――――4年前、フランス
「一体、どうすれば良いのだ……」
フランスに居住する魔術師の一族、カルヴェス。その9代目の当主であるクレマンは頭を抱えていた。
「一体誰にすれば良いのだ。神とは私が思う以上に、遥かに気まぐれな存在らしい」
悩む彼の思考を、コンコンとノックする音が寸断した。
「あなた、お茶を淹れて来ましたよ」
声の主は、クレマンの妻であるサラ。
「あぁ、ありがとう」
「……また『次』の事ですか?」
彼らの言う『次』とは、後継ぎの事である。
原則、魔術師は自らの魔術を一人にのみ受け継がせる。二人や三人に分散させるよりも一人にすべてを継がせた方が効率的なのだ。
しかし、カルヴェスの次期当主候補は三人存在する。才覚に溢れる長男、鍛錬によって実力をつけつつある次男。二人とも稀有な能力を持つが、問題は三男――――末っ子である。
「アラン……」
「アランはまだ10歳ですよ? まだそういうことを考える年齢じゃありませんよ」
アラン・カルヴェス。カルヴェス一族の三男である彼は、兄たちとはまた異なる能力を持って生まれた。
「『属性・光』……未だに信じられん」
魔術は大きく5つの属性、火・水・土・風・空に分けられる。魔術師はそれぞれ、どれかの属性を有しており、中には複数の属性を持つ者も存在し、全属性を持つ稀有な者は「アベレージ・ワン」と呼ばれる。
だが、その法則から外れるケースもある。そういった類のものは架空元素と呼ばれ、さらに「虚」「無」に分けられる。五大元素に分類されていないアランも、この架空元素に分類されるのだろう。
そして、クレマンはアランのもつ属性を、五大元素のどれにも属さないものである『光』と呼称している。
「下手に外に出せば、他の魔術師の連中に連れていかれるかも知れん」
「考えすぎですよ、あなた……」
「そう思うか? だが、人間を薬品漬けにして実験体にすることも
魔術師の大半は倫理観が常人とはかけ離れている。魔術師であるクレマンも、それは重々承知している。たとえ相手が子供でも、どんなことをしてくるかわかったもんじゃない。
それに、子供を攫われることは、自身の家系の魔術を解析される可能性を孕んでいる。
「魔術師を薬品漬けにして飾るような連中だろう。そもそも外に出したくないのも、連中に見つかるのが嫌だからだ。わかってくれ。……せめて、あと3、4年は」
「えぇ……」
クレマンの部屋には遠見の水晶玉がある。その観測範囲が、アランの行動範囲となるわけだ。
観測範囲は決して広くはなく、私有地を見渡せるくらいである。
「本来ならもっと外に出て、学校にも行って、世界を広げる年頃ですよ。……アランは10歳です。跡取りにはまだ早くても、外に出るには十分すぎるのでは」
「教育ならうちだけでも事足りる。元々、私だって時計塔の講師だった。……ひと月ももたなかったがね」
魔術関係だけではなく、教育は主にクレマンが担当している。必要なら家庭教師も雇うことはある。そもそも魔術師は世間から外れた存在であるし、問題は無いと思っていたのだが――――
「それでも、いつかは外に出なければなりません」
「それまでは、見守っていくさ」
水晶は、庭で蝶を追いかけるアランの姿を映していた。
彼もまた、蝶のように飛び立つ日が来るのだろうか。
――――同年、フランス
魔術師は家系の歴史が長ければ長いほど、血統として優れているということになる。
かつては時計塔に所属していたとある少年がその考え方にメスを入れ、論文まで執筆していたが、それでも血統の古さは優秀な魔術師を見分ける重要な要素の一つであるという考え方は今もなお残っている。
そして古い家系ほど優秀であるというのは、同時にそこまで長く残る家系が少ないということである。魔術師である以上、衰退の宿命からは逃れられないからだ。
フランスに住むベルナールの一族も、例外なくその宿命にあるはずだった。
しかし、死にゆく星が最期に強い輝きを放つがごとく、素晴らしい才能を持つ娘が生まれた。
名はリル・ベルナール。歳は14歳で、一族の次期当主である。
彼女は、自宅の工房で父から魔術の手ほどきを受けていた。
「リル、この宝石に魔力を注入してくれ。出来るかい?」
リルの父親は、皿の上にある赤色の宝石を指さした。
「はい、お父様」
魔力を注入すると、宝石は淡く光を放った。
父親が満足素に笑みを浮かべると、次の指示を出した。
「良いぞ……次は呪文だ」
「はい……『流動せよ』」
呪文を唱えると、宝石はドロリと液状化した。
「すごいぞ! 流石リルだ!」
笑顔で娘を褒める父親。しかし、リルは表情を変えなかった。
「お父様」
「どうした? リル」
「この魔術は『転換』の基本ですよね? なぜそこまで喜ぶのですか?」
「あ……あぁ、ほら、これが全ての始まりの一歩になるんだよ。だから大事なことなんだ。それがデキたのが嬉しくてね」
取り繕う父親だったが、動揺が見られた。無理もない。程の年齢の子が、そもそもの基本がうまくできるかどうか、というのがベルナール家の現状だったからだ。
衰退の一途をたどっていた家系にとっては宝のような存在である。基本中の基本が出来ただけでも過剰に褒めちぎってしまう。
だが、リルはそのことを嬉しいとは思えなかった。
(お父様、ずっと私の顔色を見ている気がする)
父親だけではない。リルの両親は、彼女の顔色をうかがいながら接していた。褒めちぎるのは、リルの機嫌を損ねないためである。
衰退していた家系の最後の希望。そんな存在であるリルは、両親にとって暗闇を航海する船の灯台か、北極星のようなものだ。失ってしまえば一族は衰退を阻止するどころの騒ぎではない。何かの拍子に家から出ていくことになれば、存続すら危ぶまれる。
そのことに気が付いているのか、リルはいつも思っていることがある。
(いつか私が本当にすごいことを成し遂げて、お父様とお母様に自信を持ってほしい)
両親がリルの顔色を気にして、些細なことでも褒めちぎるのでなく、そんなことを気にしなくても、心の底からリルを賞賛できるような、すごいこと。
その機会は、わずか4年後の未来に。
序章第二話でした。
次回もよろしくお願いします。