「夕立、若葉。奴らの出鼻を叩いて! 天津風、アンタは大きく右へ迂回」
一瞬でそこは、戦場へと変わる。
「右に回った後は?」
「アンタが必要だと思ったことをやればいいわ」
夕立と若葉が前へと移動し始めると、遠くの方に敵の影が見えた。
「先頭は軽巡へ級が1、駆逐ロ級が2だ」
菊月の言うとおり、軽巡へ級を先頭に駆逐が二隻。残りはさらに後続のようだ。
「行くわよ!」
叢雲が大きく左へと移動を開始。天津風がそれにあわせて右へと回れば、正面の夕立・若葉と含めて4隻で包囲するような形になる。
なるほど、と天津風は思う。どうやら理にかなってはいるようだ。
「さあ、パーティを始めましょう!」
夕立が嬉しそうに叫ぶと同時に、その主砲を発射。戦端が開かれた。
緑色だった瞳は獰猛に赤く輝き、主砲を撃ちながらも吶喊、その後ろから若葉が援護するように先頭の軽巡へ級と撃ち合う。
しかし、敵もさるものだ。二隻の駆逐が夕立を射程におさめる、が。
「私の前を遮る愚か者、沈めぇっ!」
叢雲の艤装から伸びた連装砲が盛大に火を噴き、片方の駆逐に直撃弾。その砲撃はもう片方の気も引き、2隻の駆逐が叢雲の方を向く。
ならば、天津風が警戒、否、倒す相手は―――その奥の本丸だ!
「連装砲くん、行くよ!」
「!」
手を離し、艤装の連装砲を手に取り、大きく右に迂回した位置からさらに奥へ。
連装砲くんも艦娘よりもはるかに早いスピードで大きく奥へと進む。
そこに後続の、重巡と雷巡、そしてもう一隻の軽巡がいる。
「見つけた!」
先に気付いたのは雷巡だった。しかし、天津風の方が速度も射撃も早い。
手持ちの連装砲が火を噴き、続いて近くを走る相棒からの追撃。連撃がヒット、しかし雷巡チ級はそれだけで沈むほどやわではない。
「ウォォォォォ!」
雷巡の砲撃、続けて重巡まで砲撃を開始してきたのだ。
「!」
流石に二対一では分が悪い――――と考えるのは素人考え!
「二対一だなんて、誰が思ってるの?」
「ちょうど二対二のイーブンよ」
そう、天津風には最高の相棒が、足の速さならば誰にも負けない自律兵装、連装砲くんがついている。
「!!!」
連装砲くんが雷巡の目の前まで辿り着き、至近距離での砲撃。
そしてそれは雷巡チ級が今、まさに放とうとしていた魚雷に直撃した。
「ギ…!!!」
それが雷巡チ級の最期の発言となった。
盛大な火柱と爆風が上がり、文字通り一撃で轟沈した。
「さっすがあたしの連装砲くんね!」
射撃を終えて戻ってきた連装砲くんをそう褒めた直後、右肩に強烈な砲撃を受けた。
「!?」
天津風は、もう一隻の軽巡をころりと忘れていた。
「っ!」
重巡の砲口はこちらに向いている、マズイ――――。
「ったく、世話が焼けるわね!」
別の声が響くと同時に、天津風の前に叢雲が躍り出た。
「危ない、重巡の――――!」
重巡の主砲――――しかし、叢雲は。
「はあっ!」
一閃。
槍の一閃でその砲弾を切り落とし、もう一度構えなおすとそのまま前進。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
吹雪型の足の速さを活かし、軽巡まで距離を詰めると、強烈な槍の一撃。
反撃も反応も出来ていない軽巡の胸部を貫く、銀色の槍。
血と体液、そして肉が飛び散り、苦しそうに呻く深海棲艦を槍を支点に持ち上げ、近くの海に叩き付ける。
「ふん!」
一度引き抜き、もう一度、首元へと槍を突き刺す。
再び飛び散った血が、純白のセーラーを汚した。
「少し服が汚れたわ」
叢雲はそう告げると再び槍を構えなおす。
たったの二発。二発の槍撃で軽巡を仕留めた叢雲は、敵の旗艦たる重巡へと向き直る。
重巡も天津風が叢雲へと向き直り、距離を取って砲台を構えた。
どちらが動くか。やるかやられるかの距離。
「アンタは下がりなさい」
「相手は重巡よ。火力も装甲も――――」
「こいつは私の獲物よ。下がってなさい」
その言葉に天津風は連装砲くんを呼び寄せる。
大人しく仲間達の下まで後退しよう、そう思って、振り向いた。
仲間達は、三隻を相手に激戦を繰り広げていた―――そう、繰り広げていた。
「沈めぇぇぇぇぇぇぇっ!」
獰猛に瞳を赤く輝かせ、呑気な姿も欠片も無い夕立の両手が真っ赤に染まっていた。
それが返り血だと気付くのに一秒かかった。
軽巡へ級の頭部を鷲掴みにしに、もう片方の手を振り回すたびに、軽く血が飛び散る。
そのヘ級の体は大きく裂けたような傷があり、内部がむき出しとなって血肉として海に流れていた。
駆逐艦の一隻の姿は既になく、もう片方の一隻の真上に若葉が足を置いていた。
既に砲台を失い、攻撃能力を失った駆逐艦はもがいていた、が。
「……休むといい」
若葉の呟きと共に、ぼとん、と落ちた魚雷。
そして足をどけて離れた若葉の背中で、盛大な爆音。
「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そして夕立の絶叫。
笑い声をあげながら、貫き手でヘ級の身体を突き刺した夕立は、もう片方の手も貫き手にして突き刺す。
そのまま手を左右へ力いっぱい広げると――――体の真ん中から真っ二つにされたヘ級が海へと崩れ落ちた。
「うわあ、汚いっぽい!」
撒き散らされた血がかかったのか、夕立は両手を軽く振る。しかし顔が既に血塗れになっている以上、あまり説得力が無い。
「叢雲。あまり深追いしすぎるな。他のは全滅した」
後ろからこちらへ戻ってきた菊月がそう口を開くと、叢雲がこちらへ戻ってきた。
「被害は」
重巡と交戦したせいか、艤装のあちこちが壊れているものの、重傷を負った様子は無い叢雲がそう口を開くと、夕立は首を左右に振る。
「特に無いっぽい」
「はい。天津風が中破してるぐらいです」
朝潮がさらに続ける。どうやら被弾したのは叢雲と天津風だけのようだ。
「重巡は?」
「逃がしたわ。それと」
叢雲は天津風の方をくるりと向く。
「自由に動いていいとは言ったけど。遠くの敵まで刺激するんじゃないわよ」
「………」
「戦いにも進め方があるわ。もっと状況を良く見て、その時何が必要かってのを、よく知りなさい」
「………」
何も言えない。
そう、何も言えない。包囲の動きならば、大人しく最初の三隻を攻撃して、そこから後続に取り掛かればよかったのだ。
「夕立と若葉が頑張ったからいいけど。倒しきれなかったら、アンタは挟み撃ち喰らって轟沈って所かしらね」
槍についた血を拭いながら、叢雲は淡々と続ける。
「ま、それが解ってたらこんなことはしないでしょうけど。皆の腕が良い事を感謝しなさい」
やはり、何も言えない。
「そういうことよ。さて、戻るわよ」
「ああ、そうそう」
背中を向けたまま、叢雲が言葉を続ける。
「雷巡を仕留めたのは認めるけど、大したものね」
しずしず、と皆が進み始める中、天津風は少しの間、そこに立ち尽くしていた。
朝潮が声をかけるまで、天津風はただ拳を握り締めて立ち尽くしていた。
単冠湾泊地へと戻ってくる頃には、既に日付が変わっていた。
「よう、帰ってきたなー」
相変わらず猫の姿の提督は全員を出迎えると、まずは身体を見回して。
「一戦交えてきたか。最近多いなー。叢雲、報告。残りは風呂入って来い」
「先行ってなさい」
叢雲が提督の後に続いて執務室に消えるのを見送ると、若葉が口を開いた。
「工廠に艤装を置きに行くぞ」
「おっふろーおっふろー♪」
「夕立、走らなくても」
夕立と朝潮、若葉と菊月は会話を交わしながら工廠へ向かい、天津風も続く。
工廠はまだ明かりがついていた。
「お、第0の皆、お帰り。あれ、新人?」
そこに一人の艦娘がいた。
「天津風です」
「私は兵装実験艦の夕張。よろしくね。あ、被弾しちゃったの? 大丈夫、明日の朝までには直しとく」
夕張は天津風の艤装をすぐに外し、まずは被弾箇所を見た。
「あちゃー。パーツあるかなー」
「大丈夫、すぐに直してくれる」
天津風の背中に若葉がそう声をかける。
「この停泊地って、どれぐらい艦娘がいるの?」
「…んー。私達を含めると、11かなー」
問に答えたのは夕立だった。想像以上に少ない、が第0駆逐隊だけ、という訳ではないようだ。
「ま、後で色々会えるっぽい?」
夕立はそう続けた後、それぞれ大浴場へと向かった。
鎮守府や泊地にはそれぞれ艦娘用大浴場が置かれている。
そして、大浴場内にはドックと呼ばれる一人用湯船が設置されている。
被弾したらお風呂行き、という言葉があるようにドックには艦娘の傷などを癒す効果のある資源が含まれているらしい。艦艇になぞらえて入渠、という言葉が使われているが実際は入浴だ。
まれに高速修復材(俗称:バケツ。バケツに入っているから)と呼ばれる入浴剤を投入する事でその速度が速くなる事も。
そして今夜、ドックに入るのは天津風で残りの四人は普通に大浴場の方に入っていた。
内心、天津風は恥ずかしかった。自分だけドック入り、とは。
特に菊月の方は見れない。何せ、昼間あんな事を言ってしまったのだ。恐らく彼女も内心呆れているに違いない。
「……」
なお、四人の方は色々と喋っているが、天津風にはその内容は全然届いてもいない。ろくに聞いてもいないから、しょうがないかも知れない。
「…天津風?」
だから、話しかけられてもぼんやりしていたのか、気付かなかったようだ。
「え? な、なによ」
「のぼせたのか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「被弾を恥ずかしがるような事じゃない」
意外な事に、話しかけていたのは菊月だった。
「私も0に入った当初は任務の度に入渠していた」
「そ、そう」
「だから気にする事でも無い。むしろ、雷巡を仕留めたとは、驚いた」
戦果を褒めてくれたのは意外だ、と続けようとした時、がらりと扉が開いた。
「天津風。アンタ、出たら執務室」
叢雲が入ってきた。
「司令官が呼んでるわ。あの馬鹿猫にとってはいつもの事だから、心配は要らない」
叢雲はそう告げると、天津風の隣りのドックに入る。
「さて、そろそろ上がるかな」
若葉が立ち上がり、夕立、朝潮、菊月と続く。
大浴場に、二人。
沈黙が流れた。
「今日」
「なに?」
「助けて、もらったこと」
「ああ、そう。別にお礼なんかいいわ」
「………」
「少なくとも、仲間である以上、見捨てはしないわ。ここが地獄だった頃より、ずっといい」
叢雲はさもなんでもないように言葉を続ける。
「動く壁、幾らでも補充できる使い捨ての資源、こんな風に入渠することすら稀とか、そんなのに比べれば新入りを助けて余計な怪我するぐらい、なんともないわ」
「…地獄、だったの」
「ええ。昔はね」
「今は、違う」
叢雲はそう言って笑う。
「ま、後で司令官に会えば解るわ」
入渠を終えた二人が執務室に行くと、執務室では相変わらず猫の姿をした提督がいた。
その脇に―――――全ての空母の母とも言われる、鳳翔が立っていた。
「お疲れ様、二人とも」
鳳翔はそう告げるが、提督はじろりと天津風を見た。
「テメェ、突出する馬鹿がどこにいる? 駆逐艦だけの編成なんだ。一人でホイホイ前に出んじゃねぇよアホ」
「…ごめんなさい」
「本当に青臭いクソガキだなおい。陽炎型は性能が自慢だけど慢心するのも自慢かコラ? デビュー戦かから轟沈とか、笑えるか。なに、沈没するのもテストのうち?」
「……」
「まったく、なーんも考えてないんだなオイ。これだからガキは困る。敵がいるから攻撃しに前に出ます、一人でも充分です、だから前進します」
「……」
「そんな事を考えて駆逐艦が一人でたくさんに挑むのは、いるとしたら腕自慢か、もしくは血気に流行る馬鹿、クイーン・オブ・バカの称号を贈るぜ」
なるほど、羽黒さんの言う通りだ。
とんでもない提督である。ここまで口の悪い奴がいるか!
「あー、火」
とんとん、と煙草の箱を叩き、鳳翔は優しい声で「はい、提督」と答えて煙草を取り出し、提督に加えさせる。
そして、ライターを取って火をつけた――――直後、火のついた煙草を口から引っこ抜き、前後を反転させてしまった。
そう、火の点いた先端が提督の口に突っ込まれる羽目になった。
「おあっちゃああ!!!!??」
猫舌の舌を盛大に焼けどする羽目になった提督は机の上をゴロゴロ転げ回る。
「とにかく、一人で戦うものではありませんよ」
鳳翔は優しい声で天津風にそう告げた後。
「でも、雷巡を倒すなんて、大したものですね。すごい戦果です」
「あ、ありがとうございます」
「叢雲さん。この子をしっかりと見てあげてくださいね」
「……ええ、わかったわ」
「天津風さん」
鳳翔はまだ転げまわる提督の尻尾を掴み、そのまま壁へと放り投げてから言葉を続ける。
「叢雲さんや、第0駆逐隊の仲間達と一緒に頑張ってくださいね。大丈夫。みんな、いい子よ」
「いでぇっ! 鼻が…鼻がぁ…!」
壁へと叩き付けられた提督が呻いていると、叢雲がそんな提督の背中に蹴りを叩き込んだ。
「ああ、もうさっさと起きなさい! とにかく、天津風を使えるようにはするわよ? 明日までにメニューでも組んでおきなさい!」
とりあえず、提督が艦娘をまともに扱わなかったから地獄だった、のかも知れない。
天津風の着任初日は、こうして終わった。