なにが、自由無き遺伝子の奴隷だ。
なにが、指導者無き種族だ。
なにが、創造性の欠落だ。
言ってやる。
そんな呪い、知ったことか。
呪いを撥ね退けた奴がいる。
呪いと向き合う奴がいる。
呪いに挑みかかる奴がいる。
呪いから抜け出た奴がいる。
呪いを飼いならした奴がいる。
呪いを、優しさで調伏した奴がいる。
ショーシャ。
ベルク。
カヌ。
ナーシア。
・・・ムクロ。
みんな、生まれてきてくれて、ありがとう。
みんな、私と出逢ってくれて、ありがとう。
私と同じ時代を生きてくれて、本当にありがとう。
ざまあみろ、地球人類。
ざまあみろ、旧連邦。
私たちは、幸せだ。
お前たちの廃棄物は、こんなにも、幸せだ。
何が従うことしかできない人形だ。
これのどこが人間の模造品だ。
待っていろ、地球人。必ず、そこにたどり着いてやる。
罵倒するなら、立ち向かう。大声で、今の啖呵をぶつけてやる。
そうでないなら・・・。
待っていろ、地球。必ずお前を楽しみぬいてやる。
この人生を、楽しみ尽くしてやる。
だから・・・待っていろ。