ありふれた願いで世界最強   作:崇大

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prologue

暗闇の中、蒼い光が底知れぬ淵を照らし出す。敵に無意識に構えつつも、圧倒的な恐怖に脚が震える。南雲ハジメはその蒼い光を纏い、深い崖の上で戦いに臨んでいた。目の前には、奈落の魔獣が構えている。ダンジョンを探索中に魔獣との戦闘になり、光が届かない深部での戦いを続けるハジメは、真っ暗闇の中で風の音を聞きながら人生を振り返った。日本人である自分が、ファンタジーという夢と希望に満ちた言葉で表現するには少しハードすぎるこの世界で経験した不平等と、現在進行形の不幸の経緯を、そして自身に託されたありふれた願いを。

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 最近、子供のころに見た夢をよく見る。誰かが蒼い光を身に纏って何かと戦っている夢だ。月光を背に、蒼い炎を噴いて。その姿は神々しくて、とてもきれいだった。しかし、夢の光景が明確になるにつれ、違和感が増していく。その青い光に包まれた存在は、間違いなく人間だ。自分と同じ年頃の女の子で……。そんな夢から目覚めるたび、女の子は必ずこう言う。

「ごめんね……」と。その声はとても悲しげで、ハジメはいつもその時に目を覚ます。そして、考える。あれは……一体誰なんだろう?夢によってぼんやりとした頭で眠気と格闘しながら、ハジメは時計を確認する。時間は……AM7:00だ。南雲ハジメは、史上最大の遅刻をした。

 「やばい!」と叫びながら、ハジメはベッドから飛び起きて急いで着替え始めた。朝食を食べる時間がなくても、今すぐにでも家を出発しなければ学校に遅刻してしまう。通学路をどれだけ急いで走っても、始業時間に間に合うかどうかは非常に微妙だ。着替えを済ませたハジメは、部屋を飛び出して階段を駆け下りた。しかし、その時彼は忘れ物をしていることに気づいた。

「いけない……忘れ物」

 ハジメは自室に戻り、机の引き出しからペンダントを取り出した。それは普通のペンダントのように見えたが、満月が描かれ、青い炎が揺らめいていた。このペンダントはハジメにとって非常に大切なものだ。ただのペンダントではなく、それは……。

「よし、今度こそ!」

 ペンダントを首にかけたハジメは、今度こそ力強く玄関から飛び出していった。月曜日は、一週間の中で最も気が重くなる日だ。多くの人々が、これから始まる一週間にため息をつき、週末の楽しい時間を思い出すだろう。ハジメにとってもそれは同じだった。しかし、ハジメにはただ面倒だと感じるだけでなく、学校での居心地の悪さが憂鬱の大きな原因だった。ギリギリで学校に到着し、ふらつく足でなんとか教室の扉を開けると、男子生徒たちからは舌打ちや冷たい視線が飛んでくる。女子生徒たちも、友好的な態度を取る者はおらず、無関心か、あからさまな軽蔑の表情を向けられる。ハジメはできるだけそれらを意識しないように自分の席に向かったが、いつものように、いたずらを仕掛けてくる者がいた。

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 一体何が面白いのか、毎度おなじみ檜山大介とその腰巾着の斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人が、近くでバカ笑いをしている。

 檜山の言う通り、ハジメはオタクである。しかし、キモオタと罵られるほど身だしなみや言動が見苦しいわけではない。髪は短めに切り揃えているし寝癖もない。コミュ障というわけでもないから積極性こそないものの受け答えは明瞭だ。大人しくはあるが陰気さは感じさせない。単純に創作物のオタク趣味に没頭しているというだけの生徒だ。

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメのもとに歩み寄った。このクラスのオアシスであり、彼が学校で唯一の安らげる場所である。

「……あ、おはよう、白崎さん」

 そう挨拶を返すハジメに、さらに笑みを増す彼女の名前は白崎香織。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍とてつもない美少女だ。腰ほどまである長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな目、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔1つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。おかげで彼女のファンクラブ(非公認)では彼女を聖女扱いする集団もいるとか。

 そんな香織はハジメに対してもフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、ハジメが学校でいられる理由を作っている人物でもある。

「おはよう白崎さん。毎日大変だね……」

「南雲くん、私より遅いなんて珍しいね? 何かあったの?」

 ハジメはチラリと時計を確認する。始業時間まであと五分だった。

「いや、ちょっと昨日夜更かしして……」

「……夜更かしはダメだよ? 睡眠不足は健康にも悪いし、成長期なんだからちゃんと寝ないとダメだよ」

「……そうですよね」

 ハジメは、香織の忠告をきちんと聞いておくべきだったとひどく後悔しながら苦笑いをする。そんなハジメに彼女は頬を膨らませて不満顔だ。

「もう……あ、そうだ。南雲くん、今日の放課後って予定あるかな? 一緒に帰りたいなぁって思ってるんだけど……」

 少し不安そうに香織がハジメに尋ねた。それに、ハジメが答えようとすると……三人の男女が近づいてきた。

「南雲君、おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話をしてるのか? 香織は本当に優しいな」

「本当にな。あんなにやる気がない奴に何を言っても無駄だと思うけど」

 朝の挨拶をした唯一の女子生徒、八重樫雫は香織の親友である。彼女のトレードマークはポニーテールにした長い黒髪と、クールな印象を与える切れ長の目だ。女子としては珍しい172センチの高身長に引き締まった体、凛とした雰囲気は侍を思わせる。

 次に香織に声をかけたのは天之河光輝。勇者のような名前を持つ彼は、容姿端麗で成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。サラサラの茶髪と優しい瞳、180センチ近い長身は女子に非常に人気がある。

 最後に登場した坂上龍太郎は、脳筋そのものの風貌をしている。短く刈り上げた髪と、陽気さと鋭さを兼ね備えた瞳、190センチの身長と熊のような体格を持ち、見た目に反して細かいことを気にしない性格だ。

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、自業自得だから仕方ないよ」

「それが分かっているなら、直すべきじゃないか? 香織の優しさにいつまでも甘えていては困るだろう?」

 光輝はハジメに忠告する。彼の目にはやる気のない男として映っていたようだ。

 そんな高圧的な態度に慣れているハジメは、苦笑いでやり過ごすことにした。しかし、ハジメの態度が気に入らない光輝は、さらに食ってかかる。

「光輝、どうして南雲君にそんなに厳しいの? もっと寛容になりなさい!」

「でも雫……」

 二人のやり取りを見て、香織と龍太郎が仲裁に入る。

「落ち着けよ、光輝」

「そうだよ、光輝くん。南雲くんも頑張ってるんだから」

 そんな四人のやり取りを見ていた女子生徒たちは、小声で話し始める。

「ねえ、あの二人ってやっぱり……」

「もしかして八重樫さんも……?」

 噂話はあっという間に広がっていった。ハジメにとっては最悪の展開だ。

 そうこうしているうちに、担任が教室に入ってきた。二大女神とカリスマ馬鹿、脳筋の四人は大人しく席に戻る。全員が着席したと同時に、教室の前の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

「皆さん、おはようございます。朝のHRを始めますよ」

 そう言って微笑む彼女は畑山愛子、25歳の教師だ。生徒思いで人気のある先生で、150センチの低身長と童顔、ボブカットの髪が特徴だ。小動物のように生徒のために走り回る姿は微笑ましいが、彼女は「愛ちゃん」と呼ばれると怒る。威厳ある教師を目指しているが、その仕草はハムスターやリスに例えられがちで、威厳のある教師への道は遠い。

 そして今日も、愛子先生の授業が始まるのだった。

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 教室のざわめきによって、ハジメは徐々に意識を取り戻した。居眠りが癖になっていた彼は、目覚めるべき時を体で覚えていた。その感覚に従うと、昼休憩が始まっていた。ハジメが居眠りをしている間に授業は進んでおり、黒板には数学の公式や数式がびっしりと書かれていた。残るはノートへの書き写しだけだ。優等生の光輝はすでに板書を終えているようだ。真面目に授業を聞いていれば理解できる内容だが、念のためノートを開いて確認する。

「げ」

 思わず声が漏れた。今日は天気が良く、中庭か屋上で弁当を食べるつもりだったが、ノートの量を見ると外に出る時間がないかもしれない。購買に寄ってから中庭か屋上に行くしかなさそうだ。そんなことを考えていると、突然声をかけられた。

「南雲くん。珍しいね、君が居眠りなんて。」

 声をかけてきたのは香織だった。彼女は手に可愛らしい猫の意匠が入った包みを持ち、もう片方の手にはお弁当箱が入った巾着袋を持っている。

「あ、あぁ、白崎さん。おはよう、昨日の夜更かしが響いたみたい」

「もう、ダメだよ? 」

 ハジメの言い訳に香織は苦笑いしながら注意した。しかし、ハジメは内心でドキッとした。夜更かしの原因がゲームやライトノベルではなく、子供の頃に見た夢をまた見てしまい、その内容が忘れられず不眠症気味になっていたからだ。

「あ、あはは、ごめんなさい」

 ハジメは謝りながら視線を逸らした。それは馬鹿にされると感じたからだ。香織はハジメの様子を見て少し考えた後、何かを思い出したように手を叩き、お弁当箱が入った巾着袋をハジメに差し出した。

「南雲くん、お昼まだだよね?もしよかったら一緒にどう?」

「…………え!?」

 予期せぬ展開にハジメは混乱した。確かに香織は以前から気を使って話しかけてくれていたが、昼休みまで一緒に過ごそうとするとは思ってもみなかった。しかし、そんな動揺を見せるわけにはいかない。ハジメは冷静を装って返答した。

「え? いや、でも、天之河くんや八重樫さんが……」

 光輝と雫がいることは知っていた。彼らは香織と二人で食べることに文句を言うようなことはないだろう。しかし、万が一のことを考えると危険だ。

「大丈夫!二人は他のグループで食べるみたいだから!」

 香織はハジメの心配をよそに、積極的に誘ってきた。その勢いに押されて、ハジメは思わず頷きそうになったが、その時、二人の会話に割り込む者がいた。

「香織。こっちで一緒に食べよう」

 それは光輝だった。彼はハジメの机まで来て、爽やかに笑いながら香織に手を差し出した。香織はそれを一瞥した後、困ったような表情でハジメを見た。

「え……っと……」

 ハジメはその様子を見て考えた。自分が別の場所に行くと言えば、香織は申し訳なく思うだろう。それは避けたい。答えは1つだ。

「……うん。せっかく誘ってくれたし、一緒に食べようかな」

「決まりね!」

 ハジメが了承すると、香織は嬉しそうに笑った。ハジメはその笑顔に心を動かされたが、それを表には出さなかった。なぜなら……凍りついたからだ。ハジメの目の前、光輝の足元に純白に輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態に、周りの生徒たちも気づいた。全員が金縛りにあったかのようにその輝く紋様を見つめた。魔法陣は徐々に輝きを増し、教室全体を満たすほどに拡大した。

 足元まで異常が迫ってきたことで、生徒たちは硬直が解け、悲鳴を上げた。その時、教室に入ってきた愛子先生が「皆! 教室から出て!」と叫び、魔法陣が爆発するように光った。

 数秒か、数分か、光によって真っ白になった教室が色を取り戻した時、そこにはもう誰もいなかった。蹴倒された椅子、食べかけの弁当、散乱する箸やペットボトル。教室の備品はそのままだが、生徒たちは姿を消していた。

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、後に大きな話題となるが、それはまた別の話だ。

 この物語は、平凡な願いを抱く少年が異世界に召喚され、絶望に立ち向かいながら希望を見出す物語である。

とさ。

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