艦隊これくしょん ゼロの悪魔   作:Xn-i

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氷海の夜風
1:北の冷たい海で


 燃え上がる、住み慣れた町。

 古くから港として栄え、数多くの人に愛された町が、焼かれていく。

 

 海から降り注ぐ砲弾が全てを焼き尽くし、上陸してきた怪物は全てを殺し尽くす。

 

 それは彼女の最初の記憶。

 燃え上がる町の中を、逃げ場所を探して逃げ回る。幼い彼女の手を引くのは、姉の姿。

 

「おねえちゃん…」

 

 彼女の怯えた声に、姉は気丈に胸を張って答える。

 

「大丈夫よ。お姉ちゃんが守るから」

 

「お姉ちゃんは艦娘なんだから!」

 

 艦娘。

 海から来た怪物と戦う、人類の希望。

 その事を誇りに思う姉。休暇で家に帰ってきたというのに、まさにそんな時に襲撃されるなんて。

 幾ら艦娘いえども、装備を持たない姉。だけど、それでも頼もしく見えた。

 

 盛大に崩れ落ちる町の建物。

 

「くっ! こっちは行けないか…ん?」

 

 姉は後退するなり、何かに気付いて少しだけ彼女の手を離した。

「おねえちゃん!」

「大丈夫、これ見つけたから!」

 姉が手にしていたのは艦娘が対空装備として使う7.7mm機銃。対空装備としては一番ありふれたもので、小口径で威力も無い。

 だけど姉はそれを握って百人力、とばかりに笑ってみせる。そんな姉の姿が、少しだけ彼女を落ち着かせた。

 

 そうだ。私にはお姉ちゃんがいるんだ。

 

 そう、思った時だった。

 

 ”ヤツ”が現れたのは。

 

 紅く輝く瞳の”ヤツ”は、たった一度の砲撃で彼女の体を遠くへと吹っ飛ばした。

 

「――――!」

 怒鳴り、憎悪を”ヤツ”に向ける姉の姿。だが、たった一人の艦娘が、ろくに武装も無い状態ではどうしようもなかった。

 彼女の視界に、怒りの姉の反撃が”ヤツ”の頭部へと放たれる。

 

 しかしそれは、”ヤツ”の目元を掠るだけで終わる。

 

「おねえちゃん!」

 

 彼女は叫ぶ。姉はこちらを振り向かない。だが、こう叫んでいた。

「逃げなさい」

 それが姉の最期のメッセージ。

 目元に傷をつけられた”ヤツ”は腕を大きく振り回し、姉の首の骨を容易くへし折った。

 嫌な音と共に、地面に叩き付けられた姉を、更に踏みつけた。何度も、何度も、何度も。

 怒りをぶつけるかのように”ヤツ”は足を振り下ろし、その度に骨の折れる音が響き、血肉が少し飛び散った。

 

「あ、あ、あああ……!」

 

 震える足。痛む背中。

 だけど、だけど…!

 

「あ、あああああ!!!!!」

 

 走った、走った、走った。

 炎と灰の海を駆け抜けて、逃げ場所だけを探して走った。

 

 溢れ出る涙と、恐怖の絶叫が止められない。だけど、足を止めてはならない。姉が身を挺しても守ろうとした自分を、守らなければいけない。

 

 どれぐらい走ったかも覚えてない。

 だけど辿りついた何も見えない暗闇が安心できた。怪物の足音も聞こえない。

 震える足と、破裂しそうな心臓の鼓動の奥で――――――紅い瞳の、目元に傷のある”ヤツ”への、焔が点った。

 

 この怒りをぶつける相手も、この苦しみをぶつける相手も、”ヤツ”以外はありえない。

 

 その焔が、彼女を突き動かした。動かし始めていた。

 

 

 

 冷たい風が吹き付けてくると、北に来たのだな、と改めて思った。

 それもそうか。南北に長い列島の北の方は南とは違い、緯度が高くなれば気温も下がるし、水温だって下がる。極端な話、夏場でも水温一桁の世界なのだ。

 

 単冠湾泊地。

 

 海軍の停泊地の一つであり、ほんの少し前まで『地獄停泊地』と言われていた。今はあだ名はついていない。どうなっているのか、知るモノが殆どいないからだ。

 しかし、地獄と呼ばれた時代を知る者はそこに赴任することを誰もが嫌がったらしい。そりゃ好んで地獄に行きたい者はいない。しかしそれが命令であった。

 

「…ここ、よね?」

 

 単冠湾泊地が遠くに見えてきた海上を、一人の少女が進んでいた。

 水上を滑るように移動する少女。普通ではありえない―――そう、彼女は、艦娘であった。

 

 陽炎型駆逐艦9番艦、天津風。

 それが彼女に与えられた名であり、そして今日。

 

『駆逐艦天津風 単冠湾泊地第0駆逐隊転属ヲ命ズ』

 

 単冠湾停泊地へと所属することになる。

 

 元々は一大停泊地だったのだろう、大きな港に工廠、倉庫などの建物がよく見える。

 しかしその大半が廃墟のように荒れ果てて見え、太陽が西に傾きつつある今でも、明かりが点っている窓は少ない。

 

「……ま、地獄がどんな所かはわからないけれど、行くのが筋よね」

 そう呟いて頬を両手で叩き、傍らを進む相棒を振り返る。

「行くよ、連装砲くん!」

「!!!」

 相変わらず人語を喋ることは出来ないが、それでも頼りがいのある返事だ。

 天津風は少し笑んでから、速度を上げた。

 

 もうすぐ、辿り着く。

 

 

 出迎えは無し。

 まあ、別に盛大なパレードやら音楽隊の演奏などは期待していないが、それでも誰も迎えてくれないのは寂しいものだ、と思いつつ天津風は単冠湾泊地に上陸した。

 

 まず最初に出会ったのは、施設を警備する陸軍の憲兵たちだった。

 敬礼をして、挨拶をしようとすると、相手は真っ先に口を開いた。

 

「地獄へようこそ」

「どのあたりが地獄なの?」

「色々な。執務室は奥の突き当たりだ」

 

 憲兵に言われるがままに、奥へと歩を進める。

 寒い場所だというのに、暖房が入れられていない廊下は異様に寒い。そのあたりも経費節約ということだろうか。或いはつける必要自体がないのか。

「寂しいところね」

「!!!」

 窓枠に積もる埃を見ながら連装砲くんにそう問いかけ、相棒からの返事を受け取る。

 言われた通りの突き当たりに、執務室と書かれた板の張ってある大きな鉄扉があった。

 だが、この鉄扉。

「どう見ても倉庫よね……倉庫って書いてあるもの」

 倉庫と書かれた上に執務室、と書かれた板が打ち付けてあるのだ。階段下にある倉庫を執務室なんて、と思いながら天津風は鉄の扉を数回ノックする。

「失礼します」

 

「駆逐艦天津風。ヒトフタマルマルをもって、単冠湾泊地、第0駆逐隊に配属になります。よろしくお願いします」

 

 そう声を張り上げながら鉄扉を開く。

 明かりが点いてはいるが窓の無い元倉庫の執務室は薄暗く、この鎮守府の陰鬱な雰囲気をより加速させている。

 おまけに机はカラッポで、上に右目に眼帯をつけた黒猫がちょこんと座っているだけだ。

 

 もう片方の目も鋭い目つきであり、猫特有の可愛らしさはあまり無い。

 

「……留守なのね」

「!」

 天津風が呟いたが、連装砲くんは腕だけで黒猫を指し示した。まあ、何が言いたいかは解らないが、提督はいないが猫はいるから留守ではない、とでも言うのか。

「はあ…ずいぶん暗いところね。寂れてるし」

「ニャ」

 天津風がタメ息をつくと、机の上の黒猫が一声はりあげ、前足でとんとん、と机の上にある何かを示した。

「?」

 煙草の箱だった。それを前足で軽く叩いている。

「…え? 吸いたいの?」

 天津風の言葉に、猫は小さく首を上下させた。

「変わった猫ね」

 天津風が机に近寄り、煙草を1本出すと少し離れた所にあるライターも示した。黒猫に咥えさせてからライターの火をそっと近づけ、そしてじきに煙草の先端から紫煙がもくりと出た。

 黒猫は煙草を咥えたまま、とことこと歩いて机の上にある灰皿の近くに座った。

「地獄だって言われてるから、酷いところだと思うけど。地獄は地獄でも寂しさ地獄ね」

「悪かったな」

 とたんに、どこからか声がした。少なくとも連装砲くんではない。

「誰?」

「ここだ、ここ」

 だが、声はするものの主は見当たらない。天津風があちこち見回していると、再度声がした。

「テメェの目の前だ。お前の目玉は何の為についてんだ?」

 目の前にいるのは、黒猫。

 猫。

「まさか、この猫!?」

「そのまさかだ」

 黒猫は紫煙をもくりと吐き出した後、ゆっくりと机を数歩進み、そして口を開いた。

 

「俺がこの単冠湾泊地の提督だ。ま、よろしく頼むぜ。天津風」

 

 提督はそう告げた後、近くにあったマイクへと近寄り、前足で器用に数回叩いて電源をオン。

「マイクチェック、1、2…と。あーあー。呼び出し放送。駆逐艦叢雲、執務室へ来る事」

「………」

「まあ、ゆっくりしてけとは言わねぇ。来たからにはキリキリ働いて貰うぞ」

 まあ、それは当たり前の事だ。艦娘たるもの、新人が舐められないように頑張るのは当然だろう。

「任せてください。駆逐艦天津風、陽炎型の中でも新型装備のテストヘッドを…」

「ああ、そう聞いてる」

 なるほど、だから呼ばれたのか、と天津風は内心胸を張る。

 なにせ最新鋭装備なのだ。彼女は請われてここに来た。それならば問題ない。

 

 そこへ、ノックの音が聞こえた。

 

「お邪魔するわね」

 

 姿を現したのは、薄い空色の髪をした赤い瞳の少女だった。艤装をつけている辺り、彼女も艦娘だろう。

 

「叢雲。こいつが第0駆逐隊の新顔の天津風だ。まあ、なんとか面倒を見てやってくれ」

「陽炎型駆逐艦、天津風です」

「そう。よろしく」

 随分とドライな態度だ、と天津風が考えていると、叢雲は提督の方にくるりと向いた。

「ところで。今日から任務再開よね?」

「ああ。だからこいつをさっさと連れてけ」

「そういう事よ。とっとと寮に荷物置いて、すぐに出撃よ」

「…人使い荒いのね」

「そういう場所よ」

 告げるなり、叢雲はくるりと背を向けて歩き出す。

「何をしているの? 早く来なさい」

「行こう、連装砲くん」

「!!!」

 彼も「人使いが荒い」と抗議でもしているのだろう。荷物を入れてきたドラム缶を背負いなおし、叢雲の後を追った。

 

「歩くの遅いわね。もっとキリキリできないの?」

「連装砲くんが陸を歩くのには慣れてないのよ」

 早くも辛辣な言葉を飛ばしてきた旗艦に、遅れまいと両足とびをする相棒を見ながらそう答える。

 叢雲は盛大にタメ息をつく。

「そんなんで、使えるの? 足なくて?」

「海の動きは最高よ。馬鹿にしないで」

「そう。ああ、それとここが部屋よ」

 叢雲が示した先には、確かに部屋があった。

 天津風はふと天井を見る。そこには空母寮、と書かれた板がぶら下がっている。そして示された部屋には、ベッドが二つ。

「相部屋なの?」

「違うわ。一人よ。人がいないのよ」

 叢雲は淡々と告げる。

「荷物をさっさと置いて、ついてきなさい」

「駆逐艦一人に空母寮の部屋……なるほど、大敗でもしたの? だから地獄?」

 空を切った音がした。

 

 目の前に鋭く光る、槍。

 

 叢雲が槍を喉元に向けてきた、と判断すると同時に叢雲は言葉を続ける。

 

「勝手に想像するのは構わないわ。だけど、勝手な想像でベラベラ喋らないで頂戴。さっさと仕事をして欲しいの、わかる?」

 

 槍は下ろされた。

 天津風はドラム缶を部屋の中に入れ、そして連装砲くんを抱える。

「行きましょう。準備は出来てるわ」

「そんなので大丈夫なの?」

「馬鹿にしないで」

 少なくとも、さっき盛大な歓迎をされる羽目になった。

 

 そのお返しぐらいは、初仕事でしてやりたいものだ。

 なにせこちらは最新鋭駆逐艦であり、新タービンのテストヘッドだ。

 

 地獄の最果てにいる、人員不足で閑古鳥の啼く駆逐隊の奴らにその実力を教えてやろうじゃない。

 

「行こう、連装砲くん!」

「!!!」

 

 相棒共々、連装砲を高々と掲げて叢雲の後に続いた。

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