機動戦士ガンダム 終天の御伽噺-フェアリーテイル- 作:7746MRRWAY
1.
きっとこれは、夢だ。
下を見ると、一枚の白い布に包まれた小さな体と、見慣れた黒髪。
頭の上には、丸い大きな小麦色の鍔、大きな帽子。
お尻の下には、まばらに草が生えた地面。踏みしめても、響かない。きっとこの土は、どこまでも果てしなく、深く続いているのだろう。
上を見ると、蒼い空と、白い雲。作られた色じゃない。わざとらしさなんて感じない。どんな技術でも再現できない、どこまでも煩雑で、複雑な、果てしない世界。
目の前には、大きな、蒼い水たまり。空の色を、映したような。果てしなく広くて、向こう岸なんて、とても見えない。
振り返ると、小さな影が、4つ。
みんな知っている、誰かに似ている。
なぜかわからないけれど、心が弾む。
弾んだ心のまま、私は叫んだ。
「一緒に、この世界の果てを見に行こう!誰も見たことない、この世界の果てを!」
気付けば、影は5つになった。
錨を上げ、帆を張り、風を受け、そして舵を切る。
地図も羅針盤も、心の中にある。
どんな荒波、嵐にも、決して負けたりはしない。
たとえ向こう側に、何も・・・。
2.
「・・・ぱえ?」
・・・久々に、良い夢を見た気がする。よく覚えてないけど、寝覚めがすごく、すがすがしい。
その代わりに、首が痛い。そうなるよな。6人そろって眠くなるまで話した果てに雑魚寝となったら、そりゃそうなるだろう。ふかふかのベッドも、枕も、肌触りの良いシーツも、結局使われることはなかった。少し、もったいなかったな。
時計を見ると、6時を回っている。他のみんなは、まだ夢の中だろう。
床でクッションを抱いて寝ているベルク。
ベッドに背中を預けて寝息を立てるショーシャ。
ソファの上でよだれを垂らしているカヌ。
床で小さく丸まっていた、ムクロ。
・・・1人、足りない。
その1人は、とっくの昔に起きていた。
バルコニーのミニテーブルに端末を置き、すごい勢いでキーを叩いている。
呑気に寝ていた私たちとは裏腹に、何か焦っているようにも見えた。顔は相変わらず無表情だが、嫌な感じがした。
「・・・何か、あったのか。」
この予感が気のせいであってくれと願いながら、尋ねてみる。
「殺人事件。それも2件。通報は、共に今朝5時台。」
・・・予感が、当たってしまった。
気配を察知したベルクから順番に、ぞろぞろと目覚めだす仲間たち。起きる気配のない寝坊助には、目覚まし代わりに踵を叩き込んでおく。ちょっと膨らんだ白い頭をさすりながら、5人に合流する。
テーブル周りに勢ぞろいした当たりで、作業をしていた本人が声を上げる。
「よし、侵入成功。現場画像、ゲット。」
どうやらナーシアは、公安の防犯カメラシステムに侵入していたようだ。・・・いいのか、これ。だが、この際手段には目を瞑る。どうも、胸騒ぎがする。
「・・・どうだ?」
「一件目の被害者は、例の自称特命執行官2名。遺棄現場は、それぞれ至高裁判所と軍中央指令室。遺体の状態は、かなり猟奇的。見ない方がいい。」
「・・・どんなだ。」
「首から上は、審理台の上でR-15。首から下は、司令官席の上でR-18。」
「・・・ああ、もういい。」
1人を除いて、その表現でだいたい察したようだ。
「・・・オエ、趣味悪い。死体とか見慣れてても吐くわ、コレ。」
うっかり見てしまったベルクの反応から、残りの1人も察したようだ。顔が、少し青ざめたように感じた。
「二件目の遺体は宮殿最上層の外壁に磔。被害者は・・・ハーメス准将。」
二枚目の画像を見る必要は、なかった。チラチラと目に入っていた、宮殿最上層に張られたシート。今まで気にはなっていたが、修復作業用の目張りとも思っていた。だがたった今、風でシートがめくれて作業員と共に露になり、その詳細が明らかとなった。手首、心臓、額に釘。壁には、黒みがかった赤で描かれた図形。太古の時代、悪魔崇拝の象徴であったとされる、魔法陣。そして、この中で一番の博識が呟いた。・・・「序列1位、バエル」と。
・・・わからない。同一犯なのか、それともたまたま頭のおかしい奴らが、同時に事を起こしただけなのか。・・・あるいは。
「順当に考えれば、遺体の遺棄方法に何らかのメッセージがあると思うけど・・・。」
ショーシャが、ミステリ小説のルールに則ってプロファイルをする。確かに、普通に考えればそうなる。そして、彼女の端末から辞書アプリを立ち上げた。猟奇殺人事件の実例に、古のスプラッタ映画。無数の参考資料が、滝のように流れる。
ナーシアは、捜索の対象を市街地の防犯カメラにまで向けた。AI解析により、通行人の状況どころか、表情解析から感情までも読み取り、虱潰しに探した。犯罪傾向のある人間を三桁は抽出でき、その中には見知った顔もあった。だが、それらの可能性すべてが、物理シミュレータによって否定された。
それを見たカヌは、ペーパータオルに、裁判所、指令室、宮殿および周辺の建物の構造と、死角を描き出した。どのようなルートをたどれば理論上可能かを思考している。そして、死亡時刻を同一にするトリックは思いついたものの、どのルートでも被発見の蓋然性が拭えないという結果になり、頭を抱えている。
・・・使用済みペーパータオルの端っこで〇×ゲームを始めたアホどもは、放っておこう。
完全に、煮詰まった。・・・でも。そもそも論として、これは私達のすることじゃないだろう。そう思って、ヒートアップする3名を制止しようとしたとき、新たなニュースが飛び込んだ。
・・・新たな遺体および、主砲が抉れロストした戦艦の発見。艦長と15年の時を共に過ごした艦は、文字通り運命を共にした。だが戦友の遺体を、自分と同じに無理やり成形されるなんて、死んでも死にきれないだろう。死亡時刻も、全くの同一。
・・・おもむろに窓から下を覗くと、ほんの少し前に力になると誓ったはずの同級生が、そこで涙を流していた。そして最愛の騎士は己が心を仮面で隠し、ただ彼女を優しく抱き留めていた。
・・・この3件、おそらく犯人は同一。必ず、意味がある。
ショーシャの受け売りじゃないが、捜査の基本は起こった事象によって得をする人間を疑うこと。だが、誰が得をする。こんなことをして、得をするのは誰だ。メッセージなんて、そもそもあるのか。特に中将の件なんて、ただの性格の悪い皮肉だろう。ただ目立って、何がしたい。
・・・違う、4件だ。あと1件、腑に落ちない事件がある。・・・あの録音と、矛盾する。
猟奇的な事件で目立って、目を引く。規律の通り動く組織は、当然混乱する。その隙に何か、本命を成し遂げる。
・・・引っかかることが、一つあった。
「・・・ナーシア、もう一度、感情分析AIの結果、見せてくれないか。」
「・・・いいよ。」
些細な仕草や表情の分析結果、犯罪傾向によってリストアップされた三桁にも上る人物。その中に、確かにいた。その人を追ってほしいと頼んだ。だが、その人は動かなかった。表情以外、何一つの怪しさは無かった。
「・・・ジーク、やっぱり無理だよ、この人じゃ。昨晩から今朝まで、ずっとカメラの前で飲んでる。」
・・・いや、あった。明らかに不自然な点が。物理的不可能に括りすぎて、物理的不自然を生み出していた。
・・・同じだ。あの時と。言っていることが、事実と矛盾する。だが物証と、証人によって疑いから逃れていた。・・・その間、奴は自由だった。私は、3人ほど頭が良くはない。だが父と同じく、いざというときの勘は働くと信じたい。
「この人は、今、何処に。」
それを聞いたナーシアは、軽く手を動かす。仮想ディスプレイに、別の動画が表示される。
・・・第29ヒューマン・エアロック。宇宙に出かけるための、出入り口。だがその服装は、これから宇宙遊泳を始めるにしては明らかに不自然だった。
「・・・全員、私室に戻れ。」
私はクローゼットから、業者メンテナンスから帰って来たばかりのベース・スーツと、その上に着る軍服を取り出す。後者の上に前者を乗せ、封を開ける。顔を真っ赤にする約1名を無視して、寝間着を脱ぐ。
きびきびと着替えながら、そこにいる全員に、追加の指示を出す。
「準備を急げ。早急にチェックアウトするぞ。」
誰となく、当然のような疑問が飛び出す。
「準備って、何を?」
驚かせることを覚悟した上で、こう続ける。
「戦闘準備だ。」
3.
それぞれの着替えの最中、頭の中で組みあがった推理を共有する。だが、肝心のトリックは分からない。仮説として挙がっているものは突飛で、なおかつ当たっていても対策なんて取れないものだ。何より、最終目的が分からない。
だとしても、今しかチャンスはない。あれがあの場に居続けるなら、移動される前なら、まだ打てる手はある。
そんな情報を共有しながら、そそくさと手を動かしつつ、作戦の詳細をさらに詰める。今この瞬間に、出来る限りのことをやっておく。
「出来るだけ早く、ハゥフューレを偏在化させる。カヌ、作業員が下りたら連絡をくれ。」
「大丈夫、それなら昨晩中に終わってる。・・・でも、ジャバウォックは、まだ、だいぶ。」
「・・・なら、あそこで1時間だけ、足止めを試みる。あの性格だ。これ見よがしに推理を始めれば、高確率で釣れるはず。」
「・・・1時間、か。装甲の再接続は済んでいるけど、神経回路再構成、今からじゃ3時間・・・。でも!ここで、信頼できるチームに頼み込んで、総動員をかける。なんとか、55分で!」
「ありがとう、カヌ。それで、ナーシア・・・ハードウェアに合わせたOSは、どうだ。」
「無修正だと、まともに動く保証なし。でも、フレームのE.M.E.T.Hカーネルには触らず、汎用火器管制ドライバとの結合を含めて周辺プログラムの全差し替え。コンパイルだけで80分、全行程でその10倍・・・。でも、ネット上の腕利きに、たった今メッセージとソースコードを飛ばした。現在、50人からOK。分業で、40分。それと、これから自作する部分は量子マシン言語を直打ち。これで、コンパイル時間はカット。アセンブルを足しても・・・50分。」
「・・・よし、よくやった!・・・ベルク、ショーシャ、出られるか。」
「みなまで言うな!30分で駆け付ける!」
「右に同じく。くれぐれも、無茶はしないで。」
「・・・ムクロ。」
「・・・行けます。」
この辺りで、私達の着替えと荷造りは終わった。各々のベース・スーツの上に各所属の制服を着込んだ5人は、廊下、階段、ロビーで順番に合流する。
チェックアウトを済ませ、昨晩の宿を後にする。そして、久方ぶりの号令をかけ、私たちは別れる。
「よし、それじゃあ、頼んだぞ!」
「了解!」
私以外の5人はメンテナンスドックにて再集合。対する私は、目的地に直行する。アウターパックは道中で調達すればいい。
・・・だいぶ、街中を走った。あとは、この通りを少し外れれば、備品の格納庫がある。そこでシールドギアと、アウターパックを調達して・・・ん?あれは、あいつは、あの、荷物は。続く2人はともかく、先頭の1人は。
「・・・クーン!ちょうどよかった!」
「・・・え!?ジーク・・・!?なんで、ここに!?」
「いいから、それと、それ、一つずつ貸してくれ!」
「・・・え?・・・別に、俺は、何もやって、ないぞ。別に、ちょろまかした備品で、ナンパした娘と、宇宙遊泳デートなんて・・・。」
「・・・なんでもいいから、貸せ!・・・じゃなくて、どれだけの間、借りていい?」
「着替えもあるし、30分後、かな。」
「じゃあ、それだけ、借りる。もちろん、無料とは言わない。」
「・・・え?・・・ジークリンデ、さん?」
「なに、この女。」
「なに、このまな板。」
「・・・でも、いい匂・・・え?」
「・・・30分以内に戻らなかったら、暁鐘電子の株を買っておくといい。」
「・・・ヒソヒソ話をしながらオプションの装着とは、器用ですね。・・・じゃなくて暁鐘って、ベルクの。確かに今、安いけども・・・。」
「・・・多分、戻れなかったら、最悪、不良在庫が一気に捌ける。」
「・・・なんで?」
「戦争が、起こる。」
「・・・待てよ。なんで、そんな、顔。・・・死ぬ気かよ。」
「勝つ、つもりだ。・・・ありがとう。もう行く。」
「・・・待てよ!スティッシュも、ショットも、ケミーも、あそこにいた奴らは、シミュレータの成績、上位20位内、なんだぜ!俺に至っては、上位10・・・。」
「気持ちだけ、受け取っておく。・・・生きろよ。」
「・・・行くなよ!気になるじゃ・・・。」
胸部・背部と腰部にアウターパックを、首周りにシールドギアを装着。市街区画の境界到達までに、何とか間に合った。ガンナイフは、アウターパックに内蔵・・・。
だがこの先は、昨日と今日で構造が変わるとされる、居住区外作業域。その先に、第29ヒューマン・エアロックは存在する。頼れる奴らは、それぞれの仕事で大忙し。
私1人で、やるしかない。
「・・・行くぞ!」
いくつもの扉を抜け、迷いながらも、しばらく走った。
途中、真空のエリアを何度も抜けた。
近道というのは、本当だった。
見つけた。
奴が、居た。
奴が、声を出す。
「・・・どういったご用件でしょうか、少尉?」
「・・・一つ、よろしいですか。ノクト・レム・エルピナス少佐。」
4.
人が4人入れば、窮屈さを感じる。2人でも、若干狭い。それが、第29のそれと同じ、Kタイプ・ヒューマン・エアロックの大きさ。だが、真空の世界と人類の生存圏を隔てる最後の壁。その頑丈さと機密性は折り紙付きだ。おそらく、簡単には壊せない。
「・・・もう一度、お聞きします。どういったご用件でしょうか、少尉?」
男は口を開き、また、黙り込む。しばしの沈黙の後、いつもの芝居がかった口調に戻り、関を切ったように喋りだした。
「・・・ああ、お友達の就職先の関係ですか!ですが、すみませんね。エルピナス家が
・・・すぐに返事はするな。待て、とにかく待て。相手が待てる、ギリギリまで。時間を稼げ。男が、苛つきだす直前を見計らって、返事をしろ。
「・・・いいえ。今朝までに発生していた、猟奇殺人事件について、お話が、あります。」
また、静寂が空間を支配する。
「・・・
男はまず、小声で、までの部分を復唱した。
「・・・報告相手を、お間違えでは。再編成により、もう貴女は私の部下ではありません。諜報部からも、離れて久しい。相手とタイミングを違える可からず、社会人の常識ですよ。」
男は、手ぶら。エアロックの中で、無防備にも背広を着る。武器の類を所持しているようには、見えない。だというのに、なんだ、このプレッシャーは。
「・・・いいえ、お聞き、ください。・・・全てを聞けば、ご理解いただけます。」
再び、沈黙。・・・緊張からか、喉がからからだ。
男は、再び、口を開く。
「それならば、お聞きしましょう。・・・貴女の先達として。」
私は、ゆっくりと、私の推理を展開する。
「一連の事件において、私はある人物を、怪しいと直感しました。調べてみれば、不自然な点が多数、浮かびました。」
「・・・ほう。」
「その人物を、以降はXと呼称します。Xは初期の段階で、特務官にマークされていました。そして秘密裏に調査をするよう、すでに特命が下っていた。この件に関しては、指令書で確認済みです。」
いきなりで悪いが、これはハッタリだ。いかにハッカーといえど、いかに万能の合い鍵を持っていたとしても、欲しい物の在処が不明ならどうにもならない。だが、確信も無しに臨んだわけじゃない。
「Xは、策を弄しました。運よく特務官の、教官時の教え子の1人が、配属先の消滅で宙ぶらりんになっていました。それを利用し、自らの任務である探査団の査察に同行させる。楯として、人質として、そしてアリバイ証人として。」
恐らく教え子と、特務官の関係も知っていた。いかに最強でも、心に乱れが生じるだろうと見込んで。
「ですが、Xに計算違いが生じました。折角用意した、同行者と逸れてしまった。Xは困った。最低でも、アリバイだけは確保しなければ。そのため、カメラと証人が常時存在する、ベースキャンプを動けなくなってしまいました。怪しい施設なんて枚挙に暇がないというのに、査察官として不自然な動きはこのためです。」
男は、応えない。
「その完璧なアリバイを利用して、Xは特務官の抹殺を謀りました。あるいは、クロと確信した特務官自身が、人質から離れた時を見計らって引導を渡そうとした。どちらにせよ、結果はXの勝利。特務官から襟章を回収し、教え子に危険物の運搬指令を下すと共に手渡し、行く先々で騒動を起こさせました。そして思惑通り、教え子を下手人に仕立て上げ、誤認逮捕からの早期の挽回を焦る憲兵隊に、自らが提供した情報を真実として刷り込むことに成功しました。元情報部のパイプも、役に立ったでしょう。」
アリバイが完璧の状態でどうやって殺したとか、騒動を起こしてどうなるとか、ツッコミ所には困らないだろうに・・・男は、黙っていた。
「・・・ですが、その情報には矛盾がありました。Xは教え子の、
それは、手当した兵士にも確認済み。炉に火を入れた後、何かが飛び出したと言う証言もなかった。加えて、変異体は頭を、脳みそを優先して狙い、喰う。もしくは、丸呑み。眼鏡と襟章を同時に、綺麗に回収できる死に方、そんなものは想像できない。発生原理の都合上、同型の変異体が発生する可能性も低い。
「・・・成程。」
こちらの矛盾についての指摘も、あちらの矛盾についての弁明も、ない。
「加えて今朝、市街の防犯カメラでXをマークしていたら、全く同じ現象が起こりました。Xは昨晩、バーにてジン・ストレートを傾けた。夜が明けると、はす向かいのカフェのオープンテラスに居座り、フルシティ・ローストを3杯。Xは背広を着ていたため、プライベートだと予想されました。しかし、空席はいくらでもあるのに、その何れにおいても、カメラのフレームの、ど真ん中の席を選びました。この間、一秒たりともカメラのフレームから外れたことはありませんでした。映像は量子署名型で、改ざんは不可能。・・・そしてその間に、今朝の事件が起こりました。」
「・・・ほう。」
男の声に、苛立ちが見えてきた。
「最後に、今朝の事件の被害者、その人選についてです。一見、何の共通項も存在しないように思われます。普通に考えれば、メッセージ性を感じないレグリット中将の件が例外となるでしょう。ですが私は、自称特命執行官2名こそがノイズだと考えます。2人は、固有特性の応用で脱獄に成功し、隠れ潜んでいたところを、たまたまXに見つかり、殺害された。あとの2人については、行方不明になる直前、その作戦の前まで、共通する、とある人物と会っていました。」
ジャバウォック処分作戦。艦の第七司令部出港まで同じドックに滞在し、中将のMIA認定を待っていたかのように、本国へと出発した。
“孤狼の群”掃討作戦。准将の隣に、確かに誰かが居た。かすかに聞こえた声に聞き覚えがあった。
そこまで聞いて、男はようやく、呆れましたと言わんばかりに、反論を始めた。
「・・・確かに、Xの発現に矛盾があったことは明らかですね。ですが、さっきから聞いていれば、貴女が立証している事項は、Xのアリバイの完全性に他ならないように聞こえますよ。・・・私に、どうしろと。」
最後の一言に、言い知れない圧を感じた。
その通り。未だに、トリックさえ分からない。だが、確信はある。
「・・・その完璧さが故に、不自然だと申し上げている。」
男の細い目が、僅かに持ち上がった。その隙間から、爬虫類のように冷たい瞳が、一瞬だけ姿を現した。
「今朝のそれが、目に見えて分かりやすい。昨晩から、アルコールとジュニパーベリー、コーヒー。いずれも、高い利尿作用があります。チェイサーを含め、合計1ℓ以上を飲みほしています。訓練を受けていない常人なら、とうの昔に膀胱は決壊しているでしょう。ベース・スーツを着ている様子もありませんでした。そこまでしてXが、アリバイに括る理由は何でしょう。そこまでして、自分の無実を演出する理由とは。」
男は、回答の代わりに、嫌味ったらしく言い放つ。
「・・・ですが、アリバイは、崩せなかったのですよねぇ。」
だが、それに何の意味もないことは、痛いほど思い知っている。・・・この、旅の中で。
「共犯者か、もしくは、あるいは。ただ一つ、確かな真実があります。やましいことがないにもかかわらず、嘘をつき、誤魔化し続ける人間なんて、存在しない。・・・即ち。」
私は右手を上げ、ゆっくりと、まっすぐに、人差し指を、Xへと向ける。
「犯人は、お前だ。」
5.
—————パンテラ・バルザック軍曹の取り調べ記録より抜粋—————
はい、警備部隊、パンテラ・バルザック軍曹であります。
はい、当日の行動でよろしいでしょうか。
はい、□□□少佐より命令を受け、〇〇〇少尉を呼び止め、第29ヒューマン・エアロックへの近道と称して、指示された通りのルートを伝達いたしました。
はい、虚偽の情報を流布した件について、ということで宜しいでしょうか。
はい、佐官の命令とのことで、異論を挟む余地はございませんでした。命令の意図並びに、その結果が現状にどう繋がるか、その当時の私には予測は困難でありました。
はい、虚偽であることは明白でした。二等兵より15年、該当区画の警備一筋。そのルートの先に何が在るかは明白でありました。
はい、個人的な感情について、ということで宜しいでしょうか。
はい、〇〇〇少尉について、特別な感情はございます。
はい、家がありました。貯金をはたき、ローンを組み、購入に至った我が家でありました。
はい、戦闘の余波によって崩壊、保険に入る余裕など当時の私にはございませんでした。
はい、身の丈、収入の件でありますか。
はい、ご指摘はごもっともだと存じております。
はい、△△△大佐から栄転のお話があり、それを見込んで銀行員を説得いたしました。
はい、〇〇〇少尉が閣下に濡れ衣を着せたがために、△△△大佐も処分となりました。
はい、息子の親権に関しても、現状不利と見られております。
はい、妻の不倫も、全て〇〇〇少尉の暗躍によるものとみて、間違いないと確信しております。
はい、後悔はしておりません。
はい、今でも〇〇〇少尉を許すことは不可能であります。
たとえ、この命を救われたとしても。
たとえ、刃を向ける悪魔を、眼前にて蒼矢で射貫き、消し滅ぼしたとしても。
6.
「犯人は、お前だ。」
この言葉を、確かな証拠すら握らずに言い放った探偵が、過去存在しただろうか。すまん、ショーシャ。この件をモデルに何か書く時は、結構大胆なアレンジを頼みたい。
すると男は、唐突に、わざとらしく、両手を大きく打ち鳴らした。
「はい、降参。お見事。犯人は、私です。」
目の前の男の顔が、見たことないほどに汚く、醜く歪む。初対面で紳士的に思えた男と、同一人物とは思えない。
・・・くそ、下郎が。
こんな奴に、エミナさんが。色恋にだけ初心なあの人の純心が、汚された気がした。
ただ、不明点が3つ。どうやってアリバイを作ったか、派手な事件で目を引いて裏で何をしていたか、そして動機は何か。特に、最後の1つは足掛かりすらない。
「・・・動機、ですか。折角ですから、お話ししましょう。おそらく貴女が、最も私の立場に近いでしょうから。」
・・・言っている意味が、さっぱり分からない。立場って、なんだ。
立場・・・私が体験していて、他の人間が体験していないこと。
実家のあるコロニーブロックの全滅、ではない。事故後に調べたが、親類で生存したのは私1人。こんな汚い男は、知らない。
だとすると、成り行きで国を敵に回したこと、でもない。これもほとんど自分の選択の結果と、それ以外はこの男自身の自作自演だ。
そうなると、残る可能性は、一つ。
「・・・
もう、これ以外に思い当たるものがない。男の生家は、代々
「その通り。あとはお解りですよね?」
何を、言っている。確かに衝撃的な事実だったが、猟奇殺人が許容される程じゃないだろう。
「・・・お言葉ですが、理解いたしかねます。」
私の答えを聞いた男は、大きなため息に続いて、“やれやれ”と全身を使って表現した。
「ああ、解りませんか。もしかして、あの真実を知っても、何の感情も沸いてこなかったとでもおっしゃるつもりでしょうか?」
・・・もちろん、そんなはずはない。でも、その時感じた絶望感、虚無感、それら全てを合わせて煮詰めても、私なら絶対にこんな行為を正当化できない。
「絶望感に、虚無感ですか。まあ、そんなところでしょうね。それで、湧いてこなかったのですか?」
湧く、だと?
「・・・何が。」
反射的な返答に、男は更に大きなため息をついた。
そして低く、呟いた。
「憎しみ。」
・・・?
憎む?誰を、なんで。
「誰を、憎む?なぜ、理解できないのでしょう。悪は誰か、誰が酬いを受けるべきか。考えれば解るでしょう。貴女の頭蓋骨は、何を護っているのでしょうか。」
何を、言っている。
何を、考えている。
「・・・利己的な理由で
男の目は、どこか、遠くを見ていた。ただ、決して大きくないその声からは、測り知れないほどの、狂気があふれていた。
「一つはこの国、この汚れた種族、この、狭い、箱庭・・・!」
握り込んだその右手には、爪が食い込み、血が滲んでいた。
「もう一つは、何も知らずに理想郷で暮らす、全ての・・・地球・・・人類・・・!!」
・・・おかしい。この男は、おかしい。
「もう、わかりますよね。国を、家を想い、士官学校への推薦が決まった、まさにその日、真実を知り、希望に満ちていた総てが・・・反転した。穢れだらけの世界と、不倶戴天の絶対悪を、理解した。」
言っていることの意味が、やっとわかった。だが、やはり理解できない。
「動機は、
・・・この男、狂っている。
私がここを推理ショーの会場に選んだのは、移動する前に決着を付けようとしたことには、ちゃんとした理由がある。想定しうる最悪の可能性へのケアとして、この狭いヒューマン・エアロックを選んだ。ここなら奴が切り札を握っていたとしても、使うことは出来ない。
だが、状況を知ってか知らずか、男は余裕綽々で、右腕を高く上げる。
「・・・最後に、残った謎の答えをお教えしましょう。残された謎、総てを。」
男の目線が、帽子の鍔に隠れる。
「まずは、死体の発見を遅らせ、隠し通した、トリックです。」
パチン。
高く掲げた腕の先で、指を鳴らす。
その音と共に、目の前が闇に覆われた。
・・・なんだ。
・・・暗い。
・・・でも、わかる。
・・・広い。
ここは、なぜだ。
なぜ、私は、ここに。
薄暗さも相まって、遠くの壁が、見えない。
ところどころに無造作に安置された、コンテナ、タンク、工具。
「・・・ここは、格納庫?」
今はあまり使われていない、第13番格納庫。目の前の金属板の向こうには、すぐに宇宙空間が広がっていたはずだ。
嘘だ。なんで、こんな。狭い空間なら、まだ、なんとかなった。
・・・まさか、エアロックに居たように見せかけたのも含めて、罠。
「驚きましたか?これが犯行に使用したトリック、その一端。ただし、ここからが本番です。」
・・・最悪だった。閉所であれば、なんとかなるはずだった。仮に最悪の可能性が当たっていたとしても。真空か、空気や水のような流体で満たされた、十分に広い空間。それでさえなければ、
だが、それを、たった今、まるごと、覆された。
・・・まずい、銃を抜け!すぐに!この男を撃ち殺せ!
「では、覚悟は宜しいでしょうか。レディース、アンド、ジェントルメン!」
男は、大仰に両腕を広げた。
・・・抜けた。次は、安全装置・・・。
「
銃口を向け・・・間に合わない。
なら、時間はどれだけ稼いだ?・・・おそらく、25分と、少し。
駄目だ・・・失敗した。
「“
目の前が、微睡むように歪む。
金属同士がぶつかる共鳴と共に、舞い上がる塵芥。
その向こう側に、見えた人型。
それは、その姿は、見る者全てを、凍り付かせた。
「・・・黒い・・・ドラゴン・・・!?」
茨のように鋭利な鎧、煉獄に覗かれるような真紅の双眸、胸に空いた・・・虚ろな穴。
まるで、悪夢からこの世界に抜け出てきたかのような怪物が、そこには居た。
最悪だ。読み違えた。アリバイなんて何の役にも立たない、ミステリ小説の禁忌。それが絶望に変わり、目の前の私を見下ろしていた。
「・・・私は探偵小説には明るくないのですが、突き止めた犯人が怪物的に強く、狡猾であった場合。」
まずい・・・あの男の姿が、無い。あれも、幻?
「探偵はこれから、何を成すのでしょうか。」
・・・声が聞こえる方向からすると、もう乗り込んだとでも言うのか。あの、黒い巨人に。
いくつもの謎が、頭の中で解けていく。どうやってアリバイを作ったのか。どうやってあのエミナさんに勝ったのか。・・・固有特性。それも、本体を顕在化させずに、このレベルのものを発動できる。・・・次元が違う。
ああ・・・思い出した。あの夢。エミナさんが死ぬ夢。発砲したあの男。その背後に、あれがいた。あの黒い竜のごとき巨躯、心が無いと言わんばかりの胸部の風穴。見間違えるはずがない。あれが本当に、エミナさんを。
芋づる式に、もう一つ思い出す。あれの名を、つい最近目にしていた。“XF-013 イーヴノス”。件の資料にあった、わずか5機の
・・・後悔した。大して時間もかからないのに、なんであの時、ちゃんと、調べておかなかったんだ。
最悪中の最悪だ。
あれは、私が知る、どんな存在よりも、強い。
7.
「さて、物語の書き出しは・・・。」
その巨人は、漆黒の右腕を頭上へと掲げる。同時に、硝子のように透明な針が、手の甲から中指を貫いて、下腕ほどの全長へと成った。
「英雄の、死。」
振り下ろされる。そう認識する前に、私の体は大きく左に跳んでいた。反射的に動いたからか、下肢の腱がズキズキと痛む。だが、あの針に貫かれるよりはずっといい。なぜだかわからないが、わずかに掠めるだけでもまずいと直感した。
・・・どうする。
決まっている。まずは、戦力を召喚する。当初想定していたエアロックには、すぐ近くに飲料水のタンクが設置されていた。抜けられても、むしろ有利を取れた。だが、ここはほとんどの
もういい、あれに賭ける。
それに向かって、右腕を伸ばす。右手の薬指を、親指に強く押し付け・・・。
「"
声と共に、薬指を付け根に叩きつける。
同時に、一番左端にあるタンクは派手な音を立てて破裂した。
閉所の水の滞留を加速させ、破裂される固有特性の応用。本当に、自分が嫌だ。なんで、この段階で、こんな程度の技しか使えないのだろう。
だが、想定外のことが起こった。滝のように流れ出て、顕在化の触媒になるはずの水が、直径数センチほどの細かい球体として、この空間内に飛び散った。
・・・しまった。この格納庫は、発進ゲートとも直結していた。その仕様上、
だから、これじゃ・・・。
いや、諦めるな!それなら、残り二つのタンクを・・・。
「させませんよ。」
その声が届くと同時に二発、閃光が飛来する。それは残った希望を二つとも打ち砕き、蒸気と水泡に変えた。
あれには射撃武器もある・・・当然か。
警報は、鳴らない。事情を知らない警備隊は、当分来ない。最初から、私との交戦を見越していた。最初から、罠を張っていた。最初から、仕込まれていた。・・・あと何分だ。
・・・待て。あの時の言葉を、あれとの戦いをよく思い出せ。
最初、血を対価として使ったときは、水に触れていないパターンもあった。接触は、マストというわけではない。つまり、扉となる水塊に、対価すべてが行き渡らないと成立しないんじゃないのか。逆に
・・・つまり、この無数の水粒、これら全てに、同時に
・・・閃いた。
閃いてしまった。
ふと、母のことを思い出した。5歳くらいだっただろうか。歌が上手だと、言ってくれた。
・・・いや、声は綺麗だけど音痴、だったか。
まあ、今はどっちでもいい。
無重力の世界。いつの間にか鋼の床は遠く、目の前には浮かぶ水粒と、漆黒の巨人。
生き残る。
怖い、けど。
あいつらに、また会いたい。
分の悪い賭けだ、でも。
あんな夜が、もう一度、欲しい。
ここ最近で、さんざん世話になったナイフを分離し、握る。
グリップを、両手で、握り直す。
煌めく刃を、黒い悪夢へと向ける。
刃は逆向きだが、
大きく息を吸い込み、慎ましい胸を、精いっぱい膨らませる。
ええい、ままよ。
「・・・・ハゥ・・・・フューレェエエエエエエエエエ“エ“エ“エ“エ“エ“エ“エ“!!!」
渾身の叫びと同時に、喉に、声帯に、ナイフの石突を叩きつけた。患部には激痛が、口の中には鉄の味が広がり、派手な咳と共に真っ赤な痰が吐き出された。
当然のごとく、意図が分からない敵は、わずかに困惑した。私も、確実に成功するとは思っていない。
だが・・・頼む。
「・・・何を?」
苦しい。
「・・・無駄な。」
巨人がゆっくりと、漂って来る。
・・・息が。
「・・・足掻きを。」
巨人が、針を振り上げる。
・・・お願いだ。
「・・・死ね。」
今、無慈悲に振り下ろす。
・・・父さん、母さん!
・・・気のせいだろうか。
透明な針が、目の前で、静止したように見えた。
これは、なんだ。これが走馬灯なのか。
・・・違う。
霞む目を凝らして、その針の根本を凝視する。
かすかにふるえる、漆黒の右腕。
それを握り留める、濃灰の拳。蒼い腕。
見慣れた、あの、顔。
「・・・ガンダム・・・だと!?」
男の、その意味不明な言葉は、かつてないほどに、震えていた。
必然か。策を講じて封じ込めたはずの存在が、蒼い巨人が目の前に現れ、殺意を込めた渾身の一刺しを、その手で阻んだのだから。
「・・・ゲホゲホッ!グホッ!」
ああ、その通りさ。なんて、かっこいいセリフで返そうとしたが、残念ながら声が出ない。そして、想像以上に痛いし、苦しい。小さな違和感に突っ込んでいる余裕もない。
黒い巨人はその腕を振りほどいて、大きく飛びのいた。その隙に、私はいつものように、いつもの場所に乗り込んだ。インターフェースは、既にスタンバイ状態になっている。・・・我ながら、ずいぶんと器用になったものだ。
「馬鹿な。対価は何だ、違う、違う、違う、これも違う。・・・まさか、声を!?」
ご明察。あの仮説を元に、音なら、声ならこの空間内の全ての水塊に届くだろうと類推した。そして、対価について、大胆な自己解釈を展開した。声をこの空間全体に響かせて、それと共に声帯を叩き潰せば、“声”を対価に捧げた判定になるんじゃないかって。
・・・だが、代償は大きい。声帯は、最新の再生医療でも完全には元に戻らず、どうやっても違和感が残ってしまうらしい。それを苦にして、自殺する歌手もいたという話を聞いた事がある。両親に残されたものが、また一つなくなった。
当然、払った分はしっかりと働いてもらうからな。
生きて帰ろう、必ず。
8.
「・・・美しい。」
いつの間にか、通信が繋がっている。救難用のブロードキャストチャンネル。当然、誰でも聞くことが出来る。もはや、隠す気すら無いと言うのか。
そこで男は、いきなり意味不明なことを言い出した。
「・・・いいえ失礼。あまりにも原典に忠実と思ったもので。」
・・・原典だと?
「・・・ああ、ご存知ないのですね。フェアリーテイル・シリーズには、全てその存在の、元となる物語があるのです。」
・・・なんの話だ?
「・・・ですが、皮肉なものです。守るべき家族を失った狩人は、狼に唆され旧友への怨嗟と共に腹の中。祖国を愛し、主君を愛し、その永続に願いを使った武人は、その応報によって総てを滅ぼされる。」
・・・何を、言っている?
「貴女もこれから、捧げた対価に見合わぬ最期を、遂げる。・・・泡と消えろ。」
・・・は?
「10年かけて暗躍して、それでも地球圏との武力衝突にすら至りませんでした。ですが、天啓は思わぬところから降りてくるものなのですね。」
・・・一つだけ、わかることがある。
「・・・因果応報、これほどに美しい終幕は無い。自らの業の果て、伏線の回収を伴い、呪うべき相手すら分からないまま朽ち果てる。」
・・・この男の言葉、聞く価値もない。おそらくだが、私にとって、この世で唯一、殺人に、躊躇がなくなる、相手。
ハイドロカノンの残弾、水量は満タン。
右腕と下半身、背面スラスターに全動力を集中・・・!
おそらく
次の戯言の瞬間が、最良のチャンス。
「是非とも、傲慢な創造主様にも・・・」
今だ。スラスター全開、急加速!右腕を振りかぶり、指を伸ばし、貫手と同時に、ハイドロカノンの銃爪を引く!
・・・とらえた!
跳べ!ハゥフューレ!!
「・・・ガッ!」
激しく激突する、2機の巨人。凶器と化した右手の五指。それらは、隙だらけの敵の急所に、思いの外、あっさりと届いた。だが、貫けない。流石に・・・硬い。金属の外壁に激突し、爆音を発する方が早かった。水飛沫は跳ね返り、壁はへこみ、裂けた接続部から星宙が覗いている。空気は外に漏れ続け、その気圧差も、背中を押す。
願う。
ただ、祈る。
・・・行け!
・・・ブチ抜けぇ!!
やがて激しい音を上げ、目標の背を支える、金属板が裂ける。
激しく火花が上がり、目の前が一瞬、真っ白になる。金属板はバラバラになり、あっちこっちに飛び散り、わずかに残った室内の空気に鈍い音を響かせた。
・・・どれだけ、翔び続けただろうか。
衝撃が走り、体が前後に振られる。
黒い巨人が、止まった。
つられて、こっちも止まった。
背が、小惑星にぶつかり、停止した。
目の前の敵から離れ、反撃を警戒する。
だが、その黒い人形は、糸が切れたように動かない。
映像を拡大すると、それの胸にあった穴は、二つに増えていた。
・・・嘘、だろ。終わった・・・のか?
あっけない。あっけなさすぎる。
だが・・・頭の片隅が、ざわざわする。
見慣れたはずの星宙が、何故か今日に限っておぞましく見えた。
・・・違う、終わっていない。
再びスラスターを全開で吹かせて、その場から飛びのく。
一瞬遅れて、鳴り響く警報。そして、ほんの少し前まで居た場所を通り過ぎる閃光。
ビームでの、射撃。
どうやってかは分からないが、狙い撃った奴、敵が、どこかに、まだ、いる。
射線から発射地点を予測する・・・見つけた。
そこに向けてハイドロカノンの照準を合わせ、銃爪を引いた。
そして、そこにいたものは、あっさりと貫いた・・・と思った瞬間、また背後からビームが襲い来る。なんとか回避には成功したが、酸欠も相まって、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
・・・なんだ、これは。いや、考えるまでもない。固有特性だ。常識は捨てて目の前の事象を直視しろ。
回避したなら、瞬間移動か?いや、違う。それだけじゃない。初撃の手ごたえは、確かにあった。逆に、次に撃ち抜いたものは手ごたえが無かった。
・・・だとすると、エアロックから格納庫に移動したことからも、瞬間移動の可能性は高い。そして、二発目を発射したそれは、おそらく幻覚。特性が2個持ちなんてルール違反な気もするが、それで納得するしかない。
考えがまとまりかかったところで、目の前にうり二つの巨人が2機、目の前に出現する。それらは、それぞれ、右腕の針を振りかぶり、今にも突き刺さんという姿で、そこに現れた。
・・・両手でそれを受け止める構えを取る。予想が正しければ、このどちらかは幻覚。幻覚は無視する。本体の攻撃を受け止め、空いた腕でハイドロカノンを叩き込む。
・・・どっちだ、どっちが幻だ。
2本の針が、目前に迫った時だった。
頭の中で、何かが騒めいた。
・・・違う!
その閃きに従い、無意識に、その両方の攻撃を受け止めていた。・・・そのどちらからも、手ごたえを感じた。反撃の機会は失った。だが、命拾いはした。
・・・まずい!
なぜだかそう直感し、上半身と下半身のスラスターを逆方向に噴射し、両足でそれぞれ敵を蹴り上げ、全身を逆宙の要領でひっくり返す。腕の中の敵は、回転の途中で放り投げられ、上方へと飛んでいった。そしていつの間にか迫っていた2本のビームがそれぞれ直撃し、消えていった。
危なかった。
間違っていた。
これの固有特性は、分身。実体のある分身を創り出す特性。いいや、私が見た光景を、格納庫を狭いエアロックに偽装したことを考えれば、作り出せる実体には制限はない。・・・そんなの、ありか。それがありなら、なんでもありだろうが。
・・・だが、一体一体は大して強くない。機体の限界か、操縦技能か、量産機に毛が生えた程度だ。おそらく戦艦を即座に出して艦砲射撃、なんてことは出来ないか、かなりのリソースを要する。何より、一度ハイドロカノンが貫通している。実体を幻に変えることが出来る。逆を言えば、実体を維持するにはそれなりのリスクがあるのだろう。
何より、一度に出せる分身もそう多くない。常識的に考えて、
そう、結論付けようとしたその時だった。敵から、通信が入った。
「それはどうでしょう。侮りすぎではないでしょうか。招かれざる魔女の呪い、悠久の眠り、永遠の悪夢を。」
どういう、意味だ。
そう思って、改めて周囲を観察する。
だが、宇宙空間はいつもと変りない。どことなく違和感はあるが、いつもと・・・。
違う。
うそだ。
目の前に広がっていたのは、見慣れた星宙ではなかった。
背景に溶け込んでいた黒は、見れば、禍々しい輪郭が浮き上がっていた。
遠く輝く星だと思っていた光は、その総てが、二つずつ規則正しく並び、赤く、輝いていた。
それらは視界の全てを、星々と見間違わんばかりに、埋め尽くしていた。
・・・何の冗談だ。
何百、何千、どれだけいる。それが、それぞれ、不規則に動いている。どれが、分身だ。どれだけ、幻だ。どれが、どれだけ、私を殺せる。
「どうせほとんど幻だ、同時に動かせるわけがない。どうせ、そんな希望に縋っているのでしょう?」
・・・見透かされていた。
「死ね。」
無数の光が、全天から降り注ぐ。本物の流星群は、こんな感じだろうか。そんな考えが頭を過る。
すでに、考えて体を動かすような、余裕は無かった。
全て直感に任せて操縦桿を動かす。もう一瞬前の操作すら思い出せない。
「ぐ・・・ふっ!」
数発、紙一重で掠らせた。直後に、衝撃が走る。右わき腹が、抉られた。だが、かろうじてスラスターは無事だ。まだ動ける。だが続けて、右腕が飛んだ。左脚、右脚、左腕の装甲が削り取られる。メインフレーム、スラスター噴射口、主兵装。重要な部品が無事であることが、奇跡のように感じた。
流星が、止んだ。男は、静かに驚いているようにも思えた。無意識に行った神業に対してだろうか。それとも、あれを食らって原型を留めていることに対してだろうか。
私は、忘れていた呼吸を再開しようとし・・・。
「げほっ、げほっ!」
盛大に咽た。喉を潰したことを忘れていた。出血の勢いはだいぶ収まった。だが、気を付けて呼吸をしなければ、いつ窒息してもおかしくはない。
「・・・なんという幸運。よく生存できましたね。」
男は、わざとらしく手をたたく。
「なお、これが私の全力と思っているようでしたら、大きな間違いです。・・・今、貴女の目の前にあるものが全てではありません。」
・・・この男は、何を言っている。いや、付き合うな。そんな余裕はない。
「嘘だと思うなら、サブチャンネルを軍用広域回線に合わせてみてください。きっと、面白いものが聞えますよ。」
待ってあげましょう、と言わんばかりに攻撃の波が止んだ。・・・言う通りにしよう。でなければ、いつ消されてもおかしくはない。
・・・軍用広域回線。主に非常時の、緊急時の報告用。平時なら、上官に直通で報告すれば事足りる。だから、いつもなら、チャンネルを選択しても何も聞こえない、はずだった。
いつもは静かな回線が、なぜか今は騒がしかった。
「・・・入電!入電!宙域内に、識別不能機が無数に出現!応援願います!」
「・・・総数、概算で二千!斥候部隊、全信号ロスト!」
「・・・同型の量産機と推測されますが、生産資源、生産工場、共に不明!」
「・・・特徴からフェアリーテイル・シリーズと思われ・・・ぎゃあっ!」
回線からは、ひっきりなしに聞こえる、目の前のそれと類似した状況の描写。そして断末魔と共に、次の報告者へと切り替わる。これが、延々と続いた。
・・・まさか、こいつ、嘘だろ。
「さて、そろそろ役者が揃う頃ですね。」
分身を・・・本国周辺まで展開しているのか。
いったい、どれだけ出せる。
なぜ、これだけ力の差がある。
「さあ、皆さんお待ちかねの・・・“戦争”を始めましょう。」
9.
「・・・不思議に、お思いでしょうね。」
男が、口を開く。
「なぜ、同じ系統の機体にも関わらず、こうも次元が違うのか。」
まるで、こちらの考えを読み切っているように。
「・・・乱暴に言えば、機体ごとの個体差。・・・ああ、誤解無きよう。シリーズ内の性能格差は、そうありません。クラス分けも、主に使いやすさに準じているようですし。」
・・・本当なのか。だとすると、その他で個体差が出る部分・・・固有特性、トリガーと条件、それでいて物理法則の圧倒的超越・・・。
・・・まさか!
「その通り。イーヴノスの
くそっ・・・物の怪め。
「何より、幻にせよ分身にせよ、あくまで私か機体の体をベースに作られるということです。実体が受けたダメージは、五感を以てフィードバックされます。加えて、本来の姿以外の分身や幻を作成する場合は、自らの肉体がそれに変化していく不快感を体感する必要があり、変化が急激であればあるほどそれは増大する。・・・さながら、終わらない悪夢を見続けているかのようです。」
・・・勝てない。最悪の仮想敵として巨大
残された勝算は、ピンポイントで本体を撃破することのみ。だが、瞬間移動という予測も当たらずも遠からず。おそらく本体を、幻と入れ替えることもできる。この仮説が正しければ、不可思議な現象の全てが説明つく。
勝てない。蒼い巨人は、その思いを汲み取ったかのように、だらりと手足を投げ出す。だが男は、間抜けではなかった。これを素直に降参の印と受け取らなかった。分身の一体が近づく。左手を、残された唯一の武器を捻り上げ、固定した。完全にうつ手がなくなったと認識したか、男は再び声をかける。
「どうします?同じ真実を知ったもののよしみです。服従を誓うなら、命だけは助けてあげましょう。」
対する私は、必死に激痛に耐え、喉を鳴らす。
「・・・ヴ・・・ザ・・・ゲル・・・ナ・・・!グフッ!」
声帯はすでに、機能していない。だが、肺と喉の筋肉でそれらしい発音をするコツは、なんとか掴めてきた。
「・・・無理して絞り出す遺言が、そんなものでよろしいのですか?」
ここでイエスと言っても、どうなるかわからない。分かっているのは、この男の性格が、最低最悪であることだけ。この芝居がかったわざとらしい口調が、全てを物語る。
「・・・そうですね。いいことを思いつきました。これから順番に、その肢体をバラバラにしていきます。その度に、同じ質問をしましょう。早く降伏するほど、待遇を良くすることをお約束します。・・・さて、まあ、まずは、原典にのっとり・・・。」
黒い巨人が、光の刃を抜いて、構える。視線は、下方へと移る。
「・・・脚は、いらないでしょう!」
振り上げた光の刃が、狙いを定めた左脚を切断せんと、下半身めがけて振り下ろされる。・・・この性格なら、本性なら、そう来るだろうと思っていた。そして、目の前に存在するものは、間違いなく本体だろう。
・・・そういうとき、人間は一番無防備になる。
次の瞬間、こちらにも伝わる衝撃。光の刃と、それを手にする黒い巨人が静止する。
「・・・ぐぁッ!・・・なんだ、本体、後方!?・・・撃たれた!・・・後ろ!?・・・なぜ!?」
・・・わからない、だろうな。こんな程度で、慢心する間抜けには。
そんなもの、撃たれた場所に砲台があるからに決まっている。
「なんだ、あれは。・・・腕が、吹き飛ばした右腕が・・・浮いている、だと!?」
男は、驚愕した。隙だらけになった。
・・・今だ!
敵の意識が後方に向いた。左腕の装甲の隙間から激流を噴射、それを捕らえていた分身を振り解く。自由になった左手の指を伸ばし、再び本体の
左手はまた、あっさりと突き刺さる。
仕留めたか。そう思った瞬間、左腕に突き刺さったそれが、消えていく。とっさに本体を移したようだ。
通信から聞こえる男の呼吸は荒い。どうやら、さっきベラベラしゃべっていたリスクを、分身を攻撃された際の反動を、その身で受けたばかりのようだ。
「・・・そうか!さっき、飛ばされた腕に、水でワイヤーを作って、繋いだ!そして、指先のハイドロカノンを、スキだらけの俺の背中に叩き込んだ!そうだろォ!?」
ご苦労、解説の手間が省けた。頭の回転は速いようだが、もったいない。慢心と性根。この腐りきった人格が、どこまでも足を引っ張っている。ここまで性格が終わっているなら、判断を予測もできるだろう。本体がどこにいるかも、きっと推測できる。
右腕が、ワイヤーを伝って戻ってくる。そして、何事も無かったかのように再接続され、ウィンドウの表示が一部、元に戻る。どうやら、撃ち抜かれて跳ね飛ばされたのではなく、操作を間違えて無意識にパージしてしまったらしい。パージ後に被弾が無かったのは、さすがに奇跡だと思うが。
確かずっと前に、目の前の男に屠られた者が言っていた。勝敗を分けるのは、
そして、なぜだろうか。さっきはギリギリでできた回避、あれをもう一度できる気がする。いや、もっと上手くできる気がする。根拠は無いが、自信がある。
何故だろうか。今までの人生で一番、自信に満ち溢れている。
10.
・・・俺は、何を焦っている。
なんで、あんな女に、腹を立てている。
「・・・くっそォ・・・なめやがって!」
また、蒼い奴の動きが止まった。
数十体分の思考を統合して、全ての照準の中央に、奴をとらえる。
今度こそ、追いつめた!
「死ねェ!・・・畜生ッ!」
十体の実体からビームを同時発射したが、隙間を縫って、紙一重で回避された。
「今度こそ、当たれェ!・・・・クソッ!!」
撃った時は、絶対に殺せると思った。当たったと思ったら、また自己切断で回避された。
同時に、水鉄砲が本体を撃ち抜く。事前に入れ替えの準備をしていなかったら、また死ぬところだった。
なぜ、ビームの網をかいくぐれる。なぜ、兵士が一生に一度できれば幸運な紙一重を、何十分も、何十回も連続で続けられる。
・・・ありえない。
まさか、こいつ・・・。
・・・ありえない。
本国コロニーへの侵攻も、捗らない。
先日の革命で、国軍は想定通り消耗していないにしても・・・どうなっている?
メインの意識を、本国近くの分身に、一時的に移す。
どうだ、どうだ。
・・・嘘だろ?
まさか。
押されているのか?
通信を傍受して、詳しい戦況を・・・。
「・・・戦わぬなら道を開けろ。・・・邪魔だ!」
「その声・・・まさか剣聖?・・・セロ中佐!?」
「総員、陣形を崩すな!中将の無念を、エカテリーナ嬢の涙を、思い出せ!」
「セロ隊、了解!」
・・・剣聖!?・・・いや、他にも押されている戦域が。
「・・・いいぞ、やったな!シューティング・ヴァルキリー!」
「・・・それはやめて!」
「え?かっこいいじゃん!今の・・・ふっ!
「・・・ありがとう。次、行くよ!」
・・・ 剣聖の部隊に、あのバケモノの弟子ども。一騎当千のエース、事前に処分しておけばよかった。
・・・加えて、なぜか。
「剣聖が行ったぞ!我が隊も続け!」
「1機1機は恐れるほどじゃない!連携し各個撃破!演習の成果を出せ!」
「こちらもだ!警備隊の、ヒラの意地を見せろ!」
「・・・ああ、惚れちまったよ、畜生!」
有象無象の雑魚どもの士気も、今日に限って妙に高い。
・・・そして。
「急げ、カタパルトはあっちだ!N方向に2ブロック!」
「おい坊主、ノーマルスーツは!?」
「・・・要りません。おれは・・・怪物ですから。それより急ぎます。」
さらに、切り札。あの餓鬼も控えている。
・・・とはいえ。
とはいえ、こっちのリソースをあっちに割けば・・・。
「危ねェ!・・・また本体を狙ってきやがった!」
このバケモノの弟子の筆頭に・・・殺される。
まずい、このままいけば・・・。
「・・・負ける。」
11.
・・・うん、どうしよう。
私としては、だいぶ、いいところまで行ったはず、だが。
これは・・・詰んだな。
もっと早く決着をつけるつもりだった。出し惜しみゼロで、直感と経験任せの回避と攻撃。最速で最適解を取り続けた、つもりだった。が、機体内に貯蓄されていた水が、もうわずかと表示されている。たった今、警告アラームも鳴るようになった。総量はよくわからないが、あと何分持つだろうか。
結論、このまま戦い抜くのは不可能だろう。
救援・・・駄目だ。これだけ持ちこたえて来ないなら、もう絶対に間に合わない。総力戦を予想できなかったこっちの落ち度だ。
・・・やれるだけのことはやった。
現状で選択肢は二つ。どっちも生きては帰れない。
片方は、絶対やるなと止められている。正直やりたくはない。
だがもう片方は、はっきり言って論外だ。
どうするか。この男を止められなければ、どうなるか。
・・・いや、待てよ。謎は、まだ1つあった。そして、復讐対象は、確か二つ。今までの行動で、この国を滅ぼそうとしていることはわかる。だが、もう一つの目的に、どうしても繋がらない。
この男の目的。陽動の為に起こした数々の事件。ムクロに対する一見雑な扱いも、おそらく暴走などの騒ぎを期待していたと思えば納得できる。結果は望み通りのものではないだろうが、大きな騒動に発展したことは確か。
いや、更にその前だ。軍に目を付けられてまで無理矢理ねじ込んだ、コロニー開拓の査察。あのコロニーに、何があったか。何故、行動を起こすのが今なのか。
・・・まさか。
そうか、そういうことだったのか。査察を強行した件。陽動手段としてムクロの、“
全部繋がった。
だとすると、この男を野放しにするのはなおさら不味い。
・・・やるしかないんだ。
・・・思い出せ。自分の命より大切なものを。大切な思い出を。私が歩んできた道を。
「次はモニターを切ってやってみろ。視覚に頼っていては、まだ二流だ。」
この記憶は、エミナさんにシミュレータ室に丸一日拘束されたとき。
「からあげにはモルトビネガーでしょ。」
「いいえ、カプサイシン豊富なコチュジャンね。」
「あの、フレッシュライム・・・。」
「シンプルに粗挽き胡椒。」
この記憶は確か、久々の外出日の夕食。頼んだ大皿唐揚げが、みるみるゲテモノと化したとき。
「・・・ああ、それか。アンタは、ウチは、もう手遅れか。」
「そ、そんなことないよ!」
「入ってくんな!バカ兄貴!」
これは、やたらと突っかかってきた女の子と打ち解けた時。意味は分からなかったが、何をやったらそんな体になれるのか、聞かれたとき。
「許せ、我が
「互いに。八重咲流剣術・・・終式。」
これは、昨日のチャンバラごっこのとき。
・・・うん。
思っていた以上に、ロクでもない人生でした。
ははは。もう、笑うしかない。
でも、まあ、それでも・・・・。
父さん、母さん、感謝します。あなた方の漫才を物心ついた時から見続けたお陰で、クセだらけの変人集団の中でギリギリぶっ壊れずにいれました。
シュトラール教官、貴女の教えのおかげで、このトンデモ状況で半月間も生き延びることができました。・・・教導そのもので死にかけたのは、この際忘れます。
それで、私なんかに付き合ってくれた超天才四名+α。夢を放り出すことになって、ごめんな。でもありがとう、私の友達でいてくれて。
最後にちょっとだけ話した人たちも、これからの“人生”を謳歌してほしい。
それと・・・。
間違っていたら、ごめんなさい。
きっと、こんな気持ちだったんだね。
言うまでもない。
きっと、大丈夫。
12.
「・・・戦争と、言ったか。」
・・・なんだ。声が、聞こえる。
俺の耳が、イカれたとでも?
・・・だがこの声は、あの女か。
「コレが、戦争だと。・・・ふざけるな。戦争は、戦争というものは・・・。」
・・・どこから。
・・・まだ、喋れたのか。
「私の思う戦争は、いわば、究極に阿保で野蛮な民主主義だ。命を賭ける兵士の量と質から、その国家や思想に存続する価値を問う。だが、お前のコレは何だ?」
・・・うるせぇよ、死に損ない。
「よく知りもしないものに、無関係な責任まで負わせ、同じ被害者まで攻撃し、それで勝ったところで・・・お前の後ろに誰がいる。」
・・・あ!?
「もう一度聞くぞ・・・お前に賛同するものが何処にいる・・・!」
・・・はぁ!?
「・・・いらねぇ、必要ねぇよ!そんなもの!俺は、俺の憤りは、憎しみは本物だ!これだけが、永遠!他には必要ねぇ!何、ひとつ!」
「・・・ならいい、もう黙れ。」
・・・は?
「やがて無形の深淵へと還るものより」
・・・ん?
「その彼方で揺蕩うものへと告げる」
・・・は?
「路の全ては贄として」
・・・あ?
「藍の果てより遡り」
・・・え?
「この灯に舵を切れ」
・・・いや、待てよ。
「全て飲み干し」
・・・なぜ、声が。
「昏き水底」
・・・喉を、潰して。
「更なる深淵」
・・・違う、これは。
「虚ろへ還せ」
・・・直接、脳に。
「さあ、さっさと終わらせよう。この酔っぱらいの八つ当たりを。」
・・・まさか。
「夢は託した。」
・・・そんな、覚悟が。
「
13.
まるで眠りに落ちるように、少しずつ、少しずつ、意識が遠のいていく。
怖くないわけじゃない。
・・・心残りが、ないわけじゃない。
だんだんと、目の前が、蒼一色に染まっていく。
このまま消えていくのか、そんな怖れを。
単色の世界を、目の前を、何かの群れが通り過ぎた。
目の前の、驚きが、一瞬だけ、それをかき消した。
流星か、彗星か・・・違う、大きく弧を描いて、ターンした。
それを大小さまざまな影が追って、加速して、たちまち見えなくなった。
その後には、白い布きれのようなものがゆらゆら漂う。
よく目を凝らせば、目の前は藍へと至るグラデーション。
上を見れば、不規則にきらめく白い光。
下を見れば、極彩色の大地。
風に吹かれるよりもずっと、何もかもが、ゆっくりと、揺らめく世界。
・・・誰の、記憶だろう。
・・・誰かが、人が、見えた。・・・あの色、この気持ち。
・・・胸の、高鳴り。そういうことか。
・・・少しだけ、ドキドキした。
・・・私も、女の子だったんだ。
・・・せめて、遥か昔にこの想いが、彼女の恋が、実っていたことを願いたい。
・・・ありがとう。
少しだけ、不安じゃなくなった。
どれだけ心配ごとを探しても。
浮かぶのは、あの何の裏もない笑顔だけ。
そうだな。
きっと、どんな時もそう。
それなら、きっと。
・・・大丈夫。
・・・・だよね
14.
————シャングリラ・キンダーガーデン ユーナ・エミリア3月8日の絵日記————
ひさしぶりに、ようちえんにいったひの、よるのことです。
ガラスごしに、ほしぞらをみていると、とてもきれいなものを、みました。
でも、ママも、パパも、しずかにしてと、こわいかおで、いいました。
つぎのひ。
えんちょーせんせーは、みまちがいだといいました。
あすみせんせーは、きっといるよといって、いいました。
なんでだろう、ないていました。
それは、あおいろにひかる、おおきなひとでした。
せなかに、とんぼさんみたいな、おおきなはねが、はえていました。
はばたくと、ながれぼしが、たくさんながれました。
あれはきっと、えほんにでてきた、ようせいさんだとおもいます。
ようせいさん、おねがいします。
せかいじゅうの、みんなが、しあわせに、なりますように。
ゆーな
15.
・・・なんだ、これは。
何が、起こっている。
・・・これが、ハゥフューレの
「・・・なんて、おぞましい。」
人型を成していた蒼い装甲が、バラバラに遊離する。
その間を繋ぐ、ゲル状の水。それに形作られた無数の触手。まるで巨大な頭足類か固着動物。浮遊する装甲は貝類や甲殻類。まさに、海洋生物の、キメラ。人類が遥か古代に忘れてきた、“海”の怪物。
痙攣するように、細長い首?が動いた。その先の単眼が、尾を引きながら怪しく点滅する。太い触手のうちの一本、少し前まで腕だった部分を、こちらに向ける。
「・・・何をする気か・・・やってピッ!?」
「・・・はぁ、はぁ、危なかった。」
本体を移すのが遅れていたら、全身の体液が逆流し、真っ赤な水風船になるところだった。だが、実体のある分身の苦痛は、本体も体感する。・・・苦しいなんてものじゃなかった。これが、同盟軍の海上戦力を瞬く間に鏖殺した、海魔の力の最果て。さらに、こんなに遠くに届く振動波・・・ここまで強化されるものか。
なんだ、ゆらゆらと揺れる無数の触手・・・何か来るのはわかるが。
・・・どう来る?
・・・全ての触手から、ハイドロカノンが!?
速い!
怪物から放たれた水柱が、何十体という分身を貫いた。・・・駄目だ、実体を消すのが、一部遅れた。全身を高水圧で砕かれる苦痛が、数倍になって襲ってくる。
数秒後、なんとかして意識を取り戻せた。
「・・・やられてばかり、いくかよォ!!」
実体のある十数体の分身を総動員し、ビームライフルを一斉発射する。目くらまし用の実体のない分身を合わせると、数百本の光線が、水の怪物を貫く、はずだった。
「・・・ばかな。」
何本かは、実体のあると思しき部分を、固形部を貫いたはずだ。だが奴はまるで、全身が水でできているかのように変形し、光線を素通りした。
そして、再度変形し、元に戻る最中、再び無数に増えた触手の先端が、ほぼすべての分身へと向けられる。
また来る、まただ、痛い、苦しい、もうゆる・・・いや、だめだ、憎め、怒れ。
・・・何度、この苦痛を繰り返しただろうか。もう、意識は朦朧としている。だが、そんな中、一筋の勝機を見出した。
いくら無数に触手があるとはいえ、すべての分身を一度にロックオンすることはできない。そんなことができたら、俺はとっくに死んでいる。
それと、無限に見えた奴の体、初見からずいぶんとやせ細っている。あんな一斉射は、おそらく次に撃てて一発。いや、体を維持しようと思えば、もう撃てないという可能性もある。そうだ、現に、攻撃ペースが落ちているじゃないか。・・・しばらく、攻撃が止んでいるじゃないですか。
「はぁ、はぁ、残念でした。撃てる水の量には限りがあると、ゲホッ、わかっていたでしょう。さしもの
ん?
嫌な予感がした。
右を見る。
なんだ、あれは?
白い、石?
小さい?
いや、どんどん大きくなる?
ちがう、おおきい。もとから、大きかった。
遠くにあった、とてつもなく大きい岩が、どんどん近づいてくる。
いや、偶然だ。偶然に決まっている。
いくらなんでも、人智を超えている。
それに、この宇宙で主成分がH2Oの物体なんて。
・・・いや、存在した。
あの大きさ、推定、直径20km。・・・主成分は、氷の結晶。
「・・・すい。」
・・・間違いない。遥か古代の青い星、海の起源とされていたもの。
「・・・す、す、す・・・彗星だとぉ!!!?」
叫んだ矢先、白い塊は無数に弾け、降り注いだ。
「・・・うぉっ!?・・・うぐぁああっ!」
幾万の白い流星が、本国に侵攻していた分も含めて、幾千の分身を貫いた。
9割近くのそれは、そのまま素通りし、靄となって消え去った。
残り1割は、粉微塵に砕けた。実体を消すのが間に合わなかった。
「・・・こ・・・らえろ!グ・・・それ・・・でも、ガ!!!」
この瞬間だけで、軽く数百回は死を体感した。その数だけ、耐えきれないほどの苦痛も味わった。その半分回だけ意識を失い、残りの半分で叩き起こされた。
俺の呼吸は、もうすでに、呼吸として成り立っているか、分からない。
・・・ここは、あの世か。
それとも、まだこの世なのか。
操縦桿の、感覚が、辛うじて、ある。
・・・生きている、それが、自分でも信じられない。
視界は、極小のデブリが均一にまき散らされ、何も見えない。
・・・いや、均一じゃ・・・ない?
デブリの雲が、一部分だけ、流れている。
真正面に、大きな、流れが・・・。
これは・・・何かが、突っ込んでくる!?
でかい、あの形、やせ細っているが、まさか、間違いない!
「・・・ハゥフューレ!?」
あれだけの大技を撃って、まだ戦えるのか!?
「ジーク・・・リンデぇえ!!」
急げ、反撃を、何か武器は、ないか。
まずい、もう、目の前に、
やつの、ゆび、が、
よけ、られ、な
「・・・うわぁああああ!?」
どれだけ、時間が経っただろう。
闇の中、こちらに、何かが近づいてくる。
数は、一。
形は、人型。
大きさは、こちらとほぼ同身長。
その色は、真紅。
「・・・やあ、ごきげんよう。ずいぶんと遅れましたね。」
立ち尽くすは、黒き竜のごとき、巨人。
胸には、ぽっかりと大きな穴。
掲げるは、血塗られているかのような、右腕。
その手には、干からび、肉の削げた、人魚の、死骸。
16.
「戦争が、好きなんですよね。」
・・・なぜ、それを聞く。ずいぶんと遅れましたね、の答えとしては、相応しくない。
最も警戒していた、真紅の巨人。随伴する味方は、いそうにない。寂しいな。
あれが
だがなんだ、左手の、あの
俺は、あの餓鬼を、出方を見る意味も込め、挑発することにする。
「・・・怒っては、いないのですか。憎まないのですか。恨まないのですか。母か、女か、恋慕か。私の手で、この通り。」
手の中のそれは、既に完全に溶け切っていた。
ああ、刺し貫くのが早すぎましたね。あるいは呪毒が強すぎた。頭の一つでも眼前で踏み潰してやれば、もっと演出になっただろうに。
「・・・もう、全部受け取ったから。罪なら、謝って、償ってください。あなたが
・・・本当に、足りない、白痴な脳だ。
「可哀想な頭だ。考えれば解るでしょう。その選択肢は私にとって、どちらも、死。そんなに手を汚したくないのでしょうか、臆病者が。」
所詮、自分が縛りで死にたくないだけの、我儘だ。
「・・・違う。遺志が、託されたものが、まだ生きているから。・・・胸を張れる自分でありたいから。」
・・・何が、人間まがいの分際で。
「・・・空っぽの胸が、何を。」
「だから、注がれたものを、大事にしたい。・・・だから、勝つ。」
・・・勝つ?勝つって言ったのか、今、こいつ。
「・・・残念ながら、私にハッタリは通用しませんよ。何より、頭の出来が違う。初恋を拗らせ、真実に絶望し、過食に走った老害とは、特に。」
「・・・。」
だんまり、か。ため息が出る。
「・・・はあ、面倒ですが、理解しやすいよう、言い直しましょう。貴方は、前任者の遺したものを使えない。そして、何やら大仰なものをお持ちのようですが、一般の兵器ではフェアリーテイル・シリーズ、それも戦略級に傷一つ付けることはできない。それとも、今からでも縛りを破り、怪物として戦えば、あるいは・・・。」
「・・・約束した。二度とならない。」
・・・あ?ふざけるな。
「・・・憎めよ、殺戮兵器。」
「嫌だ。」
「・・・恨めよ、欠陥品。」
「厭だ。」
「・・・殺せよ、
「絶対に・・・。」
お話になりませんねぇ。・・・擬態すら、とうとう壊れた。
これじゃあ、社会に馴染めない。どの時代、どの社会にも存在する、
「・・・戦争が、好きなんですね。」
・・・どういう、意味だ。
「何が、何処が好きなんですか。」
むしろ、なぜ聞く。そんなことすら、理解できないのか。
「・・・過程、結果、全てが人を酔わす美酒。巨大な敵を討ち安寧を得る、矮小な敵を詰り優越を得る、他社の所有物を奪い富を得る、本能的背徳を越え悦楽を得る、心壊れ逝く同族を見て愉悦を得る。」
「・・・何故、それを独りで。」
「俺が俺の国だ法だ、逆らえば処す。俺が俺の民族だ文化だ、差別侮辱は獄門。俺が俺の軍だ兵だ、歯向かえば滅す。・・・国境も個の壁も同じ、否、責任総てが自らに帰属せず、転嫁が可能なだけ性質が悪い。」
餓鬼は、しばらく黙り込んだ後、ぽつりと言った。
「・・・なら、おれが相手になる。」
「・・・あ?」
相手に、お前如きが?・・・ああ、そうか。
「ああ、やっぱりそうか!そうですよね!自らの手で、仇を討とうと・・・。」
「・・・あなたごときの相手を、誰にもさせるわけには、いかない。もう他の、誰一人にも。だから、おれが来た。」
ごとき・・・如きと、言ったか。
「・・・餓鬼。言葉に、気を付けろ。」
「わからないか。お前は、寂しい。」
・・・あ?
「恨む価値すら見つからない。」
ほざけよ、不良品。
「これで最後だ。戦争が好きなら、おれが相手だ。負けたら、人間らしく・・・降伏しろ。」
・・・くそ、ふざけるなよ。なぜ、俺をいらだたせる。
「・・・これが最後通告だ、餓鬼。人理に逆らう欠陥品、存在を自ら否定する虚無な実体!塵芥の分際で、俺の戦争を、その邪魔を、するな。」
「・・・それは、人理じゃない!人の、全てじゃない。」
言いますねぇ。
「・・・根拠は、証拠は、保証は、どこにある!」
「・・・おれが、ここにいる!」
話にならない。消すか。
・・・可能な限り分身を展開。今は、50弱が限界か。だが戦術レベルならこれで必要十分。あれの周囲に、分身を球状に一斉展開。包囲戦なら、嬲り殺しならば無敵無敗、だった。俺が、軍隊。その意味を、その存在を以て思い知れ・・・!
「撃て。」
無数の閃光が、やがて真紅の巨体を照らし出す。右に右掌を広げた、即ち右半身に空間障壁。左にあのでかい
・・・だが、あの女が残したものに、まだ気づいてはいない。攻撃を感知することで、実体を消して幻に変化させる。そんなテクニックを、俺はあの地獄のような攻撃を乗り越え習得した。無駄死にどころか、皮肉にも利敵行為をしていたことに。これでカウンターもノーダメージだ。
やがて真紅の巨体はその補色、緑の光に染まる。その光が治まったとき、俺は穴だらけの無残な残骸を目撃するだろう。
まだか、まだか、まだか・・・まだ、まだ、まだ。・・・目の前に、黄色い、閃光!?
「うぐぁっ!」
・・・危なかった。撃たれる寸前、反射的に本体を移さなければ、やられていた。いったい、どうやって反撃した。
・・・待て、あれだけ出した分身が、残り11、それも生き残ったのは奴の右手側のみ。
どうやった。・・・おそらく、鍵は空間障壁。空間密度を変えてレンズを形成、ビームを曲げ、それを正確にコントロールし・・・分身に命中させた。確かに分身は密だった。操作も疎かだった。攻撃を受けた分身は幻に、放った攻撃も連動して幻に変わり、まさにゲームのように判定は消滅する。実体の無い幻は楯にすらならない、故に貫通し、一発で2体以上の撃破も可能。だが、まさに自分の体が壁になる左側は、どうにもならないはず。
・・・残る謎の鍵は、あのでかい
それなら、分身1体を逃げ込む先として離脱させ、残り10体を再度散開!奴は所詮素人、今度は時間差射撃で攪乱する。空間障壁を張る方角を、絞らせない。
まず、頭上から始めましょう。そこから、右、足元、正面・・・きっと頭の中はめちゃくちゃになるでしょうねぇ。
・・・始めるか。まず、頭上!・・・ん?それに合わせて、奴の左腕が、銃口が、上に。読まれている?だとしても、構えるまでのラグがある。何より、ビームの速度と発射までは互角。発射準備を始めても、後出しで間に合う筈がない。・・・先手はこちらだ、遅い!
・・・頭上の分身に、ビームが、先に、到達して、撃ち抜かれた。遅れて撃った筈なのに、先に。
・・・まぐれだ。右・・・も撃たれた!足元、やられた!正面、駄目だ!・・・くそっ!分身を退く、攻撃中止!
・・・なんだ、あの武器は。あの威力なら、間違いなく粒子ビーム。だが、弾速が、速い。仮に巨大な加速機が備わっていたとしても、最終速度は1割ほどしか変化しない。わからない、苛立たしい。
だが、一番ムカつくのは、あの生意気な使い手。
「・・・物語なき怪物の分際で。」
独り言だった。だがあの餓鬼は、これにすら反応してきた。
「誰にもある。物語は、誰にだって、何にだって。これも、そうだ。」
これ・・・その、銃のことか。
「ああ、閃いたから、造りたい。造って直ぐに気が付いた、使える者がいないことに。忽ち生気を吸い尽くす、呪いの剣の如き武器。時代は其れを、その存在を、否定した。」
要は、燃費最悪の欠陥品・・・お似合いじゃないですか。いや、待てよ。
「だが彼女たちは諦めず、幾年も掛け、開発を、改良を。いつか使い手が現れると、巡り逢えると信じていた。」
莫大な消費
「自分の過去と、其れの未来、姿重ねて願いを込めた。だから彼女に貰った言葉、最も心に残るもの、故にその名の由来とする。」
まさか、
「多用途を超え万能。信頼を超え絶対。兵器の理想、抑止の至。唯一無二たる、双腕型機動兵器専用ハイエンド・マルチロールOICW。」
永久機関を秘めた
「其の名を、”
・・・なんて名だ。なんて名を付ける、たかが、戦争の、人殺しの、道具に。
・・・見ればあの左手、汎用コネクタか。だとすると、
・・・戦うつもりだ。最悪、こちらが、餓死するまで。
だが、待て。あえて乗ったフリをして、時間さえ稼げば。少なくとも、目的の、一つは・・・。
「・・・好きなんですよね。続けましょうよ、戦争を。」
うるせえええええっ!!
・・・殺す。電撃戦だ!数に物を言わせ、展開できるだけの分身と共に、突っ込む!今は・・・足して、25体が限界か。だが接近して、乱戦に持ち込む!あの厄介な
接近するまでに、5発・・・撃たれた。それで分身が、8体やられた!だが、囮としては十分。あんな長物、接近戦では役に・・・銃身を振り回す、だと。無駄な足掻きを・・・いや違う、
・・・くそ、今のあの槍に、薙ぎ払いに、5体がやられたか。・・・だが、その槍の懐に、3体を送り込めた!全員、ビームブレードを抜いて、バラバラにしてやれ!手も足も出ないだろう!左の
だが右側ががら空き・・・じゃない!銃本体を背中に回し、
・・・全、滅・・・だと。
突撃した、25体が。
なんだ、あの武器は。
どうやって、使いこなしている。
造った奴の、頭がおかしい。
使う奴の、全てがおかしい。
バラバラになった武器を、再合体。
・・・あれはおそらく、ビーム発振器と加速用のレーザー発振器を複数内蔵、それを一条にまとめて発射している。それらは三対で最も安定するが、あれは物理的に二対だろう。だからこそ、あんな分離と合体をして尚、一つの兵装として運用できる。・・・ガキの玩具かよ。
だがそれなら、本体から供給される
・・・だが今、合体させたと言うことは、また高速ビームを撃つつもりだろう。それなら、フルチャージ状態まで待ち・・・コンデンサを誘爆させれば、安全装置も働かない。奴は、ビームの暴発に巻き込まれて、死ぬ。
どうやら、知らないようだな。イーヴノスの分身は、その姿を、自在に操ることが出来る。・・・透明な分身を1体生成、そっちに送った。・・・宇宙線が体を透過する感覚が気持ち悪いが。あと少しの辛抱だ。
・・・落ち着け、まだだ。まだ、斬るな。銃口が光るまで、待て、待て、待て・・・今だ!・・・よし、やった!
今出せる分身は、合計8体。だが今が好機。再度突撃、ではなく、退いて、包囲戦に戻す。囲み、ビームで、射殺す。散れ、分身達。一斉に狙え。
・・・待て、触角を4本展開して、砲身1本1本を、掴んで、分身に、向けて・・・まだ、あのまま撃つ、つもりか。いや、あり得ない。ビーム機器が損傷した場合、誘爆を逃れた場合、安全のためディスチャージするのが原則のはず。コアの破砕から、10秒。そろそろチャージ光が縮小・・・。
・・・されない?セーフティ・ディスチャージが、始まらない・・・だと。まさか、安全基準を全無視して、遮断器もサイリスタもオミットして、そのスペースに、それぞれ独立したコンデンサを・・・。設計した奴は、バカなのか。
分解された砲門は6つ。・・・いや、両手の拳銃と、
・・・分身と本体総てを捕える、9門・・・。それを、
「・・・消えろ、悪夢!」
何が悪夢だ!まずい、全部の分身を、レーザーと粒子ビームが貫き、本体に、
「・・・クソがぁっ!」
・・・危なかった。新たな分身の精製が、間に合わなかったら、間違いなく・・・。
奴に、また動きが。
今度は、砲身を捨て、触角を、伸ばしてくる!だが、むしろ追いつめたとも言える!たしかあれには、あの形態には、時間制限がある!
だが、どうする、俺は。
・・・いや、退くな!触角の内側に、入りこめ!
スラスターを、全開に吹かせろ!恐れるな、飛び込め!・・・よし、被弾はない!成功した!待て、奴の、頭の、口が、開いた。・・・
罠・・・誘い込まれた。
そう思った直後、恐らく俺の体は、勝手に動いた。
・・・数秒後、激しい攻防の最中。
その宙域は、暫しの静寂に包まれた。
この数秒で、やっと自身の状況を、己が成したことを、理解した。
奴は、敵は、どこだ。・・・そう、思っているでしょう。
貴方は、哀れ、蹴り飛ばされ、小惑星に背を打ち付けている。
・・・どうやったか、想像すら出来ないでしょうねぇ。分身を速攻で展開、至近距離からのバルカンを受け止め、出来た死角から本体で蹴りを叩き込む・・・いいや、咄嗟だったから、蹴り飛ばす以外の攻撃が出来なかったというのが、正しい。何より、衝撃波で粉々になる感覚、痛いなんてものじゃなかった。だが、俺は、まだ、成長できる。残念だが、これが、人間の、可能性だ、出来損ない。
さて、その出来損ないに止めを・・・。
・・・!?右手に、まだ銃が!隠していた!・・・撃たれる!
・・・機体の右脇が照らされた。そしてその光源は、そのまま遥か右側を、通り過ぎる。
はは、は。・・・それで、最後っ屁の、つもり、か。でかいビームに見えたが、残念、大外れですよ。圧倒的に鈍い。躱せない訳がない。おそらくそれで、コンデンサの中身も使い切り。
・・・今度は。
・・・蹲って、何をしている。
・・・諦めたか。やっと。あんな大言壮語を口にしておいて。
とうとう、折れたか。惨めな。
止めを刺す。
だが、反撃は警戒する。
後方に分身を、再度展開。
たった10体。
だが、逃げ道としてなら、十分。
せめてもの情けとして、彼女と同じ最期を、同じ武器での終幕を与えましょう。
この、
無念に塗れた死に顔を、それが溶け崩れるさまを、間近で、よく見せろ。
・・・壊れろ、ガラクタ。
死ね。
17.
・・・聞いた通りだ。
独りで、向かってくる。
最後は、必ず本体が仕留めに来る。
今、それが確信に変わった。目の前の止めに集中しすぎて、状況に気が付いていない。
さっき外した
カヌさん、ナーシアさん、ごめんなさい。一番強いものを頼んだら、一番大事なものを渡してくれた。時間もないのに、調整してくれた。なのに、返せなくて。でもおかげで、ここまでこられた。
ベルクさん。おれは器用じゃないけど、あなたはいろいろ教えてくれた。刃をオフにしたビームブレードは、空手と見分けがつかないって。だから思う。今の奴には、おれがただ、蹲っているようにしか見えない。そこに、何が隠れていても。
ショーシャさん。世界は統計だって、それが射撃のコツだって、教えてくれた。人の知覚は訓練下でも平均で0.15秒。標準偏差を加味しても0.1秒を下回ることはまずない。予測でカバーできない事象が0.1秒以内に完結すれば、それは、認知できない。
ウィルが残したものは、確かに使えない。オルタナティブで使ってしまった余剰フレーム、それぞれに対応している4つの技。そして全フレームで放つ“終曲開放”と、それすら統御した“完全開放”。・・・全部、使えない。でも遺されたものは、あと二つ。一つは、ウィルの、最後の、心残り。
ジークのおかげで、完成した、あの夜に。
奴は、今も気付かない。
諦めでなく、布石だと。
隠し持つ、
逃げ道を、自ら塞いだことに。
自分が、独りであることに。
右膝は立て、左は寝かす。
右足裏と左の爪先、食らいついて大地を跳ばす。
右半分で刀を支え、左でそれに力を与える。
瞳は常に敵を見定め、振り抜く時を待ち受ける。
呪毒の針、眼前に迫る。
当たれば腐る、邪鬼の一刺し。
更なる呪いを、振り撒く前に。
全てを断ち切る、この剣で。
「八重咲流剣術」
願わくば。
「奥義」
この太刀が。
「終式」
総ての呪いを祓わんことを。
「
18.
・・・なぜ。
なぜだ、イーヴノス。
敵は、あっちだ。
なぜ、見当違いの方向に、飛んでいく。
気付いた。
やっと、気付けた。
分身全てが、消えていた。
刺さる寸前、あれは消えた。次見えた時、後ろに居た。闇の刃は、抜かれていた。振り抜かれていた。
やっと、気づいた。
胸から下が、もう無いことに。
忘れていた。
あの構え、居合。
無防備より急襲する、必殺剣術。知覚も超える、神速の剣。
遥か古代に、失伝した。学ぶ術など、無いはずだ。
いつ。
どこで。
誰から。
何を。
なんで。
どうやって。
ただ一つ、わかることがある。
俺の体の一部、イーヴノスの、本体。
胸から上だけになったそれが、岩肌に堕ち、やがて静止する。
私は、俺は、僕は・・・負けた、のか。
19.
「・・・降参、します。」
小惑星に乗る、巨人の胸像の中、俺は、現実を、認めた。
その喉元から這い出し、胸部の上に立ち、俺はうずくまった。
頭を下げようなんて、思っていない。だが、自然と項垂れてしまう。
「・・・。」
言葉に、反応はない。
「なんで・・・。」
心にかけていた鍵が、いつの間にか、壊れてしまった。堰を切ったように、言葉が漏れてしまう。
「なんで・・・誰も、絶望、しないのか。なんで、憎まないのか。なんで、暴走、しないのか。」
・・・終わった。すべて終わった、これで。
「これじゃあ、僕独り、みじめじゃないか・・・」
もう、全部終わった。終わってしまった。
引き返す機会は、何度もあったはず。
まず、あのバケモノに、3年間付き纏われたあいつに、再会して、惨敗した時。決して怠けていたわけじゃなかった。むしろ、いつか国に全面戦争を仕掛ける為、何年もかけて秘密裏に訓練を積んでいた。戦略級の機体、使いこなしたはずだった。なのに・・・。
・・・最初は、数の有利で圧倒していた。敵は、完全に防戦一方に見えた。・・・だが今思えば、全て紙一重で躱されていた。何十分かけても致命傷を与えられない時点で、察するべきだった。
攻守が逆転してからは、早かった。まるで考えが読まれているかのように分身を撃ち堕とされ、俺の逃げ道は塞がれていった。そして、とどめに
そこからは、何をどうやったのか、憶えていない。ただ次の記憶で俺は、振り返ればいつも目が合ったあの娘を、いつの間にか、小惑星の上で、組み伏せていた。そして、昔、そいつにやられたように、訓練通りの手順で、射殺して。遺体は、あの森の、外れに、埋めた。
遺品は、気が付いたら、ポケットの中に、入っていた。別に、必要はない、はずなのに。そして、いつ言われたか分からないけれど、確かにあいつの言葉が、ずっと頭の隅に、引っかかっている。
・・・何が、ずるい、だ。誰が、迷子、だ。いつ、泣いたって。それじゃ、まるで、君は、最初から、僕を、俺のことを。じゃあ、どうすれば。どうすればよかったと、言うつもりだ。今さら、もう、その手を・・・。
・・・それから、今ここで死んでいれば、という体感を、何度も味わった。だが、その度に、憎悪で俺自身を奮い立てて、立ち上がった。あの水刃が、僕の目の前で、突然止まったように見えた、その瞬間も。
・・・それでも進んで、進み続けて、駆け抜けて・・・その終着点が、これか。
俺を下した存在が、真紅の巨人から降りてくる。
ここが宇宙空間とは思えないほどの軽装、普段着。首には、目立つチョーカー。おそらくは、声帯骨伝導式インカム。これなら、ヘルメット無しでも通信ができる。宇宙空間で使うやつは、貴方くらいでしょう。
「・・・じゃあ、これで、あとは罪を償ってくれるんですね。」
・・・どこまで甘い、こいつは。これじゃ、人間に産まれても、どこに行っても、虐められるだろう。
「・・・はい、降伏します。」
「・・・数々の暴言も、撤回して、いただけるんですよね。」
「はい、撤回します。」
それでも、もっと、優先すべきものが、あった。でも、もう後戻りはできない。
「・・・ただ、一つを除いて。」
目の前の相手は、この言葉を聞いて、理解できなかったのか、きょとんとする。
・・・彼女の失敗、それは、あの時俺を仕留めなかったこと。最後の発言、おそらく最後に辿り着いた推理、それを誰にも伝えなかったこと。おそらく、その推理は的中していた。だから、なんとしてでも俺を、あの時、殺しておくべきだった。
「・・・聞いていたなら、知っていますよね。私の動機を、行動目的を。」
「はい。地球を滅ぼすとか、バカな妄想を。」
・・・残念ながら、妄想じゃない。妄想で、終わらなくなって、しまった。
察しが悪い。答え合わせといきましょう。
「・・・
「・・・それが?」
本当に、察しが悪い。
「・・・私も、やってみたいと思いました。」
目の前の相手は、首をひねって、尋ねてきた。
「・・・馬鹿、ですか?この近辺のコロニーを全部占拠して、地球まで飛ばして、今から何日かかると思っている。」
・・・言わせないでくれ。
「そう、だから、時間が、必要だったのですよ。あなた方が稼いでくれた、この半月の、旅路が、そのまま。出発点から、何から、何まで。」
眼前の顔が、少しずつ、青ざめる。
「私の目標は、調査対象コロニー・Φ271・・・。こういえばわかりますよね?・・・あなたの、故郷、です。」
急に、顔が近くなった。
いきなり、胸元を掴んできた。
・・・やっと察した。
なんて力だ。
なんて、怖い顔だ。
そう、お察しの通り。
「・・・この半月間、私自身の分身で、コロニーを地球へと誘導しました。かつてランク0から盗み出した、地球の座標情報に従って。もちろん、現場保存の為に残留した兵士はすでに、姿を変えた私の分身とすり替え済み。通信域を出るまで、本国に偽の情報を送り続けました。」
目の前の顔が、更に青ざめる。・・・その通りです。本物は、既に。
「・・・あの娘、もといシュトラール特務官の殺害事件で目を引いている間、それはオービタル・アイギス宙域を抜けた。その瞬間、私は、勝ちを確信しました。流石は当時の最重要機密を投入した最新型。想定の何倍もの速さで内太陽系へと到達。そして、コロニーが地球の重力圏に入れば、当然地球の重力に引かれて落ちる。もちろん、地球到達までの相対速度は維持したまま。あとは、わかりますね。」
建造当時の耐断熱圧縮ラミネート規格なら、その質量の99%がそのまま、大気の防壁を破り、音速の数十倍で地表にたたきつけられる。その下にいた命を虫けらのように踏みつぶし、周囲の命を塵芥のように消し飛ばす。コロニーの動力炉が崩壊し、膨大な量の有害物質が数万年単位で生命を焼き殺し、地表を汚染する。更に、遥か古代に、竜の王たちを滅ぼした一撃。その数百倍のエネルギーが、地表を巻き上げ、永遠とも思える氷河期を呼ぶ。
・・・それでも、あの害虫どもは生き残ると踏んでいた。そのしぶとさ、生き汚さについては、念入りに調査済みだった。その何十倍の数を落としても、きっと、それだけで駆逐は叶わない。本当に、虫唾が走った。だから、あのコロニーを見つけた時・・・最後の堤防が、ついに、決壊した。
「・・・あのコロニーには、数十万にも及ぶ
・・・そして、どちらにせよ、あなたのお仲間、あなたの知らない兄弟が、あなたの憧れの世界を、地獄に変えていく。
「・・・どうしますか。彼女の夢を継いで・・・地球に、行きますか。それで、人類を守る、
怖い、顔だ。その通り、君はヒーローには、なれない。人の、身勝手な、暴言を受け止めるには、弱すぎる。
「・・・なぜ、いろいろ手を回しつつ、お前ら一行を放置したと、思う。混乱を起こしたい、それもあった。だが、一番の目的は、妄想を、したかった・・・その材料が、欲しかったからだ!
奴が、何か叫んでいる。
大声だということだけが、わかる。
・・・でも、残念でした。
通信は切りました。
聞くに、堪えない。
短距離でも、絶対的な真空の壁。もう声は、届きません。
決して、聞きたくない訳じゃ、ない。
なんて怖い顔だ。
・・・怒れるじゃ、ないですか。
そんなに、血を流しておいて。
なんで、殺さないのですか。
なんで、ここまで怒れるのに。憎めるのに。殺意を、持てるのに。
なんで、眼から、血、だけじゃなく・・・。
これじゃ・・・余計に・・・
「残念・・・でした。」
この半月で、既に月軌道に、入っている。
あと、260,000km。
重力圏突入。
あと、36,000km。
静止軌道。
あと少し。
後悔が、無いわけじゃない。
でも滅ぼすことに、抵抗はない。
きっと、何かが変わる。
やっと、僕の人生が、始まる。
遥か昔に壊された人生のやり直しが、やっと。
あと、少し。あと、少し。あと、あと、あと、あと、あと・・・
・・・え?
ここ、ですよね?
座標は、合っている。
え?
ここは、どこだ?
あれは、金星?
通り過ぎた?
いや、やはり、座標は合っている。
嘘だ。
まさか、あの天体・・・
嘘だ。
信じない。
害虫はしぶといはず。
害獣は生き汚いはず。
なぜ、滅びた。
誰が、滅ぼした。
なんで、勝手に、
なんで・・・
・・・なんで、僕の顔が、目の前に。
誰が、鏡なんて・・・
いや、ちがう、かみ、しろい。
でも、おなじ、かお。
め、まっくら。
こえ、でない。
いきる、いみ、なくした、かお。
なんで、そんなに。
なら、おしえて、ほしい。
きみじゃ、なくて、いいから。
だれか、おしえて、くれ。
だれか、こたえを、くれ。
だれか、わたしに、
だれか、おれに、
だれか、ぼくに、
いきる、りゆう、を