それはアランやリリアン以外にも例外ではなく……。
ベルナールの一族は衰退の一途である。
かつてはそう言われていた。
しかし、その言説を覆す存在が現れた。
それが彼女、リル・ベルナールである。
「ただいま」
学校から帰宅したリルはまず自室へ向かった。
リルの自室は屋敷の地下にある。より霊脈に近い場所に用意してもらったのだ。
その自室で鍛錬を行うのが彼女の日課である。
「……」
自室に描かれた魔法陣の中で瞑想を始める。魔力回路の調子を確認するとともに、集中力を養うのだ。
一日5分。そこまで長い時間でなくとも、継続することが大事なのだ。
瞑想が終わるころ、自室の扉をノックする音がした。
「リル、今大丈夫?」
「……何?」
不機嫌な声色になるリル。扉も開けようとせず、苛立ちを隠せない。
「な、何か欲しいものとか、足りないものとかある?」
「ハァ……」
あからさまなため息をつくリル。
「欲しいものなら自分の小遣いで買うよ! いつもそんなことばかり聞かないで!」
声を荒らげる。先ほどまで静かに瞑想していた姿とはかけ離れている。
「ご、ごめんね……」
「……」
ついに返答すらしなくなった。
最近のリルの親に対する態度はいつもこんな感じだ。
幼少期からずっと、両親はリルの顔色を伺いながら接してきた。数年前までは顔色を伺わなくとも接してほしいと願っていたが、一向に変わらない両親の態度に、ついに堪忍袋の緒が切れた……といったところだろうか。
母を追い返し、一人になったリルは自室で魔術書を開く。
(全く……イライラするなぁ)
中々身が入らない。感情の切り替えがうまくないのか、イライラすると引きづってしまう。
いっそもう一度瞑想をするか……と思った瞬間だった。
「痛った!?」
右手に激痛が走る。見ると、幾何学模様のような痣
「この痣……もしかして……!」
リルは自室の本棚を漁り始めた。
――――綺麗な人だな、と思った。
顔はよく覚えていない。だが、必死に自分の名を呼ぶ彼女を、綺麗な人だと思った。そのことはよく覚えている。
絹のように艶やかな髪、雪のように白い肌。そんな彼女は、ベッドの上で目を覚ました自分を見て――――確か、泣いていた。
「どうか……されましたか?」
俺はそう呼びかけた。その人の事は知らないが、俺に関係のあることで何かあったのだろう。
「阿津部、何も……覚えていないのか」
涙を流す女性をよそに、『猟犬』の会長、コードが声を掛けてきた。
俺が頷くと、コードは女性をベッドから離れるよう促し、俺に話し始めた。
「我々は、聖杯大戦についての任務で
「……まぁ、ぼんやりとは」
記憶が混濁している。任務の事がほとんど思い出せない。
「そうか……だが安心しろ。任務は無事に遂行された。さっきの女性はウチの職員だ。お前が命を懸けて守ってくれた……俺からも礼を言う。ありがとう、阿津部」
「そうでしたか……」
「それにしても、お前の礼装をもってして記憶が飛ぶほどのダメージを受けるとはな」
「……これが、聖杯大戦ってことでしょうね」
しばらくの沈黙の後、コードは部屋を後にした。本部に帰るのは、体力が回復してからになりそうだ。
「……ん、夢か」
魔術師達に令呪が宿り始める直前、
。
とはいっても、正規のルートではない。彼の所属する『猟犬』が所有する航空機で移動したのだ。
その機内で、彼は自身の過去を夢として見ていたらしい。
記憶の一部を失ってしいる彼は、その先の記憶が混濁している状態だ。断片的には思い出せても、大半が欠損している。夢で見た以前の記憶は、もうほとんど思い出せない。
「阿津部さん、到着しました。後の事は、斎藤さんに聞いてください」
着陸を無事に済ませ、パイロットが声を掛ける。
着陸地点は『猟犬』フランス支部、その敷地内にある離着陸場である。
「あぁ、ありがとう」
席から立ちあがり、礼をいう阿津部。
航空機から降りた直後、異変は起きた。
「ッ!?」
右手に突き刺すような痛み。彼に令呪が発現したのだ。
盾を連想させる二重円、その内側に十字架か、あるいは剣のようなマーク。
任務の前提は『
「とりあえず、スタートラインには立てたってとこか」
「フランス支部へようこそ、憲政君」
阿津部に声を掛けたのは小柄な中年男性だった。
「斎藤さんか、久しぶりだな」
「ははは、『さん』は要らないよ」
柔和な笑みを浮かべる彼の名は
阿津部よりもさらに年上で、役職では阿津部の下にあたる。
元高校球児という異色の経歴を持つ。
「車は用意してある。車内には追加資料があるから目を通しておいてくれ」
「追加資料?」
「会長とブリーフィングしたんでしょ? その時言いそびれた分だよ。急に電話で指示があったから大変だったよ……」
阿津部がフランスに向かうまでの間は15時間も無かった。急ピッチで準備したのだろう。
ブリーフィングに呼んだ側が説明不足になるとは、余程事態の終息を焦っていたか、それとも――――
「会長……ボケてねぇだろうな」
「あの人、もう70超えてるんだっけ? 姿勢とかしっかりしてるし、ボケる心配とかなさそうだけどねぇ」
阿津部が『猟犬』に入るころには既に、コードは会長の座についていた。
それ故、世代も生まれも異なる斎藤と阿津部の共通の話題と言えば、コードに関する話題くらいだ。
会話しながら歩いているうちに、二人を待つ車の元に到着した。
「さて、
「支部じゃダメなのか?」
「支部よりも憲政君に合いそうな場所があるんだよ」
「なるほど」
運転席には斎藤、助手席には阿津部が乗った。
「資料がそこに入っているから、目を通しておいてね」
「あぁ」
ダッシュボードの収納部に入れられていた資料に目を通す。
内容は
ほかに必要なのは霊脈や触媒だが、霊脈のある場所には向かっているし、触媒は阿津部の手元にある。
その他には監督役の存在や令呪に関すること、
……メールではだめだったのだろうか。
「着いたよ、憲政君」
ちょうど資料を読み終えた頃、霊脈のある場所に到着した。
「ここは?」
「廃村だよ。ずっと前に戦争があってね、その残党と軍のいざこざがあったんだ。その時の
「……霊脈があるってことは、それも表向きの話か」
「そう。ホントは霊脈を巡っての、魔術師同士の争いだねぇ。君のお父さんも関わってたらしいけど?」
「何も聞いてない。……あの親父、本当に何も話してくれねぇな」
父親と最後に会話したのはいつだっただろうか。
もしかしたらその記憶もなくしてしまったのかもしれない。
「で、霊脈はどこに?」
「この建物の中。地下室があるから、儀式はそこでやろう」
広大な廃村にある石造りの建物の一つ、その地下室に霊脈がある。
阿津部は触媒を始め、道具の準備を開始した。
次回は
よろしくお願いします。