時を同じくして、様々な場所で魔術師達は動き出していた。
序章―8年前―
―――――8年前
「……はぁ」
魔術協会に反旗を
大半の責任は一族の長であったダーニックに押し付けた。一流の魔術師である彼に逆らえず、その指示のまま大戦の引き金を引くこととなった――――半ば無理やりな形になったが、なんとか誤魔化すしかなかった。彼を最後の当主としたユグドミレニア一族も既に解体させ、一先ずは肩の荷が下りると思われた。
それでも消えた大聖杯の行方を知ろうとするものは後を絶たない。全部魔術協会に押し付けたくなるが、現在の彼の所属はその総本山、時計塔であるのだ。押し付けたところで、巡り巡って自分に返ってくるだけである。しかも、ユグドミレニアにも魔術協会にも関係があるために、カウレスには色々と問い合わせが集中してしまう。
それらを何とか捌いていたカウレスだが、聖杯大戦の参加者について、頭を悩ませることがあった。
「なんだよ、『猟犬』って……」
――――――同年、日本
魔術及び神秘の隠匿、発展などを目的に魔術師達の手によって立ち上げられた組織、魔術協会。その下部組織の一つに、『猟犬』と呼ばれる組織が存在する。その本部は日本にあり、建物の外見は大学か、あるいは城のように見える。
二人以上の子供を設けた魔術師から、家督を継がない方の子供を預かったり、魔術師の素養のある身寄りのない子供を引き取って、魔術師として育成したりすることが、主な人材確保手段であるために、表向きは孤児等の養育施設のようなものとされているが、実態はそれとは程遠い。
魔術協会の依頼によって、魔術の秘匿に違反した魔術師の狩猟をはじめとして、諜報、記録、管理、隠蔽など、魔術協会が面倒くさがることを金と引き換えに行っている。当初請け負っていたものが狩猟であることから、『猟犬』と呼ばれた。それが現在まで続いている。
魔術、神秘の隠匿を目的とする魔術協会にとっては使い勝手が良いためか、一部の権力者を除いては存在そのものが秘密裏とされている。基本的に金で動く『猟犬』を、逆に利用されるのを防ぐためだろうか。
その『猟犬』に、
第三次聖杯戦争以来、訳あってアインツベルンから分家した一族がある。その末裔が阿津部であり、彼はその三代目の当主である。
苗字の阿津部は、本家を略して、さらに当て字にしたものだろうか。なんと安直な、と阿津部は思っているが、名を決めた祖父がいなければ自分も誕生していないため、受け入れるしかない。
そんな彼は、本部にある自室で目が覚めた。家は一応あるが、いつ呼び出されても良いように用意させてもらっている。
今の彼はルーマニアでの任務――――と言っても、聖杯大戦に直接参加したわけではない
時計を見る。午前5時55分。いつもより5分早い。こんな時は決まって何かがある。
案の定、携帯電話が鳴り響いた。発信元は『猟犬』の会長、コード。
「はい、阿津部です」
『ああ、今すぐ会長室に来てくれ』
必要事項を伝えると、コードはすぐに電話を切った。電話を利用する時点で、二人とも魔術師としては珍しい部類ではあるが、それでもコードは長電話に抵抗があるらしい。
会長室に到着すると、コードの他に一人の子供が待っていた。歳は4、5歳くらいだろうか。不安そうに阿津部を見つめている。
「来たか、阿津部」
コードは、神妙な面持ちで阿津部を迎え入れた。
「会長、要件は?」
「ああ、それについてだが……」
彼は子供に目を向けた。
「急で悪いが……その子を、養子として引き取ってくれないか? 魔術の素養はあるが、元の家系の魔術特性などとは合わないがためにウチに預けられたのだ。お前になら、育てられるんじゃないかと思ったんだが」
「養子、ですか……俺には難しい相談ですね。それに――――」
阿津部は渋った。彼はいつでも任務に赴けるように、本部に存在する自室で寝泊まりするような、いわば任務のために生きているような人間である。子育てをするには、あまりに不釣り合いな人間ではないだろうか。
それに、もう一つ懸念があった。
「ルーマニアでの任務以降、記憶の一部を喪失しているみたいです。急に養子を引き取れ、と言われましても、今は
彼は、任務中の
自身の性格・性質、そして記憶のこと。これらの事から、養子を引き取り子育てまで行うのは、今の自分にはあまりにも難しい問題である。
「やはり、俺には――――」
「心配するな、阿津部」
断ろうとした阿津部の言葉を、コードは遮った。
「ルーマニアでの任務は成功を収めた。記憶が無いために実感が湧かなくて気になっているんだろうが、こうして私とお前が話せているのがその証拠だ。
それと、しばらくはお前への仕事も減らすつもりだ。休みも自由に取ってもらって良い。安心して子育てに勤しめるようにな。……いや、養子というより、弟子としてなら、お前も気が楽だろう。何なら、使用人を寄こしてもいい」
阿津部の思いとは対照的に、コードはかなり協力的だった。本部に用意されている自室にしてもそうだが、コードは『猟犬』の人間、特に任務に関する事柄に協力的である。しかし、任務に直接関係しない今回のような件でここまで協力的になるのは稀である。
ここまで言われると、流石に断りにくくなる。それに、会長には自室の用意や、任務後のケアなどを始めとして恩義もある。
任務が成功に終わったなら、記憶についてはそれほど悩まなくて良さそうだが、会長との記憶が失われていなかったことが少々不運に思えて来た。
しかし、阿津部も魔術の道を歩む者である。コードの言う通り、養子というより、自分の弟子――――いつか自らの魔術を継ぐ存在であると思えば、悪い話ではないように思えてくる。
「……会長がそこまで言うなら」
「そうか! それは良かった」
やや食い気味で声を上げるコード。引き取り先が決まったことがそんなに嬉しかったのだろうか。
「さぁ、
「……おとうさん」
阿津部の下に駆け寄る子供――――拓洋と呼ばれた幼い少年と目線を合わせるように
“俺に、この子を愛する資格はないのだろう”
――――――同年、イギリス
魔術協会の総本山である時計塔はイギリスに存在しており、日夜、数多の学生たちが魔術の勉強や研究に勤しんでいる。
そのイギリスで暮らす魔術師、フィンレイ一族の屋敷に一人の女性と、その付き人であるホムンクルスが訪れた。
女性の名はフィオレ・フォルヴェッジ。聖杯大戦に参加した、フォルヴェッジ家の
荷物を預かる付き人のホムンクルスは、彼女に質問を投げかけた。
「それにしても、急にイギリスに行くだなんて、一体何の用事があるんです?」
「私の友達に、渡すものがあってね」
フィオレは屋敷のインターホンを鳴らした。
「ごめんください」
声が響く。その少し後に家主がドアを開け、姿を現した。
「はいはい……あ、フィオレさん!わざわざありがとうございます」
出迎えた人の好さそうな女性は、その家系の魔術師の当主の妻である。最後にあったのはいつだろうか、その時から変わり映えのないやさしい笑顔がそこにあった。
「リリィちゃんは元気にしてますか?彼女に渡したいものがありまして」
「えぇ!あの子は元気ですよ!……リリィ!お客さんが見えてますよ!」
屋敷の奥から「はーい!」と元気の良い返事が返ってきた。
リリアン・フィンレイ。一族においては一番下に生まれた娘であり、あどけなさは残るが歳は12歳になる。彼女の代で六代目だが、後継ぎとして期待されているのは彼女の兄であり、両親からはいわば保険として見られている。
とはいえ大事な娘である。他の家に養子として預けてしまうより、しっかりと自分たちの手で育てたかったのだろうか。
「ししごーさん?」
玄関で待つフィオレの姿を見る前に、少女は母親に問いかける。かつての仇敵の名を聞いて思わず顔が引きつりそうになったが何とか耐えた。
「正解は……」
母親は玄関が見えやすくなるように体を移動させる。
「あ!お姉さん!」
「久しぶり、リリィちゃん」
引きつりそうな顔から一転、優しそうな笑顔を見せるフィオレ。彼女の心中を知る由もないリリアンもまた満面の笑みを浮かべる。
「お姉さん、自分で歩けるようになったの!?」
「ええ、もう車椅子とはお別れしたの」
リリアンと最後に出会ったときは魔術刻印の影響で自分の足で立ち上がることができなかったが、今では何不自由なく歩くことができている。
「遊びに来てくれたの?」
「ううん、渡すものがあって来たの」
フィオレは付き人のホムンクルスに持たせているカバンの中から白い布を取り出した。
「……これは?」
「私が持ってた礼装を作り直したもの。魔力を通せば透明になれるわ。……子供の頃、魔術が使えるようになったら透明人間になって遊んでみたいって言ってわよね?」
小さい頃の話、フィオレがまだその才能を開花させるよりも前だったかもしれない。リリアンは自分のことを覚えてくれていた喜びと夢だった透明マントに目を輝かせるが、すぐに言葉の違和感に気が付いた。
「お姉さん、自分の礼装……いいの?」
リリアンの知るフィオレは、魔術師としてのフィオレである。優しくて弟思いで、頼れる姉のような人物。そのうえ家系の後を継ぐ将来有望で優秀な魔術師。そんな彼女が自分の礼装を子供のために作り直すなんてことがあり得るだろうか?
「良いの。私はもう魔術師じゃないから」
驚きのあまり、思わず目を見開いた。母親を見るが、全てを知っているようだった。
「じゃあ、自分の足で歩いているのは……」
「私の魔術刻印を弟のカウレスに移植したから。歩けなかったのは、それが原因なのよ」
魔術刻印。魔術師がその身に刻む、魔術師としての家系を引き継いだ証。フィオレの場合、その魔術刻印が変質してしまっていたために両足の自由が利かなくなってしまっていた。それを取り除いた後、しばらくはリハビリを行い、最近では歩く程度ならば難なく行えるようになっていた。
魔術師としての才能は一流な彼女だが、精神的に魔術師として向いていないことを指摘され、聖杯大戦の最中に魔術刻印の大半、すなわちフォルヴェッジ家をカウレスに託し、自身は魔術師としての人生に
憧れの存在が、魔術師ではなくなった――――その現実を受け入れられないのか、表情が暗くなっていくリリアン。
その表情を察してか、フィオレはある言葉をかけた。
「お姉さんと約束してくれるかな?私の代わりに、立派な魔術師になること。そのマントをお姉さんからのバトンだと思って……」
フィオレも、リリアンの母親も、それが無理な約束であることは承知だった。しかし、彼女の気が少しでもまぎれるのなら……その思いから出た言葉だった。
その思いが通じたのか、リリアンの表情がわずかに明るくなる。
「わかった。私がんばるよ。絶対に、お姉さんみたいな立派な魔術師になるから」
「約束よ。リリィちゃん」
フィオレは別れを告げ、屋敷を後にした。
その背中を、リリアンはただ見つめていた。
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