艦隊これくしょん ゼロの悪魔   作:Xn-i

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禁忌の血潮
1:喜劇の代償


 北方海域を担当する海軍は、大湊警備府の元に、単冠湾・幌筵の両停泊地を指揮下に置いているが、最前線たる幌筵と今は殆ど艦娘のいない単冠湾の差は目に余るほどであり、海軍内部でもその如何ともしがたい差はどうにかならぬか、と話題になるほどであった。

 もっとも南洋諸島に乱立された停泊地には艦娘が両手の指で足りてしまう数しかいないというのもあったりするし、そもそもかつての惨状故に艦娘からは単冠湾に行くぐらいなら除隊した方がいいと言われる程だったりするのだが。

 

 閑話休題。

 なにはともあれ、その如何ともしがたい戦力差をどうにかするべく、大本営命令によって単冠湾泊地の増強が決定されたのであった。

 

『マイクテス、マイクテス』

 

『ガキ共、新作戦のお時間だ! 40秒で支度して執務室に集ご…あいたたたた鳳翔さん尻尾を掴むな尻尾を! やめろ! それは蝋燭じゃない! 俺の尻尾だあっちゃあああああああ!!!!』

 スピーカーの音声は悲鳴と共に途切れた。

「…時々思うのだが、鳳翔さんは提督への扱いが酷くないか?」

「そういうものよ。司令官にはその程度がお似合いだわ」

 談話室で読書をしていた若葉はスピーカーを見上げながらそう呟くと、第0駆逐隊旗艦の叢雲は横になっていたソファから起き上がりながらそう返した。

「聞いたわね。集合し…ってアンタ達は何をしてんのよ」

 一時間ほど前に自由時間になってから、同じように談話室に来ていた他の四人の艦娘は…四人とも顔中が落書きだらけになっていた。

「菊月が悪いのよ! 私と朝潮がオセロをやってたら連装砲くんに落書きを!」

「だから言い出したのは夕立だと言ってるだろ!」

「だけどペンで書いたのは菊月っぽい!」

「夕立だって私の背中にペンで落書きしたじゃないですか!」

 あーだこーだと揉め始める四人に叢雲はタメ息をついて立ち上がり――――。

 

 四発のゲンコツが舞った。

 

「あいたたたたた…」

「うう、あたしは被害者なのに…」

「天津風に同じく…」

「朝潮だって私の顔に渦巻を書いてただろ…」

「いいから執務室に向か…う前に顔洗ってきなさい! 駆け足!」

 叢雲が盛大に怒鳴り、四人が慌てて談話室を出ようと扉に向かうと、今度は盛大に扉が開け放たれ、四人は真正面から扉に衝突する羽目になった。

「こらぁ! チビ共! いつまで遊んで…あ、悪い。大丈夫か?」

 扉を開け放った天龍は慌てて四人を助け起こすと、苦笑して洗面所を示した。

「よーし、顔洗って来い。提督にはちゃんと言い訳しとくよ」

「どんな言い訳をするんだ?」

 若葉の問に、天龍は笑って答えた。

「全員トイレに籠もってましたってな!」

「最低の理由だそれ!」

 

 彼女達が執務室に集合したのは五分後だった。

 その時既に提督は蝋燭にされていた。

 

 

「いいか、ガキどあいだだだだだだだ鳳翔さん解ったから尻を抓るな尻を! 諸君」

 いつもの笑顔のままで提督の尻を抓ってきた鳳翔がようやく手を離した後、相変わらず猫の姿をした提督は煙草の箱を前足で叩いた。

「誰か煙草」

「はいはい」

 叢雲が煙草を取り出し、火をつけて渡す。薄暗い元倉庫の執務室に窓なんてものはない(換気扇はある)ので、煙草のにおいが広がった。

「朗報だ。戦力の増強だと。新人が増えるぞ」

「ここにやってくるなんて、相当な物好きだな」

「だな」

 木曾と天龍の言葉に提督は一度睨んでから、更に言葉を続ける。

「で、だ。ただやってくるだけじゃねぇ」

「だろうな」

「ついでに幌筵まで、陸軍の輸送隊を護衛せよってのが大本営からの要望だとよ。要は新人どもと一緒に陸軍の輸送隊を護衛し、幌筵まで届けろって事だ」

 提督はもくりと煙を吐き出し、すっと口を開く。

「つー訳で、だ。今回は隊を3つに分けて作戦を実行する。なにぶん、護衛対象の数が多いのでな。そうせざるを得ないというか」

「そんなにたくさんいるのですか?」

 天津風がそう問いかけると、提督は答える。

「ああ。具体的に言うと、陸軍の艦娘が二十四に潜水艇が三十だ」

 その場にいた全員がひっくり返った。

 たっぷり3秒間、そのままだった。

「……その、一緒に行く新人の数は?」

 ようやく立ち上がった木曾が問いかけると、提督は答える。

「軽巡が1と駆逐が2だ。どうだ、ぴったりだろ?」

「それで54隻の陸軍艦娘を護衛しろと!? そいつらは自力で戦えんだよな!?」

「知るか。そこまで聞いてない」

 無茶振りもいいところだ、と天津風が頭を抱えると、どうやら他の面々も同様だったらしい。

「無茶言わないでよ、どうしろってのよ」

「こっちの身体はそんなにたくさんないのだが…」

「幌筵まで守りきれるかどうかわからないっぽい」

「安心しろ」

 提督はニヤリと笑う。

「そいつらと新人とは横須賀で集合だ。北方海軍の管轄に入るまでは横須賀の連中が手伝ってくれるぞ」

 

「…それでもそれ以降は危険な北方海域を私らだけでやれって事よね?」

「それだけじゃないぞ!」

 叢雲のタメ息に提督は「更に!」と尻尾を立てて続ける。

「間宮さんと伊良湖さんがついてくるのだ!」

「!?」

 その時、艦娘達は一斉に士気を高めた。

 間宮と伊良湖といえば、かつて日本海軍の給糧艦として海軍の戦士たちの生活を支えていて。

 そして艦娘となった今では、艦娘達の胃袋と士気を支えている。

「幌筵に送り届ける為にな!」

 艦娘たちは再度盛大にずっこけた。

 その最後の余計な一文が無ければ、と艦娘達は心底思ったという。

 

「編成は天龍隊が叢雲と天津風、川内隊が夕立と若葉、木曾隊が朝潮と菊月だ。作戦開始は翌マルサンマルマルとする! お前ら、寝ろ!」

 

 なお、叫んだ直後、提督は鳳翔の手によって天井まで投げ付けられた。

 

「一度お風呂に入ってから、仮眠しましょう。起きたら夜食を出しますからね」

 夕張以外の九人の艦娘は大きく頷く。

「夕張さんは皆さんの艤装の整備をお願いします」

「はい。じゃ皆、艤装の整備はやっとくから」

「骨が…骨がぁっ…!」

 提督はまだのた打ち回っていた。

 

 

 マルサンマルマルに単冠湾を抜錨。各々、3艦ずつの隊に分かれて南に進路を取る。

 夜故にまだ寒く、視界も悪いが特に敵の反応も無いまま、南に進む。

 そして、空は明るくなってくる。

 

「日の出だ」

 白い息を吐きながら、天龍が呟いた。

「明日の日の出も、無事に迎えられるように頑張ろうぜ」

「言われるまでもないわ」

 天龍の呟きに、叢雲がそう返す。それは他愛も無いやり取り。

 

 それは虫の知らせだったのだろうか。

 

 

『菊月より全艦。敵か味方かは不明だが、前方より大型艦と思しき音が聞こえる。警戒を厳に』

「マジか。何隻だ?」

『…一隻だ。どうする?』

「…叢雲。お前はどう思う?」

「楽観的に考えれば横須賀艦隊が迎えに来たんでしょ? ダメな方向に考えれば敵の横須賀侵攻部隊だと思うわ。まあ、一隻ってのが引っかかるけど」

 天津風は、叢雲の返事に今の位置を考える。

 陸地が見えないという事は、本土からは割と離れている。しかし、ここまで深海棲艦と遭遇しなかったという事は既にここは海軍の管理下にある筈だ。

 そして、横須賀鎮守府に向かって針路を取っており、そちらから来ているという事は敵とは考えにくい。

「よーし、川内、木曾。こういう時は?」

『どっちか解らないから』

『全艦、戦闘準備! 最高の勝利を与えてやれ!』

「まあ、そう考えるのが自然よね」

 下手に楽観的に考えて敵だったらどうしようもないのだから、と天津風は思う。

 隣りの相棒を促し、連装砲を構えて魚雷も装填済みである事を確認。

『徐々に距離が縮まってきている…低速だ。戦艦クラス…』

 菊月の言葉に、先頭を進んでいた川内・夕立・若葉の艦隊が機関停止。

 次いで天龍・叢雲・天津風の隊も停止をし、それぞれ連装砲を前方海域に向けた。

「雷撃戦用意…奴らと真正面からやり合うなら、魚雷でなきゃな…」

「第0駆逐隊、魚雷発射用意」

 叢雲の言葉に、次々と魚雷発射管が動いた。

 

 遠くの方から、大きな影がやってきた。

 

 それは美しい姿だった。

 

 唐傘を乗せた。大型の艤装を備えた女性。

「すごい…」

 天津風にとって、それは初めて見る姿だった。

 艦娘だ。しかも、戦艦クラスの。

 

 単冠湾へ転属する前にいた場所でも、戦艦娘はいた。だが、これほどまでに巨大で。

 これほどまでに美しいのは、見た事が無い。

 

 我を忘れて見とれていた天津風の背中を、叢雲が叩いた。

「いつまで連装砲向けてるの。下ろしなさい」

「あ…すいません」

「ああ、いえ。気にしないで下さい」

 戦艦娘は天津風にそう笑いかけた。

 

「横須賀へようこそ。旗艦の大和です」

 

 大和。

 世界一巨大で、世界一美しいと言われた戦艦。

 かつてこの国の誇りだった彼女は、今、艦娘としてここにいる。

 

 

 十隻になった艦隊は、一路、横須賀へ目指していた。

「お迎えの為だけに大和型を動かしたの?」

「何が起こるかわかりませんから」

 叢雲の遠慮のない言葉に大和はなんでもないかのように答え、木曾も天龍も川内もそれを咎めようとしなかった。

 他の五人の駆逐艦は別な意味で震え上がりたくなった。

「若葉さん、叢雲さん流石に失礼すぎないですか!? なのになんで大和さんは普通に!?」

「いや私に聞かれてもな。大和さんがよほど心が広いのか」

「でもそうだとしたら天龍さんあたりがゲンコツしてるはずっぽい?」

「流石にあたしもそう思うけど。或いは前から知り合いだったとか?」

「その線なら有り得るな。私と若葉が来る前にあそこにいたとか」

 小声ながらも、顔を突き合わせた菊月の言葉に、天津風はふと視線を向ける。

「あれ? あそこが地獄だったのって…」

「少なくとも私と菊月が来る前だ」

「菊月と若葉さんは同時だったんですか?」

「ああ。私と菊月が同時で、次に夕立、その次が朝潮、それで天津風、だな。私たちが来た時には」

「既に数えるほどしかいなかった。天龍さん達はいたが」

「…はいはい皆、無駄話してないで警戒する! このあたりも一応敵来るんだからね!」

 珍しく川内が口を挟み、五人は慌てて警戒に戻った。

「川内さん、優しくなりましたね」

「…あっちが素だよ」

 大和が、ふと口を開き天龍がそう返す。

「提督は、相変わらずですか?」

「相変わらず呪いをかけられたまま、だ」

「……あの呪いが解ける日は来るのかしらね」

「わからないさ」

 天龍の言葉に叢雲と木曾がそう続けた。

 

「…オレたちはもう、地獄までお供するだけだ…」

 

 その声が、どこまで届いていたかは定かではない。

 

 

 横須賀鎮守府。

 海軍大本営に併設されるそこは、この国の最大の鎮守府にして、この国の希望の地とも言われている。

 今は寂れてしまった単冠湾とは比べ物にならない規模と美しさである。

 

 そして、そこの運動場に六十人もの艦娘がいた。

 否、正確には彼女達は海軍の所属ではないので艦娘ならぬ艇娘なのだが、それに突っ込む者はいないので、置いておくことにする。

 

 それは二十四の美白の少女と、三十六の白いスクール水着の幼女たちだった。

 

 どいつもこいつも同じ顔だった。

 美白の少女かゴーグルを乗せた幼女のどちらか。

 見かけで判別する事が困難な彼女達は運動場のあちこちで思い思いの事をして過ごしながら、出発命令を待っていた。

 ある者たちはトランプをし、ある者たちはお手玉で遊び、紙切れと鉛筆を片手に俳人になる者がおり、ぼんやりと海を見つめるものがいた。

 

 そして彼女達は、先ほど単艦で出航した大和がたくさんの艦娘を連れて帰ってきても、まるで気付かずに過ごしていた。

 

 

「あれ、なに?」

 その異様な集団に気付いたのは天津風だった。

「なんだろうな、あれ。つーか、あのちっこいのは水着着てるけど……潜水艦、なのか?」

「とても潜れるようには見えないけど…」

 同じく気付いた木曾もそう呟き、天津風と顔を見合わせる。

 他の艦娘達も、二人の言葉に気付き、口々に「仮装集団っぽい」「陸軍の艦娘という奴かも知れんぞ」「ちょっと待って陸軍の艦娘って」という会話の果てに、先頭を歩く大和を見た。

 彼女は実にいい笑顔だった。

「あの子達ですよ? 今回の護衛対象」

「待って。私たちが聞いた数だと54のはずよ。今、数えたら60いるんだけど」

「増えました」

 怪訝そうな顔の叢雲に、大和は変わらぬ笑顔で答えた。

 

 艦娘達は空を仰いだ。

 どうやら、余計なことはいつでも気付かないうちにやってくる。

 

 そう、誰も気づかないうちに。

 

 

 北の海を、黒い影の一団が進んでいた。

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