Fate/Cradle   作:味噌そぼろ

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 阿津部(あつべ)憲政(のりまさ)がフランスに旅立とうとしている頃と前後して、ある魔術師もまた、動き出そうとしていた。


発端―アラン・カルヴェスとリリアン・フィンレイ―

 ――――時間は、阿津部(あつべ)憲政(のりまさ)がフランスへ向かう、そのしばらく前に(さかのぼ)る。

 魔術協会の総本山にして、魔術の研究機関かつ教育機関、時計塔。イギリスに所在し、様々な魔術師達が日夜勉学や研究に励んでいる。

 その時計塔に入学したリリアン・フィンレイもまた、その学生の一人である。家督を継ぐのは長男と決められているが、リリアン本人も魔術の勉強を楽しんでいた。

 ……のだが。

 

 「ねー、次の講義何だっけ?」

 「確か、錬金術基礎だったよ」

 「マジ? 課題やってなかったわ……ごめん、見せて?」

 

 何気ない女学生の会話である。しかしリリアンは、その会話を聞き逃せなかった。

 

 「そ、そういうの、あまり良くないんじゃ……」

 「はぁ? いーじゃん、別に」

 「もう、行こうよ」

 「あ……」

 

 リリアンを置いて去っていく二人。リリアンも錬金術基礎の講義は受講予定ではあるが……彼女の足取りは重かった。

 どうしても、他人と打ち解けられない。時計塔に入学してからずっとこの調子である。

 真面目な性格が災いしてか、正しくないと思った行為に対して嫌悪感が強く、さっきの女学生に対する態度で()()が出てしまった。

 事実、錬金術基礎で出された課題では、「『自分で』考えた解答を記入するように」との注意事項が説明されていた。

 もちろん、書き方を工夫すれば、他人に見せてもらった解答を記入してもバレる可能性は低いだろう。時間の事を考えれば、その方が効率的な場合もある。

 しかし、教授の言うことに背くのはどうなのか、間違っていたっていいのに、他人の解答を写すのはいかがなものか、そもそも、課題が出されたのは先週の事なのに、なぜ今の今までやっていなかったのか――――。

 

 そんなことばかりが脳裏によぎる。

 一度、そんなことを時計塔の職員に相談したことがある。その時は『自分さえちゃんと課題をやっていれば、他人など気にしなくて良いではないか』と言われたが……。

 そう考えることが出来れば楽なのかもしれないが、考え方とは中々変えられないものである。

 考え事をしながら、遅れないように講義室へ向かった。

 

 

 

 

 一日の講義が終わり、リリアンは帰宅した。

 

 「……ただいま」

 「リリィ、おかえり」

 

 母が出迎えてくれた。

 

 「時計塔は、最近どう?」

 「……全然馴染めない」

 

 荷物を置き、リビングのソファーに深く座り込む。

 

 「……どうしたらいいんだろう」

 「そうねぇ……」

 

 一緒に頭を抱える母。そんな二人に、父親が声を掛けた。

 

 「一旦、休んでみるのはどうだ? 時計塔に事情を話して……せっかくだし、ローウェンのところにでも」

 

 ローウェン。リリアンの叔父にあたる人物である。時計塔の卒業生であり、現在はフランスに居を構えている。

 

 「そんな、悪いよぉ」

 「いいじゃない。私はお父さんに賛成よ」

 

 まごつくリリアンの背中を押すように、父の意見に賛成する母。

 

 「何も気負う必要はない。ちょっとした羽休め、気楽にいけばいい」

 「うん……」

 

 馴染めない環境にずっといるよりも、もっと違う場所に身を置くのも悪くない。

 現状を変えられるヒントを得られる可能性もある。

 人間関係について、叔父に色々相談してみても良いだろう。

 リリアンは、フランスへ向かうことを決心した。

 

 「わかった。叔父さんに色々相談してみるよ」

 「そうか。なら、連絡しておこう」

 

 リリアンは自室へ出発の準備に向かった。

 

 

 

 数日後、リリアンの姿は空港にあった。

 

 「ちゃんと荷物は持ったな?」

 「うん。礼装も持ったよ」

 

 リリアンはフランスへの旅行を、あくまでも学習の場所を変えるだけであると捉えていた。

 幸い、ローウェンは時計塔卒業生。フランスでも研究を続けているらしく、今でも知識は十分だろう。

 リリアンとの仲も悪くない。きっと、彼女の力になってくれるだろう。

 

 「それじゃ、行ってきます」

 「あぁ、気を付けて」

 

 父に見送られ、機内へ向かうリリアン。

 不安と期待を胸に、祖国(イギリス)を後にした。

 

 

 

 

 およそ90分後、リリアンはフランスに到着した。

 空港からローウェンの屋敷までは、ここからさらに時間がかかる。

 

 「その前に、ご飯でも――――ッ!?」

 

 突如、リリアンの右手に鋭い痛みが走った。

 思わず、その右手を見る。

 

 「……何、これ」

 

 

 

 

 時をほぼ同じくしてフランス。人里から離れたある場所に、広大な庭を持つ広い屋敷があった。

 誰もそこに近づく事は無い。屋敷の事は都市伝説としてたまに噂になる程度だ。

 中には金髪碧眼(へきがん)の美少年が住んでいて、その正体は吸血鬼。屋敷に踏み入る者を惑わせ、生き血を吸い尽くす……そんな噂だった。

 

 「お父様ー、お父様ー」

 

 少年の父を呼ぶ声が、屋敷に響く。

 

 「アラン、どうかしたか?」

 「課題の論文、読み終わりました」

 

 少年の名は、アラン・カルヴェス。次代の当主候補だが、年齢はまだ14歳。まだあどけなさは残るが、金髪碧眼の美少年である。

 

 「あぁ、頑張ったな。ところで、アラン」

 「はい」

 「……どうしてそんなに(かしこ)まる? 確かに父さんが先生になる、とは言ったが……」

 

 ある時から、アランの態度が少々丁寧になり過ぎている気がする。

 当然、魔術師の中には親子というよりも師弟関係に近いような家族関係を構築している者もいるが、父・クレマンはそう教育した覚えはない。むしろ距離を感じて少々寂しさもある。

 

 「……次の当主になるなら、言葉遣いも気を付けないと」

 「アラン、お前はまだ14だ。そんなこと考えなくたっていい」

 「でも、俺は『特別』なんでしょ?」

 

 アランの言う『特別』とは、彼の持つ属性の事である。

 魔術師の持つ属性は、火・水・風・地・空の五種類に分けられる。複数持つ者は優秀で、全てを兼ね備えるものはアベレージ・ワンと呼ばれ、最上級の才能を持つとされる。

 だが、そのどれでもない属性を持つ者も存在する。架空元素と呼ばれるものだ。アランが持つそれは、天才というよりも奇才(イレギュラー)といって良いだろう。

 そんなアランの属性を、父であるクレマンは『光』と名付けた。

 

 「確かに、お前の持つ力は素晴らしい。だが、まだそんなこと考えるような時期じゃ――――」

 「でも、俺は当主になりたいんだ!」

 

 アランは顔を赤して声を荒らげた。

 

 「兄さん達はもう学校に行って勉強してるんでしょ? 成績だって良いって聞いた。なのに、俺だけ……」

 

 今度はうつむいて、声が震え出した。

 アランには二人の兄がいる。一人は複数属性、真っ当な天才。もう一人は凡才だが、修練により驚異的な成長速度を見せている。

 その二人に比べ、明らかに異質な才能(モノ)を持って生まれたアラン。自身もまた兄たちに劣らない素質を有しているとわかっているからこそ、次期当主候補レースに大きく後れを取っていると思っているのだろう。

 

 「……ヴァレリーもノエルも、もう時計塔に通える年齢だ。だがアラン、お前はまだ14だ。今はまだしっかり基礎勉強を――――」

 「もういい!」

 

 父の部屋から勢いよく出ていくアラン。クレマンは引き留めようとしたが、言葉が出る前にバタンとドアを閉められてしまった。

 向かう先は恐らく自室だろう。嫌なことがあると大体半日は引きこもっている。

 

 「……まったく」

 

 アランの才能は本物だ。本人もそれを自覚している。だが、それ故か焦りが見受けられる。

 自身の才能を信じて疑わない。それは大きな自信となり、彼を支えるだろう。同時に、結果を求めるあまり鍛錬や修練を回り道として受け止めてしまっているのだろう。

 

 「もう少し、落ち着きが欲しいところだ」

 

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

 立ち直りが早いな、とクレマンは思ったが、扉を開けたのは妻のサラだった。

 

 「……アランと、喧嘩したのですか?」

 「……まぁ、そんなところだ」

 

 しばし沈黙。サラもアランの姿を見て察したのだろう。それ以上追及はしなかった。

 沈黙を破ったのはクレマンの方だった。

 

 「私は、何かを間違えたのだろうか」

 「いいえ、アランなら、きっとわかってくれますよ」

 「……本当は、もっと『外』に出してやるべきだったか」

 

 アランの特異的な才能が魔術協会に明らかになることを恐れたクレマンは、アランが目の届かない場所に行かないように気を付けていた。

 結果として、アランを狙うような組織は現れず、現在まで平和に暮らしている。

 万が一に備え、魔術の基礎知識だけでなく、自衛用の魔術もいくつか仕込んではいた。勉強には熱心で、怠るようなことは無かった。

 しかし、例え両親であっても、常に人目がある生活はアランにとって窮屈だったのかもしれない。何かあると自室に閉じこもるのはそのせいか。

 

 「アランが魔術師として十分な戦闘能力を身に着けるには、せめてあとニ年……いや、三年はかかるだろうか。いっそボディガードでも」

 「それは、流石にやり過ぎでは? 魔術協会に付け狙われるというのも、単なる杞憂かもしれませんし」

 「うむ……」

 

 心配性のクレマンは頭を悩ませていた。

 アランだけは違う、そんな事実がクレマンの脳裏に張り付いて離れない。

 

 「お茶でも淹れましょうか。心配し過ぎていては、体に毒ですよ」

 「……そうだな、そうしよう」

 

 サラは紅茶を淹れるため、キッチンへ向かった。

 

 

 

 

 

 自室にて、アラン・カルヴェスは悶えていた。

 

 「兄さん達ばっかり。俺にだって才能はあるのに……こんなの不公平だ」

 

 ベッドに突っ伏して愚痴を漏らす。

 兄二人は学校での成績という実績がある。しかし、今の自分にはそんなものはない。次期当主として認められるには程遠い。

 

 「何とかして、兄さんたちに追いつかないと――――痛ッ」

 

 突然、右手の甲を針で刺されるような痛みが走った。

 

 「なんだこれ……(あざ)? いつの間に……?」

 

 なにか悪いことがあってはいけない。痣の正体を調べるため、アランは自室の書物を漁り始めた。

 

 




 小出し気味で申し訳ない。
 次回もよろしくお願いします。
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