艦隊これくしょん ゼロの悪魔   作:Xn-i

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8:悪魔の詩

 戦艦対駆逐艦。一対一のそれは、あまりにも無謀すぎる戦いだろう。

 既に連装砲を失くしている、やるしかない。天津風は左の拳を強く握り締め、力任せにアッパーを放った。

 ずしり、と赤い戦艦の腹に突き刺さるが、その腹は硬い。装甲の重さが、感じられる。だが、それでも負ける訳には行かない!

 

「あああああああああああああっ!」

 

 お姉ちゃんの仇。

 あの日見た、その時の焔がその闘志を燃やし続ける。

 

 ル級eliteの膝蹴りが天津風の腹に突き刺さる、だが膝を折った彼女は、その反動を利用して頭突きを相手の腹にぶつける。

「舐メタ真似ヲ…!」

 頭突きに呻く戦艦が悪態をついた直後、戦艦の足を魚雷が襲った。

「魚雷の残弾ゼロ……白兵戦に移ります!」

 朝潮が最後に残った一本の魚雷を直撃させ、魚雷発射装置をハンマーのように握りながら移動し始めた。

「後ろを守って!」

 さっきの借りはそれでチャラ、と天津風は声には出さずにそう続ける。

 

 そのやり取りが隙になったのか、戦艦の掌低が天津風の身体を叩き、近くの氷山まで吹っ飛ばした。

 ガチャリ、という砲門の動く音。

 朦朧と仕掛ける意識の中で目を開くと、一門だけ残された戦艦の主砲がこちらを向いていた。

 

 終わりか―――――悲鳴があがる。

 

「グアアアアァッァッ! ナンダ、コノ…!」

 

 悲鳴の主は、件の戦艦だった。

 砲台を構えたその腕に喰らいつく、夕立の姿が見えた。

 金髪は血に濡れていたがその赤い瞳を獰猛に輝かせ、その鋭い犬歯で戦艦の腕を食い千切るべく、ますます力を込める。

 

 残された片腕で夕立を殴り、そして盛大に砲台をあらぬ方向に発砲する。

 天津風の後方の氷山にも命中し、鋭い氷が雨となって降り注ぎ、身を幾らか裂いた。

 

 しかし、その冷たさが朦朧としていた意識を冴え渡らせ、片足の艤装しか動いていないにも関わらず、天津風は立ち上がる。

 その直後、ようやく夕立を引き剥がす事に成功した戦艦が海にたたきつけた夕立の至近距離で最後の砲を放とうとし、たが。

 

 夕立の噛み付きによって砲身が歪み、ジャムを起こしてしまっていた。

 

 天津風は駆け出す。どうにか砲弾を吐き出そうと躍起になる戦艦。

 あちこちの骨が折れたのか、立ち上がることすらままならぬ夕立はなおも口を開けて噛み付こうとしている。

 

 渾身の踏み込みから放つ左ストレートはどんな威力だろう。

 

 戦艦相手に、見事なダウンを奪った。

「クソッタレェェェ!」

 ダメージそのものは軽かったのか、奴はすぐに立ち上がる。

 

 己の体のみを武器にした戦い。

 艦娘と深海棲艦。駆逐艦と戦艦。天津風と戦艦ル級elite。

 そして、仇という怒りと、小さい存在という嘲笑。

 

 そして相手の方がリーチも攻撃力も遥かに上。

 戦艦の一撃は、既に満身創痍の天津風など容易く潰してしまうだろう、が。

 それを畏れる彼女ではない。

 懐に飛び込み、力任せに腕を振り回して殴る、殴る、殴る。

「コノォ!」

 殴りつけられた戦艦は、カウンターの一撃を天津風に叩き込み、二度目のダウンを彼女から奪った。

 直後。

「若葉! 夕立を任せたわ!」

 飛び出して行く陰は、叢雲のもの。不意を突かれた戦艦が振り向くより先に、叢雲が左腕を振り上げるほうが早かった。

 

 左腕が腹へと叩き込まれると同時に、轟音と爆発が波を起こした。

 

「ゴガアッ!」

 口から血の塊を吐き出してふらふらと後退する戦艦。遂にその一撃は装甲を貫いたのだ。

 叢雲が、使い物にならなくなった左腕の魚雷発射管を捨てる。その左腕は血と火傷に覆われているのが目に見えてわかる。

 鉄拳を叩き込むと同時に至近距離で魚雷をぶちかましたのか。腕に魚雷発射管をつけている彼女だから出来た芸当だが、一撃必殺ながらまさに諸刃の剣。

「グウッ!」

 追撃をしようとした叢雲が、脇から別の敵艦の砲撃を受けてバランスを崩し、闇雲に腕を振り回した戦艦の一撃が叢雲を吹っ飛ばした。

「くっ!」

 氷山に一回あたり、艤装が周辺に部品を撒き散らしながら壊れて行く。

 

 ダウンした叢雲の腹を思い切り戦艦が蹴飛ばす。救援だ!

 立ち上がった天津風は二度目の体当たりを浴びせるべく、氷山を蹴って一気に距離を詰め、そして。

 

 夕立のように、噛み付いた。

 しかし、その噛み付きが当たったのは損傷した相手の腹部。

「貴様……何度モ何度モ…!」

「何度だってやってやる!」

 天津風は叫ぶ。

「お姉ちゃんの仇、必ずぶっ殺してやる!」

 純粋な憎悪にして殺意。それが彼女の焔。

「悪魔ダ…」

 敵の誰かが呟いた。

 

 折れぬ信念。小さな体に秘めた焔を燃やし、何度も何度も立ち上がる。

 どれだけ傷つき、どれだけ倒されてもまだ立ち上がる。

 それはさながら悪魔のようだった。

 

 彼女達を悪魔と恐れる深海棲艦。

 その一つが決定的な隙を作った。

 

「うおらああああああああ!!!」

 先ほど倒された叢雲が槍を大きく振りかぶり、戦艦の首にたたきつけた。

 ざくり、と血が飛び散ったが、さほどダメージは与えなかったのか、戦艦はその槍の穂先を掴む。

 まだ戦艦のパワーは健在だ。

 力任せに振り回し、腹に噛み付いていた天津風と、槍を掴んだままだった叢雲をそれぞれ別の氷山に叩き付けるのに充分だった。

 

 同時に突き刺さる、ざくりとした音。

 

 天津風の腹に激痛が走り、腹から氷が槍のように突き出ていた。

「ぐうっ…!」

 マズイ。これはマズイ。

 朝潮が魚雷発射管で相手を殴り、若葉が素手で闘い、菊月と夕立は僅かに残った弾薬で抵抗しているが、他の敵艦がこちらへ押し寄せてしまえば終わりだ。

 叢雲の方を見る。

 戦艦は叢雲の槍を掴み、叢雲の方に近寄る。まだ叢雲は立ち上がろうと力を込めている。

 

 天津風に残された武器はあるか。既に左腕は折れている。片足は使えない。

 なにか、なにか、なにか。

 

 ある。

 

 右腕に力を込めて、痛みを堪えながら立ち上がる。

 思ったとおり、血の体温に解かされて、槍のように突き出ていた氷は、天津風の体に刺さったまま氷山から離れた。

 そして右手で血に染まった冷たい刃を握り、引き抜く。

 

 ゆっくり、ゆっくり。片足の艤装だけを動かし、戦艦も同じく艤装の大半を破壊されたのか、叢雲へゆっくり近づく。

 近づく、近づく、近づく。

 

「最後ダ、悪魔メ……!」

「お前の敵は私よ!」

 

 一瞬だった。

 赤い目の戦艦がこちらを振り向くその瞬間、天津風は飛びかかった。

 小さな体いえども、張り付けば重量になる。

 既に艤装を破壊されつつあった戦艦がバランスを崩して倒れ、天津風はその首筋に氷の刃を目いっぱいつきたてた。

 

 勢いよく噴出した血が天津風の視界を覆う。

 見えない視界の中で、抜いて突き刺す、抜いて突き刺す、抜いて突き刺すの繰り返し。

 何度も何度も何度も何度も何度も。

 憎悪と怒りを込めて、抜いて突き刺す。

 

 やがて血の雨が晴れると、戦艦が全てを赤に染めて手を伸ばそうとした。

 

「悪魔……」

 

 仇は、最後にそれを残して沈んだ。

 

 終わった。とにかく、終わったのだ。

 ほう、と息を吐いた天津風のすぐ横に、水柱が上がった。

「天津風! 天津風!」

 叢雲が槍をつかみながら立ち上がり、こちらに手を伸ばす。

「呆けてる場合じゃないわ! とにかく反撃よ!」

 そう、戦闘はまだ終わってない。仇を倒しただけで終わりではない。

「どうやって!」

 既に満身創痍。砲弾も切れ、魚雷もない。よく見ると、近くで戦っていた相棒もとうとう弾切れしたようだ。

「とにかくやるのよ! 死にたくなかったら!」

「叢雲! 弾切れだ!」

「こっちもだ! 天津風、生きてるのか?」

 若葉が叫び、菊月は天津風の姿を見るなりそう笑う。

「死んでたらアンタを海に沈めてるわよ」

「つまらないやり取りをしている暇があったら手を動かして!」

 朝潮が余裕無く叫んだ直後だった。

 

『心配するな。手は動かして欲しいがな』

 

 そんな彼女たちの耳に、提督の通信が届いた。

「心配するなって」

『見てみろ』

 

『悪魔のおでましだ』

 

 敵の旗艦を撃沈したとはいえ、他の敵艦は健在だ。

 だが、そんな敵の艦隊目掛けて、四つの影が現れた。

 

「随分と派手にやってくれたじゃねぇか!」

 罵声をあげながら突っ込んできたのは、天龍だった。

「お前らの敗因は俺達がいたことだ!」

 その横から木曾が現れ、魚雷を次々に放つ。雷装巡洋艦の名は伊達ではない。

 木曾の攻撃で、敵の水雷戦隊がたちまち炎上していく中、今度は反対方向から悲鳴があがる。

「夜戦の仕方、よく覚えておきなよ?」

 首と胴体が分離した重巡の体から手を離し、川内が笑いながらこちらに手を伸ばす。

 直後に別の轟音。

「あははははははははははははは! やっぱり夜戦ってのは最高ね!」

 全身に施された武装を乱射する夕張。本当にこの人って。

 

 たった四人の軽巡洋艦。しかし駆逐艦達よりも火力に優れる彼女達は、容易く敵を殲滅していく。

 それは戦闘力だけではない、戦闘経験と自信に裏打ちされたものだ。

 

 天津風がそれを眺めている間に、戦闘は終わった。

「朝潮、報告」

 叢雲が呟き、朝潮が咳払いした後で口を開いた。

「全敵勢力の沈黙を確認しました」

『よくやった。いつものお前達だ』

 提督がそう返す。あの毒舌黒猫がそう返事をするぐらいだ、相当なものだろう。

「皆、お疲れ様」

 叢雲が笑いながらこちらを振り向いた。火傷と傷だらけで、決して素敵なものではない。

 だが、その笑顔は、数日前天津風に向けていたものとは違う。

「ありがとう。叢雲も。何度も助けてくれた」

 天津風がそう返すと、叢雲は噴出す。

「アンタはもう仲間よ。仲間を助けるのに、理由は要らない」

 つられて天津風も笑った。

 

 同時に思う。

 ああ、やっと私はこの仲間になったのだ。

 

「それじゃ皆…帰るわよ。第0駆逐隊、帰投します!」

 

 誰もが満身創痍だった。

 弾も切れ、艤装も大破し、夕立に至っては若葉に肩を貸してもらわなければ立てないし、天津風も片足の艤装がなくなっている。

 天津風はそれだけではない。片腕は折れているし、腹には氷が突き刺さった傷口があり、シャツで縛って止血している。

 朝潮もブラウスが真っ赤に染まり、武装は一つもない。叢雲は左腕は火傷と傷口に覆われ、腹や足にも血塗れだ。

 若葉も菊月も額や顎から血を流している。

 皆血塗れ傷だらけで、火傷だらけ。

 

 だけど、それでも笑っている。

 折れぬ闘志とその実力が、不利をひっくり返して生還させたのだ。

 だから彼女達は笑う。今、生きている事を確かめ合う。

 

 そしてゼロの名を持つ少女達は帰って行く。

 

 小さいながらも、折れぬ闘志と闘い続けた実力。

 何度も何度も立ち上がり、敵と戦う艦娘たち。

 

 人はそれを、ゼロの悪魔と呼んだ。

 

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