横須賀鎮守府から、大名行列並みの大船団が出発しようとしていた。
ゼッケンにでかでかと数字を書かれ、それを着せられた二十四人のあきつ丸と、運貨筒を背負う三十六人のまるゆ。更に給糧艦の間宮と伊良湖。
その後ろから護衛部隊がそれぞれ軽巡1、駆逐2の3隻編成が4つ。
それに加えて途中まで横須賀艦隊のおまけつきである。
「出来れば幌筵まで共に行ってやりたいが……ああ、春雨と巻雲が心配だ」
「我々にも任務というものがあるからな。諦めろ、長門。しかし奴らも苦労するだろうな、この人数は」
世界に誇るビッグ7の長門に、大和型の武蔵がいて。
「うう……お腹が減りすぎて胃が…加賀さん、水筒を下さい…」
「赤城さん、今出しますから。本当になんで私たちの昼食が……」
一航戦コンビこと赤城・加賀が加わり。
「…ああ。なんで駆逐艦よりウザい集団のおもりを…」
「北上さんったら! 私がいるじゃない!」
「…そうだねー。大井っちさえいれば全部天国だよねー」
球磨型重雷装巡洋艦、北上・大井のコンビである。
「よーし、抜錨!」
天龍の言葉と共に、その大船団は出発した。
針路を北に向けて、進みはじめる…が。
「あっ! 帽子が飛んでしまったであります! 取って欲しいであります!」
「きちんと紐をつけていない貴官が悪い、としか言いようがありません」
「制帽を無くしてしまったら営倉どころの騒ぎではない筈」
「まったく、貴官の恥のせいで陸軍がどう思われるかたまったものではありません」
「さっさと取りに行かねば鉄拳制裁が待っています」
「ああ、取りに行かなくては…まるゆ殿! 足元にいては動けないのでどいてほしいのですが…」
「え? ごめんなさい、すぐどきます」
「あれ? 曲がったけどこっち行けばいいのかなあ? もぐもぐ…」
「勝手に編隊離れちゃダメだよ、真っ直ぐの筈だよ」
「だけど前の子が曲がったもん! まるゆは後ろについてくから…」
流石にこの人数では、一度混乱が起こるとそれはあっという間に広がってしまう。
特に、もともとこの任務に乗り気でない北上はあっという間に苦虫を噛み潰したような表情に変わり、大井もそれに合わせて眉間に皺が増えていく。
「こら、編隊を崩すな! えーと、あきつ丸13! お前だぞ、お前! 早く戻れ!」
横須賀鎮守府から借りたメガホンを片手に天龍は船団を必死に指揮する。
「申し訳ありません、制帽が風に飛ばされまして…」
「あー、川内? 帽子どっちに行った?」
「えーと…こっちじゃないみたいだけど」
「ああ、こっちだ。朝潮がもう拾ってる」
朝潮が拾った制帽はやがてあきつ丸の手元に戻ってきた、が一度崩れた編隊はどこかおかしい。
「あら? おかしいわね……天津風!」
叢雲がその違和感に気付いたのも偶然ではないようだった。
「なに?」
「潜水艦の数、数えてみてくれるかしら?」
「え? えーと、1、2…」
叢雲に言われて天津風は潜水艦を数えていく。
「33、34…。あれ? 34しかいないけど?」
「え? ちょっと待って、アタシが数えたら33だったんだけど!?」
「34の筈よ。長門さんの艤装の影に一人いるから34」
「あれ陰じゃなかったの…って、どっちにしろ36いなきゃいけない筈でしょ! 残りはどこ行ったの!?」
「ちょい待ち! それ早く言え! おいまるゆは何人いるんだ! 木曾、川内、由良! まるゆの数を数えろ、早く!」
天津風と叢雲の会話から察した天龍が慌てて軽巡組にカウントを命令し、まるゆを整列させて数える。
間宮と伊良湖は戸惑いながらもそれに加わろうとしたが、あちこちで数字が飛び交う今では邪魔にしかならないと気付いたようで、少し離れた。
「本当だ、31人しかいねぇぞ。5人もいない!」
「え? 木曾、それ本当に数えてるの? 私が数えたら34人だったんだけど」
「あー! もうウザい! ウザすぎる! いい加減にし「うっせぇ忙しいんだから静かにしてろ!」げふぅっ!?」
「き、北上さん!? ちょっと北上さんに「大井も寝てろ!」ごふぅっ!?」
「33しかいないですね…」
由良が首を傾げると、巻雲が由良の服を引っ張る。
「由良さん、由良さん。長門さんの艤装の影に一人いましたよ」
「それは数えているわよ。それでも33しかいない」
「天龍、お前は何人?」
「オレが数えた限り34なんだけど…のこり2人はどこに消えた? チビ共、お前らは何人か数えたか?」
駆逐艦たちに天龍・木曾・川内・由良の四人が加わり、それぞれまるゆの数を数えるがやっぱりバラバラだった。
「ところで長門。北上と大井はどうしたんだ? 悲鳴が微かに聞こえたような…」
それを眺めつつ、武蔵と長門は間宮と伊良湖の近くを警戒しながらも、実に平和であった。
「さっき天龍にノックアウトさせられてたのを見たが…」
「ちょっと待て。あそこで伸びてるのがそうなのか?」
海流に乗ってどんぶらこと流される二つの白い塊の正体が北上と大井だったようである、
必死にまるゆの数を数え、整列させているがやはり数は合わないようである。
「あきつ丸の方も数えたほうがいいんじゃないか?」
四苦八苦する天龍たちを眺めつつ、武蔵がそう呟く。
「それはこちらでやっておこう。赤城と加賀にも手伝ってもらおう」
「私たちが数えましょうか?」
「ああ、お願いできますか間宮さん」
早くもあきつ丸の数を数える伊良湖と、笑顔で微笑む間宮に長門はそう返した。
「そういえば赤城と加賀はどこに行ったんだ?」
北上と大井はどんぶらこと流されているとして、赤城と加賀はさっきから姿が見当たらない。
武蔵がきょろきょろと探したときだった―――――。
「それは輸送用の奴ですよね? ですので食べ物がありますよね?」
「お願いです! 一口! 一口でいいですから!」
編隊よりやや遅れたところで、赤城と加賀に囲まれる三人のまるゆの姿があった。
「………おーい、みんなー! こっちに三人いるぞー!」
「どれ、保護してこよう」
武蔵が声を張り上げ、長門はまるゆから食べ物を分けてもらいたい赤城と加賀の前から三人のまるゆをあっさりと抱え上げて戻ってきた。
「ああっ! ご飯が…ご飯が…!」
「長門さん、そんな殺生な事をしないで少しでもご飯を」
赤城と加賀がすがりついてくるが、それはさておき。
三人を加えたまるゆの数を再び数えた。
「……36…さすがビッグ7、長門さん、ありがとうございます!」
「良かった…足りなかったら大変だったわ」
天龍と叢雲を筆頭に、軽巡組と駆逐艦が次々とお礼を言うと、長門は「なに、いいさ」と胸を誇る。
「気にするな。なにせ赤城と加賀が腹を空かせて食べ物をくれと迫っていたんだからな」
そのあまりにもあまりな原因に彼女達は海上ですっ転ぶ羽目になった。
赤城と加賀は長門と武蔵に背負い投げされた。
「…クシュン!」
「…ケシュッ!」
北の海が近づくにつれて冷たい風が吹き付けて来て、巻雲と春雨が盛大にくしゃみをした。
「ありゃ、そこの二人大丈夫かー?」
木曾が一度振り返ると、巻雲も春雨も「うう…」と寒さに震えているようだ。
「上着の予備、あるわよ。少しサイズ大きいけど……」
由良が二人に上着を着せている姿は、さながら姉妹のようである。
「やれやれ、先が思いやられるな。新人は皆どこか抜けている」
それを眺めていた菊月がタメ息交じりに呟いたそれが、天津風に火をつけた。
「ちょっと菊月、そういう言い方はないでしょう? あなただってあたしとの初遠征で艤装忘れてたじゃない!」
「フン! 天津風だって最初は遅刻した上にいきなり独断専行をやっただろう?」
「なによ、旧式の睦月型の癖に!」
「なんだと、瞬間湯沸かし器!」
距離が離れているのに言い争いを始め、にらみ合った天津風と菊月に、強烈なゲンコツが降って来た。
「お前ら少しは仲良くしろ!」
「その辺にしておけ!」
「「あ痛っ!」」
それぞれ天龍と木曾にぶっ叩かれる羽目となり、頭を抑えてかがみこむ。
「駆逐艦は元気があっていいものだな」
「まったくそれぐらいでいいのさ。ところで長門、鼻をかんだらどうだ?」
「そういう武蔵こそ鼻をかんだらどうだ?」
世界のビッグ7も世界最大の戦艦も、鼻水を垂らしていたら色々台無しである。
「外套の予備は無いんですよ…伊良湖さんはどうです?」
「すみません、私も無くて…」
間宮と伊良湖は既に外套を着込んでおり、この寒さの中でも平気な顔をしているが長門と武蔵は元々薄着なのもあってか、盛大に鼻水を垂らしている。
「お二人はそろそろ戻ったらどうです? 風邪ひいたら洒落にならないですよ?」
「もうすぐ本州から離れるしね。だから、横須賀の皆さんはもう…」
天龍と川内の言葉に、長門と武蔵は顔を見合わせてから大きく頷いた。
「では、そろそろお暇させてもらおうか。達者でな」
「いつでも遊びに来てくれ。駆逐艦達を連れてな」
「お世話になりました…チビ共挨拶しろ! 横須賀艦隊が帰るぞ!」
「「「「「「「「お世話になりましたー」」」」」」」」
「なにやら騒がしいでありますな」
「おや、武蔵殿が帰るようであります」
相変わらず騒がしいあきつ丸はともかく、まるゆ達もきちんと挨拶して、長門と武蔵、そして空腹で青い顔になっている赤城と加賀は船団から離れていった。
「無事に着くといいが」
「ああ、そうだな……なあ、長門。北上と大井を知らないか?」
「え? いや、見てないが…赤城たちは見てないか?」
「え?」
「いいえ、見ていません」
「あっちにも…いないな」
まださほど離れていない船団の中に、北上と大井の白い服は見えない。
「さっき天龍が二人をノックアウトしたのを見たきりだ」
「その後、どうした? 私は知らないぞ」
「長門さん、武蔵さん、どちらか二人を回収しましたか?」
「「………」」
加賀の問に、二人は沈黙。そして。
「「しまった! さっきの海域にそのまま置いてきてしまった! 全速で戻るぞ!」」
慌てて全速で戻っていく横須賀艦隊を尻目に、大船団は北へ進む。
「なんか長門さん達慌ててるけど、なんかあったのか?」
「さあ? だけど…見なよ、左側に灯台と半島が見えるよ。もうすぐ本州を離れるね」
木曾と川内がそんな会話をしつつ、国内最大の光度を誇る灯台を左手に、大船団は進んでいく。
「駆逐艦の子達はともかく、天龍さん達は寒くないですか?」
間宮の問に、天龍は笑う。
「フフッ、オレらは特別みたいなもんなんで」
「少なくとも暑さとは無煙だもんねぇ」
川内がそんな返事をして笑い、進んでいく。
だが、その空気は割とすぐに破られた。
「音……?」
最後尾についていた菊月が呟いたのは、そんな時だった。
「どうしたんですか、菊月?」
「ああ、すまん、朝潮。何か聞こえる」
速度を落とし、耳を澄ませる。何か聞きつけたに違いない。
「雑音が酷いな……前の方かも知れない……木曾さん、すまないが前に出てもいいか?」
「おい、天龍、川内。オレらが前に出る。菊月がなんか聞きつけた」
木曾の言葉に、天龍と川内は了承。木曾・朝潮・菊月の三人が一番前へ、入れ替わりで天龍・叢雲・天津風が最後尾につき、先頭にいた川内・夕立・若葉が後ろに後退。次いで由良・巻雲・春雨が続いた。
「なにかあったの?」
「……この音は……前方に潜水艦だ! その数6! 繰り返す、前方に潜水艦が6だ!」
「こんなところに潜水艦ですって? 菊月、距離は?」
「あと五分もすれば当たる」
菊月の報告に、対応は早かった。
「やってやろうじゃねぇか。川内、いけるか?」
「任せてよ。夜戦じゃなくったって、やる時はやるんだからね!」
天龍の問に川内が頷き、二人は即座に駆逐隊を振り向いた。
「木曾! 由良! お前達の隊は船団を守れ。叢雲、天津風、若葉、夕立! オレと川内と一緒に奴らを叩くぞ! 単横陣をとれ!」
天龍・川内の二人を真ん中に、叢雲と天津風、若葉と夕立がそれぞれ両サイドに回り、六隻が一列になり、そのまま前進。
「おや、戦闘のようであります」
「せめてカ号哨戒機があれば少しはお役に立てるのですが」
「我々は応援するか祈るしかなさそうですな」
口々に喋りだすあきつ丸たちを、菊月が睨んだが彼らはそ知らぬ顔だ。
「後ろのうるさいのどうにかならないの?」
「前に集中しなさい。あんたは無駄口多いわよ」
天津風の呟きに叢雲がそう答えた直後、前方の海から白い筋。魚雷だ。
「魚雷が来た!」
「回避!」
天津風は大きく右に回避しようとして、ふと思い出す。
ここで曲がったら、魚雷は後ろまで抜けてしまうのでは?
「菊月! 魚雷が放たれた距離は!?」
先日の交戦で、距離さえ抜ければ魚雷は自爆する。だが、船団も射程範囲内ならば、あきつ丸はともかくまるゆ達は回避すら難しい!
「……かなり近くだ! 下がれ、下がるんだ!」
「聞こえたな! 皆下がれ!」
菊月の叫びに、木曾が慌てて指示を出し、まるゆ達が一斉にその場から離れるべく次々と潜水し始めた、が突然潜水を始めたまるゆ達のせいであきつ丸達の一部が動けなかった。
「あきつ丸たちも下がって!」
「早く前をどいていただきたい」
「無理だ、全速だ!」
てんやわんやの大騒ぎ。蜂の巣を突いたとはまさにこのこと。
密集して動けないあきつ丸たちは敵のいい的。そして、そのあきつ丸たちの近くには間宮と伊良湖がいる!
「菊月! 敵はどっちよ!」
「前方から……いや…待て…」
叢雲の言葉に、菊月が突如として口ごもり、直後に巻雲の悲鳴が上がった。
「左舷から魚雷の影が見えます! 四つです!」
前方からも魚雷、左舷からも魚雷。左舷から見えぬ敵。
天津風は頭がはちきれそうになりつつも盛大に怒鳴った。
「待って、菊月! 敵は前方のはずよ!? 他の敵影は無いはずでしょ?!」
「ああ、そうなんだ。だが確かに左舷から魚雷の音が…クソ、もうきている!」
「曲がれ、曲がれ!」
木曾がまるゆ達に呼びかけるが、既に一度回避行動に入っているのに再度回避行動を取れといわれても困難すぎる。船団は混乱し始めていた。
「はっきりして頂戴よ菊月! アンタの耳が頼りなのよ!」
「ええいうるさい! 天津風、少し黙れ! 波の音と陸軍がうるさすぎて聞こえない! 左舷から何本着てるか見えるか!?」
天津風が怒鳴り、菊月がそれに怒鳴り返すと、巻雲が慌てて返事をする。
「四本です!」
「第二陣が無いか確認しないとわから…前方からも魚雷の音がまた聞こえたぞ! 第二陣に注…」
「前方より魚雷だ、魚雷! 12本はある、若葉、夕立、可能な限り爆雷で叩き落して!」
「爆雷の準備できてないっぽい!?」
「ダメよ川内! 魚雷じゃ間に合わないわ、夕立、若葉、機銃を!」
「了解」
速度の遅い爆雷よりも魚雷は機銃で撃ったほうが早い。若葉はすぐに応戦したが、夕立と川内は間に合わず、10本の魚雷が後ろに抜けた。
「はにゃー!」
爆音と共にまるゆの一隻が魚雷の被害に遭い、ぷかりと浮いてきた。
白いスクール水着が破け、その下には大きな火傷。近くの海が徐々に赤く染まる。轟沈は免れたようだ。
「こ、攻撃されてる~!」
「ぐへぇっ! 曲者であります!」
続けて、あきつ丸船団からも爆音と悲鳴。
「あきつ丸22、これ以上の同行は不可能。船団を離脱し…」
「離脱したって的に代わりはねぇよバカ! それより回避だ! なんとか持たせろ!」
魚雷10本であれだけの数がありながら、被害が2隻とはまだいいかも知れない。
「左舷からの奴はそっちに頼む! こっちは前の奴に集中だ!」
天龍の指示が飛び、前の六隻は前方に向けて前進し、残りの六隻は左舷側へ。
冷たい風が吹き始め、ひときわ強い風が駆け抜けた時。
前方に、一つの影があった。
「あれは……」
目を凝らす。ウサギの耳のようなものを上につけた、少女の姿。だが、艦娘にしては、どこか違う。
「来るの、おっそ~い」
彼女はこちらに振り返りながら、そう言って笑った。こちらが来るのを、待っていたかのように。
彼女も艦娘なのだろうか、だがそれにしては様子が変だ。
何故彼女は、敵の攻撃があった側で、こちらを向いて立っているのか?
その答えは――――彼女が知っていた。
「5連装酸素魚雷! 行っちゃって~!」
大振りなスイングと共に放たれた五本の槍が、こちらに仇なす者を意味していた。
艦娘が、艦娘を攻撃してきている。